ハイスクールD³   作:K/K

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暗躍、神父

 シンが自宅へと帰宅している中、木場は家の方向とは逆の方へと歩を進めていた。あの日、アダムと名乗る神父から聖剣がこの街に潜んでいると聞かされた時から、彼は学校で過ごす時間以外を全て聖剣の発見に費やしていた。

 小雨であった雨は雨脚を早くし、傘をささない木場を濡らす。制服は水気を吸って重くなり、髪は雨のせいで額などに張り付くが、木場はそれに対して何も反応は示さず、ただ雨にされるがままの状態であった。

 いつもならば射抜く様な瞳と寒気立つ程の気配を纏って聖剣を探す木場であったが、今夜の木場にその鋭さも危うさも感じられず瞳は陰り、纏う雰囲気は迷子のような弱々しさがあった。

 

(今の僕は最低だな……)

 

 球技大会から先程までのはぐれ悪魔討伐までのことを振り返り、心の裡で自らを罵る。

 自分の命を救い上げ、暖かな居場所と誇るべき名を与えてくれたリアスには、終始反抗的な態度で接し、自分を思って叱ってくれたことに対しても、一切聞く耳を持たなかったこと。

不甲斐なくなってしまった自分の穴埋めをするように、誰よりも一生懸命に動いてくれた一誠、本来ならば悪魔として新人である彼を、先輩である自分が導く、あるいは守る立場にあるにもかかわらず、はぐれ悪魔との戦いで致命的な隙を見せてしまい、そんな自分を身を挺して庇う一誠には、冷め切った対応をしてしまった。

 ライザーとの戦いでは互いに背を預けて戦い、過去のしがらみに振り回されそうになったときそれを制してくれたシンには、剣を突き付けてしまうという蛮行。あの行動で、木場は完全にシンからは愛想を尽かされたと考えていた。

 リアスの眷属として長い付き合いのある朱乃と小猫。人一倍他人に優しいアーシア。いつも楽しそうに話しかけてきてくれるピクシーとジャックフロスト。

 

(僕はそれをみんな踏み躙ったんだ……)

 

 罪悪感が無いというならば嘘になる。だが、今の木場にはその罪悪感すら押し殺して進まなければならない想いがあった。共に笑い、共に泣き、共に苦しみ、共に祈り、共に歌い、共に分かち合い、共に耐え、共に夢を見、そして共に生きたかった今は無き同士の無念を晴らす為に、その生や死が何一つ無駄ではなかったことを証明する為に――

 

――聖剣を破壊する。

 

 それを成すには駒王学園の生徒であり、リアス・グレモリーの眷属『騎士』である『木場祐斗』では駄目なのだ。それに相応しいのは独りであり、復讐者であった『木場祐斗』である前の自分。

 

(これでいい……これで良かったんだ)

 

 そう自分に言い聞かせる木場。そのとき木場の耳に地面の雨が跳ねる音が入ってくる。溜まった雨水を踏みつけて鳴ったのであろうその音に木場の目は気だるげな眼差しで鳴った方を見る。

 そして、その眼差しを気だるげさから嫌悪へと変え、そのまま驚きへと変える。

 音源に立っていたのは木場が心底侮蔑する神父の姿だった。この間会ったアダムと名乗る神父と全く同じ格好から『悪魔祓い』と推測するが、アダムと服装が唯一違う点がある。

 その神父の腹部から下が赤黒く変色しており、そこに押し当てている手の隙間からは、流れていく血液と臓器らしき異物がはみ出していた。

 神父は木場の姿を見て、救いを求める様に空いた方の手を震えながら伸ばす。一歩、二歩と力無い歩みで雨に濡れたアスファルトの上に流れ落ちた血液で足跡を残すが、そのたった二歩が神父にとって残された力であった。

 三歩目を踏み出そうとした神父は青白い表情から何かが抜け落ちたかのように一瞬苦痛に満ちた顔から表情を失うと白目を剥き、木場の前で倒れ伏す。

 流石に無視することなど出来ず倒れた神父の首筋に指先を当てるが、そこからは命の鼓動は感じられない。聴力を集中させ呼気の反応も確かめてみるが結果は同じであった。

 木場はうつ伏せに倒れた神父の体を起こし傷口を確認する。腹部の端から端まで一直線に裂かれた傷、その真一文字の傷は明らかに包丁などといった身近な刃物で出来たものでは無く、剣を扱う身である木場の目からしてそれは剣、もしくは刀によるものであった。

 

(……衣服の上から斬られているのに切断部分の傷が綺麗すぎる。振るわれた武器は相当な業物……そして振るった人物は相当斬り慣れている)

 

 傷の具合からそう推理する木場。その瞬間、前触れも無く木場の首筋が粟立つ。外部から迫る危機に木場は脊髄反射で魔剣を創造すると、間髪入れず背負うような形で魔剣を背後へと回す。

 雨音の中に澄み渡る金属音。背後から迫る正体不明の力を、木場は魔剣の腹で受け止めていた。そしてこの段階になって木場は背後の人物の顔を見る。

 

「やっほー。おひさ。クソ悪魔のクソ『騎士』君」

 

 その人物は他人の神経を逆なでする甲高い声を出しながら、挑発するように長い舌を口から出し、舌先を蛇の様に左右へと揺らす。

 

「……まさか、まだこの街に居たとはね」

「ヒャハハハハ! ウフッ! あのときの火照った感触が忘れなくて居座っちゃったでございます。……なーんてウッソだよーん! 実は最近来たばっかなのでしたよーん! でも、でもこうやって運命の再会が出来るなんて、俺達赤い糸で結ばれた関係? あひゃひゃひゃひゃ! だとしたら今すぐその糸使ってチミのこと縊り殺してぇー!」

 

 返り血を浴びたのか、赤い斑点が所々に出来た神父服を纏った白髪の少年――『はぐれ悪魔祓い』のフリード・セルゼンが、再び木場の前へと姿を現したのであった。

 

「ふむふむ。周りにはお前さん以外にはだーれも居ないみたいでございやすな? あっ、その足元に転がっている生ごみはノーカウントなんで。ありゃ? でも死んでる奴が『生ごみ』て少し変ですねぇー、うん、訂正! その『死ごみ』はノーカウントなんで」

 

 舌にモーターでも入れているのか凄まじい程の早さで言葉を並べていくが、そのどれもが意味不明かつ常人には理解できない内容であり、木場もまたフリードのその饒舌さに目に見える嫌悪を現す。

 

「相変わらず、良く喋るね……キミは!」

 

 押し付けられていた剣を力で強引に跳ね返すとそのまま体の向きをフリードへと向け、その勢いのまま魔剣を振るう。剣を払われたことで剣を掲げる格好となり、胴体を大きく開いた形となったフリードだが、その表情からは他者を嘲笑う笑みは消えず木場の魔剣が届くよりも前に地面を両足で蹴りつけ後方へと滑る様にして後退した。

 

「おやおやぁん? どうしちゃったのかなぁ? 前のキミはもうちょっとクールだったはずだったけどなー、何だか激しく怒ってごさりませんことよ。ああ、そうかもしかしてあの日でございますか?」

 

 絶えず他人を罵倒し続けるフリード。そのふざけた態度と口調は只でさえ精神的に過敏になっている木場に更なる怒りを募らせる。

 

「……キミはもう少し口数を減らした方がいいと思うよ? 今の僕は至極機嫌が悪くてね」

「へえ、そいつはご愁傷様でやんすね。こっちはつまんない、つまーんないストーカー神父たちの駆除をしていたところに殺ってやりたい悪魔ベストテンに入るあんさんが現れてくれてとーっても気分が良いんだぴょーん! だからさ、死にやがれよクソ悪魔がぁ!」

 

 鋭い目で怒気と殺気を纏う木場に対し、最初はにやついていたフリードも喋り終わりになるころには目を極限まで見開き血走った眼で殺意を吐き出すという情緒不安定さを見せる。

 

「あ、そうだ」

 

 するとフリードは一気に感情を冷まさせ、激情に満ちた表情から元の癇に障る笑みへと戻る。

 

「ぜひとも試したかったことがあるんだよね」

 

 片手で持っていた剣を木場へと見せつける様にして水平に構える。フリードの持つ剣は特に目立つ装飾の無い一般的な形をした両刃の剣、それが突如として剣身から光を放ち始める。その光は太陽、または月を彷彿とさせる一切の濁りも無い澄み切った光であり、ただ輝くだけで周囲のものが浄化されていくと錯覚させる程の神秘的なものであった。

 その光を目の当たりにして木場の表情から冷静さは完全に奪われる。目は限界まで見開かれ、動揺から手に持つ魔剣を細かく震わせた。

 

(その光……! その気配……! その輝き……!)

 

 忘れられる筈がない、忘れることなど決してない。一度はその剣に人生を捧げ、そしてその剣によって人生を奪われた。

 

「エクス……カリバー……!」

 

 怒りで噛み締めた唇から血を流しながら、この世で最も忌むべき名を口にする。

 

「ご名答! そうでーす! あの有名なエクスカリバーさんでーす! チョー有名なコレとお前さんの魔剣、どっちが強いか是非とも試して――およ?」

 

 最後まで聞き終わる前に木場がフリードの懐に潜り込み、その首を刈り取る為に魔剣を首目掛け振り上げる。だが、木場の先手に対しフリードは背中と地面がほぼ平行になるまで上体を逸らしてそれを回避し、仰け反った形から体を起こす反動でエクスカリバーを木場の頭上へと叩き伏せるようにして降ろす。

 雨の中でも突き抜ける様に響く二つの金属音。鍔迫り合いの形となった両者は至近距離で、互いの瞳に映る感情を相手へとぶつけていた。

 木場の瞳に映るのは怒りと憎悪、フリードの瞳に映るのは狂気と殺意。

 

「やっと……やっと見つけた!」

「んん? その口振り、もしかしてこのエクスカリバーがこの街にあるの知ってたのん?」

「キミに教える義務は無い!」

 

 木場は両手で持っていた魔剣から手を片方放すと、一秒に満たない時間で新たな魔剣を創造する。剣身が闇に形を与えた様な黒一色に染まっているそれはかつてフリードを追い詰めたときに用いた『光喰剣〈ホーリー・イレイザー〉』。エクスカリバーの放つ光に対抗する為に創造をした。

 木場は『光喰剣』をフリードの首筋に向けて振るうが、その斬撃を鼻で笑うとエクスカリバーの剣身を滑らせ、刃先でその一撃を軽々と受け止める。だが、木場にとっては受け止めさせることが目的であり、真の狙いは『光喰剣』の持つ光を吸収する能力によってエクスカリバーの放つ輝きを浸食させることだった。

 

「――喰らえ!」

 

 接触した部分からエクスカリバーに『光喰剣』の闇が触手の様に伸びていく。しかし――

 

「ハッハー! チミィ、聖剣を舐めすぎじゃねぇ!」

 

 そのフリードの言葉通り『光喰剣』の闇がエクスカリバーの光を吸収した途端、内側から爆ぜる様にして闇が消滅する。

 

「ちぃ!」

 

 事態はそれだけでは収まらず、触れ合っていた部分も闇が錆の様に剥がれ落ちていき『光喰剣』が逆にエクスカリバーの光によって崩れ落ちていく。

 

(これでも……届かないのか……!)

 

 数年間一度たりとも手を抜いて鍛錬をしたことはない。今にも綻びていく魔剣『光喰剣』は木場が最初に創造し銘々した魔剣であり、数ある魔剣の中でも最も手に馴染み、最も練度上げてきた魔剣、それが脆くも崩れていく。動揺が無いと言えば嘘になる、それは木場にとって自らの努力が崩れていくかのような錯覚に見えた。

 微かに揺ぐ精神の中でそれでも今まで培って出来た精神の芯が、これ以上の崩壊は不味いと判断させて木場は『光喰剣』をエクスカリバーから離すが、その際に木場の裡に生まれていた細やかな精神的動揺を、フリードは見逃さなかった。

 木場が魔剣を離すと同時に、フリードも握っていた両手の片方をエクスカリバーから離す。するとカチンという金属音がフリードから聞こえたかと思うと、袖下から拳銃が滑る様にして現れフリードの手の中に納まる。

 そして、ほんの一瞬ではあるが木場の意識がフリードからエクスカリバーへと注視した隙を狙い、手に持つ拳銃の銃身をエクスカリバーの剣身へと乗せ、銃口を木場へと向ける。

 

「フッフーン! 考えがスウィーツだねぇ! 死ねや」

 

 殺意を引き金に込め撃鉄が下ろされる。このとき木場の意識がようやくフリードへと向けられる。そのときには銃口から微かに見えた光に木場は回避することは不可能と判断し、両手に持つ魔剣を交差し次に来るであろう衝撃に備えた。

 撃鉄の下ろされた音の後に銃口から光が放たれる。だが、それはかつての弾丸の形状では無く、レーザーのように一直線に進む光線と化していた。光線が木場の魔剣へと接触したとき、均衡することなく易々と重ねられた魔剣を貫き彼方へと光は消えていく。

 幸いにも魔剣によって僅かに軌道を逸らせることが出来たおかげで、木場の耳のすぐ側を通っただけで済み木場に怪我一つ無いが、思わぬ攻撃により木場の表情に明らかな動揺が混じる。

 

「どう? どう? 驚いちゃった? 聖剣の光を受けたこの破壊力! いやー、すんばらしいですねぇ! 今のは外しちゃったけど次は外さないよーん!」

 

 嬲るような笑みを浮かべ舌舐めずりをしながら銃口を木場へと向ける。木場もまた使命を果たす為に屈する訳にはいかず、再び左右の手に魔剣を創造した。

 

「面白い見世物だとは思うよ」

 

 吐き捨てる様に言う木場。それに対してフリードは歪な笑みを浮かべたまま片手に拳銃を袖の中へと仕舞う。

 

「なら次はすんごーく驚いちゃうか・も・よ!」

 

 不審な眼差しで見る木場の前でフリードは空いた方の手を腰の横へと持っていくと剣を抜くジェスチャーをする。

 

「はい!ちゅーもく!」

 

 ふざけた態度でフリードが見えない剣を突き付ける構えをとると、何も無い空間から滲み出てくるように新たな剣が姿を現す。

 

「まさか……!」

 

 息を呑む木場の前でその剣はエクスカリバーと同じ輝きを放ち始めた。

 

「そのまさかでーす! これもエクスカリバーどぅえーす! いいねぇ、その表情! 最高にそそられるわー!」

 

 二本目のエクスカリバーを前に木場は驚きを隠せない。フリードは哄笑しながら二つのエクスカリバーを交差し、その先端を木場に向ける。

 

「ウェックスカリヴァー! とウェックスカリヴァー! 最高に贅沢な二刀流でごいましょう! 奥さん! さあ! その気になる切れ味は目の前の悪魔を生け造りにしてご証明を!――あり?」

 

 意気込むフリードの耳元に直径が数センチ程の小規模な魔法陣が発生する。木場はすぐにそれが通信用の魔法陣であることに気付き、フリードの背後には少なくとも協力者、それもかなりの実力者が潜んでいることを暗示していた。でなければ、本来なら天使直轄の教会が保持している筈のエクスカリバーを、フリードが所持している説明が出来ない。

 エクスカリバーを木場に向けたまま、フリードは何やらぼそぼそと聞き取れない声で魔法陣の向こう側の人物と囁き合っていたが、一度だけ木場へと視線を向けた後、興醒めした表情で向けていた切っ先を下げた。

 

「はいはい。用事が入ったのでお楽しみ終了の時間でございます。名残惜しいですがまた来週!」

 

 フリードの袖口から黒い球体がいくつも零れ落ちそれが地面へと接触した瞬間、夜の帳が真っ白に染め上げられるほどの閃光が発せられた。反射的にその光の前に腕を翳し防いでしまう木場。閃光は数秒後に消え、辺りはもとの暗い景色へと戻っていた。

 木場は周囲を見渡すが、既にフリードの姿は無い。

逃げられた、そう考えた木場であったが即座にそれを否定する。

 

(――いや、違う)

 

 二本目のエクスカリバーを出された時点で木場の勝率は限りなく低いものとなっていた。それを自覚しているが為に耐えがたい敗北感が心の中で重く圧し掛かる。

 

「見逃されたんだ……僕は……!」

 

 激しく降り注ぐ雨。体中に降るそれは、木場には膝が折れてしまいそうになるほど重く感じられた。

 

 

 

 

 旧校舎のとある一室で制服の上着を脱いだシンはシャツの両腕の袖を捲り、両腕を突き上げる様にした状態で目を閉じ静かに魔力を集中させる。集中する意識が強い為か額からは汗が流れ、それが伝わって顎先から床に落ちる。その汗の後は床に幾十も跡を残している。

 現在シンの居る部屋は、リアスたちの魔術によって防音と多少の衝撃に耐えられるよう強化されており、人気の無い山奥で合宿していたときのように少しだけ無茶な特訓が出来る環境を整えられていた。

 ある程度まで魔力が両腕に溜まったのを感じ、シンは目を開けて己の両腕を見るがそれを見て若干表情を曇らせた。

 シンの紋様が浮かぶ右手にはシンが想像していた通りの魔力が蓄積されており、右手全体が蛍火を思わせる魔力で輝いている。一方で左手の方は右手の半分以下の魔力しか蓄積されておらず、右手との露骨な差を現していた。

 紋様の形状が変化する度に、シンは日々の訓練以上に精密な魔力の操作が出来る様になってきたが、最近になって紋様の無い左手との魔力操作の差が出始めてきていた。右手と同じぐらいの魔力を左手に送ると途端に留めるのが難しくなり暴発しそうになる。このせいでいまだに魔力剣の生成は右手のみでしか出来ず、それから派生させて生じさせる衝撃波も使用できない。

 今までも右手や『氷の息』を主な武器として使用してきたが、これから先も右手のみで戦っていけるという楽観的な考えも無く、また新たな手札が欲しいと考え左手の魔力の操作を、出来れば右手並みにまで引き上げたいと思っていた。

 そんなことを考えながらシンは壁に掛けてある時計を見る。シンがこの部屋に入ってから既に一時間以上が経過していた。

 額の汗を拭いながらそろそろ部室へと戻ろうとしていたとき部屋の扉が開かれ、そこからピクシーとジャックフロストが顔を出す。

 

「シン、終わったかホー?」

「そろそろ帰ろうよ。アタシ、お腹すいたー」

「ああ、すぐ帰る準備をする」

 

 シンが近くの椅子に掛けてある上着を着ながら二人に返事をする。シンは二人がこの特訓を見ていても暇であろうと判断し部室に預けていた。リアスたちの使い魔たちと戯れたり、アーシアや小猫と遊んでいる方が、訓練を見ているよりも二人にとっては有意義な時間であるとシンは考えていた。

 制服を着たシンは一旦部室の方に顔を出してから帰ろうと扉を出ると、そこにリアスの使い魔である赤い蝙蝠が飛んできて、キーキーと何かを伝えてくる。シンには理解不能であったが、ピクシーが代わりに内容を通訳する。

 

「あのね、リアスがついでにイッセーを呼んできてほしいんだって。今、イッセーはあけのと一緒に居て、二人ともここからすぐ近くのあけの専用の教室に居るらしいよ」

 

 ピクシーの通訳を聞いて分かったと使い魔の蝙蝠に伝える。リアスの蝙蝠は嬉しそうに鳴いた後、ピクシーとジャックフロストの側を飛んでから部室の方に帰って行った。

 

「また明日も遊ぼうねー!」

「ヒーホー! みんなにも伝えてホー!」

 

 手を振って挨拶をし終えたのを見て、シンは頼まれた仕事をしに二人が居るという教室に足を向ける。その最中に何故あの二人が一緒なのかと一瞬考えたが、すぐに答えが浮かび上がった。

 一誠がライザーとの一戦で、今持っている能力以上の力を引き出した代償として、自らの左腕を差し出すということがあった。その結果、一誠の左腕は赤い鱗に覆われた異形の腕と化し、日常生活に於いて支障をきたすものと思われていたが、あるとき一誠が朱乃に何処かへと連れられていき、戻ってきたときにはその異形の腕は元の人の腕に戻っていた。リアスと朱乃が説明するに、一誠の左腕の『神滅具』に宿る『赤龍帝の籠手』、その核である『赤龍帝・ドライグ』の魂から伝わってくるドラゴンの力が作用し、その左手を異形のものと変えていたという。

 そこで何故、代償として肉体を異形化させるのかという疑問が部員たちから挙がるが、リアスはあくまで様々な文献から得た情報を合わせての推測だという前置きをしてから、自らの考えを語り出した。この異形化という現象は一誠の裡にいるドラゴンが自分たちの力を十分に発揮させることが出来る様にする、いわば改造行為ではないかというものであった。如何に強力なドラゴンであろうと宿主が力を持たねばその脅威は発揮することは出来ない、ならば宿主の器を自分の力に適したものに変えればいい。しかし、そこには神器という枷と制約が付く、その二つを外す為には宿主の同意が必要であり、その同意を得る為に宿主に強力な力を与え、その代償に肉体の支配権の一部を得るのではないかと述べた。

 最終的には全身が異形と化せば、宿っているドラゴンの力も十二分に発揮出来るかもしれない、とリアスは最後にそう付け加える。

 話を聞き終わった直後の一誠は、異形化していた腕が治ったとき何故か浮かべていたニヤケ面を消して青い顔をした後、ちょっと待ってくださいと言って部室から出ていくと、何やら小声で言い争うのが聞こえてくるのであった。

 その日より一定期間が経過しており、リアスからは一定の頻度でドラゴンの力を抜き出さなければならないという言葉をシンが覚えていた為、今はその最中であると考えていた。

 シンが朱乃と一誠の居る教室の前に立つ。そのとき中から一誠と思わしき声が聞こえてきた。

 

「うひっ」

 

 興奮して上擦った声。正直な感想として鳥肌が立つような声色であった。中で何が行われているのか半ば嫌な予感がしつつも、とりあえず扉を二、三度ノックした後に二人の名前を呼ぶ。すると朱乃から入ってもいいという許可の返事が来た。

 シンが扉を開くと中に居たのは上半身半裸状態の一誠に肌の色が透けて見える程薄い白装束を着た朱乃が抱き付いている光景であった。

 

「なになに? どうしたの?」

「ヒホ? なんで扉の前から動かないんだホ?」

 

 その光景に思わず固まっているシンを不審に思い、ピクシーとジャックフロストが中を覗こうするが、それよりも早くシンは教室内に入り素早く扉を閉める。

 

「いい、お前らは入らなくていい。先に部室へ行っていろ」

「ええー、そう言われると気になるじゃん!」

「中で何があったんだホ! 気になるホー!」

「いいから先に行っていろ。部室の棚にお前たちの好物があるぞ」

「なら行く」

「お先にだホー!」

 

 シンの話を聞くとあっさりと二人は引き、一目散に部室へと去って行った。ピクシーたちが居なくなったのを確かめると、いまだ入ってきた状態のままの一誠たちにぼそりとシンは言葉を洩らす。

 

「……場所を考えてくれ」

「いやいやいや! そういうのじゃないから! ドラゴンの力を抜く為の儀式だから!」

「そうですわ。誤解しちゃ駄目ですよ。いま、イッセーくんからドラゴンの気を抜いているんです。――こうやって」

 

 そういって朱乃は徐に一誠の左手の指を口に咥え、明らかにわざとだと思える程の吸引音を立ててそれを吸う。一誠の顔は一気に紅潮し、その感触に声を出しそうになるが横で見ている友人の感情の起伏の無い視線を受け慌てて声を押し殺す。

 

「……もう少し時間が掛かりそうですか?」

「いいえ、もう終わっていますから」

 

 一誠の指から口を離し、微笑む朱乃。先程の行為は儀式の内容を実践してみせるのではなく、一誠の反応を窺う意味合いが含まれているものに感じられた。ただの悪戯心、あるいはサディスティックな性格からくる行為か。シンは以前、朱乃は天性のサド気質を備えていると聞かされたことがあるので、恐らくは後者であると考える。

 

「部長が呼んでいるから早く行け」

「お、おお!」

 

 てきぱきとした動きで上着を着ると、一誠は慌てた様子で教室の外へと飛び出していく。

 

「ああ、なんていうか、うーん……」

 

 教室から出た一誠はしばらく歩いた後に、先程の光景を思い出し軽く頭を抱える。異性に先程の光景を見られても気不味いが、同性に見られてもやはり気不味い。ましてや日頃から自分と比べても真面目とも言える相手に見られ、なおかつ木場の一件があっただけに薄情な奴であると思われたかもしれないと考えていた。

 

『いちいち女とイチャついていたのを見られたぐらいで気を滅入らせるなよ、相棒』

「そう言ってもな……」

『はっ! このままされても別にいいと考えていた癖にか?』

「うっ! くっ! 自分の煩悩が憎い!」

 

 誰も居ない廊下で言葉を交わし続ける一誠。しかしそれは独り言では無く、一誠の内に宿る『赤龍帝・ドライグ』と会話をしているが為であった。ライザーとの戦いで『禁手化〈バランスブレイク〉』を使用して以降会話をする機会が無かったが、最近になって今のように会話を交わすぐらいまでの友好関係、あるいは繋がりが二人の中で出来ていた。

 

「にしても腕が治るのはいいけど……本当に俺、ドラゴンになったりしないよな?」

『くどいぜ、相棒。確かにリアス・グレモリーの言っていることに特に間違いは無い。だけどな、一つだけ間違っていることがある。それはな、俺が自分を強くさせるために宿主を踏み台にはしないことだ』

 

 真摯な響きを持つドライグの言葉にそれ以上は一誠も言えなかった。左腕を代償にしたのは一誠自身も了解したことであり、それに見合う以上のものを得ることが出来た。

 

『まあ、身体の一部を代償にするのは『神器』の特性みたいなもんだ。俺だけじゃなく他の『神器』もそういった特性を持つものもある。なるべく早く俺の力に慣れるようにしろよ? 気付いたら首から下がドラゴンになっていたなんて、笑い話にもならないからな』

 

 ドライグはからかいつつも宿主を気遣うようなことを言う。その言葉に一誠は改めて気を引き締め、胸の内にある己の今の目標を口にする。

 

「分かっているさ、ドライグ! 俺もこのままを甘んじるつもりはない! そう全ては部長のおっぱいを吸う為に!」

『……ああ、うん、気合だけは伝わってくるな』

「ああ! 吸うさ! 絶対に吸ってやる!」

「何を吸うの?」

「何を吸うんだホ?」

「えっ? うお!」

 

 廊下の曲がり角からひょっこりと顔を出すピクシーとジャックフロストに一誠は裏返った声を出し驚く。その後も一体何を一誠が言っていたのかしつこく聞いてくる二人に、しどろもどろな言葉を出しながら目を泳がせる一誠。

 そんな一誠の頭の中でドライグの溜息だけははっきりと聞こえるのであった。

 

「うふふ、貴方じゃなくてリアスだったなら一体どんな反応をしていたんでしょうね?」

 

 一誠が去って行った後、朱乃はクスクスと小悪魔のような笑みを浮かべる。普段は年齢以上の艶がある朱乃であるが、このときは年相応の幼さが感じられる。しかし、格好自体はとても幼さを感じさせるものではなく、シンはじろじろと見る訳にもいかず適当な方向に顔を向け、視線を逸らしつつ朱乃に言葉を返す。

 

「きっと部長はやきもちを焼いて、一誠はそれを見て困惑しているんじゃないですか?」

「あら? 間薙くんもそう思います? さっきイッセーくんから聞きましたけどまだまだ進展は無いみたいですね。イッセーくんもそうですけど本当、リアスやアーシアちゃんも奥手ですね、うふふ」

 

 朱乃との会話の中、シンは朱乃がリアスのことを普段読んでいる『部長』ではなく『リアス』と呼んでいることに気付く。そして改めてそこで思う。リアスと一誠以外の眷属はどれほどの年月の付き合いがあるのか、と。

 

「姫島先輩は部長との付き合いは長いんですか?」

 

 思いついた疑問を口にする。

 

「うふふ、そうですわね。私が十歳のときからの付き合いですわ。長いと言えば長いのかもしれませんね。眷属になったのはジュニアハイスクールに入る前ぐらいでしたけど」

 

 その記憶には善き思い出と悪い思い出が混在しているのか楽し気であった微笑みが、やや湿っぽい笑みへと変わる。

 

「それから少し経ったぐらいですね……祐斗くんがリアスの眷属になったのは」

 

 その言葉に、シンの軽く握っていた拳の指先が意図せず動く。朱乃に気付かれない程度の動きであったが、それはシン自身にしか分からない微かな動揺であった。

 

「今の彼は初めて会ったときの彼とよく似ているわ……思い詰めていて、常に張り詰めた顔をしていたときの彼に」

「……そうですか」

 

 短い言葉を呟くように行った後、シンは教室の扉に手をかける。

 

「でも、あの頃と今の彼とでは違うものがある。リアスや私も含めた眷属、そして貴方もよ、間薙くん」

 

 シンは何も言わず視線だけを朱乃へと向けた。

 

「きっと彼が苦しんでいるときがあったら、貴方も支えるのを手伝ってくれるかしら?」

 

 朱乃の言葉にはからかうような喜色も試すような色も無く、ただ純粋に木場を思って発せられた願いが込められていた。

 シンはそれを聞いた後、無言で教室の扉を開き外へと一歩踏み出す。そして扉を閉める間際――

 

「そうなったときは、そうなればいいとは思っています。――あと早く着替えないと風邪を引きますよ」

 

――そう言葉を残して、教室の扉を閉めるのであった。

 

 

 

 

 その日の部活動を終えピクシーたちを連れて帰路に着くシンであったが、その道中どこか見覚えのある人物が待ち構えていた。

 

「どうも。今、お帰りですか?」

 

 神父服を纏った男性。その親しげに話しかけて来るがシンにはその人物の名に心当たりはなかった。

 

「ああ、自己紹介がまだでしたね。私の名はアダムと申します。今日はこれを届けに参りました」

 

 アダムは懐から生徒手帳を取り出してシンへと渡す。中身を確認すると間違いなくそれはシンの生徒手帳であった。アダムはこれを貴方とぶつかってしまったときに拾ったのだと説明をした。そこでシンはどうして目の前の神父に見覚えがあるのか合点がいく、確かに雨の時誤って接触してしまった人物であった。

 

「どうもありがとうございます」

「いえいえ。神に仕える身として当然のことをしたまでです。此方こそ、住所を調べるためとはいえ貴方の生徒手帳を勝手に覗いてしまいましたから」

 

 頭を下げるシンに謙遜した態度を取るアダム。しかし、次の言葉で場の空気が一転する。

 

「――だからそこの御二人も私に礼なんて不要ですよ」

 

 不意に掛けられた言葉にピクシーとジャックフロストの肩が跳ね上がる。適当に言ったのではなくアダムは態々目線を下げて二人を見ながら喋りかけていた。

 

「珍しいですね。こんな人の大勢いる地に妖精と雪の妖精も居るなんて、それをひき連れているあなたも珍しいですが」

 

 人の良さそうな笑みが消え、にやにやと相手を挑発する底意地の悪さを感じさせる笑みを浮かべるアダムに、シンは穿つ様な眼差しを向ける。そのとき、シンの目の前の人物に対しある種の違和感を覚える。

その違和感は――

 

「教会の『悪魔祓い』か?」

「フフ。さあ、どうなんでしょうねぇ? そこら辺の想像はお任せします」

 

 質問に真面目に答える様子は見せず曖昧な言葉を返してくる。

 

「ここで立ち話もなんですし少し場所を変えませんか? これからのことで貴方に聞かせたい話が有るので。損はさせませんよ」

「それが罠じゃない証拠があるのか」

「それなら態々危険を冒してまで貴方にそれを届けに来ませんよ。それよりも貴方が帰宅したと同時に家ごと吹っ飛ばした方が遥かに楽なので」

 

 接触してきたことこそ罠でない証拠と言うが、それを簡単に鵜呑みにするほどシンもお人よしでは無い。しかし、何かしらの情報をもたらすということを無視することも出来ない。しばし考えた後、シンは答えを出す。

 

「いいだろう。話だけは聞く」

「賢明な判断です。決して聞いておいて損はしない話ですよ」

 

 そこから十数分程歩いて移動をする。付いた場所はどこにでもあるような公園であった。そんなに広い公園ではない為、すでに人の気配は無く今この場に居るのはシンとアダムの二名のみ。

 

「それで、お前が言う損はしない話はなんだ?」

 

 両手をズボンのポケットに入れながら、やや横柄とも言える態度でシンは尋ねた。実際にはこの格好にも意味が有り、手を入れているポケットの中には携帯電話が握られており、いざというときにはリアスと即連絡がとれる状態となっている。

 

「間薙さん。貴方は聖剣というのをご存じで?」

「――いや」

「対悪魔にとって絶大な効果を発揮する武器。人間が悪魔を打倒する為の数少ない兵器の呼称とでもいいますか……実はね、その聖剣がこの街に在るんですよ」

「何……?」

「正確に言えば持ち込まれているというのが正しいですかね。現在三本、ああ今日新しく二本追加されるんで合計五本ですね。教会側から聖剣持ちの人間が派遣されるらしいので」

 

 アダムの言葉にシンの眉間に皺が寄る。悪魔にとって有利とも言える情報をぺらぺらと喋ることを不審にしか捉えられない。嘘であっても真実であっても、このことを話すアダムに何のメリットがあるのか理解できなかった。

 

「それを俺に教えて何になる」

「知れば動くかもと思いまして……あの木場という青年みたいに」

 

 シンの視線に剣呑としたものが含まれ、纏う空気に肌を差すようなものへと変わり始めた。

 

「どういうつもりだ」

「いろいろと貴方方に動いてもらった方がこちらとしては有り難いので」

「目的はなんだ。聖剣と悪魔の共倒れか?」

「そんな物騒な物じゃないですよ。平和の為です」

「陰でこそこそしている奴の言うことを信じろと」

「表で堂々としてようが陰でコソコソしてようが、言っている内容が同じなら結局信じるのは貴方次第ですよ。別にいいですよ、無視して黙っていても」

「挑発のつもりか」

「気になさったのなら謝りますよ。何せこういった口調には慣れていないもので」

 

 威圧する様に言ってもアダムはその笑みを崩さず、全てを受け流してシンの問いに答えていく。シンにしても多少の変化を求めて言葉にやや感情を乗せていたが、これ以上は無意味と悟り口を閉ざす――かに思えたが最後にある疑問を口にした。

 

「もう一つ聞きたい」

「はい。何なりと」

「お前……本当に人間か?」

 

 その問いに虚を衝かれたのか、アダムの顔から貼り付けられた笑みが消え、少しだけ驚いた様に目を丸くする。そして、その後に出てきたのはまるで質の違う笑み。口を三日月状の形に変え目も同じく弧を描くように細まる。その笑顔を出した途端、足下に居たジャックフロストはシンのズボンを掴みがたがたと震えだし、同じく肩に座っていたピクシーも全身を大きく震えさせる。かくいうシンもその笑みを浮かべられた瞬間から背中に冷たい汗が流れ始め、目の前の人物の姿が何倍にも大きく見える様な錯覚を覚えた。

 

「お前、面白いな」

 

 丁寧だった口調から粗野な口調へと変わる。目踏みするかの様にシンを見ていたがやがてその笑みは消え、元の張り付けられた笑みへと変わる。

 

「くくく、すみません。つい愉快なことを聞かれたので……ああ、そうそうもう一つお伝えすることがあるんです―――が、その前にあちらの方からお話がありそうですね」

 

 アダムがシンの背後を指差す。そこでシンが振り返る。

 

「うげ」

 

そこには記憶にある人物にピクシーは嫌そうな声を洩らす。

 

「おおう! 最近は何てついているんでございましょう! あのクソすかした『騎士』くんに一杯喰わせたと思ったら、今度は神父を血祭りパーティーにしようとした矢先に俺様のぶち殺したい悪魔ランキング一位の中途半端悪魔君に出会えるなんて! これも日頃の行いの良さですか! それとも神の思し召し! それなら神様にお礼を言おう! せーの! ×××××××!」

 

 夕焼けの中で白い頭髪を朱色に染め、狂気を撒き散らしながら『はぐれ悪魔祓い』フリード・セルゼンが現れる。

 

「何だかお喋りしている最中に俺様登場! アーンド 俺様キリングタァーイム! という訳で死んじゃってくんね? ひゃはははははははは!」

 

 

 




今回はフリード活躍回になってしまいました。
個人的にはあのキャラは嫌いじゃないですね、だからといって好きというわけでもありませんが。

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