ハイスクールD³   作:K/K

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斬傷、口車

「いやー、随分と賑やかなお知り合いがいるようですね」

「そんな間柄じゃない。ただの敵同士だ」

 

 フリードを前にして態度は変わらず冗談を口にするアダムだが、シンの方はそんなアダムに素っ気なく応じる。

 

「ちょうどそこの神父さんで僕てぃんのノルマは達成ですねえ! つーわけで早く死んでくんない、とっとと殺されてくれよぉ! あ、そこの中途半端くんも一緒にね」

 

 ころころと表情を変えながらもその口からは獲物を嬲る蛇のように唾液で光る舌を垂らし、いまかいまかと飛び掛かるタイミングを計っているかのように忙しなく動かしている。その形相の生理的嫌悪は人すら越え人外にまで悪影響をもたらし、前回会ったピクシーは勿論のこと、初めて会うジャックフロストもフリードのそれに悪寒を感じていた。この域に来れば最早才能の一つと言っても過言では無かった。

 

「うわぁ……やっぱ気持ちわるい、この人」

「ヒ、ヒホ! 背中がゾクゾクするホー!」

「お褒めの言葉ありがとうね! 羽根虫ちゃんに不細工雪だるまくん! お礼と言っちゃなんだが、その羽根虫ちゃんはホルマリン漬けにして棚に飾って、そっちの不細工雪だるまくんはかき氷にして喰ってあげるよ! あ、シロップはイチゴ味で」

 

 誰彼かまわず狂気を撒き散らすフリードの姿は、以前の堕天使勢と戦ったときから何一つ変化は見受けられない。ただ、よく見るとフリードの腰には実剣がベルトで固定されており、以前の堕天使の力による光の剣は見当たらない。そして、シンは先程のアダムとの会話からその実剣に対しある程度の予想が出来ていた。

 

「気をつけて下さいね。あの腰にある剣、間違いなく聖剣ですから」

 

 シンの予想を確実にするアダムの言葉。正直な所、予想通りの言葉よりも予想を裏切る結果になって欲しかった。

 

「はい! そこの神父さんの言う通りです! ただちょっと訂正部分がありますよーん!」

 

 良く聞こえるらしい耳でアダムの言葉に反応したフリードは玩具を自慢する子供のように腰に差していた聖剣を鞘から抜き放つ。実際の所、どんな聖剣であろうとフリードの認識にしてみれば蛇蝎の如く嫌う悪魔を簡単に葬れる楽しく愉快な玩具でしかなかった。

 

「聖剣は聖剣でもスぺシャァァァァル! な聖剣、エクスカリバーでございまぁす!」

 

 掲げた聖剣の剣身から閃光が奔る。その光を見た途端、軽い頭痛がシンに起こる。目を細めても太陽を直視しているかのような目の痛みを感じ僅かに顔を顰めた。ピクシーとジャックフロストもその光が放たれた瞬間に、本能が危険を悟ったのか慌ててシンの背後へと周りその影の中で光を免れようとする。それほどまでにその光は危ういものであった。

 

「エクスカリバー? そんな大層な武器があいつの手の中にあるのか……世も末だな」

 

 木場が自らの存在理由に挙げていた武器の名。武器の知識に疎いシンであっても、人生の中で何度か耳にしたことがある程に有名である。もし、フリードの言った通りそれが本物ならば少しは感動的な気持ちになるかもしれなかったが、肝心の持ち手が狂人なだけ感動も薄れるどころか微塵も感じず、放たれる光すらも曇って見えてきた。

 

「くくく、そう言わないで下さい。アレが衆目に晒されるだけでも教会の恥なのに、ましてや教会を離反した『はぐれ悪魔祓い』が持って入ることが知れたら、信心深い教会の人間は憤死してしまいますよ」

「その割には楽しそうな顔だ」

「生まれつきこういった顔なんですよ」

「そうか……ちっ!」

 

 シンが突然、アダムの右肩を突き飛ばす。このとき同時にピクシーとジャックフロストに自分から離れる様に指示を出す。

 

「おっと?」

 

 後方へとよろめきながら後ずさるアダムとシンの中間点に黄金の閃光が奔る。その閃光を放つのはエクスカリバーを上段から振り下ろしたフリード。

 

「はい! お喋りタイム終了! 今からはバトルタァァイムだじぇい!」

 

 振り下ろされたエクスカリバーは地面に叩きつけられるかと思われたが、その直前にフリードは手首を返し斜め上へと斬り上げる。その刃が狙う先に立つのはシン、与えられた仕事よりも個人的感情を優先しての結果であった。

 シンは迫る刃の輝きに目を細めながらも決してそこから目を離さず、息をするような感覚で悪魔の力を引き出し右腕の紋様を輝かせる。

 そして、シンは自分の顎下から入り後頭部へ抜けていくであろうエクスカリバーの軌跡を読み取り、その場から一歩後方へと体を引く。シンの思い描く軌跡通りにエクスカリバーはシンの眼前を通り過ぎていくが、そのとき微かにエクスカリバーの剣先が頭部に触れ、何本かの頭髪を散らす。その感触に自分の読みの甘さを感じつつも、シンは空振ったことで大きく体が開いたフリードの懐に飛び込んだ。

 

「甘ぇ!」

 

 しかし、フリードは振り上げられるエクスカリバーを強引に振り下ろす。並はずれた筋力と技量によって為すフリードの反撃。シンが接近している状態の為、最も力が乗る刃先では無く柄本の部分による斬撃となってしまうが、触れればそれだけで致命傷にとなりかねないエクスカリバーには十分であった。

 衝突する肉と鋼の音。

 振り下ろされたエクスカリバーの刃はシンへと食い込むことは無かった。シンが降ろされる直前に掲げた右腕がエクスカリバーの柄に押し当てられてそれを防いでいたからだ。

 

「やるねぇ!」

 

 戦闘による高揚感から表情を歪ませるフリードに対し、シンは僅かに目を細めるだけで特に表情の変化は無い。互いの顔付きがそれぞれの内面を如実に現していた。

 フリードの両手で握られていたエクスカリバーから素早く片手が離れる。その片手にシンはほぼ条件反射で左手を動かしその手首を掴み上げる。それと同時にフリードの袖口から拳銃が現れた。そこでフリードの手首を握り潰せたのならシンにとって有利に働く展開となったが、生憎力が不十分な左手ではそれも叶わず、自らチャンスを潰したことに内心舌打ちをする。

 互いに両腕が封じられた膠着状態。しかし次の瞬間には両者迷う事無く力の限り額を衝突させ、鈍い音を木霊させながら零距離で睨み合う。

 

「ハハハ! 頭の抜けた堕天使様のときはほぼ外野だった癖に随分と手ごたえあるじゃない!」

 

 先程の一撃でフリードの額は割れ、そこから鼻筋にかけて鮮血が流れていくが、当の本人はそれに対し一切痛がる素振りは見せない。シンの方も大したダメージは受けていないが、悪魔の力を使っても怯まないフリードを見て、中身も外身も人外であると認識をした。

 

「んん? どうしたのかなぁ! さっきから無口なんだけどぉ? 一人でお喋りしてもつまんないー!」

 

 フリードは饒舌に喋りながらも周りの存在の動きに注意を怠らない。狂人であっても戦闘に関してはまともな思考が働くらしい。だが、それでもフリードの認識はこの瞬間まで甘かったと言わざるを得なかった。

 フリードの言葉に反応したのか閉口していたシンの口が軽く開く。それを見て何かを言うのかと思っていたフリードの眼前が突如白一色と染まった。

 

「んだそりゃぁ!」

 

 シンから至近距離で『氷の息』を吹きかけられたフリードは一瞬で氷付いていく肉体の感覚に素早くその場を離れようとするが、エクスカリバーを持つ手は放れるがもう一方の手は強く握られ放すことが出来ない。

フリードは持つ手を斬り裂こうとエクスカリバーを振るう。手応えはなかったが振るわれたエクスカリバーを避けたのか手首からの圧迫感は消え片手が自由となる。

 

「あああ! くそがぁ! どこだぁ! 見えねぇ!」

 

 至近距離から放たれた冷気の影響でフリードの瞼は瞳の水分によって凍り付き閉ざされた状態となっていた。闇雲に聖剣を振るうが当たる気配は無い、それどころか移動しながら様々な場所で冷気を吐きかけフリードに場所を悟らせずかく乱をする。

 体の芯まで凍てつかせる冷気がフリードの体を蝕んでいく。徐々に体の動きが鈍くなっていく現実にフリードの心の奥底にある感情を奮い立たせる。

 

「……な」

 

 常に声を張り上げているフリードからは想像もつかない程のか細い声。

 

「……んな……ざけんな」

 

 体中を覆い尽くす氷の膜の中でフリードの動きがついに止まるがその口と舌はいまだ動き続ける。

 

「ふざぁけんなぁ! このクソ悪魔がぁぁぁぁぁ!」

 

 シンの一方的な攻撃に於いて、フリードの怒りが頂点へと達し感情が爆発する。

フリードにとって悪魔もそれに連なる者も所詮は嬲り、苦しませ、殺すという、自分の気持ちを高揚させる玩具であり、それ以上もそれ以下でも無かった。そういった一方的な関係は、自分が死ぬその瞬間まで永遠と続くと言う考えがフリードの中にあった。

それにケチがつき始めたのは赤龍帝との邂逅。悪魔の分際で自分に対し偉そうに説教を噛ましただけでなく、薄汚い手で自分の頬を殴り飛ばしたという事実、執念深いフリードにとっては忘れたくとも忘れられない屈辱であった。

 それから暫くしてある協力者の手によりエクスカリバーと言う強力な武器を得て、その力によって一誠と同じくグレモリーの眷属であり一度は剣を交え、そして追い詰められた、気に入らない『騎士』に恥をかかせることが出来た。

 屈辱の傷を癒すほどのものではなかったが、それでも晴れやかな気分となるには十分なものであった。そして、今度はあの戦いでの別れ際に有無を言わさず石を放り投げてきた生意気な半端者と鬱陶しい教会の人間を見つけ、気分よく切り裂いてしまおうかと考えていたが、その結果が今の状態である。

 前回の勝利で高揚していた頭に文字通り冷たいものを掛けられたことでその感情の振り幅は大きく、元々感情の沸点が低いフリードが限界を迎えるのは無理も無いことであった。

 

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すす殺す殺す殺す殺す」

 

 怒りはすぐさま殺意へ変換され、怨嗟の言葉となってフリードの口から漏れ始める。そうでもしなければ頭の中身が破裂しかねない程、フリードの脳はその感情一色に染まっていた。それ以外の感情を不純物としその殺意のみを滾らせる。その行動は現状にある変化をもたらした。

 フリードの持つエクスカリバーが、その感情に答える様に刀身の輝きを増し始める。それによって放たれる光がフリードを守るようにして包み込み、凍り付いていくフリードの肉体を徐々に解凍させていった。

 

「あの白髪の意志に反応したか……いやいや人は皆平等という言葉があるが実際に見ると理不尽にしかみえねえな」

 

 フリードを包む光が膨張し続けていくのを見て皮肉った笑みを浮かべながらアダムは誰にも聞こえない程の声量で独り呟く。その間にもエクスカリバーの光は冷気を押し戻していき遂にはそれを相殺した。

 それを見てシンは冷気を吐くのを止め、若干険しい表情となる。

 

「ひひ、ひひゃはははは! こいつは何の冗談ですかぁ! あいつぶっ殺してぇと思ったら何と聖剣様が手を貸してくれましたよー! やだ! 俺ってもしかして奇蹟起こしちゃった? 死んだら聖人に祭り上げられちゃうかも!」

 

 服に張り付く薄い氷を落としながらフリードの口調は元の軽薄なものへと変わる。それは精神的余裕を取り戻したという証でもあった。

 

「キミィ、少し追い詰められたけど御蔭様でコイツのコツが分かった気がしますぜぇ。どうもあざーっす! お礼に殺してやるよ!」

 

 エクスカリバーを片手に構え剣先を地面へと向ける。

 

「次の一撃、回避に徹しなければ死にますよ、間薙さん」

 

 フリードの動く直前にアダムの声が耳に入ってくる。

フリードが一歩を踏み出した瞬間、数メートルあった両者の距離は一気に零となる。先程までとは比べものにもならない踏み込みによって、フリードにあっという間に懐へと潜り込まれていた。

 

「死ねやぁ!」

 

 木場とほぼ互角と言ってもいい程の高速の動き、そしてそこから繰り出される斬撃もまた木場に勝るとも劣らない。

 首を狙った横薙ぎの斬撃をシンは頭を下げ辛うじて回避する。それは事前に掛けられたアダムの声と、それによりシンが予め狙う場所に当たりをつけていたことによる回避であった。

 シンが低い体勢から拳を突き上げるがその速度によってフリードは易々とそれを躱し、躱しづらい胴体に向けてエクスカリバーを振るおうとする。が、それをさせまいと横からピクシーの電撃がフリードに横槍を入れる。フリードは舌打ちして剣身で電撃を受け止めるが今度は幾つもの巨大な霜柱がフリードを足元から突き上げた。そのまま宙へと放り出されたフリードは素早く体勢を変え、シンから離れた場所に着地する。

 

「ああ、あ゛あ゛! 鬱陶しいねぇ!」

 

 相手を殺す機会を奪われフリードは言葉を吐き捨てるが、それに動じることなくピクシーとジャックフロストがシンの横へと並ぶ。

 

「随分と頼りになるマスコットじゃないですかぁ? はっはー! クソッタレがぁ!」

「生憎、伊達や飾りじゃないんでね。仲魔〈こいつら〉は」

 

 毒吐くフリードに表情一つ変えずにシンは答える。しかし、彼という人物を知っているのならばその無表情が何処か誇らしげに見える印象を受けるかもしれない。

 

「おかげで助かった」

「ふふ……どういたしまして」

「ヒ、ヒホー! オイラたちにだってこれぐらい出来るホー……」

 

 シンの礼の言葉にピクシーたちは言葉を返すがその声に力が無い。ピクシーの表情は青褪めており、ジャックフロストも汗の様に体表から雫が垂れていることはシンはこのとき気付く。シンは比較的に軽い症状で済んでいるがピクシーとジャックフロストにはエクスカリバーの放つ光はかなりの負担になるらしくこの場に立っているだけでも体力を蝕んでいく。

 このときシンの脳裏に二つの選択肢が浮かび上がるが、シンは迷わず片方の選択を選ぶ。

 シンがその選択を成功させる為にジャックフロストに向け小さく自らに考えを伝える。ジャックフロストは少し驚いた顔をしたが、すぐにその首を縦に振った。

 しかし、その考えを実行させまいと動く存在がこの場にいる。

 

「なぁーに相談してんですかぁ! オレッチも混ぜて頂戴!」

 

 どういう理屈かその場で跳び上がったフリードが、シンに向かって矢のように一直線に飛び込んでくる。踏み込む速度や剣速だけでなく、フリードの動きそのものが何らかの力によって加速をしている様子であった。

 シンの体を縦に両断せんと力の限りエクスカリバーを振り下ろすが、それを片足を軸にし半身になって避ける。外れたエクスカリバーは地を割り砂塵を巻き起こす。そのまま隙が出来るかと思われたが、その土埃を切り裂いてフリードの追撃がシンへと迫る。

 フリードが回避しづらい足首を狙った横薙ぎの斬撃。既に間合いにいるシンの逃れる道は一つしかなく悪手と思いながらも両足を地から離して跳び上がる。正確に言えばフリードによって跳び上がらせられた。

 

「イヤッハー!」

 

 狂喜を露わにしながら宙で回避行動のとれないシンにフリードの更なる追い打ちを繰り出す。その刃の向かう先はシンの胴体。

 が、そこで横からジャックフロストによる無数の氷柱が、フリードを妨害する為に放たれていた。フリードの視線はシンへと向けられていたが、迫る危険にフリードの本能が察したのか、反射的に刃の先がシンから氷柱へと変更される。

 無数にある筈の氷柱の砕ける音が一つに集束して聞こえる程の高速の斬撃。それらを打ち払ったフリードの表情は狂喜から顰め面へと変わっていた。今の迎撃によりシンを両断する機会を失った為である。

 シンは爪先が地面へと触れた瞬間、一気に前へと飛び込む。その間に右手は拳を作り、狙う先をフリードの頬へと決めていた。エクスカリバーを持つ手は氷柱を撃ち落としたために横へと伸ばされ、シンを迎え撃つには間合いを広げ過ぎている。

 シンはこの攻撃をフリードと再度距離を開こうと考えてのものであったが、次のフリードの行動によりその考えが浅はかであったことを身を以て実感することとなる。

 フリードのもう片方の手が腰の部分へと触れる。その一見すると意味の無いように見える行為。しかし、それを見た瞬間シンの第六感が凄まじい警鐘を鳴らす。

 

「ッチ!」

 

 その警鐘に従い両足で地面を踏みしめ急停止をするが僅かに遅かった。フリードが腰に当てた手を下から上へと突き上げる動作をしたとき、シンの右腕の肘から手首にかけ赤い筋が刻まれる。

 

(――斬られた)

 

熱の様な痛みを感じながらそうシンは実感する。それが正解であるかを示す様に赤い筋からは血が零れ出し、同時にそれ以外の何かが抜け出ていくような脱力感がシンを襲う。

 聖剣に斬られるということ。望まずにそれを知ったシンであったが、次なる危機はもう既にそこまで迫っている。

 

「これでジ・エンドでございますですよぉ! 悪魔ちゃぁぁん!」

 

 フリードの手に握られている見えざる剣。それが聖剣であることは既に身を以て理解をしている。傷に手を当てる暇も無く迫る不可視の聖剣。振るわれるタイミングが判り辛くその剣身の長さも幅も判らない。姿が見えることと見えないこと、ただそれだけの違いではあるが、実際に目の当たりにすると視覚が効かないということが非常に厄介であることを知る。

 危機的状況。だが、それを打破するのはやはり仲魔の存在であった。

 

「あぶない!」

 

 ピクシーが思わず放った電撃。その雷が吸い込まれるようにして不可視の聖剣へと直撃をする。だが、その電撃も聖剣の持つ光によって阻まれフリードに伝わる前に霧散する。フリードに被害は無い。しかし、ピクシーの電撃が聖剣へと触れた僅かな一瞬紫電の光が剣身を奔り、その光が見えざる姿を刹那の間だけ形作りシンの前へと曝け出す。

 シンはピクシーによって得られた情報から瞬時に判断しその場で後ろに大きく仰け反る。その直後、顔面上を不可視の聖剣が通過した。剣圧によって前髪は揺れ、巻き起こる風に頬が叩かれるがそれ以上のことは起きない。

 シンは後方に倒れていく勢いを利用し、更に爪先で土を蹴りつけると大きく跳び上がる。宙に舞うシンの視界は上下逆さまとなり、そこで跳ぶシンを呆けた顔をしたフリードと目が合った。

その瞬間二度目の『氷の息』をフリードへと吹き付ける。だが、これだけでは終わらない。

 

「ヒーホー!」

 

シンの攻撃を合図にジャックフロストもまた大きく口を開き、そこから冷気を吹き出し始める。二つの白い冷気は急速に公園内に広まっていきフリードの視界を遮ってしまう。

 

「またその手ですか? 芸が無いぜぇ!」

 

 フリードのエクスカリバーに力を込められその輝きが増すが、あくまで自身の周囲の冷気から身を守るだけに留まり一向に視界が晴れない。思っていたよりも濃い二重の冷気による煙幕にフリードは舌打ちをする。

そのときフリードは背後に何かが迫る感覚を覚えた。

 この視界の聞かない中、奇襲を仕掛けようと考えていたのであろう、相手の考えを内心で嘲笑しながら、背後に振り向くと同時にエクスカリバーを振るう。刃は背後のそれに容易く食い込み、そのまま切り抜けて上と下とを切り離すが、切り裂いたフリードの顔に浮かぶのは訝しげな表情であった。

 これまで数え切れない程の人を斬ってきたフリードだからこそ分かる手応えの違和感。そんなフリードの足元に先程切ったものが転がってくる。

 それは氷の塊であった。目も鼻も口も無いが楕円形に形作られたそれからは、辛うじて頭部を連想出来る程お粗末な出来。

 相手に騙されたという事実にフリードのこめかみに青筋が浮き上がる。口元をひくつかせながら周囲を良く見ると白い靄の中に浮かび上がるいくつもの影。それを見たフリードは感情に任せ大きな怒声を上げる。

 

「何の冗談ですかねぇ、これは……お人形遊びは趣味じゃねえんだよ!」

 

 一番近くにある影にエクスカリバーを振るう。影は斜めに切断されずり落ちた上の部分が地面へと落下するがそれもまた氷の塊であった。

 

「いつまでふざけてんだぁ! 早く殺りに来て頂戴よ!」

 

 更に聖剣を薙ぐと一気に三体の影が斬り倒される。だがそれら全て氷で出来た人形の出来そこないであった。

 口元をひくつかせていたフリードは今度は瞼も震わせ、両手に持つ二本の聖剣も腕からの伝わる震えによって小刻みに剣身を揺らす。

 

「とっとと姿を見せろやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 フリードの持てる力を可能な限り注ぎ込まれた二本の聖剣が夕暮れを白夜へと変える程の輝きを放つ。その光によって周囲の冷気は一掃され視界が回復していくが、晴れた先にあったのは自分以外の誰もいなくなった公園と殆ど溶け、それによって出来た水たまりの上に浮かぶ氷の礫のみであった。

 

「あは……あはははは。もしかして逃げちゃいました?」

 

 周囲を見渡すがシンもピクシーもジャックフロスト、そしてアダムの姿も消えている。それを意味するのは一つだけ。相手の逃亡であった。

 

「はっはっはっはっ。いやー、まだ余力がありそうなのに逃げちゃいますかぁ。そうですかーマジですかー、はっはっはっはっはっはっはっはっ」

 

 夕暮れで紅く染まる公園で一人笑うフリード。だが――

 

「ふっ! ざけんなっぁぁぁぁぁぁぁぁ! あのクソッタレ悪魔と神父がぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 ――唐突にフリードは感情を爆発させ、この場に居ない相手を口汚く罵る。それでも納まりきらない怒りが暴力という形となり公園内にある遊具にエクスカリバーを叩きつけ、八つ当たりをし始めた。鉄製のジャングルジムは聖剣の切れ味によってその二度と遊べない形となり、滑り台やブランコなども唯のガラクタへと変えていく。

 斬るものが無くなってもフリードはまだ滅茶苦茶に剣を振り、最後にはその剣の勢いでバランスを崩し背中から倒れてしまう。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!」

 

 仰向けに倒れたフリードは荒く息を吐きながら、内にある感情を吐き出す様に公園内で獣の様な叫びを上げるのであった。

 

 

 

 

 フリードが叫びを上げている一方でシンの方は肩にピクシーを持ち右手でジャックフロストを抱えて公園から離れていた。

 

「あのー、助けて貰っておいてなんですがこの運び方は止めて貰えません?」

 

 空いた方の左手で襟首を掴まれ、靴の踵が地面に勢いよく削られているアダムが小さく抗議の声を上げるが、シンは後回しだと言わんばかりに走る速度を上げる。それにつられて引き摺られるアダムも両足がその勢いで何度も跳ね上がる。

 公園からかなりの距離が開いたところでシンは走る速度を緩め、近くに腰を掛けられる場所はないかと辺りを見回す。するとちょうどバス停が近くにあり、そこに何年も雨ざらしにされていたせいで塗装の剥げたベンチもあったので、そこに皆を連れて座り一息を吐く。

 幸い近くに民家は少なく、日も落ちた為人の姿も見当たらない。一応、周囲を確認してからシンは制服の右袖を捲り、血を含んだシャツも捲る。

 フリードに付けられた傷は深さも長さもそれほど大したものではなかったが、傷口からは絶えず鮮血が流れ続け、斬られてから時間が経っているにもかかわらず、今この瞬間に斬られたような生々しい傷であった。

 そしてなによりも、先程からシンの体調は優れず虚脱感と倦怠感が体に纏わりついている。この症状は以前堕天使の光で怪我を負ったときの症状と似ていた。だが。あのときは腹部に穴が開く程のものであったが、聖剣の傷はそれに比べれば遥かに軽傷である。

 シンはピクシーの名を呼び、腕に治癒魔法をかけて貰う。仄かな光がピクシーの両掌から零れ傷口へと注がれていく。しかし、いくら光が注がれても傷からの血は止まらず治る気配を見せない。

 

「無駄ですよ。聖剣は対悪魔の兵器です。聖剣の傷は聖痕のようなものゆえ、少なくともその妖精の御嬢ちゃんの治癒魔法ぐらい無効化できますよ」

 

 乱れた服装を正しながら変わらぬ笑みを浮かべ同じくベンチに腰を落とすアダム。その言葉を聞いてピクシーは意地になって更に光を強めるが傷の状況は変わらず。不甲斐ない結果になってしまったことでピクシーはすっかり気を落としてしまう。

 

「ごめん……アタシじゃ無理みたい……」

 

 シンは気にするなといって弱々しく飛ぶピクシーを手に乗せ、心配そうな顔をしているジャックフロストへと頼んだと言いながら手渡す。ジャックフロストはシンの言葉にしっかりと頷き、魔力を大量に消耗したピクシーを守る様に大事に両手に乗せた。

 

「あの見えない剣も聖剣か……あの神父、エクスカリバー以外の聖剣も所持しているのか」

「いえ。あれも多分エクスカリバーですよ」

「なに?」

 

 アダムの答えにシンは疑問を覚える。フリードは確かに最初自分が持っている聖剣をエクスカリバーだと言った。そしてシンに傷を付けた不可視の聖剣もエクスカリバーだと言う。二本も存在するエクスカリバーにシンは頭に浮かぶ疑問を率直に口にする。

 

「いったいエクスカリバーは何本あるんだ?」

「全部で七本です。ちなみにこの街に現在ある聖剣、全部エクスカリバーですから」

 

 あっさりと言われた事実に流石に絶句する。伝説の武器というものはいつの間に複数になっているのか。

 

「混乱するのはおかしくはないです。正しく言えば伝説上のエクスカリバーは一本しか存在しません。そして、いまこの街にあるのはその伝説の一本から生成された限りなく原典〈オリジナル〉にちかい複製〈コピー〉ですよ」

 

 アダムはそうなった経緯を簡潔に話し始める。

 おとぎ話や伝記の中で存在するエクスカリバーは遥か昔にその刃を砕かれ、無数の破片と化してしまっていた。しかし、砕けた刃でもそれに宿る力は簡単に諦められるものではなく、当時の錬金術によってそれらを再利用し、新しい聖剣へと造り直したと語った。

 

「そして、その盗まれた聖剣がこの街にあり、あの白髪神父さんが使っている訳です。ちなみに聖剣は普通の人間には使えません。使うには聖剣に適合する因子が必要になるからです」

「ならあいつはその因子を持っているのか?」

「可能性としてはありますが、まあ、推測ですが彼は後天的な因子持ちですね。先天的因子持ちならもう少し上手く聖剣を扱える筈ですが、あの神父からはまだ手探りな感じがしますし、なによりその聖剣と因子に関して最も詳しい人物が彼の協力者ですから」

 

 アダムはここからが本題ですと前置きを入れる。

 

「あなたに話したかったもう一つのことなんですが、その協力者――バルパー・ガリレイという人物はもう一人の協力者と共謀してこの街にある仕掛けをしています」

「仕掛け?」

「簡単に言えばこの街全てが吹き飛ぶ術式ですね」

 

 突拍子も無い台詞をあまりに簡単に言うアダムに、しばしシンも沈黙してしまう。

 

「その協力者――というよりも今回の一件の首謀者がかなり厄介な人物でしてね。なんせ堕天使が組織する『神を見張るもの〈グリゴリ〉』の幹部コカビエルですから」

 

 シンの表情が険しくなり眉間に皺が寄る。以前学んだことのある堕天使の組織の名と堕天使の名。未知の存在故にその実力は想像もつかない。

 

「そのコカビエルの力とバルパーの教会仕込みの術式が、現在この街のあちこちに仕込まれています。ここまで言えば私が何を貴方に頼みたいか分かりますよね」

「その術式を壊すのに協力しろと?」

「ご名答」

 

 小さく手を叩きシンを褒めるアダムだが、当然そんなことをされても気分が良くなる訳も無く、寧ろ小馬鹿にされているような印象を受ける。

 

「その術式というのがかなり量があってとても複雑なものでしてねー、魔術などに長けた人物の協力もついでに欲しいんですよ……例えば真紅の髪をした女性の悪魔だったり、眼鏡を掛けた知的な女性の悪魔だったり……」

 

 シンの左手がアダムの胸倉を掴み上げる。

 

「――俺に巻き込めと言うのか? そんな口車に乗ると思っているのか」

 

 激しい怒りを露わにはしなかったがその声色は感情を一切感じさせず、相手にシンがどんな心境であるかを悟らせないものであった。それ故に何を考えているのか分からないという緊張感を生み出す。

 だが、胸倉を掴まれているアダムは怯えも竦みもせず、そしてその軽薄な笑みを決して変えようとはしない。

 

「暴力は止めましょう。そう力を込めるとエクスカリバーの傷に障りますよ」

 

 顔色の優れないシンを前に話を逸らすアダム。シンは少しの間無言でアダムを睨み合っていたが、やがて右腕を自分の口元まで上げる。そして、徐に聖剣の傷に喰らい付いた。その光景にピクシーたちは酷く驚き、アダムは軽薄な笑みを消しその代り感心するような表情となる。

 シンは喰らい付いた腕を勢いよく離すと、その部分は聖剣の傷ごと抉れ中の組織を外気に触れさす。シンはアダムの前で口から噛み切った部分を地面へと吐き捨てた。

 

「これで問題はないと思うが」

「くくく、確かにそういった方法もありですね」

 

 第三者が見れば異常ととれる行為の中、当人は一切表情は揺れず、もう一人の方も愉快そうな笑いを浮かべていた。

 

「貴方が断るなら私が直接交渉に行けばいいですし、さっき私の話した内容についても聞かなかったことにして忘れればいいだけの話です。――ただ、多くの被害が出るかもしれないという情報を知って貴方は傍観者になれますかね?」

「俺がまるでお前の話に首を縦に振る口ぶりだな」

「振ると思っていますよ。だってあの神父との戦いのとき見捨てれば楽なものを、態々私まで連れ出していく貴方をお人よしだと思っているので」

 

 アダムの指摘にシンは内心で舌打ちをした後、掴んでいた手を離す。そしてポケットからハンカチを取り出すと抉れた部分に巻きつけ止血を施す。

 

「とりあえず今日はここでおさらばさせて貰います。返事は近々伺いに来ますよ」

 

 アダムはそう言ってベンチから腰を上げる。

 

「ああ、そうそう。私から貴方に個人的な質問があるんですがよろしいですか?」

「……何だ」

 

 見下ろす形で話かけられるシンは突き放す様な口調で一応は応じる。

 

「白髪の神父も言っていましたが貴方、人としても悪魔としても異なる力を持っていますね? 単刀直入な話、どんな気分ですか? そんな力を持つ気分は」

 

 好奇心を隠そうとはせず直球的な質問。それに冷めた視線を向けるシンだが、アダムは笑みを張り付けたままその視線を真っ向から受ける。

 

「――良い気も悪い気もしない。ただそれだけだ」

 

 シンの質問の答えはそれだけであった。だがアダムはその答えに満足したのか頷いた後、シンの背後へと周りその右肩を二、三度軽く。

 

「それでは後日」

 

 最後にそう言い残してアダムは去って行くのであった。

 

「行っちゃったね」

「ああ」

「また、あの人と会うのかホー?」

「どうだろうな」

 

 人を食ったような態度に良い印象を持てない神父であったが、その話の内容については聞き捨てならないものがあった。そのことについてリアスたちに相談をしようかという考えも浮かんだが、そのこと自体相手の思惑に乗ってしまうという形になってしまうので躊躇いが生じる。

 

「……少し考えるとしよう」

 

 シンもまた朽ちたベンチから腰を上げる。このとき考えに没頭していたシンは気付くことは無かった。ハンカチを巻きつけ止血していた傷口が、アダムに肩を触れられた時から既に完治していることに。

 そして、去り際のアダムの影から伸びた一条の影が自分の影の中に潜り込んで来たという事実を。

 

 

 

 

「あれは達観をしているというよりも、乾いている印象だったな。年の割には興味深い性格をしてるぜ、あいつ」

『お前に任せるとは言ったが、少々今回のことは目に余るぞ。あまり女子供を巻き込むなよ』

「過保護なのは結構だが少しは相手の実力ってのを信じてみたらどうだ? 次代の要になるグレモリー家の当主とシトリー家の次期当主、それに赤龍帝が加わるなら、コカビエル相手にもいい線行くと思うんだが?」

『それは上手くいった場合の話だろうが。今回のお前の話を聞く限り相手を挑発し過ぎだ。しくじるぞ?』

「へへへ、いや成功するね。その為に『アイツ』を張り付けておいたんだ。なんなら賭けてみるか?」

『……お前とは賭けはしねぇよ。勝った記憶がないからな』

「まあ、ようやく準備が完了する状態になろうとしてんだ。こっから忙しくなるぜ」

『気をつけろよ』

「心配か? へへへ、らしくねえな。必ずいい結果になるさ、そう心配せずともな……まあ、大船に乗った気でいな女好き総督様」

『お前に女好きと言われる筋合いはない。そっちこそ酒の飲み過ぎでヘマをするなよ、酔っ払い野郎』

 

 




前回に続きフリードとの戦いの回になりました。
原作だと呆気ない最後でしたが、この作品でのフリードは色々とやらかす予定です。

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