翌日の早朝、シンはやや重たい足取りで学校へと向かっていた。あれから家に帰り、ひたすら自分の選択について思考していたが、幾通り考えても結局はリアスたちに昨日の出来事を話すという結論に達してしまっていた。
アダムの言った通り、シンは既にこの街に起ころうとしていることについて聞かされている。そのことが自分の性格と相まって、他の選択肢をことごとく消してしまい先の結論へと至ってしまう。もし仮にその情報を伏せられていたとしても、そのことを後に聞かされてしまったのならば、恐らく自分は選んだ選択を破棄し、今の選択に移るであろうという自覚もある。結局の所、関わってしまった時点でシンは詰みの状態になってしまっていた。
アダムという神父の思惑に乗るのは非常に癪ではあるが、何も言わず自分一人で消化するには自分の実力は圧倒的に足りず、ましてや術式には魔術関連の知識が必要であると言われている為頼らざるを得ない。
一方的にいいように扱われている事実に苦いものを感じながら、いつもよりもやや険しい顔と早足で学校に急ぐ。シンの後をついてくるピクシーたちもシンの機嫌の悪さを敏感に感じ取ったのか、いつもの騒がしさは鳴りを潜めていた。
「よう、おはよう」
背後から聞き慣れた声が掛けられる。早足の速度を緩め後ろを振り向くとそこには一誠とリアス、アーシアの三人の姿があった。
「おはようございます。間薙さん、ピクシーさん、ジャックフロストさん」
「おはよう。三人とも」
挨拶する二人にピクシーとジャックフロストはいつもの様に挨拶を返し、それにやや遅れてシンも朝の挨拶をする。
「おはようございます」
その挨拶を聞き、一誠は眉を顰める。
「ん? 何かあったのか?」
シンの声色の具合から違和感を覚えたのか一誠が尋ねてくる。恋愛関係に関しては筋金入りで鈍いが、こういった些細な変化には意外な程鋭い感性を持っているらしい。
「いや、べつに――」
そこまで言ってシンは内心自分の失態を悟る。今の流れで昨日のことを話せば良かったのに、自分からその機会を潰したばかりか、わざわざ話し辛いような状況にしている。完全なるミスである。
「ん、そうか……」
一誠の方も自分の勘違いと思ったのかあっさりと引いてしまう。
逃してしまった機会。次はどのようなタイミングで言うべきかと考えているとき、今度はリアスからシンに話し掛けてきた。
「シン、今日放課後の予定はある?」
「いえ、ありませんが――何かあるんですか」
「今日部室に二人の客人を招くわ」
客人という単語を発したリアスからは少なくとも好意的な感情は感じられず、どちらかといえば敵対心が滲み出ていた。そのことから部室に来る客人は招かれざる客であるとシンは考える。
「その二人は、少々問題があるんですか?」
「ええ、教会側の人間よ」
リアスからもたらされた情報にシンは表情をやや険しくする。リアスはそれを見て自分と同じく危機感を覚えたと思っていたが、実際はシンがアダムの情報の信憑性が増したことに対するものであった。アダムは確かにシンに、教会関係者が二人この街にやってくると教えている。
ならばその二人はエクスカリバーを所持しているということになる。悪魔にとっては最悪というべき兵器、それを自分の陣地に招くというのはあまりに危険である。そのことについてリアスは承知しているのかシンには測りかねる。
「そうなんだよ。昨日家に帰ったらいきなり居たんだぜ。……正直言うとな、扉入ってすぐに教会独特の雰囲気が漂ってきて心臓が飛び出すかと思った……」
あのフリードって奴の例があるからな、と最後に一誠は付け加える。ちょうどその頃にそのフリードと命のやり取りをしていたシンにとっては笑えない話である。
一誠とアーシアが帰宅したときに居たのは二人の少女であり、一人は以前シンたちが一誠の自宅でアルバムを鑑賞していたとき聖剣とともに映っていた子供――紫藤イリナという少女であり、もう一人は名前を名乗ることはなかったがイリナと同じぐらいの年齢の少女であったらしい。
そのまま一誠の母親を交えて過去や今の話で盛り上がった後、特に何もせずに帰っていったらしいが、一誠の自宅を訪れる前にすでにソーナと接触をしており、自分たちが活動をしたい領域の縄張りを持つリアスとの交渉の場の設置を依頼したという。
また教会から派遣された二人は護身用に聖剣を所持していることも明かしており、敵対組織である以上下手に揉めて小さな火種を大きな大火へと変わるのを良しとしない。ソーナはこれを了承し今日、オカルト研究部室内で交渉が行われるということとなった。
そこまでの話を聞き、リアスやソーナがあっさりと了承をした理由を理解した。おそらく教会側の人間は自分たちが聖剣を持って入ることだけを教え、その聖剣がエクスカリバーであることを明かしてはいない。
万が一の可能性としてアダムの言ったことが出鱈目で、教会から派遣された二人の少女は本当にエクスカリバーを所持しておらず、シンの考え過ぎであるということもあるが、あまり認めたくはないが今この街に潜伏をしているフリードの存在と、それが持っていた二本のエクスカリバーという現実が、シンの儚い願望を嘲笑していた。
ここまで聞かされてなお黙っている訳にはいかず、もし黙秘を続けるのならば自分の我儘で仲間の命を危険に晒すということになる。
いくらなんでもそれはただの恥知らずでしかなかった。
「ちょっといいですか?」
シンの声に三人の足が止まる。
「どうかしたの?」
「少し話しておきたいことが有ります」
シンは声を若干潜める。その様子に話の重要性を感じられたのか、リアスはこの場では無く部室で詳しく話すことを勧め、それをシンは承諾する。一誠とアーシアも二人の真剣な空気に触れたせいか、少し緊張した動きで先に行くシンたちの後についてくる。
「それで話したいことはなにかしら?」
部室に入ると早速リアスがシンに話すよう促す。
「恐らくですが今日来る教会の二人は聖剣――エクスカリバーを所持していると思われます」
シンの言葉に一瞬でリアスの顔色が変わる。一誠とアーシアもシンの言葉に驚いてはいたが、リアスに比べるとその驚きは軽く、それが双方の聖剣に対する認識の違いを露わにしていた。
「……どういうことかしら? 何故貴方がそれを知っているの? 一体どこでその情報を知ったの?」
険しい表情でリアスが問い詰めてくる。だがその表情に焦りの色はあっても怒りの色は無く、純粋にことを重く見ていることから来る厳しさの為の態度と思われた。
「エクスカリバーっていったら木場の奴が言ってたあのエクスカリバー? マジで! そんなのあいつらが持って……あっ」
何かを思い出したのか一誠は言葉を途中で区切り、表情を少々青褪めさせる。
「……そういや、イリナじゃないもう片方の女の子が自分の身長ぐらいあるでかい布で巻いた長い得物を持ってたけど……あれか、あれがエクスカリバーだったのか? 確かに見た途端背筋が寒くなったり、鳥肌が立ったけど……」
「わ、私もあれを見ただけで心臓が止まるかと思いました……」
思い起こせば心当たりがあったらしく、自分たちのすぐ側に自分たちを滅ぼすモノが置かれていたという事実に、今更ながら恐怖を覚えたらしい。
「イッセー、アーシア、お願いだから少しでも危険だと思ったら私に報せなさい。どんなに些細なことでもいいから。教会の人間がイッセーの家に居たということでも最悪の事態を覚悟したのに……それ以上の危険が側にあったなんてね……」
リアスの安堵と恐れが混じった複雑な笑みに一誠とアーシアは素直に頭を下げ、これからは必ずそうします、と誓う。
「――それで話を戻すわ。貴方はどこでその情報を手に入れたの?」
笑みを消し真剣な表情で尋ねてくるリアスに、シンは昨日起こった出来事についてなるべく詳細に語る。ただしこの街にバルパーが術式を施していたことや、それに対応する為リアスやソーナの参戦を求めていたという話を今はするつもりはなかった。それは必然的にエクスカリバーと対峙することを意味し、悪魔である彼女らにとっては命懸けのことであり、気軽に喋ることは出来ない。この街ごと吹き飛ばす術式があるのならばそんな気遣いは無駄の一言に終わるが、今の所シンはアダムに対し今一歩信用が出来ない部分があった。確かにアダムからの情報は正確なものであったが、果たしてそれ以外の情報は本当のことなのか、嘘を信じさせるのにいくつもの真実を混ぜるのは詐欺師の常套手段である。せめてこのことを話すのはもう一度アダムと接触し見極めてから判断するつもりであった。
最初は黙って聞いていたリアスたちであったが、フリードにエクスカリバーによって斬られた件を話すと、いきなりリアスがシンの右腕を掴み制服の袖を強引に捲り上げる。
「傷は……無いみたいね……」
シンの傷一つ無い右腕を見てリアスは安堵の溜息を吐いた。触れれば高位の悪魔でも死にかねない聖剣、ましてやその聖剣の中でも格の高いエクスカリバーに斬られたのならば一生消えない傷が残るかもしれないという。それでもエクスカリバーによる傷跡や後遺症が無かったのは、シン自身が悪魔とも人ともはっきりと言えない境目を右往左往している為と、アダムが去り際にした何かが原因ではないかとシンは考えていた。
「それにしてもまたあのイカレ神父か……エクスカリバーなんて似合わないものを振り回してたなんてな……」
「もしかしてフリードさんは聖剣に選ばれるぐらいの改心を――」
「無い、それは絶対に無いぞアーシア」
「改心どころか悪化していたようにしか見えなかったな」
「そうですよね……」
もしやという可能性を口にするアーシアであったが即座にシンと一誠が否定。アーシアもその可能性を微塵にしか感じられなかったのかすぐにその考えを引っ込めた。優しい、人が良いと評価されるアーシアでもフリードという人間に改心の可能性を見出すのは至難の技であるらしい。最も可能性を見いだせられる人間がいるとすればそれは余程現実が見えないか、底抜けの博愛主義者のどちらかであろう。
「エクスカリバーに『はぐれ悪魔祓い』フリード、『元教会関係者』バルパー、そして『堕天使』コカビエル。……状況としてはかなり最悪の事態ね。特に『神を見張る者〈グリゴリ〉』の幹部自らが出て来るなんてね。ここまで来ると笑うしかないわね」
苦笑を浮かべるリアスであったがその陰を含む笑みに、今回の件が如何に厄介なものかを現していた。
「それにしてもそのアダムという神父は何が目的なの? 聖剣を奪還するにしても悪魔の協力を仰ぐような真似をしたり情報を流したり……もし悪魔と堕天使の共倒れを狙っているのだとしても私たちに対して弱みを見せすぎだわ」
聖剣の強奪という話は教会にとっては他者に見せることが出来ない恥部であり、闇に葬ってしまいたい事件である。
それを敵対する相手に流して得られるメリットは何か、それを最初に尋ねたときは平和の為と言っていたが、シンは素直に信じることが出来なかった。初めに見たときは胡散臭い神父という印象であったが、真正面から向き合った時にその身体から仄かに漂う未知の気配と、シンの腕を瞬時に治した不可思議な力、そして会話の中で僅かに覗かせたアダム本来のものと思える顔が、底知れない印象をもたらす。
「でも、そいつが原因で木場の態度がおかしくなったんだろ? きっとあいつの過去を知っていて巻き込むような真似をしたんだろうし」
まだ見ぬアダムという神父に一誠は嫌悪感を込めた言葉を吐く。木場の過去、それに対し感情を露わにして口にするということは、少なくとも一誠は過去に聖剣と木場の間にどんな因縁があったのかを知っているということを示している。
「その神父からは木場に聖剣の話をしたということしか聞いていませんが、過去に聖剣――エクスカリバーと木場にどんなことがあったんですか?」
「……そうね。貴方も知っておいた方がいいわね」
シンの疑問に答えるのはやはり木場との付き合いが長いリアスであった。
「祐斗はね、聖剣計画という教会の計画の生き残りなの」
「聖剣計画……」
「本来なら数十年に一度現れるか現れないかと言われている聖剣に適応した素質を持つ存在を、人為的に生み出すという計画よ。適応する可能性を持つ子供たちに強化、改造、訓練、投薬、その他のあらゆる要素を用いて養成をするの」
計画の内容を喋るリアスの表情は苦いものを噛み砕いたようであり、自ら語る言葉に不快感を抱いていた。
「結果を言ってしまえばその計画は失敗。それによってその子供たちに下された決定は子供たちの『処理』だったの。……そしてその中で唯一生き残ることが出来たのが祐斗というわけよ」
木場の過去を聞き、成程と心の隅で納得をする。本人でなくリアスから聞いた為ある程度内容を省いたものであるが、それを実際体験した木場にとっては、もっと陰惨で絶望的で憤怒に満ちた、救いの無い経験であったのであろう。それによって心の奥底にへばりついた黒い感情を拭い去るには、それを生み出した元凶を自らの手で葬ることも納得出来る。
最もシンからすれば教会関係者を理性を無視して無差別に襲いかかって殺害するような矛先がぶれる真似はせず、エクスカリバーを憎み、教会には嫌悪で留める木場に砕けない理性があることが感じられた。
「……今回の交渉、私は祐斗を立ち会わせるつもりよ」
リアスから告げられた言葉に一誠とアーシアは酷く驚く。二人がエクスカリバーに強い敵意を持つ木場を参加させまいと思っていたからであった。
「でも、部長それって……」
「言いたいことは分かるわ、万が一の危険があることもね。だから出来る限り私たちの目の範囲の中に祐斗を置いておきたいの。今の不安定な祐斗を抑えられるのは私たちしかいないから」
もし木場を省いた状態で交渉をし、それが友好的に終わったとしても、木場がそれを簡単に容認することは考えにくい。力尽くで木場の復讐心を押し込めても、それは一旦止まるだけでいつ爆発するか分からない不発弾に変わるだけである。あえて参加させることで木場がどういった行動をとるか知り、仮に実力行使に移った場合でもそれを防ぐように周りのメンバーが対処する為でもある。
「だから貴方達も気を抜かないようにね。教会の二人だけでなく……祐斗にもね」
最後に付け加えた言葉に悲哀が感じられる。それがリアスにとっても不本意な願いであることを意味していた。
「……その交渉には俺も出ていいんですか?」
「ええ、出来ればお願いするわ」
「別に聞かなくてもいいんじゃないか、それ?」
「良くはないだろ。あくまで俺の立場は協力者だからな」
普段から共に活動をしているせいで慣れてしまったのか、参加の有無を尋ねるシンに一誠は違和感を覚えたらしい。そんな一誠の様子にシンは嘆息する。
シンは悪魔の力を使うが一応は転生を行っていない人間であり、ましてや誰かの眷属でもない。悪魔やその他の勢力のいざこざには頼まれぬ限り進んで首を突っ込むことは考えてはおらず、以前のライザーや今回の件は例外で在り、知り合いが巻き込まれているからという動機で動いているにしか過ぎない。
自分の本来の立ち位置は部外者であるとシンは想っていた。
「それで今回の交渉のことは私から祐斗に――」
「俺が伝えておきますよ」
リアスの言葉を途中で遮り軽く片手を挙げてシンは自ら立候補する。
「でも貴方達は」
「前のことは気にしてはいませんよ。俺も……多分、木場も」
言外に躊躇する響きが込められる。リアスは球技大会後のはぐれ悪魔の討伐のときにあったシンと木場の一触即発の件のことを思い出し不安そうな表情をするが、当の本人のシンは乾いた態度でそれに対しての負の感情は無いと言う。
「そう、分かったわ。この話、朱乃と小猫には私の方から伝えておくわ」
「お願いします」
僅かな沈黙後口を開いてそう言い、リアスたちとの話し合いはこれで終わりとなった。シンはその足で木場のいるクラスへと向かう。木場のクラスに着き、中を覗いてみると既に木場は登校しており、自分の机に独り静かに座っている。その目には周囲の景色など映ってはおらず、ただ意味も無く虚空を見ていた。
シンは躊躇う事無く木場のクラスへと入る。木場のクラスメイトの何人かは、見知らぬ生徒が自分たちのクラスに入ってきたことに疑問や好奇の目を向けていたが、シンはそれを無視して木場の机の隣に立った。
「……何か用かい?」
隣に立つシンの存在に気付き木場はいつもの笑みを浮かべるが、やはりその笑みには陰りしか感じられない。目線も向けたのは一瞬でありすぐにそれも伏せてしまっていた。
「伝えることがある。ここでは言えないがな」
ボソリと言うシンの態度で察したのか木場は何も言わずに席から立ち上がる。それを見たシンは木場へと背を向け、人が少ない場所へと先導をしていく。
着いた場所は同じ階にある視聴覚室前。一限目から使用するクラスは無く、人の出入りも少ない為話すのには好都合な場所であった。
「それで話はなんだい? 早くしないとホームルームが始まっちゃうよ?」
相変わらず張り付けたような笑みをする木場、思えばシンはここ数日その笑みばかりしか見た記憶が無い。だがその笑みに若干のぎこちなさも感じるのは、少し前にあったいざこざの影響が出ていると考える。実際、シンも表面上は無表情を張り付けているが、内心では気不味さを確かに覚えていた。
「今日の放課後に部室でリアス部長とある相手との交渉がある」
「へえ、そうなのかい」
木場の返事から交渉に対しての関心は感じられなかった。そもそもその交渉の場に出る意志も感じられない。
「申し訳ないんだけど、僕は私用があるから辞退してもいいかな? 夜の仕事には出るつもりだけど」
「そんなにエクスカリバー探しが大変か? まあ、あの神父が相手なら分からなくもないがな」
シンの不意打ちの言葉に木場の顔から一気に笑みが消え、一切の情を排した顔となる。ただその瞳には、隠しきれない激情が渦巻いていた。
「……なんで君が……そのことを……知っているんだい」
溢れ出しそうな感情を必死に抑え込んで喋っているのか、途切れ途切れに言葉を紡ぎ出していく。シンが下手な言葉を返せば一気に決壊しそうになるほどの感情を抑制しながら、木場は睨む様にしてシンを見ていた。
シンはその視線に対して、涼風でも浴びているかのような冷ややかな表情で木場の言葉に答えていく。
「お前と会ったというアダムという神父から聞いた。それとフリードとも昨日戦っている」
「戦ったって……大丈夫なのかい!」
冷水でも浴びせられたような顔となった木場の口から真っ先に飛び出した言葉は他人を気遣う言葉であった。復讐というものに憑りつかれている人物が口にするにはあまりに優し過ぎる言葉である。
「大丈夫だ。特に問題は無い」
「そうかい」
安堵の溜息を吐きそうになる木場だったが、すぐに自分の態度を思い起こし吐く筈の息を呑みこみ、数日前までの木場の顔付きから最近の木場の顔付きへと戻る。
「理由が分かっているなら僕を放っておいてくれるかな。僕が戦う意味、君も知っている筈だから」
これ以上話し合うつもりは無いと言外に示すように木場はシンに背を向けた。その背中に向けてシンは相手の態度を一切無視して話を続ける。
「今日の部長の交渉相手は教会側の人間だ」
歩もうとした木場の足が止まり、その肩が軽く震える。首を後ろに回し、肩越しでシンを見る木場の目は初めの内は驚きの色で染まっていたが、時が過ぎるにつれて怒りと怨恨の色へと変わっていく。
「何だって……」
「人数は二人、その二人とも聖剣持ちだ。――そして聖剣の名はエクスカリバー、ここまで聞いてまだ辞退する気持ちはあるか?」
シンの問いに木場は応じず、ただその表情から温度を消し去っていく。エクスカリバーという単語が耳に入ってからそれ以降のシンの言葉は聞こえない様子であった。
「伝えることは伝えた。後の判断はお前に任せる」
それだけ言ってシンは木場の横を通り過ぎる。視聴覚室から離れながらも時折視線は背後の木場へと向けるが、木場はその場で佇むばかり。その胸中ではどのような感情が渦巻いているかはシンには分からない。
「ヒホー、本当にゆうとは来るんだホ?」
廊下の曲がり角の先からジャックフロストが顔を出し、一人佇む木場を心配そうに見つめる。
「ちらほら聞こえたけどさぁ、シンってゆーとのこと怒らせるような話し方じゃなかった?」
そのジャックフロストの頭の上に座るピクシーが先程の会話について指摘する。あのような殺伐とした空気の中に二人を置いても良いことなど無いと思い、少し離れた場所で待機させていたが、会話の内容自体は聞こえている様子であった。ただピクシーの指摘はシンを批判するというものではなく、素直に疑問に思ったことを口にしているだけの様子であった。
「……かもしれないな」
内容を端的に話せばいいものを、一々相手の知られたくないことを暴いてから喋るのは、改めて考えても趣味が悪いと言うしかない。無意識の内にではあるが、ここ最近の木場に対して覚えていた不満が、相手の事情を知り尚且つ相手の一歩先の情報を知るという優越感に似た感情に刺激され、思わず漏れ出したのかもしれない。
そう考えると脳内の中で何度もさっきの会話が繰り返し流れ始め、その度に自己嫌悪の感情を沸々と胸の中に湧き、同時に羞恥の感情もまた湧き上がってくる。
(我ながら器の小さいことをするもんだ)
内心で自分の底を見つめながら、先程よりもやや早足でその場からシンは去って行くのであった。
◇
その日の放課後。リアスと朱乃を除く部員たち全員が部室へと集合し、来訪者が現れるのを待っていた。小猫、シンはいつもの無表情のまま静かに待っていたが、一誠とアーシアは静かすぎる空気と木場の放つ剣呑な空気が落ち着かないのか辺りを見回したり、退屈そうにしているピクシーたちをあやしたりなどして気分を紛らわせている。そしてこの場で一番危うい気配を纏う木場は部屋の片隅で腕を組んで立ち、部室に入ってからずっと沈黙を貫き通していた。
穏やかとは言えない空気の中、部室の扉が開きそこからリアスと朱乃、そしてシンが初めて見る少女二人の順に中へと入ってくる。共通してフード付きの白いローブを纏っているが、フードの端からはそれぞれの容姿が見えた。片方の栗色の髪をした少女は以前写真で見たことのある紫藤イリナであることは間違いない。長く伸ばした髪を二つに括り、快活な印象を与える容姿をした少女であった。もう一方の少女はイリナとは対照的に涼し気とも無愛想とも言える大人びた雰囲気を纏い、髪型もまたイリナとは対照的にショートヘアーであり、何らかの理由があるのかその髪の一房は緑色に染められており、容姿以上に目を引いた。
二人が部室へと入り込んだ瞬間、元々暖かくなかった部室内は更なる冷気を帯びる。それは実際に温度が下がったのでなくイリナ、そして緑のメッシュの少女が持ち込んだ白い布で巻かれた得物から発せられる清浄な気配のせいであった。その気配はシンがフリードと対峙した時と酷似しており、紛れも無く二人がエクスカリバーを所持していることを証明している。同じくエクスカリバーと対峙した木場もシンと同じ考えに至ったのか、ただでさえ鋭かった眼差しをより鋭利なものと変え、殺意を隠すことなく二人の少女を睨みつける。
イリナたちは部室に入って早々の木場の殺意に一度は目を向けるものの、すぐに興味を無くしたように視線を戻すと、リアスに言われてソファーへと腰を下ろす。リアスと朱乃もその正面にあるソファーへと座った。
あまり広くはない空間の中で張り詰めていく空気。それがエクスカリバーの気配と合わさり悪魔にとっては最悪とも言える一室へと成り替わる。長時間待機すれば体を壊しそうな場で、最初に会話を切り出したのはイリナからであった。
「単刀直入に言います。先日、ヴァチカン、プロテスタン、正教会から管理されていた聖剣エクスカリバーが盗まれました」
イリナは前置きも無く自分たちの弱みを話し始める。事前に知らされて心の準備をしていたとはいえ、いきなりそれを持ち出してきたことにリアスと朱乃は少々目を丸くする。仮に知らされていなかったら驚きは今の何倍に跳ね上がり絶句していたであろう。同時にせっかくシンがもたらした情報が早速意味の無いものに変わる。相手がこの事実を隠し通す素振りを見せていたのならば有効なカードとなっていたが、開示してしまえばただの白紙に過ぎない。
「随分とあっさり言うわね。それほどの事件を私たちに易々と喋っていいのかしら?」
「何事も信頼関係が大事ですから。悪魔の皆さんも私たちが何故ここに来たか気になるでしょうし」
少し皮肉るようなリアスの口調もイリナにはあまり効果は無いらしく軽く微笑んで流される。今、この交渉の場の流れはイリナたちの方へと流れている。
「それを奪い返すにもエクスカリバーが必要なのか……」
小さく呟いた一誠の言葉にイリナは耳聡く反応する。
「イッセーくん、その口振りだと現在のエクスカリバーの状態を知っているのかな?」
突然イリナから話を振られ、一誠は少々驚きつつも首を縦に振る。
「なら話が早いね。ゼノヴィア、この際だから私たちのエクスカリバーを見せてあげましょう?」
緑のメッシュが入った少女――ゼノヴィアは少しの間顎に手を当て考える仕草を見せる。それは悪魔相手に聖剣を容易く見せていいかを考えるものと思われたが、その仕草もすぐに解かれる。見せたとしても別に自分たちにとって不利に働かないという結論が出た様子であった。
ゼノヴィアは持ち込んできた布に包まれた得物から布を解き始める。地面へと垂れさがっていく布の裏地には細かい文字が大量に書き込まれ、それが今から現れる聖剣の凄まじさを物語っているようであった。
「四散した聖剣は生まれ変わり七本に分かれた。――これが今のエクスカリバーだ」
布の中から現れたのは両刃の大剣であった。成人男性の腕よりも広い幅の剣身は部室の照明を反射し鈍色に輝きその光にイリナ、ゼノヴィアを除く全員の眉間に皺が寄る。真っ直ぐに奔る刃は鍔の部分にまで及び、握りの部分を除けば全て触れれば斬れる凶悪な造りとなっていた。
「七本の内、カトリックが保管する聖剣『破壊の聖剣〈エクスカリバー・デストラクション〉だ』
自分の剣の紹介を終えるとゼノヴィアはすぐエクスカリバーに布を巻いていく。シンは目の奥に痛みを感じながらもそのゼノヴィアのエクスカリバーを観察していた。フリードとの一戦でエクスカリバーには固有の能力が備えられているのをシンは知っている。フリードが見せたのは自身の速度強化と剣本体の透明化、そうなるとゼノヴィアのエクスカリバーにも何らかの能力が備えられている筈である。
最もこの場でそれを言及するつもりは全く無く、さっさとエクスカリバーを仕舞うゼノヴィアも説明する気など微塵も感じられなかった。
ゼノヴィアがエクスカリバーに布を巻き終わるのを見ると今度はイリナがローブの中に手を入れると中から一メートル弱程の紐を取り出した。その紐は皆の見える前で生き物のように蠢き形を変化させていく。最初は指ぐらいの太さしかなかったがすぐにその倍以上の幅になりその代わりに厚みが半分以下になる。イリナが掴んでいる部分は硬化し始め色が変わり始めると瞬く間に柄が出来上がる。そしてその柄から上が膨れ上がり鍔を形作るとそこから先が直線状に伸び刃を形成した。
数秒もかからずイリナの手の中には片刃の剣が握られていた。
「これがプロテスタントの私の聖剣『擬態の聖剣〈エクスカリバー・ミミック〉』。能力は見ての通り自由自在に形を変化させることが出来るの。だからね、別の国に行くときはとっても便利だよ。さっきみたいに隠すことが簡単だから」
誇らしげにエクスカリバーとその剣の保有する能力を語る。それを横目に見ていたゼノヴィアはやや目を細めイリナの行動を少し咎めた。
「あまり喋りすぎるな。悪魔に教えても私たちにはなんの利益も無い」
「でもこういうのって内緒にしているよりも素直に話した方が円満に交渉が進むんじゃない? それに私のエクスカリバーの能力とゼノヴィアのエクスカリバーの能力が負けることなんてありえないと思うし」
そのイリナの自信に満ちた言葉に場の空気が一気に冷え込むのを感じた。同時に朱乃、小猫、一誠、シンの目線が木場の方にさり気無く向けられる。皆が同時に思っていたことは的中していたらしく、先程まで悪鬼を思わせる表情であった木場は感情が振り切れてしまったのか表情が消えてしまい、怖気を感じる無機質な顔で教会の二人を見ていた。
いつ爆発するか分からない木場に誰もがいつでも抑え込めるように準備をする。この場において最速を持つ木場を取り押さえるのは至難の技であるが、交渉の場でリアス側にも教会側にも血を流させる訳にはいかなかった。
話が進むにつれて悪化していく空気ではあるが、この重苦しさを感じさせないような淡々とした口調でリアスは交渉を進めていく。その後イリナとゼノヴィアが語ったのは概ねシンがアダムから聞いた情報と変わらないものであった。
エクスカリバーを奪ったのは『神を見張る者』であり、事件の首謀者はその幹部であるコカビエルであるということ。ただ少し齟齬があるとすればコカビエルには下級の堕天使たちが複数従い、フリードの存在とバルパーという存在については語られることは無かった。それは相手が意図的に隠しているのかそれとも知らなかったのか、判断するにはまだ情報が足りない。
その中でゼノヴィアはこの街に『悪魔祓い』を派遣していたということを明かす。しかし、送り込んだ『悪魔祓い』全てと連絡が断たれたと語っていた。
シンの脳裏に軽薄な笑みを浮かべる例の神父の姿が浮かび上がる。アレもその送り込まれた『悪魔祓い』の一人なのかもしれないが、その行動は教会の思惑に反するものであり、ゼノヴィアたちも既に亡き者として扱っている。
(もしかしたら、あいつは教会側ではないのか?)
その言動と不気味な存在感から浮かび上がる疑問。しかし、仮に尋ねたとしてもはぐらかされる未来しか想像出来なかった。
そうこうシンが考えている内に、ゼノヴィアはこの交渉における自分たちの要求を話し始めた。その内容は自分たちがエクスカリバーを奪還、最悪の場合消滅させるまでの悪魔側の一切の不干渉。
告げたと同時にリアスの全身から不快感を露わにする。自分の縄張りに敵である堕天使、エクスカリバー、教会の人間が跋扈している状態を指を咥えて見ていろという要求、否、注文であった。
その後ゼノヴィアは上司から言われた託をそのままリアスへと告げる。内容を簡潔に纏めるなら『堕天使と手を組むような真似をしたら滅ぼす』という物騒なものであった。天使側からすれば悪魔を滅ぼすのに有効な手段であるエクスカリバーを抹消するには、またとない好機という判断であろう。
リアスもあえて危険に踏み込むことを良しと判断しなかったのか自らの名に懸けて堕天使と組まないことを宣誓する。悪魔側からすれば天敵である天使側と堕天使側が潰し合うという見方もある為、それが一番無難な決断であった。
ただし、とリアスは言葉を繋げる。
「もし私の縄張りの中で人が死ぬような事態が起これば、先程の言葉は一切反故にして貴方達も堕天使側も強制的にこの街から退場してもらうつもりだから覚えておいて」
「肝に銘じておこう。私たちとて不必要な犠牲は好まない」
特に不服な態度を見せずゼノヴィアとイリナは小さく笑い、誓いについて簡潔な礼を言う。
「それで教会側から派遣される戦力はあとどれくらいのなのかしら? 不審な輩に潜り込まれて余計な混乱を起こされたくないしせめて人数を把握しておきたいわ」
「あいにく戦力は私とイリナの二人だけだ」
予想外の答えにリアスも呆気に捉われる。相手の戦力をきちんと分かった上で送り込んだのが二名だけとするならば無謀もいいとこであった。
「貴女たちは自殺願望者なの? そちらの宗教だと自殺は大罪のはずだけど」
「失礼ね。死ぬ覚悟は出来ているけど進んで死ぬつもりはないわ」
「こちらも同意見だ。まあ仮に死ぬとしてもせめて使命は全うするつもりだよ。仮に回収できなければ、私たちの手で破壊する。その方が堕天使たちの手の中にあるよりも遥かにましだ。上の方も許可を出している」
「相変わらずね、貴女たちの信仰心は――呆れるわ。はっきりと言わせて貰うけどコカビエルが相手となると良くて犬死にがせいぜいかしら」
「それはどうかな?」
不敵な態度をするゼノヴィアにリアスは探るような眼差しを向ける。
「その態度、何か切り札でもあるのかしら?」
「素直に言うとでも?」
それ以上言葉を交わすことはなかった。それを見て朱乃が席を立ち戻ってくると、テーブルの上にお茶を置いていく。やや固い声で朱乃がお茶を飲むことを勧めると、イリナとゼノヴィアはほぼ同時にティーカップを手に取り一気に中身を呑み干してカップをソーサーに置くと同時に、ソファーから立ち上がった。
「ではそろそろ去るとしよう」
「そう、なんならもう一杯ぐらい飲んでいったら? お菓子もつけるわよ」
「一杯でも十分です。ごちそうさまでした」
木場が行動を起こさす前に交渉が終わることに胸を撫で下ろすシンであったが、去ろうとする二人の足が止まりその視線がアーシアへと注がれる。この瞬間嫌な予感が頭の中を過ぎった。
(何も言うなよ、この場で。そのまま何も言わずに帰ってくれ)
しかし、その想いとは裏腹にゼノヴィアは口を開き、よりにもよってアーシアの過去の行動から付けられた『魔女』という言葉を飛び出させる。
シンは反射的に舌打ちをしたくなるのを無理矢理止め、組んでいた腕を解き両手がいつでも動くような状態とする。少なくともこの事態を黙って見ている筈がない人物がこの中に居る。
二人から淡々と言葉で責められ、悪魔の身に堕ちたことを嘆かれたアーシアの表情は青褪め傷付いたものとなっていく。それでも言葉を止めないゼノヴィアはとうとうその手に持つエクスカリバーをアーシアへと突き付ける。かつては信仰心を持った者に対するせめてもの情けとして。
空気の中に感情が混じっていくのをひしひしと感じる。部室のメンバーから沸き立つ怒気が場へと帯びていく証であった。それを感じるシン自体もまた二人の言動に面白くないものを感じていたが、より鮮烈な怒りを出す存在のおかげで否が応にも感情が冷えていく。
やはりと言うべきかこの行動に真っ先に怒りの声を上げたのはアーシアを家族として迎え入れている一誠であった。
「それ以上一言でもアーシアを傷付けてみろ。そのときは俺があんたたちと戦うことになる」
「『魔女』を庇い立てするのか? 悪魔らしいと言えば悪魔らしいが言葉に責任を持った方がいい。教会を敵に回すことになるぞ?」
「それがどうしたっ!」
「分からないな。かつては『聖女』と呼ばれていた彼女がこれ以上堕ちる前にせめて『聖女』の名残があるうちに断罪しようとする慈悲が理解できないのか?」
「理解できるか! 勝手に崇めて勝手に貶して最後が断罪だと? ふざけるな! どんだけ苦しませれば気が済むんだ!」
「それが神の定めた彼女の運命だ」
「神が何だっていうんだ! どれだけ祈ってもアーシア一人救わない神なんて信じられるか?」
「真面目に神に祈りを捧げたことのない悪魔が神を語るのか? 彼女が救われなかったのは信仰が足りなかったせいだ。救われぬ信者は皆ただそれだけのことだ」
互いに意見を譲らぬ両者。一誠の口調には激しい熱が込められるが対するゼノヴィアの話し方には一切感情のぶれがない。そしてその口論の外ではいままで黙していたもう一つの感情が音も無く爆ぜる。
「お前!」
「止めろ」
「間薙、止め――」
「止めろ、木場」
「えっ、木場?」
気付けば部室内の天井を覆い尽くすほどの魔剣の群が出現をしていた。その切っ先全てが教会の二人へと向けられている。
「色々と我慢したつもりだけど限界だったよ。僕は僕を抑えられそうにない」
殺意を笑みの形にしながら木場は話す。
「随分と物騒な真似をする。君は何者だ」
激しい殺意と憎悪を鋭敏に感じ取ったのか、アーシアに向けていたエクスカリバーを木場に向けゼノヴィアは問う。
「僕かい? 君たちの先輩だよ」
◇
夢を見ていた。
地獄の炎が大地も空も燃え上げていく中、その炎で燃え尽きようとしていく自らの右腕を押さえ一人の堕天使がソレを見続けていた。
鋼鉄の馬に跨り、灼熱の車輪を回し続けるソレが通った後には、何人もの堕天使たちが炎に包みこまれ、その身を灰にしていく。
ソレが鋼鉄の馬を嘶かせると、それによって生み出される見えざる力が、光の槍を構える多くの堕天使たちの体を捩じ切り、あるいは切り裂いて元の身体を何十の肉片へと化していった。
翼を失い、這いつくばるようにして逃げる堕天使の頭部を、灼熱の車輪で慈悲も無く押し潰し、ソレは何百の堕天使たちの中心で声高く叫ぶ。
『俺とコイツの怒り、お前たちに止められるか!』
再びソレは轟音を上げ、堕天使たちの中に飛び込んでいった。その光景を見ながら燃え盛る右腕の痛みを忘れ、ただ一瞬たりとも見逃さないように凝視する。
そのときの堕天使の顔は確かに――
「コカビエル様」
下級の堕天使に名を呼ばれコカビエルは閉じていた目を開く。開かれた瞼の下にあったのは、白目の部分が全て赤く染まった瞳であった。
「何の用だ」
上質な皮で出来た椅子に頬杖をついた状態でやや不機嫌そうに問う。それを見て萎縮する堕天使であったが、一刻もこの場から去りたいのか口早に要件を伝える。
「バ、バルパーが呼んでおります。術式の件で話しておきたいことがあるそうです」
「後で行くと伝えておけ」
「りょ、了解しました」
足早に去って行く名も知らぬ堕天使の背中を詰まらなそうに見た後、コカビエルは頬杖を突くのを止め虚空を見る。
「つまらん、実につまらんな」
事を起こすまでの準備の時間はコカビエルにとっては酷く退屈なものであり、その退屈に体が腐り落ちていくような気さえもする。
「しかし、久しぶりにあの夢を見るか」
コカビエルは己の右腕を掲げる。黒のローブで手首から上の部分しか露わになっていなかったが、その右手にも黒の手袋によって覆われている。
「これは予兆か? ならばまた一つ楽しみが増えるな」
自らの右腕を眺めるコカビエル。その顔は確かに嗤っていた。
この作品の中では聖剣の強さは、名無しの聖剣<名有りの聖剣≦エクスカリバーといった感じの順位で書いていくつもりです。