朝。太陽が昇り、夜の間に冷えてしまった空気をその光で暖める。ある者は、一日の始まりに気合を込めているだろう、ある者は、一日の始まりに暗澹とした表情を浮かべているだろう、ある者は布団の中で、いまだに微睡んでいるだろう。
そんな誰もがそれぞれの朝を過ごしていく中での、とある一家のとある一室。
「……」
「……」
「……うぅん……すーすー……」
真ん中に真紅の髪を持った美少女が甘い寝息をたて、両脇には二人の少年――片や全裸――がベッドの上で重苦しい沈黙を作っていた。
「……てかなんで、俺のベッドにリアス先輩と間薙がいるの! 俺裸だし! 先輩も裸だし! も、もしかして! お、俺はもう卒業を……!」
ようやく現状を認識し始めたのか、一誠が混乱の勢いのまま、喋り続ける。
「とりあえず落ち――」
「卒業自体は悪くない! 悪くないが――最初が三人でなんて……思い出としては、ちょっとハード……」
「――よく見ろ。俺は服を着ているだろうが。少なくともお前の考えているのとは違うはずだ」
気を落ち着かせるように言うシンであったが、追い討ちをかけるように次の困難がすぐそこまでやってくる。
「イッセー! 起きなさい! もう学校でしょ!」
恐らく階段下から聞こえてくる女性の声。続けて男性らしき声も聞こえ、何やら階段付近で会話をしている。声の持ち主は、察するに一誠の両親であることは間違いない。
やがて聞こえる、階段を駆け上がってくる音。一誠の顔色が変わる。
「待ってくれ! 俺なら起きてる! いま起きるから!」
一誠の必死の声にも聞く耳持たず、容赦なく部屋に迫ってくる。
シンの顔色は変わらなかったが、全身から諦めの色を出し、これから起こることを予想し大人しく受け入れる心構えをしていた。
「うーん……。朝?」
この土壇場において、恐らくこの状態を作った張本人であるリアスが目を覚まし、上体を起こしてその裸体を陽の光の下に惜しげもなく晒す。
それと同時に勢いよく部屋のドアは開かれた。
「おはようございます」
「……初めまして、おはようございます」
リアスは一誠の母を見て、笑みを浮かべた挨拶。シンは目を伏せ、視線を逸らして挨拶。流石にシンも、この現場を目撃した他人の母親を直視することは出来なかった。
時間が停まったのではないかと錯覚してしまうような沈黙。
「アラ、オトモダチモキテタノネ……ハヤク、シタク、シナサイネ」
沈黙を破る、一誠の母の呆けたような声。そのままぎこちない動きで部屋の外へと出て、ゆっくりと扉を閉めた。
一瞬の間の後、凄まじい勢いで階段を下って行く。
「お、お、お、お、お、おおおおお! お父さん!」
混乱極まった一誠の母の絶叫。気遣うような一誠の父の声も聞こえたがそれでも止まらない。
「イッセーがぁぁぁぁぁ! 男二人とぉぉぉぉぉ! が、外国のぉぉぉ!」
「か、母さん! 母さんどうした! イッセーがまたなにかしてたのか!」
「国際的三身合体ぃぃぃぃ! イッセーがぁぁぁぁぁ!」
「か、母さん! 何があった! 母さん! 母さぁぁぁん!」
階段下で行われる夫婦の混沌とした騒動。一誠は両手で顔を覆い、シンもまた会って間もない一誠の両親に深く同情するのであった。
「随分と朝から元気なお家ね」
そう言うとリアスはベッドから離れて、一誠の机の上に置いてあった自身の制服を取り、その場で着替え始める。男子二人がいる空間の中で、その裸身を一切隠さず。不用心とも取れる行動であったが、当の男子は、一人はその裸身を見詰め、まるで神仏にでもあった僧侶の様に神々しいものを前にするかのようであり、もう一人は完全に顔を逸らし、頑なに見ようとはしなかった。
しかし、やはり年頃の女性の裸体を見続けることに罪悪感を抱いたのか、一誠もまた顔を逸らし、遠慮がちに着替えていることを注意するが、返ってきた答えは『見たいなら見てもいいわ』であった。
その言葉を聞いた瞬間、神託をうけたかのように一誠の顔に衝撃が走り、その言葉の意味を深く噛み締め、言葉の感動を涙という形で表現した。
「お腹、平気? あなたの右手も?」
リアスの言葉に、一誠は反射的に腹部を触り、シンも自分の右手を見る。一誠の腹部はシンが見たときには確かに槍のようなものが貫通し、大穴を開けていたが一誠の様子からそれが塞がっているのがわかる。シンの右手もその槍を掴んだときに白煙を上げていたが、掌には火傷一つない。
傷のことに触れられたことで、一誠は完全に昨日起きた出来事を思い出したらしく、リアスも昨日の出来事は夢ではなく事実であることを告げた。
「き、傷を負ったはずなのに……」
「私が治したわ、致命傷だったけど、意外なほどあなたの体が頑丈だったから私の力でも一夜かけて治療できたの」
「俺の右手もグレモリー先輩が治したんですか?」
ここで初めてシンがリアスに言葉を掛ける。
「いいえ、あなたの右手に関しては、なにもしてないわ。私は、ひどく体力を消耗していたあなたをここに連れてきただけ、あなたの右手はここに連れてきた段階で、もう治り始めていたわ……不思議ね、あなたの体は。彼の治療は私の眷属だからできたの。裸で抱き合って魔力を分け与えてね」
リアスの言葉に聞き捨てならない部分があったのか、一誠の顔が一気に紅潮する。
「大丈夫よ。私はまだ処女だから」
しかし、見透かすような一言で一誠の顔から赤みは消え、変わりにどことなく安堵したような表情が浮かぶ。筋金入りのスケベである一誠ではあるが、それなりの貞操観念を持つがゆえに、知らないうちに一線を越えることにいささか抵抗があった。それを否定されたことへの安堵であった。
「えっと…その……先輩って何者ですか?」
「私はリアス・グレモリー。そして悪魔よ」
悪魔という言葉に反応し、シンはリアスの方へと顔を向ける。リアスは一誠の前に立ち、その白い指で一誠の頬を撫でていた――下着姿で。再び、シンは顔を背けた。
「そして、あなたのご主人さま、よろしくね、兵藤一誠くん。イッセーと呼んで良いかしら?」
リアスの言葉を上手く飲み込めず、冗談なのか本気なのか分からないまま、目を白黒させる一誠。
「そっちの間薙シンくんもね。あなたも下の名前で呼んでいいかしら?」
「どうぞ、お好きなように」
リアスの方を見ずに答えるシン。表情は変わらないが、その頬は一誠ほどではないが朱に染まっていた。
「さあ! とりあえずの自己紹介も終わったことだし、イッセー、早くあなたも着替えなさい! お母様やお父様を待たせてはいけないわ」
軽く手を叩き、切り替えることを促すリアス。一誠もリアスの言葉に釣られて返事をすると、ぎこちない動きで着替えを始める。
「あー……すみません。俺は一旦自宅に帰っていいですか?」
場の空気が若干纏まったときに発せられたシンの言葉にリアスと一誠が同時にシンの方を見る。
「ああ、そうね、ごめんなさい。本当ならあなたは家まで帰すべきだったけど、イッセーも危険な状態だったから、帰す余裕がなくて」
リアスとの会話の中、シンは自分自身に『恥』を感じた。
自分を助けた理由、目的はこの際、どうでもいい。肝心なのは助けられたという事実。
あの場において、差しのべられた手よりもシンは自らの印象で抱いた危機感を優先させた。人の中身は、蓋を開け、触れるまで知ることが出来ない。だが、その結果がこれならば、素直に自らを恥じるしかない。
「……気にしないで下さい。助けてもらって文句なんてありません。兵藤、ここの住所を教えてくれるか?」
「ああ、ここは……」
今いる場所を確認するシン。聞かされた住所は自宅からさほど離れた距離ではないことを知る。
「とりあえず、俺は一度、家に帰ってきます。また、詳しい話は学校で聞いていいですか?」
「かまわないわ」
シンはベッドから降り、扉の前に立つ。
「それじゃあ、グレモリー先輩、兵藤。学校で」
「ええ、また」
「ああ、またな」
挨拶をし、一誠の部屋を出て階段を下りていくシン。その途中――
「あっ」
『あっ』
――一誠の両親と対面。その場に気まずい空気が流れる。
「……失礼しました」
「イ、 イイエ。マ、マタ、イラッシャイネ」
面と向かって話すことが出来ず、誤魔化すように深々と頭を下げ、その場から逃げるように立ち去るシン。一誠の両親も顔面に引き攣った笑みを浮かべて、それを見送るのであった。
一誠の家を出て、足早に家へと帰るが、歩いている間、リアスの言葉を思い出していた。
リアス・グレモリーは悪魔だと自ら言った。シンは、この言葉を自分でも驚くほどあっさりと受け入れていた。彼女に対して、人とは違う気配を感じていた為、心のどこかで普通ではないと思っていた部分があったからであった。ならば、彼女と似た気配を持つ者全てが悪魔だということなのだろうか。一誠は勿論のこと、木場、小猫、朱乃、他にも何人もの学園の生徒の顔が浮かぶ。
彼女が言う悪魔がどういうものなのか。本や小説に描かれたような存在なのか。
疑問はそこだけに止まらない。昨晩出会った黒いスーツの男は何者なのか、彼女と敵対する者なのか、敵対する目的は、理由は、一誠を狙った訳は、自分の右手に起きた変化は。考えれば考える程また新たな疑問が湧く。
早朝の人気の無い道を黙々と考え、鬱屈とした状態のシン。独り考える彼の耳に、誰かの声が入ってきた。
あれ? やっぱり、人間かな?
「――誰だ?」
反射的に周囲を確認するが、周りには誰もいない。周囲の住宅から漏れてくる会話などではなく、明確に自分へと向けられた鈴のような声。
その場で少し立ち止まってみたが、それ以上声は聞こえず、少々の疑問を持ちながらも再び歩き始める。
シンは、このとき気付かなかった。
自分の頭上高くに飛翔する小さな観察者の姿に。
◇
駒王学園の校門を潜り、教室へと向かう生徒たちの中にシンの姿があった。あの後、家に帰ったが、幸いにも両親が不在であった為、朝帰りであることがばれずに済み、無事に登校することが出来た。仮に両親がいたら下手をしたら一日中家に閉じ込められ、家族会議をしていたかもしれないという、もしもの想像をして軽く身震いをする。
学園内を歩いていく中、ちらほらと気になる光景がシンの目に入ってきた。複数の女子や男子が固まり、ひそひそと何かを話している。
内容は断片的にしか捉えることが出来なかったが、『なんであいつが!』『信じられない!』『お姉さまが穢された……』など悲壮や嫉妬、怒りなどが込められた表情を浮かべていたので、余程否定したい事がこの学園で起きたということが容易に想像できる。
教室へと入ると、無数の視線がある一点へと収束していた。視線の中心にいるのは一誠、何故かその足元では、松田と元浜が涙を流し、虚ろな表情で床に四つん這いになっていた。
「よお! 間薙!」
シンに気が付いた一誠が声を掛ける。同時に視線が今度はシンへと移る。その視線に若干の居心地の悪さを感じながらもシンは一誠の側に寄る。
「おはよう。随分と注目されているみたいだな」
「まあ、今日はリアス先輩と一緒に来たからな……」
「なるほど」
一誠の言葉にすぐさま納得をする。
リアスと言えばこの学園の生徒にとっては高嶺の花。それが悪い噂ばかり先行している一誠とともに登校したとなれば、全ての生徒にとって青天の霹靂に違いない。シンが教室に来る途中で見かけたあの男女のグループは、その現場を目撃した者たちであることを理解した。
「朝、あれからどうなった? お前の両親は相当取り乱していたが――」
「まあ、その、一応何とかなった……と思う」
曖昧な感じで返す一誠。
「一応?」
「リアス先輩が誤魔化してくれた――悪魔の力で」
他の人間に聞かれないよう悪魔の部分は小声で喋る一誠。何やらリアスが一誠の両親と話し始めた途端、リアスのとんでもない嘘にあっさりと納得していき、何事もなかったかのような状態へとなったという。
とりあえずは大事にならなかったことに安堵し、シンの中で悪魔の力は随分と便利な力であるという認識がされた。
「ああ、それと使いを出すから放課後に会おうって先輩が言ってたな。お前も呼ばれてるぞ」
「分かった」
使いという言葉に誰がここにくるのか、なんとなくではあるがシンには心当たりがあった。
「あと、これ」
一誠からシンにレジ袋が渡される。中を見てみると昨日買った缶コーヒーが入っていた。
「これは……」
「先輩がお前に渡してくれってさ」
昨日のいざこざのせいで今の今まで、すっかりこのことをシンは失念していた。これが目的で買い物に行ったはずなのに。
「悪いな」
そう言って袋から缶コーヒーを一本取り出すと、一誠へと放る。反射的にそれを受け取り、驚いたようにシンを見る。
「礼だ」
「……ハハハ! ありがとな」
いつの間にか仲良くなっていたシンと一誠の姿にクラスメイトは、誰もが意外なものを見たかのようにポカンとした表情をしているのであった。
時間は経過し、その日の放課後。
シンと一誠の前には学園一の美男子、木場裕斗が立っていた。その姿に一誠は露骨なまでに不機嫌な表情を作り、感情を隠そうとはせずにそのままの態度で、何の用かと木場に尋ねた。
「リアス・グレモリー先輩の使いできたんだ」
「なんとなく、お前が来ると思ってたよ……」
「……僕もなんとなくだけど、君がこちら側に来ると思ってたよ」
互いを見る姿に何故か教室や廊下から、様子を見ていた女子たちの黄色い声が上がる。
「……で? 俺たちはどうしたらいい?」
「僕についてきてほしい」
今度は女子たちの悲鳴。
「いやー! 間薙くん×木場くんのカップリングが汚れてしまう!」
「木場くん×兵藤なんて許せない!」
「いえ、待って! 兵藤×木場くんかも!」
「青いわね……何故、間薙くん×木場くん×兵藤の発想が出ないの!」
シンには理解出来ない言葉を並べ、議論し始める女子たち。
「何を言ってるんだ? 彼女らは」
「知らん! 知る必要もない! 無視だ、無視!」
◇
木場に連れられてやってきた場所は校舎の裏手にある、現在使用されていない旧校舎であった。シンは以前、木場との会話でこの場所に木場が所属しているオカルト研究部の部室があると聞かされていたが、実際ここに来るのは初めてである。場所を聞かされて当初は、何故こんな場所に、と些か疑問に感じたことを思い出す。
先頭を歩いていた木場の足が止まる。木場の立った教室には、『オカルト研究部』という名札がつけてある。
「部長。連れてきました」
到着を告げる木場に教室の中から、入室を促すリアスの声が聞こえる。木場が中に入ると、続けてシンと一誠も中に入る。
「失礼します」
「ええと、失礼しま……す!」
中に入るとそこには、別世界が広がっていた。天井、壁、目につく所には奇妙な文字が描かれ、中央の床には魔法陣と思しき巨大な円陣が刻まれていた。他にも一部室とは思えない豪華なデスクやソファーなどがいくつもある。そこで二人は、ソファーに座る少女に気付く。
「ああ、お前も部員だったな。塔城」
「こんにちは、間薙先輩」
黙々と羊羹を運んでいた手を止め、シンの方へと向き頭を下げる。
「こちら、兵藤一誠くん」
木場の紹介で小猫が頭を下げ一誠も頭を下げると、再び小猫は羊羹を食べる作業を再開し始めた。
「……なんか俺と間薙との態度に差がないか?」
「日頃の行いの差だろ」
そう言い合う二人の耳に水の流れる音が聞こえる。音の方へと自然と目を向ける二人が見たのは何故か部室内に有るシャワーカーテン。よく見ると女性らしき陰が映っていた。
陰の形からカーテンの向こうにいるのはリアスで有ることが分かったが、リアスが水を止めると、リアスとは別の女性の声が聞こえる。シンには聞こえてきた女性の声に覚えがあった。
カーテン一枚の向こう側でおそらく着替え始めたリアス。じっと見ているのを悪いと思い、誤魔化すように部室のあちこちに視線を向けて時間を潰すシン、それとは逆にリアスの着替えに朝の記憶が刺激され、目を閉じて今朝の思い出を堪能する一誠。その姿に小猫は、いやらしい顔、と呟いた。
「……やっぱ俺の扱い酷くないか?」
「日頃の行いの差だろ」
小声で聞いてくる一誠にシンはどうでもいいように返すのであった。
二人の会話が終わると同時にカーテンが開き、中から制服を着たリアスともう一人の女性が現れる。
姫島朱乃、それがもう一人の女性の名である。長く伸びた黒髪を後ろで束ね、その艶のある顔にはいつも母性に満ちた笑みを浮かべている。年齢以上の色気を纏ったその容姿は、リアスと和と洋の対極の位置にありながらも同じ高みにあり『二大お姉さま』と呼ばれている。
「あらあら。初めまして、私、姫島朱乃と申します。どうぞ、以後お見知りおきを」
艶のある朱乃の声に身を固くして、一誠が挨拶を返す。
「こ、これはどうも。兵藤一誠です。こ、こちらこそ初めまして!」
「うふふ。そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。間薙くんもお久しぶりですね」
「どうも。姫島先輩」
顔を合す機会はそれほど多くはなかったが、シンも朱乃との面識があるため改まった挨拶はせず、軽く頭を下げるのであった。
全員が挨拶を終えたのを確認すると、リアスは歓迎の言葉を述べる、悪魔という立場から。
そして、一誠とシンにソファーに座るよう指示し、それに従って座ると絶妙なタイミングで一誠とシンの前に朱乃が茶を置いた。
「粗茶です」
「あっ、どうも」
「いただきます」
一誠は茶を一口飲み素直に、うまいですと朱乃に言う。シンも飲むが、茶自体あまり飲まないので、美味いのか不味いのかという基準自体が出来ておらず、味がよく分からない。缶コーヒーばかりに慣れた舌を少々情けなく思いながら無難に、おいしいですと感想を言う。
二人の茶の感想を聞いて嬉しそうに笑う朱乃に罪悪感を覚えるシンであった。
茶を配っていた朱乃もソファーへと座り、部室内の空気が先程とは変わって緊張に満ちたものと化す。
リアスは、一誠とシンを見て言う。自分たちは悪魔だと。
悪魔。一誠もシンもこの短い間に何度も聞いてきた言葉。一誠は半信半疑な表情を浮かべ、シンは表情は変わらないものの、その目は更に真剣味を帯びた。
リアスは次に昨晩会った黒スーツの男を話に出した。
男の正体は堕天使。天使が邪な感情を持ってしまった為に地獄に堕ちて生った存在。太古より地獄で悪魔と覇権と領土を巡って争い、更にそこに共通の敵である天使も含めて、滅ぼし合う因縁のある敵だとリアスは語る。
話があまりに荒唐無稽過ぎるせいか、一誠は話を鵜呑みに出来ず、オカルト研究部の一環と思い、疑いを言葉にするが、次のリアスの言葉でその顔色を変えた。
「天野夕麻」
突如として消えた一誠の彼女。その名が面識の無い筈のリアスの口から出てきた。
一誠の纏う空気が苛立ちを帯びたものへと変わる。彼女が消えてまだ数日しか経ってない一誠には禁句に近く、あまり触れたくも、触れられたくもない話題であった。
リアスは朱乃に指示を出すと、朱乃は懐から一枚の写真を取り出し、その写真をデスクへと置いた。写真に写る人物を見たとき、シンは一誠の息を呑む音を聞いた。
シンの記憶が確かならば、その人物は間違いなく天野夕麻であった。彼女として一誠に紹介されたときよりも写真に写る天野夕麻は大人びて見え、背中には昨晩の男と同じ黒い翼が生えていた。
リアスは言う。彼女は堕天使という存在で、昨晩の男と同類であることを。続けて、彼女の目的は一誠の殺害であることも告げた。
身に覚えのない殺意に理不尽を覚え、一誠は言葉を荒げてソファーから立ち上がり、何故自分がとリアスへと問う。
落ち着くようにリアスは一誠を窘め、天野夕麻が一誠を殺害しようとした理由を口にする。
『神器〈セイクリッド・ギア〉』
それが、一誠を殺害しようとした動機。リアスたちは『神器』とは如何なるものか説明を始めた。
神器とは特定の人間に宿り規格外の力を与える武器であり、悪魔や堕天使を脅かす可能性を秘めたモノ。歴史上の人物も所有していたといわれ、また現代でも世界に名の知れた人間が所有しているという、歴史に名を刻むことができるかもしれない力。
説明が終わると、リアスは一誠に手をかざすように指示をする。リアスの言葉の意図が分からないまま、疑問符を顔に張り付けたまま、とりあえずは指示に従う。次に目を閉じさせ、一番強いと思う存在を想像するように指示した。
「い、一番強い存在……ドラグ・ソボールの空孫悟かな……」
一誠の出した名前は、シンにも聞き覚えがあった。漫画をあまり見ないシンでも知っている程の有名なキャラクターである。
リアスは、そのキャラクターの最も強いと思う姿を想像するように言い、そしてその姿をこの場で真似るよう言った。
その言葉に一誠は、愕然とした表情で周囲を見る。誰もが真剣に一誠を見ている中で、一人漫画のキャラクターの真似を全力でする。一般的な神経を持つ者にとっては精神的拷問に等しい。
「ほら、早くなさい」
催促するリアス。一誠も覚悟を決めたのか、開いた両手の手首を上下に合わせ、腰だめの形を取り、全身全霊の叫びと勢いで両手を前へと突き出す。
「ドラゴン波!」
人が、人という三次元の存在が全力を込めて二次元の存在を真似するとき、笑いを誘うのではなく涙を誘うものだということをシンはこのとき初めて知った。
しかし、次に起こる光景にシンの目が見開かれる。
突き出した一誠の左腕が、真紅の光を放ち肘辺りまで覆っていく。放たれた光は徐々に形を成していき、光が完全に消えたとき、赤い籠手が一誠の左手に装着されていた。指先まで真紅の金属が覆い、手の甲の部分には宝玉がはめ込まれ、戦闘に使用する物としては絢爛な印象を受ける装飾が施されていた。
自分の左腕の変わりように、驚きの声を出す一誠。
「それが『神器』あなたのものよ。一度ちゃんとした発現ができれば、あとはあなたの意志でどこにいても発現可能になるわ……そして、次はあなたよ」
リアスの視線がシンへと移る。
「次はって、間薙も『神器』を持っているんですか!」
「それは分からないわ、彼を調べて見たけど彼が『神器』を所有しているかは分からなかったわ。唯、一つだけ分かっていることがあるの……シン、あなたは『悪魔の力』を持っているわ」
「悪魔の……力」
無意識にシンは自分の右手に触れる。確かに昨晩、シンの右手には得体のしれない力が宿っていた。
「え、え? 『悪魔の力』って……」
「イッセー、覚えてないかしら? あなたを襲った堕天使の前で確かに彼は悪魔の力を使っていたわ」
「じゃ、じゃあ、間薙は悪魔……なんですか?」
「いいえ、いまの彼は人間よ」
「一体、どういうことですか?」
リアスの言葉の意味が理解できない一誠。
「正確に言えば、彼は悪魔の力を使う人間、ということでいいですね。部長」
説明の補足をする木場。
「それが正しいわね。……シン、あなたの力ここで見せてくれるかしら?」
皆の視線がシンへと向かう。
沈黙は一瞬。
「いいですよ。――昨日のように出来るか分かりませんが」
シンは一誠がしていたように右手を持ち上げ、軽く拳を握り、目を閉じる。
「あなたは、もう既に発現をしている。さっきも言ったように必要なのはあなたの意志」
視界を閉ざしたシンの意識にリアスの声が響き渡る。
「認識をしなさい。あなたの奥にある力を。あなたの存在の一部を」
自らの奥にある悪魔、それを強く呼び起こすように念じる。やがて胸の奥底が、熱と痛みに似たような感覚で沸き立つ。
「力を使った後にあなたは倒れてしまったけど、推測するにそれは必要以上の力を引き出した結果による消耗だと思うわ。だから少しずつ、ゆっくりでいいから力を出していきなさい」
リアスの助言に従い、沸き立つ感覚を鎮めながら、それを絞り出して徐々に右手に流し込むような想像を脳内に描く。その想像に従い、流れるマグマのように緩慢な速さで右手へと力が収束をし始める。
胸の奥にあった熱が右手へと完全に移ったとき、シンは閉じていた目を開く。
右手に刻まれた、昨晩と変わらない淡く輝く紋様。
「それが、あなたの力よ」
「これが―――俺の『悪魔』……」
この日、シンは初めて自らの体に宿る『悪魔』を認識した。
少しずつですが話が前進してきました。
人修羅が戦うのはもう少しかかりそうです。
3/16※若干修正。