ハイスクールD³   作:K/K

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決断、賭博

「勝負って奴は本当に残酷だよな、イリナ。お前が言ったように数年ぶりに会った幼馴染と戦う羽目になって……そしてその服を剥ぎ取るだなんて」

「嫌ぁぁぁぁ!」

 

 犯罪染みた言葉を吐きながら、煩悩に塗れた笑顔で自分の下にいるイリナを見下ろしながら、両手を見せつける様に手を開閉してみせる。年頃の少女なだけに、衣服を剥かれる恐怖と羞恥は計り知れないものがあるらしく、絹を裂いたような悲鳴をイリナは上げる。

 

「ふはははは! 叫んでも無駄無駄! 行くぞ! 『洋服――』」

 

 悪役のような台詞を言って左手をイリナに触れさせようとするが、その直前となって頭に何かが乗った感触を覚え、それを気にして中断してしまう。

 

「はい。そこまで」

「ん? ピクシーか」

 

 一誠の目からは見えなかったが頭の上にピクシーが腰掛け、足をぶらつかせながら一誠に止まるように言う。

 

「リアスからの伝言『戦いの中で女の子の服を剥ぐのは百歩譲って大目に見るけど、勝負がついている相手にそれをやるのはいけません。やったらお仕置き』だって」

「お、お仕置きって……」

「こういうこと」

 

 一誠の頭の上でバチバチという音が鳴り始める。見えなくとも音だけで判断できた、ピクシーが自分の頭の上で電撃の魔法をいつでも放てられる準備をしていることに。

 

「これを直接頭に叩きつけろって、シンが」

「お、恐ろしいことを……」

「で、どうする?」

 

 ピクシーの問いかけに血の涙を流しそうな程の顔付きになる。そして一度見学しているメンバーの方へと視線を向けた。リアス、朱乃はいつも通りの表情で小猫は開始前よりも厳しい視線を向けられているが、これもほぼいつも通り。だがその中で潤んだ瞳でこちらを見るアーシアの姿が目に入ってしまい、このとき一誠の中の煩悩は一気に萎えてしまう。

 

「……分かったよ」

「そっちもいい?」

「うう……分かったわよ」

 

 悔しそうに唸るも、裸を曝け出すことが嫌であったのもあるが、実際この勝負は非公式な戦いである為一切記録に残らないこともあってか、割とすんなり敗北を認める。しかし、それを簡単に認めるもう一つの理由としては、もう一人の聖剣使いである相方が敗北をしないという自信があり、教会側の実力は決して悪魔側に劣らないという確信があった為であった。

 

「はああああああああああああ!」

 

 木場の叫びとそれに続く破砕音に誰もの視線がそちらの方へと向けられ、見た先にある光景にリアスたちは表情に焦りの色を浮かばせ、イリナは小さく笑う。

 いくつもの折れた魔剣たちの残骸、どれも使い物にならない程砕かれていた。その中で地面を滑る様にして後退した木場。その両手に持つ二本の魔剣の内一本は刃の部分が大きく欠け、もう片方は先端部分が砕かれた状態となっていた。

 

「もう止せ。勝負は決した。これ以上はただの醜態だぞ」

 

 悠然と歩きながら諭すように喋るゼノヴィアに、木場は強く奥歯を噛み締めながら両手の魔剣を地面に突き刺して立ち上がる。

 

「そんな言葉で止まるぐらいなら最初から復讐なんてしないよ」

 

 肩で息をする木場の姿は一誠やシンも初めて見る程消耗しており、限界が近付いていることを示していた。

 

「そうか……警告はしたぞ?」

「まだ僕は全力を出し切ってはいない!」

 

 吼える様な木場の言葉の後、地面に転がる魔剣の残骸が砂の様に一斉に崩れだし全てが魔力へと還元されていく。立ち昇っていく魔力は上下に重ねた木場の拳の中へと集い始め、やがて集まった魔力が実体を持ち始めた。黒々と輝く重厚な艶を放つ剣身は幅も厚さも長さも通常の木場が創造する魔剣の数倍あり、斬馬刀を彷彿とさせる片刃の剣が創造される。

 ゼノヴィアの『破壊の聖剣』をも上回る程の魔剣を握り締める木場。しかし、それを見たゼノヴィアの表情には焦りなど無く、落胆、失望を込めた嘆息を吐く。

 

「それが君の全力か? 正直に言わせてもらう。それは悪手だ」

 

 全力を以って魔剣を振り下ろす木場に、ゼノヴィアは一歩踏み込んで両手で握り締めたエクスカリバーを振るう。魔剣の先端がエクスカリバーの鍔元辺りと接触をした瞬間、重厚な金属同士が衝突したとは思えない程の軽い金属音が鳴り響き、宙へと何かが回転しながら舞う。それが落下し地面へと突き刺さったときになって、初めて木場の魔剣の折れた先端部分であることが分かる。

 

「くっ!」

「何を悔しがる? なるべくしてなった結果だ」

 

 表情を歪ませる木場に、この結果を冷淡な声でゼノヴィアは評する。そして交差した状態からゼノヴィアは木場を強く押し出すと、木場の身体が一瞬宙へと浮き三メートル程後方へと無理矢理後退させられる。

 後退させられた木場はバランスを崩さない様に着地をするが、押し出すと同時に駆け出したゼノヴィアが抜刀するような腰だめをした構えで、木場のすぐ側まで接近をしていた。咄嗟に魔剣の腹でゼノヴィアの攻撃を受け止めようとする。だがその防御にもゼノヴィアは不敵に笑い、構えた状態からエクスカリバーを突き出す。このときゼノヴィアはエクスカリバーを振り抜くのではなく、柄頭を相手に向けた状態でエクスカリバーを放つ。

 柄頭が魔剣の腹に当たったかと思えば瞬時に打ち砕き、その先にある木場の鳩尾に深々と食い込むと衝撃が背中を突き抜け、木場が着地の際に舞い上げた土煙を一瞬にして晴らす。

 受けた木場は耐え切れず胃から内容物を吐き出しながら膝を着くが、最後に残る一抹のプライドからか折れた魔剣を決して離さず、そしてゼノヴィアに対し頭を下げる様にして倒れ伏すことだけはしなかった。

 

「意識を保っていたことは褒めておこう。だがそれ以外はとても褒められたものではなかったがな」

 

 ゼノヴィアはエクスカリバーを構えるのを解き、すでに戦う気は無いことを示す。その状態で苦しむ木場に冷めた視線を向けた。

 

「『先輩』、君と戦っていて思ったことだが今の戦い、『騎士』の特性を全く生かしていなかったな。数で押すのはいいが、どれもこれも正面から挑むばかりの直線的な攻撃。自慢の足を生かしてこちらの隙を突く様な踏み込みもなければ、俊足によるかく乱も無い」

 

 ゼノヴィアは木場の悪手について淡々と述べていく。木場は鳩尾を押さえ乱れた呼吸をしながら、憎々しげな視線でゼノヴィアを見ていた。ただ、ゼノヴィアの言葉に反論しない辺り、木場自身自覚のあることだったのかもしれない。

 

「そして最後の全力で創り上げた魔剣については論外だ。はっきり言おう、君がどんな魔剣を創り上げようと聖剣には勝てない。君だって分かっている筈だ、魔剣の持つ邪は聖剣の持つ光の前では力を削がれ只の剣へと成り果てる。最後の魔剣、あれは単なる君の意固地の塊だったな」

 

 言うだけ言うとゼノヴィアは踵を返して木場の前から去って行く。それを見た木場は待つように擦れた声を出すが、ゼノヴィアの歩みは止まらない。木場の伸ばした手は力なく地面へと落ち、悔しさからか地面へと爪を突き立て土を強く握りしめるのであった。

 

「油断したな、イリナ。まだまだ信仰が足りないみたいだな」

「うう……ごめんなさい」

 

 既に一誠から解放されたイリナの側にやってきたゼノヴィアがイリナの敗北について軽く咎める。非公式な戦いとはいえ、教会側の人間が悪魔に敗けるということは決してほめられることではないが、ゼノヴィアの口調自体に怒りらしきものが含まれていなかったことから、強く責める気はないらしい。イリナも悔しそうに唸った後、蚊の鳴く様な声で素直に自らの失態について謝罪をする。

 

「まあ、『神滅具』相手に傷一つ無く済んだ分だけ大したものだ。その分少々服が破けてしまった様だがな。余程鋭い攻撃をしてきたわけだな」

「あ、うーん……鋭いというかエロいというか……」

 

 木場との戦いに集中していた為に両者の間でどのような戦いが繰り広げていたか詳しく知らないゼノヴィアに対し、イリナは口の中で言葉を濁す様にして、どんな内容であったかは詳しく語ろうとはしなかった。

 

「何故言い淀んでいるんだ?……まあいい」

 

 ゼノヴィアが白のローブをイリナに手渡し、自分もそれを纏いながら顔を一誠の方へと向ける。

 

「『赤い龍〈ウエルシュ・ドラゴン〉』も順調に力を取り戻しつつあるようだな。少々、不謹慎ではあるが『白い龍〈バニシング・ドラゴン〉』との邂逅が気になるな」

 

 ゼノヴィアから出てきた言葉に、一誠が息を呑むのをシンは見た。

 

「イリナに勝った褒美という訳ではないが君に教えておこう。――『白い龍』は既に目覚め、行動を起こしている」

 

 今度は一誠だけでは無くリアスたちもその言葉に身を固くする。『白い龍』という存在が如何なるものかシンは知らないが、周りの反応からして余程の存在であることだけは理解出来た。

 

「いずれは出会うことだが、それまでに対抗できる力を備えておくことだね」

「先に行かないでよ、ゼノヴィア。……イッセーくん! 今日のところは素直に負けを認めるけど、次に戦うことがあったら絶ッ対に! 負けないからね! 次こそはそのスケベな魂を裁いてあげるんだからね!」

 

 イリナは悔しさからか顔を紅潮させながら去り際の台詞を置いていく。そして足早に去って行くゼノヴィアの背中を小走りで追い駆けていくのであった。

 

「引き分け……ということかしら」

 

 二人が去っていった方向を見ながらリアスは小さく呟く。イリナと一誠の戦いは一誠が勝利し、ゼノヴィアと木場との戦いはゼノヴィアが勝利した。一勝一敗という結果になったがゼノヴィアたちはきちんと結果をつけることはしなかった為、自動的に賭けも無効となってしまった。

 最も、決着を付けるとなると一誠とゼノヴィアとの対決になり、相性的に考えて一誠のほうが不利と考えられる為、この結果になったほうがリアス側としても被害が少なくて済んだ。

 残された問題は敗北の苦汁を舐める結果となってしまった木場の存在。リアスたちもどう声を掛けていいか分からず、膝を着いた状態の木場を遠巻きから見守るしかなかった。

 木場はしばらくの間ゼノヴィアたちが去った方角を見ていたが、やがて立ち上がり見守るリアスたちに背を向け、この場から離れようとする。

 

「待ちなさい! 祐斗!」

 

 去ろうとする木場に感情が高ぶったリアスの声が飛ぶ。

 

「どこに行くつもり? もし私の下から離れようというつもりなら私は許さないわ! 貴方は私の――リアス・グレモリーの『騎士』なのよ! お願い、私は貴方に『はぐれ』になって欲しくないの。だからこの場に居て」

 

 叱咤と悲哀の言葉。それを聞いて木場の足が止まるが、振り返った木場の顔をリアスが見たときリアスは哀し気な顔となる。

 振り向く木場の表情にあったのは儚げな笑み。

 

「部長。僕が今まで生きてこられたのは、あのとき救ってくれた部長や朱乃さん、小猫ちゃんたちのおかげだと思っています。……でも救われる程の命が残っていたのは、同志たちの犠牲であそこから逃げ出せたからなんです」

 

 静かにだが良く響く声で木場は喋り続ける。

 

「だからこそ、彼らの散っていった命に報いる為に、その哀しみを晴らす為に。彼らの無念を背負い、それを込めた僕の魔剣を以って聖剣を打ち破らなければならない――だから」

 

 その言葉に宿る決意は炎の様な激しさを感じさせながらも、すぐに掻き消えてしまいそうな蝋燭の灯りを思わせる弱さも感じられた。

 

「ごめんなさい。そして、ありがとうございました」

 

 最後に木場は一礼をすると消える様に走り去っていってしまった。

 

「……祐斗」

 

 止める暇も無く行ってしまった木場の名を、哀しみの感情を乗せて小さく呟くリアス。ただ、仮に木場が去っていなかったとしても、リアスは木場の言葉を聞いた後に去るのを止めることが出来るか分からなかった。

 リアスの横顔を見ていた一誠は口を強く結び、何かを決意した表情となると、自らの考えについて相談しようと後ろを振り返る。しかし、振り返った先には目当ての人物がいなかった。

 

「……どこに行ったんだ? 間薙の奴も」

 

 シンだけではなくピクシーもジャックフロストも姿が無い。周囲を確認してみるがどこにも姿は見えず、一誠の呟きによって、一同はシンも姿を消したことに気付いたのであった。

 

 

 ◇

 

 

 駒王学園の校門から木場が出て来る。思い詰め、晴れない表情を浮かべて学園から離れようとしたとき、背後から声を掛けられた。

 

「そんなに急いで宛てはあるのか?」

 

 驚き振り返ると壁に背中を預け、いつもの無表情を浮かべたシンが腕を組んで立っている。その肩にはこれもいつものようにピクシーが腰掛け、足下にはジャックフロストがシンと並ぶようにして立っていた。

 

「……僕を連れ戻しにきたのかい? なら無駄なことだよ」

「生憎、そんなつもりは一切ない」

 

 シンは組んでいた腕を解き、木場の方へと歩み寄っていく。木場はシンの態度に警戒をしていたが、シンはそのまま近寄り木場の真正面に立つ。

 両者の距離は手を伸ばせば届く程になる。

 

「一体、何のッ!」

 

 木場の言葉が中断される。何故なら話の途中でいきなり、シンが無言で木場の鳩尾を弾くように叩いたからだ。

 顔から血の気が引き、冷や汗を浮かべた木場が、睨む様な眼差しでシンの方を見る。

 

「軽く小突いただけでそれか。そんな体で聖剣を探してどうする」

 

 ゼノヴィアから受けた最後の一撃によるダメージは木場の体から抜けきっておらず、悪魔の力を使っていないシンの拳でも先の様な反応をする有様であった。

 

「それが……どうしたって言うんだ……!」

 

 これ以上痛みがある素振りを見せたくないのか、木場は苦痛を浮かべた顔を奥へと隠し、無表情となる。

 その気丈な振る舞いを見て、シンは短く溜息を吐くと肩に乗るピクシーを横目で見る。ピクシーは頷くとシンの肩から飛び立ち、先程シンが拳を当てた木場の鳩尾付近で滞空すると、両手を翳し治療の魔法を施し始める。

 ピクシーの行動に驚く木場。そんな木場に対しシンは言う。

 

「せめてその治療が終わるまでの間、少し話さないか?」

 

 そう言うとシンは再び壁に背を預けた。木場は僅かな間悩んでいたのか眉間に皺を寄せていたが、やがてシンと同じように壁へと背をもたれさせる。それはシンと会話をするという証であった。

 

「それで話って何だい?」

「お前、あの白髪神父にも負けただろ?」

 

 いきなり躊躇なく言われた内容に、木場の表情どころか体も凍りついた様に動かなくなる。そんな木場の反応に自分の考えが間違っていなかったと思いつつ、そのまま話を続けていく。

 

「昨日、あの神父がケタケタ笑いながら言っていた、『騎士』に一杯喰わせた、と。そしてさっきの戦いで『二度とエクスカリバーには負けない』と言っていたな」

 

 横目でシンは木場を見る。顔には感情を現していなかったが、木場の拳は爪が強く食い込む程握り締められ、込められた力で小刻みに震えている。それだけ見れば、どれほどの屈辱と敗北感を押さえこんでいるか一目で分かった。

 この世で最も嫌悪する存在から与えられる敗北。ライザーとのレーティングゲームに於いて敗北を味わったことのあるシンであるが、そのとき受けた敗北とはまた違う質の敗北なのであろう。今の木場がどれほど重く、暗く、冷たく、臓腑が爛れる様な敗北感を裡に秘めているかシンには分からなかった。

 

「……負けた僕を笑うかい?」

 

 肯定と取れる木場の言葉。そこには激しい感情では無く、どこか自嘲を感じさせる枯れた響きがあった。

 

「負けたことについてはどうでもいい。肝心なのは二度も負けたのにまた一人で聖剣を相手にするつもりか?」

 

 言外に『今のお前では聖剣に勝てない』という言葉を匂わせる。木場もシンの言葉に含まれるものを十分理解しているのか、シンの耳に届くほど強く奥歯を噛み締める。

 一度目の敗北はフリード側の都合によって見逃された。二度目の敗北は殺し合いではなかったが、自分の力が全く通用しない完敗であった。

 どれほどの怒りを込めても、どれほどの憎しみを込めても、どれほどの悲しみを込めても、自分の魔剣は聖剣に届かない。

 聖剣の前で軽々と砕け散っていく魔剣を見る度に、それが背負ってきた同志たちの命と重なって見える為。残酷なまでの無力感。それを噛み締める度に、死んでいった同志たちに言葉に出来ない程の悔恨の念が湧きあがってくる。

 

「……例え手足を失おうと、目や耳が無くなろうとしても構わない。でも死ぬつもりは無い。仮に僕の命が尽きる時が来ようともそれは七本のエクスカリバーを破壊したときだ」

 

 勝てる、勝てないではなく、諦めるつもりは無いという木場の意志。それの根深さを感じつつも、シン自身は木場の復讐という行為を止めるつもりは無かった。悪魔としての二度目の生を受けたからといって、今まで自分の根幹を成してきた想いを折ることなど容易なことでは無いし、他者がやるものではないという考えもあった。

 

「そうか……まあ、一人じゃなきゃそれも出来るだろうな」

「えっ?」

 

 シンの言葉に木場は驚き、慌てたようにシンの方を見る。

 

「幸いにもお前に力を貸してくれるお人よしが何人かいる。その何人かの力を借りれば無謀な話じゃないな」

「ちょ、ちょっと待ってくれないか! 聖剣は自分の力で――!」

「今まで培ってきた力だけじゃなく関係もお前の力じゃないのか?」

「そうことじゃなくて! 僕は僕一人の力で」

「僕一人? お前言っていたよな、『彼らの無念を背負い』って。僕一人と言うんならその無念とやらも関係ないのか?」

「どうしてそう揚げ足を取るようなことを……!」

 

 木場の言葉に熱が入り始める。勝手に話を進めていくシンの態度に、明らかに苛立ちを覚えている様子であった。

 

「僕は――!」

「俺でもイッセーでも誰でもいい、いいから人に頼れ」

 

 声を荒げようする木場にシンはその言葉を投げかける。それを聞いた途端、冷水でも頭から浴びせられた様に木場の顔から苛立ちによる熱が消え去り、気不味そうな顔となる。

 

「それは……」

「躊躇うのは迷惑を掛けたくないとか、自分のやっていることに他人を巻き込みたくないという考えからか? はっきり言えば今更だな」

 

 木場は一旦口を開き何かを言いそうになるも、そのまま閉じて沈黙する。図星を突かれたのか、次の言葉が浮かばないらしい。

 

「……どうして君は僕を手助けするんだい?」

 

 再び口を開いて出てきた言葉は、シンが今こうやって木場を助力することの理由を問うものであった。

 

「大した理由じゃないさ。なんだかんだで一年以上の付き合いだし、出来る範囲でなら手は貸すさ。――同じ部活に入っている『仲間』だからな」

 

 『仲間』という単語を聞き、木場は軽く笑う。しかし、浮かぶ笑みは爽やかさや晴れやかさなど清々しいものは感じられず、何処か自嘲を含むものであった。

 

「間薙くん。覚えているかい? 僕が君に初めて缶コーヒーを奢って貰ったときのことを」

「……ああ。俺の生徒手帳を拾ってくれた礼にな」

「それ以来君と話す回数も増えたし、僕を通じて何度か部活のメンバーを紹介するようになったよね」

「何が言いたい」

 

 今になって過去のことを話す回りくどい木場の喋り方に、シンはあまり良いものを感じられず、さっさと本題に入る様に言う。

 

「不自然だとは思わなかったのかい?」

「……どういう意味だ」

「君との接触は意図したものだったんだよ」

 

 シンは木場を横目で見ることを止め、顔ごと木場の方に向ける。木場もまたシンの方を向いており、両者とも無表情で睨む様にして視線を交わす。

 

「君がオカルト研究部に入ってから何度か話をして確信したよ。君はイッセー君を助けたときにその『悪魔の力』を覚醒させて、リアス部長に保護されていたと思っているけど実際には違う。君はそれの数か月前にはその力を既に使い『はぐれ悪魔』を一体殺害している」

 

 初めて聞かされた事実に、今度はシンの方が沈黙する。だが、木場に指摘されたことで、自分の身に起こった不自然な出来事を思い出していた。学園を出てから帰宅までの間にあった数時間の記憶の欠如、そしてそのとき手に付着していた、黒い重油の様な粘液。そして木場がシンの生徒手帳を届けたのは、その翌日のことであった。

 

「『はぐれ悪魔』を倒した筈の君自身からは悪魔の気配が全く無かった。だげど、それだけじゃあ君のことを放っておくには根拠が弱すぎる。だから僕がリアス部長に進言して、君が害ある存在かどうか『監視』をしていたんだ。……その為に友人という立場になって君に近付いた」

 

 そこで一息置いた後、木場は壁から背を預けるのを止めて歩き始める。いきなり動き出す木場に、ピクシーは慌てて離れる。

 

「ありがとう。もう怪我の具合は良いよ」

 

 ピクシーに礼を言った後、木場はシンへと背を向けた。

 

「分かっただろ? 僕と言う存在がどういうものか? ……君と僕は『仲間』じゃなかったんだ」

 

 未だに沈黙を続けるシンに木場は心底軽蔑をされたと思いながらも、これでいいと自分に言い聞かせる。この選択は間違っていないと、後悔はしていないと思い続ける。

 木場が一人歩き始めようとしたとき――

 

「木場」

 

 ――シンの声が掛かる。足を止め、振り向いた木場が目にしたのは、軽蔑も侮蔑も拒絶も無い、いつもの冷たいとも大人びいているとも言える、シンの感情の色が薄い表情があった。

 

「お前はもう少し我儘に生きた方がいい」

 

 それだけ言うと、シンも木場に背を向けて去って行く。木場には、シンがどういう意味を含めてその言葉を言ったのか分からなかった。ただその言葉は、木場の頭の中に根付くようにして残るのであった。

 

 

 ◇

 

 

「ねえ、ゆーとの言ってたことって本当かな?」

「あの様子じゃ本当だろうな」

「ヒーホー……じゃあ、ゆうととシンは友達じゃないんだホー」

「それはどうかな」

 

 不確定要素な存在に監視を目的とし近付いたという話は、シン自身にも身に覚えがある為、木場が吐いた嘘である可能性は低く考えられる。ただ問題なのはそれを話したタイミングである。

 あからさまにこちらを突き放そうとする木場の態度に、シンは軽く呆れると同時に小さな怒りも覚える。

 

(嘗められたものだ)

 

 自分に対し裏切られたという思いや失望感を覚えさせようとした木場の言動。今まで隠していた後ろめたさを暴露したのであろうが、シンにしてみればその言葉だけでオカルト研究部と共に今まで活動してきた全てを不意にして、手の平を返すと思われているというのならば、そちらの方にこそ不快感を覚える。

 オカルト研究部に入って間もない時期にそのことについて話されたのならば、多少なりとも不信感を覚えていたかもしれない。だが、それなりに同じ時間を過ごしてきた今となっては、『ああ、そうだったのか』程度の感想しか抱かなかった。

 一応はリアスにも確認する為に部室の方に一旦戻ろうとするが、そのときポケットの中で携帯電話が振動するのを感じ、手に取る。液晶画面には一誠の名が浮かんでいた。

 

「もしもし」

『おお、間薙か。どこに行ってたんだ? 急にいなくなってよ』

 

 電話の向こう越しに聞こえてくる一誠の声。内容の通りこちらの安否を気遣うような話し方であった。

 

「少し……な。それで何の用だ」

『お前に頼みたいことがあるんだ』

 

 一誠が声を少し潜める。その様子からなるべく他人に聞かせたくなく、そして周囲にはまだリアスたちが居ることが予想できた。

 

「聖剣絡みの話か」

『分かるか?』

「まあな」

 

 このタイミングで思い浮かぶ話はそれぐらいしか思いつかない。

 

『俺はイリナとゼノヴィアに協力をする代わりにエクスカリバーの破壊の許可を貰うつもりだ』

「相変わらず大胆なことをいう奴だな、お前」

 

 つい先程まで戦っていた相手と共闘し尚且つその相手が回収しようとする物を破壊する。普通に聞けば、どれほど無謀なことを言っているかすぐに分かるが、一誠にはそれが可能であるという自信、あるいは根拠を感じられた。

 

「お前の言う通りに事が進むのか?」

『間薙も聞いていただろ、あの二人の目的は堕天使の手からエクスカリバーを奪うことだけど、場合によっては破壊してもいい、って』

 

 一誠の言葉でリアスとゼノヴィアたちとの会話を思い起こす。

 

『仮に回収できなければ、私たちの手で破壊する。その方が堕天使たちの手の中にあるよりも遥かにましだ。上の方も許可を出している』

 

 確かに一誠が言ったようにゼノヴィアはリアスにそう言っていた。また、ゼノヴィアたちは自分たちの力が、聖剣強奪の諸悪の根源であるコカビエルよりも劣っていると自覚している節もあった。そうなれば奪還と破壊、与えられた使命を全うしたい二人が選ぶ選択がどれか見えてくる。

 

「自分の実力を売る訳だな」

『まあ、そういうことになるかな』

 

 使命の為ならば敢えて殉教の道を往く信仰者の二人であるが、使命も果たせずに逝くのは不本意の筈。それならば少しでも確率を上げる為に、こちらの力を利用しようと考えるかもしれない。

 

「お節介だな、お前も。木場の為にエクスカリバーと堕天使を相手にするのか。只で済むとは思っていないだろう? それにお前、顔の良い奴は嫌いじゃなかったのか?」

『それとこれとは話が別だろう。木場とは同じ眷属だし助けて貰ったことも何度かある。俺はあいつに借りを返したいだけだ』

 

 聞き覚えのある言葉が耳の中に入ってくる。その言葉を聞いて、自然と口の端が吊り上がってくるのをシンは自覚する。

 その言葉はかつて木場に言った言葉であり、今思えば、いつもの日常から少しだけ前に踏み出す切っ掛けとなった言葉であった。

 

「……ふふ、成程な」

『何だよ。おかしなこと言ったか?』

「いや別に。そういう考えは嫌いじゃない」

 

 このときシンは一つの決断をする。

 

『という訳で間薙、明日時間は空いているか?』

「……悪いな。俺は参加出来そうにない」

『えっ!』

 

 電話越しからでも一誠の動揺が伝わってくる。せっかく考えた計画の第一歩から躓いたのであるから、仕方のないことであった。

 

「少し手の離せない厄介ごとがあるんでな」

『それって木場の件よりも優先なのか?』

「正直に言えば聖剣の件とも関わりのあることだ」

『そうなのか?』

「聖剣のことにも手を出したかったが、お前がやるというならお前に任せたい。俺はその間にもう一つの件を片付ける」

 

 シン言葉を聞き、少しの間両者の間に沈黙が流れる。そして、電話の向こう側から一誠の声が聞こえてくる。その声はシンに断られた失望はなく、寧ろ覇気に満ちたものであった。

 

『分かった、任せろ』

「ああ、頼んだ」

 

 二人の返答は短いものであったが、そこには何事にも揺らがない強固な意志が確かに含まれていた。

 

「それで、俺以外にも誘う相手はいるのか?」

『ああ、匙の奴を呼ぼうかと思っている』

 

 意外な人選にシンは軽く眉を顰める。一誠と匙はこれといって繋がりはなく、シンの記憶が正しければ、初めて部室生徒会長と会って以降、数回程ぐらいしか接触していなかった筈である。

 

「匙か……選んだ理由はなんだ?」

『俺の知っている範囲で部長との繋がりが薄くて強そうなのが匙ぐらいしか思いつかなくって……『神器』持ちだし』

 

 一誠が言っているように匙は『神器』を持っている為、『兵士』の駒を四つ消費して悪魔へと転生した転生悪魔である。一誠の会話から察するに、今回の件についてはリアスの耳に入らない様に進めたいというのが分かる。少なくともリアスから止めが入るのは間違いなかった。

 

「連絡したとして来るのか? 相手は天敵のエクスカリバーだぞ?」

『エクスカリバーを破壊することはきちんと伝えるさ……当日に』

「……お前も悪い奴だな」

 

 半ば呆れるシンであったがそれで匙が来たとしても人数は二人、まだ不安は拭いきれない。そこでシンは頭の中に浮かんだ一誠の考えに協力するであろう心当たりを二人、一誠に推薦する。

 

「塔城にも連絡をとっておけ」

『えっ、小猫ちゃんにもか?』

「木場との付き合いは長いし、口も固い、そして実力もある。誘っておいて損は無い筈だ」

 

 小猫を計画に誘うように推薦するが、電話越しの一誠の反応はイマイチ良くない。電話の向こう側からは唸るような一誠の悩む声が聞こえてくる。

 

『小猫ちゃんか……うーん、どうしようか……』

「そんなに悩むことか?」

『間薙、俺……小猫ちゃんの連絡先知らない……』

「なんだそれは」

 

 あまりに間の抜けた返事に思わずシンも気の抜けた声を洩らしてしまう。

 

『しょうがないだろ! 前に連絡先を聞いたら真顔で『嫌です』って言われたんだぞ! その『嫌です』にどれほどの破壊力があったのかお前に分かるかぁ! あんなこと言われたら聞くのを躊躇っちまうだろうが!』

 

 電話を耳から離してしまう程の大音量で喚く一誠。もう周囲にリアスたちが居ないのか鬱憤を晴らすかのように騒ぎ続ける。

 

「分かったから落ち着け、話が進まなくなる。塔城の連絡先は俺が教える」

『なんでお前は知っているんだよぉ! 畜生!』

 

 火に油を注ぐ結果となったが構わず、シンは小猫の携帯電話の番号を言い始める。その途端、電話の向こうは環境音が聞こえる程静まり返る。この電話の向こうで今頃必死になって電話番号をメモしている一誠の姿が頭に浮かび、何とも言えない脱力感を覚えるのであった。

 

「記録したか?」

『おっしゃああああ! ありがとうございます!』

 

 高揚する一誠の声に呆れながらもシンはもう一人、推薦する人物の名前を口にする。

 

「あとアーシアにもこのことを話しておけ」

 

 言葉を聞いた瞬間、シンは電話越しからでも一誠が息を呑むのが分かった。

 

『それは……』

 

 一誠が言葉を詰まらせる。その声の調子からシンは一誠がアーシアを連れていくことを快く思っていないことを察するが構わず畳み掛ける。

 

「何か都合の悪いことがあるか? アーシアの『神器』はエクスカリバーとの戦いにも役立つ。程度はあるかもしれないが、聖剣で出来た傷を治療することが出来る数少ない方法を持っているんだ。誘っておいて損は無い筈だが?」

『えーと、ああ、そうだ! あの教会の二人、アーシアのこと『魔女』とか言って傷付けていただろ? アーシアを連れて行ったら今度は何を言われるか――』

「ほう? お前はアーシアが目の前で貶されているのを今度は黙って見ているのか。過保護な奴だと思っていたが、案外薄情な面もあるんだな」

『そんなことするわけないだろうが! 二度とあいつらにアーシアを『魔女』なんて呼ばせはしない!……あっ』

「問題は無いみたいだな」

 

 煽るようなシンの言い方に怒る一誠であったが、自分の言動を振り返り一気に怒りを冷ます。

 

「お前がアーシアを大事にしているのは重々承知だ。嫌な言い方かもしれないが、アーシア自身に戦う力は無い。だが、アーシアの『神器』の力は味方を何度でも戦わせることが出来る」

 

 アーシアの持つ『聖母の微笑み』があれば、いかに重傷を負おうとも助かる可能性が格段に上がる。これから戦いに赴くにしたがって決して無視できないものである。

 

『アーシアを態々危険の中に連れ込むのかよ……』

 

 身を守る力が無いと分かっていて平然と戦いの渦中へと送り込むことを勧めるシンに、一誠は不満を感じ声に若干険が混じる。一誠の不満は最もだと思いながらも、シンは妥協する気は無かった。先程、一誠を悪い奴と言っていたが、自分も相当な悪党であると自覚しつつ話を進める。

 

「お前にとってアーシアは守るべき存在なのは知っている。だがな、俺の目から見ればアーシアという存在は既に『戦力』なんだ。それを分かっていて腐らせるつもりは毛頭ない」

 

 自分の意見を言った後、小猫のときとは違い重い沈黙が流れる。シンも一誠も一切喋らなくなりただ時が過ぎていく。電話を耳に当てた状態のまま、ひたすらに事態が動くのを待つシン。

 沈黙を先に破ったのは一誠であった。

 

『……とりあえずこのことは話してみる。話した後、少しでもアーシアが迷っていたなら俺は……』

「それでいい。……悪いな」

 

 鉛でも呑みこんだような声で提案を受けた一誠にシンは礼を言う。元々少数で行く筈だった計画に、次々と責任という重石を乗せていったことへの謝罪も混ぜた礼であった。

 

「今度何かを奢る。缶コーヒーとかどうだ?」

『ははっ! 安いな!』

 

 最後に互いに軽口を言い合った後、別れの言葉を言って携帯電話を切る。

 

「人を信用したり信頼したりするのって『賭け事』みたいに難しいと思いませんか、間薙さん?」

 

 前触れも無く背後から掛けられる声。何故このタイミングで現れたのか、どこから話を聞いていたのか、などの疑問が脳裏に浮かぶが、背後に立つ人物に一々それを尋ねることも億劫であると思い、携帯電話を仕舞うついでだと言わんばかりに後ろへと目を向ける。

 

「自分で出来ないことを全て相手に委ね、尚且つ自分にとって価値のあるものも預けるって訳ですからねぇ。日々の交流から性格などの情報を仕入れ、そこから出来るか出来ないかを判断する。まあ、『賭け事』に比べれば遥かに健全ですけどね」

 

 日が沈む時間とはいえ、人目が付く外でコルクを空けたワインボトルを片手にアダムは喉の奥で笑っていた。

 

「いきなり出てきて何の用だ」

「いやいや、せっかく間薙さんがこちらの話に本格的に乗って下さったので、その感謝と祝杯を挙げに参上した次第ですよ。へへへへ、ついでにちょっとした青春も拝ませてもらいましたがね。若いってのはいいもので」

 

 感心しているのか小馬鹿にしているのか判断が付かない絶妙な喋り口に、シンもある程度の苛付きは覚えるものの怒りに転じる程では無かった。

 

「私もねぇ『賭け事』が大好きなんですよ。ただ、私の賭け方ってやつは前情報なんてのは一切仕入れずに自分の勘だけで賭けるってのが特に好きでね」

 

 アダムは薄ら笑いを浮かべながらシンへと近付くと神父服の中から一枚の紙を取り出す。シンは取り敢えずそれを無言で受け取ると、中には携帯電話の番号が書かれていた。

 

「御二人を誘うことが出来たらこちらに連絡を下さい。後日、会う場所と時間を教えますので。では後ほど」

 

 伝えることが終わったのか、アダムはワインを喉へと流し込みながらとっとと去って行ってしまった。

 いい様に利用されている感じは拭えないものの、自分で選択したことに対し後悔はするつもりは無い。

 シンはアダムに背を向け、この場を去って行くのであった。

 

 

 ◇

 

 

 部室に着いたシンは少し扉を開け、中を確認する。中に居たのはリアス一人のみ、部長用の机に座り思い詰めた表情をしていた。明らかに気分が沈み込んでいる状態と分かるが、シンは悪いとは思いつつも絶好の機会だと思い、ピクシー、ジャックフロストに部室の外で待つように指示し中へと入る。

 誰かの入室に気付きリアスは下げていた視線を上げる。それがシンだと気付くと、リアスの表情は少しだけ柔らいだ。

 

「……どこに行っていたの? 急に居なくなるから驚いたわよ」

「すみません。少し話をしていました……木場と」

 

 リアスの目が僅かに丸くなるがすぐに元に戻る。

 

「止めは……しなかったのね」

「ええ」

 

 シンが木場を連れて現れなかったことで察し、沈んだ声を出す。

 

「少なくとも、今日一日ぐらい無理はしない筈だと思いますよ。肉体的にも精神的にも疲労していると思うので」

「……そうだといいわね」

 

 シンの気休めの言葉。最もその肉体的疲労は既にシンの指示によってピクシーの手により回復しているが、あの少し冷めていた頭なら無茶しないだろうという考えからの言葉であった。

 

「手を貸そうかと言ったら断られました」

「……そう」

「『僕と君は仲間じゃない』とも言っていましたね」

「あの子ったら……」

「一年間ずっと俺を『監視』していたとも言っていましたね」

「……」

 

 リアスからの声は戻っては来なかった。黙っていたことをいきなり本人から言われたせいで、絶句していた様子であった。

 

「……そう。貴方に言ったのね、祐斗は」

「ええ」

 

 リアスは静かにシンの目を見つめる。真っ直ぐ見つめているようで僅かに揺らぐ瞳、それは内心でのリアスの動揺を現していた。

 

「祐斗の言っていたことは間違っていないわ。正体不明の力を持った貴方を監視する様に『私』が指示を下したわ」

 

 リアスの言葉を聞きシンはそうですか、と一言だけ言う。

 木場が言っていたときの言葉、そして今のリアスの言葉、その二つを比較しシンは内心で苦笑する。従者が従者なら、主も主ということに。

 

「だから全ての責任は私――」

「ああ、すみません。俺から出しておいてなんですが詰まらない話はここまでで、本題に入ります」

「――え?」

 

 いきなり話を打ち切られたことにリアスは思わず戸惑う。

 

「部長。俺は悪魔の協力者という立場ですが、俺自身が悪魔と契約することは可能ですか?」

「え、ええ。可能だけど……」

「そうですか。なら今、手伝って欲しいことがあるので契約してください、部長」

「私と?」

「ついでにソーナ会長とも契約したいので、連絡をお願いします」

「ソーナとも?」

 

 唐突に変えられた話題に上手くついていけず、シンの言葉に辛うじて返事をするしか出来ない程動揺しているリアス。

 

「ああ、代価についてなんですが前以て報せておいても大丈夫ですか?」

「え、あの、ええ」

「そうですか。なら俺が出す代価なんですが――」

 

 そこで一旦区切る。次に言う言葉の前にシンは少しだけ柔らかい表情となる。

 

「『これまで通りリアス・グレモリー及びその眷属と良き協力関係を続ける』というのはどうですか?」

 

 

 ◇

 

 

「そうですか。グレモリーとシトリー両家の協力を得られましたか。流石ですね」

 

 すっかり日も沈み、街灯の光しかないとある丘の上でアダムは携帯電話片手に上機嫌そうに話す。街を一望出来る丘に備えられたベンチに腰を下ろし、街の灯りを肴にしながらワインを呷る。電話の向こう側に居るシンから協力を得られたという連絡を受けてからは、その呷る速度は格段に増していた。

 

「それで早速なんですが、明日ッ」

 

 そこから先を言う前に一瞬アダムの体が震える。アダムは携帯電話を耳に当てた状態で視線を落とすと、そこには胸の中心から下斜めに向かって突き出す光の槍があった。

 

「ふん。我らの周りを嗅ぎまわっていた報いだな」

 

 夜の空で滞空する堕天使。侮蔑の言葉を吐きながら背中から突き刺されたアダムを見下す。

 致命傷とも言える場所に槍を受けたアダム。彼は――

 

「え? 別に何もないですよ。そうそう、場所と時刻なんですが」

 

 ――一切気にすることなく会話を継続。

 

「なっ!」

 

 あまりに平然とした態度に堕天使は驚くも、自分のことなど眼中に無いアダムの様子に怒りを覚え、再び光の槍を投げ放つ。今度は左胸を貫通するも、先程と同じように殆ど反応を示さず、せいぜい言葉に間が開く程度であった。

 

「何故だ! 何故死なん!」

 

 動揺する堕天使の前で、連絡を伝え終わったアダムがゆっくりとした動作でベンチから腰を上げる。

 

「マナーがなってねぇな。電話で会話中の相手にちょっかいをかけちゃあいけないって堕天前に神様から教えて貰わなかったのか?」

 

 刺さった光の槍を引き抜く。抜いた跡には傷一つ無い肌が現れる。

 

「あーあー、借り物の服に穴が開いちまったよ」

 

 刺されたことよりも服が破れたことの方を気にするアダムに堕天使は言い様の無い脅威を感じ、その場から離れようとする。が、その思いとは裏腹に、突如として堕天使は地面へと落下していった。

 地面へと全身を叩きつける堕天使。すぐに立ち上がろうとし足を動かすが、足は何度も地面の上を滑るだけ。腕を使い身体を起こそうとするも、地面に着いた手は激しく震えた後で力無く崩れる。

 

「なん……これ……!」

 

 自分の身に起こった異変を驚き声に出そうとするも、その声すらはっきりと出すことが出来ない。堕天使は完全に体の自由を奪われていた。

 

「大人しくしてろ。悪いようには扱わねぇよ。へっへっへっ」

 

 アダムは地面に倒れ伏す堕天使の顎を掴むと、片手でその身体を持ち上げる。

 

「な……に……のだ……!」

「知りたいか? まあ『コレ』を着けたままだと裂けちまうし、いいか」

 

 アダムは片手で堕天使を掴んだまま自分の顎の下辺りに親指を押しあて一気に――

 

「あ……ああ……! きさ……ま! ……だ!」

「暫く大人しくしているんだな」

 

 数十秒後、何事も無かったかのように、アダムは一人ベンチの上で片手にワインを持って飲み続けていた。

 そのとき、アダムは軽く眉を顰め、何やら口内に違和感があったのか、頬の内側で舌を動かし始める。少しの間それが続いたが、やがて原因が取れたのか口からソレを吐き捨てる。

 出てきたのは漆黒の羽根。それは風に乗り、夜の街の方向へと溶け込むようにして飛んで行くのであった。

 




巻き込まれ系主人公が周りを巻き込む話でした。
最後の方はややベタな感じにしてみました。

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