ハイスクールD³   作:K/K

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番犬、夢幻

 術式破壊を続けて数日後、未だシンたちは本物の術式を見つけられずにいた。既に破壊した術式の数は三桁を超えているもののどれも空振りであり、意味の無い数となっている。

 リアスたち曰く、術式の基点に成りやすい場所を重点的に探してはいるものの、仕掛けた方もそれを熟知しているのか、そういった場所には大量の偽の術式が施されており、虱潰しに破壊して全て偽物だったという徒労が何度もあった。

 一つの街を滅ぼす程の術式ならば、単発で効果を発揮するものではなく連鎖して破壊するものを使用することが多い為、本物の術式を一つでも発見することが出来たのならばそこから探知して残りの術式の場所を見つけることが出来ると聞かされているが、未だその最初の一歩が踏み出せていない状況であった。

 

「これも偽物ですね」

「今日で何個目だホー?」

「八個だ」

 

 その日の学業を終えた放課後、シンはいつものようにジャックフロストを連れて術式の探索をしていた。今回シンたちが共に行動しているのは副会長の椿姫であり、リアスは朱乃、ソーナはアダムと共に行動をしていた。

 椿姫がシンと行動するのは契約の内容にかかわるものであり、術式探しをしつつ椿姫はシンが提示した契約に沿うものか見定める立場として今回一緒に行動をしている。

 アダムに関してはリアスとソーナが私たちが見張るといって、シンや朱乃、椿姫と組ませるようなことはしなかった。だが、探索中に余計なことをアダムが言っているのか、探索が終わって集まる度にリアスとソーナは不機嫌そうな表情をし、対照的にアダムはニヤニヤと底意地の悪そうな笑みを浮かべていた。

 それを見かねた朱乃が小声でリアスたちに、何かセクハラのようなものをされたのかと聞いたが、答えは何故かアダムから返ってくる。

 

「ああ、大丈夫ですよ。私は処女には手を出さないことにしているんで――色々面倒臭いですし」

 

 その場の空気が凍結したのは言うまでもない。

 

「このままで大丈夫でしょうか?」

「まあ、何だかんだ言っても今日まで続いていることですし、ソーナ会長なら割り切ってくれる筈だと思いますが」

「その心配もありますが、私は敵の妨害が一切無いことが少々気になりまして」

 

 椿姫に言われ、確かにとシンは思う。ここ数日行動しているが、敵の気配が全くしないのは不審に思うには十分であった。探索前はコカビエルの配下の堕天使、あるいはフリードが攻撃を仕掛けてくるかもしれないと思っていたが、それらが一切無かった。ピクシーからの報告では一誠たちの方にも仕掛けてはおらず、その敵の沈黙が少し不気味に感じられた。

 だが、今はそのことを考えていても仕方がない。妨害が無いなら無い内に、可能な限り術式を破壊をするだけのことである。椿姫に言われたことを頭の片隅に置きつつ、シンはポケットから地図を取り出し次なる場所を模索する。随分と×印が多くなった地図を見ながらシンが注目したのは、ここから近い場所にある工場の名であった。

 椿姫に次に行く場所の名を告げると椿姫はそれを了承し、三人はこの場から移動し始める。地図に記された場所に着いたのは歩いて三十分後のことであった。

 地図にはきちんと工場の名が書かれていたが、シンたちが辿り着いた正門にあたる場所から見ただけで、工場から人の気配が無いことが分かる。また工場名を示す看板が無く、壁にはそれが取り外されたのか長方形型に変色した部分が有った。

 

「すでに潰れているみたいですね」

「人目に付かなくて、逆に有り難いです」

 

 正門から一歩中に入ると立ち入り禁止の看板と侵入を拒む為のテープが張り巡らせてあったが、それを掻い潜って奥へと進む。進んだその先にはいくつもの建物があり、手分けして探すだけでも相当な時間が掛かることが分かる。とりあえずシンは近くの建物から探索することを考え、そのことを椿姫に伝えようとしたが、それよりも先の椿姫がその場で膝を突き、地面へと手の平を当てる。

 

「副会長?」

「少し待ってもらえますか」

 

 椿姫は軽く息を吸った後、手の平から魔力を放出する。それは地面を波紋状に伝わり、工場の敷地内全土に一気に広がっていく。十数秒程それを続けていたが、何か分かったことがあるのか、椿姫は地面に押し付けた手を離し立ち上がる。立ち上がった椿姫は軽く息を吐き、僅かに疲労した様子を見せた。掛けた時間は大したものではなかったが、それなりに消耗をする行動であったらしい。

 

「分かりましたわ、場所が。あそこです」

 

 椿姫が指差す方向にあったのは一番奥にある建物であった。

 

「今ので分かったんですか?」

「ええ、少しだけ強引な方法でしたが」

 

 椿姫が先程の行動を説明するに、この場一体に魔力の波をぶつけることで、その波が伝わった先にある同じく魔力を帯びたものに接触させ、そのとき起こる魔力同士の反発を潜水艦のソナーのように探知することで場所を把握したらしい。人が近くに居る場所などでは反響するものが多すぎて使えない技術らしいが、魔術関連では素人であるシンからしてみれば殆ど神業のようなものである。『女王』の駒を与えられるに相応しい実力の片鱗を確かに感じることが出来るものであった。

 

「ヒーホー! ツバキ、凄いホ!」

 

 子供の様な無邪気さで椿姫の技術を褒めるジャックフロスト。普段はソーナと同じく冷静であまり表情の変化の無い椿姫は少し頬を赤く染めながらも、いつもの大人びた表情で、ありがとうございます、と礼を返していた。

 

「さあ、行きましょう」

「ええ」

「ヒホ!」

 

 椿姫の言葉に従い一同は術式が刻まれている建物を目指す。建物の前に到着するとシンは入口のドアノブを回してみるが、やはりというべきか鍵がきちんと掛かっていた。

 

「――今からすることを黙ってもらえると助かります」

「はい?」

 

 シンは、一言椿姫に言った後、悪魔の力を呼び起こし右手に紋様を浮かばせ、燐光を放つ。このときシンは初めて椿姫の前で自らに宿る悪魔の力を見せた。

 

「それは――」

 

 椿姫が言い終える前にシンの拳がドアノブ付近へと叩きつけられた。金属製で出来たドアは大きく凹み、それによってロックしていた部分が壊れて外れ、ドアが開けられる状態となった。

 

「これで中に入れますね」

「……あまり褒められた方法ではありませんね」

「自覚しています」

「と言っても私も共犯のようなものです。とやかく言うつもりはありません」

「助かります」

「オイラ、先に入っちゃうホー?」

 

 こじ開けたドアから中に入ると、かなりの広さと高さの空間が広がっていた。しかし、本来なら大量生産用の機械などが置かれていたであろうこの場所には殆ど何も置いてはおらず、かつての名残なのか、埃を被ったヘルメット、床に散らばった工具、恐らくこの工場で造ったものだと思われる何かのパーツなどが点々と落ちているだけであった。

 

「先程の感触からして、術式はこの建物の奥にある筈です」

 

 椿姫が建物の奥へと進む。シンはその背後を守るようにして付いて行き、ジャックフロストはせわしなく周りを見ながら小走りでシンの後を付いて行く。椿姫が建物の一番奥まで着くと、壁に手を当て魔力を伝わらせる。するとそこから数メートル程離れた壁から、椿姫の魔力に反応し術式が浮かび上がった。

 椿姫がその術式の下に移動し、いつもの様に破壊する為に魔力を流し込む。だが、魔力を流し込んだ瞬間、椿姫の顔色が変わる。

 

「どうやら……当たりのようです」

 

 椿姫の言葉にシンは思わず拳を強く握りしめる。数日間費やしてきた時間が報われた瞬間であった。

 

「解除できそうですか?」

「かなり複雑で緻密な術式ですが、これなら何とか出来そうです」

 

 その言葉に一抹の安堵を覚えながら、シンはこのことをリアスたちに報告しようと携帯電話へと手を伸ばした。

 そのとき――

 

「え?」

 

 椿姫の動揺する声と、ガラスが割れるような破砕音が建物内に響く。シンが椿姫の方に目を向けると、椿姫の触れている術式から回路図のようなものが一斉に伸び始め、建物内を浸食し始める。

 

「これは――」

「迂闊でした……! 解除と同時に発動する罠です! こんな初歩的なミスをするなんて!」

 

 冷静な表情は崩れ、悔しそうに表情を歪める椿姫。その間にも浸食は進み続け、やがて工場内を覆い尽くした。

 

「ヒ、ヒホ! 一体どうなるんだホー!」

「恐らくこれは術式の破壊を試みた者をこの工場内に捕える為の結界です。……そして、閉じ込めるということは――」

 

 表情を険しくする椿姫がある一点を見つめ始める。ちょうど建物内の中心部にあたる部分。そこからどす黒い光が放たれるとそれが自動的に動き始め、地面に陣を描き始める。円形の陣の中に細かい文字が描かれ始め、それが終わると陣の中心から黒い光の柱が天に向かって伸び始めた。

 そして、その光の中から聞こえてくる動物の唸り声。それは一つでは無く三つ重なって聞こえてくる。光の中から何かが飛び出してきた。

 黒い体毛に覆われ、鋭い爪を持った太い動物の右前足。足の太さだけでも人一人分の幅が有り、その先に着いた湾曲状の爪は成人男性の腕の太さ程もある。その前足が地面へと踏み出すと、その衝撃でコンクリート製の床に蜘蛛の巣状の罅が走り、窓ガラスは激しく揺れ、天井からは埃が降ってくる。続いて左前足が光の中から飛び出す。

次に現れたのはその生物の頭部であった。赤く濡れる紅玉色の双眸、長く伸びた口吻から見えるのはずらりと並び白い牙、その隙間からは唾液が絶えず滴ってきている。犬と酷似した容貌、ただ人が飼っているような犬にはない飢えと凶悪性を秘めた、醜悪とも言える凶相を三つ持った生物。

 

「ケルベロス……!」

 

 椿姫が召喚された生物の名を見上げながら、戦慄した声で呟いた。

 ケルベロス、『地獄の番犬』とも呼ばれ、冥界の門を守護していると言い伝えられている神話上の存在。

 

「これが……」

 

 シンもまた現れた黒い巨体を見上げる。体長は軽く見積もっても十メートル近くあり、口を開けば人一人など容易く飲み込んでしまいそうな程の体格差がある。術式を守る為に仕込まれた文字通りの『番犬』であった。

 

ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!

 

 何十、あるいは何百匹の犬が同時に鳴けばこのような咆哮になるのではないかと思える程の大音量、そして鉄錆のような臭いと生物特有の生臭さが混じった臭いが建物内に広がっていく。この咆哮に椿姫は両手で耳を塞ぎ、ジャックフロストは驚いて爪先から背筋まで真っ直ぐ伸びる。シンは耳を塞ぐことはなかったが、鼓膜を突き刺すようなケルベロスの咆哮に、眉根をやや寄せ若干の不快感を見せていた。

 

「かなり不味いことになりました……この結界のせいで外とも連絡が取れないようです。これを相手に私たちだけで対処しなければならないみたいです」

 

 既に外部との連絡を試したのか、椿姫が建物内に広がった結界の性質についてシンに教える。シンはケルベロスから視線を離さないままそれを聞いていた。

 

「――副会長」

「何ですか?」

「ケルベロスの頭って……三つでしたっけ?」

「え? あの、どういうことですか?」

 

 シンの口から出てきた疑問に、椿姫は戸惑ったような声を出す。このような場面でそのようなことを言い出すような人物とは思えなかった為、その驚きは殊更なものであった。

 

「ケルベロスはあんな風に黒かったか……? そもそもこんなに――」

「間薙くん、世間一般的な認識ならケルベロスの頭は三つだと思うのですが……」

「――そうですね、その筈ですよね……さっきの言葉は忘れて下さい」

 

 目の前の存在に腑に落ちない点があったのかブツブツと何かを呟いていたが、椿姫の言葉に我に返り、自分の発言を取り消そうとする。そのとき、三頭の内の一頭の口内から紅蓮の炎がこぼれ始める。

 

「来ます! 逃げて下さい!」

 

 椿姫は副会長という立場からか、自分よりもシンやジャックフロストに逃げる様に促すが、その言葉に反する様に二人はその場から動こうとはしない。

 シンは上着のボタンを外し、近くへと脱ぎ捨てると下のシャツの右袖を肘の辺りまで捲り始める。

 

「間薙くん!」

「副会長、逃げる必要は無いです。副会長はこのままその術式の破壊に専念してください」

 

 務めて冷静な態度を取りながら、シンの右手から肘にかけて紋様が浮かび始める。しかし、ケルベロスは紋様が完全に浮かび上がるよりも先に口内で圧縮し、形成した火球をシン目掛け放った。

 人一人分程の大きさを持った火球がシンの眼前へと迫るが、シンに焦る様子は無くそれどころか隣に立っているジャックフロストへと視線を送り、自分の背後に回る指示を出す程の余裕すらある。

 やがて火球がシンを包みこもうとしたとき、シンは一歩だけ前に踏み込むながら膝を落とすと同時に右手を下から掬い上げるように突き上げ、轟々と燃え盛る火球へと躊躇する事無く突き刺す。

 シンの拳が触れた瞬間、質量を持たない火球はその球体を大きく変形させられるとシンの拳の軌道に沿い、天井に向かって迫る方向を無理矢理変更させられる。火球はそのまま天井へと衝突するが術式によって張られた結界の方の強固さが上回っていた為、天井は破損せず代わりに火球の方が火の粉となって上から降ってきた。

 シンは火球に触れた右手を二、三回ほど軽く振るう。高熱の物体に触れたにもかかわらず、シンの右手は炭化している部分や焼け爛れた部分はなく、僅かに赤くなっているだけで済んでいた。

 

「不死鳥の炎に比べれば温いな」

 

 一度全身にフェニックスの炎を浴びた上でのこの感想。

 平然とした態度で無茶苦茶なことをしたシンに椿姫は呆気にとられた様子で見ている。実の所シンは知らなかったが、椿姫はソーナと一緒にライザーとのレーティングゲームを外から観戦していた。そのときに垣間見せた実力もあって今回の件をすんなりと了承したという、シン自身知らない経緯があったのだ。それでもここまでのことをするとは椿姫にも予想することが出来なかった。

 

「副会長、これは抑えておきますから早く術式の方を。このまま放っておいたらまた何か別の機能が発動するかもしれません」

「まさか一人でケルベロスと対峙するつもりですか?」

「一人でではないです」

 

 そういうとシンの隣にジャックフロストが並び立つ。

 

「オイラも居るホー!」

 

 たった二人で『地獄の番犬』を倒そうということに椿姫は思考を高速回転させて考える。確かにシンがさっき言った様に術式の罠を作動させ続けることは得策ではない。時間が経てば相手の援軍を呼び寄せる可能性があり、結界内に捕えた存在を抹消する機能もあるかもしれない。それならば一刻も早く建物内に蜘蛛の巣の様に張り巡らせてある結界を解くことを優先すべきであるが、だからといってケルベロスの相手を全てシンたちに任せることは得策なのか疑問が生じてくる。

 レーティングゲームの一件や先程の炎を払う姿でシンの実力が並みではないことは分かっているが、果たしてその実力はケルベロスに届くものなのか、ここ数日共に行動をしてきているが未だにシンの実力の底を知らない。

 素直に自分も参戦し共闘して一刻も早くケルベロスを倒すことが第一ではないか、だがその間に術式に何らかの動きがあったのなら、今一番優先すべきことは何なのか。

椿姫の脳内で一秒にも満たない時間で凄まじい勢いで様々な思考が巡っていく。だが、結論に至るにはあまりに時間が足りない。そんな椿姫の苦悩を見越してかシンは最後に念を押す様に言う。

 

「『俺達』がケルベロスを倒します」

 

 言葉自体に熱や感情と言った込められたものは感じられなかった。ただ脅威を前にしても震えることの無いしっかりとした言葉に椿姫は思う、彼らを信じてみようと。付き合いが長い訳ではなく、内面をしっかりと理解している訳でもない。それでも椿姫はこの現状を打破する為にシンたちに賭ける。

 

「――お任せします」

 

 自分の性格からしてらしくない選択をしてしまったと考えながら、椿姫は結界を展開している術式に近付き分析と解除を試みる。

 背後でケルベロスの咆哮と何かが砕ける音を聞きながら、椿姫は自分のすべきことをしつつ内心で二人の無事を祈る。

 

(どうか無事生き延びて下さいね……)

 

 

 

 その日の放課後、一誠たちはいつもの様にフリードたちを探していたが成果は無く、集合地点である公園に集まっていた。皆それぞれがフリードを釣る為に神父やシスターの格好をし教会側の人間を装っていたが、中々上手くはいかなかった。

 ここ数日この作戦を使っていたが相手の反応は全く無く、いまいち手応えを感じることが出来なかった。また全員主に黙って行動している為、活動時間の幅がそれほど長くは無く思ったように行動は出来ない。今の活動時間でも、リアスやソーナにあれこれ言い訳をして無理矢理作った時間でもある。

 

「そうそう簡単には釣れねえな」

「だな」

 

 首からぶら下げた模造品の効果の無い十字架を外しながら匙は残念そうに呟き、それに一誠が同意する。聖剣探索において一番乗り気でなかった匙ではあるが、いざ探索が始まれば誰よりも多く歩き、一番遅くに戻ってくるなどメンバーの中で一番のやる気を見せていた。このことについて一誠も好感を持ち、また似たような性格からか活動の度に仲が良くなっている様子であった。

 

「そろそろ部長さんたちの所に戻らないといけませんね」

「……長居は無用ですね」

 

 自前のシスターの衣装を着たアーシアと、アーシアから借りた衣装を纏った小猫。それを横目で見ながら一誠と匙がひそひそと小声で会話し始める。

 

「やはり、華があって良いですなぁ、兵藤君」

「そう思うかね、匙君? いやいや最近アーシアもシスターの格好を着る機会が減ったから着ている所を見ると新鮮に感じられるし、ましてや小猫ちゃんのシスター姿なんてレア中のレアだからな!」

「ああ、分かる! 分かるぞぉ! コスプレなんて言葉と縁が無い小猫ちゃんがあんな格好をするなんてな……二人のあの姿を見ただけでもこの作戦に参加した価値はある!」

 

 意気投合する二人を傍から見ているのは木場とピクシー。

 

「やっぱりあの二人って似てるよねー?」

「うーん。まあ、そうだね」

 

 自分の肩に腰を下ろしているピクシーの言葉に苦笑を浮かべながら木場は同意する。

 一誠、匙、木場は公園内で神父の衣装を脱ぎ始めるが、アーシアと小猫は人目に付く場所で着替えるのは避け、近くにあるトイレ内で着替えようとその場から移動し始めようとした。

 

「――小猫ちゃん、アーシアさん。止まるんだ」

 

 そのとき木場の鋭い声が場の空気を裂くようにして響く。その声に一誠と匙は着替える手を止め、アーシアと小猫もその場で立ち止まる。続いて小猫も何かに気付いたのか木場の声に驚いているアーシアの手を引き、急いで一誠たちの側へと駆け寄る。

 

「あれぇ~? もう気付いちゃった? 勘が鋭いねぇ!」

 

 甲高く、そして軽薄な声。その途端、空気が纏わりつくように重くなり、そして外気に晒している部分から急速に体温が奪われていくような錯覚を皆が覚える。

 ソレが所構わず撒き散らす狂気と殺気が場に満ちつつあった。

 

「ぶふぅー! 一体何の冗談でしょうかねぇこれは。何とあのにっくき悪魔の皆様方が神に仕える神父様やシスター様の格好をしているじゃありませんか! すいませーん、今ってコスプレ大会の最中ですかぁ? 受付ってどこです? 飛び入り参加ってオッケーですかぁ?」

「フリード!」

 

 初めて会ったときから変わらず一切ぶれないふざけた言動を続ける『はぐれ悪魔祓い』のフリードが一誠たちの前に姿を現す。

 

「やあやあ、イッセーくん! おひさー! 君との再会首をながーくして待っててありんすよぉ。おやおや? そこにいるのはアーシアちゃんかい? 元気してた? もうイッセーくんとはしちゃった? ハハハハ! どう? 今度は俺様のエクスカリバーで貫かれてみない?」

 

 口の両端を限界まで吊り上げた歪な笑みを一誠からアーシアへと向ける。その底が分からないフリードの瞳を向けられアーシアは言葉も無く震えだすが、すぐに一誠がアーシアを庇う為二人の間へと入り、フリードの視線を遮る。

 

「お前が殺したいのは俺だろう!」

「ヒハハハハハ!カッコウィィィィ! 頼れる騎士――いや、ドラゴン様ですなー! 安心してくれよ! チミをぶっ殺したらすぐにアーシアたんもぶち殺してあ・げ・る!」

「どっちもさせねえよ!」

 

 一誠たちは纏っていた衣装を脱ぎ捨て制服の姿になると各々の戦闘準備へと入る。木場は魔剣を創造し、一誠は『赤龍帝の籠手』を発現させ、そして匙も彼の神器と思われる手の甲にトカゲと酷似した黒い生物を装着する。

 

「おお! おお! 豪華だねぃ! 『神滅器』を含めて四人の神器使いがワタクシの相手でございますか! いやー、最近モテすぎて困りますなー!」

 

 人数的にも戦力的にも圧倒されているにも関わらず、この余裕。フリードの態度にこの場に居る全員が不審感を抱く。

 

「と・こ・ろ・で、俺様はいつからおたくらの行動に気付いていたと思う?」

 

 突然振られたフリードの質問に一同眉を寄せて困惑に近い表情を浮かべる。フリードの口振りから察するに少なくとも昨日今日のことではないことは分かった。フリードの質問に対し誰も口を開こうとはしなかったが、そんなことは気にすることなくフリードは自分が投げ掛けた質問を自分で答える。

 

「正解はあんたらが餌釣りしている当日に気付いてましたー! ホントならすぐにでもキィルゥしてやりたかったんですけどねぇ、俺様の頼れる味方様が俺様の為にとっておきのものを創って下さるというからここ数日辛抱してたのよねん! あー! ホント溜まってしょうがないわー、主に悪魔ぶっ殺したい欲が!」

 

 口早く喋るフリードの言葉の中に聞き捨てならないことがあったのか、木場が険しい表情でフリードを睨む。

 

「その頼れる味方と言うのは……バルパー・ガリレイかい?」

「おんやぁ? 既にじいさんの名前はご存じなの? そうでーす! 正解ですぜ!」

 

 特に隠すことなくあっさりと認めるフリード。その言葉を聞き木場の瞳が怨嗟に満ちる。その木場の態度にフリードは目聡く気付く。

 

「あれあれ? ちょっと目の色変わってません、貴方? バルパーのじいさんに並々ならない憎悪を持っていらっしゃる」

 

 そこで何か思い当たる節があったのか、一瞬の間歪んだ笑みが消え納得したような表情となるが、すぐにそれは獲物を嬲る様な残酷性に満ちた笑い顔となった。

 

「……ああ、そうかそうか、成程成程! 前にそんな目でエクスカリバーを見ていらっしゃたねぇ、『騎士』の悪魔君! この世でじいさんと聖剣使いにそんな憎悪を向ける可能性があるとしたら、『アレ』しかないよなぁ!」

 

 何かに気付いたフリードは可笑しくてしょうがないといった感じで腹を押さえ、笑いを噛み殺しながら木場を嬲るような目で見る。

 

「じいさんの実験はそんなに苦しかったかい『モルモット』くん? ハハハハハハハハハハハハハハ!」

 

 木場の背景を悟った上で心底楽しそうに嘲笑う。

 

「てめぇ! 何が可笑しい!」

 

 堪らず一誠が怒声を上げ哂い続けるフリードに殴り掛かろうとするが、それを制したのは哂われている張本人の木場であった。

 

「イッセー君、僕の為に怒ってくれてありがとう。でも、ここは堪えてくれないかな?」

「だけど、木――!」

 

 そこから先は声に出すことが出来なかった。止められたことに対し不満を言いたかった一誠は今、自分が何を言おうとしたのか忘却してしまい心底震えてしまうほど、木場の表情は恐ろしいものであった。木場の背後にいる小猫たちには見えないが、今の木場は例えるならありとあらゆる負の感情を煮詰めた、あるいは脳の細胞一つ一つから掻き集めた殺意を凝縮させたような筆舌し難い表情。

 恐らく今までの生涯で誰にも見せたことの無い顔を一誠とフリードに晒しながら、不気味なほどに淡々とした口調で喋る。

 

「君は僕が斬る」

「へっ! 優男くんだと思っていたら思いの外、肉食系でござんしたね。その表情見てたら何だかお友達になれそう! 親近感が湧いちゃう!」

「ありがとう。吐き気がするよ」

 

 辛辣な言葉を浴びせる木場。フリードは嘲笑を潜め、今度は野生動物のように犬歯を剥き出しにした笑みを浮かべると、どういう訳か右手を後ろに回し襟首の中に突っ込む。

 

「それじゃあいっちょ始めますかぁ!」

 

 襟首から右手を持ち上げると、フリードの背後から後光のように光が放たれ始める。その光を見た途端、一誠たちの目に細い針で刺されたような痛みが奔り、一同の表情に苦痛の色が浮かび上がる。そして、同時にその光が何の光であるか理解する。

 

「まさか、エクスカリバー!」

「ご名答!」

「三本目のエクスカリバー……」

 

 背中から抜き放たれた聖剣の剣身からは不規則な光が放たれ続け、それによって剣身が歪んで見え長くなったり、短くなったり、太くなったり、細くなったりと忙しなく形を変えて見せる。

 

「さあさあ! この日の為に夜は寝ないで昼寝した成果の結晶を見せる時がやってまいりましたぁ! バルパーのじいさん設計作成のとっておきの術式エァーンドこの聖剣『夢幻の聖剣〈エクスカリバー・ナイトメア〉』の夢のコラボを見せてやんよ! 幻の中で彷徨って逝けや、悪魔ども!」

 

 手にしたエクスカリバーを勢いよく地面へと突き刺す。その瞬間、公園内は真っ白な霧によって覆い尽くされ、数十センチ先すら見えない程の濃霧となる。

 

「なんだこりゃあ!」

「みんな! 離れるなよ!」

 

 匙が驚き、一誠が声を出して周囲に警戒を呼び掛けるが反応が無い。

 

「匙! 居るか!」

「ここに居るぞ!」

「アーシア! 木場! 小猫ちゃん! ピクシー!」

「アタシはここだよー」

 

 四人の名を叫び、ピクシーの声だけが返ってくる。残りの三人はどこに行ったのか、一誠の中で焦りが生じ始める。するとあれほど濃くかかっていた霧が晴れ始め、視界が元に戻りつつあった。

 間も無くして霧は完全に晴れ、一誠はすかさず周囲を見渡す。そこは先程までいた場所では無く同じ公園内ではあるものの更に奥へと進んだ場所にある東屋の前であることに気付く。今に至るまでの間、殆ど移動していないのにもかかわらず自分が大きく移動したことに対し一誠は困惑をする。

 

「マジかよ、空間転移か」

 

 匙の声が聞こえそちらの方へと一誠が目を向けると、同じく困惑した表情の匙が立っていたが一誠と比べ幾分か自分の置かれている状況を理解している様子であった。

 

「匙、無事か!」

「ああ、怪我はないがやられたな……戦力を分散されちまった」

「一体何が起こったんだ?」

「きっとさっきのフリードっていう奴がこの公園に予め仕掛けておいた術式を発動させたんだろ。おそらくこの公園内のあっちこっちに俺らをばら撒くように調整した術式だ」

 

 匙が悔しそうに表情を歪める。相手の策にまんまと嵌ってしまったことへの憤りを現していた。

 そのとき頭上から別の声が聞こえてくる。

 

「サジ、イッセー」

「ピクシー! お前も無事だったんだな」

「うん。アタシは平気だよ。あのね、ちょっと聞いてほしいの」

「何だ?」

「さっき空からみんなを探そうとしたんだけど、途中で見えない壁にぶつかって行けなかったの。もしかしたらアタシたち閉じ込められたかも」

「空間転移に内側に閉じ込める結界か……厄介なことになってきたな」

「なら早くアーシアや木場や小猫ちゃんを見つけないと!」

 

 木場や小猫がフリードともしも交戦しても生き延びる可能性はある。だが戦闘力を持たないアーシアと会ってしまったのなら間違いなく殺されるか、あるいはそれ以上の目に遭わせられるかもしれない。嫌でもそんな可能性が浮かんでしまう一誠はそれを振り払うように一刻も早く動くことを促す。

 

「そうだな、急ぐぞ!」

「とりあえずさっきの場所に戻るぞ! あそこはここから右だ!」

 

 そう言って三人は急いで動き出すが、何故か一誠は左方向に走りだし、匙は真後ろに向かって走り出す。

 

「おい! どっちに行くつもりだ!」

「お前こそ何処行くつもりだ!」

 

 いきなり別方向へと走り出したことに驚き、相手の行動を咎めるような声をお互い出すがお互いに間違っていることに気付いていない。

 

「二人とも何処行くつもりだったの?」

『右だよ!』

「右ってどっち?」

『こっちが右だ!』

 

 一誠は真上を指差し、匙は真下を指差す。

 

『はああああああああ?』

 

 全く見当違いな方向を指差すお互いを見て、声を揃えて驚いてしまう。空間転移、そして外部と遮断する結界、そして更にもう一つの術式の効果に二人は完全に嵌ってしまっているのであった。

 一方、時を同じくして一誠たちが最初に場所の霧が晴れていく。白い霧の中から現れたのは木場一人であった。

 

「おほほ! 残ったのはあんさんですかい。色々と縁があるじゃないの」

 

 そしてもう一人、先程の現象を引き起こしたフリードもまたこの場所に居り、地面へと突き刺していた三本目のエクスカリバーを引き抜いていた。

 

「……他のみんなはどこにいったんだい?」

「教えなーい! 自分で探してみたらどうですかい?」

「そうさせて貰うよ。……君と君の持つエクスカリバーを倒してからね」

 

 低い声と剣呑な眼差しを向けながら、木場は片手で持っていた魔剣を両の手で握り締める。フリードもまた手に持っていたエクスカリバーを背中に納めると腰に差していた方のエクスカリバーを抜く。

 

「一つ勝負としゃれ込もうぜ。俺様の持つ『天閃の聖剣〈エクスカリバー・ラピッドリィ〉』の速さと『騎士』の速さ、どっちが上なのかよぉ!」

 

 フリードが吼え、姿勢を低くして構える。その構えから一歩踏み込んだときゼロだった速度は一気に最大速度まで加速し、フリードは木場の視界から瞬時に消えた。

 聖剣の力によって得られた速度は元々のフリードの身体能力と合わさり、人外の領域に容易く踏み込められるほどのものであったが、このとき木場はフリードの動きを完全に捉えていた。

 異様なまでに冷めた木場の思考がフリードに気付かれないように最低限の目の動きで得られた情報を正確に分析し相手の行動の先を読む。

 

(……怒りも度を超えれば意外と落ち着くものなんだね)

 

 フリードの侮辱によって生まれた怒りは木場に焦りや冷静さを奪うのではなく、逆に目の前の敵に対する集中力と冷淡さを木場に与えていた。

 木場はフリードが右側面から斬り込もうとしているのを目で捉えた。だが既にその動きは予想されていたものであり、木場は出来るだけフリードを引きつけ攻撃に合わせて反撃をするつもりであった。

 残像すら見える速度のフリードが木場の右側面から木場の首目掛け斬り掛かる。この攻撃を防ぎ反撃に転じようとしたとき、木場の直感が左側面からひりつくような殺気が迫ってくるのを感じる。

 このとき木場はほぼ無意識に魔剣を右から左へと向ける。それは幾年も剣を振るってきたことで身に沁みていたが故の行動であった。

 縦に構えた魔剣から火花が散る。そのとき起こった甲高い音で初めて木場は自分が全くの別方向へと構えたことに気付き、そしてそこに居る筈の無いフリードの姿を見て驚愕する。確かにフリードは右から攻めてきた筈であるがどういう理屈か今は左側へと居る。

 

「おいおい、初見で避けるってマジですか?」

 

 ふざけた態度をするフリードであったがすぐに木場を後方へと押し飛ばすと、地を這う様な姿勢から木場の両膝下を狙い聖剣を振るう。木場もすぐに対処しようとしたが、そのとき木場は下からでは無く上から迫る別の気配を感じる。またしても体がそれに反応し、その気配の方へと魔剣を振り上げると、重い衝撃が魔剣から手へと伝わってくる。

 衝撃の先にあるのは聖剣とそれを上段から振り下ろしたフリードの姿。明らかに異常な事態が起きていることを木場は察する。

 

「これは……! まさか僕が見ているのは……」

 

 視界から得た情報と実際に起こったことに対する矛盾。そしてフリードが戦いの前に見せた三本目のエクスカリバー。それらことから木場は一つの考えに至る。

 

「ちょっとー、顔もいい剣の腕もいい勘もいい頭もいいなんてちょっと設定盛り過ぎじゃない? 折角時間やタイミング計ってたのにすぐにばれたら悲しいですよー」

 

 木場が気付いたことを察したのかフリードはそれを肯定するような発言をした後、木場から距離を取る。

 

「お察しの通りでーす! この公園一帯はバルパーのじいさんが創った特製術式結界で覆われていまーす! 『夢幻の聖剣』を媒体として作った結界の中では見えるものすーべーてでらためなんだぜ」

 

 あっさりと種を明かすフリードに木場は冷めた目を向ける。

 

「随分と簡単に喋ってくれるね。大した自信――いや過信かな」

 

 わざわざ敵に情報を与える真似をするフリードに木場は棘のある口調で話すが、フリードはそんな木場を鼻で笑う。

 

「過信ねぇ……ところで君さ、『どこ見て喋ってんの?』」

 

 木場は右足に灼熱のような痛みを覚える。痛みで声を洩らすよりも先に木場自分の右足に目を向けた。そこには足首に直径五センチ程の穴が開き、傷口からは白煙が上がっている。銃痕、それも悪魔の苦手とする光の力を帯びたものであった。

 

「言ったはずだぜ、見えるもの全てでたらめだってな」

 

 木場の背後から姿を見せるフリード。右手には聖剣、そして左手には拳銃が握られている。

 

「ッ……! そこに立っている君も幻なのかい……」

 

 銃撃の痛みを飲み込み、平然とした態度をする木場だったが、状況は非常に不味い方向へと動き始めている。『騎士』の特性を生かす足を負傷してしまった、考えるまでも無く狙ってされたことであった。

 

「ハハハハハ! さてさてどうなんでしょうねぇ! 探し当ててごらんなさーい! 俺様は何処にいるのでしょーか! 外れてしまったらこの聖剣の一太刀をプレゼント! もしも当たったならば――」

 

 フリードは拳銃の銃口の先を木場へと向ける。

 

「この弾丸で豪華なあの世ツアーをプレゼント! 気になる正解はCMの後で!」

 

 

 

 




メガテンⅣのケルベロスを初めて見たとき
「あ、今回首が三つあるんだ『珍しい』」と思いました。

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