ハイスクールD³   作:K/K

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心眼、外道

「ヒャハハハハハァァァァァ!」

 

 戦いはまだ終わっていないにも関わらず、勝ち誇ったフリードの哄笑が公園内に響き渡る。陶酔感、優越感といった余裕に満ちた態度に皮肉の一つでも口にしたい木場であったが、現実はそのような余裕を木場に与えない。そもそもフリードがこのようにして哂うのは、木場が一瞬見せた焦りの表情からであった。

 相手に幻覚を見せる『夢幻の聖剣〈エクスカリバー・ナイトメア〉』と、その効果を拡大させ、対悪魔用の結界内に閉じ込めるバルパーの術式について教えられた際に、僅かの間ではあるが木場の冷静な仮面は剥がれてしまった。そんな自分の未熟さを恥じつつもどうすべきであるか、木場は不本意ながら出来た、限りある時間の中で思考する。

 『騎士』としての特性を生かすための脚は、片方負傷しているものの動けないことは無い。木場は密かに負傷した足の方へと力を込める。その途端、脳髄まで貫く様な痛みが走り、傷口からの血の流れが増すが、それによって、現状の自分が大体どれぐらいの速度を出せるか把握する。

 

(おおよそ三割減といった所かな)

 

 傷の痛みを隠しながら、木場は冷静に今後の戦い方について考える。今の状態で仮にフリードに対して速度勝負を仕掛けたとしても、十中八九自分が敗北すると悟っていた。フリードの持つ三本の聖剣の内、自らの速度を高める『天閃の聖剣〈エクスカリバー・ラピッドリィ〉』と、この結界内の効果が加わることによって、フリードの剣戟全てが死角から攻め込んでくるという、反則的な攻撃と化す。最初の二回の攻撃は何とか回避したものの、これが続けば確実に致命傷に至る傷を負うのは明白であった。

 悔しさで臓腑が焼け付くような感覚を覚えるが、今の木場にとってフリードを正面から破る術がない。倒すべき聖剣を目の前にして自分の体たらくに怒りすら込み上げて来る。しかしだからこそ、今は冷静にならなければならない。

 燃え盛るような怒りの熱を心の奥底に無理やり押し込み、刃の様な冷たい熱を持たせた思考を動かさなければならない。それはかつて師から教えられた、肉体の技術では無く心の技術であった。今は如何に剣を振るうのかではなく、如何にして相手の隙を突くか、そのことのみを考える。

 

「んふっふーん! さっきから黙りこくってどうしたんですかい、悪魔くぅーん! ……あ、もしかして遺言でも考えてた? それなら俺にもおせぇーてくんないかしら、チミの仲間に俺様からきっちり伝えておくから! ……うっそー! やっぱり伝えませぇーん!」

 

 黙する木場に対し、フリードがいつもの様に嘲笑と罵声を重ねて煽ってくるが、木場は一切反応しない。そのことに若干不愉快に思ったのか、フリードは手に持った拳銃の銃口を向ける。尤もこの結界の内部では、フリードが拳銃で狙いを定めていることすら木場には認識出来ず、そのこともフリードは重々承知で、敢えて声を出して木場に宣言する。

 

「今から五秒後に人のことを無視する、いけない悪魔くんに光の鉛玉をぶち込んでやりたいと思いまーす! 黙ってねぇで命乞いの台詞ぐらい叫んでみろやぁ!」

 

 罵声を浴びせるが木場一切の反応を示さない。その態度にフリードは舌打ちをした後、銃口を向けたまま木場の周囲を歩き始める。

 

「カウントダウンスタート! ゴォー!」

 

 宣言通り秒読みを始めながら、フリードは己の位置が悟られない様に常に動き続ける。尤も、幻の檻に閉じ込められている木場にはフリードの位置は全く別方向に映っている為、あまり意味の無い行為である。

 この行為自体の目的は、今の様に動き続けることで相手の精神に重圧を掛ける為の嫌がらせに過ぎず、やっている本人の性根の曲がり具合を示しているものであった。

 

「ヨォーン!」

 

 水平に構えた拳銃を見せびらかすようにして木場の周りをうろつくフリードであったが、相手が全く行動を起こさないことを疑問に思い、若干眉間に皺を寄せる。木場は魔剣を構えたまま、負傷した足を庇うように片膝を突き俯いたままの姿勢で微動だにしない。

 

「サァーン!」

 

 それでも圧倒的有利である状況に立っているフリードにしてみれば、木場がどう抵抗しようと、この状況を打破するのは不可能であるという確信を持っていた。悪魔である木場には、『夢幻の聖剣』と術式の効果は十分過ぎる程効いている。

 フリードには、木場を殺すことは決定事項であるという自信があった。故に面白くない。このような危機的状況でも取り乱さない態度が。その静かな様子に、もしかしたら何か策があるのではないか、と一瞬であるが考えさせられてしまったことが、ただ自分に殺されるだけの存在の筈の悪魔が、自分の心の裡に不安というものを過ぎらせたことが、全て気に入らない。

 引き金に触れる人指し指に自然と力が込められ白く変色し、指先で触れた引き金が僅かに擦れた音を出す。

 フリードの足が木場の背後で止まる。銃口の狙う先は木場の後頭部。

 

「ニィー!」

 

 五秒後に撃つといったが二を数えると同時にフリードは引き金を引く。フリードは宣言したが、その通りに撃つつもりなど最初から皆無であり、ゼロという前には発砲するつもりであった。ならば何故残り二秒で撃ったのか。それは相手の態度にイラついたからという、余りに一方的で自分勝手で我儘な理由であった。

 銃口から放たれた光の弾丸が、木場の後頭部へ一直線に向かって飛ぶ。かぎりなく零に近い時間で弾丸は木場の後頭部へと着弾し、その内部を破壊する。目の前で咲き誇る血の華を想像し、自然と頬が吊りあがる――そうフリードはこのとき考えていた。

 その考えは、水滴が爆ぜたような音と共に覆される。

 

「――ああん?」

 

 頬を歪ませ、左右非対称な表情をしていたフリードは、このとき素の表情となる。目の前の光景に僅かな時間ではあるが、呆気にとられた為の反応であった。

 目の前に広がるのは、倒れ伏す木場の姿とその頭部に広がる血の華ではなく、片膝を突いて座ったままの木場と、背負うような格好で背後へと回した、武骨な魔剣の姿であった。

 

「おいおいおいおいおい、何ですかそりゃ?」

 

 剣身の幅が広く厚みのある魔剣の鍔元付近から白煙が立ち昇るのを見て、フリードは先程まで吊り上げていた頬を今度は小刻みに震わす。

 フリードは見ていた。銃弾を発射した直後に木場が背後に向けて魔剣を移動させ、その剣の腹で銃弾を受け止めた瞬間を。

だからこそ納得が出来ない。

 確かに木場はこの術式の影響を受けている。その証拠に、先程まで見当違いな方向を見て自分と会話しているつもりでいたし、その隙を突かれて銃弾で撃ち抜かれていた。先程と全く変わらない状況にも関わらず、今度はその銃弾を防いだ。フリードの性格からして、そのようなことを簡単に納得できる筈がない。

 

「ちょっと忌々しいにも程があるんじゃないの? こっちは折角楽勝ムードでとっておきの初見殺しを用意してんのにさぁ、普通ならここでズタボロになって口から血とか流して『くっ! ……強い!』という場面じゃございませんかぁ?」

 

 相変わらずの早口で言葉を重ねていくが、その積み重ねていく速度は若干ながら早く感じられる。それは思い通りに事が進まなかったことに対する、戸惑いと苛立ちが無意識に出てきた為のものであった。軽口を言いながらフリードは再び木場の周囲を移動し始める。今度は最初よりも動く速度を上げていた。

 

「いくら強くってもさー、たまには負けた方がいいと思うんだよ私的には! だって強すぎるキャラクターだとスンゴイ早さでインフレしていくだけだからね! オレツエエエエエエエなんて万人受けじゃぁございませんことよ? という訳で負けて下さい! つーか死ねぇ!」

 

 今度は正面へと回ったフリードが、俯く木場の顔目掛けて数回引き金を引く。数発の光の弾丸が吸い込まれるように、全て狙いを違わず、木場の顔へと飛来する。

 しかし、木場は背後に回していた魔剣を自分の正面へと掲げ、その全ての弾丸を凌ぎ切る。明らかに攻撃が来ると分かっていての反応であった。

 

「チッ! 何で防げんだよぉ、てめぇ! こっちが折角用意してきたもんぶち壊すじゃねえよ! 空気読めやぁ!」

「生憎、空気を読んで死ぬつもりはないよ」

 

 苛立ちを隠さないフリードに、木場は涼しげな声で答える。戦況的にはフリードが有利な状況ではあるが、今の時点では精神的に木場の方へ軍配が上がっている状況であった。

 

「――君の殺気は強すぎる」

 

 俯いていた木場が顔を上げる。その顔を見たときフリードの頬がひくつき、口に端が痙攣を起こしたかのように動き出す。

 

「どういう冗談なんですかねぇ、それは? あれ? 僕チンも幻にかかっちゃった?」

 

 正面から見た木場の顔、その両目は固く閉ざされている。

 

「見るもの全てが出鱈目なんだ。だったら最初から使わなければいい」

 

 つまり今までの攻撃は、全て目を閉ざしていた状態で防いでいたことを示す木場の言葉。その単純とも言える解決策にフリードが噛みつく。

 

「んだそりゃぁ! 一体どこの格闘漫画の主人公だ! 目を瞑って相手の気配や殺気だけ頼りによけてたっていうのかよ! ぶっつけ本番で? やだわー! そういった主人公みたいな補正、ホントいやだわー! 次は何っすか? 血統っすか! それとも才能っすか!」

「勝手に言っているけど、別にいきなり出来たわけじゃないさ」

「ああん?」

「僕の師匠なら、殺気だけで実体の無い刃を無数に造り出すことが出来る。そこに無い筈なのに、触れれば斬られたと錯覚してしまう程のものを、ね」

 

 その無数に貫いてくる刃の中から、木場の師匠が振るう本物の剣戟を見極める修行を何年もの間行ってきた為、木場の感覚は同じ悪魔の中でも頭一つ抜けたものとなった。

 

「それに比べればキミの放った数発程度の弾丸なんて、大したことはないよ」

「……言ってくれるじゃないの、悪魔くぅーん」

 

 言い終えると同時にフリードは、立て続けに五回引き金を引く。五発の弾丸が木場の頭部、腕、胴体、脚と別々の方向へと迫って来るが、木場は目を閉じたままで手に持つ魔剣を一閃させる。頭部、胴体、脚を狙った弾丸は魔剣によって打ち消され、腕を狙った弾丸も肩の上を通過し、その際僅かに衣服をかすめる程度であった。弾丸を全て躱されたフリードであったが、撃ったと同時にその場から駆け出し、あらゆる角度から木場へと弾丸を降らす。

 

「数発で駄目だったら百発でも千発でも撃ち込んでやるよぉ!」

 

 周囲から迫る光の弾丸。しかし、木場の挑発のせいで元々欠けていた冷静さを更に欠けさせた上での行動は、フリードから複雑な思考と精密な動作を奪い、鈍らせる。感覚のみで判断する木場には、迫ってくる弾丸を肌で感じ取り、無数にある内の自分に直撃するものだけを選別して魔剣を振るう。魔剣によって二つに裂かれ力を失って消失するものもあれば、剣の腹を滑り全く別の方向へと逸らされるもの、その逸らされた弾丸に衝突し相殺されるなどといった方法で次々と回避する。

 これが実体を持った金属の弾丸だったのならばこのようにして防ぐことが出来なかった。斬り裂いても二つに割けて手傷を負う場合があり、弾いたとしてもその衝撃などで次の動作へ移るのに支障をきたすなどの可能性があった。だがフリードが放っているのは、堕天使の力の一部を授かって放つ、対悪魔用の光の弾丸。当たれば実弾よりも重傷を負うが、その質量はゼロであり、剣で払ってもシャボン玉を弾いた程度の手応えしか返ってこない。ましてや木場の持つ『魔剣創造〈ソード・バース〉』はその名の通り、あらゆる特性を持った魔剣を創りだすことが出来る。

聖剣には敵わないものの只の堕天使の光では木場には到底届かない。

 

「マジ、うざってぇーぜ!」

 

 フリードはその場で跳び上がると、木場に向かって銃撃を繰り出しながら、もう片方の手に持つ聖剣を振り被る。木場は弾丸を全て撃ち落とすが、その間隙を狙いフリードは聖剣を振り下ろす。

 聖剣が向かう先は木場のうなじ部分。まるで処刑人が罪人を斬首するような図であったが、鳴り響く金属音がそうではないと否定するかのように公園内に木霊する。

 木場は首に刃先が喰い込む前に、木場の左手の中に新たな魔剣が創造した。真っ向から聖剣を受け止めたのであれば間違いなく自分の魔剣が折れてしまうことは、ゼノヴィアとの戦いで既に承知している。その為、木場が創りだしたのは聖剣を受ける為の魔剣では無く、聖剣を受け流す為の魔剣。剣身が弧を描くそれは西洋剣ではなく刀に近い形状をしていた。しかし刀とは違い刃紋は無く、また剣身に光沢も無い。

 創り出した魔剣が聖剣と触れ合うと、互いに火花を散らし噛み合う様な金属の音を奏でるが、そのまま拮抗することはなく、剣身の形に添って聖剣が刃の上を滑る。

 

「ちょいちょいちょい!」

 

 自分の意と反する聖剣の動きにフリードは抗議の声を上げるが、聖剣は止まらない。

 新たに創り出した魔剣には攻撃の為の特性は付けていない。その代わり、刃が触れた部分に掛かる力の流れを自在に変化させるという能力を付与させていた。

 その効果によって聖剣は魔剣の刃の上を移動し、魔剣の刃先が向けられた地面に叩きつける様な格好となる。その際にフリードも前屈みの姿勢となり、大きな隙が出来た。

 聖剣が魔剣から離れたと同時に、木場は上半身を捻る。力の入らない下半身の代わりに腰の動きから生まれた力をそのまま肩へと伝え、そこから更に腕へと繋げて各部位で生まれた力を一つに連結させる。手に持つ魔剣の刃を横にし、地面と水平にすると柄の先端を握り締め、生み出した力を全て込めた突きを放つ。

 音すら追い抜かしてしまいそうな程の速度で放たれた木場の突きは、フリードの胴体目掛けて進む。普通ならばまず確実に心臓を穿たれるか、あるいは心臓には刺さらないものの胴体を貫通されそのまま内側から骨と肉を斬り裂かれるか、例え左右に避けたとしてもそこから刃を切り返すことも出来る。貫かれるか斬り裂かれるかどちらかの末路しかない状況。だが狙われるフリードは、文字通り普通では無かった。

 フリードは、突きが放たれたのを視界で捉えた瞬間にそれが危機であることを思考よりも体が判断し、体だけが先行して防御を行う。迫る刃の先端と胴体との狭間に割り込むようにして、フリードの持つ拳銃がグリップの底を木場に向けられる。突きの先端が通過点に置かれたグリップの底に僅かに触れたと同時に、フリードの両足が地面から離れた。

 木場の突きが込められた威力を発揮したときには、支えの無いフリードの体はその威力に押され、突きを受け止めたことで破損した拳銃の破片を撒きながら、後方へと大きく吹き飛ばされる。左右どちらかに避けるのではなく真正面から受け、そのまま逃げへと転じたのである。

 飛ばされたフリードは背中から地面へと着地し、そのまま十数メートル程の距離を滑った所で止まった。

 

(……やられた)

 

 認めたくはないが、人の身でありながら無傷で先程の状況を切り抜けたことには、見事と思うしかない。伊達に『天才』と持て囃されたことがある人物なだけのことはあった。

 そして木場にとって、さっきの攻撃を避けられたのは非常に痛手であった。あの一撃で仕留めるつもりで放ったがまんまと逃げられてしまった。これによって、フリードが木場の間合いには入ってくることは二度と無いと考えていい。何度かの戦いで分かっていたことであるが、少なくともフリードという存在は、戦いを愉しむ性格をしているが、重点を置いているのは戦いそのものではなく、戦いによって相手を殺すことである。

 

「あーあー、今更分かった」

 

 大の字で倒れていたフリードはそう言うと両足を上げ、それを降ろした反動で立ち上がる。服に着いた土を払いながら不敵な笑みを木場に向けていた。

 

「前に見せた魔剣だけじゃなく他にも複数の魔剣を所持する……これってアレだろ? おたくの神器って『魔剣創造』でしょ?」

「だったらどうしたって言うんだい?」

「ハイ! その態度! 正解ってことでよござんすね? レア神器じゃあーりませんか! そんな神器を持っているなんてうらやましい限りでございますよ! ぜひとも記念に僕チンにも魔剣を一本下さらない?」

「お望みなら一本でも十本でもあげるさ。ただし、君の体に突き刺して贈ることになるだろうけどね」

「わーお! そいつ怖い!」

 

 フリードはケタケタと笑いながら手に持っていた拳銃を放り捨て、懐から新たな拳銃を取り出す。

 

「でも大したもんじゃないの? 俺様のエクスカリバーちゃんの一撃を受け止めるなんてさ。普通の魔剣なら一発で砕けても可笑しくないのに」

「僕もそれなりに聖剣への対策を考えているってことさ」

 

 実際先程想像した魔剣には、込める魔力を普段の倍以上注ぎ込んで創り上げている。それによって強度を上げ、聖剣でも一撃では砕けない程の代物に仕上げていた。それは前にフリードと戦ったときと、ゼノヴィアとの戦いを経てのものであった。

 

「うんうん! 実に大したもんですわー、聖剣を受け止める魔剣を創るなんてマジリスペクトですわー! だ・け・ど――」

 

 フリードの言葉が続く前にピシリという亀裂が生じる音がする。音の発生源は木場の左手の方からであった。それが何を意味する音なのか、木場は既に承知している。フリードのエクスカリバーを一度受け止めたときに伝わってきた手応えから既に悟っていた。

 再び音が鳴り、その後地面にあるものが落下する。落ちたそれは、木場の手に握られている魔剣の剣身部分であった。鍔元から折れているそれは、破壊されたことによってただの魔力へと戻り、空気に溶け込む様にして消えていってしまった。左手の中にある柄の部分も同様に消えてしまう。

 

「――一回受け止めるのがやっとのようでございますねぇ? いくら神器から創り出した魔剣でも聖剣の相手じゃございませんよぉ? せめて聖剣と同じくらい名が通った魔剣じゃなきゃねぇ」

 

 一言一言に神経を逆撫でする悪意を込められたフリードの言葉に木場は、態度には見せなかったものの奥歯を強く噛み締めていた。出来れば否定してしまいたかったが、フリードの言っていることは間違ってはいない。聖剣と魔剣との相性の差は多少の魔力を込めたところで覆されるものではなく、僅かな延命の手段に過ぎない。そのことは木場自身、誰よりも認識していることであった。

 

「ノーコメントってことは僕ティンの言っていることは正しいってことっすか? はい! 正しいってことですね、決定! そんなにクールな顔しなくっても正直に冷や汗ダラダラ内心ビクビクな必死の表情したらどですか? そしたらほんのちょっとだけ手を抜いてもよくってよ? 0.0000000000001パーセントぐらい」

 

 長々と喋るフリードに木場は一笑する。

 

「相変わらずよく回る舌だね。そんなことに力を割く位なら、もう少し戦いの方に力を入れた方が良いんじゃないかな? 折角、こんな大層な結界を造ったりエクスカリバーを三本も所持しているのに、僕に与えたのは不意打ちの一発だけ。……宝の持ち腐れにしては程度があると思うよ」

 

 相手の心臓を突き刺すように放たれた木場の言葉。言葉の響きに侮蔑や嘲りといったものは含まず、フリードとは対称的に淡々と語るそれは、対象に氷の刃を彷彿とさせる感情の痛みを与え、尚且つ毒の様に染み渡っていく。

 フリードは反論をすることなくただ沈黙する。フリードという人物を僅かでも知っていたのならば、その静けさを不審な眼差しでみるか驚愕の眼差しでみるかのどちらかであろう。

 フリードは沈黙を保ったまま聖剣を地面と平行にして構え、その鍔元部分に銃身を重ねる。ちょうど十字を作る格好となった状態でエクスカリバーが輝きを放ち始める。溢れ出す輝きはそのまま銃身へと伝わり、拳銃そのものもエクスカリバーと同じ輝きを放ち始める。

 木場はこのとき相手の殺気の質が変化しているのに気付く。先程までは熱狂、狂喜、狂気といった方向性の定まらないごちゃごちゃした感情の群であったが、今のフリードが放つのはそれらを一切排した殺意のみ。その冷たい感情に木場の背筋が粟立つ。

 

「――死ね」

 

 高揚とした口調ではなく、別人かと思える程の静かな声。それを合図にフリードが引き金を引いたとき、銃口から一筋の閃光が放たれる。

 木場の脳裏にフリードとの二度目の戦いの記憶が蘇る。弾丸とは比にならない速度で向かってくるそれに対し、木場は魔剣を盾の様にして構えると同時に当たる面積が最小限になるように身を捩る。

 

(間に合え!)

 

 魔剣と閃光が接触する。均衡したのは瞬きも満たない時間であり、閃光は易々と魔剣を貫通しその奥にある木場の身に襲い掛かった。通常ならばまず直撃していたはずであろうそれは、以前見たことのある攻撃である為身体が反射的に動いたことと、盾として用いた魔剣によって僅かに射線がずらされたという二つの要素が重なり、直撃を回避することが出来た。狙いをずらされた閃光は木場の脇腹を掠め、公園の奥へと光の尾を残して消え去っていった。

 

(……また厄介なことになってきたね)

 

 息を吸い込みそれを吐くと、閃光が掠めて行った脇腹に鋭い痛みが奔る。焼けた鉄串を押し当てられたような熱さのような痛みに反射的に手で抑えそうになるが、それを堪えて務めて冷静な態度を続ける。相手に少しでも弱みを見せない為の措置であった。

 それにしてもと胸の裡で呟きながら、木場は片目を僅かに開く。開いた先には、拳銃とエクスカリバーを重ねて立っているフリードの姿が見えたが、この結界の特性を考えればそこに立っているフリードは幻であり、実際気配もそこからは感じられなかった。

 拳銃とエクスカリバーの合わせ技も気になったが、なによりも気になったのはフリードの表情である。歪んだ笑みも侮蔑の笑いも嘲りの表情も無く、口の右口角を真横に引っ張ったように吊り、こめかみに青筋を浮かべて右瞼を痙攣させている。

 これまでの表情とは一線を画すものであったが、先程感じ取った気配からフリードがどんな意味でこのような表情をしているのか、おおよその察しがついていた。

 

(もしかして本気で頭に来たのかい?)

 

 だとしたら呆れるしかない。散々人のことを罵倒し嘲り続けていた人物が、ほんの二三言、反撃を貰ってこれなのであればその狭量さに辟易するしかない。だが、結果的に事態は悪化しつつあるので笑う気も起こらなかった。

 ついさっきまでのフリードには絶対的有利な状況ということから油断という隙を生んでいたが、今のフリードが同じ轍を踏むとは考え難い。何より、エクスカリバーの威力を上乗せした銃撃という、木場にとって非常に不利な戦法を取っていることから、本気で殺す気であることが窺える。

 幸い追い打ちを掛けてこないことから連射は出来ないという可能性が高く、回避のみに専念するならば持ち堪えることが出来る自信があった。しかし、それは限られた時間ではあるが。

 この場を移動するという考えが一瞬木場の頭に過ぎるが、すぐにそれを却下する。この場から離れて、もしも他のメンバーとフリードを引き合わせるような事態になれば、目も当てられない。信用をしていないつもりはないが、現状でフリードの攻撃から生き延びる可能性が高いのは、他のメンバーでは小猫ぐらいしか居らず、一誠たちの実力ではまず厳しいと考えられる。だからこそ、木場はここでフリードを足止めしていなければならなかった。

 木場の肌が再び迫り来る脅威を感じ取る。新たな魔剣を両手の中に創造しつつ、未だに終わりの見えない木場の孤独な戦いは続く。

 

 

 

 

「ああ! どうなってんだこりゃ!」

 

 道の真ん中を真っ直ぐ走っているつもりがいきなり現れた木に行く手を遮られ、一誠が思わず叫ぶ。その木はどう見ても道の端に植えられた木であり、思っていた道と実際の現実との食い違いに脳が焼けそうになる。

 

『落ち着け相棒。お前は真っ直ぐに走っていると思っているがさっきから蛇行して走っているんだ。道から逸れてしまうのは仕方ない』

「ドライグ! お前は平気なのか?」

『恐らくこれはあの白髪の聖剣の効果だ。悪魔の視界に影響を与え、幻と現実との境界を曖昧にしているんだ。まあ、聖剣の影響なんぞドラゴンである俺にはあまり意味がないがな』

 

 左手から聞こえてくる言葉に一誠の焦りが幾分か和らぐ。少なくともドライグはこの出鱈目な幻に影響を受けてはいない為、ドライグの言葉に従っていれば道に迷う心配がなくなると思ったからである。そしてドライグの言葉を聞いたとき、一誠の中である疑問が生まれてくる。

 

「ピクシー! ちょっと聞いていいか?」

「なーに?」

「お前にはこの中がどんな風に見える?」

 

 一誠の記憶が正しければ、この結界に閉じ込められた時、ピクシーは上から降りて来て尚且つ、上の方にも結界が張られていることを報告してきたことから、上下左右をきちんと把握していると推測できた。

 

「何か変な感じに見える。普通の景色にぼやぼやとした別の景色が被さった感じ。目が気持ち悪くなってきちゃう」

 

 顔を顰めていうピクシー。悪魔ではなく妖精ということから、ピクシーは多少影響を受けているものの一誠たち程では無く、ドライグ同様に正しい方向を認識しているということとなる。

 

「だったら――匙!」

 

 近くに居る匙に声を掛ける。匙の方もこの結界の影響を完全に受けているらしく、一体どういった幻を見ているのかは分からないが、公園に置かれているゴミ箱の中に頭を突っ込んでいた。

 

「どうした! 他の皆を見つけたのか! 俺の方はさっぱりだ……クソ! この道、異様に暗くて狭いぞ!」

「何やってんだ、匙! そこは道じゃねえ!」

 

 そう言って頭を突っ込んでいる匙を揺すり正気に戻そうとするが、そこに呆れた様子のドライグに呼びかけられる。

 

『はぁ……相棒、よく見ろ。そいつは匙じゃない』

「――あっ」

 

 ドライグの声に従い一誠は匙と思っていたものを集中して見ると、自分が先程からベンチを必死になって揺すっていることに気付き、間の抜けた声を出す。本人以外が注意し意識を改めさせない限り、すぐに幻の区別がつかなくなってしまう。

 

「ピクシー! とりあえず匙を正気に戻してくれ。俺だと匙に近寄る前にすぐ幻覚を見ちまう」

「りょーかい。じゃあ、手っ取り早く――」

 

 ピクシーは人差し指を匙に向けると、そこから青白い電撃を放つ。背中にそれを受けた匙は海老反りになって跳び上がり、頭にゴミ箱を被せたまま地面を転がり始めた。

 

「イッテェー! 敵の攻撃か……って何だこりゃぁぁぁ!」

 

 ようやくゴミ箱を被っていることに気付いた匙が、慌ててゴミ箱を頭から外す。

 

「気付いたか、匙。実はな――」

 

 この結界の齎す影響について口早に説明すると、匙はすぐに納得し嫌そうな目で地面に転がっているゴミ箱を見る。

 

「成程な、じゃなきゃこんなときにあんな場所に頭なんて突っ込んでいる筈が無いな……でもどうするんだ? このままだとここから動けないぞ」

「分かっている。だからピクシーに協力してもらう」

「うん? 私?」

「ピクシーは俺達と違って幻と現実との区別がついているから、ピクシーに先導してもらって木場とアーシアと小猫ちゃんを探す」

 

 ピクシーに先導して貰うにあたって何かピクシーと自分たちを結ぶ紐の様なものがないか、と一誠は呟いた。それを引っ張ってもらうことで迷わずに進もうというのが一誠の考えであった。その考えを聞き、匙がニヤリと笑う。

 

「なら御あつらえ向きなものがあるぜ」

 

 匙が、自分の手の甲に出現している、黒い蜥蜴の姿をした『神器』を見せる。すると蜥蜴の口が開き、そこから体色と同じ色をした舌が伸び出てきた。

 

「俺の神器『黒い龍脈〈アブソーブション・ライン〉』ならちょっとやそっとじゃ切れないし、かなりの距離まで伸ばすことができるぜ」

 

 自分の『神器』について軽く説明をした匙は、伸ばした舌の先をピクシーに掴むように指示する。言われた通りピクシーは舌を両手で掴むと、舌の先がピクシーの片腕に巻きつく。その状態で、匙に掴んだことを知らせる為に舌を軽く引っ張った。

 

「おし、掴んだな。とりあえず飛ばされる前に居た場所に戻ろうぜ」

「ちょっと待ってくれ。俺もそれに掴ませてくれ」

 

 一誠もピクシーと同じように匙の『神器』を掴む。しかし、その手は舌を掴むことなくすり抜けてしまった。

 

「わりぃ。このラインは巻き付いている部分以外実体が無いんだよ」

「そうなのか? どうやって跡を追うか……」

 

 ドライグに誘導して貰うという手も考えられたが、一誠が幻に惑わされる度にドライグの声で正気に戻っていたら時間が掛かってしまうため、あまり使いたくない案であった。何か方法は無いかと考えている二人に、ピクシーがあっけらかんとした口調で一つの考えを出す。

 

「サジとイッセーが手を繋げばいいじゃん」

 

 至極真っ当な考えであり、何故それが思いつかなかったのかと思える程単純な解決策であった。

それを聞いた二人は――

 

「俺と?」

「こいつが?」

『手を繋ぐ?』

 

互いの顔を見た後――

 

『……えええ』

 

 ――心の底から嫌そうな顔をする。

 内心ではピクシーの提案について思いついていた。しかし、思春期男子としての思考がそれを頭の片隅へと無理矢理押し込んでしまい、見て見ぬ振りをさせてしまっていたのだ。

 

「いいじゃん別に。早く早く! 急ぐんでしょ!」

 

 二人の心境など無視してピクシーは事を急がせる。二人も『何が悲しくて男と手を繋がなきゃいけないんだ』『どうせ繋ぐなら女の子の手の方が良かった』などという雑念をかなぐり捨て、半ば自棄になって叫ぶ。

 

「う、うおおおおおお! 匙! 俺の手はお前に預けたぁ!」

「ああ! しっかり握ってやるから転ばずに付いてこいよ! 畜生ぉ!」

 

 心が挫けてしまいそうになるのを気合の声で支え、一誠と匙はしっかりと手を握り合う。

 

「大丈夫? ならいくねー」

 

 ピクシーが二人の前を飛び先導する。そのときに引かれるラインの感触で匙は進む方向を把握し、匙に引かれる手によって一誠も把握する。

 

「だあああああああああああ!」

「らあああああああああああ!」

 

 その間中、一誠と匙は叫び続ける。そうしている間だけは、同性と手を繋いでいるという事実から目を背けられるからだ。

 

「二人ともうるさいよー」

『まあ、あれだ……逞しく生きろよ、相棒』

 

 

 

 

 何回目の攻撃か、既にそのことを数える余裕が無い状態の木場は、両手に持った二本の魔剣を交差し襲い掛かってくる閃光の前に翳す。閃光が魔剣に触れると魔剣の触れた部分が赤熱し熔解していくが、その僅かな時間の間に閃光の射線から身を逸らす。

 一秒にも満たない時間稼ぎが終わると閃光は二重に重ねた魔剣の刃を貫き、狙いを外されたことで地面へと着弾して消える。

 今回の攻撃も回避した木場であったが、その身体からは至る箇所から白煙が立ち昇っており、閃光によって受けた負傷の箇所を示していた。致命傷となる傷はまだ受けてはいないが、光に触れたことで出来た傷はじわりじわりと木場の体を蝕み、燻った火の様に静かに木場の身を焼いていく。

 その傷の具合に徐々に冷静を装った仮面は剥がれつつあり、時折身を動かしたことで生じる痛みに僅かに顔を顰める。それでも相手に悟られないごく微小な表情の変化であったが、拭いきれない冷たい汗は誤魔化しようが無かった。

 フリードとの戦いは最早一方的に木場が耐える状況が続いている状態であり、遠距離から仕掛けてくるフリードは決して木場の剣が届く範囲に入ってこようとはしない。先程の一件が余程頭に来ていたらしく、フリード特有の甲高く不快感を齎す笑い声は一向に聞こえてはこない。一手一手こちらを確実に潰す為に行ってくる攻撃。愉しむことを止めて、殺すつもりで繰り出してくるそれに、木場は避けることで精一杯であった。

 次の攻撃が来るのを肌で感じ取る。すぐに壊された魔剣の代わりを創造し、攻撃に備えなければならなかったが、このとき木場は急激な嘔吐感に襲われる。

 それは今まで受けてきた光の毒が蓄積して、木場の神経を蝕んだ為に起こった現象であった。胃が裏返しになったのではないかと錯覚してしまうほどの感覚を何とか耐えて魔剣を創造しようとするが、既に相手の攻撃準備は整っている。

 一手遅れた。

 そう思ったときには、既にフリードの銃口から閃光が放たれた後であった。

 避けることが出来ない。そう悟った木場は、せめて戦闘続行が不可能になる場所を避けることに全力を尽くそうと考えたが、そのとき突如背中を押され込まれ地面へと突っ伏す形となる。それによって閃光は目的を失い、木場の上を通過していく。

 前方のフリードに集中していた余り、背後からの気配に気づかなかったが、押さえ込んできた存在は木場が知っている気配を纏っている。木場が閉じていた目を開き背後を見ると、そこには居たのはやはり一誠と匙の姿であった。

 

「ピクシー!」

 

 匙がピクシーの名を叫ぶ。すると上空へと上がっていたピクシーが一気に降下し、地面すれすれを低空飛行しながらフリードの足下目掛けて突撃していく。足下に辿り着いたピクシーはフリードの片足の周囲を飛び回り、自分の手に巻き付けていたラインを今度はフリードの足に巻きつける。フリードは現れた匙と一誠の姿に目を奪われており、ピクシーの存在に気付いたときには既にピクシーは事を終えていた。

 

「いいよ!」

「よし! おらぁ!」

 

 合図と同時に匙は『神器』から伸びるラインを両腕を使い、背負うような形で渾身の力で引っ張り上げる。

 

「うおい!」

 

 片足を吊り上げられた格好となったフリードは驚きの声を上げながらも、咄嗟に持っていた聖剣を地面へと突き刺して抵抗しようとする。だが、突き刺したまでは良かったが、匙の引き上げる力にフリードの聖剣を掴む指はあっさりと引き剥がされ、その身を宙へと投げ出される。

 あっさりと聖剣を手放してしまったことに唖然とするフリードの表情。フリードは知る由も無かったが、匙の持つ『黒い龍脈』には繋げた相手の力を吸収するという能力を持っていた。更に事前に能力について聞かされた一誠から、倍加した能力を相手に譲渡する『赤龍帝の贈り物〈ブーステッドギア・ギフト〉』を受けており、その効力は向上していた。それ故に、フリードの現在の力はまともに剣を握り締められない程に低下している。

 そして、宙へと浮くフリードに追撃の一撃が飛ぶ。

 

「角度はこれでいいのか?」

『ああ。その位置だ……今だ』

「ドラゴンショット!」

 

 狙う位置とタイミングをドライグに計ってもらった一誠が、裡から聞こえてくるドライグの言葉に合わせて、両掌から集中させた魔力を放つ。既に匙に譲渡していた為に数倍程しか倍加を行っていないが、放たれた魔力の塊は直径一メートル程の球体であり、フリード一人を昏倒させるには十分な威力を持っている。

 地面に足が着いていない状態のフリードに、ドラゴンショットを空中で躱す術は無い。

 

「何ですかぁ! この鬼畜コンボはぁ!」

 

 先程まで静かに怒り狂っていたフリードであったが、この事態にいつものような捲くし立てる口調へと戻る。あるいはこれこそが素のフリードなのかもしれない。

 目元を引き攣らせ、明らかに焦りの表情をするフリード。だが、その目はまだ死んではいない。

 フリードは持っていた拳銃を放り捨てると、ほぼ同じタイミングで空いていた方の手を背中へと回し、そこから『夢幻の聖剣』を引き抜くと、そのままドラゴンショットへと斬り付ける。力を吸われ弱体化しているフリードの抵抗はすぐに押さえ込まれ、前髪の先がふれそうになる間近まで接近を許すが、拳銃を捨てたことによって空いた手が、今度は腰に差してあったもう一本のエクスカリバーを抜剣し、押さえられているもう一方のエクスカリバーと重ねる。

 十字に交差した二本のエクスカリバーが互いに干渉し合うようにして輝きを強め、その光が一誠のドラゴンショットと反発しあいフリードへの直撃を拒む。その隙にフリードは、ドラゴンショットにエクスカリバーを押し付けたまま魔力の塊の側面を体ごと捻るようにして受け流し、ドラゴンショットの狙いから自分を外す。しかし、その直後に背面でドラゴンショットは爆発し、その衝撃を背中に浴びて地面へと叩きつけられた。

 

「うぐふっ!」

 

 体の前面から地面へと突っ伏したフリード。かなりの勢いで落下したにも関わらず、すぐに立ち上がろうと顔を上げるが、その眼前に飛び込んできたのは鈍色の輝きを見せる剣の先であった。

 

「うん、その位置!」

「ここかい? ありがとう」

 

 剣を突き付けているのは木場、その肩にはピクシーが座っている。ピクシーが木場の目の代わりとなってこの場へと誘導したのである。

 

「あーらららららら……」

「……こういった結末は正直に言えば不本意だよ。だけどキミの存在は余りに危険過ぎる」

「いいんですかぁ? タイマンで勝ったんじゃなくて三対、いや四対一という状況で勝って満足っすか? プライドは満たされるんですかい?」

「僕一人ならキミの挑発に乗ったかもしれないね……でも、ここには僕の他にも命を懸けてくれる皆が居るんだ、自分のエゴを押し通すつもりはないよ」

 

 フリードの挑発にも冷静に対応する木場。これ以上の揺さぶりは無駄だと思ったのか、フリードは溜息一つ吐き、一誠たちが思いもよらない行動に移る。

 

「――さん」

「何だって?」

「降参するよん」

 

 フリードは手に持った二本の聖剣を地面へと置く。

 

「……どういうつもりだい?」

「だから降参するって言ってんでしょうが。四対一だと流石に俺様でも勝てる見込みはないですわ……足にこんなのも巻き付いてるし」

 

 フリードが片足に巻き付いているラインを見せる。

 

「そんな言葉を信じるとでも?」

「ならこの結界も解きますよー」

 

 フリードが小声で何かを呟くと公園内を満たしていた霧が晴れ始める。変化に気付いた一誠たちはしきりに周囲を見回し、お互いに方向などを確認してみたが上下左右全て一致し、確かに結界は解除されていた。

 

「これで本当に参ったってわかるでしょ? だから命だけは勘弁してもらえませんでしょうかね? ほら、ここにある『夢幻の聖剣』と『透明の聖剣〈エクスカリバー・トランスペアレンシー〉』、あそこに刺さってる『天閃の聖剣』もお返しするんで、何ならコカビエルやバルパーの居場所も吐きますぜぇ?」

 

 両手を上に挙げ丸腰であることをアピールするフリードであったが、その態度を一誠たちは鵜呑みにはしない。何かを企んでいる、この場に居る全員が共通してそう思っていた。

 そのとき、公園の脇にある植え込みの木の葉や枝が擦り合い音を立てる。その音に一誠と匙、ピクシーは反射的に音の方へ向き、フリードの伏兵かと思い木場もほんの僅かではあるが意識がそちらに傾く。

 その刹那、フリードの袖口から手の平に収まる程の小型拳銃〈デリジャー〉が飛び出し、意識を逸らした木場に向ける――

 

「やっぱりね」

 

――前に喉元へ剣を突きつけられた。剣先は僅かに皮膚を破り、そこから一筋の血が流れる。隠し持っていた小型拳銃は木場に向けることは叶わず、あらぬ方向を向く形で動きを止めていた。

 フリードの行動を見越していた木場は冷徹な眼差しでフリードを見るが、フリードは焦ることなく寧ろ不敵な笑みを浮かべている。

 

「木場」

「大丈夫。彼にもう打つ手は無いよ」

「そうじゃない……木場、やばいぞ……」

 

 明らかに動揺している一誠の声に木場は不審に思う。先程の植え込みに何があったのかまだ木場はまだ見ていない。

 

「子供……」

 

 ポツリと漏らしたピクシーの言葉に、木場の額から冷たい汗が流れる。フリードへ細心の注意を払いつつ横目で植え込みの方へと目を向けると、そこには小学校低学年ぐらいの男の子がサッカーボールを両手に持った状態で、目の前の光景を驚いた様子で見ていた。それを見た木場の全身が震える、度を超えた怒りによって。

 

「最初に言ったじゃーん。時間とタイミングは計ってたって」

 

 喉の奥で笑うフリード。あらぬ方向に向けていたと思われた拳銃の銃口の先は間違いなく、植え込みにいる男の子に狙いを定めていた。

 

「キミって……奴は……!」

 

 怒りの余り言葉が詰まってしまう。そんな木場を前にして、フリードは心底愉快そうな表情でこう告げた。

 

「はあい! 形・勢・逆・転!」

 

 

 

 

「早い帰りだったな、コカビエル」

 

 アジトへと戻ってきたコカビエルに、バルパーの迎えの言葉が掛けられる。コカビエルは目線を一度バルパーに向けただけで、そのままいつも腰掛けている自分の椅子に背を預けた。

 

「それで何か収穫でもあったのか? 珍しく行動を起こしたのだからな」

「術式の一つが破壊された」

「ほう、番犬を下したか。思っていたよりも実力があるようだな」

 

 自分の術式が壊されても特に慌てた様子も無く、寧ろ相手の実力を感心する余裕すらバルパーにはあった。

 

「じきに他の術式の場所も分かる筈だ。少し計画を早める、フリードを呼べ」

「フリードなら今はここにはおらんよ。グレモリーの眷属たちにちょっかいをかけに行った」

「連れ戻して来い……ああ、ついでにエクスカリバーの力を派手に振り撒いてこい。そうすれば教会の走狗どもが釣れるだろう」

「了解した。計画を早めるのはいいが、お前の方の用事はいいのかね? 何やらこの街に気になる存在が居ると言っていたが」

「もう既に会ってきた。外れ――とまでは言わないが、当たりと言うには程遠いな」

 

 つまらなそうに言った後、コカビエルは少しだけ口角を吊り上げ笑みを浮かべる。

 

「まあ、そのおかげで分かったこともあった。――やはりと言うべきか、俺の舞台劇に横から口を挟もうとする不届きな演出家どもがうろついているな」

 

 比喩的なコカビエルの表現。バルパーは思い当たる節があるのか、コカビエルの言葉が何を意味しているのかは聞かず、黙ったまま話の先を聞く。

 

「誰かが動くまで動こうとはしなかった愚図どもが図々しい……まあいい、せいぜい高みの見物でもしているがいいさ。そのうちそんな余裕も無くなる」

 

 コカビエルは脳裏に浮かび上がる存在達に罵声を浴びせながら冷笑する。そのときバルパーはあることに気付く。

 コカビエルの軽く握られた手から血が滴り、点々と床に染みを作っていく。

 

「手傷でも負ったか?」

「手傷? ああこれか。欲しければくれてやる」

 

 コカビエルは置かれた机の上で手を開く。軽い音を立て手の中から落ちたそれは、机の上を転がってバルパーの正面まで移動する。

 

「所謂戦利品のようなものだ」

 

 白く、所々赤い血管が張り巡らされ、その中心には黒い瞳。

 それは紛れもなく人の眼球であった。

 

 




木場が戦う描写が主人公たち並みに多くなってきました。
能力などの設定や元から実力があるため、書きやすいのかもしれません。
だけど表紙にはなれない。

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