ハイスクールD³   作:K/K

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停止教室のヴァンパイア編
会議、馬鹿


「皆も知っての通りだが今度の三勢力の会談、新しく『禍の旅団〈カオス・ブリゲード〉』へと加入した旧魔王派が宣戦布告を兼ねて強襲をするみたいだ」

 

 学生服の上に漢服を羽織るといった少々変わった格好をした黒髪の青年が、集まったメンバーへと告げる。

 

「ついては俺達にも手を貸せと言ってきた。そこで皆の意見を聞きたいのだが?」

「皆と言うがレオナルドの姿が見えないが? あと新入りたちの姿も」

 

 漢服の青年に質問をしたのは白髪の整った容姿をした青年。黒髪の青年とさほど年齢は離れておらず、腰には剣と鞘が納められていた。

 

「彼ならばマザーと一緒に出掛けているよ。彼は片時もマザーと離れたくないみたいだ。一人は研究室に閉じこもって、もう一人はそれの手伝いだ。あと一人は何処に行ったのかすら分からない」

 

 白髪の青年の質問に答えたのは、こちらも制服にローブという出で立ちをした眼鏡を掛けた青年。眼鏡の青年の答えに納得したのか白髪の青年は頷き、話を戻す様に促した。

 

「それで話は戻るがどうする?」

「俺は反対だな。新参者の奴らなんぞにわざわざ手を貸す義理もねぇ! どうせ自分たちの立場をみせびらかしたいだけだ。くだらねぇ、関わるだけ時間と労力の無駄だ!」

「私も反対。こっちはまだ人材集めに忙しいし、別に会談を襲うのは旧魔王派の人達の好きにやってと思うけど、別に私たちが力を貸す理由は無いわ」

 

 反対意見を出したのは大柄の青年と金髪の女性である。大柄の青年の方は、衣服越しでも筋骨隆々と分かる程鍛えられており、纏う服が筋肉によって張り詰められていた。金髪の女性は大人と子供の狭間に立つような艶やかさと無邪気さを兼ねた容姿をしており、うっすらと浮かべる微笑みは実年齢よりも若く見える。どちらも年齢がさほど離れていない。

 

「ここで旧魔王派に貸しを作っておくのも一つの選択だが、彼らの動向を見ると『禍の団』も自分たちの復権の為の足掛かりに過ぎない印象を受ける。ここは放っておいて三勢力と争わして消耗させるのも手だ」

 

 眼鏡の青年の意見に他のメンバーは同意を示す。

 

「それも手だね。今はまだだけどいずれ『彼ら』も『禍の団』に入ってくる。主導権を握るには少しでも他の派閥を消耗させておかないといけないね」

 

 白髪の青年の差す彼らという言葉を聞き、黒髪を青年は軽く笑う。

 

「出来ればこっち側に取り込めれば良かったが、あの性格を見るとどうやら無理そうだ。まあこちらの邪魔をしなければ放っておいてもいいかな」

 

 『彼ら』についての印象を述べ、取り敢えず放置する考えを示す。特に反対の意見は出ずその方針でいくことが決まり、旧魔王派の要請も無視するという形になったとき、一つの声が奔る。

 

「その会談、拙僧が出よう。よいな?」

 

 年月を感じさせる老人の声。皆が一斉に声の方へと顔を向けた。光の無い闇の中、姿は見えないが、声だけが闇の中から聞こえてくる。

 

「本気か? 参戦してもあなたには何も得など無い。無意味に奴らを調子づかせるだけだ」

「得る物などなくとも構わぬ。全ては仏の導くまま」

 

 一室に涼やかな鐘の音色が響く。ただ聞くだけでありとあらゆる負が浄化されるような心地良い透き通る音であった。

 

「宣戦布告どころか奴らを潰すのか、じいさん。そのつもりなら俺も手を貸してやってもいいぜ」

「はいはい。おじいちゃん、私も!」

 

 意気込む大柄な青年と金髪の女性。その二人の意志を受け、闇から押し殺した笑いが漏れてきた。

 

「カカカカ。その心配り感謝致すがあくまでワシ一人で充分じゃ。構わぬな?」

 

 再度漢服の青年に尋ねる。漢服の青年は顎を指で触れ、考える仕草をした後に闇へと問い返す。

 

「あなたがどう動こうがオレが止める権利などないさ。ただ聞きたい。旧魔王派の要望を受ける真意を」

「彼奴らのことなど微塵も関係ない。ワシがあの地へ行くための理由、ただそれが欲しいだけじゃ」

「あの地……そこに何があるというんだ?」

 

 闇はしばらく沈黙した後にこう答えた。

 

「新たに目覚めた『同類』の顔を一目みたくなってのう」

 

 

 ◇

 

 

「ちっ!」

 

 匙が腕を振るう。振るった腕には相手の力を奪う能力を持つ『黒い龍脈〈アブソーブション・ライン〉』が装着されており、愛らしいトカゲの形をした手甲からは三本の黒いラインが、それぞれ鞭の様にしなり対象へと迫る。

 その複数のラインの先に立つのはシンであり、その右手は悪魔の力によって紋様が輝き、同時に左眼もまた似た光を放っていた。

 シンは不規則に動くラインを左眼で視ると、その場から踏み出す。頭部目掛け襲い掛かるラインは首を傾けて簡単に躱し、胴体を狙った二本目のラインは、移動しながら身体の向きを正面から側面に向けることで狙いを外させた。そして腕に絡みつこうと蛇のように巻き付いてきた三本目は、巻き付く直前に腕を引き、紙一重と言えるタイミングで避ける。

 三本のラインをあっさりと避けられた匙の顔は驚きに染まるが、その間にもシンは間合いを詰め続ける。

 そしてシンが腕を伸ばす距離まで詰め寄り右手を突き出そうとしたとき、匙の驚きは一変し僅かに口角を吊り上げる。すると回避された三本のラインは一斉に向きを変え、シンの背後から襲い掛かる。

 前方に注意が向けられた状況を狙っての奇襲。匙は直撃を確信した次の瞬間、シンはそれを予期していたかのように強く踏み込み、匙との距離間を一気に縮めると、『黒い龍脈』が装備された腕を掴み取り、それをあらぬ方向へと無理矢理振るう。

 腕を捻られたことでラインの軌道がずれ、三本ともシンの側を通り抜けていくが、最初から分かっていたかのようにシンは見向きもせず、そのまま匙の踵を蹴り払う。

 

「いっ!」

 

 匙の身体が宙へと浮く。体全体に掛かる浮遊感。だがそれもシンが匙の胸に手を押した次のときには霧散し、今度は背中から突き抜けていくような衝撃が奔った。

 

「かはっ!」

 

 浮いた体を地面へと叩きつけられ、その威力に肺が痛み空気が意識せずとも吐き出され、後頭部を地面にぶつけたせいで目の前に火花が散る。

 それでも立ち上がろうとする匙であったが、眼前に勢いよく突き出された何かと、それによって巻き上がる前髪に、体は硬直しそこで動きが止まってしまう。

 目の前で止まったものが、寸止めされたシンの拳であることをそのときになって気付いた。

 

「――参った。降参」

 

 悔しそうに溜息を吐きながら匙は負けを認め、その証として神器を消し両手を上げる。それを見たシンは突き出した拳を開き、そのまま倒れている匙に向けて手を差し伸べた。

 

「兵藤と同じくらいに悪魔の力を手に入れたっていうのに、やっぱ強いなお前」

 

 負けたことに対する悔しさを感じさせながらも相手の実力を素直に認め、暗さの無いすっきりとした態度で匙は差し伸べられたシンの手を掴み、服に付いた汚れを払いながら立ち上がる。

 

「そこそこ死線のようなものを歩いている成果かもな」

 

 謙遜するわけでも無く素直にその言葉を受け入れる。言っていることは間違いでは無く、シンは悪魔の力を手に入れてからは頻繁に命のやりとりをしていたし、つい最近も死に掛けたばかりである。

 

「オレも会長の特訓とかで結構死にそうな目に遭わされているんだけどな……もっと死に掛けないと駄目なのか……」

 

 ソーナとの特訓を思い出したのか匙の表情は蒼褪め、身震いを起こしている。余程恐ろしい記憶であるらしい。

 シンは制服から携帯電話を取り出し、時間を確認する。液晶画面に映る時間は決められた時刻に迫るものであった。

 

「そろそろ行くぞ。遅れる」

「あれ? もうそんな時間か」

 

 匙も現在の時間を確認して、少し焦った声を洩らした。もう間もなく生徒会室で仕事を始める時間となる。

 シンがソーナとの契約で生徒会役員『補佐』という仕事に就いてから、それなりの時間が経過していた。

 シンが行うことは文字通り生徒会役員を補佐する仕事であり、簡単に言ってしまえば雑用である。指定された用紙のコピーや荷物の運搬、資料の整理など、急ぐ必要は無いがあまり人員の割けない仕事を主に行っている。それと同時にリアス達の悪魔の仕事を補助しているように、ソーナ達の悪魔の仕事の手伝いも行っている。

 そして今まで匙としていたのは、匙からの要望で実戦形式の特訓である。幸か不幸か、現在のソーナの眷属は殆どが女性で構成されており、男性は匙しかいない。こうなってくると色々と不都合なことが発生する。

 その一つが、今シンと匙で行った一対一での訓練である。匙自身フェミニストという訳では無いが、根っからの性格故か顔見知りの女性相手に本気で戦うことが中々出来ず、いまいち訓練の成果が上がらないという。匙もそれが失礼なことであると自覚しているものの、いざ始まってしまうと気付いたら加減をしていることが何度かあったという。

 このまま身にならない訓練を続けても駄目であると匙は考え、どうにかしなければならないと思ったときシンの生徒会入りを知り、シンに頼み込んで生徒会での時間の合間に実戦訓練の行う時間を設けてもらっていた。このことは一応ソーナにも許可を貰っている。

 場所は旧校舎付近にある開けた土地であり、そこならば一般生徒はまず踏み入れない。

 しかし、いざ訓練が始まると匙にとって予想外なことがあった。

 シンが匙の思っている以上に強かったのである。

 コカビエルとの戦いを生き延びた点からそれなりの実力があると踏んでいたが、最初の特訓では容赦無く叩きのめされ、十秒で地面に崩れ落ちていた。兎に角攻撃が当たらず、こっちの頭の中が見えているのではないかと思える程軽々と回避される。特訓が始まってから匙は一度も、シンに攻撃らしい攻撃を与えたことはない。唯一、闇雲に振るった指先が服を掠めたことがあったが、それは避ける必要もないという判断だったものらしく、その直後に脳天に拳を叩きつけられ、眼球が飛び出すかと思うような痛みを経験した。

 正直、同年代の相手に手も足も出ないという事実に、屈辱を感じなかったと言えば嘘になる。一般人ならばそのまま腐ってしまうかもしれないが、匙は持ち前の精神力で何としてでもシンを超えようと努力し続けており、結果的には今まで以上にソーナの与えた訓練等をこなす様になっていった。

 匙は知らないが、このことに関してはソーナも密かに喜んでおり、密かにソーナからシンは礼の言葉を受け取っていたが、この事実は隠す様に言われている。知ったら気が緩むかもしれないという理由で。

 シンと匙は先程の訓練での改善点の意見を交換しながら生徒会室へと向かう。

 

「止まれよ」

 

 曲り角へと差しかかったときシンは足を止めて、隣にいる匙にそう注意する。

 

「え?」

 

 いきなりそんなことを言われた匙は、顔をシンに向けたまま先に歩いてしまった。すると軽い衝撃が体に走り、小さな悲鳴が上がる。

 顔を戻した匙が見たのは、曲がり角から現れた女子生徒が転倒していく姿であった。日直かあるいは掃除の当番であったのか、手には花瓶を持っていたらしく、転倒した拍子に手から離れて、宙にその中身を溢そうとしていた。

 このとき匙は転倒していく女子生徒へと手を伸ばす。女子生徒が尻餅をつく寸前にその手を掴み引っ張りあげる。

 

「悪い。前を見ていなかったせいで」

 

 起こされた女子生徒は、金髪の匙に一瞬怯えた様な表情はしたものの、助け起こされたことから見た目通りの人物ではないと判断したのか、おずおずといった感じで礼の言葉を言う。

 

「あ、ありがとうございます……こっちも不注意でした……あっ」

 

 そこで自分の両手が空いていることに気付いた女子生徒は、慌てて花瓶が何処にないか探す。視線が床の方を向いているのは、既に割れてしまっていると考えているからであった。

 

「探し物はここにある」

 

 視線を下げていた女子生徒はその声で視線を戻す。すると放り投げてしまった筈の花瓶がシンの手の中に握られていた。

 

「どうぞ」

「え! あ、はい」

 

 花瓶を手渡された女子生徒は、狐に抓まれたといった表情で、渡された花瓶を見回していた。床にも水は零れておらず、花瓶にも罅割れなどない。

 

「じゃあ。悪かったな。時間取らせて」

「あ、いえ」

 

 匙が詫びの言葉を言ってその場を離れる。シンもまた軽く頭を下げて匙の後を付いて行った。

 女子生徒は戻るのが遅くて心配して様子を見に来た同級生が来るしばらくの間、首を傾げながら頻りに花瓶を眺めているのであった。

 

「物凄いことするな、お前」

 

 場を離れてから少しして、先程のことを思い出しながら匙はやや呆れた様子でシンを見た。女子生徒は見ていなかったが、匙はあのとき何があったのかをしっかりと見ていた。

 花瓶が宙を舞い、その口から花や水を外へと放出していたとき、シンはその花瓶は宙で素早く掴むとそのまま花瓶を動かし舞う花を納める。通常ならばそれだけでも離れ業であるが、シンはそのまま身を低くすると、床に向かって降り注ぐ水の塊を花瓶を巧みに扱い、中へと納めたのである。

 この間、数秒の出来事である。

 匙は自分には出来ないことをやってのけたシンを褒めるが、シン本人は特に照れることなくは無く。

 

「これで大道芸が出来るな。食うに困る心配が無くなった」

 

 さらりとそんな冗談を口にした。

 そしてそのまま生徒会室前へとやってきたとき、シンにある変化が起こる。生徒会室の扉を前にして、ドアノブに手を伸ばした状態で突如として固まったのだ。

 

「どうした?」

 

 その姿を見て心配そうな声を掛ける匙であったが、今のシンの耳にはその言葉が入って来ない。正確に言えば聞く余裕が無かった。

 扉の向こうから感じる桁違いの存在感。この階に来るまで気付きはしなかったが、近くまできてようやくその巧妙に隠された力を感じ取ることが出来た。気配は三つ、そのどれもが遥かに自分を上回っている。

 何故、そんな力を持った存在が生徒会室にいるのかは分からない。だが、少なくともこの学園を襲うつもりで来たのではないとシンは推測する。でなければ、この三つの気配が来た時点で学園は壊滅している筈であるから。

 意を決し、シンは扉を開く。

 するとそこには見覚えのある人物が二人と、初めて見るが何処か既視感を覚える紅髪の人物が、ソーナと会話をしていた。

 銀髪にメイドの格好をした美女、ライザーとのいざこざのときに出会ったグレモリー家に仕え、現魔王の『女王』を務めるグレイフィア。そしてもう片方はグレモリー家の護衛を務め、以前見たときは胴当て、籠手などの軽装備を纏っていたが、今は灰色のスーツを着た青年セタンタ、どういう訳か青地のマフラーだけは外してはおらず、もう夏だというのに顔半分を隠す様に巻いている。

 

「やあ、君が間薙シン君だね? こうやって顔を合わせるのは初めてだが、君のことはあの子たちから聞いているよ」

 

 にこやかであるが威厳、カリスマなど、他者が見惚れ、あるいは畏怖するような存在感を纏ったスーツの青年。グレイフィアの存在、セタンタの存在、見覚えのある紅髪、あの子たちという言葉、そして自分が面識の無い存在。それらの欠片を繋ぎ合わせると答えは一つしかない。

 

「リアス部長の兄――『サーゼクス・ルシファー』様でよろしいでしょうか?」

「ああ、その通りだ。君とは一度会ってみたかった」

 

 シンがその名を口にした途端、匙は唖然とした表情をした後、否定をしない相手を見て反射的に跪こうとするが、苦笑を浮かべたサーゼクスがそれを制する。

 

「今日はプライベートで来ているから畏まる必要ないよ。間薙くん、君も様付けで呼ばなくてもいい。君は悪魔ではないんだからね」

 

 気さくな様子で喋りかけてくるサーゼクス。以前ピクシーやジャックフロストが、魔王であるサーゼクスに世話になったとき優しくしてもらったと後日聞いたが、確かに纏う雰囲気は上に立つ者特有のものを感じるが、態度は親しげなものであった。

 

「ご無沙汰しております。間薙様」

「あれから日数が経ちましたがお体は大丈夫そうですね。左眼も完治したみたいですし」

 

 グレイフィアが丁寧にお辞儀し、セタンタはシンの身体を気遣う。セタンタが指摘したようにシンの左眼は完全に回復しており、低下していた視力も元に戻っていた。

 こちらこそと言ってシンも頭を軽く下げる。畏まる必要は無いと言われたが相手の態度にこちらも触発され、何となく丁寧なものとなってしまう。

 

「……それでサーゼクスさ――んは今日はどういった用件で?」

「これだよ」

 

 サーゼクスはスーツの内側から一枚のプリントを取り出してシンへと渡す。そのプリントにはこう書かれていた。

『授業参観のお知らせ』

 しばらくそれを黙って見ていたシンは顔を上げサーゼクスに――

 

「本気ですか?」

 

 ――と問いたい衝動に駆られたが、どう見ても大真面目な表情をしているサーゼクスの顔を見てその言葉を寸前になって飲み込み、代わりに目線をサーゼクスの側に居るグレイフィアたちに向けた。

 向けられた視線の意図を察した上でなのかそれとも気付いていないのか、グレイフィアとセタンタ両者とも無表情を貫く。

 

(……まあ、それほどまでに妹思いなんだろう)

 

 例え魔王という身分にあろうとも身内のことを思う。外野が聞けばあれこれ文句を言ってきそうであるがシン個人としては嫌いでは無い、寧ろ好ましいともいえる。

 

「とは言ってもこの授業参観は偶然が重なった結果なのだけどね」

「偶然?」

「そのことについてはリアスたちも交えて話そう。すまないが彼を借りてもいいかい?」

「ええ。今日はさほど忙しくありませんので構いません。間薙くんもよろしいかしら?」

「仕事が無いのであれば」

「なら決まりだ」

 

 サーゼクスはその場で指を鳴らす。するとシンの視界が溶ける様に流れていき、次の瞬間には見覚えのあるオカルト研究会の部室へといた。

 

「相手は堕天使の総提督。下手に接することも出来ないわね」

 

 既に部室にはシン以外のメンバーが全員揃い、皆が皆深刻な表情をして話し合っている。会話に神経を注いでいる為か、音も無く現れたサーゼクスたちやシンの姿に誰もが気付かずに話を続けようとしている。

 だがその中で、シンが邪魔になるからとオカルト研究部部室に置いてきたピクシーとジャックフロストが真っ先にシンたちの存在に気付く。二人が会話の輪に入れずに暇そうにしていた為であるが。

 

「あーシンと――」

「サーゼクスだホー!」

「やあ。二人とも元気そうでなによりだ。ジャックフロストくん、あれから王様になる勉強は続けているかい?」

「ヒーホー! オイラは王様に一歩一歩近づいて居るホー!」

「それはよかった」

 

 ピクシーとジャックフロストの声を聞き、皆が一斉にサーゼクスたちの存在に気付く。

 

「お、お、お、お兄様!」

「やあ、我が妹よ。しかしあまり感心しないな。年頃の娘が眉間に皺を寄せて険しい表情をしているのは」

 

 突然現れた実兄であるサーゼクスにリアスが目を丸くして驚く。リアスにしては珍しい表情であった。

 朱乃たちは反射的にその場で跪こうとするが、そこで何故かサーゼクスたちと一緒に居るシンの姿を発見し、その動きを中断した。

 

「グレイフィアはいいとしてセタンタまで……というか何故シンも一緒に居るの?」

「……私は来る気は無かったのですが、事情があって……」

「――ここに来る前に会ったので」

 

 シンは淡々と説明し、セタンタは何処か乗り気ではないといった口調で事情を説明する。

 

「それにしてもアザゼルが既にこの町に来ているのか。思っていた以上に早い来訪だな。口振りから察するに誰かが接触でもしたのかい?」

 

 サーゼクスの登場にリアス達がやや浮き足立っている中、この状況を招いた本人は至ってマイペースを貫いている。そんなサーゼクスのペースに乗せられたのか、リアスは戸惑いが抜けきらない様子で昨日あったことを話す。

 リアスの話では昨晩、アザゼルが一誠の契約相手として接触があったという。先程までそのアザゼルの意図について話し合っていたらしい。シンは数日前に一誠から、かなり払いの良い契約相手が出来たという話を聞いていた。それがアザゼルだとしたら、素性を隠した状態で何度も一誠を契約相手として呼んでいるということとなる。

 

「いくらこの町で三勢力の会談が執り行われるからといって私の縄張りに無断で侵入したあげく、私の眷属にちょっかいをかけるなんて――!」

「そう深刻に考える必要はないさ。アザゼルという男は昔から人をからかったり悪戯したりすることがあるからね。それに赤龍帝――兵藤一誠くんと接触したのも考えがあったのだろう」

「考え? ……というよりもお兄様はどうしてこの学園にいるのですか! 魔王という仕事はそんなに簡単に放り出せるものではありませんわ!」

 

 サーゼクスの調子に流されていたリアスであったが、ようやくここで本題へと話を戻す。

 

「安心しなさい。仕事を放って来た訳では無い。寧ろ私は今も仕事をしている。私がこの学園に来た目的はここで行う三勢力の会談。その下見を行っている。ことについてはシトリー家の彼女には話し済みだ」

 

 寝耳に水な話である。三勢力が会談を行うことは聞いていたが、まさかこの学園で行うとは思わなかった。というよりも先程生徒会室で聞いたときは授業参観が目的だと言っていた筈であるが、あれは自分をからかう冗談だったのかとシンは内心考えてしまう。

 

「この会談が行われる切っ掛けとなったのはこの学園であった聖剣とコカビエルの一件だが、それ以上にここには様々な力が集約しつつある。神器、赤龍帝、聖魔剣、聖剣、我が妹リアスに魔王セラフォルー・レヴィアタンの妹」

 

 サーゼクスが挙げたセラフォルー・レヴィアタンの妹というのはソーナの事を指しており、シンも生徒会に入った後に初めて知った。どんな人物かと試しに聞いてみた所、口を噤み難しい表情を浮かべていたので、もしかしたら両者の関係はあまり良くないのかもしれないとシンは考えていた。

 

「そして――」

 

 一瞬ではあるが、サーゼクスの目がシンへと向けられた。確かに悪魔側から見れば悪魔の力を持つ自分は異端であり物珍しい存在である。

 だが、それだけではない。リアス達にはまだ言ってはいないが、コカビエルと最初に出会ったとき、彼はシンを見て確信を持った態度で『魔人』と呼んだ。悪魔だけでは無く三勢力にとって害を生す存在『魔人』。自分もそれと同類と称されたがシンには自覚など全く無い。生まれてきてから今まで人として生きてきた記憶しかなく、自分がその『魔人』となった経緯など無く、気付けばいつの間にか不可思議な力を使えていたに過ぎない。

 

(……いつかは言わなきゃならないがな)

 

 独りそんなことを考えている内にリアスとサーゼクスの会話は進んで行く。

 

「そんな重要な会議をここでだなんて……」

「卑下するものじゃないぞ、リアス。この学園も立派な建物じゃないか。会議を行うには十分だと私は思うのだがね」

「それはそうですけど……」

「まあ、それが人間界に来た四つの目的のうちの一つだ」

「四つ? なら残りの三つは……?」

「三つの内の一つはこれだよ」

 

 そう言って、シンに見せたときと同様に授業参観を知らせるプリントをリアスに見せる。

 

「我が妹ながら冷たいな。グレイフィアが報せてくれなければ見過ごしてしまうところだったよ。こんな重大なことがあるならば魔王の仕事を続ける訳にはいかない」

(やっぱり本気だったのか……)

 

 改めて授業参観に出る意志を見せるサーゼクスを見て、シンの最初に抱いていたイメージが変わり始めていく。もっと堅苦しい人物だと思っていたが、いい意味で意外と軽い。何となくであるがピクシーやジャックフロストが好感を持った理由が分かる気がした。

 

「グ、グレイフィア、お兄様に伝えるなんて……」

「些細なことであろうとも学園の情報は私に届きます。そして私はサーゼクス様の『女王』でありますので私の得た情報は全て主へと渡ります」

 

 冷静な顔をして悪びれた様子も無くあっさりと話す。そのグレイフィアの態度を恨めしそうに見た後に今度はセタンタへと目を向ける。

 

「セタンタ、貴方ならば椅子に括りつけてでもお兄様を止めていた筈よ。それなのに貴方まで人間界に来るだなんて……」

「……私もサーゼクス様一人が行かれるのであればお止めました。……ですが今回参加するのはサーゼクス様一人ではございませんので……」

「まさか……」

 

 その言葉にリアスは察する。

 

「勿論、父上もお越しになる」

 

 リアスが絶句して固まる。身内がいるせいか今日はやたらと珍しい反応を見せる。

 

「そして三つ目の目的、それは君に会うためだよ。ゼノヴィア」

 

 名指しされ、一瞬驚いた表情をするもののすぐにその顔を引き締め、ゼノヴィアが皆よりも一歩前に出る。

 

「初めまして、魔王という存在と話すのは些か緊張をするが、既に名を覚えられていると思うと同時に光栄に思う」

「御機嫌よう。改めて名乗らせて頂こう。私の名はサーゼクス・ルシファー。君の名はリアスから報告を受けて知っているよ。君の場合、少し――というか、かなり変わった前歴だからね」

 

 元教会側の人間が悪魔の眷属となったという稀なケースのせいで、ゼノヴィアの名はサーゼクスの記憶にはっきりと残っている。

 

「君の存在に偏見や憎悪を向ける悪魔もいるかもしれない。だが我が妹ならばそんな眼から君のことを守ってくれると信じている。その代りとは言わないが君がリアスを支えてくれることを願っているよ」

「魔王ルシファーにそこまで言われるとは……」

「いや、これは魔王としての願いじゃない。一人の妹を持つ兄としての願いさ」

 

 先程まで浮かべていた微笑とは違い、どこか子供っぽさを感じさせる純真な笑み。その笑みを向けられたゼノヴィアの頬が少し赤くなる。大人の笑みと子供の笑み、その差から来るギャップは、如何なる女性すら見惚れさせる魅力が秘められていた。

 

「さて話はここまでにして、早速仕事に掛かるとしよう。今日中にこの学園を見学したいのだが誰か案内役をしてくれないかな?」

 

「あ、なら俺が」

 

 案内役として一誠が立候補する。

 

「ありがとう、兵藤一誠くん。出来ればもう一人欲しいんだが……」

 

 周囲を見回すサーゼクス。その視線がシンへと向けられる。

 

「すまないが、君も頼めるかい?」

 

 

 ◇

 

 

「――という訳で、先程紹介した場所はここの階段から昇ってでも行けます」

「成程。ありがとうございます」

 

 シンの説明にセタンタは頷き、そこで会話が終わる。そして両者の間で何度目かになる沈黙が降り立つ。

 

(……気不味い)

 

 現在、シンとセタンタは二人で学園内の見学をしていた。そうなったのはサーゼクスの一言からの始まりであり――

 

『大人数で歩けば目立つし時間もかかる。ここは二手に別れて見学するとしよう』

 

 ――ということから一誠がサーゼクスとグレイフィアを案内し、シンがセタンタを案内するという形になった。

 その結果。

 

「……」

「……」

 

 両者の間には幾度と無く沈黙が続き、お互いに何とも言えない空気となっていた。元よりあまり口数の多い方では無いシン、そしてシンと同じくそこまで饒舌ではないセタンタ。必要最低限の会話のみしてそのまま会話が終わり、次の場所までひたすら沈黙が続くという悪循環に陥っていた。相手も顔半分をマフラーで隠しているせいで表情が読めず、真剣に聞いているのか退屈しているのか全く分からない。

 

(何か喋るべきだが……何を言えばいいか)

 

 こういったときにピクシーやジャックフロストという存在の有難味が分かる。あの無邪気な二人ならば今の様に会話が途切れることも無かったであろうが、今は部室で残ったメンバーと時間を潰している最中であろう。

 いっそのことこの場に喚ぶことも出来るが、喚んだら喚んだで妙に勘の鋭い二人ならば何故喚び出されたか察し、そのことで何日もからかってくるのが容易に想像出来た。

 

(結局、自分でどうにかするしかないか)

 

 これも自分への試練だと割り切り、シンは何気なく話を振る。

 

「そう言えば、セタンタさんはグレイフィアさんと同じサーゼクスさんの眷属なんでしょうか?」

 

 思いつきで振ったとはいえ、冷静になってみればかなり突拍子も無い質問をしていることに気付き内心後悔する。セタンタはシンから急に話し掛けられ、少し目を丸くしたがすぐに質問に答えてくれた。

 

「いえ。私はサーゼクス様の眷属ではございません」

「ならリアス部長の御父上の?」

「それも違います。そもそも私は悪魔ではありませんので」

 

 意外な答えが返ってきたせいで今度はシンの方が軽く驚く。

 

「悪魔では無い……ならセタンタさんはどういった存在なんですか?」

「……それは私にも分かりません」

 

 自分で自分を知らないというセタンタ。そこまで聞いてあまり深入りするべきものではないと判断したシンはこの話を打ち切ろうと考えたが、それよりも早くセタンタが話を続ける。

 

「私にはグレモリー家に仕える以前の記憶はございません。私は瀕死の重傷を負った状態でグレモリー家の土地で旦那様と奥方様――つまりはリアス様の御父上と御母上のことですが――に発見されました。そのときに私が覚えていたことと言えば、戦いの技と自分のセタンタという名のみ。それ以外の記憶は一切ありませんでした」

 

 過去の記憶が無いというセタンタ。だがシンは最初にセタンタを見たとき既視感を覚えた。以前にも似たような存在を見たような気がするという曖昧なものであったが。

 

「旦那様と奥方様は死に掛けていた私を治療し、それどころか行く当ての無い私に暮らす場所を。戦う術しか無かった私に護衛と言う役目をも与えて下さいました。護るべき御方たちであるサーゼクス様もリアス様もこのような私に大変良くして頂きました」

 

 言葉から敬意の念が伝わってくる。それほどセタンタがリアスの両親を尊敬しているのが分かる。

 だからこその一つの疑念が湧く。

 

「それほどまでに慕っているのなら何故眷属にならないんですか?」

「先程も言った様に私には過去がありません。もしかすれば大きな罪や大罪を犯した悪人であるかもしれない、今の私の人格も過去が消えたせいで出来た仮のものに過ぎないかもしれない。そのような者を眷属にしたというグレモリー家に不名誉を齎すことを避けたかったのです」

 

 慕いながらも超えてはならない一線を引く。それがセタンタと言う人物が不器用に見せる情というものかもしれない。

 その在り方にシンは不思議と共感を覚える。

 

「――尤も私の過去を知る人物が現れれば全て解決することではありますが」

 

 このときセタンタは目を細め、シンに視線を定めた。シンも無言でそれを見返すが、思いの外あっさりとセタンタは視線を外す。

 

「つまらない話をしましたね。それでは説明の続きをお願いできますか?」

「――はい」

 

 何事も無かったかのように二人は学園見学を続けていく。

 やはりというべきか、その後も二人の間に会話が増えることは無かった。

 

 

 ◇

 

 

「やあ、そちらも終わったようだね」

 

 集合地点では先に見学を終えたサーゼクス、グレイフィア、一誠が待っており、シンとセタンタの姿を見て手を挙げる。

 

「無事終わりました。間薙様、ありがとうございました。そして兵藤様もサーゼクス様の案内ありがとうございました」

「あ、いえ! そんな大層なことをしてないですって!」

 

 深々と頭を下げるセタンタに一誠は慌てて謙遜する。セタンタの逸話を聞いている一誠からしてみれば恐れ多い行為であった。

 

「私はサーゼクス様に得た情報をお教えしなければなりませんので、御二人は先に部室の方へと戻っては如何ですか? こちらも少し遅れますが部室の方に向かいますので」

 

 そう言われシンと一誠は目を見合わす。いくら頼まれたとはいえ、魔王を放って先に戻っていいものかと。

 

「私のことは心配いらないよ。セタンタが言った通りちゃんと部室には顔を見せるさ」

 

 魔王であるサーゼクスにまでそう言われてしまうとシンたちも断ることが出来ず、頭を一度下げるとサーゼクスたちを置いて部室に戻っていった。

 シンたちの姿が完全に見えなくなった瞬間、セタンタは前置き無くサーゼクスの脇腹目掛け手刀を叩き込む。それも肋骨と肋骨の隙間を狙った的確な一撃であった。

 

「ふぐっ!」

 

 サーゼクスの身体が真横に折れ、その後に叩き込まれた場所を手で押さえ、目尻に涙を浮かべながらも笑みを浮かべ、殴ったセタンタを見る。

 

「いきなり痛いな、セタンタは」

「黙れ、この阿呆」

 

 外向きの喋り方を止め、本来の口調に戻ったセタンタは主である筈のサーゼクスを罵倒する。

 

「いらん気遣いしやがって……御蔭で終始気不味くてしょうがなかった」

「でも、もしかしたら君の記憶が戻る切っ掛けになるかもしれないと思ってね」

「それがいらないと言っている。グレイフィア、お前も知っていて止めなかっただろう?」

「いつものことですので」

 

 魔王であるサーゼクスを殴ったばかりか暴言を吐くセタンタに対し、グレイフィアは日常茶飯事であるかのようにいつもの態度であった。そしてサーゼクスの方もそれを咎めず寧ろ楽しんでいる。

 

「私としてはいつまでもグレモリー家というものに縛られ続けていないで、もっと自分の生きたいように生きて欲しいと思っているんだけどね。父上も母上も同じ願いを持っている」

「……俺の命は既にグレモリー家に捧げている。俺がグレモリー家を離れる時は俺が死んだときだけだ」

「まったく最初に出会ったときからずっと変わらないね、その真面目さは」

「爪の垢を煎じてサーゼクス様に飲ませたいものです」

「無駄だ。こいつの軽さは魔王特有の病気だ」

「はははは、ひどいな二人とも」

 

 色々と付き添いに言われるサーゼクスだがそれでも朗らかに笑う。傍から見れば自分の主をぞんざいに扱っているように見えるかもしれない。だが当人の間には長年付き合ってきた者たちだけが言わずとも分かち合えるものがそこには確かに存在した。

 

 

 ◇

 

 

「それじゃあ電気を消します」

「ああ、頼むよ」

 

 一誠の自宅であり一誠の部屋では一誠、サーゼクス、セタンタが、それぞれ布団に入り寝る準備をしていた。

 何故こうなったかと言えば、見学を終えたサーゼクスたちが部室で何気なく今日泊まる宿泊施設のことを話していたとき、一誠が自分の家に泊まりに来ないかと誘ったからである。当然リアスは嫌がったが、サーゼクスが半ば強引に説得しそのまま決定してしまった。

 突然の来訪者であったが一誠の両親は特に嫌な顔をせず、リアスの兄ということでサーゼクスを暖かく歓迎した。

 自己紹介のときにサーゼクスはルシファーではなくグレモリーの姓を名乗り、セタンタはリアスの従兄と紹介、そしてグレイフィアは自分の妻と紹介していたがグレイフィアは自らメイドであると否定し、ついでにサーゼクスの頬を抓っていた。

 その軽い感じが受けたのか一誠の両親は酒を振る舞い、そのまま宴会へと突入。夜が深くなってきたのでそこでお開きとなり就寝の準備に入った。

 そこでリアスがいつもの様に一誠と共に寝ることを誘ったが、このときセタンタが一瞬であるが凄まじい目付きで一誠を見る。その目付きに思わず一誠は震えあがったがすぐにサーゼクスがセタンタを宥め、グレイフィアと一緒に就寝するよう勧めその場がそれ以上荒れることは無かった。

 電気が消え、真っ暗となった一誠の部屋。そんな中サーゼクスは一誠に話し掛ける。

 

「兵藤一誠くん――ああ、そうだここは妹に倣ってイッセーくんと呼ばせて貰ってもいいかい?」

「は、はい! 光栄です!」

「君とリアスは本当に仲が良いね。君達二人を見ていて如何に妹が君を大事にしているか分かるよ。きっと君のおかげでリアスは毎日楽しく過ごせているだろうね。妹のことをこれからも頼むよ」

「それは、その俺はリアス・グレモリー様の『兵士』ですから……」

「ふふふ、眷属の立場としてではなくイッセーくんに頼んでいるんだ。ああ、セタンタのことなら気にしないでくれ、彼もリアスのことを本当に大事に思っているんだ。リアスの選んだことならば彼も尊重する筈だ。なんなら今から私のことをお義兄さんと呼んでも構わないよ」

「は、はぁ? お兄さんですか……?」

 

 一誠の内心を見抜いた発言をするが後半の意味がよく理解出来ないのか曖昧な返事をする。

 

「ところで話は変わるが、イッセーくん。君の『赤龍帝の籠手』には倍加した力を譲渡する能力があるのは知っているね?」

「はい。知っています」

「そして我が妹リアスの胸は、兄である私から見ても豊かなものであることは知っているね?」

「はい! 知っています!」

「そしてイッセーくん。君は胸の大きな女性が好きだね?」

「はい! 自覚しています!」

「余談なのだが『赤龍帝の籠手』で高めた力をリアスの胸に譲渡したら一体何が起きるんだろうね?」

「なっ!」

 

 その言葉に一誠は絶句してしまう。まさに考え付かなかった、と言わんばかりに。

 

「ただ大きくなるのか、艶が増すのか、張りが良くなるのか、あるいは――セタンタ、君はどう思う?」

 

 話をセタンタに振ってみるが返事は返ってこない。

 

「どうやら寝ているみたいだね。まあ、イッセーくん。私の戯言だと思って聞き流しておいてくれ。お休み」

 

 そのままサーゼクスは眠ってしまったが、聞かれた一誠はまるで神から与えられた命題を解こうとする信者の様に、布団の中で聞かれたことに対する答えの無い回答を、延々と妄想という形で考え続けていた。

 一方、既に眠っているかに思われたセタンタは護衛という立場から二人よりも先に眠る筈も無く先程の会話も起きていたが内容が内容なだけに無視をしていた。

 そして一誠の左手に眠るドライグもまた一誠が眠るまで眠る筈も無く、先程の二人の不毛な会話をしっかりと聞いていた。

 奇しくもセタンタとドライグは二人の会話に同じ感想を抱く。

 

『何て馬鹿な会話なんだ……』

 

 

 




これから四巻の話に入っていきます。
ようやく出せますね、アレが。

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