ハイスクールD³   作:K/K

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風評、僧侶

「遅れました」

 

 シンはそう言いながらオカルト研究部の部室の扉を潜る。その肩にはピクシーがいつものように居座り、シンから少し遅れてジャックフロストが後を次いで入る。

 悪魔の仕事を始めるにはかなり早い時間ではあるが、見回りを終えた後にリアスから連絡を受けてシンはオカルト研究部に来ていた。特に断る理由も無く丁度学園内にいたのですぐに足を運んだが、部室内には既に全員揃っている。

 そして全員が真剣な表情をしていた。

 

「ごめんなさいね。時間を割いてもらって」

「構わないです」

「どうしても貴方の耳に入れておきたいことがあったの」

 

 険しい表情をするリアス。それを見ただけで愉快な話題では無いことがすぐに理解出来た。

 

「実は――」

「白龍皇に会ったんですね」

 

 リアスが言うよりも先にシンが内容を先読みして話す。シンの予想は的中していたらしくリアスを含め、メンバー一同驚いた様に目を丸くした。

 

「どうしてそれを――まさか貴方も?」

「ええ。俺も会いました。ついでにアザゼルとも」

 

 白龍皇――ヴァーリと既に出会ったことと、言いそびれていたアザゼルと出会ったことをついでとばかりに言うシン。リアスは驚くよりも先に呆れたのか、額に手を当て頭痛でも我慢しているかのような顔となる。

 

「……そういったことはなるべく早く話してちょうだい」

「すみません。言うつもりだったんですがプールでのゴタゴタのせいで言いそびれてしまいました」

 

 嫌味で言った訳では無いが、先程のプールでの一件のことを思い出して恥ずかしくなったのか、リアスの頬が少し赤くなる。ついでに一誠、朱乃、小猫、アーシアも似たような反応を示すが、唯一ゼノヴィアは平然としていた。プールでのことの発端であるが中々の神経の太さである。あるいは羞恥というものを自覚していないのかもしれない。

 

「こほん! それは取り敢えずおいといて大丈夫だったの? 何か変な真似はされていない?」

 

 わざとらしい咳払いをしながら話題を元に戻し、二人と会ったときの話を尋ねてくる。

 

「アザゼルは大した理由でこの学園に来た訳ではありませんでした。白龍皇の動きを監視する為だと言っていました。まあ、会話も少ししましたが特にこれといって内容のあることは喋ってはいません。世間話程度のものです」

 

 正確に言えば自分の存在に関わることであったが、シンはそれを伏せる。まだ話すようなタイミングでは無いと考えた為であったが、同時にいつが話す絶好の機会なのかと自嘲するような考えも浮かんできた。どちらにせよ、まだシンは自分自身のことについて話す気にはなれなかった。

 

「ヴァーリとも特に意味のある会話をしたわけではありません」

 

 ほんの少し前のことを思い出しながら、シンはヴァーリとの会話の内容を語り出した。

 

 

 ◇

 

 

「その『白い龍』がわざわざ何の用だ? お前の宿敵は『赤い龍』じゃないのか?」

「よく勘違いをされるが別に俺もアルビオンも血眼になって赤龍帝やドライグを倒したいと思っている訳じゃない。あくまで俺にとって倒すのは目的の一つに過ぎない」

 

 シンの問いに少し笑いながらヴァーリは言葉を返す。

 

「なら何故、この学園に来た?」

 

 そう言いながら掴まれていた手を引く。今度は先程とは違いあっさりと手を離された。

 執着をしていないならいちいちことを荒立てる可能性があるかもしれない行為をしているヴァーリに質問を重ねる。ただでさえ三勢力の会談のせいで緊張感が増しているというのに、堕天使側にいるヴァーリが魔王の妹たちの縄張りである学園に、断りも無く顔を出すこと自体かなりの問題であった。

 

「アザゼルに付いて折角来たのにきちんと挨拶しなければ失礼だろ? あのときはきちんと顔を見せていなかったからな」

 

 あのときとはヴァーリがコカビエルを回収していったときのことである。確かにあのときヴァーリは禁手化によって全身に鎧を纏っていた。

 

「赤龍帝――兵藤一誠が出て来るまで暇潰しを兼ねて学園の見学をしていたら、偶然にも君と会った。君とも一度話をしてみたいと思っていたから丁度良かったよ」

「俺に話すことは無いが?」

「つれないな。コカビエルごときとはいえ勝った君には色々と興味があるんだ」

 

 さりげなく言ったコカビエルごときという言葉。少なくともヴァーリにとってコカビエルは格下の存在であることを明言している。数名がかりで必死になって倒したシンにとってみれば良い気のしない言葉ではあるが。

 

「コカビエルごときか……」

「気に障ったか? 正直に言えば、リアス・グレモリー眷属が総出で挑んだところでコカビエルに勝つとは思ってはいなかった。寧ろ、コカビエルを本気にさせずに終わると予想をしていたんだ。だが君達は勝った。それも全力を出し切ったコカビエルを相手に。嬉しい誤算だったよ」

「単純に見る目が無かっただけじゃないのか?」

 

 シンの皮肉にヴァーリは気を害するどころか肩を揺らして笑う。

 

「ははは。それは否定できないな。俺の見る目もまだまだだということかな」

 

 素直に自らの未熟さをあっさりと認めるヴァーリに、シンの方が言葉を続けられなくなってしまう。まだ怒ってくれた方が反応も返しやすい。

 

「だが見る目が足りない俺でも確実に分かることが一つだけある」

 

 微笑みが変わる。口の両端を吊り上げて笑っているような形ではあるが、覗かせる整った白い歯は威嚇する獣の牙の様に見え、好戦的なものであった。

 

「――それは何だ?」

「君は……」

 

 そこまで言い掛けてヴァーリの言葉が止まる。それと同時に好戦的な笑みは消え、虚を衝かれたような表情となった。

 急に変わった相手の態度に、シンは怪訝そうな表情を浮かべる。よく見ると、ヴァーリの視線がシンの足元付近へと向けられていた。

 シンもその視線を辿ると、そこに居るのはヴァーリの殺気に怯えてシンの影に隠れているジャックフロストと、その帽子にしがみついているピクシー。

 

「これは……」

『そいつは『ジャックフロスト』の方だ』

 

 ヴァーリから聞こえてくる良く響く低い声。それは一誠の体内に宿るドライグと似たような響きを持っている。以前にも聞いたことのある声、シンはこの声の主がヴァーリの『神滅具』に宿っている龍の声だと密かに思い出していた。

 

「ああ。成程」

 

 その声に言われて一人納得した様子で頷くヴァーリ。ヴァーリ個人にジャックフロストに関して何らかの思うことがあるらしい。

 

「驚かせてしまったかな、済まない。知り合いに良く似ていたものでね」

「ヒ、ヒホ! オイラ以外のジャックフロストを知っているんだホー?」

 

 自分が最後の一人であることを知っているジャックフロストはヴァーリの言葉に、怯えることも忘れて前に飛び出す。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

 飛び出したジャックフロストを咎める様にピクシーは帽子を引っ張るが、構うことなくジャックフロストはヴァーリに近付くとそのズボンを引っ張りながら、自分以外のジャックフロストについて教えて貰う様に懇願する。

 

「教えてホー! 教えてホー! オイラは一人じゃないんだホー?」

 

 両手で掴み必死になって頼むジャックフロスト。相手がどのような存在か分からないのに、そのような態度を取ることは危険だと考えたシンは、すぐにジャックフロストを引き寄せる為に動こうとするが、直前になってヴァーリが手を翳して制する。

 目の前にいきなり突き出された手に思わず動きを止めてしまったが、その間にヴァーリは身を低くし、目を潤ませながら頼むジャックフロストと同じ目線の高さにする。

 

「言葉が足りなかった。俺が知っているのは君に良く似た存在だがジャックフロストでは無いんだ」

 

 その言葉を聞いたジャックフロストは空気が萎んだかのように項垂れる。

 

「そうなのかホー……」

 

 もしかしたら他に生き残っている仲間がいるのではないかという淡い期待。しかしそれが期待のままで終わってしまったことにジャックフロストは落ち込む。

 

「ヒホー……」

 

 すっかり元気を失くした様子のジャックフロストにヴァーリも何か声を掛けようとして口を開くが、直前になって言い留まるという行為を何度かする。決してヴァーリに非がある訳では無いが、妙に気を遣わせてしまっていた。

 落ち込むジャックフロストの両脇にシンの手が触れそのまま持ち上げる。持ち上げられたジャックフロストは見上げ、見下ろしているシンと目が合う。

 

「残念だったが別に独りになるわけじゃない」

 

 言葉は多くは無いが励ます言葉を掛ける。

 

「そうそう。それともまた泣き虫のジャックフロストに戻っちゃう?」

 

 それに便乗しピクシーが囃し立てた。

 

「オイラは泣き虫じゃないホー!」

 

 ピクシーの言葉に反応し両手を突き上げて怒った態度を見せる。

 

「どうかなー? どうかなー?」

「違うホ! 絶対違うホー!」

 

 からかうピクシーとジャックフロスト。それは見慣れた光景。怒るジャックフロストから少しだけ陰が消えたように見えた。

 

「迷惑をかけたな」

「いや。原因はこっちにある」

 

 謝罪するシンにヴァーリは自らに非があると言う。意図しないジャックフロストの行動によって、良くも悪くも先程の緊張感に満ちた空間は和らいでしまっていた。

 

『絶滅したかと思っていた雪精に滅多に人前に姿を見せない妖精か……随分と珍しいものを眷属にしているんだな』

 

 再度聞こえてくる声。ジャックフロストやピクシーについて詳細な知識を持っているらしい。

 

「それが宿っている『白い龍〈バニシング・ドラゴン〉』の――」

『アルビオンだ。そう言えばきちんと名乗っていなかったな』

 

 自らの名を明かすアルビオン。声から受ける印象はドライグに比べるとやや冷めたものであった。

 

『ドラゴンは力を引き寄せるがお前も希少な存在を手元に置いてある。ドラゴンと似たように力を引き寄せているのかもしれないな。――納得は出来るが』

 

 アルビオンの最後の一言で、シンはアザゼルから言われた忠告を思い出す。

 

『過去に『魔人』と会った奴ならきっとお前の正体に気付く。忘れようとも忘れられないアイツらとお前は同じ気配を纏っているからな』

 

 含みのある言い方。長年存在してきた白い龍ならば過去に魔人たちと接触していてもおかしくは無い。すると必然的にドライグもまたシンの正体について察しており、その宿主である一誠もまたシンの正体について知らされている可能性が高い。

 今の所、態度に目立った変化は見られないが、あえてことを大きくする気が無いのか、ただ知らないだけなのか、どちらにせよ今のシンにそれを判断することなど出来なかった。

 

「さて。一応の挨拶は済んだしそろそろ立ち去らせてもらうよ。まだ赤龍帝との挨拶があるんでね。このままだとすれ違いになるかもしれない」

 

 ヴァーリはそう言いシンたちに背を向けようとする。

 

「いいのか? 最後まで言わなくて?」

「何を?」

「さっき言っていた『確実に分かること』についてだ」

「ああ、それか。別に改まって口にするほどのことじゃない。――それに、君は言わなくても何を言うか大方予想はついているだろう?」

 

 ヴァーリの言葉にシンは反論せず口を閉ざしたまま沈黙する。その態度こそシンの心の裡で思っていることを表していた。

 

「俺の時間潰しに付き合ってもらってありがとう。ではまた。そっちの御二人も」

 

 軽く手を振りヴァーリは完全にシンへと背を向ける。それを見たシンもまたヴァーリに背を向けて歩き始めた。

 

「ばいばーい」

「急に引っ張ってごめんホー」

 

 言葉を返さないシンの代わりに、ピクシーとジャックフロストは離れていくヴァーリへ律儀に別れの言葉を掛けるのであった。

 

 

 ◇

 

 

 リアスたちとの緊急招集も終わりシンは自宅へと向かって歩いていた。帰る際には何かあったら必ず連絡するようにと皆に念を押してから解散をし、途中までは全員一緒に帰宅するということとなった。

 そして途中で木場、朱乃、小猫、ゼノヴィアと別れ、またその後にリアス、一誠、アーシアたちと別れ現在の様にシンとピクシーたちが残ったという形となった。

 ピクシーとジャックフロストがじゃれ合っている中、シンは淡々とリアスたちとヴァーリについてのことを考えていた。

 シンがリアスたちに報告した後に、リアスたちとヴァーリとが接触したときの話を聞いたが、内容は概ねシンのときとあまり変わらないものであった。突然の出現にリアスたちが臨戦態勢の構えをとったものの、ヴァーリに戦う意思など全く無く、忠告だけ言うとさっさと立ち去って行ったという。

 その忠告というのは『兵藤一誠はきちんと育てておけ』というもの。シンとの会話では、さほど興味など無く、白い龍の神滅具を持った義務感で戦っているような口振りであったが、やはり対となる存在である以上、それなりの意識があるらしい。

 尤も当の本人はいまいち自覚が無いらしく、因縁云々に関して渋い表情をしていた。『赤い龍』と『白い龍』は争わねばならないのが宿命であり運命、と周りが決めている中で、何故そんなことをしなければならないのか、という疑問を持っているのが見て分かる。

 一誠の反応は間違ってはおらず、過去から今に至るまでそうであったから自分もそうしなければならないという訳では無い。

 

(ハーレム王になりたいと言っているあいつには迷惑な運命だろうがな)

 

 恐らく否応無しに迫ってくるであろう未来を想像し密かに同情しながらも、自分も似たようなことが起きるかもしれないと思い、小さく溜息を吐く。

 そんなことを考えている内にシンは家へと到着し、いつもの様に鍵が閉まっている扉に鍵を差し込み開けようとする。

 

「ん?」

 

 しかし予想に反して扉が開かない。そこでもう一度鍵を差し込んで回すと今度は開いた。どうやら既に鍵が開けてあったらしい。

 玄関を潜るとそこに見慣れた靴が二束揃えて置いてある。それを珍しそうに眺めながら居間へといくとそこに居た二人の人物へと声を掛けた。

 

「もう帰っていたんだ。珍しい」

 

 

 ◇

 

 

 本日駒王学園の授業参観日。より正確に言えば公開授業日であり、生徒の保護者のみならず将来この学園を受験するであろう中学生が保護者を同伴し見学する日である。そんな日である為、普段とは違う姿を大勢の人々に見られるせいか、学園内の生徒たちはやや浮き足立った状態となっている。

 シンが教室の中に入ると既に一誠とアーシアが席に座っており、その近くには見慣れた光景となった松田、元浜、桐生がいる。

 

「よお」

 

 いち早くシンの存在に気付いた一誠がシンに向かって声を掛ける。それによってアーシアたちもシンの存在に気付き挨拶をした。

 

「おはようございます」

「よっ」

「うす」

「おはよう」

 

 挨拶を交わしてシンは鞄を置いて一誠たちに近付く。

 

「間薙のところは誰が来るんだ?」

「二人とも来る。こういった行事にはきっちりと出るんだ」

「へー、何かお前の両親って聞くと少し興味が湧くな」

 

 本日の公開授業に誰が来るのかという話で、シンは両親が来ると言ったが、一誠の家も父と母の二人が来るらしい。尤も一誠曰く、アーシアを観に来る為だと言って苦笑していたが。

 

「そういやいつもの二人は?」

 

 声を潜めて姿の見えないピクシーとジャックフロストの所在を尋ねてくる。

 

「部室にとりあえず置いてきた。人が多いとあいつらはしゃぎ始めるからな」

 

 こんな人の多い時に悪戯などをされたら堪らないと考え、二人には大人しく部室で留守番をするように言っておいた。一応、暇にならない様にシンはわざわざリアスたちに頼んで、使い魔を遊び相手として置いておくという配慮はしていた。

 

「にしても珍しいな。間薙がイッセーたちよりも遅く来るなんて」

「……はっ! あれかもしかして噂のアレか!」

 

 松田の言葉に元浜は何かを察し、途端妬みに満ちた声を吐く。

 

「噂は噂だ。事実じゃない」

「本当か? 本当だよな? 本当だったら……いや! 本当であってくれ!」

 

 念を押す様に聞いてくる元浜だったが、後半は殆ど願望を垂れ流している。

 元浜が言った噂と言うのが今、学園内に密かに流行っているものであり、この噂というのがシンにとって非常に迷惑なものであった。その内容というのが、どうもシンが生徒会の女子たちに手を出しているらしい、という事実無根なものである。

 噂の発端となったのは、どうやら先日のコカビエルたちとの一件で街に施された術式を探しているときで、たまたまシンが生徒会副会長の真羅椿姫やソーナと行動している姿を一般生徒に見られ、その後に生徒会に入ったことで爆発的に広まった。

 この噂が広まったせいで、時折シンを見ては何か小言で話し合う男女の姿を見たり、今の元浜みたく憧れの対象に手を出したとして男女問わず妬みの視線を受けることが多々あった。尤も睨まれたら睨み返すようなことをしていたので、シン相手に直接何かを言ってくるような輩は殆どいなかったが。

 

「お前まで……お前までイッセーのように遠い存在になったらどうしようかと。何だかんだ言って近しいものを感じていたのに……」

「モテそうなくせに女っ気の無いお前はある意味で俺らにとって希望みたいなものなんだ……」

 

 侮辱同然の褒め言葉である。というよりもそんな風に他人から評価されていたなど初耳であった。当然、嬉しくも何ともないが。

 

「朝からにぎやかだな」

 

 集まりに声を掛けてきたのはゼノヴィアであった。ゼノヴィアの登場に松田、元浜の頬がだらしなく緩む。中身は置いておいて容姿は間違いなく一級品であるゼノヴィアの存在は、男女間において非常に人気があった。

 ゼノヴィアは一誠に近付くといきなりその頭を下げる。

 

「先日はすまなかった。どうやら私はことを急ぎ過ぎたようだ」

 

 先日と言われて松田、元浜、桐生は当然疑問符を浮かべるが、事情を知っている一誠とアーシアはそのときのことを思い出して赤面し、シンは二人と違って判り辛い程微妙に顔を顰めた。

 

「よく考えてみればキミの方が準備出来ていても私の方がきちんと準備出来ていなかった。気持ちだけが先行して初歩的なミスをしてしまったようだ」

 

 独り反省し謝罪するゼノヴィアに見ていたシンは、謝罪の言葉から不穏な気配を察する。

 

「さしあたってまずは予行練習の方をしようと思う」

「は? 予行練習?」

 

 ゼノヴィアの言葉が何を意味しているのか分からず一誠は眉根を寄せる。

 

「まあ簡単に言えばこれを――」

 

 スカートに備えられたポケットに手を入れ、中を探り取り出そうとしたとき、その腕をシンが掴む。

 

「ん? どうしたのだ、間薙?」

「ちょっといいか?」

 

 その状態のままシンはゼノヴィアを教室の隅まで引っ張ると小声で何かを言う。ゼノヴィアはそれに応じてポケットの中のものをシンにしか見えない角度で取り出して見せる。直後、無言でシンに頭を叩かれ、頭を押さえて身を屈めた。

 

「あ、何かデジャビュ」

 

 いきなりのシンの行動にクラスがざわめくが、そんな中そのやりとりで大体察したのか、桐生は苦笑いを浮かべている。

 何事かという好奇の視線を浴びながらも平然とした様子でシンは、一誠たちの下に心なしかしょんぼりとしているゼノヴィアを連れて戻って来た。

 

「一体何を見たんだよ?」

 

 至極真っ当な一誠の疑問に対し、シンは――

 

「まるで反省していない」

 

 ――と半ば呆れた様に呟くのであった。

 

 

 ◇

 

 

 とある御節介二人の会話。

 

「で? やっぱりゼノヴィアっちが持ってきてたのって……」

「言わなくても分かるだろう?」

「直接間薙くんの口から聞いてみたいなー」

「避妊具だ」

「……やっぱり間薙くんってアーシアや兵藤と違って反応が淡白だね」

「面白みの無い性格なのは自覚している」

「いやいや、ネタ振っても無視しないできちんと返してくるから私は好きよ。そういった方面のネタに大袈裟なリアクションする人も好きだけど。あー、そうかゼノヴィアがソレを取り出したときの反応、ちょっと見てみたかったなー。そしたら今度はきちんとアーシアに何の為に使うのか教えてあげるのに」

「……前から思っていたが随分とアーシアのことを押すな」

「んん? まあ、あんだけ如何にも清楚です! って子が恋する乙女のオーラを出してるもんだからなんかこう背中を押してあげたくなるのよね。それで意中の相手が如何にも下半身が自由そうな男でしかも周りには難敵揃いときたもんだから、ああいった感じの奥手な性格だと一歩遅れるって分かってるもんだから猶更ね」

「だから隙あらば、という訳か」

「そうそう。きちんとモーションをかけておかないと兵藤から他の女のニオイが漂い出すかもしれないし、美味しく頂かれちゃっているかもしれないでしょう? 喰らわれる前に喰えってことよ!」

「発破を掛けること自体悪くは無いが、今の所はお前の考えている程、他との進展は無いな」

「えー、そうなの? てっきりだいぶ進んでいると思ったのに」

「行為自体は進んでいるかもしれないが肝心の中身が伴ってはいないな」

「へー、兵藤のことだから切っ掛けさえあればずぶずぶ深みに嵌っていくもんだと思ってたわ」

「何だかんだ言っても一線は引いているみたいだ」

「何それ兵藤に似合わない言葉。生意気ー」

「まあ、そう言ったこともあるせいかあまりアーシアの背を強く押しても空振りに終わるかもしれないぞ」

「ふっふっふ! 甘いわね。こういったときにこそ押しの一手! 手数の勝負よ! 押して押して押しまくって兵藤の理性の鎖が引き千切れるまで押して、逆に押し倒されたらアーシアの勝ちよ」

「……程々にな」

「そう言う他人の心配している間薙くんの方はどうなの? きちんと色恋沙汰はしてるの? あ、そう言えば最近ゼノヴィアに色々と気遣っているけどもしかして――」

「全く無いな」

「……凄いよね、間薙くんって。普通なら『あれ、照れ隠しー?』とか言ってからかうところだけど声と表情だけで本気で言ってるんだって思うもん。説得力があるね色々と」

「意識してやっているわけじゃないんだがな」

「あはははははは! それで結局何でゼノヴィアに気を遣うの?」

「……見ていてどうにも危なっかしく感じるからつい、だ。知り合いにああいった感じであちこちに興味を持ってふらふらする世間知らずがいるから余計にな。この間や今日の一件と言い周囲の目に対して鈍感過ぎる。変な噂でも立ったらどうするつもりなんだ」

「別にゼノヴィアっちはあんまり気にしないと思うけどね」

「どうだろうな。目に見えて分かりやすい悪意には毅然と立ち向かうかもしれないが。形が曖昧な悪意に耐性があるかどうか」

「心配性だねー」

「勘違いしないで欲しいが、ゼノヴィアがどうこうというよりも俺自身がそういったものを見過ごせないだけだ。結局はただの自己満足だ」

「ふふふふ。まあ、そういうことにしておこうか」

「――別に嘘は言っていないぞ」

「分かってるって。……ふふふ」

 

 閑話休題

 

 ◇

 

 

「よくできてるわね」

 

 そう言いながらリアスは一誠の手にある紙粘土の自画像を眺めていた。

 本日の公開授業、何故か英語の授業で何を意図しているかは分からないが、紙粘土での図画工作を行うこととなったが、その最中要らぬ妄想に深け込んでいた一誠が自分でも良く理解出来ないうちに内なる才能と魔力、その両方を器用に発揮させて一瞬にして作り上げたリアスの像である。

 あまりの出来の良さにクラス中が湧いて、保護者の目を無視して金に物を言わせた争奪戦が開始されたが結局、一誠は誰にも渡すことはなかった。

 余談であるがこの像を完成させたとき一誠の脳内で『二度とこんなことに俺の力を使うなよ!』と珍しく怒った声のドライグの声が響く。その声は心なしか疲れている様にも聞こえた。

 そして昼休みとなって未だに像について諦めきれない連中から像を護る為、逃げる様にアーシアと一誠が教室の外に出たとき、偶然会ったリアスと朱乃に持っていたリアスの像を見せるのであった。

 最初は授業中にそんなものを作った一誠に呆れた様な目を向けたが、見せられた像の完成度の高さに驚き感心していた。側にいた朱乃も似た表情をしている。

 

「ところでサーゼクス様は来たんですか?」

「ええ、父と一緒に。グレイフィアとセタンタも付き添ってね」

 

 頭痛でもあるかのように額を押さえる。相当恥ずかしかったらしい。

 

「ああ、それとシンのご両親とも会ったわね」

「え、そうなんですか?」

「学園内を迷っていたところで会って、案内のときに少し話してみたらシンのご両親だって分かったのよ。ねえ、朱乃?」

「はい。でもよく見れば間薙くんの両親と言われて納得しました。よく似ていましたので」

「確かに似ていたわね」

「ええ」

「父方に」

「母方に」

「……ん?」

 

 似ていると言ったが違う意見を言う二人に一誠は戸惑ってしまう。そこにおずおずとアーシアが口を挟んでくる。

 

「あの……私も間薙さんのご両親と会いました」

「アーシアもか? いつの間に」

「教室を出る前に少し。間薙さんが生徒会に呼び出されて教室を出て行ったときに話している姿を見たので少し挨拶を」

「へぇー、それでアーシアはどっち似見えたんだ?」

「えーと、言い難いんですが……どっちも似てなかったです」

 

 三者三様の答えを聞いて一誠は無性にシンの両親を見てみたいという衝動に駆られる。そこまで人によって評価が違う顔とは一体どんなものであろうか。

 

「あ、部長に皆」

 

 するとこの場に木場も姿を現す。

 

「よお。なあところで間薙の両親が――」

「ああ、さっき僕も会ったよ。何度か僕も会ったことがあるからね」

「マジで! ちなみに間薙の顔ってどっち似ていた?」

「どっち似? 間薙くんの顔ってご両親の顔を足して丁度二で割った様な顔をしているからどっち似かと言われると難しいかな」

「本当にどんな顔をしているんだ……物凄く気になってきた」

 

 全く食い違う感想を聞いて未だ会ったことの無いシンの両親に対しての好奇心が募っていく。

 

「それで祐斗もここへ休憩に?」

「いえ、何やら学園内で撮影会を行っているって話を聞いて。ちょっと見に行こうかなと」

「撮影会? 有名人でも来ているの?」

「いえ。何でも魔女っ子が来ているとか」

「魔女っ子って……」

「僕も気になってそれを見に。ああ、でも早く行かないと終わっちゃているかもしれませんよ。無断でやっているから生徒会が動くみたいですし」

 

 それを聞いてシンが生徒会に呼び出されたのを思い出す。恐らくはそれの為の人員なのであろう。

 

「でも学園でそんな恰好しているなんてよっぽど変わった人なんでしょうね?」

 

 一誠がリアスにそう話しかけるが、リアスの方は難しい表情をして何か考えている様子であった。

 

「部長?」

「その魔女っ子なんだけど……何となく心当たりがあるのよね……」

 

 

 ◇

 

 

 生徒会からの連絡でシンは撮影会場となっている場所に来ていた。そこでは大きな人だかりが出来ており、カメラのフラッシュが絶えずたかられている。

 

「すいませーん! こっちお願いします!」

「あ、こちらもお願いします!」

「はい! 撮りまーす!」

 

 撮影をしているのは、明らかに保護者関係に見えない人物たちが半数以上。残りはこの学園の生徒たちと、人垣を何事かと思って野次馬をしている保護者と思わしき人たちであった。

 

「はーい☆」

 

 その声に応える甘ったるい少女の声が人垣の向こう側から聞こえてくる。その声の主がこの騒動の原因であるらしい。そしてどういう訳かこの中心からは、人とは違う気配を複数感じる。

 

「じゃあ、こっちを向いてねー☆」

「はーい」

「ヒホー」

 

 そして続けて聞こえてくる耳慣れた声。耳に入ってきた途端、眩暈の様な感覚に襲われる。

 

(大人しくしてろって言っておいたんだがな……)

 

 内心で愚痴るが心の何処かでしょうがないという気持ちもあった。あの二人は使い魔という使役する立場ではなく、仲魔という対等の関係である。こちらの言うことを聞くか聞かないかの選択は、結局あの二人に委ねられている。

 シンは小さく溜息を吐くと、少々強引な方法で意識を向けさせることとした。

 肩幅まで両腕を広げると刹那のときだけ悪魔の力を使い、それによって生まれた力で両掌を胸の前で叩きつける。すると手を打ち鳴らしたものとは思えない程の爆音が廊下へと響き渡り、その音の大きさにカメラを構えた人物たちが一斉にシンの方を向いた。

 

「生徒会のものです。すいませんがここは撮影の会場ではありません。ましてや今日は授業公開の日です。できれば速やかに解散してくれませんか?」

 

 学校側から注意を受けたせいかカメラを動かす手を止め名残惜しそうに去って行き、撮影会が終わったのを見て野次馬も退いていく。

 そして残されたのは何時ぞやの魔法漢女が紹介していたアニメキャラと同じ格好をした少女と、やはりと言うべきかその少女の側で同じポーズをとっているピクシーとジャックフロストであった。

 何故か少女の容姿は不思議と既視感を覚える。何処かで見たことのある顔立ちであるが、その何処かが思い浮かばない。

 ピクシーとジャックフロストはシンが現れたのを見て『しまった』という表情をする。そのままシンに背を向け逃げ出そうとするが、それよりも早くシンが二人の首根っこを掴み、持ち上げた。

 

「大人しくしておけと言った筈だが?」

「ごめんごめん。やっぱりこういった人の出入りが多い日だと部屋で遊んでいるより外に出たくなっちゃって……」

「ヒーホー。ごめんホ! でも別にイタズラとかはしてないホー。怒っちゃやだホー」

 

 一応は謝る二人。シンも叱るもそれ以上は強くいうつもりは無かった。

 

「あなたジャックちゃんとピクシーちゃんのお知り合い?」

 

 魔法少女の格好をした少女が小首を傾げながらシンの顔を覗いてくる。出会ってそう時間は経っていないと思うがもう二人を『ちゃん』づけで呼ぶ仲らしい。ただそれよりも注目すべきは少女の持つ気配、人垣の中から感じた悪魔の気配は明らかに彼女のものであった。

 

「そうだホ。オイラたちの仲魔だホー。『レヴィアたん』」

「シンっていうんだよ『レヴィアたん』」

「へー、じゃあシン君って呼ぶね!」

 

 和やかにシンを紹介するピクシーとジャックフロスト。それに対し親しみを込めて名を呼ぶ魔法少女ことレヴィアたん。だがシンは聞き捨てならないことを聞き、独り固まる。

 

「……すみませんがお名前を窺ってもいいですか? できればフルネームで」

「え! もしかして私ってナンパされてる! ――でも聞かれたからにはちゃんと答えないとね☆」

 

 そういうと手に持っていたスティックをくるくると器用に回し、止めると同時にポーズも決める。

 

「愛と勇気の魔法少女セラフォルー・レヴィアタンです☆」

「――冗談ですよね?」

 

 四大魔王の内の一人、レヴィアタンの名を受け継ぐ悪魔を前にしてシンは、柄にもなく悪魔の未来について本気で心配するのであった。

 

 

 ◇

 

 

 どうしてこんなことになったのか。そんな言葉を幾度となく頭の中で反芻させながら重い足取りで学園内を歩いていた。

 ことの発端はセラフォルー・レヴィアタンと出会った後のごたごたのせいである。

 シンとセラフォルーが自己紹介をし終え、間も無くしてリアス達一行とサーゼクスたち、そしてリアスの父を案内していた生徒会メンバーが姿を現した。

 生徒会のソーナが現れた途端、セラフォルーはシンには理解不能な二次元的会話でソーナに喋りかけ、ソーナの方は顔を真っ赤にして羞恥に耐える様な表情でそれに応じていた。

 この二人、実姉と実妹である。

 そこでシンは、並ぶソーナとセラフォルーの顔付きを見て、最初に覚えた既視感について納得した。見比べると顔の造詣が非常に似ている。だが互いの纏っている雰囲気のせいで最初は似ていることに気付くことが出来なかった。ソーナの表情は固く冷たいが、セラフォルーの表情は柔らかく緩いという印象である。

 傍から見て姉妹仲は悪くは見えない。寧ろ姉であるセラフォルーは如何にも溺愛しているといった感じでソーナに接し、ソーナは努めて冷静に振る舞おうとしていたが、セラフォルーの勢いに押されているせいかいつもの冷徹な表情も若干引き攣り、言葉も詰まらせながら喋っていた。

 だがそれでも限界があるのか、やがて見たことも無い程に赤面したソーナは、何故かシンの近くまで寄ってくるとシンの両肩を強く掴み懇願するかのように小声である頼みごとをする。

 

「間薙君。私はもう色々と限界です。というよりもう耐えられません。お願いします。お姉様を学園案内するという名目で監視してくれませんか? 私は魔王様たちを案内するという理由でこの場を去ります」

 

 こんなことを言う程、ソーナは切羽詰っているらしい。

 瞳を潤ませるソーナの必死な頼みを無下にすることは流石に出来ず、気乗りはしないもののシンは首を縦に振り了承の意を示す。

 そこから先のソーナの行動は実に素早いものであった。

 

「申し訳ありません。お姉さま。私はただいまサーゼクス様たちに学園の案内をしている最中ですのでそろそろ――」

「ええええ! 折角お姉ちゃんとソーたんが姉妹仲良く再会したんだよ! もう少しゆっくりしてもいいと思うよ!」

「ふむ。私たちのことは別に後回しでも構わないですが」

「そうそう。グレモリーのおじさまもこう言っているんだから!」

 

 セラフォルーのことを思い、リアスの父がソーナにとっていらない助け船を出す。だがそこで別方面から手助けをする人物が現れた。

 

「旦那様。確かにそれも大切なことではありますが、ソーナ様は未だ生徒会長として仕事を務めている最中です。ここはセラフォルー様の妹としてのソーナ様では無く駒王学園の生徒会長であるソーナ様の顔を立てては?」

 

 ソーナを手助けするのはリアスの父の背後に立つセタンタであった。ソーナの心境を汲み取り、ソーナの望む展開に持っていこうとする。

 

「だが――」

「セタンタ様の言う通りです。皆の規範となる生徒会長として職務を投げ出したり疎かにすることは出来ません」

「そんな……! お姉ちゃんよりも仕事を取るの! ソーたん!」

 

 涙目になってショックを受けたような表情をするセラフォルー。

 

「……きちんとお姉さまと再会を喜び合う時間はとりますから安心してください。ただそれまでの間は、そこにいる間薙君たちがお姉さまに学園等を案内して下さるように頼んでおりますので」

「本当に?」

「――本当です」

 

 一瞬言葉を詰まらせたのは返答を躊躇ったのではないと信じたい。

 

「分かったわ! ならお姉ちゃんはピクシーちゃんとジャックちゃんとシン君と見学してくるね! ソーたん」

「分かって下さってありがとうございます。……あと出来れば人前で『たん』付けで呼ぶのは止めてください」

 

 セラフォルーの了解を得て、シンたちが学園を案内することが決定し、ソーナもサーゼクスたちの案内という名目でこの場から逃れることが出来たが、その別れ際にソーナが近寄り、シンの側で周りに聞こえない様に小声で話しかけてきた。

 

「あとはお任せします。間薙君なら万が一ということは無いと思いますがくれぐれもお姉様の扱いには注意してください。……冗談を抜きにしてお姉さまならば国一つ一日で滅ぼせますので。……では」

 

 なんとも有り難くない情報を残してソーナたちが去っていく。

 シンはこれから、魔法少女もどきと時間を潰すのではなく、生きた殲滅兵器と時間を潰すのだと認識し直した。

 

「……」

 

 去り際にセタンタとグレイフィアが無言でこちらを見つめてくる。シンには何故かその眼が『ご愁傷様です』と語っているようにしか見えなかった。

 

「……まあ、大変だろうけど頑張れ」

 

 匙がそう言い残してこの場から立ち去る。残りの生徒会のメンバーもご愁傷様といった目を向けながら帰っていく。

 

「いい、シン? これが現四大魔王なの。想像の斜め上を行く位軽いけど、実力も想像の斜め上を行く位あるわ。色々と酷いけどお兄様やレヴィアタン様はまだ比較的ましな部類だと思うから」

 

 リアスはそう言い、サーゼクスと話があるという理由からソーナたちの後を追って行った。

 そして最後に一誠が近付いてきて、シンに真顔を見せながらこう言う。

 

「今度、お前の両親を紹介してくれ」

 

 あまりに意味不明で唐突な台詞に、さしものシンもただ沈黙するしかなかった。

 などなどと少し前のことを思い起こしながら、シンは背後で戯れる三人に目を向ける。その三人は当然、ピクシーとジャックフロスト、そしてセラフォルーであった。

 魔法少女という存在に憧れているということもあり、ピクシーとジャックフロストを大層気に入ったのか、セラフォルーはピクシーを被っている帽子に腰掛けさせ、ジャックフロストを抱きかかえながらご満悦といった表情で、シンの説明をそっちのけで愉しそうに会話をしていた。

 別に話を聞いてもらえないこと自体特に不愉快でも無いし、寧ろシンにとっては有り難いことであった。何せ格好や話す内容から自分とは正反対の人物であることは重々承知であった為、下手な会話をしてセラフォルーの機嫌を損ねるよりも遥かにましである。

 ちなみにセラフォルーとピクシーたちが出会ったのは全くの偶然であり、たまたま撮影会をしていたセラフォルーの所に人ごみが気になってピクシーたちが顔を出したところ、その姿にセラフォルーが一目で気に入り一緒に撮影することを進めて、ということらしい。

 常人には見えない二人であるがカメラやビデオ等には姿が写る筈なので、撮影していた人たちは現像したとき居もしない存在が写りこんでいて、さぞ驚くだろうとシンは思う。同時に魔法少女の格好をした少女の写真を、人目に見せびらかすようなことはしないであろうとも考える。流石に魔法少女、雪だるま、妖精という組み合わせで心霊写真というのも、客観的に見ておかしな話である。

 

「――でね。ソーたんが今日の授業参観のことを教えてくれなかったの! お姉ちゃんとってもショックで傷付いちゃった! もしも気付かなかったらこのショックを力に変えて天使や堕天使を纏めて抹☆殺してたかも!」

「へえー、レヴィアたんは行動的だねー」

 

 言い方は冗談の様に聞こえるが、恐らくはきっと可能であろう物騒な発言に対し、ピクシーもジャックフロストも引くことなく、逆に感心したり興味を持ったりしていた。大物を相手にしてのその神経の太さ、正直大したものである。

 

「小さい頃のソーたんも活発な子だったのにいつの間にかクールな子になっちゃって本当に寂しい!」

「ふーん。そう言えばソーナとレヴィアたんっていくつ齢が離れてるの? というかレヴィアたんって今、いくつ?」

 

 恐らくこの世界に存在する悪魔たちが、口が裂けても言えないような質問を、ごく自然に口にするピクシー。あまりに軽く言うのでさり気無く聞いていたシンも、思わず聞き流してしまうところであった。

 

『この手の人物にそんなことを聞いてはいけない』

 

 衝動的にそんなことを口走りそうになるのを押さえる。ここで下手に口を挟めば、火に油を注ぐ結果にしかならない。

 

「レヴィアたんはいつだって魔法少女適齢期です☆」

 

 対するセラフォルーの対応は至って普通なものであり、直接言わずに冗談で誤魔化す。

 

「そんなのあるんだー」

「あるんだよ☆ レヴィアタンは永遠の魔法少女適齢期なんだから☆」

 

 特大の地雷を踏み抜いたかと思えば、意外とあっさりとした形で収束する。これはピクシーたちだからこそ許されるのか、あるいはセラフォルーの器の大きさによって許されたのかは判断できない。シンも試しに聞くような敢えて自分から危険に飛び込むような愚行をしなかった。

 

「ヒホ! オイラもレヴィアたんの真似したら王様になれるかホー!」

 

 

「ゴメンねー! 私は魔王だけど真の目標は魔法少女なの! だから私の真似をしても魔法少女にしかなれないよ、ジャックちゃん!」

「ヒホ! 王様よりも魔法少女の方が上なんだホ? じゃあオイラも魔法少女を目指せばいずれは王様になれるんだホ!」

 

 ジャックフロストの言葉を聞いてシンの脳裏にセラフォルーと同じ格好をしたジャックフロストの姿が描かれる。愛嬌のある顔のせいか意外と似合っていた。

 

「うーん。ジャックちゃんの魔法少女姿も可愛らしいけどピクシーちゃんの魔法少女姿も素敵だよね」

「アタシも?」

「そう! 二人の姿を見たときビビッと来たの! この二人の愛らしさは魔法少女になれる器だって! ――と言う訳でいきなりだけど私と一緒に『マジカル☆レヴィアたん』に出てみない!」

「何それ?」

「何だホー?」

 

 初めて聞く言葉にピクシーとジャックフロストは揃って首を傾げる。シンも話を黙って聞いていたが、何とも言えないその名に心中で困惑をしていた。

 

「今、冥界で絶賛放送中の私が主役の特撮番組! 天使、堕天使、ドラゴン、悪魔祓い、その他諸々、悪魔の敵を全部まとめて粉砕! 滅殺! するのがメインのお話しよ!」

 

 話を聞くだけでプロパガンダのニオイが漂ってくる物騒な内容の番組である。自分が主役なのは魔王としての特権なのか、もしくはこれすらも魔王としての仕事なのか判断に困るものがあった。

 

「君達なら私の相棒兼マスコット的存在になると思うの!」

「ふーん。どうしようかなー」

「ヒーホー……」

 

 雰囲気からして二人とも決して乗り気が無いわけではない。基本的に楽しいことや面白いことが好きな二人だが、二人にとって番組にでるということは未知なることなので、色々と即決しにくいのであろう。

 

「シン。どうする?」

「ヒホ。オイラたちは出てもいいんだホ?」

 

 話をシンへと振って来た。振られたシンも正直こういった場合、どうすれば正解なのか分かりかねる。ただセラフォルーがやたらと潤んだ目で、こちらに無言の圧力を掛けて来るのが気になってしょうがなかった。

 

「出たいならば出ればいいさ。決定権はお前たちにある」

「うん。分かった。レヴィアたーん、アタシたち出てもいいよー」

「ヒーホー」

「ホント! ピクシーちゃんもジャックちゃんもシン君もありがとー!」

 

 セラフォルーは溌剌とした笑みを浮かべながらシンの腕に自らの腕を絡める。肩に乗るピクシーには頬を寄せ、ジャックフロストは空いている方の腕で抱き締め全身で喜びを表現していた。

 

「準備が出来たら絶対に呼ぶね☆ 私たち『四人』なら子供たちのハートを絶対にキャッチ出来るよ!」

(……四人?)

 

 一人目はセラフォルー、二人目はピクシー、三人目がジャックフロストとするならば、残る四人目は――

 

(……もしかして俺も含まれているのか?)

 

 いずれ訪れるであろう末恐ろしい未来に、冷や汗を流しそうになるシンであった。

 余談ではあるが、このときセラフォルーと腕を絡めている姿を一般生徒に目撃されており、そのせいで『間薙は自分の彼女に魔法少女の格好をさせている』という碌でもない噂を囁かれることとなる。

 

 

 ◇

 

 翌日の放課後、シンは旧校舎のとある場所に呼び出されていた。いつもの様にジャックフロストとピクシーも一緒である。

 旧校舎一階。とある教室の前に部員一同が揃っていた。集まった部員たちの前にある教室には幾重にも立ち入り禁止と表記されたテープが張り巡らされ、おどろおどろしい文字も刻まれている。

 詳細な事情を知らされずに集まったシンたちであったが、リアスが言うにこの教室の中に、長いこと姿を見せなかったもう一人の『僧侶』が居るという。

 何故その『僧侶』がこの部屋に居るかというと、その『僧侶』には固有の能力が有り、リアスにはそれを制御できないということで、四大魔王を含む悪魔の中で上位の存在から隔離することとなったらしい。話だけを聞くと酷いものに聞こえるが、肝心の閉じ込められている『僧侶』自身が重度の引きこもりであるらしく、一応深夜などの限られた時間のみ封印の外に出られるが、それすらも拒み二十四時間、ずっと一室に閉じこもっているという。

 そんな引きこもりである『僧侶』をこの度のコカビエルの一戦でリアスの実力が再評価されたことにより扱い切れると判断し、外へと連れ出すこととなった。

 取り敢えずの説明を終えたリアスは教室の封印を朱乃に解かせ、二人で教室の中へと入って行く。

 そんな中、説明を聞き終えたピクシーとジャックフロストは何故か首を傾げており、その状態で木場と小猫に話し掛ける。

 

「ねーねー?」

「何だい?」

「この中に居るのって一人なの?」

「……そうですが?」

「そんなはずないホー」

「それってどういうことだい?」

「オイラたちが前にここに来たとき、扉の向こう側から二人分の声がしたホ!」

「何だって?」

 

「イヤァァァァァァァァァァァ!」

 

 耳が痛くなるほどの甲高い絶叫。少なくともそれはリアスと朱乃の声では無い。

 だが間も無くして――

 

『キャアアアアアア!』

 

 今度はリアスと朱乃の悲鳴が上がる。

 

「部長! 朱乃さん!」

 

 その悲鳴を聞いて真っ先に一誠が扉の中へと入っていく。その後を残りのメンバーも続く。

 部屋の中に入るとそこには薄暗い明かりも最低限しか点いていない。可愛さを重視した装飾が施され、ぬいぐるみが辺りに置かれているのは『僧侶』の趣味らしい。そして何故か置かれている洋式の棺桶。周囲から浮いており異様な存在感を放っていた。

 そして更に視線を動かすとリアスと朱乃が居り、床に座り込んで驚いた表情をしている。更にその近くには金髪で紅い眼をした『僧侶』と思われる少女の姿。

 陶磁器の様な白い肌に愛くるしい顔立ちをしているが、今はがたがたと震え上がりその眼に涙を浮かべて座り込んでいる。

 

「部長! 朱乃さん! そしてそこの子! 中で何が――」

 

 そう言い掛けたとき一誠の肩を誰かが軽く叩く。それに反応し振り返る一誠の目に飛び込んできたのは――

 

「ばあ」

「うおおおおおおおおおおおお!」

 

 眼前一杯に広がるカボチャで出来た顔であった。

 

 




色々な人物たちが初登場する回でした。
幕間で少しだけ出したキャラをようやく本格参戦させることが出来ます。最後にちょこっと出ただけですけど。

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