ハイスクールD³   作:K/K

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南瓜、面妖

「ヒ~ホホホ!」

 

 驚き仰け反る一誠の顔を見て、宙に浮かぶカボチャがケタケタと体を揺すって笑う。

 ハロウィンなどで見る機会のあるカボチャをくり抜いて出来た顔、その両眼は橙の炎の様な色で輝いており、それが瞳の様に見える。頭には頭頂部が尖った緑の帽子を被り、顔から下には藍色のローブを纏っている。だがひらひらと揺れるローブの下には暗闇が広がっており、体らしきものは見えない。唯一白い手袋を付けた左手だけがローブの袖から出されており、手には目と同じ輝きを放つカンテラが握り締められていた。

 

「だ、だめだよぉぉぉぉぉぉ! ランタン君! そんなことしてたら怒られるよぉぉぉぉ! ぶたれちゃうよぉぉぉ!」

 

 震えていた金髪の少女が、一誠を驚かしたカボチャをランタン君と呼びながら、自分の所に来るように激しく手招きをする。ランタン君と呼ばれたそれは、笑いの尾を残しながらそれに素直に応じ、ふよふよと金髪の少女の下へと寄って行った。

 

「なあ、そいつって――」

「ヒィィィィィィィィ! 違うんです! 普段は良い子なんですぅぅぅぅぅ! だけど誰かを驚かせるのが好きなんですぅぅぅぅ! ちょっとした出来心でやったことだから許してくださいぃぃぃぃぃ! いやだぁぁぁぁぁぁぁぁ! 殴らないでぇぇぇぇぇぇぇ! ゴメンなさぃぃぃぃぃ! ゴメンなさいぃぃぃぃ!」

 

 寄って来たカボチャを抱きしめながら、まるで自分がやったかのように激しく怯える少女。小柄な体からは想像出来ない声量と声の高さに、シンは耳の奥が痛くなってきそうな錯覚を覚えた。ピクシーとジャックフロストに至っては、顔を顰めて耳を押さえている。

 

「いや、殴らないから。俺は基本的に女の子には暴力は振るわないから」

 

 怯える少女を何とか宥めようとする一誠。だが一誠の言葉を聞いて、抱き締められていたカボチャはより声を大きくして笑う。

 

「ヒ~ホホホホ~。女の子? 女の子? この子が女の子? ヒ~ホホホ~、ヒ~ホホホ~、だからいつも言っているじゃないか~格好を変えないかって~」

「だ、だ、だって女の子の服の方が可愛いんだもん。こっちの方が『僕』に合ってるんだもん」

 

 二人の会話を聞き、ふと疑問が生じる。今もカボチャに笑われている彼女と初めて会ったシンたちは、その会話に引っ掛かるものを覚えた。

 

「『僕』? 女の子の服の方が可愛い? ……外国人の女の子ですよね?」

 

 代表し疑問を口にした一誠に、カボチャに驚かされたショックから立ち直ったリアスが立ち上がりながら、その首を縦ではなく横に振る。

 

「見た目は女の子に見えるけど、この子は紛れも無く正真正銘の男の子よ」

「え……?」

 

 予想外の言葉だったのか、一誠はリアスと、男の子と呼ばれた少女を交互に見る。事情を知らなかったアーシアとシンも思わず凝視し、その眼に対象の、男と呼ばれた彼女が縮み上がる。

 

「え? え? いやいやいやどう見ても女の子でしょう? 冗談ですよね? 俺のことをからかっているんでしょう?」

「残念ですが本当です。彼、女装趣味があるんです」

 

 トドメを刺す様な朱乃の一言。それを聞いた一誠が絶叫を上げる。

 

「詐欺だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「ヒィィィィィィィィィィィィ!」

 

 その魂の咆哮とも言うべき叫びに驚いて女装少年も悲鳴を上げる。狭い教室の中で二つの絶叫が協奏し、とんでもない音を生み出す。

 

「うるさいぞ」

「これが嘆かずにいられるか! 男なんだぞ! こんなに可愛い見た目しているのに勿体無いにも程があるだろうがぁぁぁぁ! 残酷だ! 無慈悲だ! 理不尽だ! これがあれか! 世間で言われている『こんな可愛い娘が女の子の訳ないだろ』という奴なのか!」

「何を言っているんだお前? ――気色悪いな」

「本気で返すんじゃねぇよ! 俺だって別に理解できねぇよ!」

 

 哀しみながら口走った言葉に思わず正直な感想を言うシンに、一誠は歯を剥いて怒りを見せる。

 

「畜生……いい感じの美少女なのに同じナニがついているのかよ……くそ、神は死んだっていうのか……ああ、そういや死んでたな……」

「……悲しむのは結構ですが、それ以上暴走するとギャーくんも暴走するので控えて下さい」

 

 短時間の間に見事な喜怒哀楽を見せる一誠に、小猫は呆れた目を向けながら釘を刺す。小猫の言った通り、女装少年は涙目で一誠を見ていた。

 

「つーか女装趣味って何だ! 普段見せる相手がいないのに一体誰に見せる為の女装なんだ! 自分か! それともそのお化けカボチャか!」

「ボクも正直この趣味は理解できてないんだよね~。ヒ~ホ~」

「だ、だ、だ、だって可愛い服があったらき、き、き、着てみたいし。可愛いぬいぐるみとかがあったらだ、だ、だ、抱き締めたくなるもん」

 

 一誠が問い、カボチャも無理解であることを示す。それに対し声を震わせながら精一杯の反論をするが、それが一誠の感情に火を注いだ。

 

「なるもん、じゃねぇよ! 女装趣味どころか乙女趣味まであるのかよ! ああ、ああああ、あああああ! 何か不覚にも可愛いと思ってしまった数秒前に記憶を消してしまいたい! 男なのに、野郎なのに! 男にときめくような趣味なんてないのに!」

「……切っ掛けはいつも唐突」

「目覚めないからね! 別にそっちの趣味に走らないからね! 小猫ちゃん!」

 

 ぼそりと洩らした小猫の台詞に心底恐怖を覚えたのか鳥肌を立てながら否定をする。

 

「と、と、と、ところでこの人達は誰なんですか?」

 

 初めて顔を見せるシンたちから目を逸らすようにして、女装少年はリアスへと尋ねる。初対面の相手を直視することにすら怯えているらしい。

 

「貴方がここにいる間に増えた『眷属』よ。『兵士』の兵藤一誠、『騎士』のゼノヴィア、そして貴方と同じ『僧侶』のアーシア」

「も、も、も、もう一人いますが?」

「彼は私の協力者で眷属ではないわ。少し特殊な力を持っているけど人間よ。間薙シンというの」

 

 紹介されてシンは軽く頭を下げるが、何故か女装少年は絶叫する。

 

「ヒィィィィィィ! か、か、か、顔が怖いです!」

 

 別に凄んでいるという訳では無くいつも通りの無表情であるが、その通常通りの表情さえ女装少年にとっては恐怖の対象であるらしい。恐怖に慄きながらも同時に喧嘩を相手に売るという器用なことをする。

 

「悪気は無いのですよ?」

「分かっていますから」

 

 朱乃がフォローの言葉を掛けるが、この場に於いては逆効果にしかならない。

 

「……ふっ」

 

 見えない所で誰かが吹き出す声がしたのでそちらの方を見てみたが、誰が犯人であるかは分からなかった。何故なら全員顔を背けている。明らかに笑いを堪えている様子であった。ピクシー、ジャックフロストに至っては腹を抱えて床を転がりながら笑っている。

 

「――それで貴方が抱き締めている子は誰なのかしら? ここにはずっと貴方一人だと思っていたのだけれど?」

 

 一応、強引に話を進めて今流れている空気を換えようとするリアス。その気遣いを察し、落ち度は全くないが、シンは何とも言えない気分となる。

 

「こ、こ、こ、この子はジャックランタン君です……」

 

 拾った子猫か子犬を母親に見つかった様に、一言一言を怖る怖るといった具合に語りながら、自分の胸の前にいるカボチャを紹介する。

 

「ジャックランタン……そう、やっぱり」

 

 その言葉を聞いた途端、リアスや朱乃が神妙な顔をしながら納得する。

 シンもハロウィンの飾りなどで良く見るカボチャをくり抜いたランタンとして名前を知っているし、その伝承なども多少知っていた。

 火の精、旅人の道案内をする霊、天国にも地獄にも行けなくなった彷徨える亡霊などの伝承を持つ、簡単に言えば幽霊といった存在である。

 

「そうだホ~。ボクがジャックランタンだヒ~ホ~。お姉さんたちの反応も中々良かったよ。そっちのお兄さんには負けるけど~」

 

 身体を揺すって先程の反応を思い出しながら笑うジャックランタン。何処か子供っぽいその仕草は、笑い転げているシンの仲魔と似たような印象を受ける。

 

「どうしてその子と一緒に居るんですか?」

「そ、そ、そ、その最初は別に居る気は無かったんですけど――」

 

 どもりながらも事情を説明し出す女装少年。彼の話だとある日から毎晩、決まった時間に扉を叩かれるということがあったという。最初はそのことに恐怖し悲鳴を上げながらも頑なに扉を開けることが無かった。しかしそれでも扉が叩かれることは止まらず、それが何か月も続いた。

 ところがある晩、いつものように決まった時間に扉が叩かれると思っていたが、時間が過ぎても扉が叩かれることが無く、ほんの少しだけ気になった彼は、扉を僅かに開け外の確認をした。そのときは周囲に誰も居らず、結局そのまま閉じてしまったが振り返ったときに――

 

『ばあ』

『ヒィィィィィィィィぃィィィィィィ!』

 

 その僅かな隙間から侵入したのか、ジャックランタンが既に中に入っていたという。中に入ってきたジャックランタンに最初は怯え、外が怖いので外に逃げることが出来ず、部屋の中のあらゆる場所に逃げ隠れしていたらしい。

 そんなジャックランタンとの追い駆けっこの日々が何日も続き、流石に疲労困憊となって動けなくなったとき、彼は初めてそこでジャックランタンの顔を良く見てこう思ったと言う。

 

『可愛い……』

 

 元より可愛いものが好きだったこともあり、その日以降追い駆けっこは終わりジャックランタンとの奇妙な同居生活が始まり、現在へと至ったらしい。

 

「ふらふら~と迷ったときにたまたまここを見つけてね~、こっちが驚くぐらいビックリしてくれるからついつい面白くなってね~」

 

 当時のことを思い出しながらジャックランタンは笑う。その度に目の奥の光や手に持ったカンテラの光が揺れる。表情が決まっているジャックランタンの代わりに感情を現しているようであった。

 

「新しいお友達も出来たことだし、この子と一緒に外に出ましょう? もう封印されることも無いのよ」

「嫌ですぅぅぅぅぅ! お外怖い! 僕に外の世界は無理ですぅぅぅぅぅぅぅぅ! 僕が出たらあっちこっちに迷惑を掛けるだけなんだぁぁぁぁぁぁぁ! それだったら僕はここでランタン君と一緒にここにいるんだぁぁぁぁぁ!」

「ヒ~ホ~。ボクは別に引きこもりじゃないんだけどね~」

 

 優しく外に出ることを促すリアスを強く拒絶し、そんな彼の様子を胸の中にいるジャックランタンがやや呆れる。

 

「いいじゃん外に出たってさー」

「そうだホー! この前誘っても出なかったんだから今度こそ一緒に遊ぶんだホー!」

 

 シンたちの背後からピクシーとジャックフロストが姿を現す。後方に居た為にこのときジャックランタンたちは初めてピクシーたちの存在を認識した。

 

「あれ~、その声ってこの前扉を叩いていた人たち~? ヒ~ホ~、あのときは開けなかったけど同じ様なものだとは思っていなかったよ~」

「ヒーホー! オイラのヒーホーを取っちゃダメホー! それはオイラたちジャックフロストのヒーホーだホー!」

「別にいいじゃないかヒ~ホ~。減るもんじゃないし~。気に入ったからずっと使わせてもらうヒ~ホ~」

「駄目だホ! 減らないかもしれないけどオイラのだホ!」

「ヒ~ホ~ヒ~ホ~ヒヒホ~」

「駄目ホ! 勝手に使っちゃ駄目ホ!」

 

 口癖に対し妙なこだわりを見せるジャックフロストと、それを面白がってしきりにそれを使うジャックランタン。そんな二人の諍いを余所にピクシーは女装男子の方へと近付く。

 

「こんにちはー」

「こ、こ、こ、こんにちは!」

 

 どもりながらも挨拶は返す。初対面ではあるが、心なしか一誠たちを見たときよりも拒否感は弱かった。

 

「ねぇねぇ。この前アタシたちが来た時には何で開けてくれなかったの?」

「そ、そ、そ、それは、僕外や外の人が怖いから……」

「えー、じゃあ今見てアタシたちは怖い?」

「え、えー、えっと……」

 

 しどろもどろと言った感じで言葉を選ぼうとしているのかそのまま黙ってしまう。その様子を見ていた一誠が煮え切らない姿に業を煮やしたのか一誠が近寄り、やや強引に腕を掴む。

 

「ほら、部長たちも外に出ろって――」

「ヒィィィィィィ!」

 

 このとき最大級の絶叫を上げる。その瞬間、シンの眼の前が真っ白に染まり気付いたときには――

 

「ばあ」

「……」

 

 何故か眼前一杯にジャックランタンの顔が映り込んでいた。シンは無言のままジャックランタンの顔を両手で挟み、離す。

 

「ヒ~ホ~? ぜんぜん反応しないね~。それだけ無反応な人は初めてだよ~」

 

 全く反応を見せないシンにジャックランタンは珍しいといった感じの声を掛ける。シンはいきなり前に現れたジャックランタンのことを疑問に思いつつ、目の前が真っ白となった原因と考える存在に目を向ける。すると、女装少年の腕を掴んでいた筈の一誠の手の中にはその姿が無く、一誠も突如居なくなったことに目を丸くしていた。アーシアとゼノヴィアも何が起こったのか分からず首を傾げている。

 一誠から視線を離し部屋を少し見渡すと、目当ての人物が部屋の隅で、何処から調達してきたのか段ボールを頭に被って震えている姿を発見する。

 その姿を見てリアスたちが溜息を吐く。態度から見て、見慣れた光景であるらしい。

 

「うう……またやっちゃった……ごめんなさい! ごめんなさい!」

 

 後悔しているかのように泣きながら叫ぶ女装少年。先程の不可解な出来事は間違いなくこの少年が原因である様子であった。

 

「これがこの子の『神器』の能力なんです。興奮状態が一定にまで達すると、視界に映るもの全ての時間を一時的に停止させることができるんです」

 

 朱乃の説明に事情を知らない一同は、思わず泣いている少年の方に目を向ける。言っていることが本当ならば『神滅器』を除けば上位に入りそうな能力を秘めた『神器』である。

 

「この能力が制御出来ない為に大王バアル家、大公アガレス家、そして四大魔王であるサーゼクス様から他に被害が及ばない様にここに封じていたのです」

「ほ~んと何でもかんでも止めちゃうからね~。僕も最初のときは何度も停められちゃったよ~。ま、面白い経験だったけどね~。ヒ~ホッホ~」

 

 朱乃の言葉に、封じられていた理由について納得する。正直、ここまで簡単に暴発するならば、なるべく人前には出さない方がいいと考えるのが普通である。

 シンはジャックランタンを掴んでいた手を離す。するとフワフワとジャックランタンは半べそ状態の彼の下に近寄り、そのままされるがままに抱き締められる。

 

「そう言えばこの子のことをきちんと紹介していなかったわね」

 

 リアスが涙目の少年の頭を慰める様に撫でながら言う。

 

「この子はギャスパー・ヴラディ。私の眷属『僧侶』。一応、この学園の一年に在籍しているわ。――そして転生前は人と吸血鬼のハーフ、ダンピールでありデイウォーカーよ」

 

 『混血〈ダンピール〉』という言葉に再び女装少年ことギャスパーへと視線が集まる。ギャスパーはその視線に怯え、再びびくりと肩を震わせるのであった。

 

 

 ◇

 

 

「ほら走れ。その程度の速さならば蛞蝓の方がもっと速いぞ」

「ヒィィィィィィィ! やめてぇぇぇぇぇぇ! こないでぇぇぇぇぇぇぇ!」

「ヒ~ホ~。ギャスパー走れ走れ~」

「ランタンくぅぅぅぅん! 見てないで助けてぇぇぇぇぇぇ!」

 

 旧校舎前で絶叫を上げながら走るギャスパー。その横ではジャックランタンが並走しながら囃し立て、背後ではデュランダルを掲げたゼノヴィアが追い駆ける。

 

「もうやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「あっ」

 

 ギャスパーが絶叫を上げるほんの少し前に、ジャックランタンがギャスパーの視界から離れる様に移動し、ゼノヴィアが一人取り残される。するとギャスパーの視界に収まっていたゼノヴィアはデュランダルを掲げた状態で固まってしまう。

 

「うわあああああああああん!」

 

 ギャスパーは泣きながら隅に逃げ込むと、そこに置いてあった段ボール箱の中に素早く入り込み、閉じこもってしまった。

 

「また~?」

「生まれつきの箱入り息子ということで許して下さいぃぃぃぃ! ランタン君! 僕が外界で生きていくなんて無理なんだぁぁぁぁ!」

「燃やすよ~?」

「熱いのらめえぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

 ジャックランタンが手に持ったカンテラを近付けると、ギャスパーは段ボールの中でがたがたと震え出す。

 最早何度目かになる光景を見て一誠、シンは思わず溜息を吐く。

 現在の状況になったのは、ギャスパーを何とか教室の外に出した後のことが発端であった。

 ギャスパーの紹介が終えた後、ギャスパーの詳細についての説明がリアスの口から話された。

 『停止世界の邪眼〈フォービトゥン・バロール・ビュー〉』。それがギャスパーの中に宿る『神器』の名前である。

 視界に映った対象の時間を停止させるという非常に強力な『神器』であり、未だ完全に制御出来ない状態でも数秒間相手を無防備にさせることが出来る優れた能力である。

 またギャスパー自身もかなり優秀な能力を持っており、吸血鬼と人間のハーフということもあり日の光の下でもまともに行動出来るデイウォーカーであり、吸血鬼としては死活問題である血も十日に一度で済むという低燃費具合――ただし本人の感性は人間寄りで在る為、血を飲むということ自体に抵抗感がある――聖水、十字架は悪魔に転生している為に苦手であるが、ニンニクに関しては純血に比べれば多少抵抗力がある。

 人間と吸血鬼の良い部分を受け継いでいるギャスパー、それどころか宿っている『神器』との相性と本人の潜在能力が奇跡的な具合に噛み合っており、これといったことをしなくても『神器』の能力を高め続けているらしく、将来『禁手』へと至る可能性が極めて高いとまで言われている。

 純粋な才能ならば朱乃に次ぐという程までに優秀な人材ならば、本来『悪魔の駒』一つで納まることが出来ない。実際、一誠も『神滅具』に覚醒する前の段階で『悪魔の駒』を八個も消費している。

 それを可能とするのが『悪魔の駒』の中でも上位悪魔しか手に入れることが出来ない『悪魔の駒』を作る過程で出来たイレギュラー『変異の駒〈ミューテーション・ピース〉』を使用しているからであるらしい。その駒を使えば複数必要な相手でも一個で転生させることが出来るという。

 その話を聞いたとき、思わずシンは一誠の方を見ていた。基本的なスペックは最低値に等しいが、将来的な能力を考えれば『悪魔の駒』八個で果たして足りるのか、もしかしたら消費した駒の中に『変異の駒』が混じっていたのではないか、という思いからであった。尤も、この考え自体あくまで推測でしかなく、その場で聞くことなくシンの胸の中に納まったままであったが。

 大体の説明を終えたリアスは一誠たちにギャスパーの教育を任せ、三勢力会議の打ち合わせの為に朱乃を連れていってしまう。このとき木場も連れ出されていく。要件としては、コカビエル戦に見せた『禁手』である聖魔剣についてサーゼクスが興味を持ち、詳しく知りたいという理由であった。

 そして残されたメンバーでギャスパーの外界への恐怖及び対人恐怖症、そして神器の制御をする為の特訓を行うということとなったが、いざ特訓となると具体的に何をするか迷ってしまっていた。

 その際ギャスパーの訓練相手として真っ先に名を上げたのがゼノヴィアであり、いざ特訓が始まると冒頭のようなことが繰り返されたという。

 

「むっ」

 

 ギャスパーの神器の効果が切れたゼノヴィアは周囲を見回し消えたギャスパーの姿を探す。そして隅に置いてある段ボール箱を発見するとすぐにその側へと移動した。

 

「またかギャスパー」

「ヒィィィィィィィィ! もう勘弁してくださいぃぃぃぃぃぃぃ! せ、せ、せ、聖剣デュランダルが僕に当たったら消滅しちゃいますぅぅぅぅぅぅぅぅ! 筋金入りのインドア派の僕にはハードルが高すぎますぅぅぅぅぅぅぅ!」

「情けない声を上げるな。ヴァンパイアならば少しはヴァンパイアらしく振舞ったらどうだ? 基本的に奴らはプライドの塊みたいな連中だぞ?」

「僕は謙虚なハーフヴァンパイアなんですぅぅぅぅぅぅぅ!」

 

 淡々と言うゼノヴィアに対し過剰な反応を示すギャスパー。出会ってそれ程の時間は経過していないが、すっかり苦手意識を持ってしまっていた。

 

「ひ弱なことを言う。健全な精神は健全な肉体からという言葉を知らないのか?」

「有名な言葉ですけどそれは原典の誤訳ですぅぅぅぅぅぅぅ」

「四の五の言うな」

「ヒィィィィィィィ!」

 

 一体、短時間でどれほど繰り返されているであろうやりとり。するとギャスパーの隠れている段ボール箱に小猫が無言で近付いていく。

 

「……ギャーくん、ニンニクを食べればきっと今より強くなれる」

 

 そう言って段ボールを突き破って中へ手に持っていたニンニクを突っ込んだ。

 

「ヒィィィィィィィィ! ガーリック! いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 小猫ちゃんのいじわるぅぅぅぅぅぅぅ!」

 

 苦手なニンニクを無理矢理段ボール箱に入れられたギャスパーが中から飛び出してくると、その首根っこをゼノヴィアが素早く掴む。

 

「さあ、再開だ」

「誰か助けてぇぇぇぇぇぇぇ! 強くなる前に滅ぼされちゃうぅぅぅぅぅぅ!」

 

 洒落にならない程に怯えるギャスパーの姿を見て、流石にこれ以上この特訓をし続けることは無理だと感じたシンが軽く溜息を吐いた後、ゼノヴィアたちの方に歩み寄る。

 

「少しいいか?」

「どうした? 間薙も加わるのか?」

「やめてぇぇぇぇぇぇぇ! 二人がかりだなんて死んじゃうぅぅぅぅぅぅ!」

「違う。少し特訓の方法を変えないか?」

 

 シンの提案にゼノヴィアは少し不服そうな表情をした。

 

「私のやり方では駄目か?」

「お前のやり方自体否定はしない。ただ段階として早過ぎるかもしれないと感じただけだ。ハードルを少し下げてもいいんじゃないか?」

「むぅ。吸血鬼相手ならばこれぐらいで十分だと思ったのだが……」

「半分は人間なんだ。大目に見てくれ」

 

 ゼノヴィアは少し考えると掴んでいるギャスパーに話しかける。

 

「やり方を変えた方がいいか?」

「で、で、で、できればもうちょっと優しい方法で……」

「――了解した」

 

 ゼノヴィアは掴んでいた手を離す。

 

「それでハードルを下げるのはいいが、一体どういった方法で訓練をするんだ?」

「とりあえず、こいつたちの力を借りようと思う」

 

 そう言ってシンが見た方向にはピクシーとジャックフロスト、そしてギャスパーの泣きっぷりを笑っているジャックランタンの姿があった。

 

 

 ◇

 

 

「うーす」

 

 ギャスパーの新たな特訓が始まって暫くしてから匙が現れる。土いじりでもするのかジャージに軍手、そして園芸用のスコップを所持しての登場である。

 

「お、匙か」

「何か用事でもあるのか?」

「よー、間薙に兵藤。噂の『僧侶』の封印が解かれたっていうからちょっと様子見にな。野次馬だよ野次馬。で、その『僧侶』は何処に居るんだ?」

「あそこだ」

 

 一誠が指差した先にはギャスパー、ピクシー、ジャックフロストジャックランタンがいたのだが――

 

「えい」

「ヒィ、バチってきた!」

「ヒホー」

「ヒィ、ヒヤっときた!」

「ヒ~ホ~」

「ヒィ、ムワってきた!」

 

 小走りで走るギャスパーの背後を三人が追い駆けているのだが、ピクシーは静電気程度の電撃を放ち、ジャックフロストはエアコン並の冷気を吐き、ジャックランタンはドライヤーぐらいの熱風をカンテラから放ちながら追う。それを受けながらぐるぐると走り回るギャスパーの顔も聖剣デュランダルに追い掛けられるのと比べれば天と地ほどの差がある。走っていることで疲労は見られるものの泣き顔では無かった。

 

「おー、リアス先輩のもう一人の『僧侶』って女の子だったのか、しかも金髪の。で、何をやっているんだ? 遊んでるのか?」

「まず二つ間違っていることがある。残念だがあの金髪の女の子に見えるのは、金髪の男の子だ」

「一応、あれは遊びじゃなくて特訓なんだがな……」

 

 一誠とシンの言葉を聞いた匙は目を瞬かせながらギャスパーの方を見る。

 

「どう見ても女の子にしか見えんし、どう見ても遊んでいるようにしか見えないんだが?」

『それは仕方ない』

 

 一誠、シンが口を揃えて同意する。尤も一誠は女の子にしか見えないという部分への賛同であり、シンの方は遊びにしか見えないという部分へのという意味での同意である。

 

「趣味が女装で引きこもりなんだ。まあ、初見じゃ分からないよな」

「うわ、嘘だろマジか……詐欺だろ色々と。つーか引きこもって女装して何か意味あんのかよ。普通は他人に見せるもんじゃないのか?」

「あいつは自己完結するタイプの女装趣味らしい」

「そっちかよ。上級者だな……にしても勿体無い。はぁ……」

 

 可愛いと思った異性が実は同性であったという事実に匙の気分が一気に落ち込んだのか、手に持っているスコップが力無く揺れる。

 

「んで特訓とか言ってたけどあれの何処が特訓なんだ?」

「体力作りの為に走らせているんだがな……ピクシーたちの攻撃もあれでギリギリなんだ。あれ以上強くすると泣き始めて、力も暴発する」

「繊細過ぎるだろ……」

「さっきまではあれで追い駆け回していたんだがな」

 

 シンが顎で指した方角にはデュランダルを肩に担いだゼノヴィアが走っているギャスパー達を見ている。

 

「おいおいおい、ゼノヴィア嬢と伝説の聖剣の組み合わせかよ。俺でも泣くぞ」

「流石に埒が明かなくなってきたから交代してもらったが……正直、失敗したような気もする」

 

 ハードルが予想以上に下がってしまったことにシンは軽く頭を悩ませた。シンもそれ以外のメンバーも自分を鍛えるということに関しては努力を積めるが、自分以外を鍛えるということに関しては殆ど初心者である。唯一この場で小猫がそれなりの経験があるが、割とゼノヴィア寄りのスパルタで在る為にギャスパーを鍛えるには不向きであった。

 

「何かふわふわしたカボチャのお化けみたいのもいるがあれも新入りか? お前の仲魔なのか、間薙」

「違う。あのカボチャはギャスパーの――友人みたいなものだ。名前はジャックランタンだ」

「へー、そうなのか。てっきりああいった感じの奴をお前が集めているのかと思ってた」

「それも違う。偶然だ偶然」

 

 匙に変な印象を持たれていたことを知り、シンはそれをやや言葉を強くして否定した。

 

「うむ」

 

 そのとき、ギャスパーたちを静かに見ていたゼノヴィアが一人何かに納得したかのように頷くので、特訓中のギャスパーたち以外の視線がゼノヴィアに集中する。

 

「すまないが少し外れる」

「何かあったんですか?」

「ああ、彼が怯えずにきちんと特訓を受けさせる方法を考えていたのだが、彼らの姿を見て閃いた」

 

 自信に満ちた態度で出現していたデュランダルを仕舞うと旧校舎の方に向けて歩き始める。

 

「準備をしてくる。その間の特訓は頼んだ」

「……それはいいですが……大丈夫ですか?」

「任せろ。私に良い考えがある」

 

 そう言い切りゼノヴィアは旧校舎の中に姿を消していく。

 残されたメンバーは誰も口を開くことは無かったが、共通して一つの言葉が頭に浮かび上がる。

 

『不安』

 

 十数分後。ギャスパーたちが騒ぎながら旧校舎近くを数周したときソレは突如として現れた。

 

「待たせたな……ひーほー」

 

 間の抜けた語尾を付けるゼノヴィアの台詞に一同不審に思いながら声の方角へと目を向け、ほぼ同時に絶句する。

 

「初めて作ったせいか思ったよりも時間が掛かってしまった……ひーほー」

 

 そんなことを言うゼノヴィアは恐らくやや顔に疲労の色を浮かべているであろう。何故『恐らく』という推測の言葉が付くのか、理由は現在シンたちにゼノヴィアの顔が見えていないからである。

 どうして見えないのか。それは現在ゼノヴィアの顔には恐ろしい程に不細工な面がつけられているせいであった。

 顔の輪郭が隠れる程の歪な楕円形を下地にして、クレヨンを使用し配色をしているが、左右非対称の黒い点のようなものが眼の部分であり、歪んだ三日月がたぶん口の部分らしい。まるで絶望の底で嘆く様なその顔は、見る者全てに凄まじい不安感を与える。青と白の配色と、長さも太さもバラバラだが二又に分かれた帽子だと考えられる部分から、何とかそれがジャックフロストを模した面であることが、本当に辛うじて分かった。

 そんな不気味過ぎる面を装着した状態で片手に背丈ほどある大剣デュランダルを握っているせいで、その姿はさながらB級スプラッター映画に出て来るシリアルキラーであった。まず子供が見れば十中八九泣き出し、大人が見れば悪夢としてうなされそうである。

 

「何だあれ……なあ、何だあれ……?」

「――分からん」

 

 とんでもないゼノヴィアの姿に匙が小声でシンに問い掛けて来るが、シンも明確な答えなど分かる筈もなく一言で返す。

 するとゼノヴィアがシンたちの方を向く。その拍子に絶句していたアーシアが肩がビクリと跳ね上がる。

 そしてそのままこちらに向かってきた。

 

「どうだ?」

「……何がだ?」

「これについてだ」

 

 ゼノヴィアが面を指差す。

 シンは即答出来ず黙ってしまう。それほどまでに意味不明な行動であった。

 

「彼らの特訓を見ていたとき、ふと閃いたんだ。私もピクシーたちのように邪気の無い可愛らしさというものを見せれば少しは力の暴発を妨げることが出来ると。しかし、私自身あまり女としての可愛さに自信が無いし未だに勉強中の身だ。そこであの三人の姿を借りようと思い作ったのが、これだ……ひーほー」

 

 語尾にジャックフロストの口癖を付けるのはゼノヴィアなりの物真似であるらしいが、熟練度が低すぎるせいで口癖が取って付けてあるようであった。

 一応、横目で本人がどういった反応をしているかこっそりと見ると、目を丸くしてポカンとしている。隣に居るピクシーも同じ反応であり、表情の分からないジャックランタンは目を丸くする代わりにカンテラの灯りが激しく揺れ、双眸に灯る火が点ぐらいの小ささになっている。ギャスパーに至っては腰を抜かして地面に座り込み、がたがたと震え上がっている始末であった。

 

「中々の出来だろう?」

 

 何故か自画自賛するゼノヴィアに『鏡を見て来い』と言いたくなる衝動に駆られるが、それを何とか呑み込んだ。形や結果はどうであれ、少し前までは異教徒や無神論者を気遣うことをしなかったゼノヴィアが、本来ならば敵対関係にある吸血鬼のギャスパーのことを考え、そして行動していることを無闇に否定できない。

 

「――努力は認める」

 

 オブラートに包んだ言い方を選んでお茶を濁す。

 

「アーシアはどう思う?」

「えっ! あの、その、え、え、えっと、あ、あの、あの……」

 

 いきなり話題を振られたアーシアは、見ている方が気の毒になるほど分かりやすく動揺し、目は激しく泳ぎ、言葉もしどろもどろになる。人の良いアーシアがここまで動揺してしまう程、返答に困る代物である。

 

「す、すす、凄い! ――と思います!」

 

 ようやく出てきた言葉は曖昧な言葉であったが、ある意味で的確な評価であった。

 

「そこまで言ってくれるか……」

 

 それを褒め言葉と解釈したゼノヴィアの言葉に若干喜色が混じる。

 

「アーシア」

「は、はい!」

「よければこれを君にあげよう」

「は、はい! ……えっ!」

 

 ゼノヴィアは面を取ると微笑を浮かべながらジャックフロストらしき面をアーシアへと差し出した。最近仲を深め始めたアーシアに対する友情の証として渡そうとしているのだろうが、アーシア本人は戸惑った表情をしている。

 

「で、でも、折角ゼノヴィアさんが作ったものは私が――」

「安心してくれ」

 

 ゼノヴィアは背中に手を回す。

 

「まだある。……ひ~ほ~」

 

 そして取り出したのは新たな面。色の配色からしてジャックランタンを模した面であった。色で判断したのは先程のジャックフロストもどきの面と非常に似た作りであり、違いを挙げるとすれば色くらいしかなかったからである。

 再び不気味な面を付けたゼノヴィア。こうなるとアーシアもその性格から断る訳にはいかなくなり渡された面を受け取る。

 

「遠慮せずに付けてくれ」

「は、はい……」

 

 最早覚悟を決めたのか、ゼノヴィアが勧めるがままアーシアもゼノヴィア手製の面を装着する。

 並ぶ二つの面。場の空気が一層混沌と化す。

 

「何だこれ……なあ、何だこれ……?」

「――本当に分からん」

 

 場合によっては笑える光景なのかもしれないが笑えない。既に笑いを通り越して恐怖の一歩手前まで来ている光景がこの場に広がっていた。

 

「ア、 アーシア……」

 

 瞬時に変り果てた姿になってしまったアーシアを見て一誠は、声を震わせながらも視線を外すことが出来なかった。それ故にゼノヴィアは一誠の顔を見て勘違いを起こす。

 

「どうした? そんなにアーシアを見つめ続けて?」

「どうしたって……いや、こんなものを見せられて無視できないだろう……普通」

「欲しくなったのか?」

「……え?」

 

 何を言っているのか理解出来なかったのか一誠の反応が一瞬遅れる。

 

「遠慮はするな受け取れ」

 

 取り出したのは配色から恐らくピクシーを模した面であった。それを迷う事無く一誠へと差し出す。

 

「いやいやいやいや! こんなす――」

「こんなす? 何だ?」

 

 一度は拒否しようとした一誠であったが小首を傾げ、自らの作製物に一片の疑念を持たない表情をするゼノヴィアを見て一誠は言葉をそこで止めた。

 変わろうとしている相手の心を傷付けることに躊躇を覚えた故の行動であった。

 

「こ、こんな……こんな……す、す、す」

「す、す、す?」

「す、す、す、素晴らしいものをありがとう!」

「喜んでくれて何よりだ」

 

 気持ちとは裏腹な言葉を言ってしまい自分から逃げ道を塞ぐ一誠の姿を見て、シンも小猫も何とも言えない表情でピクシーの面を付ける一誠を見ていた。

 

「……残酷な優しさ」

「……まあ、あえて不正解を選ぶ選択もあるということだ」

 

 匙に至っては居た堪れない表情で一誠を見ている。

 

「分かる。凄まじく分かるぞ兵藤。そう言っちまう心境が痛い程分かる」

 

 経験があるのか共感を覚え、即席の不審人物となった一誠に哀悼の意を向ける。

 

「――さて、では私も訓練に参加するとしよう……ひ~ほ~」

 

 自作の面を手渡し終えたゼノヴィアの台詞に、腰を抜かしていたギャスパーの全身が震える。

 ぐるりと首を動かし、ギャスパーに視界を定めるとゼノヴィアは一歩一歩踏み出し始めた。

 

「あわ……あわわわ……!」

 

 迫ってくるゼノヴィアを見て絶叫すら挙げることも出来ないギャスパー。その間にも淡々と近寄り続ける。

 

「ほう? 先程みたいに叫びながら逃げないのか。どうやらこの面の効果が少し出始めたみたいだな」

 

 恐怖が飽和状態にあるギャスパーの様子を見て盛大な勘違いをするゼノヴィア。

 

「ひ、ひぃ……ひぃぃぃぃぃ」

 

 腰を抜かした状態で腕や足を何とか使い距離を開けようとするが、その速度は余りに遅い。ゼノヴィアの歩む速さを下回っている。

 

「どうした? 逃げないということは少しは私に挑む覚悟が出来たのか?」

 

 勘違いを継続させるゼノヴィア。ギャスパーも恐怖が臨界点近くまで達しているのか最早声すら出せない。

 通常ならばこの時点で神器の能力が暴発しているのだが、こういうときに限って上手く作動しない。

 見ている周囲も、ゼノヴィアがギャスパーを滅ぼすことはないと思っているものの、見てくれのせいで本当に殺るのではないかと錯覚し、いつでも飛び出す準備をする。

 

「へぇ。眷属さん方はここで――」

「た、助けてくださいぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

「お遊戯を――はっ?」

 

 不意に現れた声。その乱入者の声に張り詰めていた恐怖が割れたのか、藁をも縋る気持ちでギャスパーはなりふり構わず乱入してきた人物の足にしがみ付く。

 

「おい、いきなりどうした。落ち着――」

 

 そのときになりその人物はこの場の異様な状況を把握する。大剣を担ぎ歪な面を被る少女、それを見守っている複数の存在。中には似た面を付けた人物が二人も居る。

 

「……何してたんだ、お前ら?」

 

 至極真っ当な反応を見せながら、堕天使総督アザゼルが締まらない登場を果たすのであった。

 

 




今年最後の投稿となります。
来年もよろしくお願いします。

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