ハイスクールD³   作:K/K

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談笑、虐殺

「……」

 

 オカルト研究部部室内でシンは、ソファに座りながら天井を見上げていた。その顔色は優れず、いつもの無機質な表情にも傍から見て分かるほど。

 特訓という名の地獄の撮影会が終了して翌日の放課後。ほぼ一日が経過しているものの、シンは自身の体に未だ鉛を巻きつけられているような疲労感を覚えていた。

 今思い出すだけでも酷い内容である。着飾ったミルたんを一目見た瞬間に神器が暴発し手当たり次第周囲のものを停めるギャスパー、それに巻き込まれない様に回避して逃げるギャスパーを追うシン、最初の内はギャスパーの神器に停められていたミルたんも、後半になると視線を向けられた瞬間に視界外に逃れて、ギャスパーの背後に回り込むという神業のようなものを披露していた。

 そんな滅茶苦茶を一晩中行いもすれば、大抵の疲れはすぐに取れるシンも肉体的、精神的疲労が合わさってすぐには疲れが抜けない。今日一日、今の様に無気力に近い状態であった。

 特訓に付き合っていたシンですらこんなに疲労を感じているなら、特訓を受けたギャスパーの方はどうなったかというと。

 段ボール箱に入れられて戻って来たギャスパーは少しの間気絶をしていたが、やがて目を覚ますと『ヒィィィィィィィィィィィィ! にょにょにょこわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!』という絶叫を上げて、そこら中に『停止世界の魔眼』の力をばらまいた挙句、封印されていた教室の中へと戻り、引き籠りを継続させていた。

 結局の所、シンの徒労に終わってしまった。

 そんなシンの疲労など露知らずと言った様子で、ソファの前に置かれたテーブルの上で、ピクシーたちが今回の報酬で貰った山盛りの菓子をせっせと食べている。

 

「うん。あまーい」

「ヒホ! ヒホ! 貰いホ!」

「あ~、ならこれを貰うよ。ヒ~ホ~」

 

 その小さな体のどこに入るのかと疑問を抱かせるほどの勢いで、山盛りの菓子はその高さを段々と低くしていく。

 

「お疲れ様です」

「……ありがとうございます」

 

 シンを労うように朱乃がお茶を差し出す。見上げるのを止め、それを手に取り、礼を言ってから口にする。舌先に感じる苦みと、喉を通って胃に流れ込んでくる適温の茶が、脳に程よい刺激を与えてくる。

 

「中々上手くことは運ばないもんだね」

 

 向かい側に座る木場が思い通りにいかない現状に苦笑を浮かべる。先日の落ち込みはすっかり回復した様子であった。

 

「……ギャーくんはへたれヴァンパイアですから」

 

 ギャスパーを容赦なく評する小猫であったが、その眉間には若干皺が寄っている。無表情で分かりにくいが、感情を多少表に見せることから小猫なりにギャスパーのことを思っているらしい。

 

「しかしどうする? また閉じこもっていたら碌に特訓など出来ない。――デュランダルを使って引き摺り出すか?」

「……それは最後の最後の手段にしておけ」

「大丈夫だ。引き摺り出す時はあの面を装着してから引き摺りだす。効果の方は既に実証済みだからな」

「……ただの追い討ち」

「面ってなんのことですか?」

「ふむ。そう言えば朱乃はまだ知らなかったな。実はあれ以来少し凝り始めてだな――」

「知らなくていいと思いますよ。姫島先輩」

「面……くっ! あ、あのときの記憶が……!」

「木場、切り替えろ切り替えろ」

 

 混沌と化してしまいそうになる場を宥めていると、ギャスパーの説得に行ったリアスとアーシアが部室へと戻ってくる。

 

「あら? イッセーくんはどうしたんですか?」

 

 二人と一緒に一誠も同じく説得に行っていたが、二人だけが戻って来たことに朱乃が問う。

 

「イッセーならまだギャスパーの部屋の前で説得をしているわ。私はお兄様との打ち合わせの為に先に戻らせてもらったの。……本当だったらあの子と一緒にギャスパーの説得をしたかったけど、先輩としてせっかく出来た男子の後輩と話し合いたいと言っていたから……」

 

 シンは部室に掛けてある時計を見る。上の空であまり気にしていなかったが、リアスたちが説得に行って既に一時間以上経過していた。

 

「私もイッセーさんのお邪魔になると思って戻ってきました」

 

 アーシアは軽く微笑んでそう言うが、明らかに表情に陰がある。本音を言うならば思いを寄せている一誠の力になりたい。同じ『僧侶』であるギャスパーの力になりたいと考えているのであろうが、一誠やギャスパーの意志を尊重して敢えて身を引いた行動をしていた。

 

「――なら、僕らも同じ先輩として後輩ときちんと向き合わないとね」

「今俺が行ったら逆効果だと思うが?」

「だからこそきちんと話し合わなきゃね。お互いをきちんと知らなきゃこのままずっと歩み寄れないよ?」

「……確かにな」

 

 木場がソファから立ち上がりシンの方を見る。シンもまたそれに応じる様にして立ち上がった。

 

「あらあら、何だか青春ですね」

「ふふふ。本当ね。でも少し妬けるわ」

 

 二人の様子を頼もしそうに、そして少し羨ましそうに眺めるリアスと朱乃。異性でしか踏み込めない領域もあれば、同性でしか踏み込めない領域もある。今回のギャスパーについては後者の方であると悟る。

 

「ならオイラもいくホー!」

 

 菓子を食べるのを止め、ジャックフロストがテーブルから降りる。

 

「ふーん。じゃあアタシも行こうかなー」

「駄目だホ!」

 

 ピクシーの提案をジャックフロストが拒否する。それが珍しい態度だったのでピクシーは小首を傾げ、何で、とジャックフロストへ質問した。

 

「ふっふっふ。ここから先は男の世界だホー! 女子供が簡単には入れないホー! もしも入ってきたら――」

 

 そこで一旦溜め。

 

「火傷するホー……」

「……何それー」

 

 腕を組み、振り返りながら声を低くしてそんな台詞を放つ。

 如何にもテレビか映画の影響を受けた様な酔った台詞を吐くジャックフロストを、ピクシーは半眼にして呆れた表情で見ていた。

 

「格好つけているところ悪いけど~、顔にお菓子の食べカスつけていたら様にならないよ~」

 

 ジャックランタンの指摘通り、ジャックフロストの口の周りには菓子を食べた後がいくつも付いている。言われたジャックフロストは慌ててそれを拭い取った。

 

「ヒ、ヒホー! 折角男らしく決めたのに変なこと言うんじゃないホー!」

「当然のことを言ったまでだよ~。君は詰めが甘いね~。ヒ~ホホ~」

 

 怒るジャックフロストに笑うジャックランタン。最近よく見るようになってきた光景である。このまま喧嘩に発展するよりも先にシンがジャックフロストの首根っこを掴み上げた。

 

「行くならとっとと行くぞ」

「ヒ、ヒホー!」

 

 いきなり掴み上げられて驚くジャックフロストを無視してシンは部室から出て行く。その後を苦笑を浮かべた木場が続き、更にその後をケタケタ笑うジャックランタンが追って行く。

 

「行っちゃったねー」

「そうですね」

 

 残された面々は丁度女性ばかり。そのとき現状を見ていたゼノヴィアが口を開く。

 

「ちょうどいい。実は私にはしてみたいことがあるのだが……」

「あら? 何かしら?」

「折角、女性しかいないので一つガールズトークというものをしてみないか?」

 

 思わぬ提案に一同目を丸くする。

 

「それは一体どうしてでしょうか?」

「ふむ。はっきり言って私には女性らしさというものが足りない。いや無いと言っても過言では無い」

「……間違ってはいません」

「そこで私よりも女性らしい女性と色々と会話をすることで、少しでも女らしさというものを身に付けたいんだ」

 

 真摯な態度で言うので他のメンバーも笑うに笑えない。唯一アーシアだけは何故かゼノヴィアの言葉に感銘を受けた様子であった。

 

「ゼノヴィアさん、流石です! 実は私も女性らしさというものがどういったものなのか良く理解していないんです。他に学ぶことがたくさんあって後回しにしていましたけど私もゼノヴィアさんのように積極的に自分から学ばないといけませんね」

「私から見ればアーシアは十分女性らしいと思うのだが?」

「いえ、私なんて未熟です。もっともっと学ばないといけません」

「そうか……ならこの機会に共に女性らしさを身に付けよう」

「はい!」

「ああ……共に研鑽する仲間を得たことに……アーメン」

「アーメン」

 

 意気投合し、感極まって神への祈りを共に捧げ、同時に頭を押さえて痛がる二人に、リアスたちは微笑ましさと呆れを半々に混ぜた表情を浮かべていた。

 

「うふふ。ならここはゼノヴィアの希望通り女同士で語り明かすとしましょう」

「私、お茶を淹れてきますね」

「はいはーい! アタシの分もお願ーい!」

「分かっていますよ。砂糖はたっぷりでいいですね?」

「分かってるねー」

 

 女子たちが部室で会話の華を咲かせている一方で、シンたちはギャスパーの居る教室の前に到着していた。扉の前に一誠が居るとリアスは言っていたが姿は無い。よく見ると閉じてあるはずの扉が少し開いた状態であった。

 扉に近付くと中から会話する声が漏れて来た。一誠とギャスパーの声である。シンたちは漏れてくる声に耳を傾ける。

 

「この俺の右手を見てくれ……実はな俺はこの手で部長の胸を揉んだことがあるんだ。しかも服越しじゃなくて直にだぞ?」

 

 中から一誠のどうしようもない自慢が聞こえてきた。そんな自慢を聞いたギャスパーは――

 

「ほ、本当ですか……! そ、そんな、まさか自分の主の、それも上級悪魔のむ、胸を揉むなんて……! イッセー先輩は凄いです!」

 

 驚嘆した声を上げ、何故か尊敬する様な含みを持って一誠の名を呼んでいた。確かに通常の悪魔の基準で考えるならば、ギャスパーの言った様にとんでもないことを一誠はしたのかもしれない。その上リアスは現魔王の身内という立場も含まれている、ここまで来ると凄いを通り越して命知らずな行為をしているかもしれない。ただ、シンの感性からするととんでもないとは思うが、あまり尊敬出来るようなことでは無かった。

 

「大分、馴染んでいるようだね」

 

 会話の内容は置いておいて、木場は愉しげに会話する二人の姿を嬉しそうに見ていた。

 

「ヒ~ホホホ~。ギャスパーは色々純粋だね~。まあ、面白い話だとは思うけどね~」

 

 宙に浮いているジャックランタンも二人のやりとりを見て、普段とは少し違った笑い声を出す。何処となく声の響きの中に安堵と喜色が感じられた。

 

「ここで立ち聞きするのも何だし、そろそろ行こうか?」

 

 言うと同時に木場は扉の中に覗き込む様な形で入る。

 

「やあ。イッセーくんもギャスパーくんも見ない間にかなり打ち解けた様子だね」

「ん? 木場もこっちに来たのか?」

「僕一人だけじゃないけどね」

 

 木場はまだ教室の外にいるシンの方を見る。それを切っ掛けにしてシンは、半開きであった扉を開いて教室の中へと入った。

 

「あ、間薙もジャック兄弟も来たのか」

「兄弟言うなホー!」

 

 変な括り方をされたことにジャックフロストが抗議するが、シンに吊るされている状態なので、短い手足をばたつかせているだけになってしまう。

 

「いいじゃねぇか。同じ『ジャック』が付くんだし」

「だからと言って一括りにするんじゃないホー!」

 

 一誠とジャックフロストが再びぎゃあぎゃあ言い争いを始めるが、シンはそれに構わずにギャスパーの方に目を向ける。すると段ボール箱の中で縮こまって顔半分を出していたギャスパーと目が合う。

 目が合ったギャスパーは目と口を丸くして、そのまま段ボール箱の中に完全に姿を隠してしまうが、十数秒後、こちらを確認するようにゆっくりとした動きで、顔の上半分を段ボール箱から覗かせるのであった。

 

「ギャスパ~。またいつもの場所かい~?」

 

 ジャックランタンはそう言いながらギャスパーの頭の上に座る。体重が無いのか頭の上に座られたギャスパーは重いといった反応を見せなかった。

 

「女の人の胸の話で盛り上がっているなんてね~。そんな格好をしていても男の子なんだね~。ヒ~ホ~、変な話だけどちょっと見直したよ~」

「ち、ちがうんだよ! ランタンくん! ぼ、僕、イッセー先輩の話を聞いていると少しだけ勇気が湧いて前向きな気持ちになれるんだ! だ、だって先輩、『神滅具』なんている凄い神器を持っているのに物凄く卑猥なことに使っているんだよ! 僕なんかじゃ真似できない勇気と煩悩の持ち主なんだ!」

「だとさ。馬鹿にされているな」

「違う! ギャスパーなりの不器用な褒め言葉だ!」

 

 シンが言葉を付け加えながら話を振ると、即座にそれを一誠が否定する。言っていることだけを鵜呑みにすれば馬鹿にしているように思えるが、話しているギャスパー自身至って真面目且つ敬意に満ちた表情をしていることから一応、一誠の方が正解である。シンもそれは分かっていて、からかうつもりでやったことだが。

 

「――まあ、丁度ここに間薙や木場が集まったことだし聞いて欲しいことがある」

 

 いきなり真剣な表情へと変わる一誠を見て、反射的にシンと木場の顔付きも固くなる。

 

「何だい?」

「重要なことか?」

「ああ。男の俺達にしか出来ないことだ。新たに考え出した連携、もしこれが出来たのならば恐らく完全無欠だ」

 

 言い切る一誠の自信に知らず知らずの内に傾ける耳に意識が集中されていく。

 

「男ということはギャスパーも含まれているんだな?」

「ああ。俺の考えた連携の要はギャスパーだ。そしてその要に木場と間薙を置くことでより完璧なものへと仕上がる」

 

 一誠の自信に満ちた様子に不本意ながらもシンは興味をそそられる。

 

「その肝心の連携と言うのは何だ」

「まず俺が『赤龍帝の籠手』で力を溜める」

「ああ」

「そして、それをギャスパーに譲渡する」

「成程。それで次はどうするんだい?」

「力が高められたギャスパーの能力で周囲の時を停める」

「じゅ、重要な役目ですね!」

「そしてその時が停まった間に俺が女子を触り放題する」

「――邪魔したな」

 

 シンはそのまま躊躇う事無く教室の外に向けて歩き始めた。

 

「おい! ちょっと待て!」

「今この瞬間から俺とお前は顔見知り以下の関係だ。気安く話しかけないでくれ」

「お前、本当にこの手の話に関しては俺に辛辣だな!」

「人生でここまで時間の無駄だと思ったのは初めてだ」

 

 去ろうとするシンを一誠が引き止めるが、心底冷めた眼差しでシンは一誠を厳しい言葉を叩きつける。

 一方で木場はその卑しい内容に軽く絶句し、ギャスパーの方は一誠が本気で言っているのか冗談で言っていたのかはっきりと分からず困惑していた。

 

「ヒーホホホホホ! 真面目な顔をしていてもイッセーはイッセーだったホー!」

「ヒ~ホホホホホ~。真顔で言うようなことじゃないね~。あれだけ馬鹿なことを本気で言える人、初めて見たよ~」

 

 一誠の話がツボに入ったのか、普段衝突している二人もこのときばかりは似たような声を出して爆笑していた。

 

「あははは……本当にイッセーくんはぶれないね。でもその案を本当に実行するとしたら僕と間薙君は別に役に立たないんじゃないかな?」

「木場、この話に触れる価値なんてないぞ」

「いや、二人には重要な役目がある。間薙はいつもの悪魔の力、そして木場は禁手化による聖魔剣で俺の護衛を――」

「聞くだけ無駄だったな」

 

 時間という概念に申し訳なさすら覚え、最後まで聞かず再びシンは教室から去ろうとする。

 

「だからちょっと待てって! いいじゃんかよー! 少しぐらい夢見たって! 木場はこれでもかって位モテるのは当然だとして、お前だってその気になれば女に困ることなさそうな可能性を持ってるじゃねぇか!」

「イッセー君。僕はイッセー君や間薙君たちの為なら何でもする覚悟は出来ているけど……一度、真剣に自分の力と向き合った方が良くないかな? 単純に暴力にその力を使わないのは良いけど、それ以外だとエッチなことにしか使わないなんて……ドライグが気の毒じゃないかな?」

「……別に赤龍帝らしく振る舞えとは言わないが、最低限相棒の面子ぐらい守ってやれ」

『くぅ……何故か目頭が熱くなってくる。相棒、お前の友人は良い奴らだな』

 

 一誠の脳内に涙混じりの声が響く。

 

「何だよ、ドライグ! 俺が部長の乳を吸うという夢に快く賛同してくれたお前は何処に行っちゃったんだよ!」

「え……そうなのかい?」

「結局は似たもの同士か……」

「ド、ドラゴンでもそういった面があるんですね」

『相棒ぉぉ! 誤解を招くことを言うな!』

「いや、止めん!俺にはモテる要素が無いんだぞ! 可能性は間薙たちに比べたら遥かに低いんだぞ! 俺は誓う! このドラゴンの力は必ずエロいことに使うと!」

 

 目を血走らせて主張する一誠に木場は困った様に笑い、シンはその必死さと自分の周囲について把握していない鈍感さに呆れ、馬鹿げた作戦を聞かされるのに時間を割かれたことがどうでもよくなってきた。

 それによりシンの方から折れる形となり、一応教室から出て行くのを止める。

 

「第三者があれこれ口を挟むのも無粋だし、ここはイッセー君が気付くまで黙っていた方がいいよね? それに知ったら知ったでそちらの方にハマりそうだし」

「逃げ場が無い程状況が出来ていなければ手を出さないと思うがな、俺は。口や態度に比べて手が早いどころか鈍いぞ、あいつは。まあ、お前の言った通りここで俺達があれこれ言うのは無粋だな」

 

 変わらない一誠の鈍さについて一誠の耳に届かない程の小声で話すシンと木場。木場は一誠が自分の置かれている状況を理解すれば堕落していくと危惧しているが、シンの方は仮に知ったとしてもすぐに手を出さず、寧ろ臆病な反応を示すと評した。

 

「何だよ。人の顔見てひそひそ話して」

「大したことじゃないさ」

 

 爽やかに答える木場に、一誠は少し怪訝な表情をしたが追及はしなかった。

 

「まあいいや。さっきの話じゃないが男だけで集まったことだし肚を割って話そうじゃねぇか。――『第一回女子のこんなところがたまらなく好きだ選手権!』開始!」

 

 唐突に言ってきた一誠に他の一同の反応は様々であった。苦笑を浮かべる者、呆れる者、笑う者。ただそれを拒む者は居らず皆がその場に残り、参加するという意思を見せている。

 

「という訳で発案者の俺からだな! 俺は女子のおっぱいと脚を見るね!」

 

 身も蓋もない台詞。しかし一誠という存在を現すものとしてはこれ以上無い程のものであった。

 

「あ、あの……」

 

 恐る恐るといった動きでギャスパーが手を挙げる。

 

「おっ! 何だ次はギャスパーが言うのか? 意外に積極的だな」

「い、いえ! そ、そういった訳じゃなくて……」

 

 口籠るギャスパーに対し、頭の上に乗っているジャックランタンがカンテラで軽く頭を小突く。

 

「黙らない黙らな~い」

「わ、分かってるよ。ランタンくん! そ、その僕、このままの状態で参加してもいいでしょうか……?」

「そのままの状態って……」

 

 皆の視線がギャスパーが入っている段ボール箱に集中する。

 

「ほ、本当ならここからでて話すのが礼儀だというのは分かっているんです。……で、でもこうしていると普段よりは落ち着いて話すことが出来るので……」

 

 相手の様子を窺うように話すギャスパー。つい数日前は人と話す度に絶叫や悲鳴を上げていたりして逃げていたが、ギャスパーの言う通り、そのときと比べて段ボール箱の中に入っているときの方が、喋り方が少しだけ落ち着いている。

 

「そんな堅苦しい話をする訳じゃないし、お前が落ち着ける格好で話せばいいさ。別に構わないよな?」

 

 一誠の同意にシンと木場は肯定の意を示す。

 

「ありがとうございます。あー、やっぱり段ボールの中が一番落ち着きますよぉ。段ボールの中こそ僕のオアシスです」

「随分狭いオアシスだね~」

 

 段ボールの中で頬を緩ませリラックスするギャスパーに、ジャックランタンは呆れた声を出す。しかし何か思いついたのか、突如ジャックランタンの双眼の光が輝きを増した。

 

「そうだそうだ~。キミにとっておきのものがあるんだよギャスパー~」

 

 どこからともなく出したソレをギャスパーへと被せる。

 

「そ、それは!」

 

 驚愕する一誠。彼の前にはついこの間見たゼノヴィア手製の面を被るギャスパーの姿があった。

 

「新しいのを作ったからって貰ったんだよね~。使い道が思いつかなかったけど、こういうのならありかもね~。ヒ~ホ~」

 

「え? え? どうしました?」

 

 自分の姿を認識できていないギャスパーはおろおろとした様子で一誠たちの方を見る。恐らくはジャックランタンを模して作られた不気味な面、その空いた目の部分からギャスパーの赤い瞳が見え、不気味さにより拍車を掛けている。

 

「……でも何でしょうかこの感覚……思ったよりも付け心地が良いですねぇ……これって僕に似合っていますか?」

 

 前はゼノヴィアの面を見て腰を抜かしていたギャスパーであったが、自分が付ける側になると意外にも好意的な反応を示す。

 

「似合うか似合わないと言えば……似合う、と思う……」

「ほ、本当ですか? じゃあこれを付けていれば僕も吸血鬼として少しは一人前に近付くでしょうか?」

「ああ、うん……」

 

 一誠の答えは歯切れが悪い。恐怖の対象としての格は上がったかもしれないが、吸血鬼としてはやや遠ざかった存在になったとは素直に言うことが出来なかった。

 出だしから妙な空気で始まった話し合いであるが、夜が深まるにつれて。同性同士ということもあり、普段隠しているような面が露わになってくる。

 

「――というのが好きなんだが」

「……お前は一度生まれ変わった方が良い」

「そこまで否定するなよ!」

「イッセー君、ちょっとそれは……」

「引くなよ!」

「ほ、本当に対象はお、女の人だけにと、留まるんですか?」

「怯えるなよ!」

 

 想像の斜め上を行く発言に引いてしまうときもあれば――

 

「……ないな」

「――え? それで終わり?」

「終わりだが」

「いやいやいや。おかしいだろ、それ!」

「ないものはないからしょうがない」

「いや、待てって男としてそれは変だろ!」

「お前には負ける」

「言ってくれるなこの野郎ぉ!」

 

 互いの考えの違いで言い争い。

 

「――だと僕は思うんだ」

「……」

「何で無言なんだい?」

「木場先輩って意外と――ですね……」

「ごめん、ちょっと聞き取れなかった箇所があるんだけど」

「木場、お前って結構スケベだな」

「えっ!」

 

 そんな他愛も無い会話をしながら夜は更けていき、気付けば間も無く日が昇る時間にまでなっていた。

 話し疲れたのかギャスパーは段ボール箱の中で丸まった状態で寝ており、その上に重なるようにしてジャックランタンも寝ている。また少し離れた場所ではジャックフロストも大の字になって寝ており、細やかな寝息を立てていた。

 残ったシン、一誠、木場は起こさない様に出来るだけ声量を抑えながら喋る。

 

「……少しは気分転換にはなったか?」

「こっちはこの間のこともあったし俺を見て逃げずにちゃんと話を聞いていた分、大分落ち着いてきたとは思うがな……」

「でも……」

「分かってるよ。お前らだって気付いてたろ? あいつの手、段ボールの端っこをずっと掴んで震えてた。話しながらもずーっとビクビクしてたんだよなぁ……いつ発動するか分からない神器に」

「……お前の血を飲ませるって話はしたのか?」

「したよ。だけどあいつ怖いって言ったよ、生きている者の血を吸うのが。自分の力がこれ以上高まるのがって。血を吸うのに抵抗を覚えるのは分かるけどな」

 

 生まれてから今に至るまで吸血鬼として在り続けていたのならば、そのような抵抗感は覚えなかったかもしれない。だがギャスパーは幼い頃に吸血鬼たちの中から弾き出された身、備えるべき吸血鬼の価値観を身に付けぬまま成長してきたのである。吸血鬼の血が流れているというだけで、吸血鬼としての考え方を受け入れられる筈も無かった。

 

「まあ、気長に待とうぜ気長に。神器を使いこなす可能性が全く無いわけじゃないんだ。これからも俺達がサポートしとけばその内使いこなせるって」

 

 楽観視と言える一誠の言葉であったが、シンも木場もそれを否定しなかった。結局の所、使いこなせるかはギャスパー本人の積み重ねと気持ち次第である。外野が後ろ向きな言葉や態度で接しそれを閉ざす訳にはいかない為、一誠の態度自体間違いとは言えない。

 

『甘い見通しとも言えるがな、相棒』

 

 しかしここで、一誠の考えに疑問を投じるドライグの声。

 

「何だよ。不満か、ドライグ?」

『あの吸血鬼が神器を使いこなせない最大の原因はあの性格だ。神器を操る上で強い想いというものが必要だがあいつの場合、想いを昂らせている訳では無く負の感情を爆発させることで神器を動かしている。ああいった風に心に染みついた動かし方を変えるには一朝一夕じゃあ無理だ。環境によってああいった性格になったのならば同じぐらいの年月をかけて性格を矯正しなければならないかもしれないぞ?』

「だからそれまで付き合うって――」

『相棒よりも先に吸血鬼の小僧の方が折れたらどうするつもりだ?』

 

 冷徹なドライグの声が教室の中でやけに響く。

 

『相棒がちょっとやそっとじゃ折れないのは知っている。だがあの小僧はどうだ? 現に相棒たちが呼びかけるまで怖がってこの部屋に閉じこもっていた奴だ。そんな脆そうな奴がこの先折れずに生きていけるのか?』

「それは……」

 

 折れないとは断言できず、一誠は口籠らせる。

 

「そのときはそのときだ」

 

 一誠の代わりにシンが自らの意見を言う。

 

『そのときはそのとき、お前も甘いことを言うな』

「確定していない未来についてあれこれ考えるだけ無駄だ。未来のことなんて見通せる訳じゃないからな。せいぜい可能性の一つとして頭の隅にでも留めておけばいい」

 

 顔付きはいつもの様に無表情ではあるが、喋る言葉には僅かに感情による熱が込められている。

 

「確かにいつかは心が折れるかもしれない。だがそれは今じゃない。今のあいつが折れていない限り手助けはするさ」

『随分と肩入れするな。理由は何だ?』

「そんなに大層なものじゃない。たぶんとそっちの相棒と似たようなものだ」

 

 シンの視線が一誠に向けられると、今度は一誠がシンの言葉を継いで話す。

 

「あー、本当に大したことじゃないんだけどなぁ。折角出来た男子の後輩だし、出来れば一緒に笑ったり馬鹿やったりしてみたいんだよなぁ」

 

 少しだけ恥ずかしそうに言う一誠。欲望、煩悩に満ちた言葉は平気な顔をしている一誠が照れているということは、あまり人に話すことのない本音の部分であることが見て取れた。

 

「というわけだ。だったら相棒がやることを最後まで見届けたらどうだ?」

『言われるまでも無い。ふっ、相棒らしい台詞が聞けて安心した』

 

 ドライグは小さく笑うとそのまま沈黙する。一誠はそんなドライグの様子に首を傾げながら左腕を見る。

 

「何でわざわざあんなこと言ってきたんだ? ドライグの奴」

「さあな……」

 

 ほんの僅かの間、シンの眼はギャスパーたちが眠る段ボール箱へと向けられるがすぐにそこから目を離した。

 

「まあいいや。つーわけで話題を戻そう。結局、間薙って女子のどんなところが好きなんだ?」

「またそれか」

 

 談笑し始める三人。その中で声を抑えたジャックランタンが密かに囁く。

 

「だってさ。ギャスパ~」

 

 返事は返っては来なかった。その代りジャックランタンだけが聞こえる程小さく押し殺した嗚咽が聞こえてくる。

 泣き声を聞いたジャックランタンはそれが収まるまでギャスパーの頭を赤子をあやす様に撫でるのであった。

 

 

 

 

 数日後。早朝からギャスパーの練習を行うということもあり、シンはまだオカルト研究部部員しか来ていない学園へと足を運んでいた。いつも連れているピクシーとジャックフロストは『眠い』という理由から早朝特訓にはついてきてはおらず、適当な時間に喚び出すことだけを告げて自宅へと置いてきた。

 取り敢えず荷物を先に置いておこうと考え、部室まで行き扉を開ける。中に居るのはリアス一人。他の部員の姿は無い。

 

「おはよう。シン」

「――おはようございます」

 

 挨拶が一瞬であるが遅れてしまう。何故なら、明らかに不機嫌そうな表情をしているリアスが気になってしまっていたからである。休日前はいつも通りであったが、休日が明けた途端、体全体から負のオーラが漂う程に気が立っていた。

 

「イッセーたちならもう行ったわよ」

「……そうですか」

 

 空気が重い部室の中でシンは荷物を一旦置く。リアスは一言二言言った後、口を開けようとはしない。

 そのまま部室を出ようとしたとき、閉じていたリアスの口が開く。

 

「ねぇ」

「はい?」

「呼び方の違いって……どう思うかしら?」

 

 唐突な質問にシンの眉間に軽く皺が寄る。リアスがこうも不機嫌になっている原因として脳裏に思い浮かんだのは一誠であった。

 質問の内容である呼び方。これに一誠が他の異性を何と呼んでいるか当て嵌める。アーシアは呼び捨て、ゼノヴィアも呼び捨て、小猫はちゃん付け、朱乃はさん付け、そしてリアスは名前では無く部内の役職である部長と呼んでいる。

 

「――いきなり変なことを聞いてごめんなさい。忘れ――」

「呼び方と好意が必ずしも一致する訳じゃないと思いますよ。あいつにとっては」

 

 自分の言ったことを取り消そうとするリアスの言葉にシンの言葉が重なる。それを聞いたリアスは不機嫌な表情では無くなり目を丸くする。伝わらないと考えていた質問の答えが返ってきたことへの驚きの現れであった。

 少しの間シンの顔を見た後、リアスは溜息を吐く。

 

「貴方の察しの良さが十分の一でもいいからイッセーにあったらね……」

 

 一誠の鈍感さを嘆くリアス。仮に一誠が相手の気持ちに機敏に反応出来る様な人物であったのならば、さぞかしオカルト研究部内は混沌とした空気が漂っていただろうとシンは思った。想像するだけで関わるのを避けたくなる。

 

「何かあったんですか?」

「昨日のことよ……」

 

 普段のリアスだったなら見せないだろう、頬杖を突いた格好で喋る。精神の余裕の無さがだらしない姿として形になっている。

 

「イッセーが朱乃に呼ばれてね……」

 

 リアスの話を聞くに昨日の休日、一誠は朱乃に呼ばれて、朱乃の住む家である神社へと足を運んだという。その神社はリアスが朱乃の家として確保した物であるらしく、悪魔でも入れるように特別な措置を施しているらしい。

 そこで一誠は天使の長であるミカエルと会談し、今後の三大勢力での会議が円滑に進む様に贈り物として、キリスト教の歴史の中で龍殺しとして有名な、聖人ゲオルギウスが所持していたという聖剣『アスカロン』を受け取ったという。

 

「……赤龍帝に『アスカロン〈龍殺しの剣〉』ですか? 嫌がらせか何かですか?」

「穿った見方はしないで。ちゃんと悪魔と堕天使側も承認しているし、何より悪魔でも聖剣を扱える様に三勢力の術式を使って調整しているのよ?」

「一個人にそこまでするんですか?」

「一応、堕天使側にも贈り物を送ったらしいわ。それに悪魔側も天使側に祐斗の造った聖魔剣を何本か送っているから」

「ああ、成程」

 

 この間、木場がサーゼクスに呼ばれた理由についての詳細が分かり納得する。

 

(にしても……日本の神社で悪魔と天使が会談して、悪魔と天使と堕天使が儀礼を施した聖剣を悪魔に送る、か……)

 

 言葉にすると自分でも何を言っているのかよく分からなくなる。

 

(欲を言えば一目見てみたかったな)

 

 宗教観で争う人々がさぞ滑稽に見える光景であっただろう。

 

「そこで何か気に障ることがあったんですか?」

「そこでは何も無かったわ……問題はその後よ」

「その後?」

「私が会談を終えたイッセーを迎えに行ったら、あろうことか朱乃がイッセーに膝枕を……!」

「それは……さぞかしだらしない顔をしていたでしょうね」

「その通りよ!」

 

 容易に想像出来る光景。一誠に好意を持つリアスからしてみれば、堪ったものではないのであろう。

 元々、朱乃が一誠に対してそれなりに好感を持っていることは知っている。代償として変化してしまった左腕の治癒にも協力していたのを実際にシンも見ていた。リアスと幼い頃から共に暮らしていることも知っているが、育った環境が似ていると好意を持つ男性の趣味も似通って来るのであろうか。

 

(しかしこの人もかなり嫉妬深いな……)

 

 不機嫌なリアスを見てのシンの感想。別に嫉妬すること自体悪いとは微塵も思わないし嫉妬するリアスに対し幻滅もしない。感情として間違ったものではないと考えているからである。

 

「悔しいのでしたら、それ以上のことでもしたらどうですか?」

「それ以上のことって……」

 

 言われたリアスの顔が一気に赤面する。深い意味を込めて言った訳では無いが、よからぬ想像をさせてしまった様子であった。

 

「……駄目よ。やっぱりこういったものにはきちんとした段階が必要よ」

「――別に変な意味で言った訳じゃないのですが」

 

 乙女らしい部分を出すリアスにシンはやや呆れ気味な声を出す。一誠から聞いているにかなり大胆な行動を繰り返しているらしいが、それでもおいそれとは踏み込めない領域というものがリアスの中にあるらしい。

 

「……でも普段の朱乃だったらここまで意識しなかったかもしれないわね。一目見ただけで分かったわ。――ああ、朱乃も本気になったんだって……」

「本気、ですか」

「家に戻った後、イッセーに聞いたわ。あの子、朱乃の……」

 

 そこまで言い掛けてリアスは一瞬顔を顰めた。それは思わず口を滑らせてしまったという顔であった。

 

「御免なさい。さっきの言葉は忘れて――」

「そこから先は私が言いますわ、部長」

 

 声と共に部室の扉を開けて中に朱乃が入ってくる。

 

「おはようございます。間薙君」

「おはようございます」

 

 先程聞いた話からリアスと朱乃の間に火花でも散るかと予想していたシンであったが、思いの外二人の間に流れる空気は静かなものであった。

 

「朱乃、あなた……」

「ふふふ。他の皆もイッセーくんも知っているのに彼だけ仲間外れにするのは申し訳ないですからね」

 

 真剣な表情をするリアスと軽く微笑む朱乃。微笑む朱乃からはどこかすっきりした印象を受ける。

 

「間薙君。貴方にも私のこれを見て貰えますか?」

 

 そう言って朱乃は背中から翼を出現させる。しかし出てきた翼は片方が悪魔の翼。そしてもう片方は、黒い羽根で覆われた堕天使が持つ翼であった。

 朱乃は言う。自分は堕天使の幹部であるバラキエルと人間との間に生まれた混血であると。

 コカビエルと戦った際にバラキエルの名が出てきたことから、薄々とそのような気がしていた。本人がそれを強く否定していた為に聞くことは無かったが、朱乃の話から一誠との会話である程度吹っ切れたという。

 堕天使との混血であり、悪魔に転生したことで今の様な二つの翼を得たと話すが、リアスたちが悪魔であると初めて知ったときには、朱乃は悪魔の翼を両翼持っていた。朱乃の話を聞くに悪魔、堕天使の翼を自由に出現させることが出来るらしい。

 

「こんな私の姿を見て、間薙君はどう思われます?」

 

 朱乃の質問。如何に返答すべきか、シンの頭が高速で回転し始める。第一にシン自体は堕天使に対し、強い嫌悪感を持っている訳では無い。確かに何度か命の奪い合いをしたことはあるが、それを理由に存在を拒絶するという考えはなかった。

 第二として混血という存在に偏見も持っていない。元の考え方とこちらの世界に入り込んでから少しの期間しか経過してないせいもあり、人とそれ以外の存在との間に生まれた者を見ても、これといって思うことがない。せいぜい珍しいと思う程度のものであった。

 これらの二つの考え方を混ぜ合わせ、シンの口から出てきた言葉は――

 

「はぁ」

 

――という聞く側にとってはあまりに関心が無さそうに聞こえる一言であった。

 それから一誠たちが特訓を終えて戻ってくるまでの間、シンはリアスと朱乃から『勇気を出して女性が告白したことに対しその態度はあんまりではないのか』という旨の説教をされるのであった。

 

 

 

 

「お前も災難だなー」

 

 教室へと向かう途中、口では慰めつつもにやけた表情をする一誠に、シンは殴りたくなる衝動に駆られるも、ただでさえ格好がつかない場面を見られ、その上で更に八つ当たりという格好が悪いことを重ねることが出来ず、その衝動を腹の奥底に仕舞う。

 

「――それで、貰った聖剣の具合はいいのか?」

「ん? ああ別に何ともないぞ」

 

 これ以上先程のことを話すのも不愉快なので、自分から話題を変える。

 

「最初は変な感じもしたけど調整やドライグのおかげで体調も万全だ」

 

 シンの前で左手を開閉し、無事であることをアピールする。

 

「会議を成功させる為とは言え、随分と希少な物を贈られたな」

「うーん。それもあるけどちょっと厄介なことが起きているらしいぞ」

「厄介なこと」

「ミカエルさんが少しだけ言ってたんだけど、本来だったらこの贈り物は会議の時に贈られるものだったそうだけど、予定を早めて昨日になったらしい」

「予定を早めた?」

『ミカエルが言うに護衛として連れて来た天使たちが何人も行方不明になっている。それも天使側だけじゃない、会議の護衛として現地入りした堕天使側、悪魔側からも行方不明者が出ている。昨日のことは自分たちがそれらの件に関して関与していないとする為のものだ』

 

 三勢力から行方不明者。それだけで不穏な気配を感じてしまう。

 会議に対し不満を持って抜けたのか、あるいはこの会議に不満を持つ別の勢力が関与しているのか。

 

『聖書だけが神話じゃない。他の勢力にとっては今回の話は面白くもないものだ。聖書の神が消えたことで暗黙の了解であった他勢力の不戦も消えてしまったからな』

「正直、三勢力でも一杯一杯なのに更に別勢力ってなるとな……」

『今はそこまで気にする必要は無い。――ただ会議の時はある程度覚悟を決めておけよ、相棒』

 

 

 

 

 空に月が輝くある晩。人気の無い場所であることが行われていた。

 地面に倒れ伏す複数の人の姿。それだけでも異常な光景であるが、その人たちは誰もが背中から白い翼を生やしている。

 一目見て人ではない存在。彼らは天使であった。

 連日起きる同胞の謎の失踪。それの原因を探す為に人の目が少ない時間に行動していたが、それが最大の仇となってしまう。

 倒れ伏した数人の天使たちは、自分の身に何が起きたのかも分からない内に絶命した。倒れた天使たちの心臓には、血の様に赤く輝く魔力で形成された槍、あるいは銛が突き刺さられていた。

 

「挨拶にはやや刺激が強すぎたかな?」

 

 生き残った三人の天使に、この凶行を行った犯人が暗闇から話し掛ける。闇の中に隠れるその姿は天使たちには見えない。それどころか最初に多数の同胞を葬った姿すらも見ることが出来なかった。

 

「貴様――」

 

 そこまで言い掛けたとき、左右に立っていた天使たちの身体から力が抜け地面に倒れる。見れば先に死んだ同胞たちと同じものが心臓に突き立てられていた。

 

「儚い期待はしていたが、易々と思い描く様な展開にはならないものだ」

 

 正面から聞こえていた筈の声が背後から聞こえる。

 ありえないと天使は恐怖する。音も姿も、動くことによって巻き上がる風も無く、こうも簡単に殺しを行えることが出来る相手に。

 それでも振り向こうとする天使であったが、振り向くと同時にその喉を掴まれ身体を持ち上げられる。

 意識が暗く染まっていく中、初めてそこで襲撃してきた者の姿を見た。

 金の刺繍が施された翠玉色の衣装を纏う白骨。

 

「ま、……魔、人……!」

「如何にも」

 

 その存在を現す名を苦しげに吐くと魔人――マタドールはそれに応える。

 白骨の細い手は、見た目からは想像出来ない程の怪力で天使の首を絞め続ける。天使も何とか引き剥がそうとするが微動だにしない。

 

「その程度かね?」

 

 抗う天使を見ての言葉。しかしそこには嘲りなどは無い。

 

「同胞が殺されたのだぞ? 自分も死にそうになっている。その仇が目の前にいるのだ。もっと限界まで力を出せるだろう? 命ある者は他者と自分の死に直面したときこそ己の限界を超えられ易くなるものだ」

 

 まるで鼓舞するかのような言葉。しかしそれでもマタドールの腕を掴む天使の手にはそれ以上の力が込められなかった。

 

「――残念だ。それが貴公の限界か」

 

 マタドールは心の底から残念だと言わんばかりに重いものを含んだ声を洩らすと、吊り上げるのを止め地面に降ろす。

 両膝を突いた格好で座る天使の前に空いた方の腕を持ち上げる。そこには鮮血の色をした魔力の銛が握られていた。

 それを緩慢とした動作で酸素を求める様に開いた天使の口の前へと運ぶ。

 恐怖の上に恐怖が重なり天使の顔色から生気が急速に失われていく。

 

「では、さらばだ」

 

 迷いも無くそれを突き出す。天使の身体が一瞬震えたのを掴んでいた手から感じ取りながら、マタドールは首を掴んでいた手を放しながら振り返った。もう既に興味が無いと態度で現すように。

 

「求める『勝利』には程遠い……『暇潰し』もそろそろ飽いてくる」

 

 自ら行った殺戮を暇潰しと称するマタドールの目が、ある方角へと向けられる。

 

「願わくは貴公らとの戦いは『勝利』に値するものであると期待させて貰おう」

 

 マタドールの見つめる方向、それは駒王学園が建つ場所へと向けられていた。

 




四巻の話もようやく半分を過ぎました。
これから先は戦いばっかの話になる予定です。

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