ハイスクールD³   作:K/K

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強者、激突

「い、一体何が起きたんですか? ピカッと光ったら外のヒトたちが皆居なくなって……! 本当に死んだんですか?」

 

 目の前で起きた光景が信じられず、一誠は隣にいるリアスへと問う。かつて自分やアーシアを襲ったレイナーレや、フリードに襲われた依頼者の亡骸を見たこともあり、死というものに関して一応の経験があるものの、目の前で起きたことはそれの数の比では無く、また悲鳴も叫びも無くあまりに静かに消え去ってしまったせいで、現実とは受け入れ難いものであった。

 

「破魔と呪殺の光……」

「え?」

 

 校庭に浮かぶ魔人だいそうじょうから目を離さないままリアスは一誠の疑問に答える様に呟く。

 

「破魔は人が長い年月修行を積むことで出すことが出来る、天使と堕天使が持つ光と同じ性質を持つ浄化の力。呪殺はそれとは逆に相手を憎み、呪う思いを力に変え、相手の魂を汚して死へと誘う力……破魔は悪魔にとって毒であり、呪殺は天使、堕天使にとっての毒」

「そ、そんなことが出来るんですか?」

「出来る訳がないわ!」

 

 リアスは自らの言葉を否定する。

 

「どんなに修行を積んだとしても破魔の力には限りがあるし本人の素質が大きく絡むわ! 人が一生を掛けて修行しても中級悪魔を滅ぼす程度よ! それなのにあれほどの規模の力を展開するなんて本来ありえないことだわ! ましてや呪殺と併用するなんて……相反する力を同時に使用するなんて不可能なことなのよ!」

「常識で考えるならな……残念だがあいつは適用外だ」

 

 魔法陣の中で浮かぶだいそうじょうを睨みつけながら、アザゼルは唸るような声を出す。

 

「久しぶりに面を見たが、相変わらず何考えているか分からない不気味な面をしてやがる」

 

 皆が見ている中、再び魔法陣が輝きを放つ。すると魔法陣の中でいくつもの光の柱が立ち、その光の中から黒いローブを着た集団が姿を現した。

 

「最悪の状況だな。あの爺が他人とつるんでいるなんてな……それもよりによってあの連中かよ」

 

 吐き捨てる様に言うアザゼル。黒いローブの集団についてアザゼルには認識がある言い方であった。

 

「あれは――」

「テロリストだよ」

「テ、テロリスト!」

 

 リアスが尋ねる前にアザゼルが答え、その返答に一誠は声を出して驚く。一般的な感覚に近い一誠にはテレビか、あるいは新聞紙の紙面でしか見たことも聞いたことも無い存在である。

 

「いわゆる魔法使いとかいう連中だ。悪魔の持つ魔力体系を独自に解釈、再構築し人間でも扱える様にした、魔術だの魔法だの言われている代物を扱う奴らだ。あの魔法陣の構築からして『マーリン・アンブロジウス』の体系を学んだ奴らだな」

 

 そう言いながらアザゼルは窓を開くと、空に向けて手を翳す。すると、上空に星を思わせるように輝きが無数に生じたかと思えば、それらが形状を変え、一つ一つが光の槍と化し、魔法陣の上に立つ魔術師たちに向かって降り注いだ。

 前触れも無く襲い掛かる光の槍の雨に魔術師たちは驚いた様子で顔を上げ、反撃の体勢を取ろうとするが、降る槍はその動きを遥かに凌ぐ。

 着弾と同時に眩い光が周囲を照らし、その光に一誠たちは反射的に目を瞑ってしまうが、槍を放ったアザゼル、天使長ミカエル、魔王であるサーゼクス、セラフォルー、付添人であるグレイフィア、セタンタなどの上位陣は目を逸らすことなく結果を見届けようとしていた。

 

「チッ、やっぱり無駄か」

 

 光が収まったとき、最初に聞こえたのはアザゼルの舌打ちであった。

 一誠たちも閉じていた眼を開き、魔術師たちの様子を窺うと、魔法陣の中で誰一人傷付くことなく立っている。ただ、魔術師たちも自分たちが何故助かったのか理解出来ていないのか、しきりに周囲を見回していた。

 

「む、無傷!」

「直前にあの爺が全部相殺しやがった……全く、天使や堕天使以上に光の扱い方が上手いなんて笑えねぇぜ」

 

 一誠たちは見ることが出来なかったが、アザゼル達はだいそうじょうが何をしたのかしっかりと見ていた。

 より正確に言えば、アザゼルの放った光の槍の雨を、だいそうじょうがその場から動かず、手足も動かさないまま、全てただの光に還すのを見ていた。

 少なくともあの槍が直撃すれば魔術師たちが一掃出来たのは間違いないが、だいそうじょうがあの場に居る限りそれは最早不可能に近い。そして下手に手を出せば、登場と同時に葬られた三勢力の軍団と同じ結末を辿ることとなる。

 

「魔術師たちの攻撃ならば校舎に被害は及びません。私が防壁結界を張っているので。……しかしあの魔人が前に出て来るのならば厳しいかもしれません。あの魔人が持つ力は私、いや私たち天使にとって猛毒です」

「それを言うなら悪魔も堕天使も変わらないさ。あれと相性が良い奴なんて殆どいないさ」

 

 ミカエル、アザゼルの会話を聞きながら顎に手を当て、目を細めるサーゼクス。何か思案をしている様子であった。

 

「この学園には外から入れない様に三勢力が技術を合わせた結界が張られているんだが、それを無視して結界内に転送用の魔法陣を現せたとなると、誰かが外と繋がる様に内側に何かを仕込んでいたか?」

 

 直接は言わなかったが、アザゼルの言葉には三勢力の中にテロリストと通じている者がいるかもしれないというものを含められている。

 

「あの魔人がやったんじゃないのか?」

 

 この状況になっても我関せずといった態度で壁に背を預けていたヴァーリがようやく喋った。

 

「無いとは言い切れないが、そもそもあの爺、魔法陣が無くても神出鬼没だからな」

 

 過去の記憶を思い出したのか、アザゼルの表情に若干苦いモノが混じる。

 

「ここから逃げられないんですか?」

「あまり相手に動きを見せたくない。出鼻を挫いてやったからあの魔術師共はしばらく混乱しているだろうが、そんなのは問題じゃない。一番の問題はあの爺だ。今は何もしてこないが、もし何かしてくるようなら……」

 

 アザゼルはそこで一誠たちを見る。

 

「ある程度覚悟はしておけよ」

 

 何の覚悟なのかを問い返すことは出来なかった。

 脅す様な言葉であったが、ふざけた態度で言っている訳では無い。確実に起こるであろう現実を真剣な表情で語るアザゼルの姿に、誰もが口を閉ざしてしまっていた。

 そんな中でリアスが一人口を開く。

 

「――分かりました。でもここでじっとしていることは出来ないわ。一刻も早く旧校舎に向かわないと……!」

 

 だいそうじょうの登場のせいで皆の記憶の中から薄れがちになっていたが、リアスの言葉で思い出す。だいそうじょうが姿を見せる前、確かに旧校舎の方角から爆発音のようなものが聞こえていた。

 

「もしかしたらあのテロリストたちはギャスパーのことを狙っているのかもしれない。そうだとしたらギャスパーと一緒にいるシンたちの身も危ないわ」

「……言わんとしていることは分かるぜ、リアス・グレモリー。確かにあの未熟なハーフヴァンパイアは奴らにとっちゃこれ以上ないぐらい便利な武器になる。一時的にでも無意識状態を作り出す神器なんて放っておく理由が無いからな」

 

 リアスの言葉にアザゼルは口の端を吊り上げて笑うが、前に見たときよりも笑みにキレが感じられない。それだけ今が良くない状況であることを暗に示していた。

 

「外から神器を動かすことなんて出来るんですか?」

「方法なんていくらでもある。魔術を使って洗脳する方法だったり、力を譲渡する神器をあの小僧に繋げて無理矢理力を覚醒させる方法だったりな。熟練した神器使いなら難しいかもしれないが、まともに制御できないハーフヴァンパイアの小僧だったら簡単だろうな」

 

 アザゼルの言葉を聞き、リアスの身体から赤い魔力が蒸気のように上がる。感情が昂って抑え切れない魔力の分が外に漏れ出しているのだ。

 

「そんなこと! 絶対に見過ごす訳にはいかないわ!」

 

 想像するだけでも血が頭に昇ったのか言葉の一つ一つに怒気が込められている。これだけ怒りの感情を露わにするリアスの姿は珍しく、付き合いの長い朱乃たちは目を丸くし、一誠、アーシア、ゼノヴィアなど日が浅いメンバーはその怒気に触れ、軽く怯えていた。

 

「お兄さま、私は旧校舎へと向かいます。私の下僕であるギャスパー、そして協力者であり友人でもあるシンを私が責任をもって救い出します」

 

 真っ直ぐサーゼクスを見ながら、強固な意志を持って自らの考えを言う。

 

「やれやれいつまでたってもお転婆だね、リアスは」

 

 リアスの言葉にサーゼクスは困った様な表情をするものの、すぐにそれを微笑へと変えた。

 

「だがきっとそう言うとは思っていたよ。自分の妹が何を考えているのか把握出来なければ兄として失格だからね。それで新校舎から旧校舎までどういくのか策はあるのかい? 通常の転送魔法ならきっと外の魔術師たちが封じている。歩いて行くにしてもあの集団や魔人の目を掻い潜って行かなければならない」

「旧校舎にある私のオカルト研究部部室――もとい根城には未使用の『戦車〈ルーク〉』の駒が保管しています」

 

 リアスの言葉を最後まで聞かずにサーゼクスはリアスの考えている策を理解した。

 

「成程。『キャスリング』か。確かにそれを使えば魔術師たちに気付かれずに旧校舎へと行ける」

 

 レーティングゲームの中で『戦車』が保有している『キャスリング』という特殊能力。それは『戦車』と『王』の位置を入れ替えるというシンプルなものではあるが、王を倒されたら終わりであるレーディングゲームの中では使い所が非常に重視されている能力である。

 そして何よりこの『キャスリング』という能力は悪魔の駒そのものに仕込まれている能力である為、魔術師たちが知ることの出来ない秘匿された術式であり、その詳細な内容については一部の悪魔しか知らない。

 これにより転送妨害の中を無視して転送することが出来る。

 

「よし。ならば何人かを同行出来る様に『キャスリング』の術式に少し手を加えよう。流石にリアス一人を送るのは無謀だ。グレイフィア、術式の用意をしてくれ。媒体は私の魔力を使用していい」

「了解しました。ですが短時間で行かれるとなりますと簡易的術式になります。恐らく送れる数は増えても一人しか……」

「ならば誰が――」

「はい! サーゼクス様! 俺が行きます!」

 

 いの一番に一誠が名乗り出る。自ら進言した一誠をサーゼクスが見た後、その視線を他の眷属にも向ける。一誠が立候補したことに他の眷属は特に反対の意志を見せなかった。

 

「ならイッセーくん――」

「盛り上がっている所悪いんだが」

 

 アザゼルが口を挟む。

 

「本音を言うとその策にはあまり賛同出来ないな。少しでも違和感を覚える様なことをすればあの爺が飛んで来る可能性が高いぞ? 仮に旧校舎に行けたとしてもそこの魔術師たちが爺に援護を請いたら、お前の妹や赤龍帝は死ぬ」

 

 アザゼルは、はっきりと断言する。その言葉は意気込んでいた者たちの頭に冷水でも被せるかのようであった。

 しかし――

 

「そんなことはさせないさ。……私が」

 

 サーゼクスもまたはっきりとした意志を示す。

 

「させないとはいうがどうやって……サーゼクス、お前まさか……」

 

 サーゼクスの言葉に何か気付いたのか、一瞬だけアザゼルは問う様な眼差しを向けるが、すぐに溜息を一つ吐き懐に手を入れ、目当てのものを取り出すと同時に一誠に向けて放る。

 

「おい、赤龍帝。受け取れ」

「ととっ! せ、赤龍帝じゃなくて俺の名は兵藤一誠だ」

 

 投げられたものを一誠は反射的に受け取る。それは一見すると飾り気のない腕輪であったが、外と内には幾何学的な紋様が細かく刻まれていた。

 

「じゃあ兵藤一誠、それを一つ身に付けておけ」

 

 アザゼルから受け取った腕輪を不思議そうに眺める。

 

「これは一体?」

「それは俺が造った神器の力をある程度抑えつけ、制御する為の腕輪だ。短時間だが禁手化することも出来る。代償無しにな。その腕輪が代わりに代償になってくれる」

 

 禁手化。それを代償無しに可能にする腕輪と聞けば、一誠や他の皆も驚きを隠せない。

 

「言いかよく聞け。禁手化になれると言ってもせいぜい一回が限度だ。なるにしてもタイミングは見極めろよ。禁手化に至れば魔力も体力も大幅に削られるから長い戦闘なんて無理だ。それは最後の手段だからな」

「わ、分かっているよ……」

「更に言わして貰うがお前が悪魔になったときどれほど駒を消費した?」

「は、八個」

「ならその九割はお前に宿るドライグの為に使用されているのは間違いない。お前自身は現段階では並の悪魔以下の力しか持ってないからな。腕輪を使用すればドライグの力は解き放たれ、残りの七個分の駒の力がお前に圧し掛かってくる。振り回されるなよ? 言い方は悪いがお前の器はまだドライグを受け止めるには小さい」

 

 一誠自身が自覚していることではあるが、改めて他人から指摘されると、それなりの棘となって心に突き刺さる。

 

「……そんなこと言われなくても分かっている」

「なら良し。地力を自覚していない奴ほど自爆しやすいからな。自覚があるに越したことはない」

「それでもう一つの腕輪は?」

「あのハーフヴァンパイア用だ。取り敢えず力の暴発を抑えることが出来る筈だ」

「……もしかしてギャスパーの為にわざわざ造ったのか?」

「さてね?」

 

 答えをはぐらかしながら、アザゼルの視線は再び外の魔術師たちの方へと向けられた。

 アザゼルの先制で少し混乱していた魔術師たちも正気に戻ったらしく、地から魔術によって炎やら雷のようなものを放ち、空からも宙に浮いている魔術師たちが同じような魔術を新校舎に向けて放っていた。

 しかし、その攻撃の全ては新校舎に触れるよりも先に、周囲に張ってある結界に阻まれている。

 

「おお、おお。流石は天使長様の結界だ。びくともしない」

「大事な三勢力の会談の舞台、そう易々とは傷付けませんよ。――それにしても随分と神器の研究を進めているようですね、アザゼル」

 

 ミカエルの目が一誠の持つ二つの腕輪に向けられる。

 

「いいじゃねぇか。神器を造った神はいない。神のみぞ知るなんてものをいつまでも使い続けているなんて物騒だろ? 誰か解明できるような奴が必要なのさ。あんまりタブー視し過ぎると時代に置いてかれるぜ? ミカエル」

「貴方が研究しているというのが不安なんですがね……」

「一々悪く考え過ぎなんだよ。会談のときに研究の一部を見せるって言っただろう? 本来だったらそのときにあの腕輪を渡すつもりだったんだよ」

「本当ですか?」

「疑り深いな。こんなときにつまんねぇ嘘は吐かねぇよ」

「――今はその言葉を取り敢えず信じましょう」

 

 ミカエルは嘆息しながらアザゼルと同じく外に目を向けた。

 

「お嬢様、簡易的な術式ではありますが少々時間が掛かります。しばしお待ちください」

「頼むわ、グレイフィア。できるだけ早くお願い」

「承知しました」

 

 そのとき壁に背を預けていたヴァーリが壁から離れ、アザゼルたちが立つ窓の前まで移動する。

 

「アザゼル」

「何だよ?」

「俺が前に出よう」

 

 ヴァーリの提案にアザゼルは険しい表情となる。

 

「敵の目を引くつもりか? 確かに白龍皇が出るとなれば相手を掻き乱すことが出来るが……だが外には魔術師たちだけじゃない、あの魔人もいるぞ」

「だからだよ」

 

 今まで無表情であったヴァーリが凄絶な笑みを浮かべる。

 

「まさか『別の魔人』と戦える機会がこうも簡単に来るとは思っていなかった。是非ともその強さ、この身で実感したい」

 

 魔人を前にして気を萎えさせる所か昂らせるヴァーリに、アザゼルを除く皆は信じられないものを見るような目をヴァーリに向ける。

 

「相変わらず好奇心旺盛と言うべきか、命知らずというべきか……一体誰に似たんだか」

「さあね」

 

 溜息を吐くアザゼルに対し、素知らぬ顔でヴァーリは肩を竦める。

 

「――行って来い。そして死ぬなよ」

「了解」

 

 アザゼルの許可を得たヴァーリの背中に光の翼が広げられる。そしてそこから次なる段階へと移る。

 

「禁手化〈バランス・ブレイク〉」

『Vanishing Dragon Balance Breaker!』

 

 叫ぶような音声と同時に、ヴァーリの身体が光の翼に良く似た白色の光に包まれる。そして目を覆う程の輝きを放った後には、全身に龍を模した鎧を纏ったヴァーリの姿がそこにあった。

 ヴァーリはリアスたちを見回した後に窓を突き破って外へ飛び出すと、そのまま空を飛翔し魔術師たちの中へと飛び込んでいった。

 禁手化をして飛び立ったヴァーリの姿を見て、一誠の胸の裡に宿ったのは劣等感であった。ヴァーリ自身見せつける気など全く無いとは分かっているものの、代償も無しに容易く禁手化へと至れるヴァーリに対し、絶対的な実力差を感じていた。

 

「彼は大丈夫でしょうか……」

「多分、大丈夫だろう。魔人と戦うのはこれが初めてじゃない」

「彼も交戦した経験があるんですか!」

 

 さり気無く言うアザゼルにミカエルは驚く。戦った経験があることもそうであるが、五体満足で生き延びているということにも驚いていた。

 

「――流石、白龍皇ですね」

「俺は関わるなと何度も言っているんだけどな」

 

 賞賛の言葉を口にするミカエルに対し、アザゼルは苦虫を噛み潰した様な顔をする。

 

「私も出ることにします」

 

 ヴァーリが飛び出した後、セタンタも槍を握り直しながらサーゼクスに進言する。

 

「……命の保証はないぞ?――ここは」

「白龍皇殿だけに負担を強いる訳にはいきません。それに一人よりも二人の方が狙いを分散させられます。――大丈夫です、あくまで時間稼ぎに徹するつもりです」

 

 サーゼクスが何かを言い掛けるが、それを遮りセタンタは話を進める。

 

「……無理はするな」

「お心遣い感謝します」

 

 セタンタは頭を下げた後、ヴァーリの破った窓へと近付く。

 

「セタンタ……」

「リアス様。眷属を必ずお救い下さい。その為の準備ならば私は喜んで致します」

「貴方は強いから大丈夫だけど……死なないでね」

「その御言葉、万の兵を頂くよりも心強いものです」

 

 窓際に立ったときセタンタは振り返り、一誠の方を見る。

 

「兵藤様」

「は、はい!」

 

 セタンタは深々と頭を下げた。

 

「リアス様のことをよろしくお願いします」

「ッ!――はい! 必ず守ります!」

 

 一誠の返事を聞き、頭を上げたセタンタは少しだけ目を細めた。顔半分がマフラーで隠れていて判断し辛いが、一誠には微笑を浮かべている様に見えた。

 

「では行って参ります」

 

 セタンタもまた窓から飛び降り、校庭へと立つと、既にヴァーリの介入で激しく魔法が放たれている戦場に向かって駆け出す。

 

「――アザゼル。彼らが現れたとき知っているような口振りをしていたな。連中は何者だ? 魔人までも引き入れる程に強大な組織なのか? ここ数十年の間、神滅器や神器を集め、研究していたのもあれが原因なのか?」

 

 知っていることは洗い浚い喋ってもらう、という言葉を眼力へと変えながら、サーゼクスはアザゼルを見る。

 アザゼルは軽く溜息を吐いた後、喋り始めた。

 

「あー、別に隠すつもりはない。この会談が進めばお前らにも教えるつもりだった。しかし、本当に嫌なタイミングで出てくる。――いや、あいつらにとっちゃ自分たちの存在を知らしめるいい機会だったのかもな」

「彼らの名は?」

「『禍の団〈カオス・ブリケード〉』」

 

 現れた集団の名を告げるアザゼル。その名に聞き覚えがないのかミカエルもサーゼクスも眉根を寄せている。

 

「知らなくても当然だ。組織名やその背景を把握したのはつい最近だからな。おまけに地上の情報は殆どうちら〈堕天使側〉が独占させて貰っている。――まあ、三すくみの害が形になったという訳だな。その害の中で息を潜めて不審な行為をする集団をうちの副総督のシェムハザが目を付けたのさ。今分かっているだけで三勢力の中から危険因子や反乱分子の奴らを集めている――うちの堕天使からも何人かそっちに行った――そして何より無視できないのが、禁手化に至った神器持ちや神滅器の所有者も保有しているってことだ」

「それは確かな情報なのですか?」

「――死んだ部下が命懸けで持ってきた情報だ」

「愚問でしたね、申し訳ありません。それで、その者たちの目的は?」

「破壊と混乱。馬鹿みたいに単純だろう? ようは世界の安寧や平和、平穏というのが気に入らないのさ。色々と思春期が抜け切れていないテロリスト――最悪だろ? 更に性質が悪いことが二つある。一つはそれが可能な程の力が集まりつつあること」

 

 アザゼルは指を二本立て、その内の一本を曲げる。

 

「そして二つ目は組織の頭が『赤い龍』も『白い龍』も遥かに凌ぐドラゴンが務めているということだ」

 

 更に二本目の指を曲げた。

 アザゼルの告白に場の誰もが戦慄するのであった。

 

 

 

 

 白い龍が輝く翼を羽ばたかせ、魔術師たちを圧倒する。

 ヴァーリが側を通る度に、近くにいた魔術師たちの身体はまるで木の葉の様に宙へと舞っていく。その身体には共通して拳の跡が刻まれていた。

 進路上に魔術師が現れて防御用の結界を張るが、一瞬の均衡も無く容易く打ち破ると、視認出来ない速度の拳をその魔術師の胸部に叩きつけ道を開く。

 魔術師たちもただ攻撃されているばかりではなく、魔術による炎や雷、氷などを放つものの、そのどれもがヴァーリの纏う『白龍皇の鎧』によって阻まれ、傷一つ与えることなく掻き消される。

 避ける必要も無い攻撃をその身に浴びながら、ヴァーリは魔術師たちを蹂躙しつつ、真っ直ぐにある場所を目指して直進した。

 そして、ヴァーリと同じく魔術師たちを掻き分けて進むもう一人の人物、セタンタ。

 ヴァーリの様に一撃で魔術師を叩き伏せ、魔術を己の防御力のみで破るなどという力業を見せることはなかったが、流れるような動きで地を走り魔術師たちの隙間を抜けていく。

 しかし、ただ通り過ぎて行くなどということはせず、手に持つ槍をその度に振るう。

 何をされたのか分からず、自分たちを無視して先に進んでいくセタンタの背に魔術を撃ち込もうと振り返った途端、その場で崩れ落ちる。我が身に起こったことに戸惑う魔術師たちであったが、そのときになって初めて自分たちの身に何が起きているのかを把握する。

 両脚の付け根、そして両肩の鎖骨付近から流れる血。気付いた魔術師たちの身体に激しい痛みが奔り、それが絶叫となって口から放たれる。

 あの一瞬のすれ違いの間にセタンタはその槍で相手から移動と攻撃の方法を奪い、無力化させていた。

 ただヴァーリとは違い、無力化した相手の意識は断たれてはおらず、地面に這いつくばり芋虫の様に蠢きながら、痛みと苦しみの泣き声を上げる。それによって他の魔術師たちに心理的な重圧を与え、『自分もこうなるのではないか』と思わせ、動きや思考を遅らせる。

 これは偶然では無く意図的にセタンタが行っていることであり、ヴァーリよりも動きの荒々しさが無い分、より残酷に見える行動であった。

 たった二人の人物によって魔術師たちは次々と倒れ、その数を減らしていく。しかし、そんなことには目もくれず、二人は只一人を目指して駆け抜ける。

 

「少し待たせたかな?」

「……」

「意気がよいな、若いの」

 

 魔術師たちの集団を抜け、セタンタとヴァーリはだいそうじょうの前へと立つ。二人の登場にだいそうじょうは顎を震わして乾いた音を鳴らす。表情が無い為、判り辛いが笑っている様であった。

 

「魔人、その名を聞けば誰もが震える存在。そんなものが現れたとなれば挑まざるを得ないな」

「無知からくる無謀では無く、己の性故の行動か……。随分と勇ましい者を依代としたな白龍よ」

 

 既知の間柄といった喋り方で、ヴァーリの裡に宿るアルビオンへ声を掛ける。

 

『久しいな。まさかお前が他者と行動するとは思わなかった。何か思うことでもあったのか?』

「さてのう? そう言う汝は相も変わらずといった所か。せいぜい宿主の姿が変わった程度だのう」

『いつまでも私のすることは変わらない。宿主が思うが儘に奪い、戦う。それだけだ。それはお前も変わらないだろう? だいそうじょう』

「この世は諸行無常。だが何百年経とうとも拙僧も汝も未だに揺らがずか。それでよい。長きに亘り貫いてきたものもいつかは変わるが、その時は今では無い」

 

 互いの現状を皮肉る様な言葉を言いながら、だいそうじょうは手に持つ独鈷鈴を鳴らす。それを聞いた魔術師たちは波の様に引き、周囲が広がる。

 

「さて、もう一人見知らぬ顔が居るが……」

「お初にお目に掛かります。私は魔王サーゼクス様に仕える者。名はセタンタと申します」

「魔王サーゼクス? 知らぬ名だのう」

「正しく言えば魔王サーゼクス・ルシファー様に仕える者です」

「ほう。魔王も代替わりをしたか。冥界には興味がなかったからのう、まさに先程言った様に諸行無常というものじゃな」

 

 顎を鳴らしながら笑う。変わらぬ自分とアルビオン、変わっていく魔王。その対比に可笑しなものを感じたのかもしれない。

 

「してセタンタとやら。汝は何故に我が前に立つ? この小僧と同じく拙僧に己の力を試す為かのう」

「……貴方という存在は危険過ぎる。その場に居るだけで周囲に死を撒く」

「かかかか。会って間もないというのに随分な言われようじゃな」

「――私の直感が訴えるのですよ。貴方は私の守るべき存在達に害を齎すと。故にここで死んで頂く」

 

 セタンタは手に持つ槍の穂先をだいそうじょうの心臓の位置へと向けた。

 

「成程」

 

 だいそうじょうがそう呟いたとき、弾かれる様にしてヴァーリとセタンタはその場から移動する。直後、ヴァーリが居た空中、セタンタの居た地に光の柱がそびえ立つ。

 辛うじて避けた二人であったが、それだけでは終わらず移動した場所を見計らって追撃の破魔の光が襲い掛かる。

 

「ちっ!」

 

 セタンタは短く舌打ちをしながらも移動した先に見えた光に反応し、地を蹴り無理矢理方向を転換しながら一切速度を緩めずに疾走。野生の獣を彷彿とさせるしなやかな動きを見せながら、次々と繰り出される破魔の光を避ける。

 

「これは凄い!」

 

 一方でヴァーリは光の翼を展開させながら、高速で空中を駆け廻る。セタンタとは違い、急加速で破魔の光が生み出されるよりも一歩先を行き強引に避け、避けた先に光があるものならば体勢を捻り、錐揉み回転をしながら光に体を掠めさせながらも無茶苦茶な回避を見せる。命知らずという言葉を体現させるような避け方であった。

 掠めた鎧から僅かに白煙が立ち昇る。神滅器であり龍の魂が宿る鎧に損傷を与える程の威力を持った破魔の光、それを何の動作も見せず息を吐くように自然に繰り出して見せる。

 今は使ってはいないが、呪殺も同じ威力を持っているのは考えるまでも無い。

 故にヴァーリは鎧の下で笑う。これ程までの強敵が目の前に現れたことに歓喜し。

 

「ははははは! 本当に、本当にこの場に現れてくれて感謝の気持ちしか湧かない!」

 

 魔人を前にしその存在を笑いながら感謝する。その感謝の言葉を受け、だいそうじょうは軽く顎を鳴らす。

 

「全く。『彼奴』を彷彿とさせる気質じゃ」

 

 苦笑しているかの様な言葉。

 

「――この後のことは考えているのかのう」

 

 意味深い言葉を小声で呟く。次の瞬間、破魔の光を避け切ったヴァーリがだいそうじょうの眼前へと現れる。

 

「そっちも予定外の行動をしたんだ。こっちも予定外のことをさせて貰う」

「――成程。あの女のとばっちりを拙僧が受けているという訳かのう」

 

 だいそうじょうの顔面に向け放たれたヴァーリの拳。触れれば白龍皇の能力によりその力は延々と半減させられ、ヴァーリの糧となる。

 響く殴打音。しかし、それは人を殴ったかのような音では無く、金属がたわむ様な音であった。

 

「危ない、危ない」

 

 突き出された拳に合わせる様に、だいそうじょうは数珠を持った白骨の手を突き出していた。数珠と拳は触れてはおらず、接触を阻む見えざる壁が二つの間に作り出されていた。

 拳を受け止められたヴァーリの周囲が破魔の力によって輝き始める。場の変化を瞬時に察したヴァーリは突き付けた拳で壁を弾き、その反動で輝きが最高点に辿り着く前に抜け出す。

 それを見ただいそうじょうは追撃を行おうと手に持つ数珠をヴァーリの方へと向け、何かを唱え始めようと口を開こうとするが、直前になって首を傾ける。

 刹那、先程まで額があった位置に高速の槍が突き抜けて行く。

 考えるまでも無くセタンタによる槍の投擲であった。

 経の邪魔をされただいそうじょうは槍の主であるセタンタの方へと顔を向けるが、その視線の先にセタンタの姿は無い。

 槍の角度からして間違いなくその場所にいなければならない筈であるにも関わらず、セタンタの姿を見失ってしまう。

 そのとき背後から聞こえる摩擦音。金属と皮が擦れる音。

 消えたセタンタの姿はだいそうじょうの背後にあった。それも、空中で自ら投擲した槍を自分で受け止めるという、普通に考えるならば異常と言える行動をしながら。

 だいそうじょうが振り向くよりも先に、セタンタは持ち手を変えながら、だいそうじょうの心臓付近を狙い、槍を突き出した。

 だが突如としてだいそうじょうの身体は霞の様に消え、突き出した槍は空を切る。

 そのまま着地し、だいそうじょうが何処へ消えたのかと鋭い目で探すが一向に姿は見せず、代わりに声だけ響き渡る。

 

『声を掛けられたのでこのまま失礼する。汝らとの戦いは次の機会に』

 

 それだけ言い残すと場から寒気立つ様な気配が消える。だいそうじょうが言った通り本当にこの場から離れたらしい。

 ならば次はどこに向かったのか。セタンタは大体の予想はついていたものの、その前にセタンタにはどうしても確認しなければならないことがあった。

 

「やれやれ。折角、盛り上ってきたというのに……」

 

 背後でヴァーリが降り立つ音と心底残念そうな声が聞こえる。

 

「このままじゃ不完全燃焼だ。あなただってそう思――」

 

 セタンタは振り向くことなく背後に立つヴァーリに向け、槍の石突部分を繰り出す。鳩尾を狙い放たれたそれを、ヴァーリは手の平で受け止める。

 

「……」

「『何のつもりだ』とも『正気か』ともおっしゃらないのですね?」

 

 共に戦った相手に不意打ちを仕掛けるという、蛮行に等しいことをしたセタンタは冷静な口調で問うが、ヴァーリは何も答えない。

 

「あのとき微かに聞こえてきた会話。もし聞き違いだったのであればこの場で土下座でも何でもして謝罪します。ですが、もし聞き間違いでないのであれば――」

 

 槍を握る手に力が篭り、軋む音が鳴る。

 

「貴方が裏切り者ですね」

 

 声は決して大きいものでは無かった。それどころか激情で声が震えると言ったことも無く、平坦とも言える口調。しかし、傍からそれを聞いていた魔術師たちはセタンタの声が耳に入ってきた途端、言い知れない恐怖を覚え、膝が意志に反して震え始める。

 今宵、自分たちの存在を知らしめるが為に命など投げ出す覚悟でこの場所を襲撃しにきた筈なのに、その意志を砕くかの様な恐怖。一見すれば美青年にしかみえない存在の中にはどれほどの力が在るのか、想像することすら拒否してしまうほどの恐ろしさがあった。

 見ているだけでこれほどのことを引き起こすならば、それを間近で受けているヴァーリは一体どのような感情を抱くのか。

 

「何を言うかと思えば――」

 

 顔を鎧で覆っている為、表情は見えないがその代わりヴァーリの声は震えてはいない。すなわち怯えている様子は無い。

 

「――正解だ」

 

 セタンタを肯定するヴァーリの言葉。

 次の瞬間、互いの感情が一気に爆発する。セタンタは怒りで、ヴァーリは歓喜で。

 

「何を考えている! 白龍皇!」

 

 怒声を上げると共に片足を軸にして身体を百八十度回転させる。その際に背後に突き出していた槍を素早く引き、今度は石突の部分では無く穂先をヴァーリの側頭部に向けて振るう。だがその前にヴァーリの腕が間に突き出された。

 セタンタの槍と、鎧で覆われたヴァーリの手の甲とが衝突する。

 金属と金属との強い接触は火花を生み出し、その光は夜の闇に慣れた魔術師たちの目に焼き付き、残像を残す。

 

「誤解の無いよう念の為に言っておくが、あくまで俺の独断だ、アザゼルは関係無い」

「貶めている自覚があるのならば何故敵に降る!」

 

 側頭部への攻撃を防がれたセタンタは流れる様な動きで相手から槍を離すと、股下から頭頂部目掛けて振り上げる。

 ヴァーリは予想を遥かに凌ぐ槍の速度に鎧の下で深い笑みを浮かべながら、渾身の力で地を蹴った。ヴァーリの踏み込みによって踏み込んだ場所を中心に四方に亀裂が奔り、固められた土の上に被さる砂利が一斉に舞う。

 辺り一帯を土煙が覆い尽くすが、すぐにそれは霧散した。

 土煙が晴れると、そこにはセタンタから数メートル以上離れた場所に立つヴァーリの姿と、振り上げていた筈の槍を薙ぎ払う形で持つセタンタ。

 槍を振り抜いた格好から、漂う土煙は槍の一蹴によって散らされたのが分かる。

 

「降ったつもりは無いさ。あくまで協力するだけだ。色々と魅力的な提案をされたものだからな」

 

 土煙が晴れるのと同時にヴァーリは地を滑る様に低空を飛び、間合いを一気に詰めると立ち上がる勢いのまま心臓、肺、肝臓など臓器を狙い、拳を繰り出す。その一発一発の拳速は並の悪魔ですら白い軌跡が微かに見える程の速さであったが、セタンタは初撃を半身にして避け、続く二発目をその場から半歩移動するという足捌きで回避すると最後の三発目に合わせて体を低くし、その拳を掻い潜る。

 拳に髪が触れるか触れないかという程の接近にもセタンタは顔色一つ変えず、拳を振るったことで大きく開いたヴァーリの鳩尾に槍の先端を叩きつけた。

 

「ははっ!」

 

 驚き、動揺などよりも先に嬉々とした声を出しながら、突き出された槍の勢いでヴァーリは大きく後退し、先程まで立っていた位置にまで戻される。

 

「凄い、凄いな! 神器も無しにこの鎧に傷を付けるなんて!」

 

 笑いながらヴァーリはセタンタに突かれた鳩尾部分を撫でる。ヴァーリに言った様にそこには、ほんの僅かな亀裂が入っていた。

 ヴァーリは喜んでいるもののセタンタは内心で舌打ちをする。かなりの力を込めて突きを入れたが予想以上に神滅器の鎧が硬かった為である。仮に全力で叩き込んだとしても鎧を貫き、中のヴァーリに致命傷を与えるには至らないということが容易に想像出来る。

 セタンタの見ている前でヴァーリの指先が鎧の傷に当てられ、それをなぞる。すると何も無かったかのように傷一つ無い装甲がなぞった後に現れた。

 

(硬い上に自己修復も可能か……仕留めるならば瞬時に息の根を止めなければならない)

 

 鎧の力を見せ付けられてもセタンタは落ち着いたまま、冷静にヴァーリを殺す方法を考える。

 

「……白龍皇。魅力的な提案をされたというが一体何を提案されたのですか?」

 

 ヴァーリが敵に協力することとなった理由を問う。強い興味があったからではない。仕留める算段を考える為の時間の引き伸ばしを狙ったもの。尤もセタンタ自身、0.01秒でも思案する時間が稼げれば上出来だと思っている程、返答には期待していないものであったが。

 

「『望むままに強敵と戦う機会を与える』――こんなことを言われたら断れないな。特に俺のような自分の力を試してみたいような奴は」

 

 意外にもヴァーリから問いの答えが返ってきた。だが、その内容にセタンタの目付きは険しさを増し、不機嫌なものへとなる。

 

「――でもその選択は間違ってはいなかったみたいだ。一時だがあの魔人の強さに触れることが出来たし、こうやって貴方とも戦えている」

 

 セタンタとは対称的にヴァーリは鎧の下で笑みを深くする。それが鎧越しでも分かったのか、セタンタの表情は反比例するように険しさを更に増す。

 

「聞かれていて良かったよ、あの会話は。尤もこうなることは予め考えて話しかけて来たのかもしれないが」

 

 ヴァーリの言葉で、セタンタはだいそうじょうの手の上で踊らされていたことを知らされ、心の中で魔人への悪態を吐く。同じくだいそうじょうの思惑通りに動かされていたヴァーリであるが、自らの意志で踊っていたか、踊らされていたかでは大きく違う。

 

『ヴァーリ、楽しむのは結構だが……』

「分かっている。この場での目的は忘れてはいない。――楽し過ぎて忘れそうになるがな」

 

 アルビオンとヴァーリの会話にセタンタはまだ目的があるのかと思ったが、これに関しては追及出来そうになかった。何故ならヴァーリが構え、いつでも戦いを始める格好へと移っていた為に。

 

「さあ。もっと貴方の強さを見せてくれ!」

「――ガキが」

 

 昂るヴァーリに冷めた殺意を向けたまま言葉を吐き捨て、再び拳と槍が交わる。

 

 

 

 

 旧校舎内。ギャスパーを抱えながらシンは魔術師たちの目に付かない様に道を選びながら走っていたが、徐々に苦しい状況へと追い込まれていた。

 断続的に聞こえてくる足音。その数が最初の頃に比べ、かなり大きく、そして多くなっていた。

 次々と旧校舎内に魔術師たちが入り込み、シンたちの逃げ場や逃げ道を塞いでいく。

 今もシンは外へと通じる廊下を走っていたが、そちらの方向から複数の人の気配を感じて、引き返して別の道を探している。

 シン一人ならばどうにか対処できたかもしれないが、今はギャスパーやピクシーたちが側に居る。自分の身を守る余裕はあるが、周りを守る程の余裕は無いとシンは自覚していた。

 現在、何が起こっているのかの詳細が分からないこともまたシンに精神的な圧力を掛けている。あのとき新校舎の方角から感じた寒気立ち、あまりに容易く心の中に入り込んでくる恐怖に近い感覚、何故か既視感を覚えるそれについて一刻も早く知りたかったが、それを知るにはこの旧校舎から抜け出し、リアスたちと合流するしかない。

 だがリアスたちはシンたちとは違い、恐ろしさをばら撒く存在の近くに居る。リアスたちの身に危険が迫っているかもしれないという可能性もまた、シンの精神に重圧を加える。

 

「先輩……」

 

 周囲を敵に囲まれているという不安、そして自分がシンの足手纏いになっているという罪悪感から、か細い声で抱えているギャスパーがシンを呼んだ。

 

「もし……もしもボクが邪魔だったら……」

 

 そのときパシンという音が鳴る。

 

「こういうときにそういうこと言わない」

 

 ギャスパーの額にピクシーの小さな手が置かれている。先程の音はピクシーがギャスパーを叩いたために鳴ったものであった。

 ピクシーの行動にギャスパーは驚いて声を止めてしまう。痛みがあったからでは無い。そもそもピクシーの力では痛みなど感じる筈も無かった。ピクシーに叩かれるという行為そのものに驚いたのだ。

 

「ま、不安になるのは分かるけどさー。ここはシンに任せてみたら? 大丈夫だって。シンは結構頼りになるし」

「『結構』、か……」

「褒めてるんだよー」

 

 こんな状況でも軽口を言い合う二人に、ギャスパーはある種の羨望を覚えてしまう。

 

「それにシンが大変になったらオイラが居るホー」

「ヒ~ホ~。それって大丈夫なの~?」

 

 ジャックフロスト、ジャックランタンもまた危機的状況でも慌てず、恐れず、いつもの通りの態度を振る舞っている。

 ギャスパーは、その中で一人怯えている自分がひどく小さな存在に思えて仕方なかった。

 

「でも、でも……守られてばっかりじゃボクは先輩たちに迷惑しか掛けられません」

「じゃあ、アタシたちが危なくなったら助けてね」

「え?」

 

 思いも寄らない言葉だったのかギャスパーは聞き返してしまう。

 

「守られるのが嫌だとか迷惑だと思ったなら、アタシたちやシンが危なくなったら助けてくれるだけでいいよ。それであいこ」

「ボ、ボクにそんなこと……」

「気持ち次第じゃないの~」

 

 声を震わせ出来ないと言おうとするギャスパーにジャックランタンが声を被せる。

 

「ギャスパ~。いつまででも怖がったり、逃げたりは出来ないんだよ~。絶対にどこかで逃げられなくなる。そのとき、キミはどうする~。選択肢は二つ、そこで止まるか、逃げてきた道を引き返すかのどちらか。ヒ~ホ~、キミはどっちを選ぶ?」

 

 試すようなジャックランタンの問い。彼が持つカンテラと同じ灯りを宿す双眸に見詰められながら、ギャスパーは返答することが出来なかった。

 

「ボクは――」

 

 そのときシンの身体が突如として沈む。直後、隣の教室の窓ガラスを突き破って、いくつもの光弾が飛び出し、シンの頭上を通って行く。

 

「待ち伏せか」

 

 シンは僅かに顔を顰める。突き破られた窓ガラスの向こうには数人の魔術師たちの姿が見える。

 あまり広くない廊下。そして、ギャスパーたちを守りながら先程の光弾を防ぐのは得策では無いと判断したシンは、体勢を低くした状態で教室の中から放たれる光弾を避けながら廊下を走る。

 ガラス片や窓枠の破片が降り注ぐ中、走行を邪魔する為の光弾が絶え間なく撃ち続けられる。幸いにも狙いがギャスパーで在る為、光弾はシンに集中し、それによってピクシーたちは光弾の狙いから外され、尚且つ万が一にもギャスパーに当たった場合を考慮してか、威力がかなり抑えられている。が、それでも直撃した場合、骨が折れる程の威力を秘めている。

 シンはその中で身を低くし、あるいは身体を捻るなどで回避する。目の力もあって光弾の雨を擦り抜けるようにして避けて行く。

 

「ヒィ、ヒィアアアア!」

 

 しかし、シンの腕に抱えられているギャスパーは冷静に回避するシンとは違い、間近に迫る光弾や激しく揺さぶられる不安定な体勢もあり、徐々に恐怖が募っていく。

 既に張り詰められた風船のように緊張と恐怖が高まり、いつ破裂してもおかしくは無い状態。しかし、シンは光弾を回避することに意識を傾けているせいで、ギャスパーの精神状態に気付けずにいた。

 そのとき、ギャスパーの眼前を光弾が通過する。光弾はギャスパーの前髪を微かに揺らすだけで直撃は避けていた。シンもギャスパーに当たらないと分かっていて敢えてギリギリの場所で光弾を躱してしまった。

 しかし、その判断がギャスパーに限界を超えさえ、引き金を引く結果を招く。

 

「うあああああああああああ!」

 

 悲鳴を上げ、ギャスパーの眼が光を放つ。

 神器の暴走。それに気付いたシンはそれを避けようと身を捩るが僅かに遅い。ギャスパーの視界の範囲に右足が入ってしまう。

 光が収まると同時にシンの体勢が前のめりになる。ギャスパーの時間停止能力によって右足が完全に動かなくなり、地面に張り付いてしまっていた。右足ではなく、右足が廊下を踏み込んだ瞬間の時間を停められてしまったらしい。

 シンが停められた自らの足に目を落とすと同時に、顔を上げたギャスパーと眼が合う。

 完全に血の気が引いた顔。目には涙を浮かべ、瞳が動揺で激しく揺れている。危険な場面で更に危機を煽る結果を生み出してしまった自分の失態に、さっき以上の恐怖からギャスパーの心がひどく不安定になっているのが一目で分かる。

 気持ちを落ち着かせる言葉の一つでも言っておきたいが、そんな悠長な時間は無い。

 ギャスパーが何かを言うよりも早く、シンは抱えていたギャスパーを出来るだけ遠くへと投げ飛ばす。

 

「ヒャアアアアアアア! ヘブッ!」

 

 いきなり投げ飛ばされたギャスパーは悲鳴を上げながら十数メートルの距離を飛び、顔面から廊下に着地する。

 

「俺はここから動けない」

 

 シンは側に居るピクシーたちに目を向ける。

 

「ここで足止めをする。――悪いが、あとは任せた」

 

 ピクシーたちの返事を聞くよりも先にシンは手に魔力を集め、それを魔術師たちの方へと向けるとそれを解き放つ。

 蛍光色の光弾は教室の壁に激突すると派手な音と埃を立てた。

 それに乗じてギャスパーたちを逃がす為である。

 

「またあとでね」

「ヒホ! オイラに任せるホ!」

「色々ゴメンね~。約束は守るよ~」

 

 口々にシンへの言葉を残しながらピクシーたちは立ち止まるシンの側を抜け、倒れているギャスパーの下に向かう。

 

「頼む」

 

 舞う土煙を破り、複数の光弾が奔るピクシーたちに迫るがシンは右腕を振るい、それらを床に叩き落とす。床に叩きつけられた光弾は足元にめり込み、やがて消失する。

 光弾が接触した甲、手首、肘辺りから白煙が昇るものの、拳が握れなくなるなどの支障は無い。人の使う術は初めて受けるが、右腕に浮かぶ紋様にはそれなりの抵抗力があることをこのとき実感する。

 

「間薙先――うぶっ!」

 

 地面に倒れ伏していたギャスパーは顔を上げてシンの名を呼ぼうとするが、何故か再び顔面を廊下に打ち付ける。

 その原因はすぐに分かった。

 

「ヒホ! すぐに逃げるホー!」

「ギャスパー、悪いけどこのまま運んで行くよ~。ヒ~ホ~」

 

 身体を起こそうとしていたギャスパーの足を一本ずつ持つジャックフロストとジャックランタン。

 二人はその状態で廊下を走り出す。

 

「せ、先輩が! あ、あう! 一人で! あぶっ! ボクのせいで! あばばば!」

 

 地面を引っ張られながらも、シンを置いて行く原因を生み出したことに罪悪感を覚えていたギャスパーは、何度も床に顔を打ちながらも爪を廊下に突き立て、必死に抵抗しようとする。

 

「今は大人しくしていて。シンの為にも」

 

 しかし、ギャスパーはピクシーの頼む声を聞くと今にも泣き出しそうに顔を歪め、爪を突き立てていた手を緩め、されるがまま廊下を引き摺られていった。

 ピクシーたちはそのまま廊下の角を曲がり、シンの視界の範囲から消える。

 姿が見えなくなり、引き摺る音が遠くに行く音を聞きながら取り敢えずここから離れることが出来たことにシンは内心で胸を撫で下ろす。

 だが、あくまでこの場所から去っただけに過ぎず、これからは四人だけで敵だらけの旧校舎で逃げ続けなければならない。

 歯痒い想いがあるが、このときばかりはピクシーたちを信じなければならない。少なくともこの場から一歩も動けなくなった自分よりも確実に逃げ延びることが出来る。

 なら、今の自分は何をすべきなのか。その答えは一つ――

 シンは再び右手に魔力の光を宿すとそれを左手で抑えながら固定されている足を可能な限り捻り、それと同じぐらい上半身を背面へと回すと魔術師たちが居る方向へ特に狙いを定めず、適当に魔力弾を放つ。

 ガラスが散って床に散らばる音。そのガラスの窓枠が砕けて重なり合いながら落下する音。軋む音を鳴らしながら床に倒れる扉の音。それらが束になった破壊音が旧校舎に鳴る。

――ピクシーたちへの注意を一秒でも長く自分に引きつけること。

 それしかない。

 舞う埃のニオイと年季を重ねた材木のニオイが鼻孔をくすぐる。

 視界が不明瞭となっている中、いきなり廊下内に風が吹き荒び、漂うもの全てを校舎の外へと追い出す。

 視界が晴れるとそこには咳き込んでいる者たちとそうでない者たち。明らかに先程よりも人数が増えていた。

 一応ではあるがシンの行動が結果に結びついたと言える。それは自分の首を絞める結果に繋がることであるが、シン自身も重々承知していることである。

 

「愚かね。あのハーフヴァンパイアを守る為にわざわざ自分の身を危険に晒すなんて。そして、その結果がそのざま。あまりに憐れで思わず同情してしまいそうよ」

 

 新たに現れた魔術師の一人がシンの格好を見て嘲笑する。周りの魔術師たちもそれに同調し、口に侮蔑を込めた笑みを浮かべた。

 人数で優っているからか。あるいはシンが満足に動けない状態となっているからか、魔術師の女性は余裕に満ちた態度で攻撃を加えずに話しかけてくる。

 御丁寧にも相手の言語を理解出来ない筈のシンにも分かる様に、特殊な魔術でも使用しているのか、女魔術師が喋る度にその言葉がシンの頭の中で変換され、罵りと嘲りの言葉になっていく。

 

「さっさと意識を奪って神器用の道具に仕立て上げればもっと有用に使えるというのに。それこそ魔術師の我々なら上手く使えるわ。旧魔王派の言った通り、グレモリーの一族は情愛に深いせいで生温くて甘いらしいわね」

 

 シンはそれを聞いても何も反論はしなかった。相手の言葉を無言で肯定している訳では無い。ただ、相手の言葉から少しでも情報を得ようとしていた。現状、急に襲われたというだけで特に何の情報を持っていなかったシンであったが、今の女魔術師の言葉で、敵が魔術師であることと、旧魔王派が関わっていることを知る。

 シンが黙っているのを肯定とでも判断したのか、頼んでも聞いてもいないのに女魔術師は饒舌に喋り続ける。

 

「貴方も不運ね。ガラクタ一つ、守る為に死ぬことになるなんて。それとも私たちに降伏するかしら? それならば命だけは助けてあげてもいいわ。 どうせハーフヴァンパイア如き命を賭けてまで守る理由なんてないでしょう?」

 

 挑発かあるいは本心で言っているのか、自分たちに降れと言う女魔術師。しかし、シンはその取引のことよりも別の言葉の方について考えていた。

 

(守る理由か……)

 

 改めて考えると、ギャスパーを命懸けで守る理由は特に思いつかない。自分の後輩だからか、自分の力に悩んでいることに親近感でも湧いたからか、人間と吸血鬼の混血という微妙な立場に同情でもしたのか。

 どの理由もそれっぽく思えるがどれも違う。

 

(特に思いつかないな)

 

 冷めた考えかもしれないが、本当に心の底から思える理由が思いつかなかった。

 ならば何故守ろうとするのか。その答えは既にシンの中にあった。

 

(守る理由は思いつかないが……)

 

 その答えは至って単純なもの。

 

(見捨てる理由も思いつかない)

 

 助けない理由が無いから助ける。ただそれだけで動く。

 魔術師たちがこれを聞けば、言ったシンの頭の正気を疑うであろうが、間違いなくそれが本心であった。この答えを魔術師たちに聞かせる気など毛頭無いが。

 女魔術師に答える代わりに右手を伸ばす。それを訝しげな表情で見る魔術師たち。

 彼女たちが見ている前で手首を返し、手の甲を見せる格好にすると人差し指を残して後の指を折り曲げる。

 そして、その人差し指を魔術師たちに向け、上下へと振る。

 無言のまま挑発するシンの姿に、優位に立っていると思っていた女魔術師はプライドを傷付けられたのか嘲笑を潜め、険しい顔付きとなった。周りの魔術師たちも似たような顔つきになる。

 

「……そう。それが貴方の答えだというのならばいいわ。ここで消えなさい」

 

 魔術師たちの手の中に多色の光が溢れ出る。

 

「お前らが消えろ」

 

 ここで初めて口を開いたシンは招いていた手を止め、その手の中に魔力の剣を形成する。

 その直後、この階の窓や備品等が全て、旧校舎外へと吹き飛ぶ程の轟音が響き渡るのであった。

 

 

 

 

 ヴァーリ、セタンタが外へと出て間も無くした頃、会議室の床に突如として魔法陣が浮かび上がる。

 それを見たサーゼクスやセラフォルーは苦渋に満ちた表情となり、ミカエルは表情を険しくし、アザゼルは失笑した。

 サーゼクスはすぐさまグレイフィアに指示を飛ばし、一誠とリアスを旧校舎へと転送させる。

 何が起こっているのか理解出来ずに戸惑う一誠と、床に描かれた魔法陣が何を意味しているのか悟り、驚く表情をしたリアスが、転送用魔法陣の光に包まれた直後、現れた魔法陣から一人の人物が姿を現す。

 胸や脚などを露出させた、一見すればボンテージを彷彿とさせる妖艶なドレスを纏い、その格好を見事に着飾れるほどの同じく妖しげな魅力を放つ眼鏡を掛けた女性。長く伸ばし一括りにした髪や厚めの唇、艶のある目付き、張りのある褐色の肌、男を欲におぼれさせそうな体つきをしていた。

 

「ごきげんよう。現魔王サーゼクス殿。……そして仮の魔王セラフォルー殿も」

 

 現れた女性はサーゼクスには不敵に、セラフォルーには隠し切れない憎しみを込めて挨拶をする。

 現れた女性の存在に正体を知らない木場たちは警戒するが、次に出てきた言葉の衝撃でその警戒心が一気に高まる。

 

「先代レヴィアタンの血を引く者まで出て来たか……一体、どういうつもりだカテレア」

 

 先代レヴィアタンの血を引く者。すなわち先代魔王の直系を意味する。

 

「貴方方に報告があって参りました。我ら旧魔王派のほぼ全ては『禍の団』と協力体制を結ぶことを決定しました」

 

 笑みを浮かべながらの宣戦布告に木場たちは戦慄し、サーゼクスとセラフォルーは厳しい表情となる。

 

「……再び戦争がしたいのか」

 

 サーゼクスは苦い表情を浮かべたままカテレアを咎める。

 そもそも旧魔王派とは、旧四大魔王が滅びたとき、その血を受け継ぐ者たちが戦争の継続を訴え、それに賛同した者たちのことを指す。

 しかし、長い大戦で疲労困憊としていた悪魔側にしてみれば戦争の継続など自殺行為に過ぎず、事実大半の悪魔はその訴えに従わず、賛成派と反対派によって争いを起こし、結果として反対派が勝ち、旧魔王派は冥界の隅へと追い遣られ、以後は現四大魔王の政権に関わることは無くなった。

 その内輪揉めの結果、完全に戦争を継続する力を失ってしまったというのはあまりに皮肉である。

 

「ここになって新旧魔王の確執が本格になったって訳か。いや、動くとしたらここしかないよな。悪魔側も大変だ」

「そんなことが無いように目を光らせていた――つもりだったがね」

 

 茶化す様に言うアザゼルに対し、サーゼクスは自嘲気味に笑う。想定していて止められなかった己の不甲斐なさを内心で責めている顕れであった。

 

「……カテレア、無限の力に降ったか」

「ええ。『無限の龍神〈ウロボロス・ドラゴン〉』のオーフィスの庇護の下に入りました。彼の力は私たちの力となります」

 

『無限の龍神』オーフィス。禍の団の首領にして象徴。赤い龍と白い龍を遥かに上回り、その実力は神すらも恐れると言われるドラゴン。最強という称号に限りなく近い場所にいる存在である。

 

「彼の力を使い、世界を再構築し、その新たな世界を我々が導く。それが旧魔王派全ての意志です」

「カテレアちゃん! どうしてそんなことを!」

 

 セラフォルーが悲痛な声を叫ぶ。カテレアの言葉を信じるならば、彼女たちは今ある世界を滅ぼすことを目的にしていることとなる。

 そんなセラフォルーをカテレアは憎しみを込めた目で睨みつけた。

 

「セラフォルー……! 私から『レヴィアタン』という座と誇りを奪った女がぬけぬけと……! 血を受け継ぎながら名を継ぐことが出来なかった屈辱が貴女に分かるのか!」

 

 般若の様な形相で怨嗟の込めた台詞を吐くが、突如表情を変え嗜虐的な笑みを浮かべる。

 

「新たな世界では『システム』も法も理念も私たちが決め、オーフィスはそれを守護する為の絶対的存在として君臨してもらいます。だからミカエル、アザゼル、セラフォルー、サーゼクス……」

 

 カテレアは指を鳴らす。

 

「貴方達の時代は終わりです。この場で死になさい」

 

 その瞬間、カテレアを除く会議室にいる面々が光に囲まれる。それは校庭で三勢力を葬った破魔と呪殺の光。

 逃げようにも既に展開している術からは逃げようも無い。

 木場たちは万事休すと目を閉じ、この場に居ない一誠やリアス、シンたちに詫びの言葉を胸中で言う。

 ――しかし、それから数秒経っても何も変化は無い。

 

「ほう。見事、見事」

 

 聞き覚えのない言葉が聞こえ、恐る恐る目を開けたとき、木場たちが見たものは驚愕した表情をするカテレア。そして、いつの間にか校庭から会議室内へと移動していただいそうじょう。

 そして、自分の周囲に衛星の様に小さな赤い魔力の球体を旋回させているサーゼクスの姿であった。

 

「申し訳ないが、これ以上私の前で犠牲を出すつもりはない」

 

 何が起こったのかは分からなかったが、サーゼクスが何かをしてこの場に居る全員を救ったのだけは理解出来た。

 

「流石は現魔王といったところかのう」

「お褒めに預かり光栄です。私が今の魔王、サーゼクス・ルシファーです。魔人殿、お名前を窺っても?」

「名は当の昔に捨てた。『だいそうじょう』、それが拙僧を表す唯一無二の言葉よ」

 

 つい今しがた殺されかけたというのに互いに自己紹介をする二人。

 

「ではだいそうじょう殿――」

 

 周囲を旋回する魔力の球体がサーゼクスの掌へと集まる。

 

「貴方のお相手。私が務めさせて頂く」

 

 救済の魔人に真紅の魔王が挑戦状を叩きつけた。

 

 




色々とキャラを動かしていますが、それでも影が薄くなってしまうキャラが何人か出てきます。
多くのキャラクターを動かすのって難しいですね。

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