ハイスクールD³   作:K/K

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祈願、氷息

 一誠がここに来るまでの間に起こった出来事をリアスに報告する。リアスから休養を言い渡されていた一誠は、することもなく児童公園で時間を潰していたところ、ある少女と偶然出会う。その少女の名前はアーシア。

 シンにとっては初めて聞く名前であった。小声で木場にアーシアという少女について知っているか尋ねた所、木場自身詳細は知らないものの先日、一誠がはぐれ悪魔祓いに襲われた場所にいたシスターであり、その前から一誠との面識があったという。はぐれ悪魔祓いと共に行動をしていたということは必然的にそのシスターも堕天使側の人間である。

 一誠は更に語る。その少女と共に今日一日共に行動していたことを。そしてその少女は一誠と同じく『神器』を持ち、その力で先日受けた傷を治癒してくれたことを。そして最後に、あのレイナーレという堕天使の前に成す術なく敗れ、アーシアのレイナーレへの懇願によって救われた自分のことを血を吐くように語った。

 一誠は真っ直ぐにリアスを見つめ、レイナーレの居る教会へアーシアを助けに行くことを提案する。が、リアスは断固とした態度でその提案を却下した。

 しかし、一誠の方もそのまま諦めるはずも無くリアスに食い下がる。リアスは返答の代わりに一誠の頬を叩いた。乾いた音が静まった部室によく響く。だが、それでも一誠は怯まない。

 一誠は堕天使が去り際に言った『儀式』という言葉に胸騒ぎを覚え、アーシアの命が危機に瀕するのではないかと思い一人でも教会に乗り込むと言い放つが、リアスは冷静な声で一誠の無謀さを諭し、一人で行けば確実に死ぬだけだと言う。リアスの話し方は最初の方こそ冷静ではあるが、徐々に言葉に熱を帯びていく。

 一誠はその言葉を聞き、迷いなく言う。自分を眷属から外してくださいと。

 

「そんなことができるはずないでしょう! あなたはどうしてわかってくれないの!」

 

 リアスの熱が一気に爆発する。シンがついこの間見た静かな怒りとは正反対の爆炎のような怒り。そのような怒りの感情を真正面から受けても一誠の意志が揺らぐ気配はない。

 その表情でシンはもう既に一誠の答えは決まっているということを悟る。たとえ最後の命の一片を使い切ってでも事を成す、そんなすでに決定した意志を変えるというのは至難の業である。一誠がリアスに対し、ことの顛末を言ったのはある意味自分のことを切り捨てて貰う為に言ったのかもしれない。

 

(頑固な二人だ)

 

 意見を曲げずリアスと睨み合う一誠の姿を見て、シンはそう思う。シンの考えとしてはリアスの言うことは真っ当であり、この場で間違っているとすれば一誠の方であるのは分かっている。だが、不思議と一誠に対して不快感を覚えなかった。

 一誠は断固とした意志で、自分はアーシアという少女と友達になったこと、そしてそれ故に彼女を見捨てることが出来ないと言い放つ。リアスは、臆せずにそのようなことを言う一誠を褒める一方で、悪魔と堕天使の関係は一誠の想像以上に薄氷のように脆く、危うい関係であることを説く。

 

「敵を消し飛ばすのがグレモリー眷属じゃなかったんですか?」

 

 返す一誠の言葉にリアスは閉口し、反論の代わりに一誠を睨みつけるが、一誠も怯まずにその碧眼から放たれる射抜くような視線を真っ向から受け止めた。

 堕天使側に居るアーシアを悪魔が救う義理など無いと、あくまで悪魔側のスタンスを崩さないリアス、その考えを拒絶し自らの意思を曲げない一誠。話は完全に平行線を辿る状況となった。

 停滞したかと思えた状況。それを動かしたのはいつの間にか席を外していた朱乃であった。朱乃はリアスに近づくと何かを耳打ちする。朱乃が何を言ったのかは聞かされたリアスにしか分からないが、それを聞いてリアスの顔色が変わり、ただでさえ険しかった表情は、その上で苦虫でも噛み潰したかのような表情となる。朱乃のもたらした報告はよほど聞き捨てならないものであったらしい。

 

「大事な用事が出来たわ。私と朱乃はこれから少し外に出るわね」

 

 そう言って一誠との話し合いを打ち切ると、外へと出る準備を始める。当然、話が終わっていない一誠は納得するはずも無く、去ろうとするリアスに食い下がろうとするが、その前にリアスは一誠の口に人指し指を押し当て静かに黙らせる。

 

「イッセー、あなたにいくつか話しておくことがあるわ。まず、一つ。あなたは『兵士〈ポーン〉』を弱い駒だと思っているわね? どうなの?」

 

 リアスの問いに一誠は頷く。ここで初めてシンは一誠の駒が『兵士』であることを知り、この間一誠と会ったときに表情に翳りがあったのかを察する。あの時点で一誠は自分の駒が『兵士』であることを知り、周りと比べて劣等感を持っていたのであろうとシンは推測した。

 リアスは頷く一誠の考えを否定する。そして、『兵士』には他の駒にはない特殊な力『プロモーション』という力を秘めていると語る。このときリアスの視線が、一誠から一旦離れてシンに向けられた。恐らくは一誠と共にこの場で『兵士』について能力を聞くようにというリアスの合図の様なものであろうと考え、シンは一字一句聞き逃さない様に聴覚に神経を集中させた。

 『プロモーション』とは『王〈キング〉』が敵の陣地と認めた場所の最奥に着いたとき、実際のチェスと同様に昇格し『王』以外の駒の能力を得るというもの。リアスの言った通りならば、一誠は使い様によっては眷属の中で最強になれる力を秘めているということになる。尤も現在の一誠の実力では負担が掛かりすぎるため、『女王〈クイーン〉』以外の駒にしか昇格出来ないとリアスは付け加えておく。

 敵地に乗り込もうとする一誠に対して態々、『兵士』という駒の有効活用の仕方を教える。それの示す意味をシンは察する。

 

(それはつまり、そういうことでいいんですね? グレモリー部長)

 

 リアスの意図をシンなりに解釈しつつ両者の会話を聞き続ける。

 リアスはその白い手で優しく一誠の頬に触れ、自らの『神器』を使う際に強く想う様、言い聞かせる。その強い想いに『神器』が応えてくれると。

 そして、最後に『兵士』でも『王』を取れることを告げると、朱乃を連れて魔法陣の中に入り、何処かへ転送されていった。

 木場や小猫に何も言わずに行ったという事実に、シンは自分の解釈が間違っていなかったことを確信する。そして、シンはリアスに対して間違った認識をしていた。

 

(頑固じゃなくて、素直じゃない……か)

 

 少しの間、リアスから言われた言葉の意味を噛み締めていた一誠であったが、覚悟を決めたように大きく息を吐くとシンたちに背を向け、部室から去ろうとする。

 それを木場が呼び止め、改めて一誠の意志を確認するかの様に現実的な問いを投げかける。『神器』を持とうと『プロモーション』が使えても、はぐれ悪魔祓いや堕天使の集団を相手に一人で戦うのは無謀という正論。

 

「それでも行く。たとえ死んでもアーシアだけは逃がす」

 

 自分でも無茶だと自覚していても、絶望的な状況だとしても一誠の決意は揺るがない。

 

「いい覚悟といいたいところだけど――」

「行っても無駄死にだな。目的の前に死ぬのが目に見えている」

 

 ここでシンが口を挟む。一誠の決意に水を差すような言葉に流石の一誠も一気に頭に血が昇る。

 

「だったら!」

 

 一誠が怒鳴る前に木場が割り込んだ。

 

「僕も行く」

 

 思いもよらない木場の言葉に一誠の興奮は急激に冷め、目を丸くする。シンの方は特に表情を変えず、参戦を希望する木場の横顔を見ていた。

 木場は一誠を『仲間』だと思っている故に一誠の意志を尊重し、手助けをしたいと語る。そして、本音を隠さず、今回の件に関わっている堕天使や神父の存在も気に入らないと、負の感情を込めて言う。そのときに浮かべていた顔は、昼休憩のときにシンに見せたあのときの顔であった。

 一誠も初めて見る木場の一部分に軽く息を呑むが、当の本人は特に気にした様子も無くいつも通りの口調で、付いていく理由はそれだけではなく、『プロモーション』の説明を語ったことでリアス自身も、遠回しであるが一誠のこれから起こす行動を認めていることを一誠に説明をした。そのとき、木場の顔に普段の笑みでは無く苦笑が浮かんでいたのは、シンと同じくリアスに対して、素直ではないな、という気持ちがあったのかもしれない。

 木場の説明でリアスの真意に気付かされた一誠は、顔を紅潮させてリアスへの心遣いに感激をしている。そんな感動している最中の一誠に小猫が近づき、いつもの無表情のまま、私も行きます、と告げた。

 

「感動した! 俺は猛烈に感動しているよ、小猫ちゃん!」

 

 大げさではないかと思える程に喜ぶ一誠の姿。木場が参戦したことよりも嬉しそうにしているので、木場も自分の存在が忘れ去られているのではないかと引き攣った笑みになっていた。

 

「それじゃあ、行くとするか」

 

 そう言ってソファーから立ち上がるシンの姿に三人の視線が集まる。

 

「え……間薙も来てくれるのか?」

「行かないとは一言も言っていないだろ」

 

 意外そうな表情をする一誠にシンは、少々感情を込めた言葉を返した。この場を黙って見送るような人間だと少しでも思われたのが、彼にとって心外であった。

 

「理由は……まあ、木場や塔城と殆ど変わらない。アーシアという見ず知らずの人間を助けたいと思うほど俺は聖人君子じゃないが……兵藤、お前の手助けならしてもいいと素直に思えたからな」

 

 決してはぐれ悪魔祓いや堕天使の存在を軽視し、自分が死ぬかもしれないという未来の想像を欠如させての考えではない。それら全てを混ぜ合わせて考えた結果、兵藤一誠という存在に対し助力してもいいというものが残った。この女好きで、考え無しで、いろいろ厄介なことに首を突っ込んで、それでも意志を曲げず、真っ直ぐに生きようとする一誠という一人の悪魔を、シンなりに気に入っている故の結果であった。

 

「間薙……」

 

 一誠からは感謝するような目を向けられ、木場や小猫からも好意的な視線が向けられる。そういったものに慣れていないシンは、誤魔化すように肩に乗るピクシーへと目を向けた。

 

「そういうわけで、ピクシー――」

「うーん。じゃあ、シンも行くならあたしも行く」

 

 ここに居ろ、という言葉を言い終える前にピクシーは付いていくことを宣言する。これには一誠たちも驚く。ほんの数日前に堕天使にさらわれたことを知っているからであった。

 

「いいのか?」

「うん、危なくなったらあたしを守ってね! そしたらあたしもシンを守ってあげる!」

 

 短くも意志を確認するシンの問いにピクシーは迷いも無く答える。ピクシーの答えは一度だけではあるが共に戦い、勝った相手への信頼が含まれていた。

 

「ピ、ピクシー……! お前はなんて出来た妖精なんだ!」

 

 再度、感無量といった様子の一誠。シンが行くと言ったときよりも心なしか感激しているように見えたのはシンの錯覚であろうか。なんとなくではあるが、先程の木場の心情を把握してしまうシンであった。

 

「んじゃ、五人でいっちょ救出作戦といきますか!」

 

 気合を込めて宣言をする一誠。我先にと部室から出ていこうとするが、ここで木場は少し準備したいことがあると言う。それを聞いて一誠は校門前に指定した時間までに集まるように言い、最初に部室を出て行った。

 木場は部室に残り、シンと小猫は一誠に続いて部室から出ていく。

 

「塔城。少し聞きたいことがあるんだが」

「はい。何ですか?」

 

 シンが小猫から聞いたのは、この学園から目的地となる教会までの距離。今から出発すればどのくらいで着くかという確認であった。おおよその把握をするとシンは小猫に礼を言い、自分も少し準備があると言って小猫を先に行かせる。

 小猫が先に行ったのを確認すると、シンは上着のポケットからリアスの使い魔の蝙蝠を取り出した。本来なら部室に入ってすぐに返すつもりであったが、色々とあってタイミングを逃してしまい返すに返せなかった。しかし、このような状況になったことを考えれば、偶然とはいえ返さないことは正解であった。

 掌の上でリアスの使い魔はシンとピクシーを見て、キーキーと鳴く。シンは蝙蝠に教会に着く大体の時間を告げると、廊下の窓を開けた。

 

「部長によろしく」

「またねー!」

 

 蝙蝠の翼を軽くつつくと、主へと向かって蝙蝠は掌から飛び立っていった。万が一のことを考え、一応リアスたちへこちらの情報を送っておく。相手がどのような反応を示すのかは分からないが、少なくともこちらにとっては悪影響を及ぼすことはない、とシンには思えた。

 

「先輩」

 

 突然話しかけられシンの動きが硬直する。声の方へと目を向けると行った筈の小猫が立っている。

 

「いまのはリアス部長の使い魔ですね」

「……ああ」

「そうですか」

 

 間違ったことをしていないつもりだが、黙って一人でやったことを見られ、後ろめたさが心の裡で滲み出てくる。だが、小猫はそれ以上詮索をせず、行きましょうとシンを促し共に一誠の待つ場所に向かう。

 

「ねーねー、こねこ。さっきのこと詳しく聞かないの?」

 

 ピクシーが疑問を素直に口にする。

 

「……間薙先輩が間違ったことをするような人には見えませんから」

「ふ-ん」

 

 シンと小猫は入部前から交流があったが、それでも浅いとも言える程の交流であった。普段から無表情で感情の起伏が少ない小猫から、そこまで評価されていたことはシンにとって初耳であった。

 

「じゃあ、イッセーを助けるのもシンと同じ感じ? 嫌ってそうに見えたけど?」

「……えっちな部分は嫌いです。でも、兵藤先輩がしようとすることは嫌いじゃないです」

 

 いつものような平坦な口調ではあるが、シンにはそれが紛れもない小猫の本音のように聞こえた。

 

「成程……塔城」

「……はい」

「お互い、死なないように頑張らないとな」

「はい」

 

 死地になるかもしれない場所へと赴く前の会話としては短く、簡素なものであったが、その短さの中には言葉だけではないものが込められていた。

 

(出来ることなら死にたくもないし、死なせたくもないな)

 

 共に戦う者たちの顔を脳裏に浮かべながら、その気持ちを静かにシンは強めていくのであった。

 

 

 

 

 教会に着く頃には日が落ち、空には星の光が見え始めている。教会に近づく度に感じていた悪寒は、教会を前にして最大限まで高まり、シンは不快な感覚を覚えずにはいられなかった。隣では一誠も同様の感覚を覚えていたのか、頬には日が落ち気温が下がっているにも関わらず汗が垂れている。それがこの場の空気の悪さによる冷や汗であるのは明白であった。

この感覚は何度か味わったことのある堕天使の気配であることをシンは不本意ではあるが理解していた。

 教会に注意を払いながら、木場が制服から何かを取り出し地面に広げる。それは教会の内部を描いた図面であった。

 

「まあ、相手陣地に攻め込むときのセオリーだよね」

 

 当たり前のように言う木場に対し、同意の言葉を口にする一同。ただし、一誠だけ話に置いて行かれたかのように忙しなく周りを見ていた。

 

「……一応俺は気付いていたぞ」

「私もです」

「あたしもー」

「……」

 

 部室に残った木場が何を準備していたか大体の察しがついていたシン、それに同意する小猫とピクシー、一誠のみ完全に思考の外にあったらしく口を閉じて沈黙をしていた。

 木場は苦笑を浮かべながら、アーシアが現在囚われていると思われる図面に描かれたある場所を指で示す。

そこは教会の聖堂。それを見て、他の場所は無視してもいいのかという疑問を一誠が述べるが、木場は『はぐれ悪魔祓い』の組織は聖堂の地下で怪しげな儀式を行うのが大体の行動であると答えた。どうしてそのようなことをするのか、一誠は再度疑問を口にした。

 木場曰く、最も聖なる場所で邪悪な呪いを行うことで神を否定し、穢し、冒涜することで恍惚に浸る。神に捨てられたと思っている者たちの一種の復讐であるらしい。

 それを聞いて、一誠は不快そうな表情をする。その感情が向けられたのはそのようなことを行う連中か、もしくはそのような連中を生み出した神か、あるいは両方か。

 シンはそれを聞いても正と負どちらの感情も湧くことはなかった。あえて感想を言うならば、それほどまでに神という存在を嫌悪し否定し冒涜しながらも、決して無視することも忘れることも出来ず憎悪という形で神と向き合い続ける連中は、結局骨の髄まで神に浸され、縛られた存在なのであろう、というものであった。

 

(ある意味では、これも神の奴隷なのか?)

 

 そんなことを考えているうちの話は先へと進んでいく。救出のプランは至って単純なもので、入口から聖堂まで最短で駆け抜け儀式を行う場所の入口を探す。当然、その間にある相手の妨害を考慮しなければならない。

 作戦とは言えない作戦ではあるが、相手が儀式を完了した時点でこちらの負けであり、相手がこちらの都合など考える筈もないので、内容よりもこちらの行動の迅速さが重要である。

 教会の入口付近まで近づくが、相手の反応は無い。罠という可能性が捨てきれないが躊躇をしている時間もあまり無い。

 最初に一誠が入口に入り救出の口火を切る。その後に続いて、他のメンバーも教会の中へと突入していく。入口に入った瞬間には相手にこちらの動向を把握されているのは間違い無い筈であるが、妨害しようとする気配が見えない。

 そのまま何事も無く入口を抜け、聖堂前の扉へと辿り着く。先手を切って一誠が両開きの扉を勢いのまま開いた。

 中に入ると、シンの目に最初に入ったのは頭部を破壊された聖人の像。唯でさえ不気味と感じるものが微弱な電灯の灯りと蝋燭の炎の揺らぐ灯りで、より不気味さに拍車を掛けていた。

 そのとき、聖堂内に拍手が響く。その音の主は、柱の陰から笑みを浮かべて現れた。

 

「ご対面! 再会だねぇ! 感動的だねぇ!」

 

 自分たちとさほど差の無い年齢的な容姿をした白髪の青年。シンは初対面であるが、口ぶりから一誠を襲ったはぐれ悪魔祓いと推測した。木場の説明からシンはもっと年のいった人物を想像していたが、現物は大分若い。容姿も整って美青年とも称してもいい顔立ちであるが、その顔に浮かべる歪んだ笑みがそれを台無しにしていた。

 

「俺としては二度会う悪魔なんていないってことになってたんだけどさ……って何か新顔さんがいるじゃないですかヤダー! どうも快楽と殺戮の悪魔祓い、フリード・セルゼンでぇす! 趣味は悪魔解体ショー、座右の銘は悪魔はマジクソ。そして、すぐにグッドバーイ! 何故ならそれが俺の生きる道だからでぇす! つーわけで死ね! マジでさあ死んでくれよぉ! このクソで屑な悪魔どもがよぉぉぉぉぉぉ!」

 

 支離滅裂な自己紹介と共にいきなり情緒不安定に激昂するはぐれ悪魔祓いのフリード。シンがフリードの言っていることで理解できたのは精々名前ぐらいであった。この神父のことを語っていた木場が嫌悪している感情を浮かべていたことや、いま一誠が顔を顰めている理由がシンにはよく理解できる。

 

「なんか、バカっぽそうな喋り方をする人間だね」

 

 小声でボソリと言うピクシー。その意見にはシンも同感であった。

 フリードは懐から棒のようなものと拳銃を取り出す。すると、棒状のものの先から空気を震わすような音と一緒に光が噴き出し、その光が剣身を形成する。この力こそがシンが説明を受けた、はぐれ悪魔祓いが堕天使から授けられているものである。

 戦闘態勢を取るフリードに一誠たちも構える。五対一という圧倒的に不利な状況でもフリードの歪んだ笑みは消えず、挑発するようにアーシアという少女のことを罵倒し、死んだ方がいいとさえ言う。それが聞き捨てならなかったのか、一誠は怒りを露わにし、アーシアの居場所を問い質すと、フリードは拍子抜けがするほどあっさり答え、隠し階段のある祭壇を指した。

 余裕かあるいは何も考えていないのかは分からない。ただ、分かることがあるとすれば、ただではそこには行かせないというものであった。

 

「セイクリッド・ギアァ!」

 

 一誠が叫ぶとその手に赤い籠手が装着される。それを見たピクシーは軽く呻いて、シンの背後へと隠れた。一誠の赤い籠手には、ピクシーの苦手と感じるものが秘められているらしい。

 木場もいつの間にか手に握っていた鞘から剣を抜く。シンの記憶が確かならばここに来るまでの間、木場は手ぶらであった筈であった。そして、小猫は聖堂内に置かれてある自分の何倍もの重さがある長椅子を軽々と持ち上げる。

 ここに来るまでの間に『兵士』以外の駒の特性を聞いていたが、目の当たりにすると何とも現実離れをした印象を受ける。

 小猫の持つ駒は『戦車〈ルーク〉』その特性は怪力と防御力の特化。小猫はシンの前でそれを遺憾なく発揮している。

 

「成程」

 

 シンはそれを見て右手に紋様を浮かべる。小猫に倣い近くにあった蝋燭の燭台を掴んだ。そのとき、胸の奥で何かが蠢いた。痛みではなく、その何かがシンに、言葉の代わりに自らの存在を報せるかのように脈動する。ちょうど初めて『悪魔の力』を使ったときと似た感覚であった。ただ、違う点を挙げるとするならば、あのときは突き破るような衝動だったが、今回は蓄積していくかのような感覚であった。

 

(何だ……)

 

 シンがそれについて確かめるよりも前に小猫が行動に移る。シンは詮索を後回しにし、目の前のことに集中し、手に持った燭台を構えた。

 

「……潰れて」

 

 小猫が神父目掛けて長椅子を放る。しかし、神父は重量のある長椅子を手に持つ光の剣で軽々と両断する。が、その両断した長椅子の陰から燭台がフリードの顔面目掛け、投槍のように高速で襲いかかる。

 

「しゃらくせぇ!」

 

 長椅子を斬り払った状態から、超人的な反射神経で上体を後ろに逸らしそれを躱す。狙いが外れた燭台は壁に激突し、深々と突き刺さる。

 間髪入れず、今度は木場が動く。木場の持つ駒は『騎士〈ナイト〉』その特性は速度の特化。シンの視点で木場が、右足が地を踏みしめたのが見えた次の時には、その場から木場の姿が消え、離れた場所にいるフリードの前に剣を振り下ろす構えを取っている。一足で距離を瞬時に縮めた木場、『騎士』の名に恥じぬ機動力であった。

 だが、フリードはそれにも反応し振り下ろされた木場の剣を光の剣で切り払う。どういう理屈か両者の剣は火花と金属音を散らして弾かれあうが、すぐさまフリードは反対の手に握る拳銃を木場の眼前へと突きつける。しかし、引き金を引くよりも先に木場もまた空いた手に持った鞘を下から振り上げ、フリードの手首に打ちつけた。その衝撃で拳銃を持つ手は跳ね上がり、天井へと光弾が撃ち込まれる。

 木場はその場で片足を軸にしてフリードに背を向けるように回転。それによってフリードの視点から剣が木場の体で隠れる。その間に逆手に持ち替えた剣を、鞘の一撃で空いた胴へと向けて突き出す。だが、フリードは片足を上げ、その靴底を突き出された剣先に向ける。靴底に金属でも仕込んでいたのか、甲高い音を上げ木場の突きを靴底で受けると、その力を利用して後方へと飛び、その最中狂気染みた笑みのまま、狙いを定めていないかのように腕を激しく振るい、拳銃から光の銃弾をばら撒いた。

 木場は持ち前のスピードでそれを避けるが、いくつもの弾丸が一誠やシンたちにも襲いかかってきた。咄嗟に身を低くしてそれを避ける。

 

「アハハ! 残念、無念! 邪魔くせぇから何匹か仕留めてやろうとしたが、目論見外れてショボボンですたい! しゃらくせぇ! 屑が生意気に避けてんじゃねぇ! 殺すぞ!」

 

 気色が悪いくらいに感情を瞬時に変えていくフリード。だが、言動とは裏腹に実力は相当なものであり、木場の速さに付いていく所か、こちらを牽制する攻撃まで加えてきた。

 

「やるね。かなりキミ強いよ」

「あんたもやるねぇ! 『騎士』か!」

 

 突き刺すような視線をフリードに向けながらも素直な賞賛を送る木場、フリードはフリードで楽しんでいるようであった。互いの言葉に焦りは無く、両者共に余裕が感じられた。

 

「じゃあ、僕も少しだけ本気を出そうかな」

 

 そう言い、手に握る剣を眼前まで持ってくると祈るように構える。

 

「喰らえ」

 

 その言葉を合図とし、剣身の根本から霧のような黒い靄が現れ、剣身を包み込んでいく。やがて剣は漆黒と称する様な光一つ反射しない、闇に形を与えたかのような剣身へと変わった。

 木場はその剣を構え、地を蹴る。先程のようにフリードの前に姿を現した木場は横薙ぎに剣を振るう。それに反応し、フリードは光の剣を縦に構えそれを防ごうとする。が、剣と剣が触れ合った瞬間、金属音は鳴らず、木場の振るった闇の剣は光の剣の半ばまで食い込み、なおかつ染め上げる或いは喰い尽くすように光を蝕んでいく。この光景にフリードも余裕を保てなくなり、動揺の声を上げた。

 

「な、なんだよ、こりゃ!」

「『光喰剣〈ホーリー・イレイザー〉』、光を喰らう闇の剣さ」

 

 律儀に答えた木場からもたらされた情報にフリードの表情は変わり、いままでの無茶苦茶を表現するような感情では無く、素の感情なのではないかという声で叫ぶ。

 

「て、てめぇも『神器』持ちか!」

 

 そうなのか、とシンは言葉にせず心の裡で思うが、そのことについては後で確認すればいいと考え、木場が『神器』を持っていたという事実は頭の隅に退ける。

 フリードは木場の剣に対抗し、手に持つ光の剣を更に輝かすが、それは闇の浸食を僅かに遅らせる程度であった。フリードの意識は、完全に木場へ向けられ一誠たちから離れている。

 シンは一誠に視線を向ける。一誠はそれに気づき軽く頷く。

 次の瞬間には二人は駆けだしていた。

 

「『神器』! 動けぇぇぇ!」

『Boost!』

 

 一誠の叫びに呼応し、籠手の宝玉から音声が発せられる。

 一誠の叫びに気付き、フリードは舌打ちすると後方へと下がり木場と距離を取ろうとする。

 

「逃がさないよ」

 

 フリードが離れた瞬間、木場は持ち手を柄頭にまで移動させ、それによって広がった間合いを使い、光の剣の鍔元を斬る。光の剣は完全に力を失い剣身が消滅する。今のフリードの手元に残る武器は拳銃しかない。

 

「あああ! うぜぇうえに! しゃらくせぇぇ!」

 

 激怒したまま拳銃を駆ける一誠とシンに向けた。このとき一誠がシンの一歩前に飛び出す。

 

「プロモーションッ! 『戦車』ッ!」

 

 拳銃から吐き出された光弾は、一誠の体に触れると同時に弾かれて霧散し光へと還る。フリードはこの時点で一誠の駒が『兵士』であることに気付き、驚いた表情を浮かべる。

 

「肩を借りるぞ」

 

 シンは一誠の返答を聞くよりも先に飛び上がると、一誠の肩を足場にしさらに高く飛ぶ。フリードは、迎撃しようと拳銃を向けようとするが、目の前に迫る一誠の存在を無視することが出来ず、どちらを先に対処しようか迷い僅かな隙が生まれる。その瞬間を狙い、フリードが見落としていたシンの肩に止まるピクシーが指先をフリードへと向ける。

 

「えーい!」

 

 軽い声とほぼ同時に指先から放たれた青白い電光が、フリードへと直撃する。

 

「あばばばばばばば!」

 

 感電し体が硬直するフリードの側にシンが降り立つと、拳銃を構えていた腕を両手で掴み、足下をしっかりと踏み締め、一誠目掛けて力の限り振るう。

 

「兵藤、合わせろ!」

「おう! 戦車の特性! ありえない防御力と!」

 

 床から足が離れ、人形のように軽々と振るわれたフリードの顔面に勢いをつけた一誠の左拳が迫る。

 

「――マジですか?」

「バカげた攻撃力だ」

 

 激突。

 生々しい激突音を上げて、フリードの顔面が仰け反る。その衝撃はシンの両手にも伝わり手を放しそうになるほどであった。フリードの体を振るった勢いを殺さず、シンはそのまま振り抜いて背後の壁目掛け手を放した。フリードの体は宙を舞い背中から壁に衝突し崩れ落ちる。

 このとき、シンの胸の奥の蠢きが更に強くなる。その感覚にシンは周りに悟られない程小さく、眉根を寄せる。自分でも訳の分からない身体の異常程不安を煽るようなものは無い。

 

「ナイスパンチ!」

「おお、ありがとな。おかげでアーシアの殴られた分、キッチリ返せた」

 

 褒めるピクシーに礼を言い、倒れたフリードにも違う意味での礼を返すように敵意を込めた笑みを向ける。

 このまま倒れているかと思えたが、フリードは口から血混じりの唾を床へと吐き捨て、意識をハッキリと保った状態で立ち上がる。吐き捨てた血混じりの唾の中にはいくつか白い物が混じっている。それはフリードの折れた歯であった。

 そしてもう一つ、よく見るとフリードの足下に砕けた光の剣の柄が散らばっている。あの僅かな間にピクシーの電撃の硬直を解き、それを盾にして一誠の攻撃を軽減させたとなると、フリードの身体能力と反応速度は人外の領域である。

 

「…………」

 

 何やらボソボソと呟いているが、シンの耳には何を言っているのか聞こえない程小さい。

 

「ふざけんなよっ! クソがあああああ! #$%&&&‘#!*+¥#! #$%&&‘#*+¥#! 殺す! 絶対にだ! ぶっ殺す!」

 

 今までの比では無いほどに怒り狂う。殴られて頬が腫れ、形が歪となった顔を更に歪めて怒声と罵声を張り上げる。正直、あまりに感情を込め過ぎ、聞き取れないほどの速さと滑舌で捲し立てるせいか、言っている内容の半分も理解できない。

 感情を吐き出し終えると、憤怒の表情のままフリードは二本目の柄を取り出し再び戦闘態勢に入ろうとするが、自分の周りに立つ一誠たちの姿を見て、自分の状況を理解したのか、急激に感情を冷やし、代わりにこちらを小馬鹿にするような笑みを浮かべた。

 

「おーおー。これはピンチですねぇ! 俺の聖書には悪魔は殺せって書いてあるんですけど、悪魔に殺されるってのは書いてないんですねぇ! と、いう訳で! 色々心残りが有りますが、悪魔に殺されるのはNGなんで! ここはバイビー!」

 

 ここでフリードが柄を握っていた手を開くと中から球状の物体が落ち、それが床に接触すると同時に聖堂内が光に包まれる。瞬間的な光に視力が一時的に低下し、フリードの姿を見失う。

 数秒後、点滅する視界でフリードの姿を探すが、どこにもいない。すると姿を消した代わりに声が聖堂内に響く。

 

「おい。そこの雑魚悪魔と中途半端野郎……イッセーくんと……何くんだっけ? まあいいや。 俺はお前たちにもうゾッコン。絶対にお前ら殺すから。絶対に、絶対に。殴るとか痺れさせてくれるとか、ぶん回すとか、いろいろハードで許せないことしてくれたからねぇ。この代償キミたちに償わせてあ・げ・る。それじゃあ、グッナイ」

 

 感情の起伏も無い声で、捨て台詞を吐き、完全に逃亡したフリード。

 衝動と感情の赴くままに行動せず制御が出来る辺り、シンの中で頭の螺子が欠落した狂人という印象から、経験と本能で生きる野生動物のような印象へと変わる。どちらにせよ近寄りたくはないという考えは変わらないが。

 

「厄介な奴に目を付けられたな」

「お互い様だろ」

「あいつ、キラーイ」

「二人とも大変だね」

「気持ち悪い人でした」

 

 フリードに対する各々の感想を言い終えると、気持ちを切り替え、祭壇に隠された階段へと向かう。

 一誠たちの本当の戦いはこの先に有る。

 

 

 

 

 地下へと降り立つと、延々と続く一本道があった。一定の間隔で電灯が付けられている為、視界を制限されることはなかったが、両脇にも一定の間隔で扉が付いていた。

 

「たぶん、この道の奥……。あの人の匂いがするから……」

 

 小猫が一本道の先を指差す。埃とカビの匂いしか感じられないこの地下で、小猫は正確にアーシアという少女に匂いを嗅ぎ分けたことになる。動物のような特技に内心感心しながらも一同はそれを褒める時間も惜しんで走り出す。

 少しの間走ると、奥に両脇にあった扉よりも一回り程大きな扉が見えてくる。全員その扉の前に立ち止まった。

 

「おそらく、奥には堕天使とエクソシストの大群が存在すると思う。覚悟はいい?」

 

 決戦を前にして、木場が最後の確認をする。先程の数で有利な戦いとは違い、今度はこちらが数で圧倒的不利になるのは間違いない。だが、ここまできて今更退くという選択肢は無く、木場の問いに全員が頷いた。

 そして、いざ突入しようかと扉に手を掛けようとしたとき、扉は一誠たちを招き入れるように開いた。

 

「いらっしゃい。悪魔の皆さん」

 

 内部を見た一同に最初に声を掛けたのは、この儀式の首謀者であるレイナーレであった。部屋の内部には埋め尽くすようにいる、はぐれ悪魔祓いの神父たち。その神父たちの先には十字架に磔にされた少女。腰まである長い金色の髪に、通常ならば愛らしいと思える容姿と翡翠色の瞳。しかし、それは衰弱によって生気を失い見るものに悲壮感を与えるものとなっていた。その側にはレイナーレが一人立っている。それを見て僅かな疑問がシンの中で生まれる。シンがあと三人の堕天使を見たが、この場にいない。その三人はいまどこにいるのか。

 その疑問は、一誠の叫びで中断される。

 

「アーシアァァ!」

 

 確かめる必要も無く、磔にされた少女こそが今回救出の目的となるアーシアであった。

 一誠の声が届き、生気の無かった目に再び生気が宿り、救いに来た一誠の姿に涙を流す。

 

「イッセーさん……あぁあ、いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「感動の対面を邪魔してごめんなさいね。もう儀式は終わったの」

 

 一誠の名を呼ぶアーシアの声は、途中から絶叫へと変わり、それをレイナーレが笑う。アーシアの体から光が溢れ、その光が強まるほど絶叫もより強くなっていく。光がレイナーレへと流れ込んでいくと高揚したレイナーレが狂喜混じりの哄笑をあげる。

 

「これよ、これ! これこそが長年欲し、求めていた『神器』! アハハハハハ!」

「アーシア!」

 

 その姿を一誠が黙って見ている筈は無く、アーシアの下に走り出す。だが、神父たちもそれを黙っておらず、フリードのように光の剣を取り出す。

 

「邪魔は、あがぁ!」

 

 神父が言い終えるよりも先に同じく駆けだしていたシンの拳が顎に突き刺さる。それを見た別の神父がシンに刃を振り下ろそうとするが、頭上から降り注いだ電撃でその動きを無理矢理止められる。その隙に小猫がその神父の胸元に飛び込むと、その小さな拳を鳩尾に叩き込む。体をくの字に曲げながら殴り飛ばされた神父は他の神父たちを巻き込んでいき地に倒れこんだ。

 神父たちの包囲に出来た穴に一誠は飛び込み、包囲から抜ける。それでもまだ残っている神父たちが一誠の前に立ち塞がろうとするが、一誠の前に割り込んだ木場が、フリードのときに見せた闇の剣を一閃させ光の剣を破壊し、返す刃で神父たちを斬り伏せる。

 

「サンキューな! みんな!」

 

 包囲を完全に抜けた一誠は礼を言い、アーシアへと駆け寄ったが、アーシアから放たれていた光は消え、代わりにその光をレイナーレが放っていた。

 十字架からアーシアを解放し呼びかけるが、返ってくる声に生気を感じられない。

 レイナーレはその姿を笑いながら、さらに追い詰めるように絶望的な事実を一誠に告げる。

『神器』を抜かれた者は死ぬ。

『神器』を返せと激怒する一誠に冷笑して、それを断る。

 

「……くそ、夕麻ちゃんの姿が憎いぜ」

 

 一誠のその一言にレイナーレの顔が嘲笑によって歪む。獲物を嬲る蛇のような顔であった。

 一誠が夕麻という少女との思い出を一言語る度にレイナーレはそれを踏みにじる。

 一誠の本気であった恋を伝える度にレイナーレはそれを壊す。

 一誠が一生の思い出にしようとしたことを明かすとレイナーレはその傷を抉る。

 

「レイナーレェェェェェェェ!」

 

 限界を超えた怒りのまま、一誠は叫ぶ。

 

「アハハハハハ! 腐ったクソガキが――っ!」

 

 一誠に侮蔑の言葉を返そうとしたレイナーレは、突如として翼を広げて宙へと飛ぶ。そのとき高速で回転する物体が先程までレイナーレの立っていた場所を通過し、壁に刺さって止まる。壁に刺さっていたのは神父たちの持っていた光の剣であった。

 

「あら、久しぶりに会ったのに酷い挨拶をするのね。間薙くん」

「そうか、十分だったと思うが」

 

 上から見下ろしながら初めて会ったときのような声色を使うレイナーレ。それを下から睨みつけるシン。

 

「兵藤、コレと話し合っても時間の無駄だ。その娘を連れてここを出ろ」

「間薙……」

「逃げ道は木場と塔城が作ってくれる。この堕天使を倒すことじゃなくその娘を救うのが目的だった筈だ」

「間薙……でも……」

「大丈夫だって! あたしもいるし。……だからさ、イッセーはその娘を守ってあげてね」

 

 シンとピクシーの言葉に一誠は唇を噛み締めると、アーシアを抱き上げて出口に向かい走り出す。

 

「……それでいい」

「へぇ……意外と仲間思いなのね。面白みのない顔をしている割には」

 

 シンの行動を嘲笑うレイナーレ。しかしシンの表情に変化は無い。そんなとき、背後から一誠の声が聞こえる。

 

「木場! 小猫ちゃん! 間薙! 帰ったら、絶対に俺のことはイッセーって呼べよ!絶対だぞ! 俺たち、仲間だからな!」

 

 シンは振り向かず、その言葉の応えの代わりに片手を挙げ軽く振る。それだけで十分伝わると思って。

 

「まあ、神にも堕天使にも人間にも節操なく尻尾振ってすり寄る阿婆擦れに比べれば……確かに俺は面白味の無い人間かもな」

 

 シンの罵りにレイナーレから嘲笑が消えた。

 

「……そういえば、あなたにはドーナシークを可愛がってくれた礼をしてなかったわね……死ね! この半端者が!」

 

 レイナーレの濁流のような殺意を受けながらもそれを風の様に流し、シンは拳を強く握りしめる。

 胸の奥の蠢きが更に強さを増した。

 

 

 

 

 地下室を出た一誠はアーシアを抱えたまま、全力で走る。心臓の鼓動は限界まで早まり、肺は酸素をもっと寄こせと訴えるようにキリキリとした痛みを一誠に与え、喉の奥からは血の匂いが感じられた。だが、それら全てを無視して一誠は走り続ける。

 酸素を求める口は、刻一刻と弱まっていくアーシアを励ます為に使い続け、その手は冷たくなっていくアーシアの体を暖めるように強く抱き締める。

 自分の為に道を作ってくれた仲間の為に、自分の傷を何度も癒してくれたアーシアの為に、必ず救うと心の裡で強く想う。

 だが、そんな決意を蝕むように一誠の耳にはレイナーレの言葉が呪詛のように残っていた。

 

『『神器』を抜かれた者は死ぬしかないわ。その子、死ぬわよ』

 

 頭を振ってその言葉を打ち消す。認めたくは無い、だがそれでもゆっくりと衰弱していくアーシアの姿は紛れもない事実であった。

 

「アーシア! もうすぐ外に出られる! だから頑張ろうな!」

「は……い……イッセー……さん」

 

 弱々しく答えるアーシアを見て、自分の言った言葉が空しく思え、涙が出そうになる。

 

(クソ! クソ! 畜生! あああああああああっ!)

 

 声に出してこの思いを吐き出してしまいたい衝動にかられる。一誠は唇を血が出る程噛み、それを飲み込む。

 

(なあ……神様……もう十分アーシアは苦しんだじゃないか……これ以上苦しむ必要が有るなら、俺が全部引き受けるからさ……頼むよ、アーシアを助けてくれよ……お願いします、お願いします……)

 

 心の中で必死になって神に祈る一誠。

 だが、その祈りに何も返ってくることは無かった。

 

 

 

 

 シンの足下に突き刺さった光の槍が爆発し、その衝撃で後方へと吹き飛ぶ。そのまま地面へと倒れるかと思えたが、背中に何かがぶつかりシンを止めた。振り向くと小猫が、両手でシンの体を受け止めていた。

 

「塔城――しゃがめ!」

 

 シンの言葉に反応し、小猫が身を低くする。小猫の背後から飛び掛かる神父の腕を振り向きざまに掴むと、頭から地面へと打ちつけた。

 

「ありがとうございます……」

「先に礼を言うのはこっちだ」

 

 短く言葉を交わすが、それ以上会話は出来なかった。再度、頭上から光の槍が降る。

 

「させないよ」

 

 横から現れた木場が闇の剣で槍を両断して、シンたちを守る。

 

「フフフ、やるわね。でもいつまで持つかしら」

 

 その姿を滑稽そうに眺めながら、天井付近でレイナーレが笑う。接近戦は神父たちに任せ、自分は長距離から攻撃を行う。その戦いはシンとしては悔しいが効果的なものであり、その証拠にシンや小猫、木場の体には所々に傷を負っていた。致命傷となるものは無かったがそれも時間の問題である。

 レイナーレとの距離の差を攻略するのはかなり難しく。唯一この場で遠距離まで届くピクシーの電撃も当たる前に光の槍で弾かれ、当たっても身に纏った光が瞬時にその傷を癒してしまう。

 

「少し、厳しいね」

 

 額から汗を流しながら言う木場。木場の洩らした言葉をシンは責めるつもりはない。木場が多くの神父たちを相手にしていてくれたお蔭で、シンやピクシーは未だ無事であった。今、この場で最も弱いのは自分である、シンはその不甲斐ない事実を認めるしかなかった。

 

「アハハハ! まだまだこっちには兵がいるわ。そろそろ諦めたら?」

 

 見下した口調でシンたちを嘲笑うレイナーレ。その言葉を証明するようにシンたちの前にはまだ大量の神父たちの姿があった。

 

「まだまだ…――っ!」

 

 言い返そうとするシンは突如、胸を押さえ、苦しむような声を出す。

 

「間薙くん!」

「先輩!」

「シン!」

 

 戦いの最中、胸の奥で脈動し続けていたものが、暴れ始める。

 この時になってシンはようやく理解した。この胸の衝動は何か、何をシンに訴えていたのか。

 シンは胸を押さえたまましがみついているピクシーを優しく剥がし、小猫へと渡す。

 

「……少しの間預かってくれ」

「先輩……」

「木場……塔城。俺の後ろに……回れ……俺より……前に出るな……!」

 

 だんだんと余裕の無くなっていく口調。木場も小猫も心配するような素振りを見せるが、シンは目でそれを断る。

 木場、小猫がシンの背後へと移動した。これでもうシンが気にすることは何もない。

 シンはその場で大きく息を吸い込み始める。

 レイナーレも異変を察したのか、神父たちに指示を出すが、もう遅い。

 肺の限界まで吸引した空気は、肺の中で媒体となってシンの生み出した魔力により超常的な変化を起こす。魔力の影響で肺の中の空気は急激に温度を下げ始め、一瞬にして零度までいくと更に下降し続け、常人では耐えられないほどのものとなる。その余波でシンの口の端からは白い靄が漏れ出し、背後にいた木場たちは肌寒さを感じ始める。

 これこそが胸の奥にある何かが訴えていたことである。シンに報せたかったのだ。シンの中で、新たな能力〈チカラ〉が産み落とされるということを。

 右手に刻まれた紋様が一際輝きを放つ。それを合図にシンの中で限界まで下げた空気は、肺を引き絞るようにして口から吹き出す。

 内と外の温度差により白く染まった極低温の息は、迫りくる神父たちを飲み込み傍観していたレイナーレにまで届く。白い靄の中で神父たちの叫びが聞こえるが、どういった状態になっているのか木場たちには見えない。

 十数秒間吹き続けた後、白い靄が消え去ると靄の跡は全て凍り付き、シンたちの前には凍結した世界が広がっていた。

 




いろいろ書いていたら長くなってしまいました。
次で一巻の話はラストです。
二巻の話に入る前、幕間的な話を一つ入れる予定です。

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