ハイスクールD³   作:K/K

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幕間 もしも、可能性

 朝、目を覚まし学校へ向かう途中、見慣れた通学路だというのに違和感があった。新しい建物が出来て、景観が変わった訳では無い。変に感じたのは通学路で顔を合せる人たちにあった。

 毎回、決まった順路を決まった時間で歩けば、そこを通る人々も大体同じであり顔も何と覚えてしまう。その筈なのだが、今日通学路で見た人々の顔は一切記憶が無く、初めて見る顔ばかりであった。

 腑に落ちない気持ちで学園の校門を潜り、自分のクラスへ入る。そこで、自分はまだ夢の中でまどろんでいるのではないか疑った。

 男女比率が女性に傾いている駒王学園。だが、クラスを見渡すと男女比率が逆転している。

 よくよく見れば、女子が座る椅子に男子が。男子が座る椅子に女子が。

 自分の知っている世界とは違い、この世界では不思議なことに男女の性別が逆転している。

 そんな摩訶不思議な世界で何故か性別が変わらず、いつものように女子学生服を纏う少年ギャスパー・ヴラディは、目の前の光景にひたすら困惑するのであった。

 

 

 ◇

 

 

 周囲の性別が逆転していても当たり前の様に授業は行われ、当たり前の様に時間は過ぎ、放課後となる。その間、ギャスパー以外はこの世界に戸惑いを覚える者は居らず、いつもの日常を送っていた

 ギャスパーは、終始戸惑いながらも授業を乗り切る。正直、授業中は何故こんなことが起こったのか考えており勉学に身が入らなかった。結局、その考えは『心当たりが無い』という結論で終わってしまった。

 勉強用具をしまい、教室の外に出る。放課後にすることは決まっている。ギャスパーの足はオカルト研究部へ向かっていた。

 オカルト研究部教室前。よく知る場所だというのに緊張してしまう。

 ゆっくり扉を開け中を覗く。やはりと言うべきか、中は男子ばかりであった。

 

「ん? どうしたんだ? そんな所から覗いて」

 

 ギャスパーの存在に真っ先に気付いたのは中央に備えてあるソファーに陣取って紅髪の青年。

 すらりとした無駄な肉の無いモデルの様な体型。異性も同性も虜にしてしまいそうな人間離れした整った容姿。その碧眼を向けられただけでギャスパーは男性ながら心臓が高鳴るのを感じた。

 その姿は紛れもなく男体化したリアス・グレモリーである。

 

「今更遠慮する様な所でも無いだろ。早く入って来い」

「は、はい!」

 

 鼓膜を震わす魅惑的な声に、逆らうことなど出来ず迅速な動きで部室内へと入る。

 

「やあ、ギャスパー。お茶はいかがかな?」

 

 ティーポットを持って涼し気な笑みを見せる黒髪の美丈夫。男性と化した朱乃が、ティーカップに紅茶を注ぐ。その優美な立ち振る舞いは容姿もあって絵になっていた。

 紅茶が注がれたカップがソファーの前にあるテーブルに置かれる。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 ギャスパーはそそくさとソファーに座り、カップを両手で持つとすぐに飲む。だが、落ち着かないのかその目は常に泳いでいた。

 

「さっきから何だ、落ち着きがねぇ。男だったらもう少しどっしりと構えろ」

 

 ぶっきらぼうな声にびくりと体を震わせ、声がした隣に恐る恐る視線を向ける。

 制服でも鍛えられていると分かる逞しい肉体を持ち、緑のメッシュが髪に入れられている野生的な青年が隣のソファーにもたれ掛りながらこっちを睨む様な目で見下ろしている。

 

「え、えーと、そ、その、あの――」

「んだよ。言いたいことがあるならはっきりと言え。――斬るぞ、この野郎」

「ヒ、ヒィィィィィ! ごめんなさい! ごめんなさい!」

「もう! ギャスパー君を脅さないでよ。可哀想だろ」

 

 野生的な青年を窘めるのは、彼とは正反対の物腰柔らかそうな金髪の青年。野生的な青年に比べ細身であるが、陽だまりの様な暖かい気を纏っていた。

 

「あんまり後輩を甘やかすんじゃねぇぞ、アーシア。そんなんだからこいつはいつまで経ってもナヨナヨしているんだよ」

「ギャスパー君だってちゃんと頑張っているよ。初めて彼と君が会ったときなんて、ギャスパー君、口から泡を吹いて気絶したじゃないか。その頃に比べれば強くなっているよ、ゼノヴィア君」

(やっぱりそうなんだー!)

 

 男性と化したゼノヴィアとアーシアのやりとりを見て納得した。名前も女性のときと変わらないことをここで知る。

 

「もっと後輩には優しくするものだよ?」

「へいへい」

 

 ゼノヴィアは生返事をしながらより深くソファーにもたれる。

 

「もう!」

 

 反省した様子が無いゼノヴィアに、アーシアは不満そうな表情となる。

 男性の姿になっても面影はあるが、性格の方に若干の違いを感じた。男性となったゼノヴィアは常に気怠い雰囲気を纏っており、口調も少し刺々しい。アーシアの方は優しい雰囲気は変わらないものの、女性のときと比べて控え目な態度では無くなっている。両者の関係も女性のときよりも一定の距離感を感じ、険悪では無いが仲睦まじいというほどでも無かった。

 最初はどうなのかと心配したが、いざ変化を見てみると新鮮味を感じ逆に楽しくなってくる。

 

(じゃあ、小猫ちゃんはどうなっているんだろう?)

 

 自分と変わらない体型の男の子の姿を予想しながら部室内に視線を巡らせる。だが、部室内に小猫の姿は無い。途中、見慣れない熊の置物があったが。

 

「……ん?」

 

 視線を滑らせていたギャスパーは固まった様に急停止し、ゆっくりと視線を戻していく。

 熊の置物が動いた気がした。

 よく見ればそれは置物では無かった。座っているのに見上げる程の巨体。その巨体に相応しい太すぎる腕には、赤ん坊の腕ぐらいある指が連なっている。日本人離れの彫りの深い顔には陰影が差し、白い頭髪もあってコントラストとなっている。何より注目すべきは頭頂部から生える猫の耳と腰部から伸びる猫の尻尾。

 以上を総合し、出される答えは一つ。

 

(ま、ままままま、まさか、小猫ちゃんなの!? な、何であんな巨漢に!? 猫というよりももう熊だよ! 熊! 熊猫! パンダ! ――いやいやいや! そんな可愛いものじゃないけど!)

 

 衝撃が強過ぎて自分でも良く分からない思考になる。リアスたちがほぼそのままイメージであっただけにギャップの差が暴力の様にギャスパーの精神に叩き込まれる。

 大切な友人が、何時ぞや自称魔法少女と引けを取らない姿になっているとは夢にも思わなかった。おかげでつい先程まで予想していた男性姿の小猫の像は粉微塵に吹き飛んでしまっている。

 

「そう言えば、昨日頼んでいた『アレ』は終わったのか? 大猫殿?」

(だ、大猫!? そんな! 名前まで変わって!)

「ノープロブレム」

(何で英語!?)

 

 何故か敬称を付けるリアスに、何故か流暢な英語で応じる小猫。見た目、名前、力関係、更には人種まで変わっているのかもしれない。

 

「――キルゼムオール」

(ヒィィィィィ!)

「なら良かった」

 

 物騒な言葉に対し怯えるギャスパー。リアスは頷き、何事もなかったかの様に朱乃との会話を再開する。

 

「ちわース」

 

 ギャスパーの耳に今日初めて聞き慣れた声が入ってくる。

 部室の中に入って来たのは一誠であった。しかし、その姿はギャスパーと同じく男性のまま。変わらない姿に安堵を覚えつつ、何故、という新たな疑問も湧く。

 

「こんにちは」

 

 一誠の後に続いて入室してきたのは、輝かしいまでの美少女であった。

 体の動きに合わせ僅かに揺れる長い髪は、宙に溶けるのでは無いかと思えるほど細く滑らかであり、光沢の様な艶があった。スカートから伸びる白い足は長く、それでいて引き締まって形をしており、腕もまた無駄な贅肉が無い。女性の象徴たる胸部も十分豊かであり、凡その男性が理想とする女性の姿を体現しているといっても過言ではない。

 ギャスパーもその女性が入ってくるなり目を奪われる。さっきのこともあってかその美が二倍にも三倍にも増して見えた。

 ギャスパーの視線に気付き、美少女が笑い掛けてくる。

 

「こんにちは。ギャスパー君」

「こ、こ、こんにちは――先輩」

 

 急に喋り掛けられたこと、笑い掛けられたことで動揺し詰まった様な返事をしてしまう。自分の格好悪さとその美少女の可憐さにギャスパーは赤面した。

 

「遅いぞ。イッセー、祐美」

「すみません、部長」

「寝ているイッセー君を起こそうとしたら時間が掛かっちゃいました」

(こ、これが女性になった祐斗先輩なのかー!)

 

 元々美形であった木場の容姿がそのまま映し出された祐美に納得する。綺麗な人は性別が変わっても綺麗ということを理解した。一部例外もあるが。

 

「全く。イッセーは祐美に甘え過ぎだ」

「す、すみません」

「いいんですよ、部長。私が好きでやっていることですし」

「本当に祐美はイッセーのことが大好きだね」

「ピュアラブ」

 

 部員全員から揶揄われ、祐美は真っ赤になって俯いてしまう。

 

(これってやっぱりそうなんでしょうか……?)

 

 周りの反応から二人の関係を察するギャスパー。前の姿を知っているだけに複雑な気持ちになってくる。

 オカルト研究部の部員がほぼ揃った。残るはシンとその仲魔たちだけ。ここまでくるとシンたちの姿に自然と期待してしまう。木場の様な美少女となっているのか、あるいは一誠の様にそのままなのか、それとも小猫の様に姿形が大きく異なっているのか。

 あれこれ予想しつつシンたちの登場を待つ。

 しかし――

 

「じゃあ、会議でもしようか」

 

 ――シンたちの登場を待たずにリアスは会議を始めようとする。

 

「あ、あの!」

 

 思わずそれを呼び止める。

 

「ま、まだ全員来てないと思いますが……?」

「来ていない? 部員ならもう全員居るぞ?」

「――え?」

 

 リアスが冗談を言っているのかと思ったが、困惑した表情から本気でそう思っているのが分かる。

 

「間、間薙先輩のことですよ!」

「間薙? それって」

 

 ――誰だ?

 

 ギャスパーは言葉を失った。周りを見てもリアスと同様に間薙という名に全く心当たりが無いといった様子。

 

「だ、誰って……間薙シン先輩のことですよ!」

「い、いや。初めて聞く名前なんだが……?」

 

 大人しいギャスパーが食って掛かる様に聞いていたことに、リアスは驚きつつも知らないと告げる。

 

(ど、どうして? この世界だと間薙先輩は居ないの?)

 

 性別以外ほぼ同じだと思われた世界において大きく異なる点、それが間薙シンの不在である。

 

「じゃ、じゃあ! 間薙先輩の仲魔のことは!? ピクシーちゃんやフロスト君のことは!?」

「ピクシーって妖精のピクシーのことか? ピクシーを使い魔にしている奴はうちの部員に居ない筈だが?」

「フロスト? いや、そんな名前は知らないな」

「アイドンノー」

 

 シンと同じくピクシーとジャックフロストの存在もまたこの世界には消失していた。

 

「そ、それじゃあ……僕と一緒に引き篭もってくれていた、ランタン君のことは……?」

 

 声が自然と震える。否定したくてももう既に答えが分かっているというのに、誰かに否定してもらいたくて、縋る様な思いで聞いてしまう。

 

「初めて会ったとき、ギャスパー、お前一人だったじゃないか」

 

 一誠の口からジャックランタンが存在しなかったことを教えられた。目の前が真っ白になってくる。理由が分からない。シンと仲魔たちだけが消えてしまったその訳が。

 

「どうしたんだよギャスパー? 何か変だぞ? 急に知らない奴のことなんか言い出して」

「何か気分でも悪いの? その、間薙という人が関係しているの?」

 

 優しく気遣ってくれるが、今のギャスパーにはその優しさは逆効果であった。外見は変わっても中身は変わっていないことを思い知らされ、余計にシンたちだけが居ないことを異質に感じてしまう。

 

「ぼ、僕! きゅ、急用を思い出したので! こ、これで帰ります!」

「お、おい! ギャスパー!」

「ごめんなさいぃぃぃぃ!」

 

 呼び止められる声を振り切り、部室から飛び出す。

 一刻も早く調べなければならない。シンたちのことについて。

 最初に取り掛かったのは学年名簿を調べることであった。一誠たちは知らなくても、もしかしたら別のクラスにシンの名前が書かれているかもしれないという淡い期待を込めて名を探す。

 結果はすぐに分かった。二年の中に間薙シンという名は無かった。一年、三年も調べてもシンの名は無い。

 次は、シンの自宅がある住所に向かった。住所の番地はギャスパーの記憶にある。それに従い目的地を目指す。

 家はすぐに見つかった。だが、その家に掲げられている表札は間薙ではなく別の苗字だった。

 シンという存在の手掛かりはここで完全に失ってしまう。

 この時点でギャスパーは今すぐにでも泣きたい気分であった。自分は覚えているのに誰も彼の存在を知らない。そのことがただ悲しくて仕方がなかった。

 しかし、ギャスパーにはまだやるべき事が残っていた。その為に一度自宅であるマンションへ帰る。

 着くや否や、ギャスパーは倉庫の中に入れておいた段ボール箱を引っ張り出した。これは、いつもの身を隠す為の段ボールではなく、思い出の品を入れる為の保管用の段ボール箱であり、中には一誠たちとの写真、当然シンたちと写った写真も入れられている。

 段ボール箱を開き、その中のアルバムを一冊開く。

 

「……無い! 無い!」

 

 オカルト研究部全員で写っている集合写真。だが、そこにシンたちは写っていない。

 アルバムの中身を手当たり次第確認するが、どの写真にも彼らの姿は残されていない。

 自分の能力を恐れ、自ら他者との交流を断ったギャスパー。徐々に交流を増やそうと努力する彼を思い、リアスたちが少しでも思い出を増やし、それを記憶する為に撮った写真。

 その思い出の中に彼らは居ない。

 遂には残すページが一枚になってしまった。震える手でページを捲り、最後の写真が貼られているページを見る。

 そのページを見たとき、ギャスパーは抑えていた涙を止めることが出来なかった。

 最後の一枚。それは、ギャスパーが部屋に閉じ籠ることを止め、外でオカルト研究部の皆と生きていくことを決意した日に、記念として親友のジャックランタンと一緒に写った思い出の一枚。

 だが、最後のページには何も無かった。彼の存在が最初から居なかったことを表す何一つ張られていない真っ白なページ。

 

「う、うわあああああああああああああ!」

 

 慕う先輩。大切な友達。唯一無二の親友がこの世に存在しないことを確信し、ギャスパーは声を抑えることなく泣き喚いた。

 

 

 ◇

 

 

 気付くと、ギャスパーは近くの公園のベンチに座っていた。日は沈みかけ、夕方と夜との丁度境目の時間。空を夕日の赤と夜の黒が並んで染めていた。

 沈んでいく太陽を、同じくらい真っ赤に泣き腫らした目と光の無い夜の様な瞳で意味も無く見つめている。

 どうしてこうなったのか。何故こんなことになったのか。答えなど導かれる筈など無いのに、延々と頭の中で繰り返される。

 これが夢ならば早く覚めて欲しいとギャスパーは願う。不可思議な夢かと思えば、それを表面に張り付けた悪夢である。

 

「……どうしてこうなっちゃったんだろう?」

 

 正解など分からず、答える相手も居ない。

 

 ――そう思っていた。

 

「珍しい」

「え?」

 

 すぐ側で聞こえた声に驚き、すぐに隣を見る。ギャスパーの座るベンチに青年が一人腰かけていた。その出現は音も無く気配も無く突然としか表現しようが無い。

 青年は、上下に皺の無い真新しい灰色のスーツを纏い、履いている革靴もまた外履きの筈なのに土汚れ一つ無く下ろし立ての様だった。その側には山羊のレリーフが付けられたカバンが置かれている。

 頭部には同色のハンチング帽を被っていたが、ギャスパーが最も目を惹かれたのは帽子から覗く髪であった。溶けた黄金を櫛で梳いた様な金色の髪。自然では有り得ないほど輝かしい髪は夜の中でも輝いている。

 

「あれ? あれ?」

 

 そこで気付く。先程までまだ明るさが残る夕闇であった。だが、今は頭上の星々がはっきりと見える。ベンチの側に設置されている街灯の照明が点いている。

 既に周囲は夜であった。まるで青年が夜を、闇を連れてきたかの様に思えた。

 

「気になって来てみたけど――面白い。今の君はあちら側と繋がっているんだね?」

 

 困惑するギャスパーに構わず、金髪の青年は話を進めていく。

 

「原因は神器かな? だが、それだけだと足りないな。ただの神器使いならこの世界に疑問なんて抱かない筈だが……?」

 

 金髪の青年の色素の薄い碧眼がギャスパーを観察する。少し間を空け、青年は独り納得した。その奥の見えない瞳にギャスパーは萎縮し、声を出せなかった。

 

「――そうか。彼の一部を取り込んだのか。君は――ああ、吸血鬼かそれも混血の。彼の血でも飲んだのかい? 成程。それでズレを認識出来たんだね」

「あ、あな、貴方は、だ、誰なん、で、ですか?」

 

 もつれる舌を辛うじて動かし、たどたどしく更には震えた声を発する。

 

「誰、か。あまり名乗っても意味が無いかも知れないね。だけど、聞かれたからには答えよう。ベル――いや、こちら側には僕しか居ないから今はルイと名乗らせてもらおうかな」

「ル、ルイ?」

「今度は君の名前を聞かせてくれるかな?」

「ギャ、ギャスパー……ヴラディ、で、です」

 

 青年に名を聞かれ、ギャスパーは素直に名乗る。得体の知れない人物だというのに、その声に抗うことも逆らうことも出来ず、言われたままに答えてしまった。

 

「ギャスパー・ヴラディ。ここで君と会った『偶然』、僕はそれを大事にしたいと思っている。聞かせてくれるかな? 君はここで何をしていたんだい?」

「ぼ、僕は――」

 

 警戒心も恐怖心も抱いているのに、その意思に反してギャスパーの口は今まで起こったことを吐露していた。初対面の相手にこんなことをするのは、人見知りの激しいギャスパーにとって異常なことであった。だが、止まらない。思いが勝手に口から飛び出て行く。

 人に聞かせているという気持ちにはならなかった。果ての見えない穴に向かって話している様な感覚。

 ギャスパーの声を、青年は最後まで黙って聞いていた。

 

「――そうか。だから君は彼らを探していたんだね。残念だけど、君は彼らを見つけることは出来ない」

 

 全てを聞き終えた青年が微笑を浮かべる。最初に会ったときから気になっていたが、青年の口調は明らかにシンたちを知っている。

 

「し、知っているんですか! 間薙先輩やランタン君たちがどうなっているのか!」

「ここは分岐した可能性の世界。『もしも』という思いが形になった世界なんだ。そして、この可能性の世界に彼らは存在しない」

「そ、存在しないって……」

「正確に言えば存在出来ないんだ――彼らの存在そのものこそ『もしも(可能性)』なのだから」

「は、はい……?」

 

 ギャスパーには青年が言っていることが理解出来なかった。それでも青年は話を続ける。

 

「彼らの選択に他の可能性は無い。枝分かれする世界も無い。彼らはこの世界に根付いた可能性じゃない。接ぎ足された可能性だ。だからこそ常に一つの答えだけなんだ。――()()()()()()

 

 青年は自らシンたちの同類だと告げる。

 ギャスパーには分からない。だが、自分が途轍もないことを聞かされているということだけは直感で感じ取れた。

 全身が震える。体から体温が抜けていく。今すぐにでも気絶でもして意識を手放したくなる。

 それでも、ギャスパーは聞かざるを得なかった。

 

「な、なら、あ、貴方は、間薙先輩たちはど、何処から来たってい、言うんですか?」

 

 青年の視線が一旦ギャスパーから外れた。襟元を直す仕草をしながら一瞬だけ虚空を見つめる。

 

「……大きな光と深い闇が相克し相打ったとき、総ての創世は消え去った。何も無い中で闇は同朋たちの残骸を搔き集め、再び光が目覚めるその刻まで同じく眠りにつこうと思っていた。あの時までは――」

 

 声が聞こえたんだ。遠く、遠く、果てしない向こうから。

 小さく、細く、微かな声だった。

 それは確かな想いであり、何一つ存在しない無の中でその想いが響き渡った。

 その想いに込められたものが、怒り、悲しみ、喜び、嘆き、憎しみ、救い、何であったのかと分からない。だけど、その想いに引き寄せられた。

 触れれば途切れてしまう様な蜘蛛の糸の様な想いに導かれ、ただひたすらに彷徨い続けた。

 時間も終わりも何もかもが無い中でそれだけが唯一の灯。

 そして、とうとう闇は見つけた。新たな可能性を。

 

「――鳥籠の外の世界を。十三番目の想いを道標にして」

 

 青年の語りは殆ど抽象的なもので、ギャスパーには把握仕切れなかった。ただ分かることがあるとすれば、目の前の青年は自分たちと根本的に違う存在だということ。

 

「何が、一体何が、も、目的なんですか?」

「そんなに怖がる必要は無いよ。ギャスパー・ヴラディ。僕は君たちに害を与えるつもりはない。逆に、君たちが望めば助力も惜しまないつもりでいる。――さて、目的か」

 

 安堵させる様に笑い掛けるが、ギャスパーにはその笑みから不安と恐怖しか感じ取れなかった。人という形に無理矢理留められた圧倒的な存在感を前に、友好的な態度など何の安心にもならない。

 

「僕はただ見たいだけさ。本来交わることのない二つが交わったとき、どんな可能性が生まれ落ちるのかを。或いは、その可能性が『大いなる意思』すら下すかもしれない」

 

 青年は声無く笑う。未だに見えない筈の可能性のことを思い。心の底から、童の様に楽し気に笑う。

 

「……そういう意味では、君の可能性にも期待をしているんだ」

 

 青年は笑うのを止め、ギャスパーの顔を見る。

 

「見せてくれるかな? 君の可能性を」

 

 ギャスパーに向かって青年の手が伸びる。

 その瞬間、ギャスパーの『停止世界の邪眼』が発動した。特訓によってある程度制御出来る様になった筈だったが、青年を前にしたとき箍はあっさりと外れてしまった。

 恐怖による手加減無しの神器。これにより青年の時間は停止させら――

 

「あ……あっ……」

「これがバロールの眼か」

 

 ――青年の指がギャスパーの下瞼を下げ、時間停止の光を放つ邪眼を観察していた。

 生まれて初めての経験であった。神器発動中の眼を覗き込まれるなど。あの魔人ですら停めた邪眼が一切効かない相手が眼前に現れるなど。

 

「まだまだ未熟だ。でも、強い可能性が感じられる。その眼、大事にするんだね」

 

 青年の指が離れ、ギャスパーの額に当たられる。軽く押されたとき、ギャスパーはギャスパーを見た。

 

「え?」

 

 自分の背中をいきなり見ることとなったギャスパーは戸惑いながら今の自分を見る。向こう側の景色が透けて見える半透明の体となっていた。

 

「そろそろ君は君の世界に帰るんだ。出来れば二度とこんなことが無いことを願う。君は君の可能性の世界で在るべきだ」

 

 体がどこかへ引っ張られていく。周りの景色が徐々に遠ざかっていく。

 

「最後に一つだけ言っておこうかな。彼らを心の底から慕うなら死なせないことだ。彼らの死は、ただ死ぬことよりも残酷だ」

「ど、どういう――」

「魂の片隅にでも刻み込んでおいてくれ。またいつか会おう。ギャスパー・ヴラディ」

 

 

 ◇

 

 

「はっ!」

 

 跳ね起きたギャスパーは、冷や汗を流しながら周囲を見渡す。そこはオカルト研究部の中であり、ギャスパーはソファーに座っていた。

 ギャスパーは思い出す。今日は珍しく一番にオカルト研究部に来たことを。他のメンバーを待っている間に眠っていたらしい。

 

「あれ?」

 

 頬の濡れた感触。自分が泣いていたことに気付いた。どうやら夢を見て泣いていたらしい。

 

(衝撃的だったような、怖かったような、悲しかったような……)

 

 思い出そうにも欠片も内容を思い出せなかった。

 悩むギャスパーの耳に、ドアが擦れる音が飛び込んでくる。

 

「あ、ギャスパー」

「ヒホ。オイラたちが一番だと思ったのにー」

「珍しいね~。明日は雪かな~」

 

 ドアから現れた騒がしい三人。そして――

 

「……どうした?」

 

 自分たちを凝視するギャスパーにいつもの無表情で聞いてくるシン。

 彼らを見たとき、ギャスパーは心の底から安堵した。いつも会っている筈なのに、どうしてこんなに安心したのか分からない。

 

「あ、あのっ!」

「何だ?」

「せ、先輩たちは、居なくなったりしないですよね?」

 

 どうして急にそんなことを聞いたのか、ギャスパー自身も意味が分からない。だが、聞かずにはいられなかった。

 ギャスパーの唐突な質問に、仲魔たちはキョトンとした顔になり、シンは少しだけ考える素振りを見せた後、こう答えた。

 

「確かなのは――今はここに居るな」

 

 




ハイスクールD×Dがアニメがやっていますが、アニメなれば小説で挿絵に出なかったキャラがビジュアル化するのがいいですね。
レオナルドが想像よりも目つきが鋭くて、ジークがフリードによく似ていたのを知れて良かったです。
次からは六巻の話をやっていきます。
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