ハイスクールD³   作:K/K

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歴戦、一線

「く、ああ……」

「うう……」

「はあ……はあ……」

 

 呻く声。一つ一つは小さく、消え入りそうな声である。しかし、それが何十にも重なれば広場を埋め尽くすほどの音量と化す。

 旧魔王派の悪魔たちは、体に深々と、そしてはっきりと残る拳の跡を刻まれて倒れ伏している。それぞれに一発あるいは二発の拳の跡、確実に言えるのは三発以上拳を打ち込まれた悪魔は居なかった。

 素手のみで百に迫る下級から上級悪魔を制圧したのは、レーティングゲームランキング一位にして『皇帝』の異名を持つ男、ディハウザー・ベリアルである。

 圧倒的実力を見せつけたベリアル。だが、その表情は憂いに満ちていた。

 

(出来れば外れて欲しかった)

 

 今回の『禍の団』の襲撃は、サーゼクスやアザゼルから事前に聞かされていた。尤も、あくまで可能性の話であったが、それでも高い確率で来ると予測されていた。

 何事も無ければ、今頃は解説席からリアスたちのレーティングゲームを見ていただろう。結果として予想は的中してしまったが。

 ディハウザーとしては、若い悪魔たちのレーティングゲームが囮紛いにされたことに些か抵抗感を覚えていた。

 レーティングゲームが出来たことで今まで日の当たらなかった者たちにも、皆から称賛の声、尊敬の念を向けられる機会を得ることが出来た。が、それは同時に新たな影も作る。

 実力がある者が、権力のある者に取り入る為の接待など政治的な取り引き、八百長が度々起こっていた。

 ディハウザーとしては、名誉の為に戦うレーティングゲームで、そういった不純物を持ち込まれることを好ましく思っていない。が、結果としてそれが見る者たちを喜ばせられるならばそれも良し、と黙認していた。

 王者として他を圧倒してしまうディハウザーもまたレーティングゲームを盛り上げる為に負けはしないが、勝つための過程で一進一退という演出をしてしまうことがある。最強とは観衆からの憧憬を生むが、同時にレーティングゲームに停滞、退屈も生む。

 より良きレーティングゲームの為にと考えながらも自分の行為に欺瞞も抱いてしまう。

 その為、未来の若きレーティングゲームプレイヤーたちには大いに期待をしている。期待しているが、今回の件で一つの事実が分かってしまった。

 若手悪魔の一人、ディオドラ・アスタロトは『禍の団』と通じている。襲撃の件と同時に告げられたことであった。

 ディハウザー個人としては否定したかったが、納得してしまった自分もいた。ディオドラとシーグヴァイラ・アガレスとのレーティングゲームを観戦したディハウザーは、ディオドラの力を変に感じていた。

 力や技は鍛錬を経て得るものだが、ディオドラがアガレスとの戦いで自分の力に振り回されている印象を受けた。把握しているべき自分の力を上手く制御出来ていない。まるで初めて使うかの様に力を振るっていた。

『禍の団』に協力している者は、首魁であるオーフィスから力の一部を授けられるという。ディオドラは、その力をあのレーティングゲームで使用した可能性が高い。

 アザゼルはこの件に関してディオドラの失敗と言っていた。そのせいで冥界での不審死と彼の存在が結びつけられてしまったからだ。

 アガレスに負けたくないという意地か、或いは圧倒的力を振るってみたいという欲望か、どちらにせよ与えられた力では、精神がそれに追い付かないとディハウザーは考える。

 

(しかし……)

 

 ディハウザーはディオドラの戦い方に違和感とは別に、既視感も覚えていた。

 力に追い付かない技。己の力に把握し切れていない動き。

 以前に戦ったレーティングゲームのランキング上位者の中でディオドラと似た動きをする者がいた。

 当初は少し変に思った程度で、記憶の片隅に仕舞っておいたが、ディオドラを見てその時の記憶が引っ張りだされてきた。

 

(まさか……)

 

 そこから先を考えようとしてディハウザーは頭を振る。誇りあるレーティングゲームでそんなことは在る筈も無く、考えてもいけない。

 

「くう、何故だ……! 何故我らの、邪魔をする……!」

 

 呻く声を怨嗟の声に変えて、戦闘不能状態の悪魔から吐かれる。ディハウザーは、思考を中断させられて有り難いとさえ思ってしまった。

 

「今、こそ、かつての、栄光を取り戻すとき! 悪魔が、悪魔として蘇るとき! 七十二柱に名を連ねた貴方ならば、分かる筈だ!」

「正確には元七十二柱だがね」

 

 爵位を持つ七十二の純血悪魔の一族は、大戦によって軍勢を失い、多くの一族もまた断絶された。序列も殆ど関係無くなり、七十二柱も形骸化している。

 

「私とて先人に敬意を払わない訳では無い。しかし、その先人たちの道を辿って行き着く先が破滅ならば、ベリアルは既にその道とは決別した。私もその道を行くことに価値を見出せない。今の一族としてあるべき道は、領民の幸福、それだけだ」

 

 大戦で多くのものを失い、一族として断絶寸前まで追い込まれたベリアルが、その中で見つけたのが一族と、そして領民たちとの強い繋がりであった。

 

「このまま大人しく降伏してくれ。悪い様にはしない。道を違えても同じ悪魔。悪魔同士が殺し合うなど空しいだけだ」

「悪魔としての、誇りを捨てた者の、言葉など……!」

「……悪魔というものは、いつから死にたがりになったのやら」

 

 その言葉で空気が変わる。重く、苦しく、精神を折りに掛かる存在感がこの場を一瞬で支配した。

 先程までの噛み付く声も、呻く声も全てが消え去る。誰も怒りも痛みも、ディハウザーという存在を前にして無となった。

 

「悪魔としての誇り? 大いに結構だ。私もそれを持ち合わせているつもりだ。だが、それは貴公らとは形が違うというだけ。何一つ捨ててなどいないさ。ところで――」

 

 ディハウザーは倒れ伏す者たちを一瞥する。反論しようとする者、睨み付けていた者、痛みに喘いで顔を上げていた者全てが、ディハウザーと目を合わせることを恐れて顔を伏せた。

 

「そんなにも見たいかね? 私の()()()()()()……?」

 

 物音一つ上がらなくなった。誰もがディハウザーに身を竦ませ、震える。

 誰もが倒れ伏した中でディハウザー一人佇む。皇帝の威光を前に民が平伏する光景そのものであった。

 かつての栄華を取り戻そうとした旧魔王派の悪魔たちの心は、ディハウザーという圧倒的強者の前に屈服する。力を以て全てを変えようとした彼らが、更に上回る力によって変えられるのは皮肉な結末と言えた。

 折れた悪魔たちを見て、ディハウザーは嘆息する。結局、好ましくないやり方で終わらせてしまったことへの悲しみと虚しさもそこには含まれていた。

 しかし、感傷にあまり長く浸ってはいられない。まだ、戦いは始まったばかりなのだから。

 

 

 ◇

 

 

 光が収まると、シンは見知らぬ場所に立っていた。

 草も木も生えていない荒野が視界一杯に広がっている。少しだけ視線を動かすと、遠くに神殿らしき建物が建っているのが見えた。

 もう少しだけ視線を動かす。隙間無く埋め尽くす様に投擲された光の槍が見えた。

 左肩を後ろに下げ、右半身を前に出す構えとなると、眼前にまで迫った光の槍を手の甲で打ち払う。

 軌道を変えた光の槍は、他の光の槍を巻き込んで明後日の方向へと飛んでいくが、それもたかが数本程度。迫る数がまだ圧倒している。

 光の槍の束を前にして、シンは冷静に動く。動きを最小限にし、直撃するものだけを右手で打ち落とし、当たらないもの、掠める程度のものは無視する。

 光の槍の奔流が、シンを呑み込む。その中でシンは次々と光の槍を払い、あるいは見切る。

 耳を掠め、そこから白煙が立ち、衣服の一部を裂き、皮膚まで届いた光の毒が肌を焼く。紋様が輝く右手は、打ち落とす度に火傷跡の様に光の毒による影響が出るが、その程度の痛みでシンの動きから精細さが欠けることは無かった。

  怒涛の攻撃を、静謐の守りによって凌ぎ続けていたが、そんな中でシンの目があるものを捉えた。

 光の槍の隙間を縫って巧みに動く銀色の蛇。変幻自在に形を変えることが出来る『擬態の聖剣』の刃が、シンの喉笛に狙いを定めて迫る。

 それを見た瞬間、シンはただ守ることから攻めて守ることに切り替えた。

 左手に集中されていく魔力。それが剣を形作るまで僅か一秒足らず。かつては溜めの時間を必要としたこれも、今では短時間且つ全力で放てるまでに至った。

 魔人という異形に近付く度に、人間として遠のく度、その間に出来た隙間を力が埋めていく。

 前に出していた右半身を引くと同時に、左手を下から上に向かって振り上げる。右と左の体勢が入れ替わったとき、魔力剣に押し留められていた力が放たれ、陽炎の如き歪みとなって光の槍と擬態の聖剣を呑み込み、それらを砕きながら振り上げられた軌跡に沿って、上空目掛けて飛ばされていく。

 

 雲の無い晴天の空に向かって光の槍が吸い込まれる様にして消えていく――訳では無く所詮は映し出された偽りの空。無数の光の槍は見えない天蓋に突き刺さった。その際に、空の映像が乱れて本来の天井が見えるが、白い霧が膜の様に張られているのが一瞬だったが、シンは見た。

 しかし、天に向かって飛ばされていく光の槍に混じって『擬態の聖剣』が地上に引っ張られるのが目に入り、そちらの方に意識が向けられる。

 伸びたそれが縮んだ先には、本体である剣を掲げるフリードとドーナシークが立っていた。

 

「かーっ! 先・制・チャンス! だったのに事も無げに捌いちゃいましたよ、あの子! あー凄い凄い凄いねー。凄くてムカつくわー! なにその涼しい顔ー! あ、僕初めて知りました! 俺ってそういうクールキャラって大っきらいだったんだね! また知らない自分の一面を知ることが出来ましたー! お・れ・いに、その澄ました顔を切り刻んで二度とクール面出来ない様にキャラ変してやるよぉぉぉぉ!」

 

 どうすればそこまで独りで盛り上がることが出来るのか、新しい腕や聖剣によく似た武器よりもそちらの方が気になってしまう。一方で、ドーナシークは完全にフリードのことを無視することに決めたらしく、こちらも勝手に喋り始める。

 

「この時を待っていたぞ……! 間薙シン! あの日、貴様に敗れたときからな……!」

 

 ドーナシークが片手で自ら顔を鷲掴む。

 シンを見ていて痛みの発作が起こり始める。肉体では無く精神に打ち込まれた敗北の屈辱が、刻まれた痛みを呼び起こす。顔が内側にめり込んでいく様な痛み。目の前にその痛みの元凶が居るせいもあっていつもよりも痛みが増した様に感じた。

 掴む手に力が込められる。爪が皮膚に突き立てられ、表皮を破り、血を滲ませる。自らを傷つけ行為が、唯一この幻痛を紛らわせる手段であった。

 仲間も居場所も奪われた屈辱は、シンの命を奪うことでしか埋められない。

 力に屈服させられ命乞いまでしてしまった恥辱はシンに命乞いをさせるしか消し去れない。

 精神に深く植え付けられた痛みは、シンの血で雪ぐしか癒されない。

 

「貴様を――」

 

 その先を掻き消す発砲音。ドーナシークが隣に目をやると、フリードが拳銃を構えている。

 自分はあれほど長々と喋っていたくせに、他人の喋る時間は待てないらしい。尚、シンはフリードが引き金を引く前に頭を傾け、額目掛けて撃たれた銃弾を避けていた。

 ドーナシークの冷え切った眼差しに、フリードは舌を出し、殺意しか湧かない憎たらしい笑みのまま一言。

 

「てへぺろでーす!」

 

 ドーナシークは無言で腕を振る。振った直後の手には光の剣が握られており、フリードの頬に裂傷が生じ、頬から顎にかけて鮮血が垂れる。

 

「お前は、そこで、何もせずに、見ていろ……!」

 

 辛うじて踏み止まったドーナシークの声は、怒りのあまり声が少し震えていた。

 

「はいはーい! もうお邪魔はしませんよー! ここで黙って置物の様に見ていますよー! あれ? 急に鼻がムズムズしてきたぞ? くしゃみが出そうっす! ファ、ファ、ファ、ファッキュー!」

 

 捨て台詞を吐いた後、フリードは武器を全てしまい、両手を頭の後ろで組み、完全に傍観の姿勢となる。

 わざわざ数の有利を捨てる二人に、シンは内心呆れる。同時にここまで険悪な仲だというのによく今まで殺し合いにならなかったと思う。共通の敵である自分が余程憎いらしい。二人を繋ぎ止めるのが自分だという事実に、気持ちが悪いという感想しか抱けなかった。

 水を差されて少し白けた空気を、ドーナシークが再び自分の憎悪で染め直す。

 

「貴様を、殺す……!」

 

 改めて殺意の宣誓。

 今日、この日、ドーナシークは忌むべき過去を超えることを誓う。

 

「――ああ、そう」

 

 極限まで煮詰められた感情から発せられた言葉に対し、シンの返した言葉はただ乾いていた。

 魔人関係無く、自分に対してここまでの殺意を抱かれるのは初めての経験であったが、ドーナシークの殺気を浴びせられてもシンは至って平静であった。

 ドーナシークはシン目掛けて腕を振ろうとする。指の間には、二十センチ前後の短剣の形をした光の力が挟まれている。

 振り抜く腕から放たれた光の短剣は、投擲の直後に強く輝く。

 短剣の光に、シンは目を限界まで細める。輝きそのものに光の毒が含まれており、目に刺すような痛みを覚えた。反射的に閉じそうになったのを堪える。

 狭まった視界でも全ての動きを見落さない。短剣は輝きの後に光の槍と化し、四本がそれぞれ別々の軌道を描きながら迫ってくる。

 ドーナシークも黒い翼を羽ばたかせ、光の槍に混ざる様に急接近しようとする。投げ放った光の槍に追い付く速度、身体能力が明らかに上昇している。

 見た時から分かっていたが、ドーナシークは最初に会ったとき以上の力を得ている。シンの脳裏に旧魔王派の魔王レヴィアタンが黒い蛇を呑み、力を増した光景が蘇る。

 恐らくは、ドーナシークもまたオーフィスの力を得ている。

 四本の光の槍がシンの眼前に来たのと、ドーナシークが光の剣を振り下ろすタイミングはほぼ同じであった。

 左右から挟む様に光の槍。正面にはドーナシークの光の剣。

 逃げ場は完全に失われた――とドーナシークは思っているだろう。

 わざわざ攻撃を待つほどシンは悠長ではなく、また大人しくも無い。

 全ての攻撃が重ね合わさる寸前、シンは地面を蹴った。

 ドーナシークと拳一つ分しか離れていない位置にまで接近する。

 ほんの少し前まで構えず、何の動きも見せなかったシンが、予想を遥かに上回る速度で近付き、眼前に現れたことでドーナシークは思わず仰け反りそうになる。

 そして気付く。接近だけでなく、シンの拳が自分の鳩尾に押し当てられていることに。

 全身から冷汗が噴き出し、体が咄嗟に動く。前へ、と羽ばたかせていた黒翼を逆に後ろへ、と全力で動かす。

 弾かれる様に後方へ飛び退くドーナシーク。距離を取り、すぐにシンの動きを確認する。

 シンは拳を押し当てる格好のまま、その場から動いていたい。

 ドーナシーク自身、何故ここまで必死になって動いたのか分からなかったが、一先ず近付くのは止め、遠距離から攻める方針に変えることを決める。

 光の槍を形成しようとし――

 

「――げほっ! げほっ!」

 

 ――急に咳き込む。手で口を覆うドーナシーク。覆っていた手を離しその手を見て目を見開いた。

 掌に付着する鮮血。

 

「馬鹿な……。がっ!」

 

 血を認識したタイミングで、体が折れ曲がる程の激痛がドーナシークを襲った。

 膝も折れ四つん這いの体勢となってしまう。

 信じられない、という言葉がドーナシークの頭の中で激しく繰り返される。

 圧倒的な力を得た。あの『無限の龍神』であるオーフィスの力の一部を取り込んでいるのだ。負傷していたが魔王クラスであるカトレアすら一撃で葬ることが出来た。

 だというのに、今起こっていることをドーナシークは受け入れられなかった。たった一撃でこれほどまで苦しみ、そして動けなくなっている。

 この現実が、ドーナシークには幻の様に思えた。

 しかし、継続してドーナシークを苦しめる痛みが、紛れもない現実だとドーナシークに突き付ける。

 フリードは動けないドーナシークから顔を背け、素知らぬ顔で口笛を吹いていた。しかし、横目ではしっかりとドーナシークが苦しむ姿を見ており、喜悦で眼が細まっている。

 激痛を何とか堪えようとするドーナシークの耳に入ってくる足音。シンが近づいてくるのが分かった。分かったというのに、ドーナシークの意思に逆らって体は動かない。動けという命令は、痛みという情報によって上書きされてしまう。

 こんなことが在り得るのだろうかと自問自答を繰り返す。

 たった一度、接近戦を挑もうとしただけである。強化された自分の力を見せつける為に、そのたった一度の選択で、ドーナシークは窮地に追いやられた。

 足音が止まる。自分の影に別の影が伸び、一つの影となる。痛みで滴り落ちる汗が地面に吸い込まれ、その部分だけ影をより濃くする。

 

「――もう三発も必要無い」

 

 頭上から掛けられる冷徹な声。ドーナシークは顔を上げることが出来なかった。下から掬い上げる拳から目を離すことなど出来はしない。

 三発も必要無いとシンが宣言する様に、ドーナシークも命乞いする言葉も必要無かった。

 拳がドーナシークの顔面中央を穿つと同時に頭の中で何かが断ち切られる音が聞こえ、ドーナシークの意識はここで途切れる。

 シンはドーナシークの顔面を突き上げたまま拳を捻じり、下向きであった手甲を上向きにする。その状態から今度は上から下に向けて拳を振り下ろし、ドーナシークの頭ごと地面を叩き割る。

 割れ、陥没し、穴が開く地面。フリードの位置からは、ドーナシークの頭がどんな形となっているかは見えなかった。しかし、穴の縁に首が掛かり、そこから上が見えないこと、ドーナシークが全く動かないこと、離れていく拳とドーナシークとの間に血の糸が引かれたのを見れば結果など馬鹿でも分かる。

 

「……ぷっ!」

 

 フリードはドーナシークの最期に、吹き出したかと思えば、腹を押さえ、体が折れ曲がる勢いで笑い始める。

 

「あひゃはははははははは! 何すか? 何なんすか、その負けっぷり? 人に手を出すなって言ってたくせに、それって……もうダメ! うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」

 

 屈めていた体が今度は仰け反る。

 

「モブAみたいな死に様っ! 腹が痛いよー! お腹痛い痛い痛い! あはははははは! 腹が捩れて死んじゃう! 堕天使って死に様で相手を笑い死にさせる道連れ技なんてもってたのかー! 初めて知ったわー!」

 

 ドーナシークの死をとことん笑い、嘲り、侮辱する。死んだドーナシークも、フリードからここまで辱められるとは思っていなかっただろう。シンの方はというと、フリードの甲高い声での哄笑に、少し顔を顰めていた。

 一頻りフリードは笑うと、剝がれ落ちる様に笑みは消え、蔑む表情となる。

 

「ほんと、マジ役に立たねぇ。腕の一本ぐらい落としてこいよ。無傷とか使えねー。死ねや。ああ、もう死んでるねぇー、チミは」

 

 最後まで罵り続け、フリードはドーナシークの死体からシンに視線を移す。

 

「まあ、俺様に獲物をきちーんと残したことだけは褒めてやんよ」

 

 白い歯を剥き出しにし、剣を肩に担ぐ様に構え、銃は前に突き出した構えをとる。

 

「殺ってやんぜ! シンくんよぉぉぉぉぉ!」

 

 フリードが地面を蹴って駆け出した途端、その速度は不自然なほど急加速する。

 十分離れていた距離も、瞬きよりも早く詰められた。

 シンは、その速さに見覚えがあるが、答えを出すよりも先にフリードの銃口から弾丸が飛び出す。

 放たれた五発の弾。避けづらい胴体を狙って飛んでくる。

 シンは右手全体に魔力を込めると、飛翔するそれらを横から叩き、纏めて弾いてしまう。

 シンが銃弾の対処をしている間に、フリードは剣の間合いにまで詰め寄っていた。

 足だけでなく振る速さまで加速した状態で、上段から剣を振り下ろす。

 高速の斬撃。しかし、シンの目はその速さに追い付いている。頭を断つ為に振るわれた刃を両手で挟み、見事受け止める。

 ――が、受け止めて気付く。剣の一部が枝分かれしており、シンの頭上を超えて弧を描く様に伸びている。

 そこから先の動きは反射ではなく、勘による動きであった。

 シンの後頭部を刺し狙う刃の一部。頭を体ごと傾け、背後からの奇襲を回避してみせる。

 後ろからの攻撃を難無く躱してみせたシンに、フリードは舌打ちをしながら剣を持つ手に力を込める。

 掴んでいる剣に不穏なものを感じ、シンが何かをされる前に挟んでいた両手を放し、後ろへ下がる。

 下がるシンに対し、フリードは距離を詰める。そのタイミングで、手に握っている拳銃を投げた。

 目に向かってくるそれを手で払うシン。拳銃と自らの手によって視界が一時的に塞がれた時を狙い、フリードが斬りかかる。

 初撃の袈裟切りを一歩後ろに下がることで空振りにさせ、切り返してきた二撃目を剣の腹に拳を打ち付けて落とす、すると二本目の剣――聖剣の形となったフリードの右腕が横薙ぎの三撃目を振るう。

 それもまた拳で打ち落とそうとし、シンの動きは急停止した。

 振るわれた聖剣は途中で紐状に解け、不規則な軌道を描きながらシンを斬ろうとする。打ち落とした一本目の聖剣も剣身に樹木の芽の様な突起が現れ、それが分裂しながら突き出してくる。

 どちらも逃げ場を奪う範囲攻撃。

 すると、シンは急停止させた拳の中で魔力剣を生み出し、一切の躊躇いもなくそれを眼前で解放した。

 乱れる魔力の波に聖剣の分かれた刃は吹き飛ばされ、同時にシン、フリードの体もまた風の中の木の葉の様に飛ばされた。

 魔力の波の中で振り回される体。しかし、シンもフリードも天地が入れ替わる光景に惑わされることなく、素早く体勢を変えて足から地面に降り立ってみせた。

 両者の間に距離が空く。その間に、シンはさり気なく自分の手を見る。掌は赤く変色し、血管が脈打つ度に痛みが起きる。光の毒に触れたときと同じ現象であった。だが、本来の光の毒に比べれば症状は弱いと言える。まだ、ドーナシークに付けられた傷の方が痛かった。

 

「その剣――」

「分かっちゃいますよねー。爺さん特製のスペシャァァァル山盛り聖剣デラックスでごぜぇーまーすっ!」

 

 最後まで言うよりも先にフリードが答える。余程自慢したくてしょうがないらしい。

 

「前に俺様が聖剣使ってたことがあったよねぇ? 何とこの剣、それのコピーどぅえす! 一本で四本の聖剣の力! そして主人を裏切らない! お買い得だと思いませんか奥さん!」

 

 聞いてもいないのによく回る舌でベラベラとこちらに情報を渡してくれる。フリードという人間の性格を考慮して全てを鵜呑みにはしないが。

 

「いやーまじ爺さん凄くね? この剣といい、この右手といい。聖剣に関することなら右に出る奴いないんじゃねぇ? もう愛だね、愛。聖剣LOVE!」

 

 聖剣状態から人の手に戻し、ピースサインを見せる。まだドーナシークが生きていたら、フリードの口の中に光の槍を突っ込んでいたかもしれない。それほどまでによく喋る。

 

「あーあ。あと『支配の聖剣』があればなー。もっとすんごいことになってたのになー。あいつってほんとケチだよ、ケチ。眼鏡の癖にケチなんだよー? 眼鏡なのにねぇ? 眼鏡の癖にねぇぇぇぇ!」

 

 対悪魔への効果は劣化しているものの、複数の聖剣の能力を扱える模造の聖剣の作成。悪魔側にとっては脅威でしかない。

 聖剣への深い知識。シンの中でバルパーが何らかの形で生き延びているかもしれないという思いが、ほぼ固まる。

 途端、少し憂鬱な気分となった。過去と決別した木場に対し、このことを告げなければならない。

 フリードとの戦いの最中で、先のことを考え出すシン。この時点で、フリードへの関心が薄れていた。

 そんなシンの心境など知らず、一人自慢気に話し続けるフリード。が、途中で気付く。シンはフリードを見ていた。だが、その目はフリードを見ている様で見ていない目。模造された聖剣の話を聞いても一切揺らがず動じず恐れもしない。

 シンのその目を見て、フリードは嘗められていると判断した。自ら悪意をばら撒くフリードにとって、同じ様に悪意を向けられても全く平気である。しかし、嘗められる、下に見られることだけは許さない。高過ぎるプライドのせいでほぼエゴの塊と化しているフリードの精神には、それらに対しての妥協は一切無い。

 シンの目を見た瞬間から、感情は一気に激情まで振り切り、突然に、唐突に、脈絡も無く聖剣の力を全開にし、シンへと斬りかかる。

 離れた距離を、地面を一回蹴っただけで埋めた。高速の移動から、最速にして、全力で振られる模造聖剣。目の前に立つシンを真っ二つに両断する為に。

 

 パキン。

 

 直後に響いたのは、刃が肉や骨を断つ水気を帯びた音でも、切断された断面から中身が零れ落ちる音でも無く、心地良さすら感じさせる金属の高い音。

 

「――はれ?」

 

 フリードは我が目を疑う。聖剣が消失していた。何処にも無い。鍔から先が折られて消えている。そして、鍔元にはシンの拳が添えられている。

 素手で模造とはいえ聖剣を殴って折ったという事実に、流石のフリードも理解が追い付かずに混乱する。

 その混乱が解けたのは、折られた聖剣の刃が頭上から落ちてきて、上を向くことなくシンがそれを手で取り、躊躇なくフリードの右肩に突き刺したときであった。

 刺さった所は、まだ義手の箇所だったので痛みは無い。だが、生身とのギリギリの境目だったので、フリードは自らの強運に感謝する。

 しかし、フリードは勘違いをしていた。シンは最初から傷付けることなど考えては居ない。フリードに聖剣の刃を突き刺したのは楔の為である。

 シンの左手が、素早くフリードの右手を掴む。即座に反応しようとするフリードであったが、彼の視界に高々と上げられるシンの足が入り込む。

 何を、とフリードが考える前にシンは左手を引き、同時に靴底を刃の破片へと打ち込んだ。

 浅く刺さった刃の破片は貫通し、それによって出来た亀裂が引っ張られることで大きくなり、やがてそれらが繋がると引き千切れる音と化す。

 

「があああああああああ!」

 

 フリードは絶叫を上げた。繋げたものを無理矢理引き千切られる激痛は、フリードの神経を焼き尽くす。

 シンは、フリードから千切った腕を見る。断面からは水銀の様な液体が血の様に滴る。見た目は人の腕と変わらない右腕は、肌色を失い、銀色の光沢のあるものへ変化した。通常の義手とは違い、金属を腕の形に固めた様な外見をしている。指先から腕の末端まで『擬態の聖剣』と同じ構造なのだろう。

 フリードは叫びながら右腕の断面を押さえる。指の隙間から赤が混じった銀色の液体が零れ落ちる。義手だけでなく生身の部分も少し裂けた様子であった。

 

「何で……! コピってても聖剣なんだぜ……!」

「……コピーだろうが、本物だろうが関係無い。前に言ったな?」

「ああ?」

「お前が持っている時点で、それは鈍だ」

 

 シンは手に持っている義手を、フリードの足元へ放り棄てる。足元に転がったそれを見て、フリードはシンを睨み付ける。

 血走った眼はいつ血が噴き出してもおかしくは無いほど赤く充血しており、人間というものは、ここまで怒りを表現することが出来るのかと、シンに変な関心を与える。

 

「こ、こここここっ! ここここ!」

 

 恐らく『殺す』と言いたいのだろうが、怒りが知性を呑み込んでしまったのか、それが空回りして鳴き声の様な言葉がフリードの口から発せられる。

 

「こここ、殺して、やるよっ! てめえは! 今! ここで! 俺様が!」

 

 ようやく思考と怒りが嚙み合って人の言葉を言うと、フリードの肉体が膨張し始める。

 手足は数倍の太さに膨れ、体もまた同じ様に膨れていく。膨れていく肉体は神父服を容易く破る。

 変化はそれだけで終わらず、背中からは鳥類の翼。昆虫類の翅。爬虫類の飛膜、見たこともない生物の羽が無数に、それも適当という言葉が相応しいほど雑に生える。

 腕、肩、背、頭部からは捩じれた角、真っ直ぐな角、枝分かれした角が生え、切断された右腕の断面からは新たに三本の腕が生え出す。その三本とも別々の形をしており、人、動物、虫の手に別れていた。

 顔は口が突き出て口吻状になり、そこから牙が無作為に生え出す。大きく口を開くと口蓋、口腔底に意味も無く牙が密集していた。

 人だったときの面影は最早目の色しかない異形の姿と化したフリード。

 

『爺さんがくれたもう一つの力だぜぇぇぇぇ! 色々な力をぶち込んだ合成獣(キメラ)だとさぁぁぁぁ! この姿を見てどうよ! 間薙くぅぅぅぅぅぅん!』

 

 フリードの声が何重に聞こえる。見ると脇腹、首元にも新しい口が形成されており、そこから声が発せられていた。声の重なり具合からして背中にもいくつか口が出来ている。

 

「――センスが無いな。造った奴は」

『それには同感だぜぇぇぇぇぇ!』

 

 同意の言葉を叫びながら、フリードは左手を握り締める。筋肉が表皮を破りそうになるほど膨張し、隆起する筋肉。

 

『ぶっ飛んできなぁぁぁぁぁぁぁぁ!』

 

 咆哮と共にシンを粉砕せんが為に繰り出される拳。シンは守ることも避けることもせず、迫る拳に己の拳を迷いも無く打ち込んだ。

 大気が震える音。

 右拳を突き出したままのシン。体重差のせいか、シンの足元には轍が作られている。

 いまだ衝突し合っている拳と拳の間から滴る血。だが、それはシンの血では無い。

 フリードの左腕から白い突起が内から外皮を突き破って出ていた。

 折れた骨である。シンの拳に押し負け、折れ、開放骨折を起こしていた。よく見れば、左腕の皮膚が弛み蛇腹となっている。左腕が縮んだ証拠であった。

 

『な、な、な……』

 

 人の姿を捨てて異形にまでなったというのに、たった一撃で何も差が埋まっていないことを思い知らされる。

 だが、フリードは認めない。この事実を、現実を。自分が滅ぼすべき悪魔に負けることなど天地がひっくり返っても絶対に認めない。

 

『何でだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!』

 

 悲痛さすら感じさせるフリードの絶叫。三本に分裂した右腕を、鞭や打撃武器の様にしならせながら振るう。

 体を脱力させる様に身を低くし、それの下に潜りこんで避けると、通過する前に三本腕の根本を左手で指先が食い込むほど掴み、更に右手で自分の左手首を掴む。

 シンの手を振り解こうと再度動かす前に、左手から放たれた光弾が、三本腕の根本を砕き、断ち、滅する。

 人を凌駕する力を解放した筈なのに、一分も満たないうちに両腕が使い物にならなくなってしまう。

 悪夢そのものの現実に、フリードの思考は一瞬停まってしまった。

 シンは流れる様な動きで呆然とするフリードの懐に入る。その両腕に炎を纏わせて。

 フリードの胸部に燃え盛る両掌が添える様に当てられる。二つの炎が一つに重なり合わさったとき、それは全てを消し去る超高熱となり、フリードの胸の中心を貫通し、綺麗な穴を作り上げていた。

 

『……すーすーする』

 

 間の抜けた台詞を言いながら、開いた穴に触れるフリード。傷口から灰が零れることは無い。炎が触れた部分は全て気化していた。

 シンが手を離す。フリードの体は支えを失った様に崩れ落ちた。

 戦いを終え、シンは軽く息を吐く。すると、束の間の安息も無く遠くから戦闘音らしき音が聞こえてきた。

 他に宛ても無いので音の方を目指すことにした。敵でも味方でもいいので今の情報が欲しい。

 音の方へ十歩だけ歩いた時、シンは立ち止まる。背後で地面を引っ掻く様な音が聞こえた。

 

『何で……何で……何で……』

 

 フリードの呻く声。思わず溜息を吐きそうになる。体の中心にあれほど大きな風穴を開けたのにまだ動けている。見た目通り人外っぷりであった。

 

『何でだよぉぉ……ここまでしたのによぉぉぉ……』

 

 立ち上がり、こちらに近付いて来ているのが声の間隔で分かる。しかし、シンは振り返らない。

 

『何でっ! 何でっ! 何で勝てないっ!』

 

 瀕死の筈なのに声が徐々に激しいものとなっていく。

 

「答えが知りたいか?」

 

 フリードはあらゆる獣の鳴き声を混合させた咆哮を上げ、シンの背に向かって襲い掛かろうとする。

 堕天使(コカビエル)魔人(マタドール)竜王(タンニーン)と比べれば最初から脅威など微塵も感じなかった。

 シンは、左肩越しにフリードを見る。

 

「お前たちよりずっと強い相手と戦ってきたからだ」

 

 左眼を僅かに横へ滑らす。たったそれだけのことで決着は付いた。

 

「――っ?」

 

 フリードの頭部が胴体から落ちる。あまりに呆気無く、フリードは突然百八十度変わる視点に何故という疑問を抱きながら、死んだことすら気付かずに絶命した。

 シンは左眼を拭う。少量の血が指に付いたが、視界がぼやけることは無かった。

 今度こそ完全に終わったと思い、シンは再び歩き出す。

 

(……ああ、そういえば)

 

 ふと、あることに気付き、後ろを振り返ってドーナシーク、フリードの死体を見る。

 

「初めて人を殺したな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「逝ったか、フリード。そして、ドーナシークもな」

 

 黙って密かに施しておいた通信用の術によってフリードの視界から状況を確認していたバルパーは、それが途切れたことで二人の死を知った。だが、その声に一切惜しむ感情は無い。寧ろ、これからすることへの喜々とした響きがあった。

 

「では、実験開始といこう」

 

 




話を短く纏める練習も兼ねて仮面ライダージオウの二次創作を書いていますが、書く度に文字数が多くなっています。
話をコンパクトにするセンスが無いと分かったので、開き直ってこの作品もどんどん色んなことを付け足して書いていくつもりです。

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