ハイスクールD³   作:K/K

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王母、淫母

「……あーらら。随分と騒々しくなっているみたいで」

「まさか、襲撃を受けているの? 冥界で!」

 

 レーティングゲーム会場に到着したイリナとデュリオは、来て早々に襲撃が起こっていることを、到着と同時に襲われたことで知る。

 十数名ほどに襲われたが、イリナの聖剣とデュリオの力であっさりと返り討ちにした。尤も大半はデュリオによって氷漬けにされている。イリナも詳細は知らないが、デュリオに宿る神滅具の能力の一つらしい。

 

「お、お、おおお、おの、れ……」

 

 唯一顔だけ凍っていない襲撃者の一人が、凍えてまともに動かない舌を何とか動かし、怨み言を吐く。

 その襲撃者に、デュリオは顔を近付け尋ねる。

 

「はーい。ちょっと質問ねー。君たちは何? 何でここを襲ってんの?」

 

 へらへらと緩い笑みを浮かべているが、その目は笑っていない。相手の何もかもを見過ごさない静謐な目をしていた。

 

「だ、だだだ、だれが……」

 

 襲撃者はデュリオの質問に、当然大人しくは答えない。

 

「大人しく喋った方が良いよー? 怒らせたら怖いぞー? 滅茶苦茶酷いことをしちゃうぞー? ――イリナちゃんが」

「えっ、私? しないしない! 異端審問とか拷問は習ってないから! 専門外だから!」

 

 顔と手を横に振りながら、微妙にずれた否定をするイリナ。その手には『擬態の聖剣』が握られており、手を振ることで聖剣が光を反射、その光を見た瞬間、襲撃者は顔に深々と皺が浮かぶほど強く目を瞑った。

 その反応だけで襲撃者の正体が分かる。

 

「もしかしてとは思ってたけど、おたく悪魔ッスか。冥界で悪魔が襲撃……となると旧魔王派の悪魔さん? もし、旧魔王派となると禍の団も噛んでいるという訳だね。旧魔王派は、禍の団に下った訳だし」

「わ、わ、我々は、く、下った、のでは、ない! あくまで、一時的な、同盟を結んだに、過ぎない! と、取り、消せ!」

 

 デュリオの言い方が気に喰わなかったのか、旧魔王派の悪魔であることを否定せず、それどころか発言の修正を求めてくる始末。

 デュリオは溜息を吐きながら困った様に頭を搔く。

 

「はあー。厄介なタイミングで来ちゃったねー、イリナちゃん。ゴタゴタの真っ最中だよ」

「大変! 早くイッセーくんたちを見つけないと! あ、それにミカエル様たちも今回のレーティングゲームを観戦なさっている筈よ! お守りしないと!」

「まあー。ミカエル様たちなら大丈夫だとは思うけどねー」

 

 気が逸ってその場で足踏みし出すイリナに対し、デュリオは落ち着いた態度であり、焦るイリナを宥めようとする。

 

「それでも守護しないと! 私はミカエルさまの『御使い』なの!」

 

 与えられた使命を全うする為に、イリナは居ても立っても居られなくなったのか、宛ても無く駆け出そうとする。その直前デュリオの手が伸び、イリナの襟を掴んで止める。

 うっ、と息を詰まらせながら強制停止させられるイリナ。咳き込みながら涙目で後ろのデュリオを見る。

 

「ごめんごめん。そんなに睨まないでよ。確かにちょっと乱暴な停め方だったけど。でもね、イリナちゃん。周りにはもう少し気を配った方が良いんじゃない?」

 

 デュリオから笑みが消えていることに気付き、イリナは『擬態の聖剣』を構えた。

 感覚を鋭敏にさせて気付く。何者かがこちらに近付いていた。

 まるで存在を隠そうとはしない堂々としたもの。だが、その気配に触れて分かってしまう。津波や嵐、竜巻が見るだけで強大なものと分かる様に、イリナはこめかみから一筋の汗を流す。こちらに向かって来ている者の気配に本能が反応してしまう。

 それだけでどれほど危険なものか表している。

 気配は、通路奥から感じられる。突き当たりで左右どちらにも行ける道がある。

 右と左、どちらの曲がり角から姿を現すのか、イリナは固唾を飲み込みながらその時を待った。

 曲がり角から勢いよく飛び出してきたのは、一人の男性であった。

 男は、イリナたちの姿を見て、その目を見開く。

 鬼気迫る男の表情を見て、イリナは『擬態の聖剣』をいつでも全力で振るう様にする。

 男が、こちらを見て何かを言おうとしたその時――曲がり角から伸びた手が男の後頭部を鷲掴みにする。

 白い手袋に覆われた手は巨大で、掌は男の頭を余裕で包み、指先が男の顔面まで届いていた。

 男は絶叫を上げながら来た道に引き戻される。直後、轟音と閃光が発生。轟く大音にイリナは耳を塞ぎ、視界を白く焼く程の光量に目を瞑る。

 数秒ほどそれが続いた後、イリナは目と耳を解放する。耳には耳鳴りが残り、目にはまだ光の残像が残っていた。

 

「すんごい雷」

 

 隣に立つデュリオが、少し顔を顰めながら呟く。室内なのに先程の光と音を雷と称する。だが、イリナも雷と言われて納得してしまった。あれは、そうとしか表現出来ない。

 雷が収まってから間もなくして、曲がり角の向こう側から巨大な手の持ち主が姿を現す。

 全身が張り詰めた筋肉によって構成された巨体。黄金の仮面を被り、背には白のマント、手には槌を持つ。

 その巨人は、手を払う。すると白い手袋から炭が零れ落ちていく。その炭こそ先程の男の成れの果てと、デュリオは直感した。

 一方でイリナは――

 

「いやあああっ! 筋肉の悪魔っ!」

 

 ――逞し過ぎる肉体を受け付けられなかったのか、見た瞬間悲鳴を上げていた。

 

「いや、まあ、確かに常識外れの体付きはしているけども……」

 

 緊張感がやや欠ける反応を見せたイリナに、デュリオは笑っているのか、困っているのか何とも言えない曖昧な表情になってしまう。

 

「出会い頭にいきなりなんだ、貴様ら……」

 

 イリナの発言に、怒っているというよりも呆れている態度を見せる。

 

「すみませーん。この子、ちょっと年頃なもんで。貴方の存在が刺激的過ぎたんですよ――トール様」

 

 巨人――トールであることに真っ先に気付くデュリオ。イリナの方はというと、トールの名前が出た瞬間に顔面蒼白となった。信仰してはいないとはいえ北欧を代表する神である。そんな神を悪魔呼ばわりしてしまった。

 

「ト、トール……? えええっ! どうしよう! 神様を悪魔なんて呼んじゃった! あ、あの! た、大変失礼なことを……」

「……構わん。生憎、名は知られているかもしれんが、顔はあまり知られていないことは自覚している」

 

 慌てて謝罪するイリナを、トールはあっさり許す。

 迂闊とはいえイリナのトールに対する反応はあながち間違ってはいない。実際に神と呼ばれる存在の顔を知る者の数は多くは無い。神と面識を持てるのはそれに相応しい地位や力がある者に限る。少し前まで人であったイリナが今のトールをトールと認識することは難しい。一般的に人間社会で広められているトール像とは異なっているからだ。これは伝聞によってその像が描かれているからである。

 たとえ信者であっても、誰もトールが仮面を被っていることなど知らないだろう。

 デュリオが知っているのは、セラフを通じて偶々彼の人相を知っていたからに過ぎない。

 

「自己紹介が遅れましたが、デュリオ・ジェズアルドと申しまっす。お見知りおきをー。それでこっちは――」

「し、紫藤イリナですっ!」

「二人とも天使の『御使い』でっす」

 

 神を前にしても変わらず緩い感じで自分たちについて、デュリオは簡単に説明する。

 

「噂の御使いたちか。そして、デュリオと言ったか? 貴様が、天使たちが囲っている神滅具所有者か……」

 

 冷静に考えれば凄まじい状況ではないか、とトールの言葉を聞いてイリナは思った。何せ神の前に、神を滅ぼす力を持っている者が立っているのだ。そう思っただけで緊張感も冷や汗も倍に感じる。

 

「そうなんですよー」

 

 はははは、と照れる様に笑うデュリオ。神を前にして豪胆としか言えない態度であった。

 

「あれ?」

 

 イリナにとって聞き覚えのある声が聞こえた。声の方に目を向けると、曲がり角からピクシーたちが顔だけ出してイリナたちを見ている。

 

「貴方たち! 来ていたの? 大丈夫? 怪我は無い?」

 

 シンがレーティングゲームを観戦することを聞いていなかったので、ピクシーたちの存在に驚き、すぐに無事かどうか確認する。

 

「うん。大丈夫」

「オイラたち守ってもらってたホ」

「怖いぐらい強いよね~。この人」

 

 イリナの姿に警戒を解いて曲がり角から出てくる。ピクシーたちの言った通り、体に傷など無かった。

 

「何だ。その幼児たちは知り合いか?」

「はい。私の友人の使い魔――じゃなくて仲魔です」

「仲魔……?」

 

 仮面から覗くトールの翡翠色の目が細まった。思ってもいない反応に、イリナは恐る恐る尋ねる。

 

「あのー……どうかしました?」

「……いや、何でもない」

 

 引っ掛かる反応であったが、イリナはそれ以上追及することは出来なかった。

 

「どもども、おチビちゃんたち。俺はデュリオ・ジェズアルドって名前だよ」

「アタシ、ピクシー」

「ジャックフロストだホ」

「ボクはジャックランタンだよ。ヒ~ホ~」

「随分と珍しい面子だねー」

 

 簡単な自己紹介を済ませ、話を進める。

 

「イリナちゃんの友達の仲魔ってらしいけど、その友達は何処に?」

「というか、もう一人居たわよね? あのワンちゃんはどうしたの?」

 

 すると、ピクシーらの表情が曇る。

 

「ケルベロスは、アタシたちを逃がす為に一人で残ってくれたの……」

「シンは、あのフリードとオイラの知らない堕天使にどっかに連れられて行ったホ……」

「確かドーナシークって呼んでたね~」

「フリードって……フリード・セルゼン! ここに来ているの!」

 

 行方不明のフリードが、『禍の団』と一緒に来ていると知りイリナは驚く。だが、ある意味では当然の流れとも言えた。今の状勢に反感を覚える者たちが流れ着く先が『禍の団』である。はみ出し者であり、反逆の徒であるフリードがそこに付くのは納得出来る。

 

「そんなことになっているの! 早く皆を見つけないと!」

「慌てるな、娘。紫藤イリナと言ったか? この奇襲自体、我らにとって想定内のことだ」

「それってどういうことですか?」

 

 トールは、各勢力が結託して『禍の団』を一網打尽にする計画を建てていたことを簡潔に説明される。つまりは、ミカエルたちも最初からこの襲撃に備えていたということである。

 

「そうだったんですか……」

「それで? 貴様たちは何をしに来た? 声を掛けられていないのだろう?」

 

 今度は、トールから質問が返ってくる。

 

「えーと……」

 

 内容が内容だけに一部情報を隠して話そうかと考えるイリナであったが、彼女が少し言い淀んだだけでトールの目が細まる。

 

「まさかとは思うが――私を前にして何か隠し事する、などという愚かな発想は、当然無いな?」

 

 眼光だけで心臓が止まりそうになり、刺された釘の重さだけで膝が折れそうになる。

 

「ひゃ、ひゃい! しません! しません!」

「ならば良し。話せ」

 

 イリナからすれば苛烈な脅しに感じたのかもしれないが、トール視点からすれば少し念を押した程度のことである。この差こそが二人の実力の差を表していた。

 

「実は――」

 

 ディオドラ・アスタロトのこと。そして、その眷属たちが元聖女の可能性が高いこと。自分たちはそれを調べると同時に、一誠たちに報告しに来たことを説明する。

 ディオドラの名が出ると、トールは興味深そうな声を出す。

 

「ほう。ディオドラ・アスタロトが」

「そうなんです」

「ならば丁度いいな」

「え?」

「今回の計画には、内通者を炙り出すことも目的にしている。その内通者として最も怪しまれていたのが、ディオドラ・アスタロトだ」

 

 トールからもたらされた新たな情報に、ディオドラへの疑惑がほぼ黒に染まる。

 

「にしても、悪魔も天使も色々と甘い。内には入られ外にも出られているとはな。――まあ、こちらもあまり大きく言えはしないがな」

 

 悪魔、天使の不甲斐なさを笑うが、その後に続いた言葉は巨体に見合わないほど小さく、イリナたちの耳に届くことは無かった。

 

「ああ、でもどうしよう……ディオドラが内通者ならイッセー君たちの身に危険が……それにアーシアさんも……ゼノヴィアのことも……でも、間薙君のことも気になるし、ミカエル様たちも御守りしないと……」

 

 イリナは、信仰と友情の間で揺れていた。以前のイリナならば真っ先に信仰をとっていたが、今のイリナにとって一誠たちは簡単に切り捨てることの出来ない存在となっていた。

 重く悩むイリナ。その苦悩する姿を見てトールは溜息を吐く。

 

「友の所へ行け」

「え?」

 

 イリナの代わりにトールが決断を下す。

 

「友の所へ行けと言った」

「で、でも!」

「そんな悩みを抱えた者が一体誰を守れるという? かえって足を引っ張るだけだ。邪魔になるだけだ」

 

 トールからの厳しい言葉に、返す言葉が見つからず、イリナは呻くしか出来なかった。

 

「ミカエル様たちがっ!」

「代わりに私が様子を見に行ってやろう。場合よっては助力もする」

「……え?」

 

 トールの提案に、イリナは呼吸数回分反応が遅れた。文化が違えど神と一介の使い。天地以上の差がある。その神が自分たちの為に動いてくれることが信じられなかった。

 

「い、いいんですか?」

「目の前で悩む者を救えないとあれば、私の名が廃る」

 

 きっぱりと言い切るトールに、イリナは感動で瞳を潤ませる。

 

「全く信仰していないのに、ありがとうございます!」

「一言余計だ」

 

 悪気の無いイリナの礼に、トールは少し呆れる。

 

「んじゃま、俺たちはグレモリーの方々を探そうかね。間薙君ってのも見つけないと」

「恐らくだが、こ奴らの主もグレモリーの悪魔たちと同じ場所に送られた筈だ。襲撃と共にレーティングゲームのバトルフィールドに特殊な結界が張られた。かなり厄介で強固なものだ。邪魔されずに戦うならばあの場が相応しいだろう」

「神様から見ても厄介かー」

「まあ、貴様が居れば問題無いだろう」

 

 デュリオの方を横目で見る。

 

「トール様からお墨付きも貰ったし、イリナちゃん、そろそろ――」

 

 デュリオの言葉がそこで区切られる。会話を止め、微笑も消え、鋭い目で周囲を見渡し始めた。まるで、何かを探っているかの様に。

 それはトールもまた同様であり、翡翠色の目が鋭くなり、体の表皮に青白い電光が奔る。

 イリナとピクシーたちは何も感じなかったが、二人は見えない何かに対し、警戒をしていた。

 神と神滅具を宿す者にしか探知出来ない何かに。

 

「……本当に行っていいんですか? トール様?」

「構わん。行け。結界内に入ればオーディン殿や魔王も居る」

 

 ここよりもそこの方が安全かの様な口振り。イリナたちも不穏に感じる。

 

「――そうですか。分かりました。行こっか。イリナちゃん」

「いいの? 何か危ないことが起きてるんじゃ……」

「いいから、いいから。ここに居ても俺たちが出来ることなんてないよ」

 

 後ろ髪を引かれる思いだが、当初の目的を無かったことには出来ない。

 

「分かった……行く。貴方たち、絶対に間薙君も見つけてくるからね!」

 

 イリナはそう言い残し、バトルフィールドを目指す。走り去るイリナたちを、ピクシーたちは手を振って見送った。

 

「……お前たち、絶対に私から離れるな」

「う、うん」

 

 トールの言葉に、ピクシーたちはびくりと震える。

 旧魔王派の悪魔たちを倒してもどこか退屈そうに見えた。何故だろうか。今のトールの声には、さっきまで無かったハリがあり、全身に覇気が満ち、ピクシーたちから見ても高揚しているのが分かる。

 

(何か嬉しそうじゃない?)

(ヒホ。急にギラギラし出したホ)

(ヒ~ホ~。怖いね~)

 

 トールの変化に、ピクシーたちは声を潜めて相談し合う。

 

「どうした? 来ないのか?」

「ッ。今行く!」

 

 先を急ごうとしているトールの後ろを慌てて付いていくピクシーたち。結局のところ、彼女らはトールに頼るという選択肢しかなかった。

 

 

 ◇

 

 

 石造りの神殿の中、小さく響く少女の泣き声。

 入り組んだ神殿内部の片隅で、アーシアは膝を抱えて泣いていた。その隣では、単眼の象の頭を持つ悪魔――ギリメカラが退屈そうに立っている。

 拉致されたアーシアを、ギリメカラがディオドラに一撃入れた後に救い、そのまま宛ても無く神殿内を逃げ、一息入れる時間が出来た後、アーシアはディオドラから告げられた残酷な真実に泣いた。

 自分の心を踏み躙られたことに、怒りよりも何故そんなことをするのかという悲しさしか湧いてこない。

 ギリメカラが『パオ』と一声鳴く。

 

「ず、ずみまぜん……」

 

 アーシアは涙声で謝る。気を遣った言葉を言われたのではない。寧ろ逆に『いい加減泣くな。鬱陶しい』と冷たく突き放す言葉であった。

 それでも悲しみを抑えきれないアーシア。そんなアーシアに、ギリメカラは鼻先から溜息を洩らす。

 

「パオオ」

「え?」

 

 泣いていたアーシアが顔を上げる。ギリメカラが、アーシアの護衛をしたのは頼まれたからだと言ったからである。

 

「パオ」

「イッセーさんと、間薙さんが……」

 

 自分にアーシアを守る様に頼んだのは、一誠とシンであることを教えられる。

 そのことを深く噛み締めながら、アーシアは泣いて腫れた目でギリメカラを見る。この時、助けられて初めてアーシアはギリメカラと向き合った。冷たい言葉の割には、愛嬌ある顔、意外と可愛らしいとアーシアは思った。

 

「あの……お礼を言うのが遅れましたが、助けてくれてありがとうございます」

 

 真面目に礼を言うアーシアに、ギリメカラは『ただ頼まれただけ』と割り切った答えを返した。

 

「それでもありがとうございます。それで、あの……」

 

 言いにくそうにしているアーシアに苛ついたのか、一声鳴いてさっさと言えと催促する。

 

「は、はい! あ、あの! 私の我儘ですけど! イッセーさんにも間薙さんにも私はちゃんとお礼を言いたいんです! リアスお姉様たちにもう一度会いたいんです! だから、私をここから逃がしてください!」

 

 頭を下げてお願いするアーシア。それを見下ろすギリメカラ。すると、ギリメカラは鼻先でアーシアの頭をペシペシと叩き、『パオオ』と鳴いた。

 

「ありがとうございます!」

 

 最後まで守るのが自分の役目だ、というギリメカラの言葉に頼もしさを覚えるアーシア。

 

「あの! そう言えば、お名前の方を――あれ?」

 

 

 ◇

 

 

「ぐっ……くっ! よくも! 僕の顔を……!」

 

 屈辱とまだ残る痛み、そして怒りでディオドラの顔が歪む。

 ギリメカラから顔面が窪むほどの一撃を受けた後、アーシアをまんまと連れ去られてしまった。最高潮にあった高揚が、今は最底辺どころか底を突き抜けるほど最低な気分であった。

 

「傷はもういいのか?」

 

 怒るディオドラに声を掛ける人物。ローブを纏い、長い髪の一房で片目を隠す美丈夫。

 心配しているというよりも、ディオドラの失態を嘲る含みがあった。

 

「シャルバ……!」

 

 シャルバ・ベルゼブブ。名前が表す通り、旧四大魔王であるベルゼブブの末裔であり、今回の襲撃の首謀者。つまりは、ディオドラの共犯者である。

 

「こんな傷、どうでも無い!」

 

 ディオドラの足元に空のガラス瓶が転がっていた。顔が凹む程の傷もフェニックスの涙を使用すれば一瞬で治る。

 

「折角、あの娘に神器について教えてやったというのに、まさか始まる前に躓くとは……流石に私も予想外だ」

「僕のせいじゃない! 全部あの訳の分からない象もどきのせいだ! それよりアーシアは何処に行った! 赤龍帝たちに見つかる前ならまだ間に合う!」

「ふん。そうか」

 

 ディオドラとは対照的に、シャルバの反応は冷めたものであった。現ベルゼブブを輩出する名門のアスタロト。血統からすれば両者はほぼ同格。しかし、シャルバからは明らかにディオドラを格下に見ている節がある。

 自らが正統であると自負している故に、偽りと認識している現四大魔王に関与していること自体、彼にとって気に入らない。

 

「落ち着いている場合か! 折角建てた計画が、水泡に帰するかもしれないんだぞ!」

「貴公こそ落ち着け。既に手は打ってある」

 

 喚くディオドラを宥めながらも、シャルバは愉快と呼べる気分であった。自分たちこそが真の魔王であり正統且つ選ばれた悪魔。『旧』などと蔑称されているが、その『現』魔王の血筋である目の前の悪魔はどうだ? 童の様に騒ぎ、下衆そのものの性癖を晒し、今は自分に縋っている。間接的に現魔王の醜態を見ている様で、正直笑いを堪えるのに必死であった。同時に、やはり冥界は自分たちが統べなければならないという思いが湧く。

 

「――何をするんだい?」

「ここにあれの存在に気付かず、招き入れたのは奴にとっても失態だ。そこを突いてやったら案の定、動いてくれた」

 

 強力な力を掌で転がすことに優越感を覚える。血も力も自分の意思のままに動かす万能感。かつての自分が居た高みを思い出させる。

 全てはシャルバ・ベルゼブブの言葉で動く。計画は万全に進んでいないが、その不快感もこれによって薄まる。

 だが、何事にも望まない展開が付いて回るということを、このときのシャルバは思ってもいなかった。

 

 

 ◇

 

 

「……煙? じゃなくて――」

 

 アーシアは、足元に伸びてくる白い靄に気付く。しかし、煙の様な燻したニオイはしない。ならば、この白い靄は――

 

「――霧?」

 

 その瞬間、ギリメカラはアーシアを抱き寄せ、自らの大きな腹に押し当てる。硬くもあり、柔らかくもあり、冷たくも温かくもあるギリメカラの不可思議な感触と突然の行動に目を白黒させるアーシア。

 ギリメカラは、アーシアを抱えたまま、巨体に似つかわしくない俊敏さで壁を蹴り、その反動で十数メートルの距離を跳躍。霧から瞬時に距離をとる。

 すると、霧はまるで生き物の様にギリメカラたちの後を追い、着地場所へ這う様に伸びてくる。

 この時点でアーシアもこの霧が普通のものではないことに気付く。

 着地地点に集う霧。このまま得体の知れない霧に飛び込むかと思いきや、アーシアは上下の激しい揺れを感じた。

 着地の衝撃ではない。アーシアが目線を下に向ける。ギリメカラの足は地面に着かず、宙に浮いた状態であった。

 どうやって宙に浮いているのか。今度は視線を上に向ける。

 ギリメカラの長く伸ばした鼻が壁に突き刺さり、空中で体を静止させていた。壁を容易く貫く強度も驚くが、ギリメカラの巨体とアーシアを同時に支える鼻の頑丈さも異常であった。

 ギリメカラは鼻をロープの様に揺らし、勢いを付けてから再び飛ぶ。鼻だけの力でも先程の跳躍以上の距離を飛ぶ。

 

「きゃっ!」

「パオ」

 

 『うるさい。騒ぐな』と言いながら、ギリメカラは音も無く着地。たった数秒間の出来事だが、ギリメカラの力の一端を垣間見せる。

 

「――強いな。気乗りのしない命令だったが、どうやら本気で行かないといけないみたいだ」

 

 ギリメカラから離れたアーシアは、第三者の声に肩を震わせ、恐る恐る声の方を見る。

 きっちりと整えられた衣服にローブを纏い、眼鏡を掛けた青年。アーシアは、自分と然程歳が離れていないと思った。

 先程まで一箇所集まっていた霧が、青年の下に向かって移動していく。よく見れば、青年を中心にして霧が発生しており、彼こそがこの霧の発生源だとすぐに分かった。

 

「だ、誰なんですか! 貴方は! 貴方も旧魔王派の人なんですか!」

 

 アーシアは、口を滑らせたディオドラから現在禍の団の勢力である旧魔王派が襲撃していることを知らされていた。それ故に、目の前の青年も旧魔王派の悪魔だと予想する。

 

「いや、違う。俺は人間だよ」

 

 アーシアの予想は、青年から否定される。

 

「まあ、この状況だ。君がそう考えるのも無理は無い。アーシア・アルジェント」

 

 名を呼ばれ、アーシアは身を固くする。

 

「ゲオルク――それが俺の名だ。覚えるか、覚えないかは好きにしてくれ。尤も、俺から教えられることはこれだけだが」

 

 最低限名乗りだけする青年ことゲオルク。その眼は、アーシアでなく常にギリメカラに向けられていた。

 

「その容姿、伝承と照合すれば邪神の乗騎、魔象ギリメカラとお見受けするが?」

 

 ゲオルクがギリメカラの名をすんなりと見破る。

 

「パオー」

「……こんな時につまらない冗談は止めてくれ」

 

『チガウヨーオレノナハガネーシャダヨー』という棒読みで認めないギリメカラ。尤も、ゲオルクはそれに付き合うことはしなかった。

 

「え? ガネーシャさん、なんですか? それとも先に言っていたギリメカラさんなんですか?」

 

 アーシアの方は、ギリメカラの悪ふざけを真に受けて、どっちが本当の名なのか混乱していた。

 禍の団の中でも、研究者気質であり真面目な性格に分類されるゲオルクは、表面上は無表情を貫くも、内心ではギリメカラの不真面目な態度に少し苛立つ。

 ゲオルクの仲間も我が道を行く我の強さはあるが、少なくともこういった状況でふざけた態度はとらない。

 

(そちらがそういう態度なら――構う必要など無い)

 

 ゲオルクの霧が動く。ゲオルクが操作出来る限界まで霧は希釈され、肉眼では見分けられないほどの薄さとなる。

 その薄くなった霧を密かに、そして音も無くギリメカラたちへと忍び寄らせる。

 ギリメカラとアーシアは、まだ霧の存在に気付いていない。

 あと残り僅か。まだ気付かれてはいない。

 希釈された霧が一定量貯まる。ギリメカラの眼が動く。ゲオルクが何をしているのを探知した様子。

 ギリメカラは足先で自らの影を踏み付ける。すると、中から大剣が飛び出し、ギリメカラの手に収まる。

 

(もう遅い!)

 

 ギリメカラが大剣を掲げたタイミングで、一気に霧を集束させる。霧へと突き立てられるギリメカラの大剣。だが、刺さった切っ先が霧から出て来ない。

 霧がどんどんギリメカラの大剣を包み込んでいく。剣身、鍔の順に霧へと消えていき、最終的には柄を握る手ごと霧の中に入ってしまった。

 霧の中に消えたものは何処へ行ったのか。その答えは、ゲオルクのすぐ側にあった。

 ゲオルクの周囲に立ち昇る霧の中から、突き出る大剣を握るギリメカラの手がそこにあった。

 ゲオルクの神滅具『絶霧(ディメンション・ロスト)』は、結界系神器の中で最強と謳われている。無限に発生する霧は、あらゆる攻撃を防ぐ盾にすることも出来れば、今の様に離れた場所と場所を繋げる出入口となる。

 ただし、その反面神滅具としての攻撃力は、『白龍皇の光翼』、『赤龍帝の籠手』と比べれば皆無に等しい。

 だが、何事も応用である。足りなければそれを補う工夫をすればよいだけのこと。

 例えば、今の様に離れた場所にあるギリメカラの手と腕。もし、この状態で『絶霧』の出入口を閉じたらどうなるのか。

 その答えを知る方法は、至極簡単である。ゲオルクの意思一つですぐに――

 

「――ん?」

「――え?」

 

 目が合った。

 誰と誰の目が? 

 アーシアとゲオルクである。

 互いに向かい合っているのならば可笑しくは無い。

 いや、可笑しい。ゲオルクは、アーシアの瞳の虹彩がはっきりと分かる距離で目が合っている。

 それが分かる程の近距離。だが、アーシアはまだギリメカラの側に――体だけある。

 体が、ギリメカラの鼻に持ち上げられている。

 ゲオルクはアーシアと目が合った。

 霧の中からギリメカラの大剣と一緒に頭部だけ出しているアーシアと。

 

「おおおおおおっ!」

「きゃあああああ!」

 

 思考が現実に追い付き、同時に声が上がる。ゲオルクは、慌てて『絶霧』の解除を止める。

 その間に、霧の中からギリメカラの大剣と一緒にアーシアが引き抜かれる。

 

「付いてますか! 私の首、ちゃんと付いてますか!」

 

 首の無い自分の体を見るという一生に一度有るか無いかの経験をしたアーシアは、涙目で自分の首を触って確認している。

 

「何を考えているんだお前はっ! 護衛するならもっと丁寧に扱え!」

 

 ゲオルクは思わず立場を忘れて本気でギリメカラに怒鳴っていた。あと少し遅ければアーシアの首は落ちていた。アーシアの命などゲオルクからすればあまり興味の無いことであり、必要なのは彼女の神器の能力だが、ギリメカラの無茶な行動には流石に一言言わなければ気が済まなかった。

 

(牽制のつもりか……!)

 

 だとしたらかなり効果を発揮している。ゲオルクは、同じ手を使うことに躊躇している自分を自覚している。

 

「パオ」

 

『次は気を付ける』と半笑いの言葉の後、ギリメカラは鼻を持ち上げ、アーシアを宙に放る。

 高く上げられたアーシアは、一瞬のことで反応出来ず、次に何かの上に落ちたことでワンテンポ遅れて自分の状況に反応した。

 

「きゃっ! あれ? あれ? ギリメカラさんなんですか?」

 

 自分が乗っているものに気付き、アーシアは下に向かって問う。アーシアが乗っているのは、青黒い肌を持つ象であった。

 放り投げている間に、人型から四足の獣型へと姿を変えるギリメカラ。

 そうだ、と一声鳴いた後に、壁に向かって突進。分厚い壁は粉砕され、壁の向こうにギリメカラは消える。アーシアの悲鳴を残しながら。

 

「まともに戦うつもりは無いか……!」

 

 逃走を選択したギリメカラに、ゲオルクは特に驚かない。アーシアをリアスたちの下に連れていき、渡すだけでギリメカラの勝ちである。

 正直な話、今回の襲撃は成功しようが失敗しようがゲオルクが所属している英雄派にはあまり影響は無い。成功すれば確かに旧魔王派の株が上がるかもしれないが、三勢力の会談で決して少なくない被害を『禍の団』に被らせた旧魔王派の信用がプラスマイナスゼロになるだけである。寧ろ、失敗してくれた方がゲオルクたちにとって有り難いと言えた。

 が、ゲオルクとて偉大なる先祖の血と技を受け継ぎ、そして神滅具を所有しているという誇りがある。虚仮にされたままで終われる筈など無い。

 シャルバの望んだ通りに動くなど癪だが、英雄派を代表して出てきた以上自分も英雄派にも泥を塗れない。

 あの魔象から必ずアーシアを奪い取る。

 知的な風貌からかけ離れた熱気が、ゲオルクから噴き出す。その心に応じて霧がより深く濃いものへと変わっていく。

 満たされていく霧の中にゲオルクは身を沈める。ギリメカラたちの後を追って空間を飛ぶ。

 皮肉にもギリメカラ自身の存在が、アーシア護衛の難易度を跳ね上げていく。

 

 

 ◇

 

 

 四方を数え切れない程の悪魔たちに囲まれるリアスたち。逃げ場は無く、抜け出すには何処かに穴を開けなければならない。

 一刻も早くアーシアを助け出したいが、目の前の悪魔たちをどうにかしなければ自分たちの命も危うい。

 囲う悪魔たちの手が魔力の輝きを放ち始める。

 リアス、朱乃はそれに迎え撃つ為に真紅の魔力を纏い、雷光を放つ。

 木場は無数の聖魔剣を創り出し、守りと攻めを同時に出来る様にし、ゼノヴィアは構えるデュランダルに聖なる光を宿す。

 ギャスパーは周囲の悪意ある眼に震え、涙目になりがらもその瞳を閉じることはなく、何時でも邪眼を発動できる様にしていた。

 

(ドライグ)

『何だ?』

(すぐに禁手は出来るか?)

『可能だ。お前が望めば刹那で装着させてやる』

(よし)

 

 本来ならば時間が掛かる禁手だが、昂りに昂っている今の一誠の精神状態ならば即座に発動することが出来る。

 たとえ、悪魔たちが一斉に放ってきても鎧の強度があれば最低でも皆の盾にはなれる。

 何時でも開戦出来る張り詰めた空気。

 

『きゃあッ!』

 

 しかし、その緊張感に満ちた空気を裂く様な女性たちの悲鳴。リアスと朱乃の声であった。他のメンバーが何事かとリアスたちを見ると、彼女らはスカートの後方を押さえている。

 そして、彼女たちの後ろには小柄な老人。隻眼、長く白い顎髭。その老人に、一誠は見覚えがあった。

 

「いやいや。跳んで来たら目の前に良い尻があったのでな、ついつい手を伸ばしてしまったわい」

 

 悲鳴の理由を知り、一誠は反射的に怒りそうになったが、同時に老人の名を思い出して、その怒りは奥に押し込められる。

 

「あんたは――」

「オーディン!」

 

 囲っている悪魔の一人が、老人の名を叫ぶ。

 

「そう叫ばんでも聞こえるわい。耳は遠くはなっていないからのぅ」

「相手は北欧の主神だ! 討ち取れば名が上がるぞ!」

 

 オーディンは笑いながら、その手に三又の槍を出現させる。決して真新しい槍ではない。年季を感じさせ、かつては黄金の輝きを放っていたであろう穂先はくすんでいる。

 だが、その槍が現れた瞬間、この場に居る者たち全員が、心臓、あるいは眼前に穂先を向けられた様な圧迫感、緊張感、恐怖感を覚える。

 

「――グングニル」

 

 オーディンは短く槍の名を呟き、投げ放つ。

 

「ぐあっ!」

 

 悪魔の一人が苦鳴を上げる。体の中心に空いた大きな穴。悪魔は、穴が開いた後に苦鳴を上げていた。

 

「あがっ!」

「があっ!」

「うぐっ!」

「ああっ!」

 

 重なる苦鳴。致命傷に至る大穴を穿たれる悪魔たち。声を上げられる者は運が悪い。痛みという現実を知ってこの世を去るからだ。

 声を上げられなかった者は運が良い。自らの敗北という現実を知る前に頭を吹き飛ばされたのだから。

 苦鳴と悲鳴が追いつかない速さで起こり続ける。

 一誠たちは、オーディンがグングニルに投げた直後、光の様な物が次から次へと悪魔たちを貫いている光景を啞然として見るしかなかった。

 さながら光速で動く槍。あまりに速過ぎるせいで、槍が通った後には光の残像が残り、それが糸の様に貫かれた悪魔たちを繋ぐ。

 その光の糸が繋ぎ合わされたとき、この場に戦える悪魔の姿は居なくなっていた。

 辛うじて致命傷を免れた悪魔も全体の一割ほどいる。しかし、最早まともには戦えない。傷は勿論だが、瞬く間に自分たちを壊滅寸前にまで追い込んだオーディンに圧倒され、精神が既に敗北を認めてしまっていた。

 

「はて」

 

 オーディンは手に戻ってきたグングニルに肩に担ぎ、負傷した悪魔たちに呼びかける。

 

「少し遊んでやる前に何か言っておったな。耳は遠くなったつもりはないが、物忘れしやすくなってしまったかのぅ?」

 

 オーディンが一歩近付く。

 

「何と言ったか、出来ればもう一度言ってくれるか?」

「ひ、退け! 一旦退いて態勢を立て直せ!」

 

 言うが早く、悪魔たちは負傷した仲間を担いで一目散にこの場を飛び去っていく。オーディンは追撃することはせず、それを黙って見送った。

 

「さて終わったのぅ」

 

 未だに啞然しているリアスたちに、オーディンが話し掛けてくる。神たる力を見せつけられたリアスたちは、話し掛けられた瞬間に正気に戻り、慌ててオーディンに礼を言う。

 

「オーディンさま。あり――」

「あー、よいよい。ちょっとした運動をしただけだわぃ」

 

 手を軽く振ってそれを遮る。謙遜というよりは、本当に言葉のままという態度であった。

 

「滅茶苦茶強かったんだなー、爺さん」

「『このセクハラクソ爺、怖過ぎだろ!』と内心思っておる癖に」

 

 的確に内心を読まれ、動揺する一誠。神は心をも見通せるのかと驚く。

 

「心など読めはせんよ。お主は分かり易い」

 

 またもや正確に当てる。

 

(本当は読んでいるんじゃないのか?)

「だから読めないと言っているだろぅ」

「ッ!」

 

 読めないという割には、一々一誠の内心を正確に読んでくるオーディンに、一誠はたじたじになってしまう。

 

「あの、オーディン様はどうしてここに?」

「うむ。まあ、簡潔に説明するとだな――」

 

 旧魔王派の悪魔たちが現在襲撃していること。今回のレーティングゲームのこと。裏でディオドラ・アスタロトが手を貸していること説明する。

 ディオドラが禍の団と通じていることは先程知ったが、このレーティングゲーム自体がそれをいぶり出す為のものと知って、心中複雑そうな表情を浮かべる。

 

「文句があるなら、あの小僧に直接言ってやれ」

 

 オーディンから耳に装着させる人数分の通信機器を手渡される。

 

「お仲間が一人連れ去られておるのだろぅ? あれこれ話すなら走っている最中にせぃ。後始末はこの爺が特別にやっておいてやる」

 

 急かすオーディン。リアスたちもアーシアをすぐにでも助け出したいので、オーディンの言葉に甘える。

 

「ありがとうございます! 行くわよ! 皆!」

 

 神殿を目指し駆け出す一同。が、突如として一誠だけ急停止する。

 首筋を駆け抜けていく悪寒。その寒々しい感覚に言い様の無い不安を覚え、足が自然に止まってしまった。

 

「なあ、ドライグ。今のは――」

「何をしておる。さっさと行かんか」

「いった!」

 

 オーディンにグングニルの柄で背を叩かれる。

 

「でも――」

「いいから行くがよい。――あとのことはこのわしに任せておけ」

 

 全てを見通す様なオーディンの言葉。

 

『ここはオーディンに任せておけ、相棒。アーシアを助け出した後にでもまだ間に合う』

 

 後押しするドライグの言葉。

 腑に落ちないが、アーシアのことを放っておける筈は無く、一誠は深く頭を下げた後に走り出した。

 遠く離れていく背中に、オーディンは小さく笑う。

 

「小悪魔共の援護のつもりだったが、貧乏くじを引いたかもしれんなぁ」

 

 顎髭を撫でながら、オーディンは閉ざしていた左眼を開く。そこに眼は無く有るのは水晶で作られた義眼。義眼の中では、魔術文字が現れては別の形になっていく。どの文字も現代では失われたものであり、魔術に関わる者ならば垂涎ものであった。

 

「どれ、この老骨を酷使するかのぅ」

 

 口調は軽い。しかし、浮かぶ表情に好々爺の顔は無く、知識と戦いの神としてあるべき顔付きとなっていた。

 

 

 ◇

 

 

 グレイフィアは一人、部屋から通路に出る。

 サーゼクス、アザゼルは供を連れてオーディンと共にバトルフィールド内の旧魔王派の悪魔の一掃に向かった。セタンタは、会場内の旧魔王派を倒す為に赴いている。

 残るグレイフィアは、彼らからの連絡の中継点となる為に待機していたが、言い様の無い胸騒ぎを覚え、いけないと分かっていても動いてしまっていた。

 通路に出ても特に変化は無く。静かなもの。胸騒ぎを覚えるものなど――そこまで考え可笑しいことに気付く。

 

(静か過ぎる……)

 

 今も戦いが続いている筈だというのに、この場だけが戦場から隔離された様に物音一つ無い静寂であった。

 原因を突き止める為にグレイフィアは動き――

 最初に感じたのは柔らかな感触だった。背後から回された腕が、グレイフィアの細い体を抱き締める。

 指先から肘付近まで覆う紫のドレスグローブ。それから覗く肌は、赤子の様に染みも皺も無く、絹よりも滑らかで、死人よりもなお白い。

 もう一方の伸ばされた手は、グレイフィアの頬に触れ、慈しむ様に頬から顎に掛けて指を這わす。その指先が進む度に甘く、痺れる様な心地良さが起こり、脳を悦びで浸す。常人ならばそれだけで絶頂を迎えるほどの快感。

 しかし、グレイフィアは表情一つ変えない。

 

「久方振りねえ」

 

 背後から紅いベールに包まれた顔を出す。グレイフィアの頬に触れそうなほど近い。

 

「……貴女ですか」

「つれない言葉。妾は汝との再会をこれほどまでに喜んでいるというのに」

 

 紅いベールの女の言葉一つ一つが理性を揺さぶる毒そのもの。耳に入り、鼓膜を震わせるだけで味わったことのない甘い響きとなって脳を奮わす。

 グレイフィアの体にその体をより密着させる。

 その身から放たれる香りもまた正気を蝕む。花や香水などこの香りに比べれば無臭そのもの。どこまでもその香りに包まれていたい、浸っていたい。それこそ死ぬまで。そう思わせる堕落の香り。

 だがどんなに体を重ねようとも、その身からは熱も暖かさも感じられない。あるのは死を凝縮させたような冷たい感触だけ。

 

「……貴女一人だけ、ですか?」

「ホォーホッホッホッホ。()()()()が気になるかえ? 先に述べた様に冥界へ来たのは久方振り。あの子らには()()()()()()()()()命じておいた」

 

 グレイフィアは正面を見続けるのを止め、目線だけを横に向ける。グレイフィアの視線が自分に向けられたことに合わせて紅いベールの女もグレイフィアに顔を向ける。

 ベールから現れたのは、肉を全てそぎ落とされた白骨の顔。

 白骨の顔。纏う死の気配。それらを兼ね備えた存在は唯一つ。

 グレイフィアの耳元に、唇の無い口を添える。

 

「さあ、可愛がろうぞ。グレイフィア。最高の快楽()を以って」

 

 『忌まわしい者たちの母』『大淫婦』、数々の名を持つ魔人マザーハーロットは、慈母の如く慈愛に満ちた声で死を囁く。

 




マザーハーロットの口調が難しい。色々と違和感があるかも。
それはそうと最後のグレイフィアとマザーハーロットの絡みを書いていて思ったんですけど、そのうち人間♀×モンスター♀という異種百合を題材にした作品が、映像化するかも。
なんやかんやで毎年二、三作は百合っぽい作品があるので。
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