ハイスクールD³   作:K/K

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あけましておめでとうございます。
今年もマイペースで投稿していきますが、よろしくお願いします。


応用、勇猛

 人工神器。それは、元々堕天使たちが研究していたものであった。しかし、その研究内容は、とある事情によって外部に漏らされた。

 人工神器の情報を得た一部の人間たちは、その研究を下地にして独立具現型の人工神器を創ろうとした。

 その最初の計画は『真似形計画』と呼ばれるもので、人間の精神と人工神器を混ぜ合わせ、『マネカタ』と呼ばれる存在を生み出そうとしたものであったが、成功率の低さと数少ない成功例たちの暴走により、計画は中断されることとなった。

 だが、この計画は決して無駄なものではなく。そこから得た情報により、新たな能力を生み出すことに成功した。それが、『虚蝉機関』によって生み出された『ウツセミ』である。

 不安定な部分は多々あるものの、マネカタよりも成功率が高く、様々な個体を生み出せるので、研究面でも大いに役に立った。

 尤も、これすらも『四凶計画』と呼ばれる本命の為の足掛かりに過ぎないが。

 紆余曲折あって潰えたこれらの計画は、巡り巡ってバルパーの手に届くこととなった。

 過去の研究と、今あるバルパーの研究。これらを合わせ、一つの実験を思い付く。

 その実験材料に選ばれたのがフリードであった。

 バルパーは、フリードの体内に様々なモンスターの因子を埋め込み、疑似的な合成獣へと作り変える。

 何故モンスターそのものではなく因子なのか。答えは単純にそちらの方が多く混ぜることが出来るからである。そしてもう一つ、因子にしたのには理由がある。

 今の段階で人工神器について最も詳しいのはアザゼルである。彼は、人工神器を完成させただけでなく不完全ながらも禁手にまで至らせている。その人工神器を作成する際に、五大龍王であるファフニールの魂を封印した宝玉を使用していた。

 バルパーはそれに注目した。

 バルパーは、フリードの肉体をその宝玉に見立てたのである。因子を埋め込んだのはその為。何故なら因子の中にはその者の魂が宿ることを、あの聖剣にまつわる騒動のときに見ている。

 龍王級の魂など用意することは難しい。その為の質を補う数である。

 バルパーが今回の実験で行おうとしているのは、独立具現型の人工神器の発現では無い。そもそも本体が人工神器の為の器になっている。

 狙っているのは、本体と人工神器の完全融合。人が神器に取り込まれるか、神器を取り込むか、その二つが目的である。

 なおこの実験については、フリードには一切知らせていない。彼はただ合成獣にされたとしか思っていない。

 レーティングゲーム開始前に下準備はきちんと済ませた。

 あとはあることを切っ掛けにして人工神器を発動させることである。

 その切っ掛けが自身の『死』である。

 神器には強い想いが不可欠である。その想いを引き出すのに丁度いいのが『死にたくない』という想い。

 凡人でも愚者、人だけでなく生物も死に際なら瞬間的でも神器に干渉出来る程の想いを発せられる。

 あとはフリードが適当な相手と戦い、死ぬのを待つだけである。

 そして、バルパーの狙い通り、フリードは戦いの中で命を落とした。

 

「――って全部お前の筋書き通りに進んだっていうのに、随分と不機嫌そうじゃないのぉ? バルパーくん?」

 

 フリードに埋め込んである装置からリアルタイムで送られてくる情報に目を走らせているバルパーに話し掛けるのは、バルパーと然程歳の離れていない男性。銀に近い白髪を歳不相応に長く伸ばしており、その顔立ちは一目見るだけで誰もが美形だと判断する程整ったものであった。

 バルパーは、男の声に反応を見せず情報を凝視し続けている。

 

「無視するなよぉー。悲しくなるだろ? おじさんは、寂しくなると死んじゃうだぞ? ――なんてな! うひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!」

 

 一人で喋って、一人で笑い出す。その顔からは不似合いな品の無い笑い声であり、笑う顔が見た目よりも幼く見えることもあって、子供っぽい印象を他者に与える。

 バルパーはその笑い声をこれ以上聞きたくなかったのか、溜息を吐いた後に、その男と目を合わせる。

 はっきり言って、バルパーは目の前の男が嫌いであった。どこまでが本気でどこまでが冗談なのか分からないふざけた態度と喋り方、特に今聞かされた笑い声など、聞くだけで血管が千切れそうになるほど苛立つ。

 しかし、それを顔には出さない。バルパーにとってこの男との繋がりは、個人的な感情を無視する程には重要であった。

 尤も、自分よりも長い年月を生きているこの男には、自分の内心など既にお見通しだろうとは思っている。分かっている上で今の態度をとっているのが男の鬱陶しさであり、性格の悪さと言えた。

 

「んでんで? 結局実験は順調なの?」

「順調だ……と言いたい所だが、ダメだな。失敗だ。既にこの実験は破綻している」

 

 涼しい顔で実験の失敗を告げるバルパー。男は笑みを消し、目を丸くする。

 

「ええー! すっごいことになってんじゃん! どう見ても実験大・成・功! にしか見えないけど?」

「大成功と言えば大成功とも言える。――いや、()()()()()()

「んん? どういうことなの? バルパーくん?」

 

 眉根を寄せて腕を組み、首を傾げる男。この一々子供の様に大袈裟な反応を見せるのも、バルパーが男を嫌う理由の一つである。バルパーは子供が好きではない。

 

「私の予想していた結果は、本体との融合後に自壊するというものであった。今回の実験は本当に試すだけのものだったからな」

「うひゃひゃひゃひゃ! ひでー! フリードくん、完全に捨て石じゃん!」

「再利用と言ってくれ。あ奴が死ななければ今回の実験は無かった。寧ろ代償無しに強くなれるなど甘い考えだ。死んだ後にその代償を払うなら安いものだと思うが?」

「おじさん的には、死んだ後に体を滅茶苦茶にされるのは嫌だなー。まあ、死んだ後に滅茶苦茶にするってのならやるね! だって死んでも責任取らなくていーしー!」

 

 無責任さが極まった言葉を吐く男。どこまでも自己中心的な性格だとバルパーは思う。バルパーも自らのエゴが強いことは自覚している。ただ、自分と同等以上のエゴの持ち主を見たのは、この男が初めてであった。

 

「んで、その再利用された哀れで可哀想な元フリードくんの何が予想外だったの?」

「自壊せずにそのまま活動し続けていることだ。……まさか、自壊前にドーナシークの死体と聖剣のレプリカを取り込むとはな」

 

 その段階で、既にバルパーの予想図から逸脱していた。ドーナシーク単体ならば別に問題は無かったかもしれない。しかし、ドーナシークの体内にはオーフィスの蛇が在る。放っておけば数分で消えていたかもしれなかった神器もどきが蛇の力で自壊を防ぎ、力の糧となるものを手当たり次第に取り込んでいる。

 

「ここから先はどうなるか全く想像がつかん。忌々しいことにな」

 

 バルパーからすれば実験の為の実験。それも本腰を入れていない半ば適当──フリードに埋め込んだ因子など無作為に選び、選別もしていない――とも呼べるもの。バルパーの理論が正しかったのではなく、運が良かった結果である。そんな偶然を喜べるほどバルパーは単純では無い。

 

「いいじゃん。いいじゃん。カオスってるねぇ! フリードくんも、あっちの戦況も! おじさん年甲斐も無くワクワクしちゃうよ!」

「ふん。だったらお前も行けばどうだ? アスモデウスとベルゼブブにお前も加われば、魔王の首を一人ぐらい取ってこられるだろうに」

「ん? まあ別にいいや。今は」

「あの二人でも魔王を相手するのは少々厳しいぞ? 下手をすれば――」

「どうでもいいや。死んだら死んだでそこまでだったってことでしょ? それに、悪魔が死んだところで、世の中が平和に一歩近付くだけだぜ? わーい! やったね!」

 

 半笑いのまま、男は小さく手を叩く。同胞に対し、あまりに冷淡過ぎる態度と言葉であった。

 男のそういう態度を見る度に、バルパーは不気味に思い、やはり悪魔など理解出来ない存在だと再認識させられる。元より理解するつもりは皆無だが。

 

「……やはりお前のことは全く理解出来んよ。リゼヴィム」

「うひゃひゃひゃ。悪魔なんか理解したら、魂盗られるか地獄に落ちるぜ? バルパーくん」

 

 今の旧魔王派を束ね、かつては『明けの明星』(ルシファー)の名を受け継いでいた男、リゼヴィムは悪意を形にした様な悪魔らしい歪んだ笑みを見せた。

 

 

 ◇

 

 

 オーディンに後を任せ、アーシアを取り戻す為にディオドラが居るであろう神殿を目指す。

 その道中でオーディンから渡された通信機器にアザゼルからの連絡が入ってきた。

 

『おい。無事か? こちらアザゼルだ』

「聞こえているわ」

 

 皆を代表してリアスが応じる。

 

『オーディンの爺さんとは無事会えたみたいだな』

「ええ。……それと今回のことについても少し聞かされたわ」

 

 心なしかリアスの声が固い。

 

『……そうか。悪かったな。本当ならこうなる前に阻止するべきだったが、結果としてお前たちを危険な目に遭わせた。言い訳はしない。責任は俺にある』

 

 あらゆる罰を全て受け入れる態度のアザゼル。

 だからこそ一誠は尋ねたくなってしまう。

 

「もし、万が一俺たちが死んじゃったらどうしたんですか?」

『それに相応しい罰を受けるだけだ。まあ、万や億ぐらい殺されても文句は言えんな』

 

 さらりと軽く言うが、それが嘘では無いという重みが言外に感じ取れた。

 

『兎に角、お前たちは今から俺が指示する座標に向かえ。そこには緊急の地下避難所がある。そこに隠れていれば――』

「先生! アーシアがディオドラに連れ去られたんです!」

 

 通信機器の向こう側で、一瞬アザゼルが言葉を飲み込んだのが分かった。恐らく相当苦い表情をしているに違い無い。

 

『――先手を取られていたのか。どちらにしても旧魔王派がうろついている。ここは危険だ、すぐに身を隠せ。アーシアのことは俺たちが――』

「嫌よ」

「嫌ですね」

「嫌です」

「嫌だ」

「……嫌です」

「い、嫌です」

「嫌ですっ!」

 

 一同口を揃えてアザゼルの指示を拒否する。

 

『……』

 

 姿は見えなくても、向こう側のアザゼルが目を丸くしているのが全員想像出来た。

 

「アーシアは、俺たちが救います!」

『……それは、今がどういう状況か分かって言っているんだろうな?』

 

 体の至る所に刃物を突き付けられたかの様な錯覚を覚える。言葉自体に感情の起伏はなく平坦なものであったが、遠く離れている場所から言葉の圧だけで一誠を萎縮させる。それは他のメンバーも同じらしく、皆表情が強張っていた。

 

「そ、それでもアーシアを助けに行きます! 俺たちが助けに行かないとダメなんです! アーシアは仲間で、家族なんです! 隠れてアーシアを見捨てることなんて出来ません! それに、何か嫌な感じがしましたし尚更――」

『それでお前たちの誰かが死んだら、アーシアは一生自分を責め続けるぞ?』

「そ、それは……」

 

 冷水の様なアザゼルの言葉に、一誠は僅かに怯む。が、自分にも皆にも言い聞かせる様に宣言する。

 

「絶対に誰も死なせませんし、俺も死にません! 死ぬ気で頑張ります!」

『無茶苦茶言ってんなー』

 

 言葉は置いておくとして、一誠の固い意志は伝わったのか、アザゼルは呆れつつも少し笑っている様子であった。

 

「アザゼル先生、心配してくれるのは有り難いけど、私たちはイッセーの言う通りアーシアを救う為に神殿に向かうわ。ゲームのことや今のテロのことを抜きにしても、私は主として、眷属を奪っていったディオドラに自分が如何に愚かなことをしたのか、嫌というほど教え込まなければならないの」

 

 眷属の拉致を行ったディオドラに、頭に来ているのかリアスの周囲に紅い魔力が蠢く。

 

「という訳です。皆も部長と同じ気持ちですわ。それに現悪魔勢力に対する反政府的行動を、現悪魔勢力に属する者として見過ごすことは出来ません」

『ガキがそんなことする義務は無いんだがな』

「既に巻き込まれているので義務もありませんわ。自然な成り行きです」

 

 当然の様に言う朱乃。アザゼルは暫く黙っていたが、やがて嘆息する。

 

『分かった。分かったよ。頑固なガキ共め……。そこまで言うならとことんやってこい! 責任は全部取ってやる! お前たちの力を、ディオドラの小僧に全力で叩き込んでこい!』

 

 アザゼルは一誠たちが動くのを認め、その背を強く押す様な言葉を送る。

 

『その前にいくつか約束してくれ』

「約束?」

『一つは無理を承知で言うが、死ぬな。命の危機に陥りそうなら絶対に逃げろ』

 

 次の約束を言う前に、アザゼルは一誠に一つ質問する。

 

『そういえば、イッセー、お前何か嫌な感じがするって言ってたよな?』

「え、ええ。言いましたけど……」

『他にそれを感じた奴は居るか?』

 

 一誠が他のメンバーを見ると、全員首を横に振る。

 

「他は居ません」

『だったらイッセー、お前がその嫌な感じというものを近くに感じたら、全員すぐにそこから離れろ。これだけは約束しろ』

「一体どうして――」

『俺もお前の言う嫌なものを感じた。姿形は見えないが、俺の感覚からして魔人の気配だ』

 

 一誠たちは言葉を失う。危険な状況の中で、更に危険な存在が現れたのだ。

 

『いいか、約束しろよ。絶対に逃げろ。絶対だ。そっちは俺たちが対処する』

「せ、先生は大丈夫なんですか?」

『こっちの心配よりもまずは自分たちのこと、そしてアーシアのことを心配しろ。いいか? アーシアを救ったらさっさと退避するんだぞ』

 

 念には念を押して言ってくるアザゼル。それが、一誠たちがどれほど危険な場所に向かうのかを表している。

 だが、一誠たちの肚は決まっていた。

 

「行ってきます!」

『……気を付けろよ』

 

 最後まで一誠たちを心配しながら通信が切れる。

 

「覚悟は良い?」

 

 リアスの問いが最終確認であった。予想を上回る危険地帯にこれから入っていく。

 しかし、全員躊躇うことなく首を縦に振った。

 

「それでこそ私の眷属たちよ。小猫、アーシアの位置は分かる?」

 

 小猫は頭部に猫の耳を出し、それをピクピクと動かす。その後に、小猫は神殿の方を指差し、何故かその指が絵図を描く様に動く。

 

「……ディオドラ・アスタロトの気配は向こうにありますが、アーシア先輩の気配は動いています。……二つの大きな気配。……追われている?」

「それってアーシアは今、ディオドラから離れているってこと?」

「……そうなります。二つの大きな気配のうちの一つと一緒に」

「よし! やってくれた!」

 

 小猫の報告を聞き、一誠はガッツポーズをとる。

 

「貴方、何か知ってるの?」

「詳しいことは移動しながら話します! 今はアーシアを迎えに行かないと!」

 

 事態は一刻を争う為、一誠の言う通りリアスたちは神殿に向かいながら事情を聞くのであった。

 

 

 ◇

 

 

「――それで、アーシアの影の中に仕込んだという訳ね。あの時の象を」

 

 神殿内部に入るタイミングで、一誠が何をしたのかの説明が終わる。

 

「間薙君も一枚噛んでいたんですね」

「あのね、そういうことは私たちにも言ってくれないと」

「その……勝手なことをしたので、怒るんじゃないかと思って……」

「黙ってそんなことをする方がもっと怒るわよ?」

「まあまあ。そのお陰でアーシアさんが無事かもしれないと考えればイッセー君と間薙君のお手柄ですよ」

「ナイスだ。イッセー」

 

 ジト目で見てくるリアスに、木場が一誠のフォローをし、ゼノヴィアは手放しで褒める。

 

「でも、気になるわ。アーシアを追っているもう一つ気配のことが」

「あまり時間を掛ける訳にはいかないですね」

 

 アーシアの無事を願いながら神殿奥に向かって行くリアスたち。石造りの神殿を抜けると、更に神殿が見える。

 そして、神殿の前で何やら話しているディオドラの眷属たちも見つけた。数は七人。

 向こうもリアスたちの姿に気付き、眷属内に動揺が広がる。

 

「――もう来たのですね」

 

 全員ローブを目深に被っているせいで容姿は分からないが、眷属代表らしき女性が少し疲れを含んだ声を洩らす。

 

「『兵士』を除いた眷属たちが揃っているみたいですね」

 

 木場が小声で皆に伝える。全員容姿を隠しているというのに。

 

「何で分かるんだ?」

「え? 背丈や肩幅や魔力の感じで。全員女性――ああ、一人だけ男性が混じっているね」

「……良く分かるな」

 

 木場の観察眼と記憶力に、一誠はただ感心するしかない。どれだけ見ても、一誠には見分けなど全くつかない。

 

「ようこそおいでくださいました。リアス・グレモリー様」

 

 先程声を洩らした女性がローブを捲る。金髪碧眼の妙齢の美女が顔を露わにする。

 

「あの人が『女王』だよ」

 

 木場がさり気なく教えてくる。

 その美貌に一誠が小声で『おお……』と言った瞬間、側に居た小猫の拳が脇腹に刺さる。

 

「……先輩。TPO」

「欲望に、素直で、ごめんなさい……」

 

 殴られた脇腹を押さえながら、リアスたちの会話に耳を傾ける。

 

「ディオドラはこの先に居るのよね?」

「答えられません」

「貴女たちも旧魔王派に下ったの?」

「答えられません」

「旧魔王派以外に他の戦力は来ているの?」

「答えられません」

 

 リアスの問いに、機械の様に定型の言葉しか返さない。

 

「……そう。まあ、素直に答えて貰えるとは思っていないわ。――ところで」

 

 そこでリアスは一拍置き。

 

「アーシアは見つかったかしら?」

 

 その問いに、ディオドラの『女王』は表情一つ動かさない。しかし、リアスは彼女を見ているだけではない。眷属全体を見ていた。リアスが知らない筈のアーシアの逃亡について聞いた瞬間、動揺を隠し切れずに体を僅かに震わせた者が二人ほど眷属の中に居た。

 

「ありがとう、分かったわ。アーシアは今も逃げているのね。そして、貴女たちはそれを探している最中に運悪く私たちに会った、と」

「……」

 

 ディオドラの『女王』は答えなかった。しかし、その沈黙は肯定に繋がる。

 

「私たちにとって最優先すべきはアーシアを救うこと。そしてその次にディオドラに今回のことへの償いをさせること。だから、貴女たちと戦うつもりは無いわ。黙って私たちを通してくれるかしら?」

 

 無駄な戦いを避けようとするリアス。その頼みに対して彼女たちの答えは――

 

「お断りします」

 

 『女王』から放たれるうねる大蛇を彷彿させる炎の魔力。それには拒否という答えと開戦の意が込められていた。

 

「……そう。残念ね」

 

 リアスが右手を薙ぐと紅い魔力が幕の様に広がり、それに触れた炎の魔力は、リアスの滅びの力によって消滅させられる。

 この攻防の終わりと共に、乱戦が始まる。

 ディオドラ側の先陣を切ったのは、最速の『騎士』であった。ローブの下から大剣を取り出しながら、リアスに斬りかかる。

 しかし、大剣の間合いにリアスが入るよりも先に、いつの間にか動いていた木場が二人の前に立ち塞がる。現れた木場に驚き『騎士』二人が大剣を振るうが、木場は二本の魔剣でそれを受け止める。

 そこに距離を詰めてくるのは、ディオドラの『戦車』二人。『騎士』と遜色無い速度で動いており、『騎士』二人を抑えている木場の隙を左右から狙う。

 硬く握った拳で木場の右側から攻めようとする『戦車』。そのとき、視界の端に銀光が煌めくのが見えた。

 急いで停止すると、『戦車』の足元に一本の剣が突き刺さる。

 投げ放ったのは一誠であり、投げた剣は『赤龍帝の籠手』に収めていたアスカロン。

 折角の名の有る剣を飛び道具に使った。傍から見れば愚行に見えるかもしれない。しかし、それは間違いである――

 地面に突き刺さったアスカロンが引き抜かれる。

 ――一誠はただ彼女に渡したに過ぎない。

 『戦車』の前に、デュランダル、アスカロン、二振りの聖剣をゼノヴィアが構える。

 ここまで移動してきたときの速度を緩めることなく斬りかかった。

 大剣の、それも片手とは思えない速度で振るわれたデュランダルは、『戦車』の胴体を真っ二つに裂こうとする。

 『戦車』は、デュランダルの輝きを一目見ただけで『戦車』の耐久力を以てしても紙を切る様に一切の抵抗も無く斬られることを察すると、己の速度に全てを掛け、跳躍する。

 全ての動きが緩慢に見える。引き伸ばされた光景の中で迫るデュランダルは、恐怖そのものであった。

 速く、早くと体が動くことを願う。

 靴底に微かに触れる金属の感触。死を予感させる感触であったが、同時に『騎士』の一撃を完全に避け切ったことも感じた。

 後は――そこまで考えたとき、視界に極彩色の輝きを見た。そこでその『戦車』の思考は停止する。ギャスパーが停めた時間の中で、『戦車』の思考もまた停まり続ける。

 ゼノヴィアが『戦車』と対峙したほぼ同じタイミングで、もう一人の『戦車』に立ち塞がるのは小猫。

 妨害する小猫に、もう一人の『戦車』は舌打ちをし、やむを得ず狙い木場から小猫に変える。

 速度を以て小猫を攪乱しようと考え、最初に右に動き、すかさずそこで切り返して左から攻めると決め、右に一歩踏み出す。

 

「っ?」

 

 指先で押された程度の軽い衝撃が胸に走る。もう一人の『戦車』が右に動いた直後、小猫は右に掌打を置いた。もう一人の『戦車』は、自分から当たりに行っているか、小猫の手に吸い込まれる様に置かれた掌打に胸を打たれる。

 猫魈として生きることを決意した小猫には、目の前の『戦車』の動き、というよりも力の流れが見えていた。

 右に行こうとする力の流れを見れば、対の先で仕掛けることが出来る。

 掌打に纏わせた気を体内に打ち込まれた『戦車』は、体を一回震わせた後に膝から崩れ落ちる。

 後輩たちと同級生の頼もしさに、木場は小さく笑う。

 

(負けてはいられないね!)

 

 木場が表面上は冷静を装いながらも、心の裡では己を昂らせる。

 その昂ぶりに身を任せる様に、鍔迫り合いをしている魔剣に力を籠める。

 細身の男、それも二人も相手しているというのに力負けをし、根を張る様に踏みしめていた筈のディオドラの『騎士』たちの足は、地面を削りながら後退する。

 押せば当然反発もある。二人の『騎士』は、木場の力に負けまいと、押し返そうと足元に力を更に込めて対抗しようとする。

 その瞬間に、あれほどあった抵抗感が消失する。

 『騎士』たちは見た。木場の手から二本の剣が離れるのを。戦いの最中で武器を手放すのは愚行にしか過ぎない。しかし、木場の場合は例外である。彼は自分の心の力が在る限り、何千、何万もの剣を自由に創り出すことが出来る。

 相手の体勢を崩す為に、剣を放すことに全く躊躇は無かった。

 『騎士』たちは不味いと思っていても体が前のめりになるのを止めることが出来なかった。絶妙なタイミングで木場が引いたせいもあるが。

 木場は、無手となった両手を『騎士』たちに向かって振るう。『騎士』たちもすぐさま体勢を立て直してそれを防ごうとするが、『騎士』同士の戦いの中では一秒に満たない隙も、永遠に埋めることの出来ない致命的なものとなる。

 指揮者が指揮棒を振るわす様に、淀みも、無駄も無く振るわれる木場の両腕。振り切った後には、その手にいつの間にか剣が握られている。

 手から大剣が滑り落ちる。それに少し遅れて『騎士』たちは膝から崩れ落ちる。

 

「あ、ああ……」

「う、くう……」

 

 腕を伝って指先から垂れる血。『騎士』たちの両腕は脱力し、垂れ下がっていた。

 ローブに入った僅かな裂け目。木場は『騎士』たちの腕を斬って力を、更に脚を斬り要とも言える速さを奪った。

 他のディオドラの『眷属』たちが援護する暇も与えず、四人も無力化されたことに残った眷属たちは動揺する。

 個々の力は完全にリアスたちが上回っており、数でも力でも圧倒されている。ディオドラの『眷属』たちが勝てる可能性は殆どゼロに近い。

 

「……もう一度言うわ。このまま大人しくしていてくれるかしら?」

 

 ディオドラの『眷属』たちの動揺を見て、リアスは再び退く様に勧告する。

 

「それは……出来ません」

 

 あくまで戦うことを固持する『女王』。ディオドラへの忠義心と素直に思えれば、敵ながら称賛する所。

 

「……進みたければ、私たちを殺して先へ行くことです」

 

 リアスにはどうにも彼女たちの態度に嚙み合わないものを感じる。それは他のメンバーも思ったことであった。彼女たちの目は明らかに死んでいた。明らかに、リアスたちを倒すという使命に燃える目では無い。何処か諦観を感じられた。

 そのせいで先程の言葉。命を懸けてでも与えられた命令を守る、という言葉が空虚に聞こえる。

 アーシアを助けなければならないのは分かっている。分かっているが、リアスたちは、彼女たちに悲哀の様なものを感じてしまう。

 

「貴女たちは――」

「ストップ! ストップ! ストォォォップ!」

 

 リアスの声を遮って焦った声がこだまする。

 

「はあー! 着いたー!」

 

 白い翼を羽ばたかせながら、イリナがリアスの前に立ち塞がる様に降り立った。

 

「イリナ! どうしてここに?」

 

 イリナの登場に、ゼノヴィアが真っ先に問う。

 

「色々と話したいことはあるけど! 取り敢えず待って!」

 

 イリナは振り返り、ディオドラの『女王』を見る。

 

「私のことを、覚えていますか?」

「……何のことですか?」

「私の名は、紫藤イリナです」

「シドウ……紫藤っ! まさか……!」

 

 『女王』の中である記憶が掘り起こされ、その途端視線をイリナから外す。

 

「やっぱり、あの時の!」

「……何も言うことはありません」

 

 

 かつて教会であったシスターであることを確信するイリナであったが、『女王』はこれ以上イリナと話すことを拒絶する。

 

「一体どういうことなの?」

「あの人たちは、教会の元関係者なの!」

「……何ですって?」

 

 イリナから告げられた事実に、リアスたちに動揺が広がる。

 

「きっと何か訳があって――」

「黙りなさいっ!」

 

 イリナの言葉を遮る様に、『女王』が叫ぶ。

 

「私たちは何も知りません! 全ては貴女の戯言!」

「そんな! ちゃんと話せば……」

「ここは戦いの場! 話し合う場では無い! 貴女たちに話すことなど何もありません!」

 

 一方的に話を打ち切ると、『女王』はその手に炎の渦を生み出す。螺旋を描きながら離れた場所に居るイリナが頬の乾きを感じるほどの熱を発していた。

 

「私は! 貴女たちと! 話したいの!」

「話すことは無いと言いました!」

「そんなの知ーらーなーい! 何でもいいから言って欲しいの!」

「だから黙れと言っているでしょう!」

「そういうのは無しで!」

「だから! ああ、もう!」

 

 イリナに振り回されていることに、どうしようもない苛立ちを覚える『女王』。背後に並ぶ『僧侶』二人は困惑していた。それと同様にリアスたちもどうすればいいのか判断に迷っている。

 

「貴女と無駄話をするつもりはありません! いいから構えなさい!」

 

 すると、イリナは腕に巻き付けていた一本の紐を解く。その紐は手の中で形を変え、瞬時に片刃の剣に変化した。

 イリナの愛剣『擬態の聖剣』である。

 聖剣の輝きに、ディオドラの眷属たちは眩しそうに目を細める。

 イリナはそれを構える――のではなく地面に突き立て、柄から手を放す。

 

「何の、つもりですか?」

「私は貴女たちと話がしたいの。なら、これは要らない」

 

 あくまで対話することを望む意思を見せるイリナ。

 

「貴女という人は……」

 

 ほんの一瞬だけ『女王』の顔から険が消える。だが、すぐに俯いてその顔を隠してしまった。次に顔を上げたとき、『女王』は唇の端から血を流し、怒りではなく何か決意に満ちた表情となる。

 

「……これが、私の、私たちの答えです!」

 

 イリナに向けて炎が放たれる。渦巻く業火が、呑み込み、焼き尽くす為に大口の如く渦の中心をイリナに見せる。

 炎を前にしても『擬態の聖剣』に手を伸ばさないイリナ。勝算が有った訳では無い。ただ、彼女たちの心に賭けた結果である。こうなることを覚悟しての行動であった。

 

「――全く」

 

 覚悟するイリナに呆れた声。

 

「真っ直ぐと言うか、考え無しと言うか」

 

 イリナの前に立つゼノヴィアが、二振りの聖剣を構える。

 

「相変わらずだな、君は」

 

 構えた聖剣を打ち鳴らしたとき、夜明けの太陽を思わせる閃光が放たれ、その光が炎を押し留め――振り抜かれた光が交差すると炎は斬り裂かれ、消し去られる。

 

「アーシアをすぐにでも助けたいが、目の前の親友も放っては置けない。親友を二人とも助けたい――我ながら欲深くなったものだね」

 

 自分の変化を楽しんでいるとも自嘲しているともとれる台詞だが、それを言うゼノヴィアは微笑を浮かべていた。

 

「あまり無茶なことをするなよ? イリナ」

「無茶の回数ならゼノヴィアには負けるわよ。でも、ありがとう」

 

 礼を言うイリナ。その彼女を見るゼノヴィアの目は優しいものであった。

 一方でディオドラの眷属たちは追い詰められていた。『女王』渾身の魔力が蝋燭の火と同じぐらい簡単に吹き消されたのだ。一本の聖剣でも厄介だというのに、それが二本在る。更には聖剣同士が干渉し合い、聖なる力を増大させるという相乗効果も見せている。

 認めたくないことだが、二刀流のゼノヴィア一人居れば自分たちを塵も残さずに全滅させることが出来る。客観的にそれを理解してしまった。

 

(やはり使うしかありませんか?)

 

 『僧侶』の二人のうち、女性の方が『女王』にしか聞こえない声で聞いてくる。彼女は手の中に五センチ四方の立方体を隠す様に持っている。透明の面で囲まれた中に更に透明の立方体。その立方体の中にも立方体があり、見えなくなるまで続いている。

 

(出来れば使うべきではないかと。――得体が知れない)

 

 異を唱えたのはもう一人の『僧侶』の男性であった。彼の言う通り、透明の立方体は彼女らの力ではなく、禍の団から与えられたものである。いざという時に身を守る為に、と。

 

(……もう少しだけ待って下さい。ですが、私が敗れたらその時はすぐに)

 

 『女王』の考えに『僧侶』たちは同意をする。

 ディオドラの眷属たちの考えが纏った頃、リアスたちは密かに悩んでいた。

 アーシアを助ける為に彼女らを倒すのは簡単だが、イリナから齎された情報と『女王』たちの反応に、ただ倒すだけが正解なのかと迷いが生じる。

 

「あーあ。せめてあの人たちの本音が聞けたら……」

 

 ぽつりと洩らしたイリナの言葉。

 

『あっ』

「え?」

「な、何だ? ……あっ」

 

 リアスたちの目線が同時に一誠に向けられる。イリナは意味が分からず、一誠は急に皆に見られて驚くも、少し遅れてその視線の意味を理解する。

 

「部長!」

「……今はレーティングゲームじゃないから特別よ」

「分かりました! いくぜぇ!」

「え? え? 何? 何?」

 

 許可するリアス。気合を入れる一誠。事態についていけずに戸惑うイリナ。

 

『乳語翻訳ッ!』

 

 何と言っていいのか分からない言葉を叫ぶ一誠に、イリナは啞然とする。ディオドラの眷属たちも似た様な表情をしていたが、何かを察し、行動を起こそうとする。しかし、既に遅い。一誠には見えていた。己の煩悩によって生み出された空間が既に彼女たちを取り込んでいることに。

 

「何でディオドラの眷属になったんだ?」

 

 知りたがっていたことを彼女らの胸に問う。胸に直接聞いている為、どんなに持ち主が言いたくなかろうと筒抜けとなる。

 返答はすぐにあった。途端、一誠の顔が歪む。怒りや悲しみなどの感情が混ぜ合わされた様な表情だった。

 

「……部長」

「な、何かしら?」

 

 意気揚々としていた一誠から放たれた初めて聞く低い声に驚き、リアスは声が一瞬詰まる。

 

「一分、いや、三十秒だけ時間を稼いで下さい。――俺が全部終わらせます」

「貴方……まさか、禁手を使う気? でも本来なら二分は掛かるんじゃ……」

「今の俺ならそれぐらいの時間で成れます」

 

 一誠から強い怒りを感じる。オカルト研究部たちも、一誠の態度の変わり様に驚いていた。

 

「イッセー君。何が分かったの?」

「……ごめん、イリナ。俺からは簡単に言えそうに無い」

 

 イリナの為に聞いたが、返ってきた答えを言うのを一誠は躊躇していた。

 

「――でも、代わりにあの人たちは俺が何とかする。絶対に傷付けない」

 

 イリナはそんな一誠をじっと見つめ後、頷く。

 

「うん。分かった。お願い」

「ああ、任せろ! いくぞ! ドライグ!」

『Count Dawn!』

 

 カウントダウンが始まる。これ以降一誠は神滅具の力を使用出来ない。禁手に至るまでの時間が赤龍帝の籠手に填められた宝玉に映し出される。それは一誠が宣言した通り、三十秒であった。

 

「……聞いたのですね、赤龍帝。私たちの心の声を!」

 

 ディオドラの『女王』が言う通り、一誠は彼女たちの心の声を聞いた。いや、声というよりも何一つ取り繕っていない本音の叫び。ディオドラの策略によって本来行くべきであった道を断たれ、行き場を失い、ディオドラの庇護の下肉体も魂も凌辱され続けながら、己の弱さを悔いる叫び。

 余すことなく伝えられる本音というものは、聞く者に重いものを残す。『乳語翻訳』のデメリットを一誠は知った気分であった。

 触れられたくないものに触れられたことに激昂し、『女王』は他のメンバーを無視して一誠だけに狙いを定めて炎を放つ。

 灼熱の渦が一誠を灰塵に帰そうとするが、光の力を帯びた雷が炎を貫いて半壊させ、紅色の破壊の力が、残ったそれを全て消し去る。

 

「イッセー君の邪魔はさせません」

「どうしてもと言うなら、私たちを倒すことね」

 

 リアスと朱乃が一誠の前に立ち、彼を守る。『王』と『女王』の二枚の強固な壁は、然程離れていない筈の一誠を、手が届かない何処までも遠くの存在の様に錯覚させた。

 湧き上がった怒りも、圧倒的力の前に気圧される。

 三十秒という時間は、まるで刹那の時の様に呆気無く過ぎ去った。

 

『Welsh Dragon Balance Breaker!』

 

 籠手が全身を覆う鎧と化す。『赤龍帝の鎧』を纏った瞬間から、倍化は最大まで行われ、全身に力が漲る。

 

『JET』

 

 鎧の背から噴出される魔力。一誠とディオドラの『女王』との距離は瞬きよりも早く零となる。

 避ける暇というよりも、目の前に一誠が現れたということすら認識が追い付かず、一誠は無防備な『女王』に拳や蹴りを繰り出すのではなく、纏っているローブを赤の指先といつの間にか白に変色した指先で僅かに触れる。

 触れたときからローブは急速に収縮し始め、『女王』を拘束する。

 

「こ、れは!」

 

 魔力を使おうにも使用出来ず、そのまま簀巻きの様な状態となる。

 『洋服拘束』。相手の衣服を二つの龍の力で拘束衣に早変わりさせ、動きと魔力を封じる技である。特にディオドラ眷属たちが着ている様な露出の少ないローブなら、より強固な拘束を生む。

 瞬時に『女王』が無力化され、残された『僧侶』二人は瞠目する。

 一誠の目線が兜越しに二人に向けられたとき、『僧侶』たちは決断した。

 『僧侶』の女性が、立方体を掲げる。立方体を見たとき、一誠は既視感の様なものを覚えた。

 

『あれは『絶霧』の禁手だっ!』

 

 ドライグの内に響く声に合わせたかのように、立方体の面が剝がれ落ちながら展開され、『僧侶』たちと一誠たちを隔絶する様に結界が張られる。

 

「これはっ!」

 

 目の前に張られた結界に驚くも、すぐさま一誠は結界に全力の拳を打ち込む。『赤龍帝の鎧』から繰り出される破壊の一撃を受けても結界に亀裂は入ることなく、一切揺るがない。もう一度同じ力で同じ箇所を狙ってみたが、結果は同じであった。

 

「これ程とは……」

 

 展開した本人も、張り巡らされた結界の強固さに驚く。

 

「ドライグ! 何だよこれ!」

『『絶霧』という神滅具によって生み出された結界だ。結界を操る神器の中でも最強を誇る』

「じゃあ、あの女の人は神滅具所有者ってのか!」

『違うな。『絶霧』の禁手は、所有者が望む結界を自由に創り出すことが出来る。何より創り出された結界は、所有者以外でも発動することが可能だ。恐らくこれはそれだろう』

「マジかよ……。ドライグ! どうにかこの結界を壊せないのか? 同じ神滅具だろ?」 

 

 張り巡らされた結界は、『僧侶』たちを守るだけでなく次の神殿への道も塞いでいる。このままではアーシアを助けに行けない。

 

『神滅具でも位がある。『絶霧』は、『赤龍帝の籠手』よりも上だ。……認めたく無いがな』

 

 プライドの高いドライグがそう言うのであれば、間違いない事実なのだろう。

 一誠たちが目の前の結界の頑丈さに驚いているのと同様にして、結界の内にいる『僧侶』二人も赤龍帝の一撃を受けてもびくともしない結界の強度と術の完成度に内心驚いていた。しかし、同時に不安も覚えていた。

 これ程の高度な術で作られた結界に何かしらのデメリットがあるのではないか、と。

 彼女たちは知らないことだが、張られた結界は単純に壊れにくさを追求して創り出された結界であり、神滅具の攻撃を受けても破壊されないほどの代物であり、一度発動すれば内蔵された魔力が尽きるまで張られ続ける。一応のデメリットとして発動者でも結界の壁を出入り出来ないというものがあるが、守ることと時間稼ぎを目的とした彼女らにはデメリットにはならない。

 もし、この場にこの結界を創り出したゲオルクが居たら、この程度の御粗末な結界で代償など在る訳無い、と彼女らの不安に対し失笑していただろう。一流の魔術師が生涯を掛けて完成させるだろう術も、神滅具所有者にとってはほんの数秒のこと。それ相応の代償を払うことも代償無しで可能とする。それ程までに埋め難い差がある。

 リアスの放った紅の魔力が結界に着弾する。しかし、結界は変わらず。滅びの力を有した魔力であっても結界に罅を入れることすら叶わない。

 

「くっ……!」

 

 リアスは強く唇を噛む。これには自分の力が通じないという屈辱も込められているが、アーシア救助を妨げる、文字通りの壁に対しての苛立ちが殆どであった。

 一誠、リアスという最高火力がダメならば、残りのメンバーでも突破は難しい。

 何とかしたいというのに、妙案が思いつかない。それが焦りを生み、その焦りが思考を空回りさせる悪循環を生む。

 

(何とか、何とかなんないのかよ! アーシアが待っているんだ! 壊せないんじゃ先に進めない! 壊せない……壊せない?)

 

 悩む様に俯いていた一誠が、急に顔を上げて『僧侶』の女を見る。いきなり凝視された女は結界に守られているというのに、驚きで体を震わす。

 

「――この結界、『僧侶』のお姉さんが張ったんだよな?」

「そ、それがどうしたというの?」

 

 一誠が放つ妙な圧力で、『僧侶』の声が少し震える。

 

「だったら試す価値はあるよなぁ!」

 

 皆が注目する中で一誠は両手を握り締める。最大限まで高まっている魔力が体から噴き出し、守られている筈の『僧侶』二人を慄かせる。

 一誠の魔力に応える様に、赤の拳はより眩く、白の拳はより煌めく。

 大事なのは強いイメージである。この結界は『僧侶』の女性が展開した。そこからイメージを発展させる。

 彼女の結界内部に居る。つまりは結界を纏っている様なもの。纏うということはつまり衣服の延長。というか纏っている時点でこの結界は彼女の衣服である。

 

『……いや、そうはならんだろう』

 

 飛躍し過ぎな考えにドライグは引くが、イメージを常人には出来ない程発展させている今の一誠にはその声は届かない。

 

「――いくぜぇぇ!」

 

 一誠は両手を組み合わせて拳を作る。

 

「うおりゃあああああああ!」

 

 全魔力を注ぎ込みながら結界に両拳を打ち込んだ。金属板を無理矢理押し曲げた様な耳障りな音に、全員顔を顰める。

 音が遠のいていく中、皆の視線は一誠の拳の先に集まる。

 結界に亀裂は無く、一誠最大の一撃も届かなかった。リアスたちに悔しさを、『僧侶』たちは安堵を覚える。

 

「……この結界を張ったのが、そっちで良かったよ」

「……は?」

 

 言っている意味が分からず、『僧侶』の女性は訝しむ。

 

「おかげで成功した」

 

 一誠が拳を打ち鳴らした瞬間、張ってあった結界が内側に向かって縮小し始める。

 

「なっ!」

 

 結界内部に居る『僧侶』二人は、縮小する結界にすぐに逃げ場を奪われ、何一つ抵抗することが出来ないまま二人は背中合わせの動きを固定され、身動きとれなくなり横たわる。

 『洋服拘束』の応用によって、結界は破壊されるのではなくその形を変えられた。

 

「……すごい。相手の結界をそのまま利用して逆に閉じ込めたんですね」

「さ、流石です! イッセー先輩!」

 

 小猫とギャスパーは、一誠を素直に称賛する。

 

「ああ。女性の方が結界を張ってくれて助かったぜ。おかげで結界も服の延長というイメージ力が高まった!」

 

 真顔でどう聞いても理解不能なことを言う一誠。

 

「んん、まあ……流石、イッセー君としか言えないね」

「やっていることは凄いのですけどね」

「手放しで褒められないわ……」

 

 何とも言い難い表情となるリアスたち。

 一方で――

 

「大した技だ」

「凄いわ! イッセー君!」

 

 ――素直に感心するゼノヴィアとイリナ。本来は相手を半裸状態で拘束する技だということを知らないイリナは、無邪気に喜んでいた。本当のことを知れば、すぐにでも手の平を返して一誠に説教をするだろう。

 取り敢えずは敵を無力化させることが出来た。後はアーシアの救出に向かうだけである。

 

「ねえ」

 

 すると、イリナが皆に話し掛ける。

 

「私……ここに残っていてもいい?」

 

 そう言うイリナは、申し訳無さそうな表情をしていた。

 

「アーシアさんのことは勿論心配よ。でも……この人たちのことも放って置けないの」

 

 今のディオドラの眷属たちには、自分の身を守ることは出来ない。あちこちで戦いが起こっている中で彼女らを放置していたら戦いに巻き込まれるか、或いは口封じで殺される可能性も考えられる。

 

「――そうね。彼女たちも『禍の団』についての情報を持っているかもしれないわね」

 

 それは、イリナの考えを尊重する為の建前であった。リアスも彼女らが重要な情報など持ってはいないことは予想出来ている。

 

「祐斗。念の為に貴方もここに残ってくれる?」

「分かりました」

 

 万が一のことを考え、木場も彼女たち護衛兼監視に置く。木場は快諾する。自分と同じ元教会の人間であることに思うところがあるのかもしれない。

 

「イッセー君、ゼノヴィア。アーシアさんのことは任せたよ」

「ああ。分かった」

「すぐに戻って来る」

「……ます」

 

 小さく、呻く様な声。その声はディオドラの『女王』から発せられていた。

 

「……私は貴方のことを恨みますよ、赤龍帝」

 

 俯いた体勢のまま、『女王』が恨みを募らせた声を吐く。

 

「ディオドラ様は私たちの失態を許すことはあり得ません。これで、きっと、私は、私たちは最後の居場所を失います。失った私たちはどうすればいいのですか? これから私たちは何処へ行けばいいのですか……? 何に縋ればいいのですか……?」

 

 絶望に満ちた『女王』の言葉。事情を知らない一誠とイリナを除いた他の面々も不穏なものを感じ取っていた。

 

「俺が……」

 

 恨みをぶつけられた一誠が呟く。

 

「俺が今出来るのは、ディオドラの奴をぶん殴る! ……それだけだ」

「……そうですか」

 

 『女王』はそれ以上何も言うことは無かった。

 

「……行きましょう」

 

 リアスの声に従い、皆が神殿奥に向かう。

 

「イッセー、大丈夫?」

 

 陰りを感じさせる一誠の表情を見て、リアスは心配になり声を掛けた。

 

「ははは、大丈夫ですよ! 気にしてませんって! 女性に嫌われるのは慣れているんで!」

 

 笑いながら自虐的なことを言うが、皆には空元気にしか見えない。

 すると、笑う一誠の首に、誰かが背後から腕を回す。背中に伝える体温。柔らかでありながら弾力のある双丘。鎧越しでも分かる。

 

「あ、朱乃さん?」

「イッセー君。私は貴方を嫌ってはいませんよ?」

 

 敵意を向ける女性も居れば、好意を寄せる女性もここに居ることを告げ、一誠を慰めようとする。

 

「あ、ありがとうございます……」

「――という訳で。アーシアさんを助けて全部解決したら、私とデートをしましょう。いいですわね? イッセー君?」

「は、はい! ……えっ!」

「はい。了解を得ました」

 

 不意打ち同然にデートの約束をした後、満面の笑みを浮かべながら朱乃は一誠から離れる。流れで、はいと言ってしまった一誠は狐につままれた顔をしていた。

 

「……流石、朱乃先輩。抜け目無いです」

「あ、朱乃ったら私の目の前でイッセーと……! くうう!」

「成程。参考になるな」

 

 リアスが特に朱乃に対して物申したい様子であったが、それよりも優先すべきことがあるので一旦その感情は置く。尤も、事が終われば朱乃に文句を言うつもりだが。

 

「……ん?」

 

 小猫が立ち止まり、頭の猫耳をピクピクと動かす。

 

「どうしたの?」

「……今、少し揺れませんでした?」

 

 

 ◇

 

 

 自らが作り上げた焦熱の空間。地を融解させ、天すらその熱で焼き破れそうになる。

 生者を許さない生誕直後の星が一時的に再現されたその中で、二つの生が争う。

 一つは龍王であるタンニーン。その鱗は自身が放った炎に焼かれることも焦げることも溶けることも無く、彼の身を守る。

 もう一つは赤き獣。タンニーンに踏み潰され、溶ける大地の中にその身が埋められているというのに、その生は未だ終わりを見せない。

 寧ろその生の底すら見せていない。

 

(ぬうっ……!)

 

 高熱の中でタンニーンが心の中で呻く。赤き獣は、タンニーンの炎に耐えるだけでなく、その圧に耐えているどころか、押し返し始めていた。

 タンニーンの足裏をその七つの首が持ち上げる。体格的に大きな差があるというのに、タンニーンは獣を再び押し潰すことが出来ない。どんなに力を込めようとも獣はその力に屈せず、立ち上がろうとする。

 ならばもう一度炎を撃ち込もうとしたとき、燃え盛る業火の中で響き渡る鳴き声。

 高く、低く、耳障りで、どこまでも遠くに通り、不安定で、心を騒めかせる不快という言葉で表現し尽くせない赤き獣の鳴き声。

 途端、業火が鎮火する。

 これにはタンニーンも瞠目する。吐いた炎は、彼の力によって生み出されたもの。彼の意思無しで消えるものではない。だが、炎は消えた。獣の鳴き声に、炎が屈服させられたかの様に跡形も無く。

 怪現象に僅かな動揺が生まれたとき、一条の稲光がタンニーンの足を貫く。

 貫いた光は、そのまま直線上にある顎から脳天まで風穴を開けようとするが、タンニーンが咄嗟に後ろに飛んだことで躱される。

 しかし、それは赤い獣を解放したことも意味した。

 溶けたこととタンニーンの重量で沈んだ地面から赤い獣が這い出る。その体に火傷一つ無く、体毛一本すら焦げていない。

 タンニーンは翼を一回羽ばたかせた後に、足の傷に構うことなく両足で地面に降り立った。

 タンニーンは獣に注意しつつも傷口を観察する。

 

(焼け焦げているな。そして、あの光……雷の魔術でも使えるのか?)

 

 痛みはあるが、努めて冷静に情報を分析する。

 魔人という存在は、タンニーンにとって今でも唾棄すべき存在だが、冷静さを欠かさないと決めていた。同じ失態を繰り返す様な存在ならば、タンニーンは龍王という異名を得ていない。

 魔人との交戦経験はあるが、マタドールとシンの二名。片方は手の内を全て見ていないし、もう片方は二度と戦うつもりは無い。

 三度目の魔人との戦い――この獣が魔人かどうかは不確かだが――得られるものを見落とさず、全て拾い上げる気概でいく。

 獣の七つの頭が一斉にタンニーンに視線を向ける。十四の感情を見せない目が、その白い眼球にタンニーンを閉じ込める様に映し込む。

 同時に開かれる七つの口。その口内に先程と同じ光が漏れ出す。

 ドラゴンの鱗を容易く撃ち抜く雷撃。それが七条。しかし、タンニーンは怯むことなく真っ向から迎え撃つ為に、同じ様に口に炎を蓄える。

 炎と雷。似て非なる破壊を生み出す力。それらが今まさに衝突――する前に光が次々に獣の顎を打っていく。

 貫くまでには至らなかったが、下顎の牙が上顎を貫く程の勢いで強制的に閉ざされる。

 自らの牙で口を縫い合わせられる獣。だが、最後の頭だけはその光の動きを読み、首を仰け反らせることで回避してしまう――が。

 トン、と軽い足音。上向きとなった獣の頭を踏み付けて虚空からシンが現れる。その手に蛍光の光弾を宿して。

 放つ寸前の雷を、シンに向けようとする獣。それよりも先に口内目掛け光弾を呑み込ませる。

 放つ筈の雷は、光弾により喉の奥へと押し込まれる。

 獣を踏み台にしていたシンの姿が消える。直後、行き場を求めて暴発した雷が、喉や目を突き破り、内側から焼く。

 

「――もう戻って来たのか」

 

 蓄えていた炎を霧散させ、タンニーンが視線を下ろすと、足元にシンとオーディンが並んで立っている。

 

「爺でも意外と素早く動けるもんじゃぞ? それに一人残して戦わせるほど老いてはおらん。手を貸すぞ」

 

 オーディンは頼もしく感じる程ふてぶてしく。

 

「――手を貸す」

 

 シンは心強く感じる程静かに助力を言って出る。

 

「――恩に着る」

 

 タンニーンは、その硬い鱗を歪めて勇ましく笑った。

 




原作を読み返していて思ったんですけど、女性ばっかのディオドラの眷属の中で唯一男性と明言された僧侶。ディオドラの趣味からして割と謎ですよね。
唯一の男性、ディオドラの悪趣味という設定を生かして、どこぞの薄い本みたいな下衆い裏設定を思いつきました。
まあ、作中では書かないですけど。
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