その襲撃者は従来兵器による攻撃を一切受け付けず、世界各国の海軍戦力はひと月程で一方的に壊滅へと追いやられ、完全に制海権と海上における制空権を喪失していた。
襲撃者はその総称を“深海棲艦(しんかいせいかん)”と定められ、日本は唯一深海棲艦に対して有効な打撃力を持つ存在“艦娘(かんむす)”を世界でもただ唯一、所有していた。
日本はこの艦娘の運用により自国領海内の深海棲艦への反抗と、深海棲艦の脅威に晒されている、諸外国へ艦娘を基軸とした海軍力の派遣を行ない、海上護衛と輸送航路の確保を援助する事を宣言。
それに伴い、海軍力の海外派遣の為に海上自衛隊を日本国海軍に改名。神奈川県横須賀市、広島県呉市、長崎県佐世保市、京都府舞鶴市に“鎮守府”を設置し、これに充てるものとした。
この物語はそんな変わり果てた世界で平和を取り戻す為に戦う “提督”の一人となった青年と、艦娘達の物語である。
第1話
季節は初夏。梅雨晴れをしたばかりでまだ湿気の残る風を感じる頃の事であった。
車に揺られ、目的地である佐世保鎮守府に向かう一人の青年。彼こそ、この物語の主人公の一人、小木曾正博(こぎそまさひろ)海軍准将である。
彼は最近将官となり、向かう佐世保鎮守府の提督の一人に任命されたばかりであった。
提督に任命されたばかりで右も左も分からない小木曾の元に届いた一通の手紙と資料。それには着任先に彼の秘書として艦娘を待機させてある旨と、彼に充てられた艦隊の有無が書かれていたが、その詳細は一切触れられておらず、彼はそれに対して不満を募らせていた。
「ふぅ、これだけでは情報がないのと変わらないな」
「到着されてからのお楽しみ、という奴ではないでしょうか。ともかく、もうすぐ到着致しますのでお待ちください」
車を運転する下士官の言葉を聞きながら小木曾は窓の外に目を向けた。窓から見える景色は街並みから一面に広がる倉庫群へと変わっていた。
「提督、お疲れ様です。鎮守府へ到着致しました」
車の扉を開けられ、降りたそこには石造りの立派な建物が彼を迎えるように在あった。
ここに来てようやっと自身が提督へと就任した事を実感した小木曾は帽子の位置を直し、気を引き締めた。
「初めまして。ご到着をお待ちしておりました、小木曾提督」
彼が建物を見上げていると、突如目の前から凛とし、落ち着いた声色の女性から名を呼ばれ、彼はその声のする方へと顔を向けた。
そこには巫女服の様な衣装に身を包み、綺麗で長い銀髪をした女性が佇んでいた。歳は小木曾と同じか少し下くらいだろうか。三○前の小木曾から見ても、かなり若く見えた。
「こちらこそ初めまして。君は? 」
「自己紹介が遅れて申し訳ありません。私は正規空母、翔鶴と申します。これからよろしくお願いします」
恭しく一礼すると、その翔鶴はにっこりと笑った。
翔鶴が頭を上げるに合わせて小木曾も敬礼を返す。
「そうか。ということは、君が私の秘書となる艦娘なのだな? 」
資料にあった項目を思い出し、小木曾は咄嗟に質問を口にする。
それもそうである。小木曾が提督就任にあたって調べた資料のどれにも着任直後には駆逐艦を秘書として割り当てられるのが慣習となっており、正規空母をいきなり任される等どこにも書かれてもいなければ前例すらなかったのだ。
「はい、その通りです。では、提督の執務室へとご案内します。お話はそちらでいたしましょう」
「了解した」
彼女の肯定の返答を聞き、この艦娘を手配したであろう自身の恩師を思い出して内心苦笑しながら、先行する翔鶴に続いた。
翔鶴の後に続く形で自身の執務室となる部屋へ通された小木曾はまずその部屋の広さに驚いた。
その空間は、床は落ち着いた黒茶色に塗られたフローリングで仕立てられ、正面大きな窓からは海の様子を一望出来るようになっている。
その窓に辿り着くまでにはゆうに一五歩程は歩かねばならない距離があり、窓の前には成人男性が両腕を広げてもまだ余るであろう横幅を持った大きな執務用の机が備えられている。机の上にはこれから必要となるであろう資料集が数冊積み重ねられ、モダンな卓上ライトも置かれている。
右を向けば三人掛け用のソファーが向かい合わせに置かれ、ソファーの間には人が寝転がれる程のサイズのテーブルもある。
奥には給湯室であろう部屋に入る為のドアが見て取れ、左を向けば艦娘が十人余りが集まっても作戦会議が開ける程の広々としたスペースと本がギッシリと詰まった本棚が四つ程並べられている。また、その奥にも別の部屋へと入るドアが取り付けられていた。
「なるほど。噂には聞いていたが、確かにこれは広いな。これなら作戦会議もこの部屋だけで開けるのも納得だ」
「今は配属されている艦娘も少ないですし、駆逐艦の子が多いですから、空いているスペースはもっぱら彼女たちの遊び場になっていますよ」
衝撃の事実を聞き、小木曾は自分の頬が引き攣つるのを感じた。これほどの広い部屋で、一体どんな遊びをしているか見当もつかない上、小木曾は騒ぐのは嫌いではないものの目の前で暴れられるのを苦手としていたからである。
「そ、そうなのか。それは苦労しそうだ」
それ故、彼のこの反応も当然のものである。
「彼女たちも提督の到着を心待ちにしていましたから。きっと呼べばすぐに来ると思います」
「そうか。だが、わざわざ呼び出すのも手間だろう。それよりも各所案内を頼みたい。挨拶はその途中で出会った時に済まそうと思う。食事時には否が応でも全員と顔を合わせるだろうしな」
「はい、かしこまりました。それでは、ご案内します」
そして小木曾は再び翔鶴に連れられる形で執務室を後にし、鎮守府の施設巡りへと赴くのであった。