航海訓練と近海護衛任務を熟していた小木曾達に新たな指令が下ったのは、翔鶴の就航から三ヶ月余りの経った九月半ばの事であった。
「本日より十日の後に既存の全艦にて艦隊を編成し、横須賀港近海へと向かえ。だって? 」
「はい。新たに届いた指令書ですと、そう書いてありますね。大石元帥と軍令部総長の判も確かに押してあります」
「何かの作戦参加だろうか。他には何も書いていないのか? 」
「ええ、書いてあるのはそれだけですね」
「不可解だが、まぁ軍令部からの命令ともあれば拒否も出来ないな。翔鶴、恐らく長い航海になると思う。準備を全員にさせてくれ」
「はい、かしこまりました」
それから十日経った後の横須賀港近海に小木曾率いる艦隊の姿はあった。
「さて、そろそろ時間だが。一体何があるというのか」
「提督、空母が一隻近づいて来ます。……あれは、もしかして私と同型艦? と、言うことは!? 」
翔鶴は艦橋の外を見やりながら指を差す。その方向に視線を向けると、そこには翔鶴にもよく似た。いや、むしろ瓜二つとも言える艦がこちらへ向かっているのが見えた。
「<<翔鶴姉、聞こえる? こちら瑞鶴。聞こえるかな? 翔鶴姉>>」
通信機から活発な声で翔鶴を姉と呼ぶ少女の声が響く。翔鶴はもう相手が誰なのか分かっているのか通信機のマイクのスイッチを入れる。
「ええ、聞こえるわよ。瑞鶴、あなたなのね? 」
「<<そうだよー。あ、ちょっと大石元帥、もうちょっとだけ待ってってば――>>」
「<<小木曾、そこにいるか? 大石だ>>」
と、そこで小木曾も聞き慣れた男の声が聞こえ、急いで小木曾も通信機のマイクにスイッチを入れる。
「はい、おります。ご無沙汰しております、大石長官」
「<<うむ、いるな。これより翔鶴に乗艦したい。許可願えるか? >>」
「ええ、勿論です。内火艇(ないかてい)で来られますか? 」
「<<そのつもりだ。ラッタルを出してもらえるか>>」
「了解しました。では、お待ちしております」
「小木曾、久しいな。元気そうで何よりだ」
「お久しぶりです。長官こそお変わりないようで。ところで、今回我が艦隊がこちらへ来るよう命じられたのは何故でしょうか」
「ああ、その事だがな。まずはこれを読め」
「はっ。拝見させて頂きます」
小木曾は大石より手渡された紙を受け取り、目を通した。それは小木曾を准将から少将へと昇格させる任命書だった。
予想外の事に目を白黒させる小木曾を面白げに見ながら、大石は続いて別の封書を手渡し、小木曾はそれを読む。
「金碧(こんぺき)艦隊……。我が艦隊が、ですか」
「その通りだ。そして、金碧艦隊にはその命令書にある通り、援欧任務に就いて貰うこととなる。その為、お前の艦隊には現在就役中の艦艇に加えてさらに正規空母一隻、軽空母ニ隻、戦艦一隻、重巡ニ隻、軽巡一隻、駆逐三隻が新たに加わる事となる」
「そ、そんなにですか。確かに援欧任務ともなれば滅多に日本へ帰国することも出来ないので理解できますが……。それよりも、現在我が艦隊が受け持っている佐世保近海の警戒はどうされるのでしょうか」
「ああ、その事だが。卯野原と呉の陣浦(じんのうら)と話し合って、呉に新たに編隊された潜水艦隊を訓練を兼ねて警戒に応らせる事となった。その潜水艦隊が本格的に作戦行動を取るようになったら呉は勿論、舞鶴などからも協力を仰ぐ事になっている。だから心配はいらん。それよりも、申し訳ないが新たに加わった艦娘達との艦隊行動の訓練等の時間がほとんどないのだ。本日より五日間の訓練を含めた準備期間を設け、その後には母港となる英国のドーバー、アウター港へと向かってもらう」
「了解しました。では、我が金碧艦隊は本日より五日間の準備期間の後に英国ドーバーのアウター港へと向かいます」
小木曾の復唱に大石は満足気に頷くと、瑞鶴と翔鶴の元へと歩み寄り、頭をまるで父親が娘を可愛がる様に撫でると小木曾に向き直り、
「どうやら、俺の心配は杞憂だったようだ。今後も宜しく頼むぞ」
「……はっ! 」
大石は特に何に対して、とは告げなかったが、小木曾は翔鶴との事だとすぐに感じ取った。
「では、俺は鎮守府に戻る。見送りは不要だ。……瑞鶴、お前はあまり小木曾を困らせてやるなよ」
「もう、分かってるわよ! 余計なお世話! 」
「はっはっは! ではな! 」
大石は豪快に笑いながら艦橋から出て行った。
残った三人は大石が去るとその場の全員でくすくすとおかしそうに笑みをこぼした。
さて、それから五日間の準備期間を過ごし、横須賀を経った小木曾たちは、南シナ海を通りジャカルタで一度補給をし、インド洋へと抜けると、アラビア海、アデン湾を経由し、ジブチにて再度の補給を行ないながら、紅海からスエズ運河を抜け、地中海から北大西洋へ出た。
途中、何度か敵とも遭遇したものの、インド洋を中心に一帯を押さえる山内の指揮する白玉艦隊に守られ、北大西洋では特に敵に遭遇する事もなく、艦隊は無事、英国のアウター港へと到着したのだった。