極東戦役における藍幇との平和的交渉のために藍幇城に滞在していたオレ達だったが、痺れを切らせたココ達によって強引に交渉が進み破談。
結局は正面衝突の事態となって用意された戦場を駆けていたオレ達は、上の階目指して階段を上っていた。
しかし藍幇城の構造を調べた限りでは、2階までは割とオープンな造りなのに3階へと上がる階段は1つしかないことがわかっていて、理子は籠城戦時の備えだと説明してくれた。
その2階へと到達して、警戒しながらホール奥にある3階への階段近くまで行くと、勘の良いアリアがその手前の角で立ち止まって制服のタイをヒラッと角から向こうに出すと、待ってましたと言わんばかりの銃弾が飛んできてその様に全員で苦笑。
続けてキンジがミラーを使って階段の方を覗くと、そこには五角形や六角形の防弾盾を隙間なく亀のように展開するメイドさん達とココ1人がいるのが見え、そのミラーも柄の部分を撃ち抜かれて壊される。
守りも固いし、出ていった途端に蜂の巣だなこれ。頭数も相当みたいだ。
「銃撃ってことは炮娘か。火力じゃこっちが不利だが、弾切れ覚悟で応戦するのか?」
「それはナンセンスだな。まだ上がある以上、消耗戦は避けたいが……」
到着を遅らせてくれた趙煬のこともあって状況的に悠長なこともしてられないオレ達だからこそ、こうして足止めされてるのはいただけないので判断を急かすようにオレがキンジに尋ねるが、キンジもこの場での最善が見つからないようで言葉に詰まってしまう。
そんな中で唐突に角の向こうから大人の女性の喚く声が聞こえてきて、中国語だったそれを和訳すると『3分後に前進。理子を狙え。殺してよし』とか言ってて、名指しされて中国語を理解してる理子もあちゃーみたいなリアクションをして今の言葉をキンジ達に伝える。
なんか昼頃に今の声の主であるメイド長に変装してやんちゃしたみたいだが、理子を殺していいとか聞いたら黙ってられないだろ。
オレがじゃなくて、その影に潜んでる竜悴公姫がな。
「ヒルダ。ここは君にお願いするよ」
それを影絵のジェスチャーで示していたヒルダにキンジも気づいていたようで、ゴーサインを出した途端に理子の影から離れてホールの方へと影のまま飛び込んでいって、オレのミラーでそれを確認してみると、影だけが進んでくる摩訶不思議な光景にどうすればいいかわからないメイド達は黄金でできた階段で立ち尽くして、そこにヒルダは眩いばかりの閃光の放電で一斉に感電させ階段から転がり落とす。
それを見下ろすように階段の上部に姿を現したヒルダは、やはりサディスティックな性格なのか這うしかないメイド達を笑いながら、くるくると日傘を回していた。
突然の出来事に痺れる体を引きずりながら貴賓室へと退避したメイド達に、放電の直前にジャンプして避けた炮娘もそのメイドの波に呑まれて一緒に消えていったのを確認したオレ達は、そちらを牽制しながら階段へと到達。
立派な活躍をしたヒルダをキンジが褒めると、おだてられるのが好きなのか上機嫌なヒルダはかつて切られて小さくなった羽をパタパタさせて喜ぶ。
「今は私も師団の
それに気を良くしたヒルダは自ら足止めまで買って出てくれ、追撃の心配を排除できそうなことに願ったり叶ったり。
――ビリッ。
ここはノッてるヒルダに任せて上へと向かおうとしたところで、誰も何も感じてはいないだろうが、オレだけがとてつもない嫌な感じを肌で感じて大理石の踊り場でその足を止める。
これは初めてシャーロックと会った時の……いや、現れた時の悪寒に近い。
「……キンジ、孫はお前が何とかするって前に言ったな」
「……突然なんだ?」
「ん、ならそのための道を作るのが今回のオレの役割かなって思っただけだ。先行け。
その異変にキンジ達も立ち止まったが、そんな確認をしてからここに残ることを告げたオレに、察したキンジ、アリア、レキは何も言わずに上へと行ってしまうが、理子はこうなったオレが何か重要な意味を持つことをわかった上で舌打ちして踊り場まで戻ってきて、
「あたしも残る。ツァオは銃を持ってるし、京夜は女に甘いからな」
そんなことを言ってその手にワルサーを持ちオレに軽めの蹴りを入れて暗に『1人で背負うな』と言われてしまう。
そうしてオレ、理子、ヒルダの3人で3階への階段を守る役目を担って、感電で銃も持てないだろうメイド達は戦力外と判断し、ヒルダを階段に配置したまま残る炮娘を警戒しながら階段の前まで移動したオレと理子は、大きな壺を持ってこちらに走り出そうとしていた炮娘を見て無表情になる。
たぶんヒルダの電撃対策に持ってきたのだろうが、オレ達が出てきたことでその足がピタリと止まって一瞬だけ時すら止まるが、すぐに走り出してオレ達へと突っ込んでくるので、中に何か入っている可能性も考慮して理子は撃たず、オレが抱える壺に触れて合気道の要領で突進の力を利用しポイッと投げると、壺ごと宙を舞った炮娘はその壺を蹴ってオレに飛ばして、背中にモロに受けたオレは重さと衝撃で床に倒れてしまい、着地と同時にサブマシンガンを取り出したのに理子が応戦。ヒルダも階段上から戦況をうかがう。
結構なダメージだったが、割れずに乗っかった壺を退けて戦線に加わろうとしたオレがその手にクナイを持ったところで、オレ達が上がってきた階段。
正面玄関の方から藍幇構成員の沸くような歓声が聞こえてきて、激しいアル=カタ戦を始めた理子と炮娘を他所にそちらへと明確に意識を向けていると、階段の角から悠然と姿を現した民族衣装に身を包む男がオレへと正面から闘志をぶつけてきた。
「早かったじゃないか、趙煬」
「
思わず日本語でそう言ったら、案の定噛み合わない形でそう返した趙煬は、オレを完全に敵としてではなく狩る立場から物を言っていて正直カチンときたが、そう思わねばならないほどに趙煬との実力差はあるのだ。
こいつがここに来た時点でオレ達の負けは決まったのと同じと言ってもいい。
だが今回はオレはこいつに『勝たなくてもいい』。負けさえしなければそれで、な。
「
趙煬の登場で理子と炮娘も1度その動きを止めてそれぞれがオレと趙煬の元まで下がって分かれて、その実力差からか構えようとしない趙煬を少しでも止めようとつたない中国語でそんな質問をしてやると、オレが意外と話せることにちょっとだけ驚く表情をしてから余裕綽々でその会話に応じてきた。
「
余計な手間がかかったみたいな感じでそう話した趙煬は、続けて独り言のように「劉蘭も気配りが過ぎる」とか愚痴ったが、その先方のせいでオレ達はピンチになってるから、ちょっとだけこっちの状況を知る由もない先方さんに恨みの念を送っておいて理子と小声で会議。
「あれはマジでヤバイぞ京夜。それに加えてツァオがいるとなると厄介以外の何者でもない」
「あれを通したら上に行ったキンジ達が挟撃で倒される可能性が高いからな。どうにかしてここで足止めするしかない。勝とうとするな。負けなきゃキンジ達が勝ってそれで終わりだ」
「ちょ、ちょっとサルトビ、理子。私もそちらに手を貸さなくもなくてよ?」
「いや、ヒルダはそこを守っててくれ。これでも感謝してるんだ。お前のおかげで目の前の相手にだけ集中できるからな」
戦力としてこちらが不利なことは分かりきってるので、相手を倒すことを考えるなと理子に言っておきつつ、階段の下まで下りてきていたヒルダの加勢もありがたいかと思ったが、残るメイド達が動かないと決まったわけでもないのでそちらに意識を持っていく余裕はなくなるだろうことを考慮して待機を指示。
理子もその方が良いと付け足したら、ヒルダも大人しく持ち場でオレ達の様子を見始めた。
「峰理子、キョーヤ。降参するなら今ネ。趙煬、藍幇全体でも十指に入る豪傑ヨ。勝てる思うはバカの考えアル」
どう動くかの相談をしていたオレ達に対して、ニヤニヤしながらそんなことを言ってきた炮娘に、確かにバカなことをしようとしてるとは思いつつも、理子と一緒にアッカンベーで返してやると、予想してなかったのかギョッとした炮娘は驚きを表現するが、すぐにいつもの嫌な笑みになって手に持つサブマシンガンを腰に据える。
「お前達もう少し利口思ったがそうでもなかったヨ。頭悪い人間、藍幇に必要ないネ!」
「武偵なんて大抵バカなんだよ」
「あたしは京夜の100倍はキレるけどな」
「ほほぅ。その話、この件が終わったらゆっくりしようじゃないか」
「くふっ。そんなこと議論する余地もない事実なのに、変な京夜」
「オレはたまにキレッキレの冴えまくりの時があるんだよ」
「たまにとか笑えるー。あたしはいっつもキレッキレだしー」
その動作を見て示し合わせてもいなかったが、理子とそんな言い争いを突発的に始めて炮娘を若干呆れさせてやり、ほんの少しだけサブマシンガンの構えが緩んだところを見逃さずに瞬時に左右で分かれて狙いを分散させると、ワルサーを持つ理子に狙いを定めた炮娘をオレがクナイで狙って投げ入れる。
しかしオレのクナイはオレ達の言い争いにも微動だにしなかった趙煬が片手で横から掴んで止めてしまい、寸分の狂いもなくオレの胸めがけて投げ返してきたので、それを体を捻りながらキャッチしてみせる。
誠夜とよくクナイの投げ合いしてて良かった。反射的にキャッチできたよ。
それにほんの少しだけ安堵したのも一瞬。再び前を向いたオレはほとんど直立の体勢だった趙煬が独特の歩法でこちらに近寄ってきたのを感覚的に察知。
視覚的にそれを認識するよりも早くクナイを足元へと投げ込んで接近を遅らせるも、わずかなステップで難なく避けた趙煬は全く落ちないスピードでオレの懐まで一気に侵入。
中国拳法にある体当たり。背中を使った
危うく意識まで持っていかれそうになったが、床にぶつかった衝撃でギリギリ意識を保ちバウンドの際にバック転で持ち直して立ち上がるものの、口からは珍しく血が出てきたので今のダメージが大きかった証拠だ。
それを拭いつつ体が動くことも確認しつつで趙煬を警戒していると、今の鉄山靠で終わらせるつもりだったのか、オレが立ってることに少々驚いてるような挙動が見られた。
確かに八極拳はかつて
「
そんなオレに評価を変えた趙煬は、その身に纏う雰囲気を少しだけ危ないものへと変貌させて八極拳の構えらしき左手足を前にする半身になると、
「
近くで再びアル=カタ戦を始めた炮娘にそう言い、理子を狙いつつ炮娘も「
床が抜けるのではないかという強烈な音を伴う踏み込みでオレへと迫ってきて溜めていた右拳を勢いに乗せて突き出してくる。
本格的な中国拳法と相対した経験がほぼないに等しいオレは、視覚的に点で迫ってくる趙煬との間合いが取りづらく、微妙な距離感のせいで最小の動作での対応ができず回避が大きくなってしまう。
そうなれば必然、趙煬の追撃の手が半歩ほど早くなり、あっという間に防戦一方の展開となって反撃のタイミングすらなくなる。
想像以上にやりにくいぞ。しかも相手が自分よりも格上となれば絶望すら感じてしまう。
だが防戦一方だからといって形勢圧倒的に不利とはしてやらない。何度も撃ち込まれればオレだってタイミングくらい掴めてくる。
それにここでの目的は趙煬を倒すことではない。
もちろん倒せるならそれが理想だが、できないことを無理にチャレンジする状況では全くない。
今はキンジ達を信じて耐えきることだけを考える。
趙煬はその攻撃を見る限り、まずはオレ。次に理子、ヒルダを排除して上に行こうとしているようだったので、とりあえず横を抜かれてヒルダを優先されるようなことはないと判断して後ろへの配慮は無くす。というかそんな余裕はほとんどない。
次に炮娘との共闘の有無だが、これも各個の実力差が邪魔をして合わせる趙煬がレベルを下げないといけないと感じ、戦力低下はさせないつもりならばそれもないだろう。
最後にこれも大事で、趙煬から放たれるプレッシャーの中に殺気がわずかながらにだが感じられて、倒せればそれでよしというわけではなく、最悪死んでも仕方ないくらいには思ってる。
だがその小さな加減がオレに活路を見出だしてくれている。つまり趙煬は極力、オレを殺さないように全力では撃ち込んでこない。
それでも一撃必殺クラスの威力を誇る八極拳に、まだ出していない先日の槍まで控えているのだ。
オレが手強いと思わせればそれだけその手が出てくる可能性が高くなるわけで、武器戦闘になった場合はリーチ的に立ち回りが難しくなる。
のらりくらりとやり過ごせる相手でないのは百も承知だが、それでもキンジ達を信じてこの趙煬をしのぎきるしかない。出来ないなどと言ってられるか。
とにかく最大威力を発揮できる射程から外れるようにようやく慣れてきた動きに合わせて常にリーチギリギリの間合いで攻撃を避けるオレに対して、呼吸ひとつ乱さない趙煬は「
その様は獲物を捕らえようとするカマキリ。見るに
回避主体のオレに合わせてそれを捕らえるための拳法に切り替えられる柔軟性まで持ってる趙煬のバリエーションはまだ未知数。
こちらが手を見せれば見せるほど、相手はそれに順応する新たな手を出してくる可能性を考慮すると、これ以上余計な手を見せるのは得策ではないが、出し惜しみする選択肢すらないこの状況には参ってしまう。
どんどんオレという人間を引き出されてる感覚がある中で、それでも劣勢を覆す策を巡らせながら回避の際にチラチラ見える理子と炮娘のアル=カタ戦にふと目がいき、状況五分五分っぽい雰囲気を瞬時に悟る。
「理子っ! 3秒!」
それならばと趙煬の蹴りを屈んで躱した瞬間に理子へと叫ぶと、炮娘から少し距離を開いた理子はこのホールで一番明るい光源をワルサーで撃ち抜いて破壊。
それでも全員の姿とホール全体を見渡せるだけの光源は残るものの、細かい部分が見えにくくなるくらいには暗くなって、それと同時に懐からなけなしの閃光弾を取り出して投下。さらに保険で煙玉も足下へと投げて、二重で視覚を遮断。
理子とはそれなりに長い付き合い故に秒数とかで何をするかを打ち合わせた時があったので、それを覚えてる前提で目潰しを合図したが、覚えててくれて合わせてもくれた。仲は微妙になってるが、連携に支障はない。
それが嬉しいとか思ってる場合じゃないが、自然と笑みが出てきたオレは煙の中で趙煬の横を静かに抜けて目が眩んでいた炮娘を襲撃。
単分子振動刀で装備されてたサブマシンガンをバッサリ斬り捨て、納刀するのと同時にワイヤーを取り出しながら同じく接近していた理子が炮娘を床に倒して超能力で髪も操りその両手足を後ろでまとめて、それをワイヤーで素早く縛り上げて捕獲完了。その間、約5秒の早業だ。
声を上げる暇もなかった炮娘を2人で持ってせーのでヒルダのいる階段へと放り投げ、悲鳴を上げながら宙を舞った炮娘は心配で階段の下まで降りてきていたヒルダを下敷きに着地。
位置的に煙のせいでシルエットしか見えなかったが、そのシルエットがそんなコメディーな感じだったからどちらも大丈夫だろう。
これであとは趙煬だけ。
そんなちょっとした気の緩みを見せた瞬間、漂う煙を切り裂いて真後ろから趙煬の槍が迫ってきて、突き出された槍はオレの背中の中心を捉えるが、それが制服を貫いてくることはなく、前にいた理子に覆い被さる形で押し倒れてしまう。
……普通ならそうなるわけだが、用心深い理子は正面から趙煬を見たのもあるだろう。
オレが倒れかかってきたところでその体と体の間に右足を挟んで腹に当てて倒れ、完全に覆い被さる前にオレを巴投げで後ろにポイッ。
後ろから前から不意打ちを受けたオレは仰向けで床に倒れるものの、理子の判断が正しいことにすぐに理解がいき痛みも堪えて片膝立ちまで持っていき、その時に理子も仰向けの状態のままワルサーで接近していた趙煬に反撃をしたが、3メートルとない至近距離にも関わらず2丁のワルサーの銃弾を巧みな身のこなしで躱してみせた趙煬に「チートかよっ!」と愚痴りながら弾切れを起こしたワルサーから髪に仕込んだナイフに切り替えようとするが、それより早く槍を理子の体の中心めがけて振り下ろした趙煬。
それを見るよりも早く、弾切れしたタイミングで膝立ちのまま理子に近付いてその襟の後ろを掴んで力の限り引っ張り移動させると、趙煬の槍は理子の股の間をザシュッ!
超スレスレで抜けて床に突き刺さり、思いの外強く刺したのか抜くのにわずかに時間をかけたのでその隙に2人揃って立ち上がって距離を取る。
「ちょっとキョーやん! お股ヒュンッてなったんだけど! 女の子だけどヒュンッて!」
「その感覚がお前にわかってもらえたなら、男の急所攻撃がどれだけ脅威かわかっただろ」
危機を脱したところでワルサーのマガジンを交換しながら理子がいつもの調子で絡んでくるので、体に入った余計な力を抜きつつ煙の晴れた前方で携帯していたのだろう簡易式の槍を構えた趙煬が風を切るような槍捌きを見せてからカンッ、と石突きを床に打ち鳴らして止める。
「
閃光弾も煙玉も割と意に介していないようだった趙煬は、オレがまだ立ってることに納得がいかないのか、簡易式の槍の軽さを嘆いていたが、それを聞いてか聞かずか、貴賓室の方でこちらの様子をうかがっていたメイドさん達が、趙煬に対して黄色い声援を送りながらがっしりとした槍を放り込んできて、床を転がって近くまできたその槍を足で器用に掬い上げて左手に持つと、右手の槍と重さなどを比べてから簡易式の方を予備動作もほとんどなしでこちらに投げ込んできて、死の回避でなんとか躱した槍はその後ろの壁に鋭く突き刺さって止まる。
「
明らかにさっきよりもキレの増した趙煬の攻撃に戦慄していたら、交換した槍を構えてみせて口を開いた趙煬に、オレも理子もその顔に適度に抜けていたはずの力が入ってしまったことを自覚しながら、目の前の敵に身構えさせられた。