1月4日。
京都から戻って慌ただしく修学旅行の追試のための旅支度に追われていたオレは、明日に迫った出発に備えて早めに寝ようかと考えていた頃。
本当に珍しく寝室の上下扉を通ってキンジが来訪。
その理由についてはすぐにわかったが、なんでも色々とやんちゃしてきたキンジは各国から苦情をもらって危険人物リスト入りしてしまったらしく、特にアリア、ジーサード、猴と国にとって大事な人物と繋がり危険にも晒したなどのあれこれでその処罰としてバスカービルから脱退させられたとのこと。
それで学校としてぼっちにするのはまた色々と心配ということでオレ達のチーム、コンステラシオンの監査役として加入し、今回の追試にも参加させられたわけだ。
こんなことを聞くとオレのおみくじの凶など可愛いもんだ。
意図せずに向こうの戦役のど真ん中に放り込まれるキンジはそうした事情でチームでもある程度連携が取れるオレにちょっと期待しているのだろう。
「正直、土地勘があるとはいえジャンヌに任せきりも不安はあるし、お前には結構頼ることになると思う」
「お前と一緒にいるとオレまで注目されるから嫌だ。頼りにされるのはリーダーからだけで十分」
「そのリーダーより立場的に俺は上だぞ」
「だったらビシッと先頭に立っててくれよ、監査役殿」
わざわざ出発の前日にそんなことを言うキンジに割と冷たい感じで突き放したオレだが、実はこれには理由がある。
別に頼りにするのは構わないのだ。だがそれも最初からそうだと困ると言う話。
「とりあえずまずは現地に着いて自分の目で色々見てから頼る頼らないは判断しろよ。オレだってお前のフォローしてられる状況じゃなくなるかもしれないんだからな」
「…………わかったよ。じゃあ明日、遅れるなよ」
だからそれらしいことを言って不満気なキンジを納得させつつ退散させると、オレも明日に備えて寝ておくのだった。
翌日。
午前にはフランス行きの便に乗り込むオレ達は、前回の反省を生かして羽田に1度集合してから同じ便で出発することにしていた。
だがオレはその搭乗予定の便には乗らずに次の便に乗ってフランスへと旅立った。
理由は2つ。
1つ目はあややに頼んでいたミズチがまだ新調できていなかったので、ギリギリまで待ってみたということ。
結果的にそれは間に合わずにミズチなしでの欧州乗り込みになってしまったが、それはもう仕方ないと割り切る。
2つ目。実はこっちが本来の目的というかなんというかだ。
年越し前に突然の連絡をしてきた相手が、オレに1人でフランスに来るようにと一方的に指示してきたから、仕方なくそれに従ってる。
その時に誰にも何も言わずに現地に来るようにも言われていたので、集合して行ったキンジ達にも何も言ってないので今頃は飛行機の中でグチグチと文句を言われているだろうな。
そうしてコンステラシオン内でのオレの評価を犠牲にして乗り込むので、これでただの嫌がらせだったらマジで殴るだけじゃ済まさないと思いつつ、長いフライトの間に時差ボケの出ないように調整して睡眠を取って、午後5時頃にフランスのパリにあるシャルル・ド・ゴール空港に到着。
数時間前に到着しただろうキンジ達はもう行動を開始しているだろうから合流も図りたいが、指示してきた相手の意図を確認するのが先決。
なのでまずは携帯にあったキンジやジャンヌの着信を無視してその相手にコンタクトしようと空港を出て連絡しようとした。
だがそれよりも早く空港を出てすぐに何やら無駄に綺麗な金髪ロングのフランス人女性? と目が合って近寄られる。
「
おそらくはフランス語で日本人ですか的なことを言われたのだろうが、全然わからないので身振り手振りととりあえずの万国共通の英語でフランス語がわからない旨を伝えつつ離れようとしたが、向こうが腕に引っ付いてどこかへと行こうとするので、物盗りの線も考えつつめちゃくちゃ警戒しながら一緒に移動するが、その警戒もすぐに別のものに変わる。
腕に引っ付いて周りからは見えないところで女性が突然、指信号で何かを伝えてきたのだ。
さっきのフランス語は何だったんだと言いたくなる和文の信号は『自然を装え。合わせろ』と知らせてきて、誰かわからないが危害を加えるつもりではなく、オレのことを知る人物であることは可能性として高い。
なので警戒は継続しつつ指示された通りにして近くの喫茶店へと一緒に入りテーブル席に着くと、今度は英語でペラペラと日本のことについてを聞き始めた女性だが、それが上辺だけの中身のない会話であることはわかったのでオレもそれらしいことを英語で言って合わせておく。
そしてわざわざオレの持ってきたスーツケースをテーブル席の足元が隠れるように配置していた女性は、その足の爪先でオレのすねをとんとんとーん。
和文モールスで何かを伝えてくる。
これによって女性が警戒しているのは周りにあると確信し、しばらくは会話に付き合ってお茶を楽しんだフリのあとに女性からまた話したいという言葉と共に取り出したメモ帳を破いて強引にアドレスを書いたメモを渡されてしまい、そのまま別れてしまう。
が、もうこの次にやることは決定した。
女性と別れてからオレが向かったのは、近くに建った手頃なホテル。
少し歩いた先にあったそのホテルに少し戸惑いながらも入ったオレは、女性が指示してきた通りにロビーにあった花瓶の下敷きにされていたメモをさりげなく取り、そこに書かれていた通りの名前でフロントに予約の確認をしてもらうと、少し怪しまれはしたがすんなりと鍵を渡されて部屋へと向かった。
怪しまれたのはまぁ仕方ない。何故なら予約者の名前がおそらくは女性の名前で、フロントに来たのがオレだからだ。
これはちょっと悪意あるんじゃないかと思いつつ予約されていた部屋へと入ると、どうやらオレが先約というわけではなく、先に誰かがチェックインしフロントに鍵を預けて出ていったあとのようで、怪しまれたのもその辺が原因な気がしないでもなかった。
とにかく、怪しい人物のコンタクトではあったが、このタイミングでこの準備の良さはオレが来ることを前提にされている。
つまりこれはあいつの仕組んだことで間違いない。
それを証明するように部屋にあったメモにはクローゼットの服に着替えて外出するようにと、外で待ってる車に乗り込むようにとの指示が書かれていたので、指示通りにクローゼットを開けてみたら、まぁ予約者の名前でなんとなくわかってたがまた『あれ』をしなきゃならないことにため息が漏れる。
とはいえそうまでして警戒している相手の意図がわからない以上、それに合わせて合流してから話を聞かなきゃならないので、意を決してそれに着替えて違和感がないことを悲しみの中で確認してから部屋を出てフロントに戻り、鍵を預けてそのままホテルの外へと出て指示にあった番号を付けた車を探して少し歩き、目的の車を見つけてその助手席の扉を開けて乗り込むと、運転席に乗っていた茶髪の眼鏡にひげをたくわえた男が何も言わずに車を発進させる。
「で、こんなことをさせた理由は何だ?」
一見すると見覚えのないその男にパリ市内を走ってる最中に問いかけるが、別に隣の男を知らないわけではない。
「ははっ、よく似合ってるじゃないか。私はそちらの方が隣にいてくれると嬉しいね」
「うるせぇよ。それに何だ『ケーナ・ステイシー』って。どこの国の女設定だ」
「変装するのに日本人とわかったらそれこそバカだろ。それに気を利かせてこれからまた着替えるんだから文句を言うな」
開口一番に相変わらずのイラつくことを言ってきた羽鳥・フローレンスは、心の底から嫌がってるオレの女装を見て笑う。
今のオレは結構マジの金髪ロングのカツラ――素材からして本物の髪――にファーの帽子。青のカラコンに膝近くまである白のロングコートを着て、中には女性もののスーツでクソ歩きづらいヒールを履いていた。
「…………こうまでして何を警戒してる。わざわざ搭乗便まで遅らせてオレを孤立させたちゃんとした理由がなきゃ殴るだけじゃ済まないぞ」
「簡単に殴られてやるつもりはないが、こうした理由はちゃんとあるさ。私だって君への嫌がらせというだけでここまで手の込んだことはしない。嫌がらせなんてものはそもそも如何に労力を割かずに実行するかが肝だしね」
「……とにかく、女装はこれきりにしろ」
「足さえつかなきゃ次で変装も終わりさ。私もこんなおじさんの格好は早く切り上げたい」
「似合ってるぜ?」
「君なんて様になってて思わず嫉妬しちゃうね」
そうしてオレの入国を遅らせた張本人と合流して以前と変わらない口喧嘩の挨拶を済ませ、車は別のこじんまりとしたホテルに入って予約済みの部屋にチェックイン。
一見すると変なカップルのまま部屋に入ってそこに置いてあった防弾仕様の服をちゃんと性別を同じにして着込むが、本当に相変わらずオレを気にせずに目の前で着替える羽鳥に呆れる。
しかしがっつり肌着まで着替える羽鳥は意外にも女物の下着をつけてその上にもちゃんと女物の服を着るので少々驚く。
あれだけ呪いだなんだと騒いでた割に、もうそういう格好が出来るのか。
「君は女の着替えをまじまじ見る趣味でもあるのか。やはり変態だね」
そうしてオレが見ていたら、別に恥ずかしがってるわけでも全くないがジト目でそんなことを言われてしまい、客観的に見たらそうなるかと反省しつつ先ほどとは見た目上の性別が変わったオレ達は、互いにフランスではちょっと目立つ黒髪だけは隠して本物の毛のカツラを被って部屋を出るが、フロントを通らずに非常口からコッソリと出て駐車場まで戻り、乗ってきたのとは別の車に乗ってまたパリ市内へと乗り出した。
「考えてみれば、空港から話しかけてきたあれもお前だったな」
「今頃それを言うのかい? 君は割と変装を見破るスキルは低いようだね」
どこに向かってるのかはわからないが、エッフェル塔を正面に見える方向へと進む車の中で思い出すようにオレが口を開くと、ちゃんと薄化粧までしてる羽鳥はやればできる美人顔を呆れ顔にして返してくる。
とはいえ、そうして自らの不得意分野である女装――元が女だから正装な気もするが――をしてまで誰かを撒いて合流してきた羽鳥の真意をようやく聞けるとあってオレも姿勢を正したが、時間も時間ということで食事してからにしようと手頃なレストランへと入って適当な料理を注文。
見た目では欧州圏内の外国人観光客みたいなオレ達は日本語を使わずに英語で会話をしながら食事を済ませる。
警戒する誰かを撒いてはいるだろうが、この辺でもまだ気を抜かないのはやはりSランク。これがキンジならもうどこかでヘマをしている。
そして今夜はホテルを取ると怪しまれるからと車内で一夜を過ごすことになり、適当なところで停まってエンジンを切って積んであった毛布を後ろから出しつつようやく羽鳥が今回の行動の話をしてくれる。
「ここまでで何も推測できてないわけじゃないだろ?」
「一応の推測はあるが、お前が話せばそれでいいだろ」
「私はバカと組む気はないんだよ。足を引っ張られてこっちが危険に晒されたら笑い話にもならない」
「ちっ…………警戒してるのは師団の目、か?」
「正確には私の所属するリバティー・メイソンと、バチカンだね。もう少し警戒してアジア圏の君達もだ」
だがオレもただ答えを待つバカではないから色々と推測はしていたため、それを見越して話をする羽鳥に仕方なく合わせてやると、肯定と取れる返事で話を続ける。
やはり羽鳥は師団内にいるスパイを警戒しているようだ。
「私は今回、リバティー・メイソンから眷属の魔女連隊。彼女達の戦力の要である『武器庫』の捜索を言い渡されている。君にはその手伝いをしてもらう」
「その前にお前がこうして師団の……リバティー・メイソンやバチカンの目を盗んで行動してるってことは、時期的にかなりマズイんじゃないのか?」
「おや、察しがいいね。実は今、私の立場は非常に悪い。こんなスパイだ何だ騒がれてる時にこうして師団の目を盗んだ行動をしていれば、当然だが私は『スパイの疑いあり』で要注意人物の筆頭になっている。いやぁ、周りはもう敵だらけだよ」
はははっ。
そうして軽く笑いながらに笑えない話をする羽鳥にガックリする。
つまりオレはもうこいつの行動に巻き込まれて『スパイの疑いあり』で今頃は師団内での立場が最悪になってる。
もうジャンヌ達との合流も出来ないだろうな……
「………………武器庫だったか。それを探るだけならこんなリスクの高いことはしないよな」
もうなってしまったものは仕方ない。
割り切りたいところではあるが気持ち的に滅入ってしまったので、怒りを通り越して脱力したオレはぶっ飛んだ行動に巻き込んでくれた羽鳥に洗いざらい吐いてもらうため口を開かせる。
話の中心にあるのは羽鳥の行動の逸脱具合。
武器庫の捜索だけならば別にリバティー・メイソンやバチカンを敵に回してまでやる理由などオレには思い付かないし、報告をする以上スパイにも情報は漏れる可能性が高い。
つまりリスクに全く見合わないただの無謀となる。
だがこいつは、オレの知る羽鳥フローレンスはそんな無駄なことは絶対にしないやつだし、勝算なしで人を巻き込む悪いやつでもない。ムカつきはするがそれは別の話。
「もちろん武器庫は探すさ。そこを叩ければこちらに形勢が傾くのは間違いないんだしね。だがそれだけでは形勢有利にはできない。ならどうする?」
「師団にいるスパイが誰かを暴いて情報の漏洩を防ぎ、攻めに転じるタイミングを作り出す、か」
「おや、私と離れてる間にずいぶん頭の回転が早くなったじゃないか。これは少しくらい期待してあげてもいいかな」
「期待してないなら最初から巻き込むなバカが」
そして意地の悪いこいつが全部を丁寧に話してくれないこともわかってるので、これもリスクに見合うだけの成果を考えた上で推測。というよりそれしかない。
具体的にどうやってスパイをあぶり出すかまでは見当がつかないが、できると思ったから行動に移してる羽鳥にはそれがあるのだ。
だったらもう運命共同体にさせられた上に土地勘もないオレはこいつを頼るしかない。
「とはいえ、私なりにすでに大方の特定はできているんだが」
「だったら……」
「さっさと報告しろかい? 君はやはりバカだね。悲しくなるくらいに。報告というのは『確定した情報』でなければ意味を為さない。ここでいま師団の中心でそれを言って、確たる証拠を示せなければ、立場を悪くするのは私達だ。いいかい、私達がやろうとしてることはいわゆる汚れ仕事。君がどう思うかは知らないが『仲間を疑う』という非情な行為を積極的にやる。味方などいないと思わなきゃならない。もちろんこうして話をする私すらも、君は疑っていてもらわなきゃならない」
本当に人をバカにするというか神経を逆撫でするような話し方はイラつくが、言ってることがまた正論過ぎてぐうの音も出ない悲しさ。
まくし立てるように話した羽鳥の言うように、オレ達はこれからかなり慎重に、そして疑いの目を持って行動しなきゃならない。
そうしたやりたくないことを自分からやろうとする羽鳥はアホの部類なのだが、誰かがやらねばもっと深刻な事態になる可能性だってあるわけで、そうした判断が異常に早い羽鳥だからこその今なのだ。
その羽鳥の共犯者として白羽の矢がオレに立ったのには、ちゃんと理由はある。
オレはこいつが嫌いだ。それは向こうも同じだし、おそらく一生その関係は変わらないだろう。
だが、だからこそオレなのだ。
自分以外は全員敵。そんな状況でオレと羽鳥は互いにスパイであることを疑いながら協力することになる。
信用はする。信頼もある程度する。だが前提として相手を疑う。
これが終始出来るのはオレだけだと判断して羽鳥はオレを選んだ。
「……はぁ。お前と四六時中ずっと一緒とか気が滅入る……」
「私だって反吐が出るが、そうして互いに監視し合うことで私達は疑いを晴らさなきゃならない」
「問題は睡眠だな。寝てる時はやりたい放題だ」
「そこはこうしよう。私と君の携帯を電池と本体で切り離し、互いにそれぞれ電池か本体を持ち合う。そうすれば相手から盗み取らなきゃ連絡はできない」
「お前が電池な。替えの電池なんて持たれてたら意味ないし」
「そう言うと思ったよ。君にそのまま言葉を返すこともできるが、巻き込んだ以上ここは私が信用するしかないね。睡眠は必要なら交代制も視野にだ」
一緒に行動はするがスパイである可能性も考慮する。
これが精神的に疲弊させられるわけだが、そんなのこいつと初めて会った時からずっとしてきてたことの延長だ。慣れはある。
そこまで話して互いに携帯を取り出して電池を抜き、本体をオレが、電池を羽鳥が持つと懐へとしまう。
これでまた携帯が1つになる時はスパイが特定できて互いに合意が取れた時になる。
これでとりあえずの協力体制は整ったので、これからの行動と羽鳥の推測を聞く姿勢になったオレだったが、ここまでの行動で疲れていたのか羽鳥が大きなあくびをして眠そうにする。
おそらくはオレがフランス入りするかなり前からリバティー・メイソンとバチカンの目を掻い潜って策を巡らせ準備していたに違いないから、ろくに寝てないんだろう。
「……焦っても仕方ないし、今夜はもう寝るか」
「おや、私を気遣ってくれるのかい? 気持ち悪くて鳥肌が立ったよ」
「頭が十分に働いてないお前の言葉じゃ信用が落ちるって話だ。話半分に聞くにしても参考にはするんだからな」
「君は君の目で見たものだけを信じた方がいいとは思うがね。だがまぁ私の意見をどうしても聞きたいと言うなら今日はもう寝るとしようか」
オレへの嫌がらせが生き甲斐らしいこいつの言葉はもう右から左に流しつつ、寝てくれるようなのでオレもシートを倒して寝る体勢にしたのだが、同じようにシートを倒した羽鳥は毛布を退けてオレの上に乗ってきてその状態で毛布を羽織る。
「…………何のつもりだ」
「ん、これからしばらくは誰ともコンタクトは取れないだろ? そうなると君も色々と『溜まる』はずだし、爆発しないうちに私が『処理』してあげようというだけの話だよ」
いきなりのことに戸惑いつつも平静で質問したオレに対して、言いながらベルトを外しにかかった羽鳥に睨みを効かせる。
「別に気にすることはないよ。最初からこうすることは決めていたし、雰囲気も大事と思ってこんな格好にしたんだからね」
「お前はオレと生活してた中でオレが日常的に『そういうことをしてた』ように見えたのか?」
「人間いつ何が起きるかわからないさ。こと今回に至っては生きて帰れない可能性もある。それならばやり残したことはしたくなる心理は働くよ?」
「バカにするなよ羽鳥、いやフローレンス。オレは自分がしたいからといって誰とでもそういうことをするほど見境ない男じゃない」
「つまり……京夜は私とはしたくないってことなのね……」
面倒臭いなこいつ! 黙って寝れないのか!
どこからが冗談でどこが本気なのかはわからないが、オレが困る顔が見たいのだろう羽鳥に怒れば、女の子の話し方をした羽鳥はニコッと笑ってから運転席に座り直した。
「良かったよ。君がまだヘタレ童貞で」
「お前が嬉しそうで何よりだよ」
「ははっ、君の童貞を誰が奪うのか私も気になるところだが、好きな女でいきなり本番にしたくないならいつでも相手をしてあげるよ。この協力体制の間ならね」
「そりゃ光栄だね。ちゃんとしてれば美人なフローレンスにそんなこと言わせるオレは罪な男だわ」
「君も言うようになったね。ふふっ、美人なんて言われたのは初めてだよ。ありがとう京夜。おやすみ」
やっぱりからかってただけの羽鳥はオレの反応がそんなに面白くなかったからか、本当に眠かったからか会話もそれくらいで背中を向けて寝てしまい、ベルトを直してからオレも先行き不安な初日の夜を寝て過ごしたのだった。