1月某日。
前日に異常気象とかで本州のほぼ全土を猛吹雪が襲撃。
あまりに突然の天候不良に交通機能がほぼ停止となる事態が起きて、東京でも雪に免疫がないため事故が多発。てんやわんやです。
「こっちもこっちで大変だ……」
そんな自然の猛威にさらされた影響は私にもあって、現在、山梨県の富士山の麓。かの有名な青木ヶ原樹海の入り口に来ていた。
青木ヶ原樹海と言えば色々と俗説などが飛び交ういわく付きのスポットではあるけど、実際にはそこまで危ない場所ではない。整備された施設とか道路とかもそれなりにあるしね。
それでも森の深くに入れば同じ景色の連続で迷うことはあるし、今は季節的に厳しい冬。精神的にも肉体的にもかなり危ないレベル。
そんな青木ヶ原樹海に来たのは、実はおじいちゃんのヘルプがあったから。
前日の吹雪によって自衛隊の訓練機がこの森の上空で消息不明になり、未だに連絡がつかないとかで捜索願いがおじいちゃんのところに入って、かなり広範囲の捜索なので私も駆り出されたわけです。
ですが、いざ現地に来てみると天候は前日のをちょっと引き継いだ粉雪が降っているし、風もほぼ無風。
捜索のためにおじいちゃんが引っ張ってきた犬と鷹でしたが、視界も悪いため鷹の出動は見送り。
風もないため犬を出しても成果が見込めないかもと足踏みすることに。
「とりあえずやるだけやってはみるか」
「森に入るのは厳しいよね」
それでも1度はやってみようとおじいちゃんが犬を引っ張って私にも預けてくれる。
こういった犬を使った遭難者の捜索では空気中に漂う臭いを頼りに行うので、私達も森の風下から風に乗ってくる臭いを拾わせるのですが、ほぼ無風の今はなかなか上手くいかないし、雪も割とバカにできない。
まだまだ寒い季節だから今回、昴は幸帆さんのところでお留守番してもらってるけど、なんだか落ち着かない。一緒にいるのが当たり前すぎたのかな。
「んー、やっぱり拾えないっぽいよ、おじいちゃん」
「……そのようだの。天候が良くなることを祈って鷹を飛ばせれば或いはといったところか」
そんな昴の不在でいまいちな私が影響してるかはわからないけど、臭いを拾おうとしてくれた子から「無理っぽい」と言われて、おじいちゃんの方もダメっぽい。
でもこういった遭難者の捜索はあまり悠長にやっていられないのは言うまでもない。
焦ってもダメだけど、スピードが求められる。理不尽なようだけど、人命救助はそういうものなんだっておじいちゃんおばあちゃんも、お父さんもお母さんも経験から教えてくれた。
「でも午後も天気は良くならないって。ほら」
おじいちゃんは何度も遭難救助をしてきたから焦りは見せなかったけど、希望的観点のそれは今やニュースという情報社会で無慈悲に叩き潰される。
それを私の携帯の画面から知ったおじいちゃんは、ふむと唸ってから救助隊の人達と話しに行ってしまって、私も何も出来ないのでそれについて話を聞く。
「とりあえず森に入ってみましょう。臭い以外でもこの子らはいくらか探すことは出来ますから、いくつかのチームに分かれて横並びで進んでみます。小鳥、お前はおじいちゃんと少し離れてこの子らの統率を手伝いなさい」
「うん。わかった」
そうしたおじいちゃんの指示で救助隊が犬の数だけチーム―――今回は6匹連れてきたから6チーム―を作り、私とおじいちゃんは横並びの2、4列目に加わって3匹ずつの声を拾う。
犬達の声が聞こえるギリギリの間隔で横並びした救助隊のチームと一緒に、装備を整えた私は生まれて初めての遭難救助にちょっと緊張していた。
こういったことで救助犬とそのハンドラーが大きな責任を負うということもそれほどない――捜索の1つの手段ということから――けど、認知度も成果も高まってきた昨今では期待値もそれなり。
だから高校生である私でも救助隊の皆さんの真剣な眼差しがビシビシと背中に突き刺さりますし、思いは1つ。
「助けるんだ。絶対に」
そんな気持ちが言葉として出てしまって、割と大きめなその声は後ろを歩く救助隊の人達にも聞こえちゃったみたいで、ハッとして振り返った私に笑いながらグーサインを返してくれたけど、恥ずかしい……
余計な臭いを拾わないように犬達を戦闘に風上に向けて進んでいた私達でしたが、さすがに昨日の吹雪で森の中は痕跡というものの1つも見つからず大変。
そのためにかなりの牛歩で進むことになってしまって、20分で犬達の小休憩を兼ねて現在地の確認と各隊との報告を済ませてまだ400メートルくらいしか進んでない。分速20メートルはちょっと遅いかもしれない。
「おじいちゃん、ペースを上げない?」
『この環境でこのペースは妥当なところだろうな。こっちも遭難しないように逐一で位置は確認しておかねばならんし、焦りは犬達にも伝わる』
だから素人ながらにおじいちゃんへ進言してはみたけど、やっぱり焦るなと言われて却下気味。
おじいちゃんとしてもペースを上げたいのはわかるし、私の独断専行とかで何か起きたらそれこそ目も当てられない。何より今回はおじいちゃんのサポートが私の役目で、能力以上のものを求められてもいないんだ。
「皆さん、こういう気持ちでいつもお仕事されてるんですね……」
おじいちゃんとの会話を終えてから、周辺を少し探っていた救助隊の皆さんについそう呟いた私に対し、優しく微笑んだ皆さんは「だからこそ焦りは禁物だ」と口を揃えて言って返す言葉が見つからない。
そうして休憩を挟みながらに1時間の捜索を続けていった私達でしたが、自然の脅威を実感するような森の静寂さと変化のなさにジリジリと精神を蝕まれていき、それは体にも影響を与えていく。
「雪に隠れて足下が……悪いかも微妙にわからな……っとと」
この辺は積雪量もそれほどじゃないから、昨日の吹雪だけではそこまで雪も積もってはいなかったけど、それが逆に地面付近の枝やら何やらを上手く隠して非常に歩きにくい。
踏んだ先が中抜けしたりして嵌まるのもすでに数回あったけど、これが重なるとやっぱりストレスにはなってくる。
うがー!
『何かあったようだの。少し見てくる』
そんなストレス爆発寸前の時に不意に無線からおじいちゃんの声がして、どうやら1列目の子が何かを見つけたみたいで、私達は一旦その場に待機して合流に向かったおじいちゃんの報告を周辺探索をしながらに待つ。
――お願いだから進展して。
捜索する側もされる側も精神的、肉体的な限界は訪れるし、それは捜索される側の方がキツいのは言うまでもない。
ガッチガチのフル装備をしてる私ですらこうなのだがら、十分な装備もない遭難者はかなりマズイ状態と判断してもいい。
そうした願いが届いたのか、おじいちゃんが発見したのは墜落した航空機の大破した本体。
これで中から残念な姿が発見されたらいたたまれないけど、不幸中の幸いか大破した機体には誰の何もなかったと報告があり一同でひと安心。良かったぁ。
だけどそうなると機体から脱出した人達はどうしたのかとその辺の報告を待つと、機体の周囲に移動した形跡やらが全くないときて、そこから察するに空中で緊急脱出してパラシュートで風に流されたのではないかと結論。
あの吹雪の中でどの高度から脱出して流されたかにもよるけど、10キロ以上は流されないとは思う。
そこで今度は昨日の風向きを調べてその方向に隊列を並べ直して再度アタック。進んでいた方向から約45度右を向いた形になって歩き始めた。
「マズイなぁ……マズイよねぇ……」
そこからさらに1時間。
すでに時間は昼下がりにまでなっていて、これ以上を進むとなると森を脱出する頃には日が沈んでしまうと概算で弾き出され、隊列も1度止まってしまう。
ミイラ取りがミイラになっては元も子もないのはわかるけど、ここの判断は難しい。決定権は救助隊リーダーとおじいちゃんだけど……
『…………仕方ない。今日は撤退だな。夜の森は危険だ』
やっぱり捜索は断念になってしまう。
9割方そういう判断をするだろうとはわかっていたけど、ここまで来て引き返さないといけないことに悔しさが溢れてくる。
「…………諦めたくない」
皆さんも同じように悔しさを押し殺した表情で来た道を戻り始める中、私はそこまで大人になりきれない子供同然の思いでその場に留まって何か出来ないかと考える。
考えるけど、おじいちゃんの指示を理解してる子が私の袖をくわえて戻ろうと引っ張ってくる。それが辛くて辛くて涙が出てくる。
「何か……何かできないの……」
ぐちゃぐちゃな思考のままに引っ張る力を強くした子にバランスを崩した私は、支えを求めて近くの木に抱きついてなんとか止まり、ごめんと謝る子に大丈夫と伝えてから木から離れようとして、気づいた。
「………………お願い」
不確かで自信も欠片もない。
でも過去にそれらしい前兆を掴みつつあった私は、祈るように目の前の木に手と額を当て話しかける。
私の能力は動物とコミュニケーションを取るのが最適だからこそ普通にできる。
でもそれが本来の能力である『自然との対話』の第1歩でしかないことを、私はもうおじいちゃんから聞いて知っている。知っているんだ。
「お願い。ほんの少しでいいから、私に力を貸して……」
知っていれば、その『先』に踏み込める。
京夜先輩も言っていた。自分を信じることで開ける道もあるんだって。いつ言われたかなんてそんな些細なことはどうでもいい。
今は自分を信じて信じて信じて信じ抜く! それしか私にはできないんだから!
――ブワッ!
私の必死な思いを目の前の木に伝えていたら、不意に今日初めてとなる突風がさっきまで進んでいた方向から一気に吹き抜けていって、その風と一緒に何かが聞こえた気がした。
「こっち」と、片言のようなその言葉は、私の心に直接届いたような、そんな気がする。
しかしその風がもたらした変化は私にだけではない。
今まで私を引っ張っていた子が、突風が吹き抜けた瞬間にその顔を上げて鼻を高くし、次には「なんか臭う!」と強く私に訴えてから勢いよく走り出してしまう。
「お、おじいちゃん! 臭いを拾ったって! 先に進んでもいい!?」
『なに!? ちょっと待て! まずはそちらのチームのリーダーと……』
その子の勢いに乗せられるように、無線に叫びながら走り出した私をおじいちゃんが落ち着かせにきて、引き返していたチームの皆さんが慌てて私のあとを追い始めるのがわかったから、私はもういま出せる全力で軽やかに走る子を追いかけた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……あっ!!」
この時期に汗をかくのが凍傷に繋がるからダメなのは知ってたけど、氷点下とかじゃないし大丈夫――大丈夫じゃないけど――と走り続けて、少し先で走っていた子がピタリとその動きを止めてワンッ!
吠えて私に「いたぞ!」と知らせてきて、私も近くまで行ってからパラシュートを潰れたテント代わりにした空間を覩見つけて、その中で皆さんにもしっかり聞こえるように吠えまくりの子を外で吠えるように言ってから、そこにいた要救助者が全員生存していたことを確認。
見るからに衰弱している皆さんに急いで持っていたカイロやら飲み物をあげて、遅れて着いた救助隊の皆さんが息を吹き返したようにテキパキと行動して応急処置やら何やらを施してくれる。
そこからはもう早いもので、別のチームも合流して出せる全力で森を抜けた頃には日が沈んでいて、かなりギリギリの救出だったことを理解し道に出てから怖くなって膝をついてしまう。こんな暗い中で助けをずっと待ってたんだ……
「これ、そんなところで座っとったらお尻が冷えるぞ」
「おじいちゃん……」
そんな私に頑張った子達を引き連れたおじいちゃんが近寄ってきて立ち上がらせてくれるけど、その顔は暗がりでもわかるくらいには怒ってるっぽい。独断専行しちゃったしね……
「ほぼ同時だったがの、これらも臭いをキャッチしておったよ」
「えっ?」
「風がな、急に吹いての。それがまるで『こっち』だと言ってるように吹くものだから、年甲斐もなく戸惑ったわい」
私の独断専行には怒ってるみたいだったけど、それ以上に私が感じたことをおじいちゃんもなんとなく感じたみたいで、おじいちゃんでさえ初めての経験だったのか戸惑いを隠せていない。
「おじいちゃんでも初めてのことなんてあるんだね……あっ。お礼を言わないと!」
貴重な経験を喜んでもいるおじいちゃんの怒りがどこかへ行かないかなと企みつつ話を逸らすように口を開いてから、きっと私達を助けてくれたであろう森に感謝を伝えるために近くの木に触れる。この子に伝えて大丈夫かはわからないけど。
「ありがとう、森さん」
「ん? 小鳥、お前……」
ただの偶然かもしれないけど、それでも何かを感じたのは確かだから、ちゃんと言葉にして感謝を述べたら、なんかおじいちゃんが急に声をかけてきたので木から手が離れてしまった。つ、伝わったかな。
「なに、おじいちゃん」
「ん、見間違いではなさそうだが……ふむ。小鳥、もう1度木に触れておれ」
「な、なんなの?」
なんか中途半端な感じになったのを気にしてか、おじいちゃんがもう1度木に触れるように言うので、今度はツッコまれても無視するつもりで木に触れて改めて丁寧に感謝の言葉を伝える。
すると森の方から穏やかな風が吹き抜けて、その時に「さよなら」と感覚的に言われた気がして、これから私達がここを離れるのをわかってるかのようなその言葉にはビックリするけど、ありがとう。
「こりゃ吉鷹のやつも儂も形無しか」
「えっ? おじいちゃんは何を言ってるの?」
「小鳥よ。お前はもう、おじいちゃんとお父さんを越えた。完全にとまではいかないまでも、橘の血筋でこれほど喜ばしいことはない」
森からの別れの言葉を受け取ってから手を離した私は、ジッと見ていたおじいちゃんが意味不明なことを言うのでキョトンとしてしまう。
私がおじいちゃんとお父さんを越えた? まっさかー。
「またまたー。孫を褒めても何もできないよぉ」
「マジマジ。おじいちゃん目ん玉が飛び出そうになったもん」
「またまたー。そんなこと言ってー」
「限りなく『緑』になりおったからな」
「ん?」
冗談も大概にしてよぉ。といった感じで返したら、おじいちゃんも今時のノリで返してはきたけど、凄く唐突に真剣な顔で話を切り替えたので私も戸惑う。
緑? 色。確かおじいちゃんは色んなものを色で大別して調子とか性質とかを視覚的に見れるって言ってたけど、あれだよね。
で、緑って確か自然のものが持ってる色で、青が無機物とか人工物で、赤が人だったっけ。
「緑って、何が?」
「小鳥がだよ。自然物に触れてる間だけではあったが、確実に『黄色のライン』を越えて緑に寄っておった」
「そ、それは凄いことなの?」
「こう言っては孫に悪いが、人に非ずといったところか。橘の人間。吉鷹も儂も能力を使ってる間は野生動物などと同じ黄色のオーラを纏う。これは儂らが『動物達の側に寄ること』で意思疏通を可能にしていて、これを儂は黄色のラインと呼んでおる。これ以上の対話。自然物との対話を可能にするには、この黄色のラインを越えねば無理だと儂は考えている」
えっと……何やら難しい話かなとは思うけど、おじいちゃんの話をまとめると、私の能力は動物達の対話以上のことを一時的に出来るようになったってこと、だよね。
「人に非ずって……あ、危なかったり?」
「それはわからんが、あまり長くその状態でいるのは危険かもしれん。今も自由が効くようには見えんし、力が安定してコントロールできるようになるまでは多用はせんように。そうせねば『自然に食われかねん』」
「食われ……そ、そこまで怖い感じはしなかったけど……」
「自然にも人のように個性がある。今回はたまたま良き自然と触れたからそう感じただけかもしれん。その力で天災にでも触れれば、怒りすら買いかねんぞ」
「り、了解です」
おじいちゃんの言うことには物凄い説得力があるので、まだまだ謎の多い私自身の力に振り回されないようにと心に誓いつつ、1歩進んだこの力の扱い方も覚えていこうと思う。
「えっと、それじゃあこれで任務完了だよね! さーて武偵高に戻るぞー! 戻ったら京夜先輩も帰って来てるかもだし、幸帆さんにも昴を預かってもらったお礼しないとだし!」
そうした感じで真面目な話が終わったので、一転して明るくしてルンルンと撤収のために移動を始めたら、その頭をぐわし、とおじいちゃんに掴まれてクルリと反転して正面を向かされる。
「それはそれとして、団体行動の基本を怠った孫にはちょいとお灸を据えてやらにゃいかんのぅ」
「うえーん。こうならないように逃げたのにー」
「ほほぅ。わかってて逃げたなら刑は重いのぅ。武偵には3倍刑という制度が適応されるようだし、ここはそれに則って」
「堪忍やー! 堪忍やでじっちゃーん!」
「何故そこで関西弁になる」
やっぱり忘れてなかった私の行動のお仕置きに、心の底からの悲鳴を上げて逃走。体力は私の方がある!
そうやっておじいちゃんとふざけて走ってたら、救急車の方からお呼ばれされて、おじいちゃんにタイムをかけて近寄ってみると、救助した自衛隊員さんの1人が私の手を取って一言「ありがとう」と代表して言ってくれて、なんだか照れ臭くなる。
結局は独断専行しちゃってたし、私だけの手柄なわけではないけど、おじいちゃんも何も言わずにそれを見てくれた。
それから救急車で運ばれていった自衛隊員さん達を見送って、おじいちゃんによる拷問――連れてきた子らによる地獄の舐め回し――は実行に移され、終わった頃には完全に死に体になっていた私は、最寄りの宿泊施設におじいちゃんと一緒に1泊してから武偵高へと戻った。
「自然と対話する力……か」
武偵高へと戻ってきてから、下の階の遠山キンジ先輩が帰ってきてることは騒がしさから察せたのですが、一緒に修学旅行Ⅱの補習に行った京夜先輩が帰ってきてなくて少し寂しかったです。
それでも私も今回、自分の力をこれまで以上に引き出せた時の感覚をぼんやりと思い出しながら昴と一緒に部屋のお掃除。
「黄色って、確か京夜先輩も同じ色をしてるっておじいちゃんが言ってたっけ。ってことは私と京夜先輩はお揃い? やっぱり運命の赤い糸ってあるのかな……って、昴。『なんでもかんでも運命にするな』って夢を壊さないで!」
割と真剣な考えだったけど、なんか京夜先輩のことを思い出したら変な方向になって、呆れた昴にからかわれてしまいました。
でもいつか、この力を自分の思うままに扱えるようになったら、いいな。