「あっ、そういえば」
メヌエットとのデートで訪れた大英博物館を逃げるように出て家へと戻ってる最中。
割と明るい雰囲気で会話をしてくれていたと他愛ないことで盛り上がっていたのだが、家に着く少し手前あたりで大英博物館でのうんちくを思い出し疑問が口から出る。
「ラムセス2世の話はわかったけど、オレが言ったクレオパトラの話をまだ聞いてなかったよな」
「時代を順に追いましたからね。それ以降の時代のクレオパトラは説明する前に京夜が騒ぐから悪いのですよ」
「もうすぐ家に着いちゃうし、ぱぱっと説明お願いします。実はこっちの方が身近っていうか、知ってるやつが子孫っていうかで気になる」
大英博物館でそもそもエジプトの展示品に目を止めたのは先日に会ったばかりのパトラの顔がよぎったからに他ならなく、その肝心のパトラの祖先の話を聞けずじまいはなんだかモヤッとしたから聞くことにすると、お前が悪いのにといった雰囲気を出されるが、うんちく披露はやぶさかではないのか口を開いてくれた。
「京夜のイメージするクレオパトラは、現代で『絶世の美女』と呼ばれる人物で違いないですね?」
「まぁそうなるな」
「その人物は古代エジプトが終わりを迎えて、プトレマイオス朝が始まった後に現れたクレオパトラ7世のことでしょう。もっとも、彼女が本当は絶世の美女だったという確たる証拠はありませんし、容姿についてはそこまで優れていたわけでもないとされています」
「ふーん。パトラは美人の部類ではあったがな……」
「何か?」
「いや。どうぞ続けてくださいな」
「彼女が優れていたのはその語学力。当時で複数の言語を話せたとされることや、見惚れるほどの美声にあったとされ、容姿まで優れていた説を匂わせた要因はおそらく、フランスの哲学者ブレーズ・パスカルの言葉『クレオパトラの鼻がもう少し低かったなら、歴史が変わっていた』なのでしょう」
「それは聞いたことあるな」
「あくまでも要因の1つとしての解釈ですが。そもそもパスカルはこの言葉を例え話として残したに過ぎません。ですが、クレオパトラ7世が実際にその魅力を以てガイウス・ユリウス・カエサルやマルクス・アントニウスを魅了し翻弄したことは事実です」
と、クレオパトラについての説明を一段落したところでちょうど家に到着。
デートとしては短いものだったが、短いなりにメヌエットの表情を色々と引き出せたのは収穫だった。
「今日のデートの点数は?」
「15点の落第点ですね。とてもじゃないですがデートと呼べる内容ではなかったかと。京夜も自覚があるのではないですか?」
「えー。オレは出不精のメヌエットを外に連れ出してお話しさせまくった時点で成功だと思ってるんだけど」
「どうやら京夜なりの目的意識があったようですが、私を満足させるのがそれイコールにはならなかったわけですから、京夜には補習が必要ですね」
「ほほぅ。つまりメヌエットは明日もオレを拘束したいと仰るわけですな」
しかしオレが満足してもメヌエットがこれでは大成功とは言えないのは事実。
だがこの遠回しにでも『オレと一緒にいても良い』と言ってくれてるメヌエットはなんだか無性に可愛く見えて、ズバリなことを言ったオレにちょっとだけ頬を染めたメヌエットは、それでもムスッとした顔をギリギリ崩していない。
「言っておきますが、明日は絶対に外には出ませんから、少しでも外へ出ようと考えたら自殺させますよ」
「ふむ、宿題が出されたか。了解。明日も同じ時間でいいのか?」
「明日は先約がありますから、15時にお越しを。今日は久々に外出して疲れました」
「実質的に歩いてたのはオレだけど、まぁ楽しかったよ。うんちくもタメになったし、ありがとな」
そうして明日の約束を取り付けて家の呼び鈴を押して中のサシェとエンドラを呼んでオレは退散。
取っつきにくいところはあるものの、ちゃんと接してあげれば応じてくれる子だとわかったので、ちょっとだけ明日が楽しみになりつつ、出された宿題――室内でできること――をどうするか考えながらホテルへと戻っていった。
「ようメヌエット。辛気くさい顔してるな」
翌日。
言われた通りの時間にメヌエットの家に訪れて応接室に押しかけたオレは、そこで甘い香りを漂わせるパイプを吹かす――タバコの類いではなくアロマテラピーの類いだ――メヌエットの不機嫌そうな顔を見ながら、街で買ってきたものが入った袋を掲げて見せる。
「ちょっと先約の方で失礼があったので。それよりそれは何ですか?」
「んー、メヌエットの宿題がことのほか難しくてな。ずっと雑談だけは無理だし、カードゲームとか勝てる気がしないし、かといってアクティブなことはできないしで、悩んだ末のこれだ」
気分転換中のメヌエットはパイプを吹かしながらオレの持つ何かを気にかけたので、オレが出費を惜しまずに買ってきたものを取り出す。
「じゃーん! これでパーティーしようぜ」
取り出したるは日本が発明したクレープ焼き器。
誰でも簡単にクレープの皮を作れちゃう便利グッズだが、ロンドンで手に入った時はちょっと感動した。
「その製品の簡易説明を見るに、クレープメーカーのようですが、私は料理はしません」
「それならそれでいいって。オレが焼いてメヌエットが包んで食べる。材料はサシェとエンドラに預けてきたから、とりあえず下に行こう」
オレの感動を知る由もないメヌエットは、予想通りだが下世話な料理という作業はしたことがないらしく、やる前からやらない宣言が飛び出すが、食べないとは言わなかったのでゴリ押し。
それならといった表情を見せたメヌエットにクレープ焼き器を持ってもらい、車椅子を動かし下の階のキッチンの方に移動をすると、何故かびっくり顔のサシェとエンドラがオレ達を見てきて「お嬢様が」「本当にいらした」と言葉を分けて驚く。
「お前、キッチンにも入らないのな」
「下世話はメイドの仕事ですから」
ちょっとオレの予想を越えるレベルの貴族様っぷりのメヌエットだったが、これからクレープが食べられるからか、オレの準備する様子をジッと見ながらクレープ焼き器を箱から出してどんなものかを確認していた。まだ生地が出来とらんぞ。
「日本には同じような生地で作る『たこ焼き』なるものがあると聞きましたが」
「おっ。オレの地元の方の鉄板だぞ。さすがにクレープと違って専用の焼き器がないと無理だから、食べたいなら日本に遊びに来い。歓迎してやる」
「……万が一に行くようなことがあったら、暑さと寒さに片寄らない季節が良いですね」
「となると春か秋か。春は桜も咲いて綺麗だが、秋も秋で紅葉が……」
「口を動かすのはいいですが、手も動かしなさい。目の前にはクレープを待つレディーがいますのよ」
クレープ焼き器の観察を終えてから生地を作っていたオレを改めて見て、厳密には違うのだが見た目で同じような生地を使うたこ焼きを食べたいような発言が出てきて、それで手より口が動いたオレをすかさず注意してくる。
その様子をキッチンから少し離れた場所から見ていたサシェとエンドラがまたも「あのお嬢様が」「楽しそうに会話を」とか失礼極まりないことを言ってるので、なんか落ち着かない。
なのでそわそわしてる2人を呼んで生地に入れるフルーツを切ってもらったり、生クリームを仕上げてもらったりと手伝ってもらう。3人で3倍の速さだ。
「んじゃ焼くから、出来た生地で自分なりにアレンジして作ってみな」
「ま、待ちなさい! 私は食べるだけと……ど、どうやるの? 生クリームはどうやって出せば……」
それでパパッと準備が整っていざやるとなってから有無も言わせずに生クリームを搾って出す道具を渡して焼くのを開始。
なんか横でアワアワし出したメヌエットは撤退したメイド2人を呼び寄せようとしたが、それをオレが制して仕方ないので最初だけオレが全部やってみせる。
「そんな慌てなくてもクレープを不味く作れるやつはそういない。知り合いに約1名だが糞みたいなトッピングでドン引きさせそうなやつはいるが、メヌエットは材料から味はイメージできるだろ」
言いながら生地を専用のローラーにつけてプレートの上で薄く伸ばし焼くと、頃合いを見計らい取っ手を持ってメヌエットの前に置いた皿にひっくり返して焼けた生地を乗せると、生クリームやらバナナやらチョコやらと適当に盛って包んで出来上がりだ。
「ほい。生クリームの絞り方はわかったな。あとはイチゴなりオレンジなりを好きにトッピングして食べな。置くポイントは中央に集めること」
「私が作る手間をかけるよりも、京夜がどんどん作る方が効率的ではありませんか?」
「焼くのとトッピングを同時にはできん。それに横からあれ入れてこれ入れないでとか指示を出す手間が省けるが?」
「……わかりました。幸い手順は見て覚えましたから、その提案を受け入れましょう。はむっ」
出来上がったクレープを受け取りつつも、まだトッピングに抵抗があるメヌエットの言い分は自分勝手だが、毎度食べながらトッピングにあれこれ言う手間も考慮してチャレンジしてくれるらしく、受け取ったクレープを食べ始めたので、オレもメヌエットのペースに負けないようにそこからひたすらに生地を焼くマシーンと化す。
店などで食べられるクレープよりもだいぶ小さいクレープなのだが、やはり女子。生地を焼いたそばから掠め取られてトッピングを施し食べる食べる。
おかげで生地のストックが全然できなくて供給が需要に追いつかなくなりそうだが、まだなんとか大丈夫。
「へいメヌエット。労働に対する報酬をいただきたいんだがね」
「あら。食べたいなら自分で作ればよろしいのでは?」
「その生地を焼いたそばから掠め取る小娘はどこのどいつだ」
「クレープに拘らずにフルーツ単体を食べればいいのでは?」
「おう。だったらその生クリームを直飲みするが文句はないな?」
「フフッ。餓えた人間の醜い姿は想像するだけで愉快です」
だがいずれは限界が来るので、せめてもの足掻きでクレープちょうだいと言ってみたら、何がおかしいのか意地悪なことをしてオレをあしらおうとする。
その間にもクレープは消化されるのでもうこっちも意地悪して手の届かない別の皿に入れてやろうかと考えていたら、不意に横からメヌエットに呼ばれて振り向けば、いま作っていたクレープをオレに差し出してくれていた。
「仕方ないですね。1つだけですよ。もっと近寄りなさい」
「ん、あー……んん!?」
まさかのメヌエットからの慈悲にちょっと驚くが、食べさせてくれると言うので素直に食べようとしたら、直前でひょいっと取り上げられて自分で食べ始めてしまう。
「…………焼くのやめようかな」
「冗談ですよ。次はちゃんと差し上げますから、子供のような不貞腐れ方をしないでください」
このメヌエット様の意地悪が理子だったら、問答無用でバックドロップをかましてから一人占めするのだが、まさかそんなことをして殺されては自殺志願者なので踏みとどまる。
そんなオレとメヌエットのやり取りはあと2回も繰り返されて、いよいよオレもストライキを起こそうとしたところでようやく施しを受けられたが、くそぅ……オレが本気になるタイミングを掴まれていた。
だがここでもまたサシェとエンドラから驚きの声が上がり、シンクロして「お嬢様が男性に食べさせるなんて」と来るから苦笑いしつつメヌエットを見ると、自分がしたことを言われて気づいたのか、今さらになって頬をちょっと赤らめていたりするので面白い。
「トッピングはもういいです。次はそちらをやらせなさい。やり方は見て覚えましたから」
「火傷には気を付けろよ」
その恥ずかしさを誤魔化すように今度は生地を焼く作業に興味を持ったのかやりたいと言い出したので、好奇心は大事なので立ち位置を入れ替わってやらせてあげると、本当にちゃんとできるもんだから感心。
それを見たサシェとエンドラはついに卒倒して互いを支え合って床へとへたれ込んでしまう。
リアクションは面白いが外野はもういいやと無視して、その作業をしてる時のメヌエットの表情を見ていたら、最後までそこに暗い色が落ちることはなかった。
ちょっとは楽しんでくれたかな。
食べるだけ食べて満足したらしいメヌエットは、涼しい顔で応接室に戻っていき、後片付けはサシェとエンドラに任せてしまったのでオレも申し訳なく思いつつ一緒に応接室へと入る。
クレープのおかげですっかり機嫌も上々になったメヌエットはかなり満足気味だが、オレが笑みをこぼすと恥ずかしそうに仏頂面へと戻って平静でオレと対面。
「なかなかの催しでしたわ。昨日の落第点にプラスして75点は差し上げてもよろしいかと」
「ってことは今日のは60点か。逆に100点ってどんなことすればいいか気になるな」
「それは考えるだけ無駄ですよ。その時その時で私の評価は変わりますし、京夜だって日によって同じ行動でも良し悪しは上下するでしょう」
「そりゃそうだ。それでオレはメヌエットに望みを聞いてもらう権利は得られたのか?」
「そうですね。苦と思わない料理をさせた功績は認めねばなりませんから、今回はそれも加味して合格点としましょう」
あれを料理と言うと多方面から色々と言われそうだが、まぁメヌエットにとっては大きな1歩だったんだろうな。
ともあれ昨日と今日のトータルで合格点をもらったオレは約束通りにメヌエットに望みを聞いてもらえることになり、言ってみなさいと偉そうにするメヌエットに完全に切り替えた真剣な顔で望みを言ってみる。
「まず前提として聞きたいんだが、メヌエットは緋緋……いや、色金について理解があるか?」
「はい。存じ上げていますし、その存在についても少しではありますが推理できています」
「そうか。なら聞く。色金は全部でいくつある? オレが知る限りでは今、緋緋色金と璃璃色金。それから瑠瑠粒子とか仲間が言ってたことから、瑠瑠色金もあると仮定して3種類だが」
「私の推理でもおそらくはその3種類と判断できます。小舞曲のステップの如く順を追って説明しますと、超能力の分野において現在、超能力ジャマーとして機能しているのがユーラシア大陸東部に降る璃璃粒子と、北米、欧州に降る瑠瑠粒子の2種類です。そこから推測するに璃璃と瑠瑠。2種類の色金があることは明白。そして現在、アリアお姉様に埋め込まれてしまっている緋緋色金。これを合わせて3種類と言うことになります」
やっぱりか。
この質問をする前からある程度の推測は立てていたが、色金はこの世界に3種類あるようで、瑠瑠色金はおそらく理子の持つロザリオに含まれている。
そして璃璃色金と関わりがあったレキ。色々とわかりかけてきた今になって考えれば、修学旅行Ⅰ以前のレキの言動やら行動にも少しだけ違和感を感じるんだ。
「オレはこれまでの出来事の中で引っ掛かったことがある。それはアリアが緋緋神になるかもしれないと言われたことに関係あるが、それは詰まるところ『アリアの意識が別の何かに変貌する』ことを指してるように思えるんだ。そしてそれらしいことになっていた子もオレは見たし、意味深なことを言ったやつもいた」
その違和感は、ずっとレキが口にしていた『風』なる存在。
アリアの緋緋神化の危機を知り、その時からなんとなく考えていたそんな推測をメヌエットに語りつつ、この前に遭遇した猴。今回の場合は孫の方を指すのだが、その孫を記憶から掘り起こして、そのあとに出てきた土御門陽陰の言葉を思い出す。
陽陰はその場にいたアリアと猴を見てこう言ったのだ。
『緋弾の娘か。まだ緋緋の色が薄いようだが、お前の行き着く先には興味がある。そこの斉天大聖と同じ末路となるか。はたまた……』
それが示すことは2つ。猴に施されたという術が緋緋色金を埋め込むものであったことと、それによって猴は孫に存在を乗っ取られることになった。
つまり孫とは緋緋神。アリアを変えようとする存在に他ならないのだ。
「そこから察するとおそらく、色金には『意思がある』。自己というか、つまりは知能というかそんなものが。違うか?」
「望みは1つだけと言ったはずですよ。私は色金の種類について答えを述べました。それ以降の望みを聞く義務はありません」
それを考えれば、緋緋色金に緋緋神という1つの意思があるのは明白で、緋緋色金に意思があるならば、他の2種類の色金にも同じように意思があっても不思議ではない。
事実、レキは風に命令されて色々と行動していたと漏らしている。
それは風が意思を持つ色金。璃璃色金の意思。璃璃神であることを証明している。
だからオレがそうした確信に近い疑問をぶつけたのだが、素っ気ないメヌエットは先ほどの質問で望みは叶えたと口を閉ざしてしまい、話の腰を折られる。堅いなぁオイ。
「…………仕方ないか。1つって言われててこういう聞き方をしたオレにも落ち度はあるしな」
「聞き分けがいいのですね。自らの落ち度を認められる京夜は賢い部類でしょう。愚行は消えませんが」
「まぁこれは別の線があるから自分なりに確信に迫るよ。それはもういいんだが、あと1つ、聞いてほしいことがある」
「言うだけなら構いませんよ」
だがオレの聞き方も悪かったので粘るとメヌエットが機嫌を損ねると感じて切り上げ、最後に別件を述べる権利を得てから真剣な雰囲気から和やかな雰囲気に変えて口を開く。
「オレさ、実はメヌエットに嫉妬してたんだよな。昨日、友達がいるかって聞いた時に、メヌエットはいるって答えたろ? あれ、安心したのと同時にグサッて来てた」
「何故です? 京夜くらいのコミュニケーション能力なら友人の1人や2人、すぐに出来るでしょう」
「うーん。友好関係って意味なら確かに顔はそれなりに広いんだが、やっぱりそれって同業での繋がりとか仲間意識ってやつで、友達って言われると実は断言できるやつがいなかった。悪友って呼べるやつはいるんだが、親友とか友人とかに昇格する要素はないし」
「意外ですね」
「それで一応、言わせてもらうとだな。メヌエットといた時間ってのが、オレにとっても貴重な時間だったんだよ。メヌエットといる時のオレは武偵、猿飛京夜であることをちょっと放棄してた。それはつまりメヌエットとは普通に利害とかそういうのを無視して接してたってことを指しててだな」
「ハッキリ言ってはどうですか?」
「オレと『友達』になってくれないか」
そうして口から素直に出た言葉に、オレは今回の全ての行動の意味を込めたつもりだったが、聞いたメヌエットは表情1つ変えずにただオレを見つめてくるのだった。