2月15日の夕方頃。
バレンタインデーから一夜明け、キンジとアリアからの依頼を受けて情報操作をしたのち、アリアに変装した理子が本物のアリアが入院していた病院に改めて監禁されていって十数時間。
相変わらずガッチガチのセキュリティーに加え、脱走を許したこともあって警戒レベルは軒並みアップしてる雰囲気。
さらに情報操作によってアリアに変装した理子――という体の本物――が本物である可能性も捨てきれない向こうはそっちの捜索にもいくらか人員を割いたようで、朝からちょっともたついてたのも事実。
「頭を撃ち抜かれたらどうしよう……」
『京夜は殺そうとしても死なないだろ』
その様子を直接見てきたオレは現在、見舞い者を装って装備を持ち込んで病院に進入して屋上に出て準備中。
その準備中に繋げたインカム越しに防弾装備を着込みながらジャンヌと会話をするのだが、嫌な信頼のされ方で楽観視されてガックリくる。人間、死ぬ時は死ぬんだよ。
「オレの姿は見えてないか?」
『大丈夫だろうな。監視の目がどこにあるかも調べたが、院内での警戒が主だ。外へ向けた警戒はそこまでガッチリしていない。これはアリアの脱走の可能性を考慮した結果と言えそうだ』
着込んだ装備の調子を確かめつつ、柔軟もしながら適当に動いて、別の場所に待機しているジャンヌからオレが見えないかを確認。
大丈夫そうなのでそのままワイヤーを取り出してフックを屋上の縁に引っかけて長さを計算したワイヤーを腰に繋ぐ。
今回、オレはこの病院にいるアリアに変装した理子を奪還する役目を担っているが、それは向こう。外務省に病院にいるアリアが本物であることを印象づけるための裏工作。そのダメ押しって位置付け。
だからこの奪還作戦は最悪のところ失敗に終わってもいいのだが、警戒厳重なところに突っ込んでいくわけだから当然、その行動自体に危険が伴うわけで、捕まってはい終わり。は、確実に運の良い方。過程で射殺される可能性の方が遥かに高い。
「まぁ、拘束さえされなきゃ死なない自信はあるが……」
『言うようになったじゃないか。それでこそ私の騎士だ』
「調子の良いこと言いやがって」
屋上の縁から下を見下ろして、理子のいる病室の窓枠をわずかに見て横のズレを修正。
あとは右腕のミズチと腰に差した単分子振動刀、煙幕、閃光弾を無意識レベルで取り出せるようにして、逃走用のガバメント2丁――理子にも手伝ってもらうため――をショルダーホルスターに入れて準備万端。
「んじゃ行くから援護よろしく」
『任せておけ』
だからといって怖じ気づいてやらないは報酬を前金でもらった手前で出来るわけもなく、腹を括って足がすくむ前にさっさと行ってしまう。
ちょうど西日が理子のいる病室に差し込む頃合い。それを狙うために朝から周到にやってるんだから、生存率を上げるためにも躊躇はしてられない。
「……っし!」
そしてオレは病院の屋上から勢いよく走って飛び出し地面へと真っ逆さまに落ちていったが、繋がっているワイヤーがオレを引っ張り振り子の原理で理子のいる病室に突っ込むと、西日を背に浴びながら単分子振動刀を抜き完全に慣性で病室に飛び込むタイミングでワイヤーを切断。
それとほぼ同時に後ろから2発のバカ威力の弾丸が窓に撃ち込まれて、防弾性のガラスすら撃ち破る。これはレキの対物ライフルによる狙撃だ。
それによってオレは防弾ガラスを蹴破るとかいう暴挙をすることなく病室に転がり込むことに成功し、入ったと同時に真正面にいたエージェントを蹴りで倒し拳銃を単分子振動刀で切り裂き閃光弾を放り着地。
わずかな時間差でオレが撃たれるタイミングがあったが、そこは素早くドラグノフに持ち替えたレキが拳銃を弾き飛ばすことで回避。
中には3人のエージェントがいたが、サブウェポンを取り出すところで閃光弾が炸裂。眩い光が病室を包み込んだところで今度は煙幕を使って視覚を執拗に奪う。
その頃にはオレももう内部の情報を把握してたので、ソファーでつまらなそうに座っていたアリアに変装した理子にガバメントを2つ持たせて前からおんぶする形で足を絡めてもらう。いわゆる『だいしゅきホールド』ってやつだな。
「ちょっと京夜! あんた何でこんなバカなこと……」
「自分、バカなんで……」
そこまでしてレキの射撃線から逃れるように窓からの死角にいたエージェントをスルーしつつ、アリア声で慌てたフリをする理子に合わせて窓枠に乗り上げると、なんだかんだで即応してガバメントで牽制してくれた理子の作った隙で壁にに対してなるべく平行に斜めに飛び降りる。
そうしたら今度は右腕のミズチからアンカーをやや前方の壁にくっつくように射出してスウィングしながら地面に平行になったところで着地。
その間にエージェントに狙われていたものの、理子がガバメントで牽制したままなのとレキの狙撃。それと高さ的にオレが不時着したらアリアまで危ないと思ったからか撃たれはしなかった。
「理子、ヒルダは出すなよ」
「わかってる。まったくアンタってホントにバカなんだから!」
着地してすぐに理子を下ろして今も影に潜んでるだろうヒルダは偽者と疑われる元なので出さないように言っておくと、当たり前とばかりに返してからアリアっぽく頭をガバメントのグリップで殴って、なっちゃったものは仕方ない雰囲気で走り出す。
「ジャンヌ、パス!」
何はともあれ病院を抜け出せちゃったので、ここであっさり捕まりにいくよりも本物のアリアの捜索にも行っちゃったっぽいエージェントを引き寄せるために逃げの一手と判断。
走りながら近くのベンチで腰かけて携帯で電話していた変装したジャンヌから、すれ違い様にキーを投げ渡されてそのまま駐車場に入ると、そこにあらかじめ置いていた島コレクションの1つだというバイクに股がってタンデムし逃走開始。
壊したりしたら島がマジで泣くとか直前に言われていたので正直、使う局面にならない方が精神的には良かったが、コレクションだけあって性能面ではさすがの一言。乗っただけでわかるってのは相当だろう。
「こっからどうすんの?」
「とりあえず隠れちゃ意味ないしな。適当に横浜とかまで逃げてみるか」
「おっほぉ! いいですなぁ。キョーやんと愛の逃避行とか胸熱ぅ!」
「あんま理子を面に出すなよ。どこで誰が見てるかわからん」
走行中に耳元で話す理子が結構な呑気さを見せててイラッとくるが、手が放せないからどうにもできないし、オレがアリアに対して手をあげたことがないだけに、それも怪しい行動になるからどのみちできないんだよなぁ……
アリアの皮を被った理子というオレにとっても扱いが面倒な現実にうちひしがれる余裕もなく、すぐに追いかけてきた外務省のエージェントの車は簡単には振り切れそうにないので、理子には無計画なことを言ったが逃走用の作戦を開始。
「中空知。ナビよろしくっ」
『承りました』
そこで通信器越しなら頼れることこの上ない中空知との通信を開き、インカムを理子にパス。
中空知には武蔵小山に陣取って、極指向性の集音マイクを使って半径3キロの範囲を音で『見て』もらっている。
その音でオレ達が外務省の動きをある程度で先読みして、逃走経路を確保。
ジャンヌにも中空知と合流してもらってGPSから中空知の情報を処理して指示をもらう形で、理子には現場の目として補完をやらせてオレは運転に集中できるというわけだ。
そうして逃走するので小回りの利くバイクにしているが、それでも持って6時間程度だろうな。
向こうが本気になったら人海戦術も辞さないはずだし、道路の封鎖だってやりかねない。
「あそこの小道に入って!」
だからそうなるまでは本気で逃げる。
中空知の『音の目』の範囲内という制限はあるが、そこでなら外務省とも良い勝負ができる可能性があるというのがそもそも凄い。
実際に逃げの達人、理子と作戦立案のジャンヌまでいると少しだが慢心のあった外務省を翻弄することができ、あと1歩のところでスルリと脇に逸れて躱し、車が侵入できないルートも使って巧みに包囲網を掻い潜る。
「なっちーが車3台追加してきたって言ってる。理子的な見立てでは、あと2台くらい増えて10台を越えたらマズイかもねぇ……」
事前に武蔵小山の周辺をリサーチしてたのも相まって、ことのほか逃げられるオレ達に業を煮やしたのか、おそらくは分散していた戦力を戻してきた外務省の変化に中空知がいち早く気づき、理子が報告してくれる。
現在進行形で割と焦りは見せていない理子がそういう見立てをしたということは、まだ大丈夫だろうな。
それでも位置情報は確認したいのか、1度バイクでしか入れない道に逸れて停止。その間に中空知の目からジャンヌがエージェントの車をポイントし逃走ルートの再検討をし、オレと理子もなんだかんだで1時間近くの逃走で疲れた体を休めてバイクから降り伸びなどをしておく。
「あーそうそう。実はキョーやんが病室に突撃してくる前に
「女同士なら別に嫉妬とかしないが」
「男だったら嫉妬してくれるんだ。へぇ……じゃなくて! 今もサラシ巻いてぺったんこなアリアに寄せてはいるけど、あの事務官、かなり疑ってたって話」
ずっと座ってたからお尻が痛かったのか、ポンポン叩きながら思い出したように胸を揉まれた話を理子がするから、なんのこっちゃと思ったものの、今も表面上ではアリアに見える理子の胸は確かにサラシを巻いて押さえつけたとしてもよく見れば大きいだろう。
そんなオレの視線に頬を染めた理子がアリア顔で照れるのでなんだか調子が狂うが、インカムからそれを聞いていたジャンヌがここまでの逃走でその錢形とかいう事務官がいたかを理子に問いかけたようだ。
「それがいなかったんだよねぇ。あんな合法ロリを見逃すほど理子の目は節穴じゃないし、こりゃまだ向こうのアリアが完全に偽者だって思われてないね」
「それでもこっちを放置できないから追いかけてきてるのは事実だろ。ということはまだ逃げる価値はある」
「そりゃそうなんだけど……こうなると捕まったら理子の身ぐるみ剥がされる可能性が大なわけでして……」
その錢形とやらがこちらの逃走劇に参加していないのがどうにも嫌な感じと理子が言い、疑われてる以上は捕まればその確認作業はされて当然だと付け足した話になるほどと思う。
それにこうして1時間も都内に留まって、隠れもせずにわざわざ捕捉されるように逃げるオレ達に疑問を持たないほど外務省もバカではない。
きっとすでに半信半疑くらいにはなっているだろうが、100%ではない限り放置もできないから捕まえに来ている。
「なら完全に封鎖される前に本当に東京を出とくか。これ以上離れるとジャンヌ達との通信が切れるんだが、1日持たずにバレるのはこっちとしても酷い結果だしな……」
「オッケー。そうなったら理子の隠れ家とかでやり過ごそっか。日本の隠れ家は片手の指で数えられちゃうけど、お気に入りで凝ってるから駆け落ちにはもってこいだしねぇ」
「ヒルダもいるから駆け落ちとはならないがな」
それならもう振り切って潜伏する方が賢明かもと提案すれば、理子も賛成の方向でインカム越しのジャンヌも徐々に狭まりつつある包囲網から抜け出して横浜方面に逃げるルートを検討してくれる。
それから駆け落ちとかいう言葉に反応して理子の影に潜んだヒルダが理子に見えない位置で怒りマークを器用に形作って「理子に何かしたら許さない」とオレにだけ伝わるようにやってきたので、その気のないことをちゃんと示してから、またバイクに股がってジャンヌの検討した逃走ルートについてを聞く。
「……おい、死ぬぞオレ」
「最悪クラッシュしてグチャッて轢き殺されるよね……」
その逃走ルートを聞いたオレと理子は、どうしても完成しつつある包囲網を抜けるために無理が出てくると前置きしてきた通り、無理すぎる要求にゲンナリ。考えただけでどうしような要求で出来る出来ないの次元でもない気がする。
「…………やらなきゃ捕まるってことならやってみるか」
「おお。キョーやん頼もしい。期待していいの?」
「お前も手伝え。オレだけじゃ100%無理」
「おおぅ……そこは男を見せてよ……」
男らしさも何も総力戦で臨まなきゃ拮抗すらしない相手に見栄を張ったところで「失敗しましたー」の方がよっぽどカッコ悪い。
理子が言いたいのはそういう現実的なことではないのはもちろんわかってるが、そんなボケに近いことにいちいち反応もしてられないので、どうやってその無理を通すかをあらかじめ教えておき、渋い顔で了承したところでバイクを出発させ公道に合流。
もちろん位置情報をおおかた把握していたジャンヌ達によって外務省とはすぐに鉢合って、予想通りジワジワと包囲網を形成されていった。
「キョーやん! 次の交差点、ポイント!」
「了解!」
空も暗がりになってき始めてオレの目でも細かいところは見えにくくなった頃に、包囲網がほぼ完成してしまう時間を予測して、無理をする場所をあらかじめ決めてそこで詰みになるようにタイミングを見計らった。
そのポイントを理子が教えてくれて、交差点も赤になって一瞬の空白を作ったところに外務省の車が5台も進入し封鎖をしてくる。後ろからも2台が確認でき切り返しを封じるように2車線を並走していて上手い。
「明日から右腕にはミズチじゃなくてギプスだな……」
見事な連携に感嘆するところではあるが、オレはこれからやることに鬱気味になりながら右腕のミズチを準備。
そして交差点へと進入し車から降りたエージェント達が拳銃を構えるタイミングで、その少し手前にあった歩道橋。その歩道橋の裏側にミズチのアンカーを射出してくっつけると、バイクを左から右に振ってさらに左に振り角度を直進から30度ほど傾けて歩道橋を通過。
当然ミズチのアンカーが歩道橋の裏側に張り付いてるのでバイクは引っ張られて大変なことになるが、ワイヤーの長さを固定して振り子のようになったバイクはオレを起点に宙を浮く。
「ぐっ……おおお!!」
だがそんなアホなことをすれば負担は全てオレの右腕に集中し、さらに左手と両足でバイクを離さないようにする必要もあって、後ろの理子もオレに抱きついてでもう腕が千切れてもおかしくない無理だ。
ミズチの許容重量の150キロも無視してるのでアンカーの方が外れる危険もあってヒヤヒヤものだが、完全に振り切ったタイミングで理子が髪を操ってバイクを傍目にはわからないように支えて向きも180度転換してくれて、オレへの負担も軽減。
そのまま反対方向にスウィングを始めて、角度をつけたことで反対車線への落下軌道を描き、アンカーの粘着力の限界である5秒でなんとか反対車線への変則Uターンを成功させて道路に着地。
完全な意表を突いた珍行動で呆気に取られていた外務省は次の一手に出遅れて、その隙に包囲網から一気に離れていったオレと理子だったが、右腕が痛ぇ……
「キョーやん、大丈夫?」
「ちょっと無理……骨は折れてないだろうが……筋繊維がヤバい……」
しかし包囲網から抜けた代償にオレの右腕は結構なダメージを負って、バイクのハンドルすら握れない具合で、理子が少し乗り出して右のハンドルを持ってくれるが、この状態で運転は危なすぎる。
「えっ? はっ!? なにそれ!?」
その状態でとりあえず直進していたら、急にインカムからのジャンヌの声に反応した理子がアリアをやめて素でリアクションして、続けてイラッとした感じで脇に停めるように指示するので、路肩にバイクを停めると、バイクから降りた理子はツインテールを解いてガードレールに腰かける。
「なんか外務省がこっちを放置して撤収したってさ」
「はっ? なんだよそれ」
「今ジャンヌがそこを調べて……はぁ……そういうことね……」
おそらくは染めてるのだろうピンク髪はそのままにジャンヌからの追加情報を聞いた理子は、ついに巻いていたサラシを取って顔の特殊メイクも雑に取りツーサイドアップに結い直すと、なんかアリアと理子を足して2で割ったような感じになった。アリア部分はもはやピンク髪しかないがな。
「今ね、本物のアリアが新宿で見つかったからそっちの捕縛に向かったっぽい。あの錢形とかいう合法ロリめ……見た目はガキのくせに……」
「なるほど。その錢形とかいうのはあっちのアリアを追ってていなかったのか」
右腕の調子を確かめながら理子の話に耳を傾けて、だいぶ使い物にならない感じを確信するが、これ以上の逃走が必要なくなったこともわかってちょっと安心。
だが同時にここまでのオレ達の行動が無意味に等しかったことを告げられてガックリもくる。そりゃないわ……
そうなるともうオレ達のやれることもなくなってしまうのだが、理子はそれでは仕事として十分でないと思ったのか、オレの代わりにバイクの運転を買って出て後ろにオレを乗せるのだが、何をする?
「どうするんだ?」
「とりあえず行ってみよっか。んでピンチっぽいならやれそうなことしよっ」
「軽いなぁ……」
「身軽さは理子の長所ですよ」
一応はバイクに股がりつつ素直に問いかければ、理子にもそう深い考えがないっぽくて苦笑するが、オレもこれでお役御免では少々悪いなとは思ってた。
なので理子の行動に賛同し無事な左腕だけを理子の腰に回したが、身長差のせいでしっくりこなくて胸付近にまで寄せると「にゃんっ!」とか声を上げた理子にビックリする。な、なんだよ……
「理子のおっぱい、ちょっと持ち上げてるぅ。キョーやんのエッチぃ」
「ああ、この感触はお前の下乳か。これより下は持ちづらい。我慢しろ」
「ナチュラルにスケベェだね……まぁ理子も今ブラしてないからちょっと楽なんですけど……」
何この会話……
左腕に柔らかい感触が乗ってるのは気にしないことにしてたが、本人に言われたらスルーも出来ないのでとぼけておきつつ、サラシを巻いてたからだろうが現在ノーブラの理子だと思うと無駄に緊張する。言わなきゃいいことをサラッと言いおってからに……
だからといって左腕を解くと手放しでバイクに乗ることになるので、理子が恥ずかしがろうが喜ぼうが気にせずにそのまま出発させ、見つかったからには逃げてるだろうアリアとキンジをフォローするために動き出す。
役に立てるかは知らないけどな……