楽しい楽しいロンドン観光がハワード王子とサイオンの登場によって台無しにされたアビー・ロードで、キンジを庇うように抱きついたリサに威嚇射撃をしたサイオンに対して、オレの後ろに控えさせていたメヌエットが不機嫌な態度で口を開く。
「威嚇射撃とはいえ、英国紳士が女性に撃つとは、手加減なさいな」
「メヌエット・ホームズ女史。拳銃の使用は私の場合むしろ手加減だ。それとも、手加減しない方が
メヌエットの苦言にも表情を変えずに言葉を返したサイオンは、おそらくその言葉通りに拳銃など攻撃手段の1つ程度で、その中でも最弱なのだろう。
もはや人という皮を被った化け物に見えてしまうサイオンにどうしたものかと動向をうかがっていると、サイオンがリサに何かを投げつけたところでキンジが入れ替わってそれを腕で受け止める。
投げつけた何かは1メートル程度のチェーンで繋がった手錠で、キンジの左手首に片方が繋がれ、もう片方は拳銃を仕舞ったサイオンの右手首に繋がれる。
その様はチェーン・デスマッチだな。
武偵高でも一時期だけやる奴がいたが、逃げられないという特性上、今回の決闘に持ち出されたのは厄介かもしれん。
いつの間にかHSSになっていたキンジではあったが、そのキンジでも今回は相手が悪いと思い、本当にどうしたものかと思考し始めたところで、後ろに控えていたメヌエットがオレの手の平に触れてアルファベットを描いて言葉を伝えてくる。
それによると『
しかしここで不自然にメヌエットを見ては、サイオンやハワード王子に勘づかれる可能性があるので、自分に出来ることを状況を見ながら必死で考える。
この決闘にあからさまな横槍を入れるのはまず得策ではない。だからといって説得が出来るならメヌエットが動くし、そう出来ないのはハワード王子が持ち出した決闘だからだ。
となればオレが出来るのは……
「ああ、そういえばサイオン。そのネクタイの柄だけど、よく見ると――」
何をどうしても無敵くさいサイオンに隙が出来てくれなきゃ何もできない。
そう思いつつあるかもしれない瞬間に備えたところで、タイミングよくキンジがサイオンとの決闘前の会話から、ほぼノーモーションでいきなり顔面に拳を叩き込んで、まともに受けたっぽいサイオンの頭が後ろに振れ、ハワード王子も情けない声を上げてサイオンを注視。
チェーン・デスマッチは逃げられない性質上、先手必勝で相手の体勢を崩してそのまま倒し切ることも可能。
だがそんな定石が通用するなら00セクションなどなれるはずもなく、鼻血を出してちょっと仰け反った程度で踏み留まったサイオンは、ここに現れた時に使っただろう不思議な接近法で易々とキンジとの間合いを詰めると、お返しとばかりに同じような威力のパンチを繰り出してキンジを昏倒させる。
そこからはサイオンの重そうなワンツーが面白いようにキンジへと突き刺さり、どうにか反撃しようとしてはいるが、キンジに余裕は全くないままダメージだけが蓄積していく。
やっぱりこうなったか。
この調子だとサイオンの拳だけで死ぬかもしれないキンジを見ながら、オレは心の中でカウントをやめない。
……3……2……1……
「チェックメイトだ、遠山」
……0!
そんなオレのカウントの一瞬前にグロッキー状態のキンジにとどめを刺そうとしたサイオンだったが、その拳が振るわれる前にほぼ真上から何かが落ちてきて爆発。
真っ白な煙を発生させて周囲の視界をほぼ奪い取り、すぐにスーツを半分脱いで扇ぎ白煙を振り払ったサイオンの即応力はさすがだが、白煙が晴れた時には2人を繋いでいたチェーンが断ち切られてその役割を完全に失っていた。
「…………この場合、お前達の間ではどうするんだ?」
「…………チェーン・デスマッチ中のアクシデントは……仕切り直しってとこだな……」
「殿下。『何者か』はわかりませんが、水を刺されてしまいました。このまま決着にしてもよろしいですか?」
「うむ。無粋な輩もおったものだ。よい。決闘はまたの機会にしようぞ。ああ、つまらぬ」
「御意に」
断ち切られたチェーンをぶらつかせながら興が削がれたような態度のサイオンは、同じく横槍で盛り下げられたハワード王子の指示で決闘を中止。
撤収していくハワード王子に続いてサイオンも自分と倒れるキンジの手錠を外して立ち去ろうとするが、その時にハワード王子が車に乗ったことを確認して、メヌエットを守る位置にいたオレに視線を向けてくる。
「一応は感謝しよう、猿飛京夜」
「……何のことやら」
何に対しての感謝なのかはさっぱりだが、サイオンにとってもこの決闘は進んでやりたくなかったことなのは今の言葉でわかる。
そしてそれだけ言ってクールに立ち去ったサイオンとハワード王子は、なんかまた来そうな感じはあるものの、とりあえず今の窮地は脱したのでオレも警戒を解いて、キンジに駆け寄ったリサを見ながらワトソンを背負ってやる。
「凄いですね京夜。あなたの本気の動きを初めて見ましたが、お姉様にも負けない俊敏性でしたよ」
「そりゃどうも」
場が収まってから、何故かテンションが高めのメヌエットは決闘をうやむやにしたオレの功績を誉めてくれるが、そうやってお願いを聞いたことまでうやむやにしそうな勢いで話を終わらせてキンジに近寄ろうとする。
「おーい、お願いを聞いたんだが?」
「あら、私も京夜のお願いを聞いて差し上げたのですから、これでおあいこ、ということにはなりませんか?」
「んー、どうだったか。記憶力ではメヌの方が良いしな。今回はそういうことにしとくか」
確かにオレはメヌエットに2つほどお願いした気がするし、1つは誕生日のおもてなしでチャラにしたとしても、もう1つは宙ぶらりんだったかも。
そうした心当たりがあった時点でメヌエットへの要求は通らなくなったので、仕方ないかとメヌエットを見送り、いつまでもアビー・ロードにいるわけにもいかないので、1度みんなでメヌエットの家に戻るのだった。
メヌエットの家に戻る最中にワトソンが目を覚まし、サイオンに対して怒り心頭だったのか、すぐにその素性をリバティー・メイソンの力で調べさせ、家に着いてキンジがリサの治療を受けてる最中にもうメールでプロフィールが届いた。
同じ英国人ってことで調べやすかったこともあるのだろうが、執念が凄い。女を怒らせると怖いのはどこの国も同じだな。
「痛快でしたわ、キンジ。私、殴り合う男性同士を生で初めて見たのです。現代の武士と騎士。とても面白かったですわ。今夜は興奮して眠れなそうなほどです」
皆がサイオンに対して思うところがある中で、メヌエットだけはマイペースにさっきの決闘の余韻に浸っていて苦笑しつつ、ワトソンの頭に包帯を巻いてやる。
そんなメヌエットに見物料を取ろうとツッコむキンジだったが、上手く躱されて舌打ち。
「というかだな、あの状況でよく煙幕なんて出せたな」
「お前は目の前のサイオンに集中してたから気づかなかっただけだろ」
「私からは丸見えでしたからね」
「メヌをブラインドに使ったんですぅ」
これ以上は粘っても無駄と判断したキンジは、次にあの決闘をうやむやにするきっかけを作ったオレに話題を変えてくる。
あの時の煙玉は確かにオレが投げた……いや、蹴り上げたものだが、ハワード王子はともかく、あの隙のないサイオンの目を盗んでそんなことはできない。
だがキンジが最初の一撃でサイオンを仰け反らせた時、一瞬ではあるがサイオンの視界は潰れていて、その一瞬で腰の後ろから落とした煙玉を足の裏で受け止めて高く蹴り上げたわけだ。
それが落ちるまでにキンジが倒されたのは想定外だったが、無事に着弾し煙幕を張れた瞬間に2人に接近し単分子振動刀でチェーンを寸断。素早く元の位置に戻ってメヌエットを煙幕から守るような素振りで構えてみせた。
だから角度によってはオレの行動は完全に丸見えだったりで酷くお粗末な内容なのだが、あの場はハワード王子とサイオンの目さえどうにかすれば良かったからそれでも結果オーライ。キンジも上手く口裏を合わせて仕切り直しになるようにしたしな。
まぁ、サイオンには見抜かれてたっぽいが、その辺を『不明なままにした』のはこっちも感謝だ。
「ああ、そういやサイオンが感謝するとか言ってたが、真意がわからなかったな」
「あれは……フェアな戦いじゃなかったからだ。俺達には武偵法9条ってハンデがあって、向こうにはマーダー・ライセンス。殺しもオッケーな部分があったから手加減してたんだと。だから次があったら殺すって言われた」
「お互いに遠慮なしでやれる戦いじゃなかったからうやむやになって良かった、と。何それ。サイオンって全力のぶつかり合いが好みなの?」
「そうじゃないと思うぞ。こっちが殺す気がないのに、自分が最初から殺すつもりで行くのが癪だったんだろ。今日のは実力の差を見せつけた上での警告だ」
そこでふとサイオンの言葉を思い出して、小声で会話らしきことをしていたキンジにどういう意味かを問うと、意外にも人間味のある感情を持つサイオンにちょっと好感を持ちかける。
しかしサイオンはリバティー・メイソンが調べた資料によれば、爆破テロによって両親を亡くした孤児で、才能を見抜いたMI6が戦闘のプロを育てる養成機関に入れ、12年間まともな休みを与えずに育てたイギリスのために戦う戦闘マシーンだとある。
「アイツは人間じゃない。殺人マシーンだ。トオヤマ――悔しくてもサイオンと戦っちゃダメだぞ。MI6――あの悪の組織には、ボクらが苦情を入れておくから」
それを意識させるように包帯を巻き終えたワトソンがキツい言葉でキンジに釘を刺すので、オレも敵とは違うがそれに近い位置でサイオンを固定する。
どうあれ、イギリスの命には冷静に、冷酷に仕事を遂行する殺人もありの仕事人だ。こっちから仕掛けて良いことなど1つもない。
そういった意識が全体に浸透したところで、ダメ押しするようにメヌエットが割り込んでキンジではサイオンに勝てないと断言し、再戦しても負け、アリアもハワード王子のものとなり、自分も王族の一員になれると嬉々として話す。
さらにアリアのものでなくなるキンジも自分のものになると変な理屈まで持ち出すが、キンジは拒否。
それに対して珍しく駄々をこねるメヌエットが可愛かったが、得意の話術でそうなる展開のメリットまで話し始めたらそれっぽく聞こえて困る。
「メヌ、キンジは理屈でどうこう言ってるわけじゃない。本人の意思ってやつを尊重してる。だから貴族だ王族だは今さら言うだけ無駄で……」
なので場の空気がメヌエットに支配される前に割り込んで、あくまでキンジの意見の代弁としてメヌエットに進言するが、途中でタイミング悪く家の電話が鳴り、サシェが出たそれにメヌエットが出る。
「……はい。はい。ええ。お姉様。キンジはそれはそれはメヌエットによくして下さっておりますの。特に夜、お風呂上がりなどにも可愛がってくださるのです。はい? いいえ。同じ部屋で寝ておりますよ」
わざわざメヌエットに替わったからにはそれなりの人物だとは思ったが、どうやら電話の相手はアリアのようだ。
が、アリアを挑発するような言葉の色々がどの辺が嘘か本当かわからないもんだから、オレとワトソンはジト目でキンジを見てやる。
一応、ここ数日はキンジとリサがメヌエットの家で寝泊まりしてるのは事実なので、メヌエットから替わるように言われて受話器を取りに行ったキンジは顔を真っ青にしていた。何を言っても無駄かもしれんな。南無三。
「で、どこまでが事実なわけ?」
「フフッ。私がキンジと仲良くしてるのは気分が良くありませんか? 京夜は意外とやきもちを妬くのですね」
「別にメヌが誰と何しようといいんだが、事実を知らなきゃキンジを弄れないだろ?」
「まあ。京夜もいい性格をしてますのね」
「そりゃ、いい性格をしてるメヌの数少ない友達ですから」
受話器越しのアリアに怒鳴られてるっぽいキンジを見ながら、戻ってきたメヌエットと小声でそんな会話をして、互いにおもちゃ扱いのキンジを見てクスリとする。
そんなことは露知らずにアリアと会話していたキンジだったのだが、なんか急にオレを見て受話器を渡そうとするので、何かオレも怒鳴られることしたっけと思いつつ受話器を受け取る。こ、怖い……
「お、おーっすアリアぁ」
『ん? 何で恐々とした声なのよ。あたしがそんなに怖いってこと?』
「いえそんな滅相もない。んで、オレになんか用?」
『別に用ってほどじゃないわ。バカキンジがサイオンとやり合った時に京夜が助けたって聞いたから、そのお礼を言おうと思ったの。ありがとね、京夜』
とにかくまずは怒らせないように腰を低くして通話に応じたが、キンジの時とは違っていつも通りなアリアは、キンジから聞いたのかサイオンとの一件でオレが助け船を出したことに感謝してくる。
メヌエットからお願いされたこともあったのでアリアからも感謝されると過剰にも思えるが、そうとは知らないアリアからの感謝なら素直に受け取っておく。
『それからバカキンジにも言ったけど、今はあたしに関わると危ないから、しばらくは大人しくしてて。京夜ならメヌもバカキンジも上手く抑え込めるでしょ』
「無茶言うなよ。どっちか1人ならやってやらんこともないが、2人とかオレが2人いないと抑え込める気がしない」
『じゃああれよ。ジャパニーズマジックのほら、分身の術? それを使いなさい。京夜は忍者なんでしょ?』
「それが出来たら今までの事がどれだけ楽に済んだか……」
それでこっちが本題だったとばかりに、サイオンが出てきたことから、自分をどうこうしようとするのは控えて大人しくしていてほしいという釘を刺しに来た。
が、その釘はオレにではなくて現在進行形でどうにかしようとしてるキンジと咎めようともしないメヌエットに刺したもの。
なのでオレはその物理的な釘になれってことなんだろうが、冗談なのか本気なのか分身の術を持ち出すアリアに困惑。過去にも分身の術なんて使えた人間はいないだろうよ。
『とにかく、次にサイオンを出されたら命はないんだから、バカキンジをその辺でうろつかせたりしないで。それじゃあね』
言うだけ言って一方的に電話を切ったアリアに何も言葉を返せず、仕方なく受話器を戻すが、この感じは行動力の塊のアリアだとなんとなく考えがわかるな。
オレ達に行動制限をするからには、アリア自身で事の解決に動く可能性はかなり高い。しかも割とリスクを無視した強行策もあり得る。
メヌエットの推理力はあっても自身の行動力のなさはある意味で安心できるが、根拠や理屈もちゃんとなく勘で動けるアリアは怖いほど心配。
「…………さて、どうしたもんかね」
それでもアリアが言うことの危惧はわかるし、デリケートな問題なのもわかる。それにオレも今後の立ち回りは慎重にならざるを得ない。
だからオレに出来ることの方が限られてる中で、明確にやってほしいことを言ってきたアリアは直感が冴えている。オレの中でもそれが波風を立てないベストな選択だからな。
なんだか状況が複雑になってきたが、キンジもメヌエットから色金の情報を聞き出す交渉は続いているし、ハワード王子とてそんな連日でサイオンを引っ張り出せるほどのわがままは通らないと思うので、今日のところはキンジとメヌエットに外出は控えるように言って解散の流れにして、ワトソンの車で帰宅していった。
翌朝。
今日はあの2人をどうにかして家に縛りつけなきゃなとあれこれ考えながらの朝食にしていると、なんかキンジからメールが届き何気なく読む。
だがメールの内容がなんかキンジっぽくない上品さが漂うので不思議に思うと、送ったのはどうやら携帯を借りたメヌエットのようだ。
だったらパソコンから送ればいいだろと少し思ったものの、そうしなきゃならない理由がメールにあったのでツッコミはなしで急いで朝食を終えて出かける準備。
「昨日の今日で動きが早すぎるんだが……」
メールによると今朝方、バッキンガム宮殿の方からアリアが行き先や期間も言わずに『休暇』を取ったと一報あり、妹のメヌエットのところに見かけたら教えてほしいとのことらしい。
さらにそれを受けてすぐにお忍びでハワード王子がやって来て、アリアの腰巾着をしていた間宮のファインプレーでアリアの居場所を突き止めた向こうは、あれよあれよとアリア捜索に乗り出して今はその準備中とか。
何の準備かは書かれてなかったが、アリアがどういった理由でいなくなったかは簡潔に書いてあって、何やら鬼とセーラがロンドンにいてそっちとコンタクトを取ったとある。
ざっくりしすぎだが、これだけで察するだろうというメヌエットの信頼を裏切らないため、オレも働き始めた頭で思考。
アリアが自分から鬼達とコンタクトを取ったなら、十中八九で緋緋神問題。
最後の殻金を持つハビから殻金を奪取して緋緋色金の制御を元に戻そうとしてると考えて妥当だろうな。
緋緋神の入れ物になってる自分は殺される心配がないからというちょっとした安全性は確保されてはいるが、鬼の拠点がどこにあって、どれほどの戦力が待ち構えているかもわからない場所に連れていかれる危険性はそれを遥かに上回る。
誰が見ても無謀なその策が成功などしようはずがないので、アリアが連れていかれる前に阻止しなきゃならない。
そんなわけで朝も早いが出撃してアパートを出ると、タイミング良く同じような連絡を受けたワトソンがポルシェを走らせて迎えに来てくれて、状況を把握してることもあって助手席に少々乱暴に飛び乗ったオレに悪態もつかずに再び走らせてくれる。
「朝は正直、通勤時間と被るから車はミスチョイスなんだけど」
「足が必要になるかもしれんしポジティブにだ。それよりこの季節にオープンカーはやっぱり厳しいぞ」
「文句を言うなサルトビ。君も男だろ」
しかしすでに朝の通勤時間に苦戦したのか、ちょっとイライラしてるワトソンの運転は荒く、落ち着かせるようなことを言いつつも、こんな寒い時間にもオープンカーを走らせてきたワトソンに文句を言うと、それで気が紛れたのか運転も落ち着きを取り戻してくれた。
さて、相手は鬼とセーラか。
こちとら並の武偵で吹けば飛びそうな存在ではあるが、今回ばかりは弱音は言ってられない。
何故ならメールには最後の一文にメヌエットからのメッセージが添えられていたからな。
『お姉様を取り戻してください』
唯一の友達の『お願い』だし、聞いてやるのはやぶさかではないが、相手が相手だしな。ちゃんと『見返り』は求めさせてもらうぞ、メヌ。