どうにか陽陰の差し向けた自分の強化コピーを撃破して空洞地帯に戻ってきたが、同じ状況にされた羽鳥も趙煬も大した負傷もなく一足早く戻ってきていたことに少々の衝撃を受ける。
言葉から察するに羽鳥は自分を倒したというよりも式神という存在の隙を突いた科学的な戦術で倒したようで、持ってきていたトランクの中の物が役に立ったんだろうな。
対して趙煬はもはや超人。強化コピーだろうがなんだろうが、自分の弱点も知るから意図的にそれを狙ってほぼ一方的に倒したようだ。子供騙しとか言ってたしな。
「陽陰はまだ戻ってないのか」
「たぶんね。だが『それでいい』」
「今はセーラに任せてある」
「さっさと終わらせるぞ」
オレはボロボロだが、とにかく今はこの場から意識を手放して、オレ達に協力してくれたメヌエットのいるロンドンに式神を飛ばしていった陽陰を逮捕してしまうことに集中。
そして陽陰が何やら印を結んだまま微動だにしないのを確認したため、羽鳥もジャンヌも割と遠慮なく言ってくれるが、それが油断じゃないことを祈るよ。
陽陰は動いていないが、現在進行形でそれを守る見えない式神は、依然として大量の水の球を頭上に掲げてオレ達を迎撃するような雰囲気を出し続けている。
「ジャンヌ、疲れが見えるがやれるのか?」
「ふぅ……問題ない。少し集中するから、奴に決定的な隙を作り出してくれ」
最初の方もそうだったが、オレ達の頭数が揃うと式神は攻撃の頻度が減ってくれて、さらに今は動かない陽陰の護衛が最優先にされてるおかげで式神から仕掛けてくる様子がない。
視覚的に動きを捉えにくいのはあるが、それでも嵐のような攻撃が来ないのは楽なので、今のうちに式神を撃破しにかかろうとジャンヌの調子を確かめてから、手元の時計をチラリと見やるが、深夜0時30分になろうとしてる。
これなら丑の刻までにはなんとかなりそうだと考えてから、その油断を頭からすぐに振り払って式神の撃破に集中。
「担当を明確にしようか。セーラは陽陰を執拗に狙ってくれたまえ。私は見えてる右腕をどうにかする。神龍、君は強いから左腕と尻尾だ」
『わかった』
「削ぎ落とすのが良さそうだな」
「おい、オレは」
「君は『コソコソ』していたまえ。邪魔だから」
「あっそ」
それも難関なのでこの場の全員が協力して撃破に乗り出し、羽鳥が手早く担当を割り当てたが、オレだけなんか雑で笑えない。
具体的な指示をオレにしないのは今に始まったことではないが、それを今回でもやってくる辺りはいつもの羽鳥で安心できる反面、もう少し優しくてもいいだろと思う。
まぁ今ので羽鳥の言わんとしてることを理解しちゃってるオレもオレだが、頼られてるんだか頼られてないんだか微妙な役割に苦笑しつつ、キツい接近戦を担ってくれた羽鳥と趙煬の実力を信用する。
「じゃあやろうか。3分以内で頼むよ、諸君」
「ミスのフォローはしてやれんぞ」
『自業自得』
「仲良くやれや」
そしてあくまで協力関係であることを主張したようなやり取りを最後に全員がほぼ同時に行動開始。
まず羽鳥はトランクからいつも使ってるのとは別の拳銃を2丁取り出して、空の弾倉に次々と銃弾を装填していく。
その間に趙煬は式神の間合いに飛び込んで見えない左腕と尻尾の攻撃を長槍で弾き引き出させる。
そんな攻防の隙間にセーラが風を操って四方から矢で陽陰を狙って狙撃し、これに水の球体を崩して龍のようなものを作って周囲を渦で覆うように動かした式神は、それで矢を防御して趙煬との攻防戦を続ける。
「願ったり叶ったりだ」
式神はどうやら逃げ道を失った趙煬を先に片付けるために水の壁を展開したようだが、あれのおかげで外側の方の警戒が薄くなったのは確実。
そのチャンスを見逃すはずもないジャンヌは、静かに瞑想していた段階から砲弾のように前へと飛び出して、その手に持つデュランダルに恐ろしいまでの冷気を纏わせる。
「――
そこから放たれたジャンヌの最大火力の氷の超能力は、とぐろを巻いていた水の龍に突き刺さるや否やパキパキパキパキーン!
5秒とかからずにその全てを氷結させて動きが止まり、それで制御を失った今や氷の龍は重力に逆らえずにドズンッ! と地面に落ちて沈黙。
それと同時に全ての力を使い果たしたのか、気絶するように倒れたジャンヌを慌てて抱き止めて、近くの木の側に下ろしてやる。
「すまない……私はここから戦力になれない……あとは頼む」
「これだけのファインプレーされて失敗できるかよ。あとはオレ達に任せとけ」
意識を手放す一歩手前で踏み留まってる感じのジャンヌは、リーダーとして戦闘を最後まで見届ける役目を完遂しようとしてくれて、そんな風になるまでの援護を受けたオレも頑張らないわけにはいかない。
「さて、炙り出しの時間だ」
操る水を失った式神は趙煬との戦闘を継続していたが、氷の隙間から逃げるように後退した趙煬に対して、もはや氷の檻に入れられたに等しい式神は追撃ができずに足踏み。
その檻の外からやたらと楽しそうな羽鳥が装填を終えた拳銃の1つを式神のいる檻に向けて発砲。
銃弾は氷の隙間を縫って式神はそれを防御するが、着弾した銃弾はそこで弾けて物凄い蛍光オレンジの液体を式神の防御した腕に付けてその姿を露にする。
「ハハハッ! 見えないなんて意味を成さないなぁ!」
その後も笑いながら檻の中の式神に次々とペイント弾を撃ち込んだ羽鳥が、その全弾を撃ち尽くす頃には、式神の体の要所はペイント弾によってくっきりとその輪郭を露にして、とどめとばかりに手投げのペイント玉を式神の頭上に投げ入れて落ちる前にいつもの拳銃で撃ち抜いて炸裂させ、式神の頭部に降りかかった。
そうして70%ほどが見えた式神の姿をようやくじっくり見ることができたので、未だ氷の檻で陽陰を守るその姿を把握しにかかる。
大きさは目測通り推定3メートル。筋骨隆々のマッチョみたいな体格だが、人間と比べるのはバカらしいくらい線は太く、どちらかと言えばゴリラに近い。
やや前傾気味の丸まった背が霊長類っぽいが、顔は獅子の類い。たてがみまでありやがって威圧的。
後ろから伸びる尻尾も自由自在のようでかなりしなやかな動きでゆらりゆらりと揺れている。
それら全てが元は真っ黒だったのだろうが、今は羽鳥のペイント弾で台無しにされて心なしか式神も怒り心頭のように見えなくもない。
「これでやりやすくなったね。神龍、打ち合ってみてどうだったんだい?」
「この槍では切断できそうにない。サイズ的にもあれの小刀は心許ない」
水を封じて遠距離攻撃の来ない間に、直接ぶつかった趙煬がさっきまで相手をしていた強化コピーのように4分割以上にして倒す手段が通用しなさそうなことを言い、オレの単分子振動刀も切断力は十分でも式神のサイズには両断するまでに至らないと冷静に分析。実際に無理だよな、このサイズじゃ……
そうなると式神を倒すという手段が具体的に浮かばないし、もたもたして陽陰が戻ってきたら状況が悪化しかねないので、倒せないなら大元を断ってしまおうと満場一致。
「難易度は今なら高くないよ。お膳立てはするから手早く頼む」
「猿なら余裕だろ」
『さーるさーる』
「セーラのはなんか悪ノリに聞こえるんだがな」
要は式神を操ってる陽陰を取っ捕まえて式神も止めちゃおうってことだが、この場にいないからとセーラが調子に乗ったので、終わったらほっぺをびろーんってしてやる。
しかしオレ達のその動きに本能的に何かを察した式神は、力技で氷を砕いて檻を破壊し自由になると、その氷の破片をオレ達にアホみたいな速度で投げ飛ばしてくる。
当たれば即死だろうそれを全力で回避したものの、すぐに死の予感が座り込むジャンヌを見て発動し体が反射的に動く。
式神から破片が投げられる前に動いたオレの体が驚異的だが、動けずにいたジャンヌを最短距離で拾ってギリギリで投げられた破片から回避させることに成功。
そこからも足下にある破片がなくなるまで破壊的な投擲が続き、周りの木がいくつか折れたり地面が抉れたりと荒らされまくり。ゴリラだなもう。
「京夜……すまない。余計な体力を使わせた」
「……女を抱いて走るのはご褒美だ」
「私の真似事はやめたまえ」
地形を変えかねない破壊的な攻撃も投げるものがなくなってようやく終息し、その間ずっとジャンヌをお姫様だっこしたままだったオレはかなりぜーぜーな息遣いになっていたが、申し訳なさそうなジャンヌを見ると強がるしかない。
そのジャンヌを今度は木の裏に下ろして再び空洞地帯に戻ったら、近くでツッコんでた羽鳥もすでに趙煬と連携して式神を攪乱していて、セーラの矢も的確に陽陰を狙って動きを阻害していた。
「ワンチャンスだ! 逃したら承知しない!」
「お前はやる前に何をするか言え」
「趙煬に同意」
その動きの中でペイント弾を装填していたのとは別の拳銃を取り出した羽鳥が何か仕掛けるようなことを言うので、オレも常に式神の背後に回る動きをしながら、具体的なことを言わないのでちょっと集中力を高める。これが狙いなんだろうがな。
そうして羽鳥の行動に注意しながら徐々に式神との距離を詰めていくと、ついに羽鳥が持っていた拳銃を構えて発砲。
ちょうど趙煬が式神の拳を槍ではいなして地面に撃ち込ませたところを横から狙った形だが、銃弾はいとも簡単に尻尾に弾かれてしまう。
が、銃弾を弾いた尻尾は途端に溶けるように崩れて半ばからぼとりと腐って落ちる。
その間にも羽鳥は走りながら式神の正面に回って2発撃ち込み、それを両腕で弾いたものの、またも当たった箇所から溶けるように腕が落ちる。
式神は所詮は紙。とかなんとか言ってたから、紙を溶かす成分でもある銃弾を撃ったのだろうが、爆発も起こさずに部位破壊できるのかよ。新発見だな。
しかし式神は部位破壊されてもすぐに再生してしまうので、羽鳥が言うワンチャンスというのはその再生までの時間を指しているとわかり、両腕と尻尾の半分を失った式神に一気に接近。
趙煬が押さえてくれてる横を抜けて懐へと入り、ついに動かぬ陽陰に手が届くところまで来て、対超能力者の銀の手錠をかけようとした正にその瞬間。
『……来た!』
インカムからセーラの興奮したような、危険を告げるような声が割り込んできて、そちらに一瞬だけ意識を向けてしまって、すぐに陽陰に意識を戻したが、その一瞬で陽陰はどうやらその意識をこちらに戻してきたようで、手錠を持つオレの手の手首を掴んで力任せにぶん投げられる。
その力が尋常じゃなく強くて、羽鳥のいる場所までノーバウンドで吹き飛んだオレは、なんとか受け身を取りつつ着地するが、その間に再生を終わらせた式神に後退させられた趙煬が離れた位置で構える。
「お前ら、ガキだガキだと言ってはいたが、こればかりは俺の怒りを買ったぞ」
戻ってきた陽陰はこちらの状況などいま知ったようなものなのに、ずいぶんとご立腹のようでその顔にも笑顔はない。
「まさか香港でのあれをまたやられるとは思ってなかったが、ここまで俺に喧嘩を売った人間は初めてだ」
「なんだ。もしかして向こうで失敗したのか?」
「とぼけたことを。全てお前らの策略だろう。俺がお前らを見下していることまで加味して仕掛けられた、危険を承知の罠」
そう話す陽陰が何を言ってるのか。そして意識を飛ばしてる向こうで何があったのかを聞くまでもなく理解しているオレ達は、そこでようやくメヌエットの作戦が成功したことに笑顔を見せる。
この作戦が始まる前、ロンドンでメヌエットから助言を引き出していたオレ達は、陽陰をどのレベルまで嵌めるかを深いところまで話したのだが、羽鳥から朗報が入ったから考えついたのが、いま陽陰が腹を立てている内容。
メヌエットは今回の作戦で自分が過去に幸姉に助言して天地式神の仕組みを推理しその対処法を教えたことから、今回で自分の存在が怪しまれることまで推理していたのだ。
そうなれば陽陰は遅かれ早かれ。メヌエットの推理ではオレ達との戦闘中にでも襲撃してくるだろうと推理し、そこに罠を張った。
メヌエットは自分の身の危険があることはほぼしない、高みの見物を決め込むところがあり、陽陰もそれを知ってるから襲撃に躊躇はしないだろうことまで推理して、自分の身の危険を省みずに作戦に加えてくれたのが効いたはず。
もちろん、襲撃されればメヌエットなんて無力に等しい武力しかないので、襲われた時点で終了だ。
だが襲撃されるとわかってて何もしないなんてのはそれこそ愚行。ちゃんと対策を『2つ』も用意していた。
「どうにも繋がりの見えない顔ぶれだとは思っていたが、まさか『祝光』と『厄水』まで引っ張り出していたとはな。バチカンと魔女連隊を協力させるなど、歴史を見てもおそらくそうない事案……いや、戦役ではバチカンが裏で動いていたか」
その2つの対策に見事に嵌まった陽陰の言う通り、オレ達はメーヤさん達バチカンとカツェ率いる魔女連隊をある場所に配置していた。
1つは襲撃されるメヌエットのところに。そしてもう1つは欧州のほぼ全土をカバーしていただろう陽陰の天地式神の術式の近く。
メヌエットのところにはメーヤさん達についてもらって、カツェ達には天地式神の破壊を担当してもらい、こちらで陽陰が動いた段階でメーヤさんとカツェに連絡を入れ、カツェのところで式神が出現したのを確認してからメーヤさんのところに辿り着いたタイミングでカツェが術式を破壊。あとは香港で幸姉が仕掛けた作戦と同じというわけだ。
先ほどのセーラの報告はその作戦が成功したことを告げる合図だったのだが、それは同時に陽陰がこちらに戻ってくることを知らせる危険信号でもあったということ。
これが出来たのはオレがこの作戦を提案する前に羽鳥達が欧州で陽陰の天地式神の術式を探していたことが大きい。
偶然ではあったものの、その捜索がギリギリのタイミングで間に合って術式の破壊までこぎ着けることができた。
術式はリヒテンシュタインというスイスとオーストリアに囲まれた小さな国の土地にあったらしく、香港で超能力ジャックを食らった腹いせにとカツェが破壊を担当してくれたが、私怨って怖い。
バチカンも陽陰の逮捕は世界平和に繋がると快く承諾してくれたが、組織改革は進んでるか微妙だ。
「俺の生涯でここまで追い詰めたのはお前らが初めてだが、ここで俺を捕らえられなければ、これまでの策もただのお遊び。それがわからんわけではないだろう」
「そうならないようにするまでだろうが」
「愚問だね」
「日本語をやめろ」
要約するとここまでの作戦で欧州で陽陰の手と目が伸びるのを阻止したのと、当面のメヌエットの安全を確保した――陽陰を逮捕しても何があるかわからないし、完全にではないが――わけだが、陽陰の逮捕は確実にしておかないと安心はできない。
陽陰が戻ってきたことでその逮捕が難易度を上げるものの、危険を冒して作戦に加わってくれたメヌエットのためにも、協力してくれたバチカンと魔女連隊のためにも失敗は許されない。
作戦では陽陰が戻ってくる前に決着が最良とはされていたが、無理だったならその時の状況で判断して押し通すとなっていたので、ここから先は個人での判断と連携が最重要になる。
言葉にして動くのは簡単だが、それでは陽陰に丸聞こえ。相手に悟らせずに詰めるには言葉なしの連携が求められる。
「ならまずは飃風の魔女から退場願おう」
1つのミスが全員の危険に繋がるとあってやや慎重になったオレ達の意識の隙を突くように、ゆったりした動きで懐から札を取り出した陽陰は、それをサッと横に放り投げ、空中に留まった札に手をかざして印を結ぶ。
すると札が光を放ったと思った瞬間には、もうその光は弾丸のように撃ち出されてどこかへと飛んでいき、数秒としないうちにインカムから『ウッ!』というセーラの悲鳴のようなものが聞こえる。
「超能力者の感知など俺にとって造作もないんだぞ。遠間だからと安心するなよ小娘」
オレの死の予感が何も告げなかったので、今ので即死したということはないだろうが、セーラへの攻撃をいとも容易くやられて面食らうオレ達は、次の札を取り出した陽陰の狙いに気づくのが遅れる。
超能力者の感知が造作もないなら、この近くに休ませているジャンヌが危ない!
そう思って動き出したところで陽陰の無情なる光は横を通りすぎて木の裏にいただろうジャンヌに貫通。
光は直径10センチ程度の穴を木に穿つが、熱量はないのかそこから燃えたりといったことはなくそれに留まる。
「ジャ……」
「余所見をするな!」
冷静にそんなことを考えてる場合じゃない。
死の予感が何も告げなかったのは単に即死攻撃を受けないからではなく、すでにどうすることもできなかったからとも取れるので、姿の見えないジャンヌに駆け寄ろうとしたが、それを制した羽鳥の声で陽陰へと視線を即座に戻す。
その直後に陽陰がオレに向けて光を放ったのがわかり、その理解よりも早く死の回避が発動し倒れるように体が崩れ、光はオレの左肩をわずかに掠めて通過。
おそらくオレの心臓を狙った光は、当たった肩に抉るような痛みを与えてきたので、どうやらドリルのような回転で襲ってきてるらしい。光っててそんなの全くわからないがな……
「やはり貴様は殺そうとしても殺しにくい部類のようだな。ならば避けられないようにしてから、その心臓を抉らせてもらうぞ、小僧」
この間に羽鳥と趙煬も陽陰に攻撃を仕掛けていたのだが、バラバラの攻撃は式神に防御されて陽陰には届かずに終わり、次弾を警戒しながら立ち上がったオレは本気で牙を剥いた最強の陰陽師の力の片鱗に触れて、少々だが体が震えてきてしまった。
……おいおい、怖じ気づくなよオレ。ここで踏ん張れなきゃ男じゃないだろうが!