「やっと出られたわね!」
「もう朝になってるじゃねーか……」
大量の岩の下に生き埋めにされていたキンジ達は、駆けつけたレスキュー隊による夜通しの作業で朝方ようやく救助され、ピンピンしてるアリア。怪我だらけのキンジ。それを心配する白雪と蹴鞠に化けて抱かれる玉藻様とゾロゾロ出てきて途端に騒がしくなる。
白雪には風雪ちゃんや粉雪ちゃんら妹達が泣きついたり、アリアは中で色々と決め事があったのか、携帯を借りて早速どこかへと電話をかけまくって、ボロボロのキンジは羽鳥の診察を受けながら担架で本殿の方に運ばれていった。
「京夜」
バタバタする現場で全員が無事なのを目視で確認したので、オレもやっと落ち着いて朝食でも食べられるかとキンジや白雪達のあとをついていこうとしたら、電話の合間にアリアが話しかけてきてそちらに向き直る。
「何がどうなって緋緋神と和解したかは知らないが、問題が解決して良かったな」
「まぁその問題解決っていうのもこれからになるんだけど、ありがと」
「それが解決したら今度はかなえさんだな」
「そうね。ママの件もあたしがどうにかしてやるから、良い報せを待ってなさい。京夜も京夜でまだやることがあるんでしょ? フローレンスとか趙煬とかセーラまでいるみたいだし、武偵憲章8条よ」
「わかってる。お互いに次に会うのは学園島ってことで」
「ええ。帰ったら理子達も呼んでパーティーでもしましょ」
そうした会話をしてから可愛いウインクで再び電話の方に戻ったアリアに軽く手を振って了承の意を示しておき、もうすぐ到着予定の東京武偵庁からのエージェントを待つために朝食を含めて改めて本殿へと移動。
あれから1度として目覚めない陽陰はかなり気がかりだが、星伽の術も追加して力は封じ込めて、趙煬が寝ずの番をしてるので起きて暴れられる心配はない。
ジャンヌとセーラは星伽神社に着いてからすぐに寝かされて、セーラの方は起きて様子を見に来てくれたが、ジャンヌは本殿に戻った時に起きたらしく、パッキリと折れたデュランダルに四つん這いで涙していた。南無三。
そんな作戦の参加者で揃って朝食を摂ってからすぐ。午前8時頃に武偵庁から来たヘリが星伽神社に到着し、そのヘリに全員が乗って東京へと帰還。
幸姉は星伽の方で手厚い送迎をするとかで優遇されていたが、仕事先から当主に大目玉があったようで、帰るのが億劫になってた。こっちも感謝と同時に南無三。
「東京武偵庁の支部とか初めて入るな」
「警察の紛い物組織だよ。ロンドン武偵局だって似たようなものだ」
「お堅い組織は苦手」
「同感だ」
「俺がそれに共感するわけにはいかんが、わからんでもない」
星伽神社から数時間かけてやって来た東京武偵庁の支部ヘリポートからヘリを降りて移動する最中。
エージェントが先頭を歩いてるのを良いことに小声で聞こえないように失礼なことを言う一同には苦笑いが出る。
武偵庁とも繋がりのあるロンドン武偵局に所属する羽鳥は事前に色々と要求を通していたようで、これから公安のお偉いさんを交えて司法取引のあるオレ達とは別にあれこれと動いていたが、司法取引を済ませた頃に戻ってきてオレ達を揃って連れ出す。
「さて、健闘してくれた君達には少々だが残念な事実を突きつけることになるかもしれないね」
「残念?」
「百聞は一見にしかず。君達の目と耳で理解してくれたまえ」
廊下を歩きながら消沈気味に語った羽鳥の言いたいことがいまいちよくわからなかったが、辿り着いた『取調室』とある部屋に通されて、向こうからは見えない窓ガラス越しに意識を取り戻した陽陰が取り調べを受けてる様子が見える。
『もういいっしょ!? 俺は何にも知らないっての!』
『もう少し待て。もうすぐそれが本当かどうかを判断する手段が到着する』
意識を取り戻した陽陰は超能力者用の手錠はかけられたまま、イライラした様子で椅子に座らされていて、対峙する尋問専門だろう武偵もテーブルを挟んで椅子に座っている。
「意識を取り戻した陽陰……いや『彼』は君達が司法取引をしている間もずっとこちらの質問に知らないの一点張り。そもそも自分が何故ここにいるのかも理解していない様子だったんだ」
「ふむ。それはいくつか可能性が考えられるが……」
「悪いがおそらくはかなり残念な部類の可能性だ。昨夜の段階でこちらには相手の記憶を読み取る超偵と念写の出来る武偵を召集してもらっていたが、到着が遅れていてね。その両名が引き出した情報で確定できるはず」
取調室の変な雰囲気はすぐにわかったが、羽鳥の説明でその理由については大雑把に理解。
どうやら意識の戻った陽陰。いや、陽陰『かもしれない』男の身元やらがハッキリしなく、超偵の到着待ちだということだ。マジかぁ……
「一応、彼が言う名前と仕事先から身元の方はもうすぐ確認が取れるが……っと、来たようだね」
それでも名前やら住所やらから身元の割り出しは進行していたようで、その確認を済ませたエージェントが入ってきて口頭でオレ達に知らせてくれる。
この辺も司法取引の中に含まれるから他言は出来ないが、司法取引する価値があったのかも今や怪しいものだ。
一応の確認によると、男の身元は証言通りのようで、2日前に無断欠勤して仕事先が困っていたらしい。
男もその情報を伝えられて初めて自分が無断欠勤して、意識があった日から2日も経ってる事実に驚愕していた。
その表情の変化を諜報科であるオレや尋問科の羽鳥、エージェントが見た限りでも、男が素人以下の普通の人間であることがうかがえて思わず唸ってしまう。
「2日前から記憶が途切れた男か。これは男の身体検査を入念にやるべきかもしれんな」
「超能力者の見解はそうなるのかい?」
「それしかない。でも慎重にやるべき」
この時点で導き出される予測は、男が本当に土御門陽陰ではなく、ただの普通の社会人で、何らかの手段で『陽陰に意識を乗っ取られていた』可能性がある。
それを何の仕掛けもなくすることなど出来ないはずと語るジャンヌとセーラだが、ここに来る前にオレ達も簡単にではあるが男の所持品などを確認して取り上げているものの、超能力用の札くらいしか怪しい物はなかった。
逆に男の本来持つべき財布やら何やらが一切なかったのがおかしいなとは思っていたが、そちらは自宅に全て置かれていたと報告にあったから、陽陰が邪魔だから置いてきたと予想できる。
そうした推測から、超偵の到着前に男の身体検査をジャンヌとセーラが加わって行われることになり、超能力関係には疎いオレ達は結果報告を待つ。
20分ほどの待機で身体検査は終わり、戻ってきたジャンヌとセーラは何やらちょっと疲れた様子で超能力を使った感じがなんとなくわかる。
そのジャンヌが密封した袋を持っていて、透過しているその中には血のように赤い札に草書体の黒い文字が書かれた物が入っていた。
「まったく……つくづく陽陰が規格外で嫌になる」
「化け物」
「その札は何なんだ?」
「あの男を操るために用いていた、陽陰の魔力が大量に注ぎ込まれていた『だろう』札だ」
「だろう、と言うことは今その札に魔力は……」
「空っぽ。昨夜の戦闘で使い切ったのか、意図的にそうしたのかの2択」
札を指しながらに愚痴をこぼしたジャンヌの説明では、この札が男の体に貼り付けてあったらしく、取り外しにさえ苦労したようなことを雰囲気で語りながら、今はもう札自体に陽陰の力がないことを言うが、その表情からしてそれだけではなさそう。
「なんにせよ、あの男は陽陰ではないことがほぼ証明されたことになるが、これが手がかりになる可能性もある」
「指紋や筆跡、その他の形跡。あとは物に残る思念を読み取れる超偵なら、何かを拾えるかもしれないね」
「だが少々問題もあってな。この札、魔力自体は完全に消失しているのだが、それがトリガーになっていたのか、また厄介なものを纏っている」
「呪術」
それでもここまででわかるのは、捕まえた男が土御門陽陰ではないという残念な事実。
そこには落胆するが、それでもまだ陽陰の手がかりが潰えたわけではないので、その札を調べたら何か掴めるかもと話が進む。
しかしここでも抜かりがない陽陰は魔力が切れたら呪術が残るように細工していたらしく、これがジャンヌとセーラを困らせてるっぽい。
「具体的にはどんな呪術なんだ?」
「あくまで推測でしかないが、札に触れるだけで死に繋がる呪いを受けるだろう。だから私もセーラも感知と取り外しに苦労した。物理的には見えんし、取れなかったからな」
「うっかり男が触れてしまえば呪いで死に、札は亡骸ごと焼却して隠滅。本来ならばそんな感じだったのだろうね。まさに使い捨ての操り人形だ」
「胸くそ悪い話だな」
その呪術というのは先の護衛依頼の時に見たからなんとなくわかるが、あれが物理的に殺すのではなく、死を招き寄せるなら確かに事故死や病死、何でもありで呪いだと疑うことすらなく羽鳥の言う通りになっただろう。
人を人とも思わない陽陰のやり方に苛立ちすら覚えるが、こんな被害者が他にいる可能性まで浮上すると、本物の陽陰が動く必要なんてまずない。まさに雲の上にいるような感じで苛立ちも倍増する。
呪術の解呪はジャンヌとセーラでは出来ないということで、そちらの方の専門も新たに召集した武偵庁の人材の豊富さはさすが組織といったところだが、どうやっても1日はかかるということで札の件はとりあえず保留としておき、先に召集した超偵の方が到着したので、男の記憶を読み取る裏取りが開始される。
もうほぼ100%男は陽陰本人ではないが、こうして操り人形にされたということは、過去に陽陰と接触している可能性もあるので、その辺の記憶が読み取れれば或いはといった感じ。
念写に関しては札になら使う余地がありそうだという話で、こっちは解呪待ちということになる。
「…………まぁそうだわな」
「……あまり表情に出すな。こっちまで鬱になる」
というわけで超偵の調査が入ったわけだが、結果は空振り。
陽陰と接触した記憶は本人の認識のあるなし問わずどこからも読み取れなかったようで、超偵が言うには『日常的な些細なことで陽陰と知らずに接触した可能性がある』とのこと。
要するに記憶を改竄されたとか、対面して会ったとかではなく、街でたまたますれ違って肩がぶつかったとか、そんなレベルの接触だから探りようがないってことらしい。
残す手がかりは呪われた札だけになったが、それも手を出せるのが明日以降になるというから、もうオレ達に出来ることは何もない。
それにこの結果が出るまでは趙煬やセーラも戻らないと言う。
オレもメヌエット達に報告しなきゃならない――司法取引にはメヌエット達も含まれてる――ので、今日のところは武偵庁の控え室やらでお世話になってしまおうとみんなして宿泊。優しいな武偵庁。
実際はそこまで優遇されたわけでもなく、仮眠室でスシ詰めに近い状態で一夜を過ごしたのだが、武偵病院から医者を派遣して割と本格的な治療を無償でしてくれた手前で文句も言えなかった。
それでわかったのだが、オレは肋骨の3本ほどにヒビが入っていたらしく、羽鳥も同じレベルの負傷をしていたようで、割とケロッとしてるオレ達に医者が「痛みに慣れるのは良いことだが、慣れすぎるのは危険だ」と注意されてしまった。
別に慣れてるわけでもないのだが、痛みで怯んでる余裕すら与えてくれなかった相手が悪いんだよなぁ。
オレはそんな感じだったのだが、羽鳥はマジで「こんなの痛みの内に入らない」とか医者に言い出すからドン引きした。
尋問科って尋問への耐性も上げるって聞くが、対拷問耐性も上げるのか……尋問科に入らなくて良かったわ。
といったことがあっての翌日。
医者からは1ヶ月程度は戦闘行動を避けるように言われて、2年生としての武偵活動が実質的に終了したので、今月をどう使おうかなとぼんやりと考えながら、放置していたミズチの整備やらをやり、他のやつらも自由に時間を使って陽陰の件の進展を待つ。
そんなオレ達が仲が良くないみたいに見えるバラバラ具合で過ごしていると、千代田区の霞ヶ関にあるこの武偵庁に所属する武偵が仕事ついでにオレ達に会いに来てくれた。
「どうやら生きて帰っては来れたようだな」
武偵庁に姿を現したのは、オレ達の元に幸姉を送り込んでくれたキンジの兄、金一さんで、何気にカナとして会った回数の方が多いから普通の姿で会うとちょっと戸惑ってしまう。
それでもこの人の行動なしでは今ここにいなかったかもしれないので、そうした戸惑いも面に出さずにまずは感謝の言葉と共に頭を下げておく。
「金一さんが幸姉を動かしてくれなきゃどうなってたかわからなかったです。感謝してます」
「いや、俺も仕事から戻ってパトラから聞いて動いたから、正直な話、間に合わないと思っていたが、幸音はどんなマジックを使ったのか」
「……戦闘機に相乗りしてきました……」
「…………そうか。幸音は仲間にも恵まれていたな」
そうした感謝に対してかなり、えっ? となる事実を言ってくる金一さんに肝を冷やすも、金一さんも幸姉の駆けつけ方には苦笑いを浮かべていた。
それから元イ・ウーの仲間であるジャンヌとセーラとも簡単に挨拶代わりの言葉を交わして、羽鳥と趙煬とも自己紹介を済ませると、話は陽陰の方に向く。
「カツェもそうだったようだが、俺と幸音もイ・ウーに潜伏していた頃は陽陰についても探りを入れていて、実際に幸音は良いところまで接触はできたがそれで終わってしまったからな。今回の君達の行動はかつての俺達を上回る功績を挙げたと言っていいだろう」
「それなんですが、陽陰の方は……」
金一さんもかつて幸姉と陽陰について調べていたらしいことを述べつつ、今回のオレ達の功績を讃えてくれるが、それもぬか喜びで終わってると言おうとした。
しかしそれもわかってると手で制した金一さんは、キンジより優秀なその頭で考えたことをオレ達に伝える。
「確かに陽陰本人を捕らえはできなかったかもしれない。だが幸音がかつて言っていた陽陰の言動の中にこんなのがあったらしい。『どんな強大な力にもリスクはあるし、ノーコストで物事を成そうとしても上手くいくわけがない』。つまり陽陰の力にもまた強大な力の代償は付きまとっているということだ」
「代償……なぁジャンヌ、セーラ。あの札って仮に製作するとしたらどんな代物になる?」
「どんなと言われても、あまりに規格外で予測が難しいぞ」
「私には同等の物は一生かけてもたぶん作れない」
「つまりはそういうことだね。私はあの札がもっと『大量』に製作されていて、もっと多くの人間があれの手駒として控えていると考えていた。昨日はそこに辟易していたが……」
「なるほどな。超能力者がその製作の手間を予測すらできない代物なら、如何にあの男と言えど『大量生産はできていない』可能性がある」
「どうやら明るい展望が見えたようだな。俺はこれから仕事がある。陽陰の今後については武偵庁が世界を動かして対策に乗り出すことになるだろうが、そのきっかけは間違いなく君達の働きによるものだ。誇ってくれ」
金一さんの言葉から1つの明るい可能性が浮上したことで、昨日は鬱になりかけてたオレ達もいくらか持ち直すことができ、そんなオレ達の表情を見て小さく笑った金一さんは、これからのことを話しつつ仕事へと戻ろうと踵を返す。
「ああ、それからキンジについて何か知ってるか? おそらくだがあちらの問題もそろそろ何らかの結果が出てると思うんだが」
「それならもうたぶん9割くらいは解決してるはずですよ。キンジはボロボロで今頃は星伽神社で寝かされてるでしょうけど」
「そうか。遠山の男は死んでも生き返るからな。心配はしていなかったが、無事で良かった」
その別れ際に思い出したようにキンジのことを尋ねてきた金一さんもやはり長男。兄弟の心配くらいはしていたらしく、オレの言葉を聞いてまた小さく笑うと、今度こそ歩いていってしまうのだった。
その後、昼下がりになってようやく札の方の呪いを解除して、その札から新しい情報を引き出したと報せが入り、そちらの結果を聞く。
まぁ聞いてもよくわからないが、呪いってのは純粋に解呪する方法とそっくりそのまま術者に返す方法があるらしく、今回は全力で後者をやって成功し、一時的にではあるが陽陰本人とのリンクが出来たとかで、その超偵の見たものを念写した写真をオレ達が見ることになったわけだ。
「……どこだここ」
「私も草花の専門ではないし特定は難しいよ」
「雪がないのだから季節的には冬ではないのかもな」
しかしその念写した写真はとてもじゃないがオレ達が見て場所を特定できるような情報を持っていなくて、みんなしてにらめっこしてああだこうだ言うしかなく、それには武偵庁のエージェントも悩ましそうだ。
「……今はロンドンって朝方か。なら友達に頼るかね」
「……本当、君にその発想ができて羨ましいよ。私はアポを取るところから始まるだけに腹が立つ」
「ならお前も友達になってやれ。喜ぶかは別として、やってみなきゃ始まるものも始まらないぞ」
そこで手詰まりになる前にオレはこんな時にこそ頼りになる友人、メヌエットに写真から場所の推理をしてもらおうと、まずは家に電話をしてサシェとエンドラに用件を伝えてからメヌエットのパソコンに写真の撮られた時刻も記してメールし、それを当然のように手間いらずでやるオレに羽鳥が愚痴をこぼすが半分くらいはスルーして返信を待つ。
メール送信からものの数分で返ってきたメールには、例によって『小舞曲のステップの如く』から始まる推理が長々と書かれていて、写真の草花の種類と植生地域、日照時間、建物の建築様式など、様々な情報から国。さらには写真の地域まで特定してくれて、そのメールをエージェントに渡して迅速に行動してもらう。
あとはそこにいた日系人をしらみ潰しに探せば或いはといったところだが、こちらからの干渉も知られていると言うし、これで王手とはいかないか。
「あとは組織力に任せるしかないか」
「どうあれ私達が知るべきことを知り、仕事は無事に引き継がれた。ならば私達のやるべきこともここで終了だね」
「うむ。みんなよくやってくれた。報酬の支払いはこれから個別になるが、お手柔らかに頼む」
どうあれ、これでオレ達がやるべきことは終わったので、ようやく重苦しい雰囲気を解いたオレ達は、これからの報酬の交渉に苦笑いを浮かべるのだった。