Bullet153
陽陰との戦いを終えて武偵庁への引き継ぎが完了したので、ようやく部屋に戻ってこれたは良かったが、部屋に入るや否や玄関で小鳥に立ち塞がれて奥に行けない。
なんか「勝負です!」とか言ってるし、よくわからない状況にとりあえず頭を空っぽにして、そんなことを言ってきた小鳥に質問をぶつける。
「あー……勝負って何?」
「私が京夜先輩の戦妹になってからの集大成を見せるための勝負です!」
「ほいっ」
「ぎゃふんっ!」
突拍子もない挑戦状の理由についてを尋ねると、もうすぐ徒友契約が終わってしまうから、要は卒業試験的なことをしたいってことを伝えてきたので、仕方ないなぁとか思いながら額を指で小突いて怯ませ、その隙に片足を持ち上げて引っくり返す。
それに思いっきり尻餅をついた小鳥はスカートまで翻して不様な転倒を披露し、その間に横を抜けてリビングに入る。成長?
「まだこんなので倒されるのに、勝負するのか?」
「いったぁ……そ、そうですよ! 勝負します! 今のは私の望む勝負の形じゃないですから!」
荷物はとりあえずソファーに置きつつ、尻を擦りながらリビングに来た小鳥に呆れつつで質問を返すと、なんか言い訳みたいなことを混ぜてオレへの敵対心を露にする。
でもまぁ、帰ってきてから話を聞く約束もしていたし、それがこのことならスルーするのも悪い気はするな。
「んじゃ、その勝負ってやつはどんな形だよ」
「かくれんぼです」
「…………原点回帰ってやつか?」
「私と京夜先輩が初めましてをした実力テスト。それが今の私の実力を計るにはもってこいだと思ったんです」
武偵が何かを宣言して勝負するというこの上ない違和感はあるものの、後輩からの挑戦状をはたき落とすのはカッコ悪い。
なので小鳥の土俵がどんなものかを尋ねると、なんとオレが小鳥を戦妹にするために行なったかくれんぼをすると言い出すからビックリ。
しかしオレもオレで小鳥がどのくらい成長してくれたのかを見るならそれがいいかなとすぐに考え至ったので、医者に止められてる戦闘行動じゃないし乗り気になってしまう。
「今は15時半か。ルールはどうする? 前と同じか?」
「いえ、それじゃあ私が納得できません。京夜先輩には本気で隠れてもらいます」
「ほう。だが制限時間と捜索エリアくらいは設定しないとオレも『一生隠れてなきゃならない』んだがね」
「では今から30分、京夜先輩には行動する時間をあげますので、
「ヒントはいるか?」
「いりません」
「上等だ」
自分の成長を確かめたいと言う小鳥なりに色々と強気な発言が連発するが、ほぼノーハンデのこの条件だと正直な話、オレでは捜索側はやりたくない。
あまりに厳しいスタートを強いている小鳥にはどうしたものかとちょっと思うところもあったが、その迷いのない目には覚悟のようなものも見えたので、オレも手加減してやる気にはなれず笑みをこぼす。
そして16時から動き出す小鳥から逃げるように男子寮を出たオレは、絶対に見つかってやるもんかという意地を持って行動を開始した。
――さぁて、見せてもらおうか。お前の1年の成果ってやつをな。
――言っちゃったよぉ! 私バカなの? そうだよねバカだよね!?
3月の中旬。この時期からすでに武偵高は進級を確定させた生徒が授業を可能な限り休むプチ春休みに突入していることもあって、平日でも普通に学園島は生徒が闊歩している。
もちろん普通に依頼などで出払う京夜先輩のような人も多いですが、そんなことは今はどうでもよく、私も進級は決まっていたので今日は午後からサボ……重要な案件を片付けるために部屋で待ち伏せ。
今日の昼休みに幸帆さんからジャンヌ先輩が戻ってきたことを聞いて、そこから京夜先輩も数時間後には戻ってくるだろうと聞き、今回の勝負を持ちかけたけど、ハードル上げすぎたぁ!
「どうしよう昴……本気の京夜先輩とか1時間で見つけられる気がしないんだけど……」
私の強気な挑戦にやる気を見せた京夜先輩のあの笑顔は怖かった。
もう絶対に見つかってやるもんかって意気込みすら見えたし、今更ながらそんな弱音を昴に吐いてしまう。
それを聞いた昴も「あれはねぇな」とすでに投げやり気味で、手伝ってくれる気配が薄い。そこは味方してほしかったなぁ……
とはいえ強気に出た手前、今から「やっぱりルール変更します」とは口が裂けても言えないので、もうこれで1時間を頑張るしかない。ヒントなしかぁ……最初の行動すら定まらないや……はははっ。
「でも……卒業しなきゃダメだから」
それでも私はあの人の背中ばかりを見ていい場所にいちゃいけない。
そうした覚悟で挑んだ、戦妹になって最初で最後の本気の勝負。
敵わなくたっていい。届かなくたっていい。あの人にちゃんと見せるんだ。今の私の本気の実力を。
「…………あと、3分」
勝算なんて考えてない、開き直ったかのような精神状態にまでなった私は、そうやって自分を落ち着かせて目をつむり、ゆっくりと目を開けて時計を見て、長針が57分を指しているのを確認し、改めて最初の行動を考え始めた。
――大丈夫。積み重ねてきたものは、絶対に自分を裏切らないから。
よく考えなくてもやっぱり1時間とか短すぎるよなぁ。大丈夫かよ。
小鳥の本気に触発されて行動を始めたはいいが、オレが本気を出せばチームバスカービルを全員相手にしても1時間なら隠れきる自信はある――そもそも畑違いのチームで基準にならないかもだが――ので、昴がいるとはいえオレの方に分があるのは明らか。
1年前のかくれんぼでは色々と痕跡を残しながら逃げていたが、あの時の小鳥よりも成長してるなら、もしかしたら届くかもしれない。
そんな期待を込めた考えがないわけではないし、戦妹の成長を喜ばない戦兄もいないだろう。
それでもオレはその前に武偵だし、何より男だ。勝負で負けてやることをまず考えるなんて恥でしかない。
男子寮を出てからオレがまっすぐに向かったのは、車輌科の専門校舎。
これは偶然だが兄妹で仲良くバイクの魔改造を楽しそうにやってた武藤兄妹に声をかけて、ある乗り物を借りる。
ついでにもしもに備えて武藤兄妹には別途で指示をしておき、時間もないしすぐに移動を再開。これでまぁ、意地悪は2つだな。
よっしゃあ!! 行きますよ!
時計の針が16時を指した瞬間に男子寮を飛び出した私は、その間に考えていたことを実行に移して、まずは真っ先に車輌科へと向かう。
京夜先輩は運動能力は高いけど、疲れることは嫌いな方だし、自転車くらいは使いそうと踏んでのことだけど、それだけじゃない。
どのみち車輌科に寄るのは無駄足じゃないので、私も自転車くらいは借りようと校舎の方に入ると、貴希さんがお兄さんと一緒にバイクの魔改造をしていたので、友達だから話しかけやすいこともあって速攻で声をかける。
「貴希さん! あの、お借りしたい乗り物があるんですけど」
「小鳥が借り物? 車は運転できないでしょ?」
「いやまぁ、それはそうですけど、今は車じゃなくてボートです」
「ボートねぇ。東京湾に出るなら小型船舶くらいは乗らないと不意の高波でドボンだよ?」
「それも大丈夫です。東京湾でも移動はちょっとなんで」
何やら意図のわからない私のレンタルに首をかしげる貴希さんでしたが、すぐに返してくれるならお金は取らないと友達料金の設定をしてくれたので、すぐに貸し出されたボートに乗って移動を開始。
目指すはレインボーブリッジを挟んで学園島の北にある人工浮島、通称『空き地島』。
言ってから気づいたけど、私は勝負の時にエリアの制限で『人工浮島』と言ってしまっていた。
完全に凡ミスでしたが、これが案外、功を奏したような気がしなくもない。
京夜先輩はあれでかなり意地悪な性格をしていますし、私の言葉から別の解釈を引き出して後でああだこうだ言って納得させるのはいつものこと。
なら今回も私の考えつかないそんな場所でクスクス笑ってそうな顔が目に浮かぶようだったので、今度はこっちが笑ってやります!
空き地島には隠れる場所はないし、勝った!
「…………いない」
読みは合ってたと思うんですよええ。
ですが空き地島には京夜先輩の影も形もなくて、もうすぐ4月になるとはいえ、まだ少し肌寒い風が吹きっさらしの空き地島を通り過ぎる。
「……いないなら戻らないと!」
京夜先輩の裏の裏を突いたと思ったから、空振りしたことにはダメージがあったけど、呆然としてる暇があったらとにかく動かないとと切り替えてボートに乗り学園島へと出戻り。
ものの10分程度で戻ってきた私に不思議な顔をした貴希さんでしたが、お礼を言って今度は自転車を借りたいと言うと、何故かクスクスと笑い出してしまうので何事かと貴希さんを見る。
「ああごめんごめん。ここまで推理が合ってたら言っていいって言われたから言うけど、あんた、京夜先輩にからかわれてるの?」
「へっ? どういうこと?」
「小鳥が来る前に京夜先輩も私達のところに来てボートを借りたいって言ってきたのよ。でもすぐにそれは『……って小鳥が言いに来ると思うから、貸すボートを指定したい』って。それでそのボートを貸したんだけど、なんかメモなかった?」
何故か勝負のことを知らない貴希さんから京夜先輩の名前が出てきて、ちょっと笑いながらにボートを指して言われたのでボートをちょっと捜索すると、なんかあった。
エンジンに貼られていたメモには『ミイラ取りがミイラに』とかムカつくことが書かれていて、そのメモを読んで破り捨てた私は、怒りのボルテージを1つ上げる。
「それでもう1つ伝言。『30分で逃げ場のない空き地島に行ってジッとして捕まるとかアホか。それなら普通に逃げるっての』だってさ」
ふんがー!!
よくよく考えたら男子寮から空き地島が見えるのに、そこを見なかった私もだけど、そもそも空き地島に行ってない京夜先輩にムカつく!
これには裏を読んだつもりになっていた私の鼻をへし折る威力がありましたが、怒りで思考を鈍らせてる場合じゃない。
「それで……京夜先輩はどこに?」
「自転車を借りて学園島の南西の方に向かったかな。ああこれは指示されたとかじゃないよ。指示されたのはボートの件と今の伝言だけ」
「そうですか。じゃあ私も自転車で行きますからよろしくです」
京夜先輩への怒りは捕まえた時に全部まとめてぶつけることにして、結果的にここまでで20分も使わされた私は、残りの40分を無駄にしないために借りた自転車で走り出した。
見つけたらとりあえず殴ろう。先輩だから? 知りませんそんなの。
さてと、小鳥が学園島に戻ってきたし、オレも移動を再開するかね。
小鳥の言葉のトラップが自覚、無自覚を問わず、空き地島に安易に行って見つかる恥ずかしい事態を避けたオレは、持っていたコーヒーを飲み干してカップを双眼鏡と一緒にテーブルに置き、ソファーから立ち上がる。
「もう行かれるんですか?」
「小鳥が追いかけてきてるしな。近いうちにゆっくりくつろぎに来るから、今日はこれで邪魔するよ、幸帆」
「じゃあ明日でお願いします」
「了解でーす」
それで幸帆の部屋に帰ってきた旨の挨拶も兼ねてお邪魔していたところを、そろそろ頃合いかなと思って失敬。
また明日に改めてくつろぎに来る謎の約束をして女子寮を出たオレは、乗ってきた自転車を1度は跨ぐが、すぐに幸帆に連絡して移動を再開する。
本気で逃げてはいるが、ちょっと楽しんでるなぁ、オレ。
小鳥が真剣なのにオレの方がちょっと不真面目にも取れる感情は内側で処理しつつ、なんだかんだでヒントを与えてしまってる自分に笑いが漏れてしまうのだった。
――あったぁ!!
昴も先行させて貴希さんが京夜先輩に貸したという自転車を探すこと10分。
第3女子寮の前に停めてあったそれを見てまずあったのは、幸帆さんのところで呑気にお茶でもしてたんじゃないかっていう予感。
本気って言ったのにあの人はもう!
とは思いつつも確認のために幸帆さんの部屋にお邪魔すると、やはり片付けて間もない京夜先輩専用のカップが洗われている!
「となると乗り捨てた外の自転車はどうするつもりなんだろう……」
「それなら小鳥さんが来られた後に回収するように言われてまして、明日はそれで私が登校して貴希さんにお返しする手はずになってます」
「抜かりないなぁ……じゃなくて、完全に私のことを舐めてますよね!」
京夜先輩がここに来た裏取りもしたところで、しっかりと自分のいた痕跡を残しまくる京夜先輩にはまだ余裕がうかがえるし、相手として不足していると宣言されてるに等しいこの仕打ちには憤慨。
しかしすぐに冷静な思考が働き、京夜先輩の逃走ルートが脳裏を通り、女子寮を出ながら理子先輩に電話。
たぶん京夜先輩は学園島に戻ってきてまだ挨拶を済ませてない人に会っている。
その予想が正しいなら、京夜先輩に会えなくて悶々としていた理子先輩のご機嫌取りはしてそうと踏んだ私の電話に応じた理子先輩は、携帯越しでもわかる上機嫌で苦笑い。
『おっすおっすことりーん! 何か用かなー?』
「あの、理子先輩のところに京夜先輩が来てませんか?」
『うん、いるよー。今は理子とラブラブチュッチュして……』
その感じで京夜先輩がいるなぁとは思いつつ、理子先輩の冗談混じりの話を聞いていると、なんかその言葉が切れて沈黙したと思った矢先、急に萎れた声になって「いなくなった」とか言うので頭を抱える。早いよ!
「今どこにいるんですか?」
『理子の部屋……第2女子寮……おお?』
第2女子寮なら自転車で3分とかからない。
今しがたの出来事なだけに遭遇の可能性が高いそこに賭けて自転車に股がった私でしたが、携帯越しの理子先輩が何かに気づいた声をあげたのでそっちも最後に聞いておく。
『なるほど! さっすがキョーやん。わかってるー! じゃねことりん! 楽しみにしてるよんっ!』
「えっ!? 理子先輩!?」
しかし勝手に納得しちゃった理子先輩は、何故か私によくわからない期待を寄せて通話を切ってしまい、何のこっちゃと少し考えてから、今は京夜先輩の方が大事と切り替えて自転車で爆走。
どうせ今のも自分が勝った暁に何か奢るとかそんなことでしょうし!
あっぶね! ニアミスしたんですけど!
ずいぶんと早くオレの行動を予測してきた小鳥が、会ってすぐの理子のところに電話をしてきたのを見るや否や第2女子寮を飛び出し、昴を警戒しながら木の下を上手く利用してそそくさと女子寮から遠ざかる。
おそらく入れ違いにはなるが、第3女子寮の方向も考慮したルートで逃げたオレに抜かりはない。
いや、抜かりはありまくりだが、それでもあと20分。あともう1時間あったらもう少し焦るが、やっぱり制限時間の短さは命取り。オレの心の余裕をなくすなら2時間は欲しかったな。
とかなんとかすでに勝った気でいると思わぬところから槍で刺されるので、最後まで油断だけはしないでオレの任務も遂行する。
「ごっめーん。わかんない」
かつてない立ち漕ぎで第2女子寮まで辿り着いたはいいけど、直前まで電話をしていた理子先輩が出迎えて早々でテヘペロして京夜先輩の行き先についてわからないと言うのでガックリ。
途中で発見もできなかったし、昴も「忍者は見つけられない」と投げやりで役立たず。
「あと、15分……」
「キョーやんとかくれんぼとか胸熱だねぇ。1つの場所に留まらないのもキョーやんらしいし」
「あの落ち着きのなさは野生児に近いです」
「くふっ。実際に1ヶ月くらい野生児だったみたいだしねぇ」
京夜先輩に振り回されて残り時間も15分を切り、いよいよ尻に火が点いてどうしようかと悩みながら理子先輩とお喋り。
そこで京夜先輩の過去にちょこっと触れたものの、すぐに寮には戻らずに移動を始めた理子先輩は「まぁ頑張れ後輩!」と声援だけは送って行ってしまう。
その方角にちょっと気が向きつつも、とにかく京夜先輩を見つけないとと思考した私は、ついに最後の手段に出る。
出来るなら積極的には頼りたくない自然の力。
学園島に植生する木に語りかけて、京夜先輩らしき人を探し出す。
「…………お願い」
以前は星伽神社の近くで失敗したけど、この学園島の木々は怖い感じはしない。
それが何故かはわからないけど、自然にも顔があるのは確かで、その顔を変えてくれないようにお願いして語りかけると、少し前に自分達のそばを歩いていく男がいたみたいで、昴を避けて移動した京夜先輩だろうと勘繰った私は、その行き着いた先に一直線。
植生する木々は規則的に生えていることもあって、学園島の全体に目を持ってるに等しいそのガイドで辿り着いたのは、学園島で唯一の大型スーパー。
お、お買い物でしょうか……
残り3分。楽勝だったな。
そう思ってレジに並ぼうとした瞬間。入り口から小鳥がスーパーに入ってきて反射的に死角に逃げる。
えっ? 早くね? というかこのスーパーに入ったのがわかったのか? マジかよ。
昴にも見つかったつもりはないし、ここを出たところでタイムアップにしようと思ってたのに、想定外ですよ。
「……まっ。それもそれで」
嬉しくもあるとか複雑だよな。
そんなことを感じながら、店内をキョロキョロしながら移動する小鳥を捉えながら、常に死角に移動してやり過ごす。
が、すぐに昴が店内の天井スレスレを飛んで捜索し、オレを発見。
見つかったかぁ。やられたぁ……
とはならず、ちょっとからかうように小鳥との距離を縮めさせない移動で時間稼ぎをして、タイムアップしたところで止まってやり、必死に探していただろう小鳥に見つかると、何か一言あるかなぁと思ったら、言葉もなしでいきなり殴られたのだった。な、何故……