何だ……何がいるんだ……
ホワイトデーという難関をどうにか乗り切って、明日の早朝にはジャンヌとの北海道旅行が控えた今日この頃。
ちょっとばかり遅れてメヌエットのところにもオレが贈った品が届き、その感想が朝っぱらから来たわけで、これといった不満が出てこなかったことに安堵。
幸帆のアドバイスで「外国人には日本のお菓子で良いのでは?」とホワイトデーのお返しはクッキーというなんか定着した概念を吹き飛ばしてくれたので、ならばと我が故郷、京都が全国に誇る八つ橋をたくさんの味わいで楽しめるセットを購入し贈ってやったのだ。
さすがに八つ橋は作ったことがないので購入に踏み切ったが、味に満足したからかそこを突いてくるようなこともなく本当に良かった。
マジで良かったぁ……と心底ホッとして、今日はアリアが戻ってきたとか聞いたのでそっちに顔でも出そうかなと部屋を出てすぐだった。
階段を1つ降りて下の階に足を踏み入れた瞬間、なんかキンジの部屋の方からそれはそれはおぞましいほどの殺気というか怒気というかが廊下の先まで漂ってきて、妖怪でも憑いてしまったのかと怖いもの見たさに近寄ってみる。
部屋の扉は閉じられているが、いる。入ったすぐの玄関に。
オカルトはあまり好きじゃないが、見えるのだ。なんかどす黒いオーラみたいなのが、扉から漏れ出てきている。
「本当に化け物がいるんじゃ……」
開けたら最後、オレの命が刈り取られるような錯覚さえ覚えつつも、部屋には入れたということは中のリサが最低でも通していいと判断した人物。
ならオレが知らないこの世に終焉をもたらすような禍々しい異形の存在ということはない、はず。
そうやって自分にちょっと無理矢理に言い聞かせながら扉を開けるかどうか迷っていたら、どす黒いオーラのようなものが急にスゥッと消えていき、中の殺気も消失。
それには驚きよりもホッとした感情が先に来て、危機が去ったと思いノックして扉を開ける。
「おっ、白雪か」
「あっ! 猿飛くん、ちょっとぶりだね!」
開けた先の玄関には星伽神社で別れて以来な白雪が何故か超ご機嫌な感じで振り返って丁寧なお辞儀。
その後ろからはいつもの調子のリサがニコニコ笑顔でオレに挨拶してきて、2人に適当な返しをしてから他に来客はないかとチラッと探るが、どうやら白雪だけらしい。ということは……
「なぁ白雪。そういえば白雪はリサとは初対面じゃなかったか?」
「あ、うん。キンちゃんが帰ってきてたら悪いかなってチャイムを押したら、この子が出てきた時はちょっとビックリしたけど、それだけだよ」
「はい、リサもどなたかと最初は思いましたが、このお部屋の鍵をお持ちだったのですぐにご主人様の『奥様』だとわかりました」
「や、やだもうリサちゃんったら奥様だなんて!」
…………ああ、なるほど。そういうことか。
何もなかったってのは半分は本当で半分は嘘だな。
あの謎の殺意のオーラはおそらく、キンジの部屋に居着いた謎の女、リサに対する白雪の殺気。
今にも襲いそうな空気になった白雪を見て本能的に怒らせてはいけないと悟ったリサが、神がかったパワーワード『奥様』呼びで白雪のご機嫌を取り今に至ったわけだ。
「…………ってことはキンジはまだ帰ってないのか。アリアが戻ってきたっぽいからキンジもセットかと思ったが、あいつら何してたんだ?」
「あっ、それはえっと……緋緋色金をお空に還してあげてたんだけど、その辺の説明は聞きたいかな?」
「お空? 空……宇宙?」
「そうなるかな」
まぁなんであれこの場で嫁とメイドの旦那争奪戦が勃発しなかったことに安堵しつつ、まだ帰ってきてないキンジについて話すと、その辺の事情を知ってる白雪が緋緋色金のことも話してくれそうな雰囲気で口を開くのでそちらを聞くためにちょっと部屋にお邪魔する。
突然の来訪にも柔軟な対応のリサの淹れたお茶を飲みながら、オレ達が星伽神社を出たあとのことを順を追って聞くと、どうやら緋緋色金、璃璃色金、瑠瑠色金は遠い昔に宇宙から落ちてきた金属とか。
それで宇宙に戻れなくなった色金は地球の重力に縛られてしまい、緋緋色金は寂しさを紛らわせるように人の感情に興味を持って遊び始めてしまったのが事の発端のようだ。
それから3つの色金を束ねる母親のような色金が3つの色金が落ちた時からずっと地球の近くにいたらしく、パトラの無限魔力の源はこの色金の恩恵とかなんとからしいが、今はどうでも良い。
そんなわけである種のホームシックを引き起こしていた緋緋色金を宇宙に還すべくアリアがあの手この手で緋緋色金を持ち出して宇宙に還してきたらしいのだ。
それで生き埋めから脱出して早々にあちこちに連絡してたのか。問題解決がこれからって言ってたのも納得だ。
「ふーん。ってことは緋緋色金が世界の脅威ではなくなったって認識でいいわけだよな」
「それはそうなんだけど、アリアが緋緋神と契約みたいなことをしちゃって、宇宙に還す代わりにアリアが必要と思った時に緋緋色金の力を自由に引き出せるようにするって話で収めちゃったから、どちらかというと今はアリアが世界の脅威になっちゃってる、のかな」
「うぇ……嫌だよそれ。今後はアリアを怒らせたら目からレーザー飛んだり瞬間移動してきたりするんでしょ……怖すぎる」
「フフッ。そうやって冗談っぽく言えてる猿飛くんは凄いね」
「そうならないように星伽はあったんだろ。だったらちゃんと止めてくれ。星伽としてでもいいし、アリアの友人としてでもな」
そしてどうやら緋緋色金の力を自由に引き出せるようになったらしいアリアの今後が怖くなるが、世界を敵に回してどうこうしようなんてアリアも考えてないだろうし、もしも暴走気味になってもキンジや白雪がストッパーとなってくれるはず。
それに今なら星伽の緋巫女としてではなく、アリアの友人として止める名分もできて義務感だけじゃないしな。
そんな意味でのオレの言葉にちょっと驚くような表情をした白雪だったが、すぐに嬉しそうな笑顔で「うん」と応えたのだった。
「うわぁ、先輩やっとる……」
寮での白雪とリサの顔合わせが無事に済んだのを見届けてから改めて外出したオレは、アリアに送っていたメールの返信で居場所を知り、アリアが普段から通うカフェ、ヴィルドシュートに向かった。
基本的に女子御用達のカフェなので中は不文律のように女子が10割の空間で非常に入りづらくはあったが、鬼のアリア様にご入り用なら文句は言われまい。
そんな風に言い聞かせて店内に入ると、男の客だとちょっと視線を感じたものの、気にせずにアリアを探すとすぐに見つかり、後輩を侍らせて朝からティータイムときたもんだ。
テーブルには適度な量のケーキやらもあったが、アリアがカロリー管理でもしてるのか常識的な量でデザートは別腹な女子にしては大人しい。
後輩は戦妹の間宮とその友人達で固まっていて、佐々木、火野、麒麟、高千穂と腰巾着の双子といるが、真面目な桜ちゃんはちゃんと授業に出てるんだろうな。
というか間宮。お前はロンドンに置いてきぼりを食らったと思うが、ちゃんと1人で帰ってこれたんだな。
とかなんとか思いつつ足を組んで優雅に先輩ぶるアリアの隣の席に座りつつ、後輩達には適当に挨拶して話をする。
「白雪から聞いたぞ。ずいぶん遠くに行ってたみたいだな」
「京夜も行こうと思えば行ける時代よ。まぁ色々と手間はかかるけどね」
「このお茶会は休息って感じか」
「後輩の厚意で息抜きね。午後からはまた忙しくなるわ」
後輩の前なので色々と深い話はできない都合、互いにわかってる中での会話だが、先輩2人の会話にどうしようみたいな後輩達の視線の泳ぎ様が気まずく、顔を見るのが目的なところもあったので「紅茶くらい飲んでいきなさい」というアリアのありがた迷惑な言葉にはやんわりとお断りをしておく。
「ああそうだ。アリアに頼まれなかったから放置してたが、間宮。ロンドンで置き去りにして悪かったな」
「えっ? あ、はい。それは別にどうということは……」
「アリアも戦妹をロンドンに放置するなよ。向こうで何かあったらお前の責任だろ」
「あ、あたしはそこまで過保護じゃないの。それに出入国くらい1人で出来なきゃあかりが可哀想でしょ」
これ完全に間宮のことを忘れてたな。
それを確信できるアリアの反応には困ったものだが、後輩の前ではカッコ良い先輩を演じたいようなので言及はやめておき、先輩から謝られて困ってる間宮にも「気にしてないならいい」とだけ言って席を立つ。
「……あとそうだ。アリア、かなえさんとの面会許可の方を取ってくれないか?」
「はっ? 何で京夜がママと会うのよ」
「いやぁ、ちょっと今さらなんだが、『約束』を果たしてないのを思い出したから、怒られる前に果たしておこうかなと」
「約束? って京夜はまだママと会ったことないじゃない。それで何で約束なんてできるのよ」
「秘密」
それからアリアの関連でかなえさんのことを思い出し、夏休みの時にかなえさんとした『アリアの友人として会う』という約束を未だに果たせてないことも思い出し、面会の取り付けをしてもらおうとするが、やはり言及は避けられなく、なんか怪しまれる。説明やだよぉ。
「ふーん。まぁ京夜ならあたしの知らないところで話くらいはできそうだし、納得しといてあげる。でも許可は取らないわ」
「それは何ゆえに?」
「京夜には冷たいガラス越しじゃないところでママに会ってほしいからよ」
「…………なるほど。了解」
かなえさんとの秘密の会合を説明するのをためらうオレに対して、気にはなってるだろうが言及はやめてくれたアリアのこういうところは好きだ。
しかし面会許可を取ってくれないと言われると渋い顔をせざるを得なかったが、理由についてを聞くとオレも納得せざるを得なくなる。
要するにかなえさんとはちゃんと釈放になってから会わせると言ってくれたのだ。
それはオレにとっても嬉しいことだし、アリアもずっと
それを約束されたオレは、それが早く現実になるといいなといった雰囲気でアリアに笑顔を向けると、この時だけはアリアも後輩の前ということを忘れて無邪気な笑顔を向けてくれたのだった。
そのあとは別の席の後輩が「奢るので同席してください」と呼び掛けてきたので、紅茶を1杯もらって少し会話をしてとしたら、また別の席から「ケーキを1つ食べていって」とあり「奢ってくれ」とも最終的に来たので、さすがに同級生の、しかもCVRの面子だったから「女を武器にたかるな」とツッコんでカフェをあとにする。
とはいえ思わぬところでエネルギー補給ができたので、昼は抜いてもいいかなと考えながら寮に戻っていたら、途中でばったり理子と遭遇。
見つけた向こうはオレと目が合うなりルンルンなステップで近寄ってきて腕に抱きついてきたので、振り払おうとすると一層強く抱きついて胸を押し付けるので、仕方なくそれで歩く。仕方なくだ。
「丁度キョーやんの部屋に行こうとしてたからラッキーだよぉ」
「何の用だよ」
「用がなきゃ行っちゃいけないの? 理子とキョーやんはそんな淡白な関係だったの?」
「えっ? そうじゃないの?」
「ムー! そういうノリは理子きらーい! ぷんぷんがおーだぞ!」
歩きながら何か用なのかと尋ねると、案の定だが何にもなさそうなのでからかう方向に切り替えたが、からかわれるのは嫌いな理子はいつもの指で角を作る怒ったアピールをする。
それも見慣れたせいかスルー気味だが、まともに見ると可愛さが腹立つのであえてちゃんと見なかったところがあるのは内緒。あざとい可愛さには耐性があるはずなんだが、これだけはなんか苦手なんだよな。
といったオレの内心を知る由もない理子はそれでもオレといるのが嬉しいのか、ホワイトデーのお返しの話とか誕生日の話とか絶えない話題で話しっぱなしのまま男子寮に到着。この辺のトーク力はさすがすぎて脱帽である。
「おお、本当にことりんは出ていったんだねぇ。ことりん臭が薄いや」
「謎の匂いで判別するな」
何気にあのすき焼きパーティー以来の来訪な理子は、部屋のリビングのソファーにダイブしつつ鼻をクンカクンカさせて小鳥が出ていった情報を確認。
数日が経つのでことりん臭とやらも大分なくなっただろうが、小鳥のいない部屋の違和感はまだちょっとあったりする。
「よし、これからは理子の匂いをいっぱい刷り込んで、キョーやんが理子の匂いだけで興奮するように……」
「オレは匂いフェチではないぞ」
「いやいや、女の子の匂いはそれだけで価値がある!」
「それを香水にして売ればうっはうはだな。あやや辺りに交渉してみろバーカ」
「バッカだなぁキョーやんは。女の子の匂いはその女の子が持つ個性だよ! 香水で個性を売っても売れないの」
うわぁ、すっげぇバカな会話。
理子と話してるとバカな話になるのは今に始まったことではないが、何にも考えずにバカな会話に興じられるのもまた理子だからという部分があるので、話していて楽なのは良いことだ。
「そうだキョーやん。理子は今ポンポンが空っぽなんですよ」
「へえ」
「可愛い女の子が飢えて死んじゃいそうなんですよ」
「へえへえ」
「もうお腹と背中がくっつきそうなんですぅ……」
「へえへえへえ」
「お願いです理子りんのためにお昼ご飯を作ってください」
「オレも料理の腕が鈍ってるからな。作るのはやぶさかじゃないが……」
「後片付けは理子がやります!」
「よろしい」
楽なんだが、理子も理子で圧倒的な我が物顔でくつろいだ挙げ句、唐突の空腹宣言で図々しかったので、理子が折れるまで真顔を貫いてやると、案外あっさりと折れてソファーの上で土下座したから、仕方なく昼食を作ってやることに。
理子も自炊ができないわけでもないのにわざわざ作ってと頼んだのは単純に面倒だからだろうが、オレの料理だから喜んでる節もあるから困る。
それこそ小鳥の料理の方が美味しいし、この辺はやはり『誰が作ったか』を重視する恋愛系の思考なんだろうな。恥ずかしいわ。
そうしてオレの分もちょっとだけ余分にして、有り物で調理を開始すると、限界みたいなことを言ってた理子がうろちょろし出してリビングから消えたり戻ってきたりと落ち着きがなくなる。
「腹減ってるならソファーで死んでろ」
「キョーやんの手料理だからワクワクで落ち着かないんだよ」
「だったらキッチンに来るだろ。何か探ってんなら気づかないところでやれ」
「えー、そんなことしてないよぉ」
いや、絶対にしてるね。確信してるし。
おそらくはオレとジャンヌの北海道旅行の情報でも聞きつけて真偽のほどを確かめに来たんだろうが、生憎のところ、旅行関連の物はまだ荷作りもしてないし、チケットなんかも予約はしたがジャンヌに管理させている。
こうなることを事前に察知して対策したからいいものの、本当にこいつの情報源ってやつが気になって仕方ない。
そしてオレの方に確認をしに来たということは、これからジャンヌのところにも行く可能性が出てきた。
今日を乗り切れば勝ちなので油断はしないが、理子が帰ったらジャンヌに一報しておこう。物の方は幸帆を丸め込んでそっちに置いてあるだろうから心配はないが、変なところでポンコツだからな、あの天然リーダーは。
「ところでキョーやん。今年の誕生日はどないします?」
「何で唐突な京都弁なんだよ」
「いやぁ、将来はキョーやんのお嫁さんだし、京都弁も使えるようになろっかなって。テヘペロッ」
その理子の捜索も空振りしたからか諦めムードでリビングで大人しくなってすぐにオレの料理も完成し、できた料理を食べながら今年の誕生日の話を切り出してきたが、脱線する要素を入れてくるのは困るのでジト目で見て本筋に戻す。
「理子の誕生日はキョーやんと2人きりなら嬉しいけど、やっぱりどんちゃん騒ぎはしておきたいよね」
「んじゃ夜は2人でいいんじゃないか。それまでは後輩とかと騒げばいい」
「じゃあそうするね。夜はキョーやんと2人きりぃ。きっと勢いであんなことやこんなことが……」
「起きないぞ。誘っても乗らないからな」
「じゃあ理子が乗るね」
「何の話だ」
「えっ? 体位の話じゃゴフッ!!」
戻してちゃんとした予定を立てたように見せかけてまたも脱線したので、エロトークが本格的になる前に理子の向こう脛を蹴って言葉を切らせると、割と本気で蹴ったから理子が椅子から転げ落ちてゴロゴロとリビングまで転がって戻ってきて椅子に座り直す。ギャグか!
「いったぁ……キョーやん容赦なさすぎぃ。そんなに照れなくてもいいじゃーん」
「……プレゼントの方はどうする?」
「今年も交換って感じでいいかなって。でもまだプレゼントに悩んでるんだよねぇ」
「くれぐれも『プレゼントは理子でーす』とかやめろよ」
「えっ、えー? そ、そそそそんなこと言うつもりなかったしぃ。キョーやんったら妄想癖ありすぎぃ」
「だったら目を泳がすな」
ふざけながらの話だったので、オレもふざけられる前にふざけとけの精神でプレゼントの件を進めると、意外なことにまだプレゼント選びに迷ってるらしい理子にへぇとなる。
まぁふざける余裕があるからなんとなくプレゼントの候補は出てるんだろうが、オレのためにそうやって悩んでくれてるのはちょっと嬉しいものだ。
そうなるとオレも理子へのプレゼントは真面目に選ばなきゃならない。
「でもね、去年とはぜんぜん勝手が違って、本当に悩んでるんだぁ。何をあげたら京夜が喜んでくれるかなって真剣に考えてる」
「そんなに張り切らなくていいぞ」
「張り切るよ。だって本気で好きになった人へのプレゼントだもん。だからたくさん悩ませてよ。悩む幸せを理子から奪わないで」
……はっず!
それで理子へのプレゼントについては数日くらいは悩もうと決めた矢先に急に女になる理子にはビックリするが、本人を目の前にしてそれを言うなと口にしたい。
口にしたかったが、返す言葉がそれではからかわれると思いなんとか飲み込んだ。
しかしその間でオレが照れたことを悟った理子が女の顔からいつもの顔になってからかい始めたので、照れ隠しでまた向こう脛を蹴ってリビングまで転がしてやるのだった。