3月28日。
学期末試験も無事に乗り切り、その翌日となる今日は武偵高の終業式・卒業式が行なわれる。
とはいえ春休みに入っていたも同然のオレからすれば、なんとも微妙な感覚でのんびりと登校をしていったわけで、何が起きるでもなく普通に式が行なわれる大講堂に辿り着く。
そんなしょっちゅう何かが起きる方がどうかしてるが、心穏やかに始まった1日になんだか表情も緩んでいると、いつもなら式のギリギリにやって来そうな理子が近寄ってきて「そんな顔してると後ろから刺されるよ」とか武偵らしい警告をして大人しく絡んでくる。
オレも時と場所くらい選んでるので余計なお世話だが、わざわざそばまで来て言う理子のちょっとした違和感はすぐにわかり、その辺を思考すると答えは簡単。
2つの式が行なわれるということは、必然として卒業式で送られる3年生もこの場にはすでに来ているからだ。
一般の高校とかなら卒業生の入退場とかあるもんだが、ここはそんな面倒な段取りをしないから式の開始から生徒の集団の前方を陣取って並んでいる。
3年ともなればもうほぼプロの武偵と言えるので、下手に刺激でもして機嫌を損ねれば、冗談ではなく後ろから刺される可能性もなくはない。
そうしたことから理子もいつもの元気をこの場では出さないようにしていると見た。というかそれしかない。
オレはなんだかんだでこの空気はすでに4度目――京都武偵高の2度と去年で1度だ――なので、慣れるということもないが、変に緊張はしなくなっている。心の余裕は持っておくに越したことはない。
「――武偵の武とは、戈を止めると書きます……」
しかしだ。この人だけは一向に心の余裕がなくなる。
滞りなく始まった終業式ではあるが、壇上に上がった東京武偵高の校長、
武偵高の校長なんて京都武偵高のいてもいなくても遜色ない校長しか知らなかったから、こっちに来てマジで衝撃を受けた教師陣のトップがあの校長だ。
オレと同類とも言えなくもない緑松校長は、その出立ちにほとんど特徴がない。
別にディスってるわけではなく、怖くなるレベルで『特徴がない』のだ。それはつまり、アリアのようにどこにいても目立つピンク髪とか、理子のようなロリ巨乳とか、そうした個人を認識するための要素がないことを意味する。
要は『ありふれた人間過ぎて記憶に残らない』のが、この緑松武尊という人間の最大の特徴なのだ。
だからあの人が人混みに紛れてしまえば、こっちが警戒する前に一方的にやられる。誰にやられたかもわからないまま、ただ倒されるのだ。
そんな緑松校長を『見える透明人間』と呼び恐れる生徒・教師陣の緊張感たるや尋常ではないが、そうしてガン見したところでこの式が終わった頃にはどんな顔をした人かもわからなくなるなら、最初から見ない方がいい。
だからオレは緑松校長が壇上に上がった時からその声にのみ集中して、唯一無二のはずのその声を記憶に鮮明に残そうと試みていた。
だが聞けば聞くほどどこかで聞いたことのあるような曖昧さがまとわりついてきて、どこかでその顔を声と照合しようとしてしまい、結果的に声の記憶には失敗した。マジでヤバいな、緑松校長……
「あぁ……疲れた……」
「始まる前はあんなに余裕そうだったのにねぇ」
「校長の恐ろしさを再確認した……」
「影の陰でも校長は攻略不可ですか」
「その呼び方は嫌いだ」
「良いじゃんカッコ良いよ?」
式が終わってしまえば、校長の声がどんなものだったかもすでに消失し、徒労に終わったことに落胆していたら、講堂の出入り口がどん詰まりしている間に理子が寄ってきてさっそく絡んでくる。
出入り口が詰まってるのは、4月に全員が付けることをほぼ義務付けられた規則のための名札を廊下で教務科が配っているから。
要領の悪さはあの教師陣だから仕方ないが、出るだけでも時間がかかりそうなこれの間に理子だけじゃなくキンジ、アリア、白雪も合流してなんだか賑やかになる。
その一団でごった返す生徒の波を抜けて無事に名札を受け取り外へと出ると、色々なゴタゴタを片付けてスッキリした顔のアリアが自然と口を開く。
「こういう式典があると、未来への期待に胸が膨らむわね」
「期待に」
「胸が」
「膨らむぅ?」
「マジでか」
仲間外れは嫌だったので、この1年で変化なしのアリアの胸の膨らみを見ながらにキンジ、白雪、理子、オレと言葉を分けてみると、やはり怒り心頭になったアリア様は……
「なんであんたらセリフ割って言えてんのよ!」
いつもの調子でガバメントを抜いてオレ達にバカスカと撃ってくるのだった。
なんだかんだでアリアのこれも久々な気がするね。
アリアのガバメントから逃げつつ、仲良さそうに集まっていた小鳥、幸帆、貴希、風魔らの集団に紛れて少し会話に興じ、このあとはカラオケに行くから一緒にどうかと誘われたものの、その前に不知火と武藤が合流してくる。
何か用なのかと思ったら、ただ単に暇だから混ぜろ的なノリだったので、それならこのメンバーで行くかとなり、ついでにファミレスで昼食も約束して一旦は解散。
そろそろ誰かしらがアリアの犠牲になっただろうと再合流を図ったら、案の定キンジが捕まってタコ殴りに遭っていたから、それをやんわり止めつつ落ち着く。
するとそれを見計らったように生徒達の中を掻き分けてあややみたいな幼児体型の合法ロリ、錢形乃莉がやって来て、アリアを探していたようなことを言う。
そんな錢形に招かれるまま、大講堂の隣の梅・桃・桜の木を一ヶ所に植えたなかなかに凄い中庭に移動。
すっかり敵対心というものがない錢形の無害さはちょっと怖いが、元々は敵というほどのものでもないからすぐに切り替えて中庭に来た理由についてを考えるが、それは案外すぐにわかって笑顔になる。
「……やっべ」
中庭には武偵高の生徒の他に、よくわからない一般人が結構な数で花見のようなことをしていて、錢形が寝る間も惜しんで集めたというその人達はどうやら、何らかの形でアリアに助けられた人達という括りでまとめられるみたいだ。
オレが知ってるのはこの中でバスジャックやハイジャック、エクスプレスジャックの件くらいだろうが、バスジャック以外はほとんど無関係だから面識など当然ない。
しかしサプライズらしいこの集団の中心には、最高のサプライズが用意されていて、アリアと共に法廷で戦っていた弁護士と針小棒大にアリアのことを語る間宮の話を聞く人物が、アリアから言葉を奪う。
神崎かなえさんだ。
ゆったりしたロングスカートのワンピースを着たかなえさんは、到着したオレ達に気づいてこちらを向くと、嬉しすぎて絶句していたアリアはヨロヨロとした足取りで近づいていき、オレはその様子を見ながら普段はあまり気にしないが唐突に寝癖とか変なところがないかを確認。
そのオレの変化に敏感な理子が横からジト目で見て「何で見た目を気にするの」と聞いてくるが、オレも何でかよくわからない。
たぶん『初めて会う』かなえさんに失礼がないようにしたかったのだろうが、彼女と待ち合わせしてる落ち着かない男か!
とかなんとか自分にツッコミつつ、この突然の釈放が白雪のおかげみたいなことをほろ酔いの軽い口から漏らした錢形に、白雪は無反応でアリアに付き添っていった。
そしてようやく触れ合うことを許されたアリアとかなえさんは、人目もはばかることなく抱き合って、アリアはただただ、子供のようにかなえさんの胸の中で泣きじゃくり始めてしまった。
後輩もいるのにそうなってしまうほどの感動で泣きじゃくるアリアを見ていると、その苦労を知るオレとしてももらい泣きしそうになるが、それをグッと堪えて理子にコブラツイストを極める。
「いだっ! いだいいだいキョーやん何これ!? 意味わかんない!!」
「すまん。ちょっと感動して……」
「感動してコブラツイストとかキャラじゃないんですけど!? 意味わかんないんですけどぉ!?」
人は時に不可解な行動をすることがある。
それをこのタイミングでオレがすることになろうとは思わなかったが、そうして理子をいじめていると気が紛れたので、とりあえず痛がる理子を無視して少し長く極めておく。
理子も理子で感動の涙を流しそうだったところでの別のお涙頂戴があったから、解放してからオレに逆襲のサソリ固めをしつつもその涙はちょっと流れたままだった。ギブ・アンド・テイクだが、そろそろオレもギブ・アップだ……
「関節が1つ増えたかもしれん」
「そんなマジで極めてないんだけど」
「いや、これは第2の膝が出現したな」
オレと理子のコントプロレスはアリアとかなえさんの感動から離れたところで行われたので、武偵高生徒がちょっと盛り上がって終息し、もらい泣きも収まったので改めてふざけつつアリアとかなえさんを見ると、アリアもようやく落ち着いてきたようで、よく見れば近くにいたはずのキンジの姿はなくなっていた。
きっとオレや理子と同じ理由でこの場から離れたかったのだろうが、黙って行くなよ。
それを当人に言うこともできずにサソリ固めのダメージを癒していると、泣き止んだアリアがかなえさんを連れて笑顔で近寄ってきたので、オレも姿勢を正してダメージを思わせない笑顔で応対する。
「紹介するわママ。あたしの大切な仲間の……」
「猿飛京夜です。お初にお目にかかります、神崎かなえさん」
「……あら。フフッ。そうね。はじめまして、京夜さん。いえ、あ・な・た」
オレとの約束を守りにきたアリアに促されて自己紹介をしてお辞儀をしたオレに対して、かなえさんは少しだけ沈黙してオレの声を聞いてピンと来たのか、笑いながらに挨拶してから何故か言い直して爆弾投下。
それには笑顔だったアリアの表情が氷のように固まって、隣の理子も同じように思考停止して内部時間が停止。
次いですぐに復活したアリアは鬼の形相でオレを見て、理子も横を向けないが修羅のオーラを放出。
「ちょっと! どういうことよ! 何でママが京夜のことをそんな風に呼ぶのよ!?」
「セツメイヲヨウキュウスル」
「怖いっての! かなえさんも人が悪いですよ!」
「えっ? じゃああの時のプロポーズは嘘だったんですか!? 私ったら年下の男性に弄ばれちゃったのね……」
「ぐぉおおおぉらぁあああ!! 京夜ぁ!!」
「プロポーズってなんじゃこらぁあああ!!」
「ぐっはぁああ!!」
こ、こんなはずでは……
プロポーズはしてないはずなんだが、話を誇張したかなえさんのせいでオレはアリアと理子からボッコボコのリンチに遭い、かなえさんが止めてなんとか重傷で済んだが、あなたがあんなことを言わなきゃこんなことにはなってなかったんですがねぇ!
「…………お元気そうで良かったですよ、かなえさん」
「ごめんなさいね京夜さん。でも京夜さんも悪いんですよ? 私はアリアと一緒に会いに来てくれるのを心待ちにしていたのに、全然来る気配すらなくて」
「それはまぁ、オレが悪かったですが、こうして自己紹介をできたなら、それでいいんじゃないですか?」
「……そうね」
まだアリアと理子が睨みを効かせてくる中で立ち上がって、改めてかなえさんと話してみると、オレのあんな言葉でも楽しみにしてくれていたとわかりちょっと反省しつつも、こうして会えたことを喜ぶと、かなえさんも優しい笑顔を向けてくれる。
「それで、何がどうしてママとそんな話になったのよ」
「ちゃんと説明しろよ、京夜」
「別にそんな深い話じゃないぞ」
「そんな……あんなに濃密な関係になっておいて」
「かなえさんはオレが死ねばいいと思ってらっしゃる?」
「いえいえそんな。ただ京夜さんは世渡りが上手そうなので、意地悪したくなっちゃうんです」
「かつてここまでアリアに殴られたことはなかったのに……」
「理子も殴ったことないんですけど」
「お前はそうでもない」
これで落ち着いたかと思ったらまたも同じようなやり取りをやらされて死にかけるが、さすがにオレの生死が不安になったのか、それ以降は意地悪をやめてくれたかなえさんに安堵しつつ、説明を求める2人に腰を下ろして誤解がないように説明して納得してもらうのだった。
……疲れたよ……
「さっき会ったばかりなのにずいぶんボロボロになったね」
「言うな。思い出すだけで疲れる」
本来から感動の余韻が残っていてもいいくらいのサプライズだったのだが、アリアと理子の暴力のせいで残ったのは体の痛みのみ。酷いもんだ。
そんなボロボロの状態で小鳥達と再合流してファミレスに来て席に着いて早々、隣の不知火がいらんことを言うので、適当にメニューを見ながら記憶の彼方にさっきのことは葬り去る。
オレの到着が最後だったようで、みんなして注文をする中、さっきはいなかったワトソンがこの集団にいたのがちょっと意外で、男4の女4の数合わせで武藤に捕まったと話すが、オレやキンジ達とだけじゃなくたまにはこういうコミュニケーションもいいかと気まぐれもあったようだ。
まぁ正確には男3の女5になって数の上ではバランスが悪くなっただけだが、それを知る由もないこの集まりなら問題はないので、オレも余計なことは言わずに賑やかに会話しながら昼食を取っていった。
それからすぐにカラオケに直行して武藤の熱いアニソンから場の空気が温まって、アップテンポの曲が次々と入れられる。
オレもいくらかデュエットとかで歌わされて、それが女子連中で連続で要求するもんだからちょっと疲れる。
それを表情に出して場の空気を盛り下げるのもあれだったので、適当なところでワトソンを生け贄にしてトイレ退室し、ちょっとのんびりと用を足したところで、入れ違いに不知火がトイレにやって来て少しだけ会話に発展する。
「風の噂で聞いたよ猿飛君」
「何をだよ」
「終業式も終わっちゃったし、新学期もすぐに始まっちゃうしね。誕生日パーティーでは餞別でも贈るよ」
トイレに来たのに用を足す様子もなく洗面台の前で鏡を見ながらに話す不知火が何を言ってるのか最初はわからなかったが、回りくどいその言い方でなんとなく何を言ってるかは把握。
風の噂とか言うが、まず知ってる人間が圧倒的に少ないはずだからこいつの情報源ってやつがちょっと怖いね。
「それなら物じゃなくてオレの質問に答えてくれるとありがたいね」
「今ここでかな?」
「答えようと思えば即答できるぞ」
「じゃあ聞くだけ聞こうかな」
「お前も武偵だし自分語りは嫌だろうがな、オレは初めて会った時からお前には『踏み込まないようにしていた』」
しかし不知火から付け入る隙を見せてくれたので、それを好機と見たオレはなんだかんだでずっと『仲の良いクラスメート』として接してきた……接せざるを得なかった不知火に踏み込む。
「それと同時にお前は会った頃はオレを無気力系の武偵と思って関心がなかったんだろうが、オレはお前に踏み込まれないように距離を取ってた」
「そうなんだね。ああ、だから僕といる時はたいてい誰かしらを挟んでクッションにしていたんだ。納得だよ」
「何でオレがそんなことをしてたか。それが質問だよ、不知火」
「その聞き方は質問じゃなくてクイズだね」
「『本当のお前』はどんな顔をしてるんだ?」
こいつは会った頃から柔らかい物腰でコミュニケーション能力が高かった。
だがその一方で誰にも深く踏み込まず、自分のことも語った試しがない。
要するにこいつは誰とでも仲良くするが、誰とも親しくないんだ。まるで武偵高では『仮面を被ってる』ように、不知火亮という武偵は中身がない。
その違和感を初見から感じていたオレは今日まで不知火を放置していたが、最近になってこいつが何か目的を持ってオレやその周囲の人間と行動してるのが感覚的にわかったから、これがオレにも関係あるなら放置もしてられない。
「『本当の僕』か。なかなか哲学的な質問だね。これでも僕は僕として日々を過ごしているつもりなんだけど」
「じゃあそれでいい。要はお前が『秘めてる何か』にオレは含まれてるのかってことを聞きたいんだよ」
「……餞別って言っちゃったからね。嘘を言っても猿飛君はわかっちゃうだろうから正直に言うけど、猿飛君は関係ないよ。これで納得してくれる?」
「オレ『は』ね……まぁいいさ。面倒なことは聞かない聞いてないはい終わりー。オレもアリアに感化されてずいぶん『能ある鷹は爪を出しまくり』になってたかもしれんな。こうやって接触されたんじゃオレの警戒が気づかれたんだろうし」
「…………猿飛君は優しいね。本来なら僕をどうすることもできたのに荒事は避けてくれた」
「抜く気も最初からなかったやつに刃を突きつけるほどオレは抜き身じゃないっての」
「猿飛君を闇討ちするには僕はもう何年か腕を磨かなきゃか」
「何年かでどうこうできると思われてるのか」
「まだ僕も17だしね。可能性は無限大だよ」
話を聞く限りではオレに害はないようだが、口ぶりからしてオレの近くの人間が不知火の何らかのマークをされている。
それが依頼ならこいつは話さないし、個人的なものでも同じだろうから、これ以上の踏み込みは不知火に銃を抜かせる可能性も考慮して撤退。
オレが関係ないならとは言ったが、本当に無関心を決め込むつもりはないし、悪巧みなら気づいたら阻止もするさ。
そうして最初からこの話をしたかったらしい不知火は、絶対にオレの怪我についても知っていながら強引な口封じは避けて『関わらないでくれ』と警告してくれた。まさかこれが誕生日プレゼントとはな。
「おいおい猿飛。ずいぶん長いションベンだなぁ。みんなお前と歌いたいって騒いでんだから早く戻れ。ワトソンも喉が枯れ始めてるぞ」
結果的に長話にはなったが、オレの戻りが遅いのを気にしてやって来た武藤の登場でオレも不知火もピリッとした空気を霧散させていつも通りになって武藤と絡み、信じられないパワーで歌いまくる後輩達に付き合ってそこから3時間もカラオケに興じる。
それが終わった頃にはさすがの不知火もちょっと疲れた表情を見せてガラガラ声になった武藤の心配をしていた。
オレもゲッソリとしたワトソンを介抱しながら、心配事だった不知火の件もとりあえずは片付いて安堵し、残す理子の誕生日をどうしたものかと考え始めるのだった。