世の中は五月病やなんやと騒ぎつつも、それを助長するようなゴールデンウィークに突入した5月始め。
忘れがちやけどそないな連休が続くんは日本だけで、他所の国ではその国の祝日があってまちまちや。
「何で私がこないなこと……」
そやけど私が組んどる武偵チーム、月華美迅にはそないな休みは当然のごとくあらへんから、今年もどうせ人でごった返す関空あたりの警備をやるんやろと思っとったら、昨日にいきなりお母さんから連絡が来て、今日の午後から明日の昼までを空ける突貫工事をさせられて今に至る。
そんで血反吐を吐きそうな仕事を終えてから来た関空で待ちぼうけを食らってる間にグチグチ呟いてストレス発散しとったら、電光掲示板の表示の中に到着が遅れとった便が到着した表示に変わって、ようやく来たかとゲートの近くに移動してちょっと。
あんまりニコニコしとったら調子に乗ってハグからのチューはしそうやから、いつでもブローニングを抜ける準備はしつつ人の通り始めたゲートを見ていると、もうあれやね。どこにいてもわかってまうほどの巨漢が見えた瞬間、体の力が抜けてしまうわ。
まぁ身長は203cmあるし、この日本ではバリバリに目立つ金髪白人の筋骨隆々アメリカ人やから、浮き具合がハンパないのはしゃーないんやけど、あんなんでも一応は私のお父さんやし、私だけでもあの浮きっぷりを受け入れてあげな可哀想やもんな……
と、私が大人な対応をしようと思っとったら、ゲートを潜ってきたお父さんはビックリするくらい一瞬で私を見つけて気持ち悪いくらいの笑顔になると、荷物も放って私に近づいてきて熱い抱擁をしようと両腕を広げ……って! あないな剛腕で勢いよく抱き締められたら痛いし暑苦しいわ!
「Oh! 愛菜ァァ!!」
「ちょい待ちやお父さん! ウェイトやウェイト!!」
あまりに暑苦しいから抱き締められる前にブローニングを抜いて牽制しながら静止を促すけど、私が本気で撃たへんことは分かりきってるお父さんは、ほんの一瞬だけ躊躇う動作をしてから、何やら別の愛情表現を思いついたみたいで、広げた両手を私の脇に入れてひょいっと持ち上げてクルクルクルッ。その場で子供をあやす親みたいなことを始めてまう。はっず!
「愛菜ァァ! オオキクなりました!」
「や、やめやお父さん! 私いまタイトスカートやから中身見えるっちゅうねん!」
結構な豪快さで回すもんやから、宙ぶらりんの足が遠心力で外側にいってしもて、周りの人に娘のパンツを見せびらかすアホな父親を本気で撃ちたくなった、21歳の春でした。
未だに日本語がカタコトなお父さんには私の訴えもいまいち伝わらなくて、最終的に感激してるお父さんにはフランケンシュタイナーで床に沈んでもろて強制終了させたったけど、それを受けても親子のスキンシップ程度の認識でピンピンしとるのはバケモンすぎるわ。
そんなハチャメチャな親子が空港で暴れとるもんやから、警備の方がビクビクしながら対応しにきてしもて、テロとかそんなんちゃうことを武偵手帳なんかを見せて穏便に済まして、周りの人達にはお父さんを土下座させて安心させてようやく落ち着いたわ。何で父親の迎えだけでこないな労力を割かなあかんねん。
──クレイグ・マッケンジー。
アメリカやとこの名前を聞けばある業界がざわつくほどの有名人。
シークレット・サービスがお父さんの仕事で、お母さんと結婚する前は大統領の警護を担当しとったりと結構な自慢話を持っとって、全盛期を過ぎた今も年中ほぼ無休で誰かしらの要人警護をしとる忙しい人や。
そんなお父さんが日本に帰ってくるんは年に2、3回っちゅうことと、それがほぼ決まって年末年始とお盆くらいやったから、この帰国はかなり突然でお母さんも急やったから迎えは私にってお願いしてきたのが事の成り行き。
別に1人で家に帰れん方向音痴とかそないアホな父親ってわけやないから、迎え自体はいらんのやけど、私とお母さんのために体を張って稼いでもろとるわけやし、迎えくらいはしてあげな可哀想っちゅう話やな。
そんなお父さんを乗せて早紀からレンタルした車で京都に戻っていく道中。
体がおっきいお父さんやから助手席なんて座れたもんやないから、後ろで横いっぱい使てくつろぎながら「愛菜がウンテンしたクルマにノッテルよ」と感激してたりして恥ずいわ。
思えば武偵高を卒業してからお父さんの迎えをするのは初めてやから、運転できることは知っとったやろうけど、実際に乗せるんはこれが初やったか。
そない感激するもんでもあらへん気もするけど、父親にとっては娘の成長を感じられた瞬間やったりするんやろか。
お父さんとは別に仲が悪いとかないわけやけど、小さい頃からこんな感じで家にいること自体がレアやから、実際に会うてみてもお母さんがおらへんと話題が浮かばん。
そんなんやから家に着くまでにした会話はお父さんによるセクハラまがいの質問攻めで、父親やからっておっぱいとか尻のサイズをズケズケと聞いてくるんはダメ親父やろ。
「愛沙はまだカエラナイみたいね」
「だから私が迎えに行ったんやんか。時差ボケあるんやろうし、少し寝た方がエエんとちゃうの?」
「No。せっかく愛菜がいるのにネルなんてモッタイない。もっとオハナシしましょう!」
「話しよ言うても私は特に話したいこともないし……」
仕事を終えて直接で迎えに行ったから正直な話、私が休みたかったんやけど、スタミナお化けのお父さんは何かしてへんと落ち着かんようで、話をしようにも話題があらへんで、お父さんからやとセクハラされるし手詰まりや。
考えてみたらお父さんと2人きりとかいう状況が今までほとんどなかったのが今になってこの窮地を生み出してしもて、コミュニケーション不足が露呈したんは恥ずかしいことやけど、どうにかして乗り切らなあかんと視線をさ迷わせとったら、冷蔵庫に今夜の献立が貼ってあって、それでピンときた私は速攻でお母さんにメールしてから、
「そやったら買い物してこよか。今夜はお父さんの好きなすき焼きやさかい、肉はお父さんが選び」
そないな提案をしてみるのやった。
「ただいまぁ」
私の提案を快く呑んでくれたお父さんと一緒に夕飯の買い物に行って、なんとか窮地を脱したまでは良かったんやけど、ホンマ日本のどこに行っても目立つお父さんやから人の視線が突き刺さってしゃーなかったな。
別に注目されるんは仕事で慣れとるしエエんやけど、親子として認識されるんがこないに恥ずかしいとは思わんかったわ。
買い物してきたお店はどこも昔なじみで顔見知りやから、私がどないにアメリカンな容姿でも「近所の愛菜ちゃん」で通るんはエエけど、お母さんがこないな巨漢と結婚したのは知られとっても、買い物とかするんはレアやから、いざ会うと絡まれ方がなぁ。
結果的にお父さんとの会話はあんませぇへんでも良かったんやけど、お父さんの口が軽すぎて私のあることないことペラペラ話されてアメリカンなジョークも飛び出してで散々や。
そんで娘の自慢ができてご満悦なお父さんとは裏腹に買い物しただけでどっと疲れた私は、それ以降は家でお風呂の準備やら色々と動いてお父さんが話しかけてくる隙を与えない立ち回りに徹して、いよいよやることない、ピンチや! って頃にお母さんの帰宅が間に合って全身の力が抜ける。もうクタクタやで……
「Oh! 愛沙ァァ!」
私のそんな奮闘も知らずに衰え知らずなお父さんは、玄関からお母さんの声がしたと同時に玄関に直行して、私の時と同じような行動を取ろうとしとったけど、お母さんにメロメロなお父さんがこれを成功させたことは1度もあらへんな。
「お父さん、仕事帰りで疲れとりますから、そういうんはあとででよろしおすか?」
「Oh……ワカリマシタ……」
お母さんが嫌や言うことはやらへん。それはお父さんのエエところやけど、娘の言うことも聞いてほしいところやねんな。
「愛菜はお疲れさん。色々やってもろて助かりました」
「エエからはよ食べようや。今日は夜更しできへんねん」
あんま両親のラブラブしてるとこは恥ずかしいから見たないんやけど、お母さんは私の目を気にしてくれるから、リビングに入ってきた段階でお父さんとはそういう雰囲気はなくしてくれて、そんな会話も少しでようやくの夕食。
お父さんのすき焼き好きはお母さんとの出会いがきっかけやったとかなんとか昔に聞いたことがある。
お父さんが初めて日本に来たのは当時の大統領が来日した時で、そのおもてなしが京都やったらしく、そん時に歓迎の芸姑としてお母さんが選ばれて、大統領の護衛をしとったお父さんが仕事も忘れかけて魅入ってしもたんやったっけな。
そのあとにプライベートで日本に来たお父さんがほとんど無理矢理デートに誘って。でも店とかわからんからってお母さんに連れられて入って食べたのがすき焼きで、その味に衝撃を受けたお父さんは以降、日本に来る度にすき焼きだけは必ず食べてから帰るっちゅうことを繰り返しとったみたいや。
そんで5回目の来日で付き合うとるわけでもなかったお母さんにいきなりプロポーズして、そん時はお母さんも玉砕させたらしいんやけど、結婚してくれるなら日本語を覚えて不自由はさせないとかなんとか色々と付け足して、そこまで言うんやったらしゃーないなって感じでその熱意に負けたらしい。
その結果が今のカタコトやからなぁ。詐欺やで詐欺。プロポーズ詐欺やで。
まぁ生活に関してはおかげで不自由を感じたことはあらへんけど、寂しい思いはしとったんやからどっこいや。
そないな事情もあるさかい、私はお父さんの帰国の際にはお母さんとの時間を大切にしてほしいっちゅう思いがあるわけで、どっかお母さんに遠慮してたところはあって、それが今日のような事態を招いたわけやけど……
「何で私がこないなことせなあかんねん……」
「こないなこととか言うたらあきまへん。お父さんが可哀想やろ」
今回に限って何でそれを強調するようなことばっかりさせられるんか全くもってわからん!
夕食後にお風呂ってなって、いつもならお父さんと一緒にお母さんが入って背中やら流してラブラブするのに、空気の読めへん……っちゅうか、読んであえてその権利を譲ってきたお母さんの悪意が憎い!
しかも拒否権のない命令に近い所業のせいで、有無を言わせずに洗面室に放り込まれて服を剥ぎ取られて退路を断たれるとかなんやねん! 鬼か!
「……なんやのお母さん。いつも通りでエエやんか」
「愛菜には話さへんけど、お父さんも愛菜には話してもらいたいことがあるんやて。なんの話かは娘ならわかりますやろから言いまへんが、家族なんやから恥ずかしがらんとしゃんとしなはれ」
いや、めっちゃ話したがっててんやけど……
とか思ったのは口には出さへんかったけど、お母さんが何を言いたいかは残念ながらわかってしもうたし、私が観念しないと洗面室の扉も開くことはないと理解したので、大きなため息をしてから、先に入って待っとるお父さんのおる浴室に入っていく。
入ってすぐにゴッツい背中がバーンと視界に飛び込んできて、思えば物心ついた頃には見なくなったその背中になんや不思議な感情が湧いたんやけど、私が入ってきたことで振り返ろうとしたお父さんが嫌でその首を正面に強制的に向き直させて固定。
「エエかお父さん。親子やからって恥ずかしくないわけやないんや。やから、見たらどつくで」
「Oh……愛沙はそんなことイワナカッタのに……」
「それは夫婦やからや!」
割とマジなトーンの私にビクッとしたお父さんは、ホンマに嫌われると思ってくれたか微動だにしなくなって、大人しなったお父さんの背中を渋々ではあるけど洗い始める。
この家はお父さんが結婚前に建てさせたもんやから、設計の段階でところどころがお父さん仕様になってて、この浴室もお父さんのサイズでも湯船に浸かれるようにかなり大きく作られとる。
とはいえさすがにお父さんと一緒に湯船に、となればちょっと窮屈になるのはしゃーないわけで……そもそも一緒に入るつもりもないから、体を洗ってあげたら退散するんやけど。
そないなことを考えながら洗ってみる背中やけど、実際に触ってみるとやっぱりお父さんの体は『異質』やな。
武偵になってからちゃんと理解できたことやけど、お父さんは武偵用語で言うところの『乗能力者』で、幸音みたいな不思議な力でドカーンってやる超能力者と違って、生まれつき身体機能の一部が常人の数値よりも桁違いで高かったりする人のことをそう呼ぶ。
お父さんの場合は生まれつき皮膚組織の表皮が常人の128倍ほど硬質化していて、銃弾も通さない鋼の体を売りにシークレット・サービスをやっとるわけやな。
それでいて体の伸縮性を失ってへんのはなんや納得いかへんのやけど、ガッチガチの皮膚やと関節が曲がらへんなんてことになるから、人体の神秘っちゅうことで納得するしかあらへん。
そんなお父さんやから、目とか剥き出しの器官以外なら銃弾も弾き返すその様から『
それにしてもこの皮膚やと、ちゃんと洗えてるのかわからんところがあって、ついつい力が入ってまうんやけど、ちゃんと痛覚とかもあるから「イ、イタイですよ、愛菜」って言われてやや本気でゴシゴシしてたんを自覚。
銃弾を受けても平然としとる男が娘の力で痛がる言うのも変な話やけど、謝るついでに話しかけるきっかけにはエエかと思て、覚悟を決めてずっと言えへんかったことをお父さんに話す。
「あんな、お父さん。私が武偵になった理由、お母さんから聞いとるんやろうけど、お父さんはそれに納得しとらんのとちゃう?」
「…………」
「……もう18年も前のことやねんな。あの頃の私は子供やったから、お母さんの気持ちもお父さんの気持ちも考えんと自分勝手でしょーもない娘やったやろ」
「そんなこと、アリマセンよ」
お父さんには自分の口から何で武偵になったかを話したことがなかった。
それは18年前に起きた悲劇。私の弟になるはずやった子がお母さんのお腹の中で死んでしもた、不運としか言えへん事件。
まだ3歳やった私は、私とお腹の子を守ろうとしたお母さんが凶弾に撃たれてしもたことを自分が弱いせいやと責めて、大切な人を守れる力が欲しいって武偵になることを決めた。
やけど、ホンマはもう1つ。親不孝な理由があったんや。
「あん時の私は、お父さんが『大切な人を守るお仕事をしてはるんや』っちゅうお母さんの言葉を信じて、きっとこの状況でもお父さんが守ってくれる。そう思っとった。やけど現実はそうならへんで、アメリカにおったお父さんにはどうすることもできへんかったし、お母さんもお腹の弟も撃たれてしもた。そん時に思ってしもたんや。『お父さんが守ってくれへんなら、私がお母さんを守らな』って。そっからお父さんには中学に上がるまでぶっきらぼうに接して寂しい思いさせてしもた。ゴメンな」
お父さんは乗能力者であっても超能力者やないし、あの事件を察してアメリカから日本に瞬間移動なんてできるわけないんや。
何より悔しかったんは、お母さんと私と弟をその手で守れんかったお父さんで、お母さんが撃たれたっちゅう連絡を受けてたった2日で駆けつけてきたんやから、それだけでもお母さんにとっては安心することやったはずや。
それやのに私はそれから10年近くもお父さんを『家族を守ってくれない人』っちゅうレッテルを貼って避けてしもて、かなーり早い反抗期に入って武偵になった理由も話せずじまいになってもうた。
反抗期が終わってからもなんやお父さんに申し訳なくて結局は今日まで話すタイミングがあらへんかったわけやけど、いざ話してみると……自分の幼さに泣きそうやね。
「……ワタシも、あのトキはジブンをウラミましたよ。どうしてセカイでイチバンダイジなカゾク、マモレなかったって。スゴく、スゴくクヤシかった。愛菜の弟をシナセテしまったのも、ソバにイテアゲラレなかったワタシのセイです」
「ちゃうやん! お父さんは自分の仕事をちゃんとやってたんや! 悪いんは事件を起こした犯人で、逃げ遅れる原因を作った私のせい……」
こうなってくるとお父さんも私も自分のせいとか言い出してしまってどうしようもない感じになるんはわかっとった。
わかっとっても、時が経つほどにあの時に自分がどうにかできたかもしれないことが見えてきて、それができなかったことを悔やんでしまう。
そうした負の連鎖を私にはどうしようもできなくなったところで、振り返らずにその手を私の手に触れてきたお父さんは、落ち着かせるように優しく言葉を紡いでくれる。
「愛菜はワルクありません。武偵にナルとキメタコトも、タヨリない私にカワッテ愛沙をマモろうとシテくれたからとイッテくれました。それはトテモウレしかったよ。スコシマエまではフアンもありましたけど、愛菜のこと、アメリカにイテモ名前をキクことがあって、リッパな武偵にナッタのわかってイマはアンシンしてます」
ホンマは娘が武偵になるなんて不安で嫌やったんやろうに、お母さんからその理由を聞いて黙って見守っててくれてたんや。
そしてお父さんに認められるような言葉に柄にもなく感激してしもた私がちょっと泣いてしもたのがいかんかったんか、心配したお父さんが振り返ってきてしもて、反射的に拒絶反応でその顔をビンタでカウンターして元に戻して、泣き顔を見せられへんから逃げるように浴室を出てしまうんやった。
「もう行きますのやね」
そこからはお母さんが剥ぎ取った服が洗面室に戻されていたのを着直して、お父さんとはもう時間を置かんと話をできへんなぁと思って今の家に戻って寝ようと玄関に移動したら、察したお母さんが引き止めるでもなく見送りに来てくれる。
「私がおったらお母さんがお父さんとおられへんやろ。それに娘のおらん方が気兼ねもなく夜は捗るんやろうし」
「親にそないな気を遣わんでエエわアホ」
「照れんでもエエやん。そん歳になってもお盛んなんは夫婦円満の証拠やろ」
話すことも話してとりあえずはよしとしてくれたからか、お母さんもはぐらかす私に付き合うてなんや可愛い照れ顔を見せたりとあって2人して笑い合うと、時間も時間やから戻って寝る時間も考慮して会話もそれで終い。
「ちゃんと体を休めなあきまへんよ」
「それを言うなら眞弓に言うてや。あれの人使いは荒くてしゃーないで」
「それだけ信頼されとりますのやろ。立派になった証拠どす。やから倒れん程度に頑張りなはれ」
「……わかっとるよ」
最後にそないな親らしいことを言うてリビングに引っ込んでいったお母さんを見て、今日まで元気でおってくれてありがとうと心で思いながら、明日からの忙しくなる日常に一喜一憂して帰宅するんやった。