幸姉を残して部屋を出たオレは、今日から夏服となった制服に少々疑問を持ちながら登校していた。
武偵高にも暑くなる夏に合わせた夏服があるわけで、女子は赤と白の色合いが水色と白の爽やかカラーになるだけなのだが、男子は上着1枚を脱ぐというだけのお手軽具合だ。
しかし防弾仕様である制服をわざわざ脱いで薄くする辺りは武偵としてどうだろうと本気で思う。
それにオレは基本的に上着とYシャツの間に色々と装備を仕込んでるから余計困る。ミズチだって袖の短いYシャツだと丸見えだ。
だからオレは長袖のYシャツを着て、左右の足にクナイを4本ずつ仕込み、腰の簡易ポーチに分銅や万能ツールを入れるスタイルに変更。小刀はここ最近使わないからお蔵入りだ。
しかし幸姉は何のためにここに来たんだ?
今日の幸姉も具体的な話はしないだろうし、話ができる幸姉になるのを待つしかないか。
でも早くに聞き出さないと、取り返しのつかない事態になる。そんな気がする。
――私の言うことをなんでも聞いてくれた。今でも……それは変わらない?――
昨日の幸姉のあの言葉が、オレの頭の中でリピートされる。
確かに今まで幸姉の言うことに異論を唱えたことはない。
だが、幸姉はそれを確認するようなことをしなかった。1年半前……行方を眩ます前までは、な。
そんなことを考えていると、一般校区にある教務科からの連絡掲示板の前に生徒が集まってるのが見えた。
ああ、そういやもうすぐ夏休みか。となると単位不足の生徒の貼り出しとかか?
武偵高も一応は高校だ。単位不足者は一般高校と同じで例外なく進級できない。
まぁオレは単位とは無縁だから気にしてない。理由としては、綴のおかげといったところか。
以前の魔剣に関する依頼をこなしたことで、オレは教務科……綴から十分すぎる単位を貰っているのだ。それこそあとの高校生活で民間の依頼をこなさなくていいほどに。
つまりあとは一般授業の単位を取っていけば、問題なく進級、卒業できるワケだ。
だが、その生徒の集まりの中に知り合いを発見したオレは、現在抱く疑問の解決に繋がる可能性も考え、近寄って話し掛けた。
ジャンヌ・ダルク30世に。
「おはよう、ジャンヌ。今日も綺麗だな」
「社交辞令とはまた面白い趣向だな、猿飛」
「京夜でいいって言っただろ。ん? その足どうしたんだ?」
近寄って気付いたが、ジャンヌは少々幅広な松葉杖をついていて、足に怪我をしているようだった。
ジャンヌは言われてカツン。松葉杖をついて振り返りオレと向き合う。
「ん? 金属質っぽい音が混じってたな。松葉杖に何か仕込んでるのか?」
「ほう。耳もいいのだな猿飛。以前、星伽白雪に斬られたデュランダルを幅広の
「轢かれたのだって、ずいぶん軽く言うな。大丈夫なのか?」
「全治2週間だ」
「化け物かお前」
バスに轢かれて全治2週間って、考えられん。
「魔女だからな。その表現はあながち間違いではない。それより私に何か用があったのではないのか? でなければわざわざ敵である私に話しかけたりはすまい」
「敵とは思ってないが、まぁ話したいことはある。だが……んー……やっぱ改めて時間を設けたい。放課後ウチに来れるか?」
「人目をはばかる内容というわけか。いいだろう、面白そうだ」
そんな理由かよ。
まぁ、話ができるだけいいか。となると小鳥にはしばらく出てもらって……ついでに理子も呼ぶか。
「じゃあ放課後迎えに行くよ」
「気遣いは無用だ。勝手に邪魔させてもらう」
「左様でございますか。ところでなに見てたんだ?」
「あれだ」
ジャンヌは言って掲示板を指差し、そこにはサバイバルナイフで貼られていた『1学期・単位不足者一覧表』なる張り紙があった。
ジャンヌが見てるってことは、知ってる奴の名前が……あ……キンジの名前がある。
しかも2単位必要な専門科目――キンジの場合は探偵科だ――で1.9単位不足って、足りないにも程がある。
「キンジが来たら言ってやれ。『バカだな』ってよ」
「直接言えばいいだろう。私を伝言板に使うな」
「会ったら直接言うさ。じゃあ放課後な」
それからオレはジャンヌに背中を向けて手を振りながら、一般校舎へと歩き始めていった。
今更なことだがこの学校はつくづく普通じゃない。
教師――綴の奴だ――が2日酔いだかなんだかで授業を放棄。2時間目が暇になった。続く3時間目の体育のプール。
これも担当教師である強襲科の
屋内プールにはキンジと不知火、それから水着に着替えてもいないオレくらいしかいなかったりする。
あいつらこれで給料貰ってるとか詐欺だろ。
とか本気で思いながら、プールサイドのデッキチェアでくつろいでいたオレは、隣にいる朝にバカと再認識したキンジと話をしていた。
「カジノ警備の依頼ねぇ。そんなんで1.9も単位取れるのかよ。甘くないか?」
「
「バカキンジぃ。オレは専門に関してはもう依頼を請けなくても卒業できる単位揃えてんだよ。残念でした」
「い、いつの間にそんなに単位揃えたんだよ。そんなに依頼をこなしてる風には見えなかったぞ」
「数はそんなにこなしてないからな。まぁ企業秘密ってこった」
詳しく話さないオレにキンジは納得いかない表情をしたが、これが現実だ、受け入れろよキンジ。
「おー、ほとんど人がいねえ! おーい不知火、プールから上がれよ! ジャマだ!」
キンジとそんな話をしていると、武藤がなにやら他の車輌科と装備科の生徒と一緒に水着姿で何か黒い物体をせっせとプールに運び入れ始めていた。
「
そんな武藤を急かすように叫んだのは、装備科の平賀文。
彼女はスクール水着姿で大きめな何かの操作器具を両手に持ちながらプールサイドに崩れた正座で座り無邪気に笑っていた。
あやや、お前はA組じゃないが、授業はどうした?
アリア並に小柄な同級生、あややを見つつ、オレはその集団がこれから何をするのかを何気なく観察していた。
ちなみにオレがあややと呼んでるのは理子の影響だ。子供っぽいからしっくりくるんだよな。
「すぐって、平賀、
「そこは
どうやら持ってきた黒い物体は、潜水艦の模型のようで、こいつらはその運転をしに来たみたいだ。
何してんだお前らは。暇人め。
「さっそく発射なのだ!」
水に浮かばせた潜水艦を確認したあややは、早速手元の操作器具を動かし始め、その声とともに潜水艦の背中でぱかぱかぱか! と小さなハッチがたくさん開き、そこからロケット花火が打ち上がる。
おい、ここ屋内プールだぞ。凝った造りなのはわかったが、天井にロケット花火が当たってる。
などと思ったが、連中はそれを見て拍手喝采。やっぱここの連中は基本的にアホが多い。
「おぅキンジ! 猿飛! 見ろよこれ! 超アクラ級原子力潜水艦『ボストーク』だ!」
今頃オレ達に気付いた武藤は、プールから上がってテンション高めに話しかけてくる。乗り物オタクの話は眠くなるんだが。
「『ボストーク』は悲劇の原潜なんだぜ。空前絶後の巨大原潜だったんだが、1979年、進水直後に事故で行方不明になっちまったんだ。それをオレと平賀が現代に甦らせた!」
聞きながらオレは大きなあくびをして、それからそんなオレに文句を言ってくる武藤を華麗に無視して屋内プールをあとにし残りの時間を昼寝に費やしたのだった。
そうして何事もなく4時間目の授業も終えたオレは現在、5時間目の専門科目の授業を諜報科棟の2階で受けていた。
このまま放課後になれば、ジャンヌと、それから昼休みに誘って話に乗った理子と幸姉について話せる。
そう思いつつ授業の話を右から左に流しながら、窓の外を眺めていると、段々眠くなってきた。
うとうとし始めたオレが完全睡眠モードに移行しようとした時、窓の外に眠気を吹き飛ばすものが飛び込んできた。
朝から幸姉につかせていた美麗が、この諜報科棟の出入口付近に姿を現したのだ。
美麗には何かあった時に知らせに来いと命令してあったため、オレはそっと窓を開けて教師の目を盗みそこから教室を離脱。
2階からではあったが難なく着地して美麗と合流。すぐに案内をさせ走り出した。
何だ? 何があった?
今日の幸姉は好戦的ではあるが、自分から問題を起こしたりはしないはず。
となると何かに巻き込まれた可能性が有り得るか。
こういう時に小鳥がいればいいんだが……って、諜報科棟にいたんじゃないか?
などと後悔したことを考えていると、美麗が向かう先が進むにつれなんとなくわかってきた。強襲科の専門棟、か?
そしてその道中に、見知った奴が同じ方向へ走ってるのを発見した。キンジだ。
これは偶然じゃないな。走りながらキンジとの距離を詰めそのまま並走する形でオレは話しかけた。
「なんかあったらしいな。向かう先は強襲科の専門棟か?」
「猿飛!? ああ、アリアが危ない!」
アリアが?
じゃあ幸姉はアリアと接触した? なんだ? 何が起きてる?
キンジからアバウトな状況を聞いたオレは余計に混乱してしまう。
これはもう見てみないことにはわからない。
そう判断したオレは、考えるのをやめてキンジと一緒に強襲科棟に入り、美麗に導かれるままに第1体育館――実際は戦闘訓練場――へとたどり着き、そこの
その人だかりをかき分け進むキンジと、美麗を使って道を開けて進んだオレ達が見たのは……
「――アリア!」
片膝をついた状態のアリアと、武偵高の女子制服を着てアリアを見下ろすカナと、それを我関せずな感じで闘技場の隅に立って見る同じく女子制服姿の幸姉だった。
カナは長い3つ編みの髪に吸い込まれるような瞳をしていて、誰が見ても美人と答えるような女性で、幸姉もそのカナに引けを取らないほどの美人だが、昨日とは違い髪をポニーテールにしていた。
今日の幸姉はポニーテールが基本だしな。
「おいで、神崎・H・アリア。もうちょっと――あなたを、見せてごらん」
闘技場でアリアと対峙していたカナは、言って……パァン! 発砲した、らしい。
らしいと言うのはおかしな話だが、オレにはカナが『発砲した動作が見えなかった』のだ。
パシイッ!
アリアも撃たれたという事実だけを理解している感じで、ほぼ無抵抗で防弾制服に弾が当たっているみたいだ。あのアリアが手も足も出ないのかよ。
「蘭豹、やめさせろ! こんなのどう考えても違法だろ! また死人が出るぞ!」
それを見たキンジは防弾ガラスの衝立の上にいた蘭豹に叫ぶ。
しかしあの蘭豹。年齢は19歳とオレ達に近く、香港では無敵の武偵として名を馳せた女傑らしいが、その凶暴さ故に武偵高を転々としているような奴だ。
「おう死ね死ね! 教育のため、大観衆の前で華々しく死んでみせろや!」
ほらな。ついでに言った後ひょうたんに入った酒を飲んでんだから、あてにならん。
だからオレは言ってる間に防弾ガラスの扉をICキーで開けて中に入り、キンジもそれに続いた。
「カナ、やめろ!」
「カナさん! 何やってるんだ! 幸姉も!」
「くォらこの遠山ァ! 猿飛ィ! 授業妨害すんなや! 脳ミソぶちまけたいんか!」
蘭豹は言い切る前にドウッ!! 世界最大級の巨大銃、M500をオレ達の足元に撃ち出し威嚇する。
しかしオレ達は止まらな……い……
しかし、オレは止まってしまった。蘭豹の威嚇に臆したわけではない。
『幸姉の射抜くような視線を浴びて』、足が前に出なくなってしまったのだ。
キンジが動けてるのを見るに、くそっ! オレにだけ『あれ』を使ってるのか、幸姉!
「……キンジ?」
キンジが近寄ったことでカナは一瞬アリアからキンジに視線が行き、その隙にアリアがバッ! と逆立ちするように跳ね起き左右の足でカナの顎に蹴りかかる。
しかしカナはそれをほとんど動かずに躱し、躱されたアリアは着地より早く2丁拳銃を抜きカナを撃とうとしたが、これも左右の手首を軽く押され銃口を逸らされてしまう。
それでもアリアはカナの後ろへ回り込み、2丁拳銃を放り投げて、背中から2本の小太刀を抜き斬りかかった。
ギギンッッ!!
弾かれたのはアリアの小太刀。
小太刀は力なく闘技場に転がり、アリアの手には何も持たれていない。
そして何が起きたかすら、誰にもわからなかった。
ただ、カナが3つ編みの後ろ髪を揺らして振り返った。それだけで小太刀が弾かれたのだ。
しかもその動作だけで、アリアの顎にも殴打を加えていたらしく、アリアはよろよろとふらつき、口元から血を流していた。
「はぁ……はぁ……さ……さっきの銃撃……『ピースメーカー』ね……!?」
まだ闘争心を見せるアリアは、カナの見えない何かに気付いたらしく、確認するようにそう問いかけた。
「――よく分かったわね。そう。私の銃は、コルトSAA――通称、
「あたし、には……分かる。銃声と、マズルフラッシュで。骨董品みたいな古銃だから、はぁ、はぁ……いまいち、思い出しにくかったけど――」
「――じゃあ、もっと見せてあげる」
パァン!
カナの言葉のすぐあと、右前方が光り、アリアはそれで撃たれたらしく、真後ろにひっくり返った。
「幸姉! 止めてくれ!」
動けないまでも、しゃべることはできたオレは、その様子を未だ我関せずで眺める幸姉に向かって叫ぶ。
「京夜。私は言ったわよ? 『やることがある』って。京夜は今『私の邪魔』をしてるの。理解したなら、そこで石のように固まってなさい」
アリアを助けることが幸姉の邪魔になるだって?
そんなの……納得できるかよ!
「だったら……幸姉が何をしてるのか、オレが納得できるように説明しろよ!」
「うるさいわ、京夜。あなたは今『邪魔』。これ以上『しゃべらないで』」
幸姉がそう言った後、オレは言葉どおり『口も動かせなくなった』。
嘘だろ!? 1年半前の幸姉にここまでの『力』はなかった。やっぱりイ・ウーで……
そうして無力化されたオレは、カナとアリアの間に割り込んだキンジをただ見ていることしかできなかった。
「ど、どきなさい……キンジ……!」
「どきなさい、キンジ」
割り込まれたことで両者共にキンジを退かそうと声を出す。
「あなたのような素人は動きが不規則な分、事故が起きやすい。危ないわ」
「そんなことは分かってる、あんたに言われなくても……!」
「なら、どうして? 何のために危険に身をさらすの? まさか、私と戦うつもりではないでしょう? 未完成なあなたが私に勝てるハズは、万に一つも――」
「そんなことは分かってるんだよッ!!」
そんなキンジにカナは少し目を見開き驚きの表情を見せる。
「……あなた、変わったのね」
淋しそうな……しかし何かを納得したようにそう言ったカナは、キンジとアリア、それにオレを見てから、訓練場の入り口に目を向けた。
「こ、こらぁー! 何をやっているんですか! 逮捕します! この場の全員、緊急逮捕します!」
そこからは湾岸署の婦警がホイッスルを鳴らしながら近寄ってきていた。
そしてその瞬間、オレは突然動けるようになった身体を前に倒し両手と両膝をつき呼吸を整えた。
見れば幸姉はゆっくりオレに近付いて、手前で屈み話をしてきた。
「京夜が踏み込もうとしてるのは、こういう次元の戦い。頑張ってどうにかなるレベルじゃないこと、理解なさい」
「はぁ、はぁ、幸姉、あんた、何をしようとしてるんだ」
「私の目的は『昔から何ひとつ変わってない』わ。そう、昔から、ね……」
何かを秘めた瞳をした幸姉は、それからすっかり戦意をなくしたカナと一緒に闘技場を去っていった。
「キョーやん、大丈夫?」
そんな呼び方をする人物を1人しか知らないオレは、幸姉が去ってから近寄ってきた『婦警に変装した理子』の手を借り立ち上がる。
そして脇には心配そうに美麗が擦り寄ってきていた。
「悪いな、理子。助かった」
「いいよ、キョーやんが無事でよかったよかった。だが、これで京夜があたしとジャンヌを家に招いた理由が分かった」
相変わらず切り替わりが凄いな、理子。そして頭の回転もいい。
「まさか幸姉がオレに『あれ』を使うなんて思わなかった。それほどまでに邪魔されたくない目的って、なんだよ……」
「京夜、あたしは『あれ』を幸音から受けたことがないが、本当に『何もできなくなる』のか?」
「……感覚としては『心臓を鷲掴みにされた状態』だ。その上で『いつでも殺せる』という圧力を与えられる。下手をすれば呼吸すら許されないかもな」
「幸音は『あれ』をイ・ウーで『1度も使わなかった』。あたしは過去の資料を漁ってようやく掴んだが、凄まじいな。カナ同様に化け物だ」
「……幸姉を化け物って呼ぶな、理子。お前でも次は許さないぞ」
「……キョーやんはやっぱりゆきゆきラブなんだね……理子ちょっと残念」
「何が残念だ。思ってもないくせに」
「あー、酷いキョーやん! 理子けっこー本気でキョーやん好きなのにぃ!」
さて、アリアは……気絶してるのか。当たり前か。むしろよくあそこまで持ったよ。
気絶したアリアはその後キンジが救護科に運んでいき、オレは「無視するなキョーやん、がおー」などとふざける理子と美麗と一緒に訓練場を出て、理子にほどほどに付き合ってやってから、また放課後に話をすることを改めて約束して別れた。
幸姉が何をやろうとしてるのか。もう一刻も早く聞き出さなくてはならなくなった。
じゃないとアリアが危ない。
そんな予感がオレにはしていた。