緋弾のアリア~影の武偵~   作:ダブルマジック

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伝説の探求編
Slash11


 

 5月12日、水曜日。

 バンシーと遭遇してすでに2日が経過した今日この頃。

 オレはそのバンシーの漏らした『アストゥリアスの小僧』と『レス島の小娘ども』とやらの情報を元に、メヌエットとの協同極秘任務とも不思議と重なったそれを調べにデンマークの北部に位置する港町フレゼリクスハウンを訪れていた。

 この街から南東に浮かぶレス島との間にフェリーも出ている──30km程度しか離れていないのですぐに着く──ので、島へ向かう前の情報収集もしていく予定だ。

 

「港の一部が海軍基地になってるって話だったな。そっちにはお前が行くんだろ」

 

「お堅い軍人は苦手なんだがね。君のような不審者では捕まりかねないし仕方ないさ」

 

「歩く犯罪者みたいな言い方やめろ」

 

「……アンタ達、仲良いわよね……」

 

「「それはあり得ない」」

 

 その第1歩の確認のためにオレが同行者に嫌々でも話しかけてみれば、やっぱり余計なことまで付け加えるバカ、羽鳥の毒が炸裂するが、そのやり取りを見たヴィッキーが鳥肌が立つようなことを言うので全否定。

 そこを異口同音でツッコんでしまったがためにヴィッキーには笑われてしまったものの、本当に仲は良くないのでこれ以上の会話はやめておく。

 今回の案件はオレ1人が向かう予定だったのだが、Sランク武偵の血が騒いだのか何なのか不明ながらも滑り込むように羽鳥が同行してきて、それならと前回、本来の実力を全く見せなかったヴィッキーが汚名返上とばかりにやる気でついてきてしまったのだ。

 別に情報収集が主な目的だから人数は多いに越したことはないのだが、メヌエットに頼まれている隠し財産の件を何かの拍子でポロッと言いかねない状況にだけはならないように注意しなきゃならない。

 特に人の嘘とかに敏感な羽鳥が相手だと余計に警戒しないとだ。こいつマジでオレの知らないところでいつの間にか確信に至るからな。

 ここに来る前にメヌエットが調べていたことと、バンシーが漏らした化生の類いの存在が同一かはまだわからないが、幸か不幸かこのデンマークには古くから有名な話がある。

 童話作家で知られるデンマーク出身のアンデルセンが作品にしている『親指姫』や『裸の王様』。そして『人魚姫』。

 アンデルセン作品はどれも空想モノで、現実には存在しない生き物として描かれてはいる。が、国にまで根付くほどの存在は有名になり得る理由が存在するもの。

 事実、首都であるコペンハーゲンには人魚の像なんかも作られているし、そうやって有名になってもしかし、その存在が今日まで判然としないというのはかなり『らしい』。

 先日にオレとサイオンを襲った奴は水の超能力……と思われるものを使っていたし、人魚は超能力はどうかわからないものの『水』とは切っても切れない縁がある。

 

「では私は行くとするよ。君の顔を見ていると具合が悪くなってくるんでね。ヴィッキーは暇になったらすぐに私のところへ来てくれていいよ」

 

「このまま帰ってくれても構わんがな」

 

「同感ね」

 

 メヌエットも人魚が存在すると断言はしなかったが、人魚伝説がデンマークを中心に点在することから、存在する可能性はあるとしたし、バンシーの言う小娘どもが人魚である可能性も低くない。

 その細い糸を手繰り寄せるようにして行動を開始したオレ達は、各々の手段で情報を収集しに街へと散っていった。

 オレは人魚と関わりのある海に出る漁師や漁業関係者に話をうかがうことで、噂などの場所の出どころをおおよそで絞り、いくらかの当たりをつけることにする。

 別に機密性のある話などではないので、ただの伝承マニア的な客を装えば、まぁ渋りもしないで教えてくれる人も多く、信憑性はこの際で無視しても人魚に関する話は誰でも1つくらいは持っていた。

 多くは又聞きみたいな噂話を他人事のように語るものだったが、2つほど漁師達の間で語り継がれてきたという話があった。

 1つはレス島が浮かぶカテガット海峡を航行する時、夜な夜な聞こえてくることがある、この世のものとは思えないほどの女の美声での歌声。

 その歌声に誘われて向かってしまえば最後、その船は数日後に人1人いない無人船となって海上で発見されるのだとか。

 2つ目は有力そうなレス島に関することで、かなり昔から南の海岸線を真夜中に彷徨うと神隠しに遭い、骨すらも見つからなくなるらしい。

 2つ目は人魚という可能性も少し落ちるが、どちらにも共通しているのは『人がいなくなる』ということ。

 そこから考えると人魚というのは人を拐って食ったりする、結構危険な生き物なのかもしれないな。

 街での情報収集は2時間程度で切り上げて、レス島に行くフェリーに乗り込んでから、その移動時間を利用して3人で集めた情報の整理を始める。

 

「街の人達からは目撃情報らしきものは出てこなかったけど、まぁ人魚伝説が根付いてるから噂話はわらわらと出てきたわよ」

 

「オレの方も目撃情報こそ出なかったが、やっぱりレス島とカテガット海峡には人魚に関する何かがあるような気配はある」

 

「私の方でも海軍から色々と話が聞けた。主にここ100年ほどに起きた海難事故なんかの詳細についてだが、その中に1つ、不可解な案件があったよ」

 

 ヴィッキーもオレと同じような調査結果みたいで確信を得るようなものは入手できていなかったし、オレもオレでかもしれないの域を出ない結果を報告。

 どのみちレス島の神隠しについては調査出来るのでそちらは進める予定でいたら、海軍の方に顔を出してきた羽鳥が怪しげな情報を持って帰ってきたのでまずはそれを耳を傾ける。

 

「今から34年前の今頃だね。この街の漁師の1人が夜間の漁に海に出ていたんだが、その漁師が翌朝になっても戻ってこないから、捜索もされたそうだよ。捜索自体は割とすぐに終わって、漁師の船はレス島の南の浅瀬の岩礁に乗り上げていたようだ。ただ船には漁師の姿がなく、付近を捜索したところ砂浜に打ち上げられていた。死体となってね」

 

「それはそんなにおかしいことなの?」

 

「聞くだけなら嵐にでも遭って船から投げ出されたって線も……」

 

 こういう時には話を焦らす癖がある羽鳥の性格はわかってるつもりだったが、あまりに自然にヴィッキーが疑問を口にしてしまったから、オレも釣られて疑問を出してしまったら、案の定でまだ話には続きがあるといった顔をした羽鳥にイラッとしてしまう。

 これとの付き合い方は半分以上の感情を殺すことだ。平常心、平常心。深呼吸しろ、ヒッ、ヒッ、フー。

 

「私がこれだけで不可解な案件と断じるわけもないだろう。だが君の疑問には答えてやろう。漁師が漁に出た夜は波も高くなかったし、むしろ夜空の星が見えるほどに晴れていたそうだよ。だから船から落ちたとかそういう事故ではない」

 

「それでも船から落ちることはあると思うけど?」

 

「それならどういう時に落ちると思うかな、ヴィッキー」

 

「そりゃあ、網とかの回収とかの作業中じゃないかしら」

 

「だとしたら船の(いかり)は作業のために下ろされているはずだよ。だが発見された船の錨は下ろされずに岩礁に座礁して止まっていた。つまり漁師は作業中の転落ではなく、穏やかな海の上で船から落ちた可能性が高い。或いは……」

 

「自ら海に飛び込んだ可能性か?」

 

「私はそう考えている。あとはその漁師の死因だね。海に落ちた人間ならその死因は考えられる限り1つ。溺死だ。だがその漁師の直接の死因とされていたのが『衰弱』だったわけだよ」

 

 ……それは確かに妙だ。

 海が荒れていたわけでもなく、漁の作業中に転落したわけでもなく、直接の死因が衰弱?

 溺れた人間ならまず衰弱する前に大量の海水を飲んで溺死する。衰弱が先に来るということは、その漁師は『溺れる前にほぼ死んでいた』ってことになる。

 そこまで弱るほどに泳ぎ続けた? いや違うな。衰弱っていうのはそんな肉体の疲労だけで決まる問題じゃない。

 

「それらの点から私はこの件は単なる事故死ではないと考えた。が、これが人魚の関わる案件かどうかは可能性としては低いね。人為的な殺しの線だってもちろん捨てきれない」

 

「……いや、レス島の南ってのはオレの聞いた神隠しの件とも場所が重なるな。レス島に着いたらまずその海岸線に行ってみる価値はあるかもな」

 

「それはいいんだけどさ……私もシルキーなんて見ちゃった後だから疑うわけでもないんだけど、2人とも、まさか本当に人魚が存在すると思ってるの?」

 

「私は半々だね」

 

「オレは……人魚かはともかく『何か』はこの海にいると思ってるよ」

 

 そうした羽鳥の掴んだ過去の事故も含めて、レス島に着いたらまず向かう場所は決まり、それ自体は自然な流れだった。

 しかしこういったオカルトの線で行動したことがないっぽいヴィッキーがよく考えたら当たり前なことをオレと羽鳥に尋ねてきて、ここで信じてないと断言できない自分の経験値に愕然としてしまった。

 ああ……オレはもう世間一般から見ても『オカルト信者』に見られてしまうくらい世界の裏側に足を突っ込んでしまっているんだな……悲しい。

 と、よくよく記憶の奥底から掘り起こせば、そもそも幸姉が魔眼を暴発させた頃から天狐の伏見様とかと会ってしまってる時点で手遅れだった。オレまだ9歳だったよなぁ……若気の至りってやつか。って違うわ!

 とかなんとか内心でやってることも露知らず、オレと羽鳥が異形の存在を全否定しないことに苦笑いしたヴィッキーは「本当にいて好戦的だった場合は任せた」と先に予防線を張って役立たず宣言。

 おいこらお前。この前の汚名返上で来たんじゃなかったんかい。

 

 レス島は昔、乾燥地帯で気候などの条件から塩が生産されていたが、その影響で森がなくなり不毛の地となり生産が中止され、今はリゾート開発やらで観光地として有名になっていて、湿地の保護を目的とするラムサール条約でレス島周辺が丸ごと登録されている。

 島の主な開発は北と西側に集中し、南側と先細りした東側は比較的人の手が加えられていないが、人がいないわけでもないっぽい。

 1時間とかからずに到着したレス島でまずはヴィッキーにホテルの確保に動いてもらい、オレと羽鳥が車で島の南側の海岸線を様子見。

 島の南側の海岸線にはこれといった特別なところはなく、島から少し離れた位置に学園島くらいの大きさの小島が存在するくらいが精々。

 

「どこにでもある海岸線って感じだが」

 

「だね。何かあるにしても、ただ側だけ見ても見つけられるわけもない。事によっては海中探索も必要になるかもしれない」

 

「それは明日に回すにしても、今日のうちに出来ることはやるに越したことはないだろ」

 

「ほぅ。具体的には?」

 

「神隠しの件。条件があるのかは知らないが、この場所が関わってるなら検証の余地はあるだろ」

 

 比較的だが目の良いオレと羽鳥が見える範囲で不審なところがないかを見てみるが、そんなものが見つかったら見つかったで人魚伝説が胡散臭くなるので、ここで何も見つからなかったのは予定通りといったところ。

 その上で今後の動きを検討したオレと羽鳥が意見を出し合い、オレの方から神隠しの件に触れると、なんか凄く嫌な笑みを浮かべた羽鳥がオレを見てくる。

 これは凄く嫌な予感……

 

「いやぁ、君の口から検証の余地があると言われたなら仕方ないね。ではお言葉に甘えて今夜にでも検証しようじゃないか」

 

「……お言葉に甘えて?」

 

「件の海難事故や歌声の導きは男性が犠牲者として多い。人魚に好みがあるのか、はたまた歌声などに含まれるかもしれない催眠効果が男性に強く影響するのかはわからないが、1つでも条件とやらを満たすのならその再現性は高い方が良いだろう。おや? まさかそんなことも考えずに『被験者』に立候補したのかい?」

 

 …………そういうことかよクソが。

 確かに人魚が関わってそうな案件の被害者は男性が圧倒的に多いのは話からもわかっていた。

 その前提があってオレが検証などと口にすればこれ幸いと乗り気になるこいつもこいつだ。

 3人の中で男はオレだけだから、それをやるとなれば当然オレが検証の材料にされる。くっそ、そこまで考えてなかった。

 

「……チッ。安全策くらいは練ってもらうぞ」

 

「何がどう安全策になるのかはわからないが、自らの保身を他人に委ねるのはどうかと思うよ?」

 

「お前、もう帰れよ」

 

「冗談だよ。君は本当にからかい甲斐がある。留学してもそこは変化しないね」

 

 ハッハッハッ。そんな風にして笑う羽鳥の言葉には純粋な怒りしか湧いてこない。臨界点突破して殺意に変わるのもそう遠くないかもしれないな。

 それで明らかに怒りを顔に出すと益々喜ぶアホなのはわかっているが、1度くらいはぶつけないと際限がないのでこの1回で羽鳥のいじりを終わらせてヴィッキーの取ってくれたホテルに撤収。

 羽鳥の言うように何が安全策になるかは全くの不明ながらも、過去の案件から人の思考力を奪う洗脳や催眠といった類いの可能性を前提に作戦を練る。

 たった1度の作戦で成果が出るとは思ってないので、数日に渡る計画を作成しつつ、囮となるオレの設定が完成したのだが『ロマンチストなナンパ男』とは何事か。オレから最もかけ離れていて苦しすぎる。

 それでもレス島の神隠しの件は割とポピュラーな話らしく、地元はもちろん、レス島に観光に来た人でさえそこに向かうとわかれば警告はされるので、それでも近づく『バカ』な設定は必要不可欠との判断。羽鳥の独断に近いが。

 

「うん。今夜は設定としても良さそうだ。では頼んだよ撒き餌君」

 

「これで死んだら恨む。人魚じゃなく羽鳥を」

 

「うわぁ、それ理不尽じゃない」

 

「ハハッ。超能力者でもない君が恨みで人を殺せるならやってもらいたいくらいだよ」

 

 そうして迎えた夜の11時頃。

 夜空に輝く星々の光が鮮明に見える好条件に機嫌の良さそうな羽鳥は、これから南の海岸に向かうオレの肩を叩いてくるが、その顔がこの上なく笑っているのでイラッ。他人事なんだよな、こいつ。

 一応の安全策は講じているが、それが機能するかは不明なので、羽鳥とヴィッキーにも少し離れたところに待機はしてもらう。

 その前に南の海岸に移動したオレは、設定の通りの男を演じるためにかなりの仕上がりにしてきたヴィッキーと2人きりで1度、デートのようなシチュエーションをするためにそれらしく散歩を始める。

 ただわかってはいるのだが、こういう時のヴィッキーの洗練された仕草などが真に迫る本気度でマジで良い女に見えて仕方ない。

 まぁオレも表面上だけで女を見るような男ではないから、それで惚れたりだのはあり得ないが、ヴィッキーの実力はやはりこういう方向性で真価を発揮するタイプだな。

 

「今夜はこんなに星が綺麗に見えるからね。君と一緒に見たくて連れてきたけど、嫌だったかな?」

 

「……いいえ。私も彼と喧嘩して寂しかったし、良い気晴らしになってるから」

 

「じゃあオレがそんな男のことを忘れさせてあげるよ」

 

 そんなヴィッキーを相手に臭い芝居をしなきゃならない状況に舌打ちしたくなるが、それを押し殺して役を演じてやると、一瞬だけオレの羽鳥っぽい台詞に笑いかけたヴィッキーも、すぐに切り替えて役を演じてくれた。が、笑うな。真面目にやってんだぞ。

 事前に打ち合わせもした上でやってるのに笑われるのは恥ずかしさで死にそうだが、半端なことをすると芝居がかるので振り切るつもりで役を続けて、その足を止めてからヴィッキーの肩に手を添えて向き合うと、そこから何も言わずにキスしようとする。

 しかしヴィッキーは設定の通り、彼氏がいるのでオレのその行為を止めるように胸に手を当てて離れるように引き剥がし「ダメよそんなの」と塩らしい演技。

 あー嫌だーこんなこと続けたくなーい。

 打ち合わせ通りに進んではいるが、ここから先はただのアホなので演技でもやりたくない。

 だがやらないとヴィッキーをこの場から離れさせられないので、本当に仕方なく彼氏への負い目がある設定のヴィッキーを再び抱き寄せて、勢いに任せて押し倒してしまう。

 

「そんなこと、オレと一緒にここに来た時点で気にする必要ないよね? だったら……」

 

 そうなったら男と女がやることなど1つしかないので、オレが強引にその方向に持っていこうとする。

 これだけ見ると完全にレイプ寸前のクソ野郎だから心底嫌だが、ヴィッキーには逃げてもらう前提なので暴れてもらって、その拍子に金的攻撃を当ててもらう。

 もちろん本当に当たったら悶絶ものなので寸止めにはしてもらったが、寸止めはなかなか難しいからちょっと当たってしまい、それ自体には仕方ないと諦めて大袈裟に痛がり、その隙に逃げたヴィッキーは、乗ってきた車でリゾート開発エリアに戻っていってしまう。

 当然、車を失ったオレは徒歩で戻ることが確定し、女に逃げられたことにも落胆して砂浜に寝転がるしかない。

 こんな様子を端から見たらオレなら引くね。ドン引きだよ。神隠しに遭うなら好都合とも思う。

 そんな男が無防備に1人でいたら何かが起こってもいいと思うだろう。

 しかし現実はそんなに甘くはないから、30分くらいはふて寝を敢行したものの、何の変化も起こらなかったので今夜は撤収する流れになる。

 非常に不快だし羽鳥にもヴィッキーにも笑われるから早く終わらせたいのは山々だが、こっちが諦めると決めたのは5日後の17日。

 その時が来るまでは毎晩、変装したヴィッキーと同じようなやり取りを繰り返すことになっていたので、日に日に変わるヴィッキー七変化を唯一の楽しみにして苦行に耐え続けた。

 

 そしてオレ達が定めた期限の前夜である16日に変化は起きた。

 これまでのように女を口説くことに大失敗したオレが月を見ながら黄昏れていると、発生源は全くの不明ながらどこからともなく女の歌うような声が、決して大きくないのに脳へ直接ハッキリと響いてくる。

 これが遠くに待機している羽鳥達にも聴こえているのかは定かではないので、まずは自然な反応としてその声に周囲を警戒する仕草をしてみせる。

 しかしそれもすぐに反応として鈍くなるのを感覚として自覚したオレは、次いで自分の思考力が徐々に低下していくのを理解。

 そこでようやくどうにかしようと考え出すが、あまりにも低下する速度が早くて、その時にはもう何かを考えることも不可能になり、自分が自分じゃないような感覚に襲われてしまう。

 体が思い通りにならないこの感覚はかつてヒルダにかけられた催眠術の感覚に非常によく似ていたが、違うところは確かにあって、この催眠術みたいなものはオレの意思に関係なく体を動かし始めたのだ。

 ──前へ、前へと。冷たい夜の海へ。

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