5月20日、木曜日。
ロンドン・スタンステッド空港から直通の便で約2時間。
スペインのアストゥリアス州にあるアストゥリアス空港へと昼前に到着したオレは、到着がズレる理子を待つよりも先に、数日の滞在先にする予定のアビレスという都市にいち早く向かって現地の下調べをしておく。
アビレスはアストゥリアス空港からほぼ東に10km程度のところにある、アストゥリアス州で3本の指に入る都市だ。海にも面していて漁業や貿易はもちろん、製鉄工場が大きく産業都市でもある。
「スペイン語圏だから英語でも少し不自由するが、人を選べば話が通じないってこともないな」
「だから不自由に思うなら組織から通訳を派遣するってば」
理子の到着は昼を少し過ぎた頃になるとからしく、少し前にメールでマドリードの空港に着いたと報告があったから、あとは飛行機の乗り継ぎ1時間程度でこっちに来るはず。
それはまぁ予定通りでいいのだが、予定外は今も普通に隣を歩きながら独り言のような呟きを会話に発展させてくるヴィッキーだ。
さすがにそろそろ依頼による欠席が重なりすぎて武偵高でもオレとヴィッキーが一緒に依頼をこなしてるんじゃないかと思われても不思議ではない。
そんなタイミングにも関わらず律儀にリバティー・メイソンの職務を全うするためか、オレを尾行してきていたヴィッキーに気づいたのは、情けなくも飛行機に乗り込んで飛び立つ数分前。
その辺はやはり諜報科といったところで、ガチの人毛を使ったウィッグまで使って変装してたからわからなかった。質感がリアルすぎた。気持ち悪い。
「……あのさ、ヴィッキー。オレは気にしないからいいんだが、武偵高でもそろそろ噂とかになってないのかよ」
「ああそれ。それねぇ、さすがにもうバレてたかな。昨日はキョーヤが学校に来なかったから私が問い詰められた。キョーヤとヤったのかヤってないのかって。下品よねぇ」
「…………オレが気にしてるのはヴィッキーのこれからのことなんだが……」
「あれ、そっちか。キョーヤは優しいね。でも大丈夫だと思うなぁ。男の影って言ってもあくまで依頼の上でってことだし、将来的には私、国内での活動を中心にする予定だから、こうやって国外での活動ならあんまり気遣いはいらないってわけ。だから今回も張り切っちゃうわよ」
「張り切らないでくれていい。はぁ、心配して損した……」
そうまでしてオレについてくるヴィッキーのやる気の源が何なのか不思議でならないが、やはり武偵高でもすでにオレとヴィッキーの関係が怪しまれていたのは事実で、ヴィッキーの身の振り方からして余計な男の影は邪魔だろと、今からでも帰れとやんわり言ってみる。
しかしヴィッキーもヴィッキーである種の開き直りをしてここまで来たことが言葉からもわかって、もう何を言っても帰りはしないと諦める。
セイレーネスのことに仰天したりで一線を引くと思っていたから、同じような今回はついて来ないだろうと思ったんだけどなぁ。女ってわからん。
「それより何度か携帯を確認してたけど、これから誰かと合流するの?」
「東京武偵高の援軍。向こうの修学旅行と被ったからついでに手伝わせる」
「手伝わせるって、後輩なの?」
「いや、同級生。報酬も決めてるから合意の上でだ」
仕方ないのでヴィッキーも今回はメンバーとして数えることにし、気になっていた連絡の相手についても教えて不慮の事故を防ぐことにする。
どうしてなのかこういう時にブッキングする女はオレが予想するより嫌なリアクションをすることが多いので、その経験から理子にもヴィッキーについては報告のメールをしておく。
そのメールを送る間にヴィッキーも性別が気になって尋ねてきたから素直に女だと答えてやるが、その時に「ふーん」とか嫌でも気になる反応をしたのに悪寒が。会わせるべきではない。本能がそう言っている、気がする。
だが仕事上で会わせなきゃならないので、ヴィッキーの行動には注意すればいいと判断して、街の中は把握したから今日中に集めるべき情報を集めにヴィッキーと分かれて行動。
アストゥリアス州にはバンシーが匂わせたレス島のセイレーネスとは違う種類の言い伝えやら何やらが残されている。
ただ聞く限りではセイレーネスなんかよりもよっぽど信憑性がないというか可能性を感じないというかなものなので、メヌエットも「無理そうなら2日とかけずに帰ってきていいですよ」と割と諦めムードを最初から出している。
メヌエットがそうなるくらい、このアストゥリアス州の伝承やらは現実味がないのだ。
──ドラゴン。
ゲームなんかではRPGやファンタジーでその名を聞いたことがないはずがないほど有名なモンスター。
東洋では蛇のような長い胴体を持つトカゲに似た姿の龍が広く伝わり、西洋では肉食恐竜に翼をつけたようなものや、両腕が翼の役割を持つ翼竜、ワイバーンなどが該当する。
この辺は理子辺りが目をキラキラさせながら説明してくれそうだが、そういうゲーム知識は今は必要なく、このアストゥリアス州には古くからそのドラゴンが存在するような話があるのだ。
もちろんオレも様々な異能の存在を見てきたから、今さらドラゴンが生きて存在していることを100%あり得ないと切り捨てるところにはいない。
それでも大きさだってまさか人間サイズなんてことはないだろうし、大きければそれだけ隠れられる場所だって限られてしまう。
科学も発達させてきた人類の今日においていつまでも『伝説』でいられるはずがない。
「ドラゴンはいるに決まってるさ!」
「ドラゴンはこの地方の守り神よ」
「守り神のおかげでここ300年くらい、サメやらが寄りつかない海って割と有名だよ」
「年に1度、街じゃ守り神様を讃える龍神祭ってのをやって、守り神様に供物を奉納する行事もやってるよ」
……はずなのだが、どうにも英語の話せる街の人から聞く話では、ドラゴンは昔から街の守り神として祀られている存在のようで、すでにいるいないという次元ではなく『神聖化』してしまっている。
ただこういうのは日本でも河童や天狗といったものが同じような扱いを受けていたりするものだから、彼らをバカバカしいと一蹴することなど到底できない。玉藻様にも「信心が足りん!」とか言われそう。
デンマークの人魚伝説は畏怖の念も強くて、漁師などは語り草にするようなもので割と有力な情報になってくれたが、ここアストゥリアス州では苦戦しそうだ。
守り神ならそれを祀る祭壇なんてものもあるかもしれないが、それがある場所がイコール、ドラゴンの住み処なんて都合の良い話はないし、神格化していると都合の悪い話なんかは歴史の中に消えていってしまう。触れられたくない汚点を忘れるかのように都合の良い歴史がそれを塗り潰してしまうのだ。
「唯一の確定情報は……サメの寄りつかない海、か」
アストゥリアス州は何かを探すとなるとやはり広大。
地図を見ながら話の中にあった情報と、事前にメヌエットから教えてもらった伝記などから水辺に当たりをつける。
そうするとアストゥリアス州だけならビスケー湾に面する北の海岸線沿い約150kmくらいの範囲に絞られる。
日数で分ければ1日50km程度の捜索で3日。30kmでも5日もあれば大体は捜索を終えられる。
まぁそれは楽観視しすぎで、実際はもっと地形もグニャグニャしてるし聞き込みだって時間を取られる。移動だけを考えればってことだ。
と、ここまでの調査ですでに1時間ちょっとは使っていたので、そろそろ理子もアストゥリアス空港に着いた頃かと携帯を見ると、ジャストのタイミングでアビレスに向かってるメールが来たので、コミュニケーションの鬼である理子のフレンドリーな性格なら聞き込み調査が捗るかと、一旦ヴィッキーも召集して3人での初顔合わせといく。
集合場所にはテラリス通り沿いのアビレス駅を選び、合流してからああだこうだ言うのも不毛だから来る前に飲食店の席を確保しておき待っていると、それらしきタクシーが駅の前に停まって人が降りてくる。
その人物は見間違うことの方が難しいと思える東京武偵高のセーラー服にフリルなんてあしらった女子女子してる服装に輝いて見えるほどの綺麗な金髪をツーサイドアップに結った小柄な少女。
もう少し身長があれば『美人』という部類に入れても問題ない、まだ美少女の域をギリギリ出ない17歳になったばかりの峰・理子・リュパン4世は、タクシーから荷物を降ろすなり辺りを見回し、謎の高感度センサーで遠目にいたオレをびこんっ! と反応したように見つけて花が咲いたような笑顔を見せてくる。
その至上稀に見る純粋な笑顔に不覚にも『可愛い』とか思ってしまったが最後、完全に目が合ったところで恥ずかしさから目を逸らしてしまったから、絶対に弄られる。これは確定事項。
キャリーバッグを転がしながらこれでもかってほどの女の子走り──もちろん普段はしない──で可愛さアピールして近づいてくる理子の今さら感にはツッコまないぞと心に決めて待ち構えていると、狙ったかのように別方向からヴィッキーがオレを見つけて接近。
距離的にヴィッキーの方が先に寄ってきて、理子に気づいた様子もなく成果の方の報告をしようとするが、理子の方が純粋な笑顔から凍りついて冷たい笑顔に変化。
一応メールで協力者の存在は伝えていたが、理子の基準では自分より劣る女とでも断定していたのか、モデル並みのヴィッキーにリアクションを用意してなかったっぽい。が、それはそれで怖い。
「いやぁ、キョーやんはどこに行っても必ず女を1人は侍らせてるねぇ」
「人を遊び人みたいな言い方するな」
「えー? 事実を言ってるだけですよぉ」
そうして寄ってきた理子がまずはヴィッキーを無視して日本語で挨拶するもんだから、オレも日本語で対応すると、意外にもオレに対しての怒りとかはぶつけてくる様子はない。
それでも言葉にトゲはあるが、絡み方に苛立ちは感じないから本当に挨拶代わりなんだとわかる。
「ねぇキョーヤ。彼女が東京武偵高の協力者? ちっちゃくて可愛いわね」
「同い年だって言ったろ。あと英語は普通にわかるから……」
おそらくオレの初見の反応から今のを差し引いてチャラになったくらいの怒りゲージだからこの程度なんだし、事を荒立てることさえしなければ穏便に話が進むと確信。
ヴィッキーの方も流れで説明できるなと安心したら、日本語のわからないヴィッキーは会話に理解はなくても割り込みはしてきて、割り込まれた理子が英語でリトルだキュートだと『上から』言われたように解釈できたことにムッとしてしまう。
さらに理子の出現で女同士のヒエラルキー問題が発生したのか、武偵の性質上から対等でいいのに上下関係で事を決めたいらしく、目線で火花を散らしたあとに先制攻撃でヴィッキーがオレの腕に抱きついてくる。かなりの密着具合だ。
「それじゃあ人員も揃ったし食事でもしながら今後の話をしましょう。もちろん夜のことも、ね」
「…………」
それに全く意味が見出だせないオレを無視して、ヴィッキーは謎の強気からオレとなんかいかがわしい関係にあるような匂いを醸し出す。
これはおそらく理子がオレとかなり進んだ関係と本能的に察して理子をぐぬぬさせるつもりなんだと気づくことはできたが、CVRで鍛えた演技力は女優レベル。理子もダメージは入ったかもしれない。
こうなった時はオレがあれこれと本当のことを言ってもあまり信じてもらえないのは経験からわかるので、理子の反応を見つつ修正しようと様子をうかがうと、理子も理子で昔なら蹴りの1つも飛んできていた状況でも手を後ろで組んで余裕の笑顔を見せている。
「理子ね、キョーやんと会えないこの1ヶ月半くらいでわかったんだよねぇ。キーくんもそうだけど、良い男には善し悪し関係なく女が寄ってくるんだよ。それが必然なの。だからキョーやんが女と一緒にいてもそれは普通なこと。理子が好きになった人はそういう男なんだって思えば、いちいちキレるのがバカらしいって考えに至りました」
「お、おう……なんかしっくりこないが、そうなのか……」
「うん。それとその女がアホみたいなことしてるのもあんまり気にならないかな。キョーやんが付き合ってもいない女と寝たりするわけないし」
その余裕の笑顔の理由についてはオレが納得いかない部分があったが、ヴィッキーの演技も理屈っぽく見抜いたのは本当らしく、日本語のわからないヴィッキーが何を言ってるのか気にする様子を見て楽しんでいる。
なんかそんな理子の立ち振舞いが新鮮すぎて、初対面のヴィッキーよりもオレの方が困惑してしまうほどの心境の変化は悟りでも開いたのかと思う。
ひょっとしたらジャンヌによる変装の可能性もなきにしもあらずか! とか思ったが、この低身長はジャンヌには無理なので本人で間違いない。
「それで、下手くそな芝居でテメェはいつまで京夜に抱きついてやがるんですか?」
「おおぅ……キョーヤもしかしてこの子、とっても怖い?」
「戦闘力ならオレより上だぞ。性格もそっち向きだ」
「そういうことは早めに言ってほしかったんだけど」
ただ別人に思えた理子ではあったが、ニコニコ笑顔もなんだかんだで頑張ってやってたみたいで、初めてヴィッキーに話しかけたタイミングではすでに可愛い表の理子が引っ込みかけて、素の方の裏の理子がこんにちはしてきていた。
その変貌にはヴィッキーも思わずオレからパッと離れて、理子との戦力差を本能的に理解したみたいで、オレよりも強いと聞いて理子イジりは速攻で終了。
険悪なムードはヴィッキーが空気を読んで自己紹介と共にすぐ謝罪したことで払拭され、理子もまだ何かヴィッキーに対して謎の警戒を残してはいたものの、この警戒は敵味方云々ではない何かだ。男のオレにはわからん。
「よーし、挨拶も済んだしとりあえずご飯だよキョーやん! ランチッ! ランチッ!」
とにかくこれでオレの警戒していた女同士の初対面は無事に終わったので、さっさと仕事の方も終わらせたいから移動しようと提案しかけたら、先読みしたか単に腹が減っていたのかオレの腕に抱きついて引っ張り、オレが席を確保していた店を指して移動し始める。
推理したとかでは絶対ないから深く考えないが、ビビるのは腕に抱きつく理子の胸の大きさと柔らかさ。嘘だろこいつ、たった1ヶ月半で少し成長しちゃいないか?
ヴィッキーはスレンダーなタイプだから慎ましくも気持ちいい感触だったが、理子のはまるでマシュマロだ。ぽよんぽよん……
「いやーん、キョーやんが理子のおっぱいの感触を楽しんでる顔してるぅ。もっと堪能してぇ。うりうりぃ」
「そんな顔はしてないが、当たるものは拒否しない」
「じゃあ触らせるのもオッケーってことですな!?」
「あっ、痴女みたいなことはノーサンキューです」
そういえばこうやって女にスキンシップされるのも久しぶり……というか理子くらいしかやらないから当たり前だったが、男の本能がそれを楽しもうとしたところでスペインなのを良いことに日本語でオレを茶化してくる。
完全否定できないオレも表情には絶対に出してないと断言しつつも、胸の感触は堪能しかけてたことは肯定。
そうしてオレが理子の喜ぶことを言うから調子に乗って本当に触らせようとかしてくる前に真顔で否定しておき、上がったテンションを元に戻してやった。テンションが乱高低しすぎだ。災害かお前は。
理子のテンションをコントロールするのは難しいが、食事に関してはオレにベタベタするよりも食欲を満たすことに意識がいってくれて、料理をモグモグしながらオレとヴィッキーの話にまずは聞きに徹する。
オレとヴィッキーも詳細を知らない理子にわかるように今回の仕事の内容を確認するようにして聞き込みの成果を報告すると、理解力が高い理子はモグモグしながらもドラゴンとかの単語に誰が見ても目をキラキラさせてきたのがわかる。ゲーマーはこれだから……
「それでそれで? そのドラゴンっていそうなの?」
「今のところは『いないかもしれない』に寄ってるな。神聖化してるから日本の河童とか天狗の伝説に近い」
「でもあれよ? こういうのってほら、日本では何て言うの? 年季が入った物とかに魂が宿るみたいな話」
「
「物じゃないからわからないけど、フローレンスはそういう逆説的な可能性も考慮すべきかもとは言ってたわ」
ゲーマー目線でワクワクしてる理子には悪いが、現実にドラゴンがいたとしたら、勇者のように戦えるものでは絶対にないから高揚感とか排除していただきたいね。
そんな意味も込めて今はいない可能性の方が高いと言ってテンションを下げにいったが、事前に羽鳥とも連絡を取っていたっぽいヴィッキーから新たな説が出てきている可能性に話を傾ける。
だがその逆説的な可能性は現実として起こりうることのようには思えない。
仮に自分の想像したものを現実に出来る超能力者がいたとしても、命あるものを作り出すという行為には超能力の域を越えるものを感じる。
しかもそのドラゴンが知識を持ち、今もどこかに隠れ潜んでいられるほどの知恵もあるなら、生命体としては人間に近いか越えるものを持っているかもしれない。或いは……
「……その方面は専門家に意見を聞くとして、当面の行動はこのアストゥリアス州の海辺を中心に調査する。異論は?」
「ないであります、隊長」
「変な話だけど、これで『何もなかった』ってのが嬉しいのは私だけ?」
「それは同感」
「えー、いたらワクワクじゃん! マロンがないなぁ」
「栗はなくてもいい」
何にしてもまずは調べないことにはわからないので、陽があるうちにもう少し当たりをつけられないか調査し、明日から移動も含めて本格的にやると決めて、理子とヴィッキーも反対意見はなし。
「ああそうそう。キョーやんにアリアから伝言。メールとかだと困るからって日本を発つ前に預かってきたの」
「メールじゃできないね……なんて?」
「今アリアはローマに行ってるんだけど、24日にそっちで合流したいって。場所はトレビの泉。時間は午後3時ジャストでっす」
「急な過密スケジュールに……了解はしたが、行けるとは言ってない」
「なるほど、そこに理子とのデートをぶち込んでくれるわけです……にゃ!?」
それじゃまた動くかと食事も終えてから席を立ったのだが、その前に日本でアリアから預かった伝言を理子から受け取り、メールできない案件と聞いて黄金の件かと理解。
ローマってことは留学と言う名の海外逃亡をしたキンジの様子見でもするんだろうが、そちらの都合だけで合流を決めるのは横暴ですわよアリアさん。
とまぁそんなことを言っても貴族様には改善の兆しが見えるかもわからないので、仏の顔も三度と言うし今回は間に合えば行ってやろう。
そんなことを決めて理子の妄言にチョップと言う名のツッコミを入れて店を出て、今夜泊まるホテルを集合場所に3人で分かれて街へと散っていった。