アストゥリアス州のドラゴン伝説調査の2日目。
久々にオレに会ってテンション上がりまくりで、なかなか寝ない理子をワイヤーで拘束して無理矢理寝かせたのも数時間前。
朝起きたらやっぱり一緒だった
そんなこんなありながらの3人での朝食時に、ふざけながらもやることはやる理子が昨日の段階で曖昧だった部分をいくらか実証してくれていた。
「ドラゴンとか胸熱だけど、それ以上にキョーやんとのデートを取りたいのでさっさとお仕事は終わらせますぞ。昨日言ってたこの辺一帯の海について色々と専門家の記事とか漁ってみたよ」
「何かわかったのか?」
「うん。ここ300年くらいは本当にサメとかの被害はないみたいで、興味を持った海洋学者とかがその原因究明のために調査したって記事があったの。それが20年くらい前でアテになるかはともかく、調査の結果としては海水の温度とか気候とか魚の生息圏とか、そういうのは他の海とも大きく違った特徴はないから、サメとかが寄り付かない理由には繋がらないだろうって」
「科学的には原因はわからなかった?」
「他にも超音波とか電磁波とか、サメとかが嫌がるものが発生してないかって調べたみたいだけど、人を襲うような魚だけが全くいない原因には辿り着けなかったって。不思議な話だよねぇ。ドラゴン信仰も生まれるわけだよ」
こういうデータに関しては
しかし科学的に人食い魚が近寄らない海が存在しうるとなると、やはりドラゴン信仰ってのも単なる伝説ではない気がしてくる。
「それってさ。つまりそのドラゴンがこの辺一帯の海に『俺の縄張りに近寄ってくるな』ってやってるんじゃない?」
「……野生動物の縄張り争いみたいな話か? 確かにそういう食物連鎖のピラミッドがあれば、ドラゴンは頂点だろうが……」
「案外良い線いってるかもよ? ほらっ」
科学的に証明できない事例ってのは世の中に溢れてはいるが、超能力的になら証明できることもある。
その辺での意見としてヒルダにも協力してもらおうかと思っていたら、その前にヴィッキーが半分くらいはふざけていたのだろうが、意外と反論しづらい仮説を立ててくる。
そんな馬鹿なと一蹴するでもなく、これを拾った理子が自分の足元を指すからそちらを見ると、ヒルダも理子の影に潜みながらその影の形を『NICE』と読めなくないものに変えていた。
「影絵は良いから口頭で頼む、ヒルダ」
「いきなり出ていったら、そこの女がビックリすると思っただけよ、サルトビ」
その不思議な現象にはヴィッキーも完全に目が覚めたように目をパチクリさせていて、オレの声に応えて今度はその影からぬるっと黒いゴスロリのドレスに身を包んだ金髪ツインテールのヒルダが姿を現す。
意外にもヴィッキーへの配慮があって段階を踏んだと話すが、その意味はなかったようで椅子から転げ落ちていた。
こうなるなら昨日のうちに紹介くらいしておくべきだったかと、つい今朝方にヒルダの存在を思い出したオレが矛盾するように思っていたら、ヴィッキーも連日の仰天イベントで耐性が上がったか、すぐに持ち直して順応。ようこそオレ達の側へ。
「それで超能力的観点ではこれをどう見るんだ?」
「超能力というよりは動物が持つ本来の力。本能に働きかける力とでも言うのかしらね。それがこの辺一帯の海に作用しているようね」
「もう少し噛み砕いてお願いしたい」
「お前にも1つくらい覚えはあるでしょう? かつて東京のあの塔で私の『
順調にヴィッキーも異常な環境に適応してきたのは置いておいて、反応したからには話があるヒルダの意見に耳を傾けると、ずいぶんも抽象的な言葉を使うから、もっと理解しやすい表現を頼む。
するとヒルダは去年の10月くらいに建造途中の東京スカイツリーの天辺で戦った時の話を持ち出し、あの悪魔のような雷を纏って無敵に近かった自分をどう感じたかを尋ねてくる。
あの姿を自分で『神』とか言ってたこともあるが、圧倒的な戦力差はオレとあのキンジから勝機を失わさせるほどのプレッシャーを放っていたのは確かだ。
「……それと今回のが結びつくのか」
「抽出するなら『恐怖』の感情が最も本能を刺激する。誰だって100%勝てない相手には挑むことさえしたくないでしょう。怒らせたくないでしょう」
「ああ、その恐怖をあの海に放ってるのがドラゴンってことかぁ」
「しかもこれは周波数のようなもので、発信する側と受信する側との波長が合わないと機能しない。ドラゴンかは私にもわからないけど、この海にいる何かは自分にとって都合の悪い生物にのみ力が作用するように調整しているのでしょうね。だから人が食せる魚なんかには影響がないのよ」
その話と今回のが結びつくならと進めれば、ヒルダの見解ではそうした恐怖を周囲に拡散する存在がこの海にいて、無差別ではなく作為的な行動によってコントロールされている可能性があるとのことだ。
ただそう聞くとやっぱり超能力的な感じは否めないので、有力な可能性を出した功績で理子に褒められてデレまくってたヒルダに普通の人間にも使えるものなのかと尋ねる。
すると受信する側なら誰にでも持ち得る才覚で、発信する側になると人間的な強度が必要とのこと。
要はサイオンとかあのレベルの人間ならコントロールは出来なくても現象自体を起こすことは不可能じゃないってことらしい。
確かにサイオンと対峙した時に勝てるイメージが全く湧かないのは、そういう力が働いているからなのかもしれないな。
そんな生物の神秘みたいなものに触れる話をしてくれたヒルダは、完全なる夜型のせいで今からが睡眠の本番だと言うように、理子に褒められて気分良くまた影の中に潜んでいってしまい沈黙してしまった。理子のためにこの時間まで起きてたと思うと健気なんだよなぁ。
半年くらい前までは理子を家畜の奴隷としか見てなかったのに、今じゃこの変わり様なのだから知る人が見れば劇的な変化だが、オレに対しての態度にはさして変わりはないので、その辺の変化があると今後は助かるね。
とにかく超能力的な見解から有力そうな情報は引き出せたので、海に何らかの影響を与えている原因を探るためにドラゴン信仰について具体的なこと引き出しつつ、現地に赴いての調査を開始した。
午前中には車のレンタルを済ませてアビレスから出られる準備を整え、午後からは東に20km程度移動したところにあるヒホンというアビレスに並ぶ規模の都市に到着。
この街もアビレスと同じく港湾都市で漁業や製鉄業が盛んなので、ドラゴン信仰はあるとアビレスの住人も言っていた。
そこでドラゴン信仰がアストゥリアス州全土で同じ様式なのかどうかを調べるために方々に散って聞き込みを開始。
アビレスだけが行っている風習。ヒホンだけが行っている風習。そんなものも出てくるだろうとは予想していたが、調べてみると意外にもアビレスとやっていること自体はほとんど同じだった。
さらに聞き込みを進めてみると、龍神祭というのは、ここアストゥリアス州にある12の街が1年を通して月に1度、守り神への奉納をすることで海の安全を祈願してきたのだそうだ。
奉納品は食物で農作物だったり獲れた魚だったりと街によってバラバラなようだが、それら奉納品はキチンと納める場所があるらしい。
そこからまた面白い話も聞けたので、きっと同じような話を持って帰ってくる理子とヴィッキーよりもひと足早く集合場所へと戻り、先に今後の展開を考えておく。場合によっては今日明日にでも終わるかもしれないしな。
あまり楽観視もあれだが、潰すべき可能性が湧くとやる気も出てくるもので、戻ってきた理子とヴィッキーも適当に買い食いしながらだったか手にはスイーツがあった。
それは自由だしスルーしつつ、仕事はちゃんとしてくれてると信じて報告を聞くと、やはり2人とも龍神祭についての追加情報を持って帰ってきた。
さらに理子は聞き込みから気になったか、朝に報告していた海洋学者の調査の資料をまた引っ張り出してノートパソコンにそれを表示してオレとヴィッキーに見せてくる。
そこにはここ、アストゥリアス州の地図が表示されている。
「キョーやん達も聞いてきたと思うけど、この辺の龍神祭ってので奉納品を納める場所があるよね。それがここ、ヒホンから北西に20kmくらいのところにあるビオドって小さな町。この町に一旦その奉納品は預ける形で、天候なんかを見て後日に少し北にあるここ、カボ・ペーニャス灯台から西500mのところにある奉納場所に納められるの」
その地図に指で示しながら説明してくれた理子には悪いが、オレも話を聞いてすぐに調べたからそこまではすでにわかっている。
アビレスとヒホンの間には北にピョコンと突き出たような地形があって、ビオドはその突起の地形の最北端の町で、カボ・ペーニャス灯台は実質的にアストゥリアス州の最北端にある建造物ということになる。
ドラゴンへの奉納品はその灯台の西に建てられた祭壇のような場所に安置されるらしいのだが、この奉納品は奉納した翌日の朝には全て消えてしまう現象が起きるのだとか。
野鳥などが平らげるにしてもおかしな話だし、それがなくなるところを目撃した人もいないらしいが、それはひとえにドラゴン信仰が成せることというか、奉納品が奉納されてからその場所には翌日まで人が近寄らない暗黙のルールが存在するらしいのだ。
ただ人間は愚かな生き物なので、実際にそのルールを破る者もかつてはいたようだが、それからの1ヶ月は異常なほどのサメが海に押し寄せて漁をするどころではなくなったのだと伝え聞いた人が語っていた。
それが約300年前に実際に起きた事で、それ以来アストゥリアス州ではドラゴン信仰がより強く根付いたようだった。
「そんでこれが海洋学者が調査した人食い魚がいないと定めた海の範囲」
そうした現実の話もありつつ、あえて説明をする理子なら追加情報はあるだろうと黙っていたら、今度は海洋学者が調べたという人食い魚が出現しないエリアを赤い線で地図に書き加えられると、その線は不思議なことに祭壇のある場所をほぼ中心点にアストゥリアス州近辺の海を覆い尽くすように円形に広がっていた。
「こういうのってさ、地震と同じで発生源から波紋状に広がるってのが納得のいく感じだと思うんだぁ。そう考えるとぉ……」
「ここに何かあるのか」
「えー、本当にドラゴンがいるかもしれないの? 今すぐじゃなくて心の準備くらいしておきましょうよぉ」
デジタルなデータを引っ張り出せる理子を引き込んで良かったと思える収穫に思わずニヤリとしてしまったが、そんな顔が大好きな理子が1人悶えるのをとりあえずスルーし、真っ先に潰すべき案件がこれで決定した。
しかしヴィッキーの泣き言を聞くわけではないが、今からその祭壇に向かったところで陽も微妙になるし、調査の方は明日に回そうと話して、ちゃんと心の準備はしておけと忠告。
オレだってドラゴンとか会ったら腰が砕ける自信がある。それでも会わなきゃならないなら腹は据えるさ。
最後に一応、ここまでのドラゴン信仰が世間であまり有名ではないことの理由についてを考察しようと、アビレスに戻るための車へ乗り込む間に理子に尋ねようとした。
しかしそれよりも前に街のオレ達のいる場所に近いところから異音がして、それに気づいた理子とヴィッキーも鋭い眼光でまずは自分達に危険はないかの安全確認と周囲への警戒を強める。
その辺でやはりAランクは取るだけあって無駄はなく、2人が警戒してくれてる間にオレは異音の正体と発生地点を特定。
何かはわからないがかなり大きなもの同士の衝突した際の音に聞こえて、人の動きを観察して方角を特定。
とりあえずオレ達への危険はなさそうだったから警戒も緩めたものの、野次馬根性たくましい理子が様子だけでも見ようと運転席に乗ってしまったので、事件性のあることだったら武偵としては放ってもおけないとあって仕方なくそれに同伴する形になってしまった。
現場はオレ達のいた場所から500mと離れていない街の一角で、異音の原因は現場を見てすぐにわかった。
大型のトラックが何かの店の1階オフィスに突っ込んで止まっていたから、その時の衝突音が聞こえたものと判断。
それだけなら事故だろうと推測できたのだが、どうやら事はそう簡単に片付く話ではなく、被害者側であろう店の人達が物騒な武装で店から出てきて周囲を威嚇していたのだ。
「どう思う?」
「マフィア同士の抗争かもねぇ。もしくはレジスタンスのアジトだったとか?」
「どっちにしても健全な店に突っ込んだわけではなさそうね」
さすがに武装があると野次馬も蜘蛛の子を散らすように逃げて周囲は軽くパニック状態になっていたが、銃などに怯んでいたら武偵は務まらないオレ達は向こうに警戒されない距離で車を停めて状況を把握しにいく。
トラックは運転席部分が店にめり込んでしまっているので運転手の安否が不明。わざと突っ込んだのなら神風特攻よろしくなことをした可能性もあるし、衝突の寸前に飛び降りた可能性もある。
その辺を確定させるためにヴィッキーには目撃者からの証言を至急取るように言って動かし、オレと理子は他に被害が出ていないか、これから出ないかの注意に意識を向ける。
「あいつらがどう動くか選択肢はあるが、警察だけで解決できるかね」
「レジスタンスとかって有事の際の動きは割ときっちりしてるから、逃げられたら難しそう。ほら、車も出てきたよ」
向こうも下手に騒ぎを大きくしたくないのか、ブッ放しそうな雰囲気は薄いものの、不用意に近づけば危険なのは変わらない。
そして理子の言う通り、騒ぎが起きてからまだ5分と経っていないのに、トラックが突っ込んでからもう逃走の準備を整えたのか、地下に続く横の道から大型の車が2台出てきて、地上にいた武装者達も周囲を警戒したままその車に乗り込んでスムーズに発進しようとする。
レジスタンスなんかは隠れ拠点をいくつも持っているから、追跡を撒いてからまた隠れたりが動きとしては自然だが、逃走を開始した車は幸か不幸かオレ達の車が停まる通りを抜けようと動き始め、このままいけばすれ違う。
「理子、マグネット式のGPSってなかったっけ」
「あやや製の小型のやつなら1個あるけど、動いてる車にとか怪我するよ?」
「やりようはある」
さすがに無関係な案件に首を突っ込んでいられる余裕もないので、これから追跡するだろう警察への助力程度にはなろうと、理子の手持ちから小型のGPSを貰ってワイヤーを取り出す。
そのワイヤーの片側に分銅を付けて対向車線の横にあった排水溝に引っ掛かるように投げ入れてから、もう片方からGPSを通して滑車のような装置を作る。
それを利用してGPSを車に乗ったまま対向車線の上まで滑らせて、逃走車がその上を通過したところでワイヤーを振り上げてGPSを車体の下に設置。
そのままではワイヤーごと引っ張られるのですぐに手離してGPSだけが車に取り付けられ、ワイヤーは分銅の重りで下水へと流れて証拠も消える。不法投棄かもしれんが、不可抗力だ。
「これであとは受信機を警察に渡せばいいだろ」
「キョーやん、ロンドンでこういうことやってるんだ。ロンドン警視庁のお手伝いって地味だね」
「これで金が稼げるんだから楽なんだがな……ッ!」
それらの動作を周りに悟られることなく何食わぬ顔でやってのけたオレに対して、ロンドンで警察のお手伝いという名の都合の良い犬をやってることを知ってた理子が哀れむような、さすがといった雰囲気の混じった視線で見てくる。
オレだって喜んで尻尾を振ってるわけじゃないし、留学の項目に『可能な限り協力するように』とのお達しがあったから半分くらいは仕方なくだ。
ともあれこれで逃走車の追跡は乗り換えがなければ可能になったので、聞こえてきたパトカーのサイレンに合わせて、聞き込みに行ったヴィッキーが戻ってきたところに受信機を警察へ渡すように言おうとした。
しかしそのタイミングであまりに不意に全身を駆け巡ったゾクッとする悪寒のような感覚に、反射的にどこともわからないところを見回してしまう。
理子と戻ってきたヴィッキーは普通にしているところを見ると、オレにしか感じ取れなかった何かではあるのだが、視線とも殺気とも判然としないそれにはオレも困惑。
ただ、誰かに見られている可能性というのは、少し意識していた方がいいのかもしれない。
それでなくてもオレ達がしていることは世の歴史の裏側で生きる者達を暴くような行為に近いのだから、それを良く思わない者がいても不思議ではない。
或いはすでに嗅ぎ付けられてしまったか。全容さえ見えない組織Nに……
「それじゃあよろしくお願いしまーす」
言い知れぬ不安は生まれたものの、そんな不安は人間いつだって持ち得るものだと納得させて、予定通りヴィッキーに受信機を警察へ渡させてまた戻ってきたところで、使いっぱしりにされてご不満そうなのは重々承知で目撃者の証言を聞く。
それによるとトラックは店に突っ込む段階ですでに運転手がいなく、エンジン音すら上げていなかったとか。
つまりトラックはエンジンを停止させたまま無人で動いて店に突っ込んだということになるのかもしれない。
そんなことがあり得るのかと思って、現場検証も始めた警察の方に顔を出してトラックを見せてもらうと、トラックにはキーが挿さっていなく、遅れてやって来たトラックの持ち主が酷い有り様に泣き崩れてしまった。
「ギアはニュートラルに入ってる……なら誰かがトラックを動くようにしてから、何らかの力で店にめり込むほどの速度でぶつけた?」
遠くまで衝突音がしたことからかなりの速度で突っ込んだのは間違いなく、それだけの速度をエンジンをかけずに出すとなると無理がありそうなものだ。
トラックは生け簀用の鮮魚を積んだもので衝突の際に後ろの扉がばっくり開いて魚も海水もぶちまけてしまっていたが、その光景を見てオレはロンドンでの襲撃とメヌエットの話をふと思い出し引っ掛かりを感じた。
「…………水、か」
オレとサイオンを襲撃したNと思しき者は高度な水を操る力を用いていた。
その力ならトラックの積み荷の中の海水を操作してトラックを押し出すことも出来たかもしれない。
だとしたらこの騒動を起こしたのはN、なのかもしれない。だが何故?
そんな疑問を残したまま、結局は姿も見えないやつをどうこうすることも出来ないので、尾行などには細心の注意を払いながらヒホンの街を出てアビレスへと戻っていったのだった。