Slash21
5月24日。月曜日。
スペイン、アストゥリアス州を出発してやって来たのは、アリアとの密談予定があるイタリアの首都、ローマ。
まだNによる奇襲を警戒しなければいけない都合、その標的になっている理子、ヒルダ、ヴィッキーも道連れで来ていたが、観光するには十分すぎるローマに来てから、立場がわかってないのか普通に観光してやがる。
人が多くなればそれだけ異質な気配には気づけるとか謎の理論がある理子とヴィッキーがそんな調子でいるので、下手にホテルの部屋に詰め込んでそこを狙われて連れ去られるより、目の届く範囲にいてくれる方がマシと許容して今に至る。
アリアとの約束は30分後の15時にトレビの泉の前で待ち合わせすることになっていたから、願掛けも兼ねてトレビの泉にコインを投げ入れておく。
まぁこの願掛けってのも後ろ向きに投げ入れるコインの枚数で願いが変わるとかで、1枚だと再びローマに来られる。2枚だと大切な人と一緒にいられる。3枚だと何故か一転して縁切りになる。
ここは2枚投げるのが内容的には合ってるかもしれないので、投げ入れてから理子とヒルダとヴィッキーが迷子にならないようにと願っておく。失礼? そうは思わん。
「あら、2枚入れたってことは、京夜は恋愛祈願かしら?」
人がそれなりにいるのでガヤガヤと割とうるさいトレビの泉だが、そんな中でも聞き間違えることはないと断言できるほどの可愛らしいアニメ声がオレに話しかけてきたので、声のした方を向く。
そこにはこのトレビの泉の人混みでも目立つピンク色のツインテールをした美少女。神崎・H・アリアが腰に手を当てて立っていた。
「だとしたらその相手は誰だと思うんだよ」
「そうね……理子辺りって言いたいけど、アレが浮かれる姿が嫌だからジャンヌ辺りにしておこうかしら」
「そういうのアリアが決めることではないだろ」
なんか久しぶりに顔を合わせての会話だったのに、よくわからない会話に発展して変な顔をしてしまうと、それを見たアリアが小さく笑ってくれたので、とりあえずの挨拶はそれで終わり。
ただオレと会ってから何やら小さなため息を吐いたようにも見えたので、なんとなく心労みたいなものがあるのかなと思いつつ場所を移し近くのピザ店でピザを突っつきながら話を始める。
「呼び出しておいて悪いんだけど、あたし今はちょっと忙しいのよね。だからゆっくり世間話を挟んでる暇はないわ」
「オレも似たようなもんだ。サクッと情報共有といくか」
「ええ。まずはそうね。進展の方はどうかしら。あたしは昨日、1つ当たりがついたんだけど」
「オレの方は……確証が取れてはいないが、まぁ間違いはないと思う」
「さすが京夜よね。バカキンジとは大違い」
アリアとはイギリスの黄金消失事件を捜査する上で協力関係にあると言ってもいい。
実際はメヌエットとの共同戦線上での繋がりってことになるが、協力しちゃいけない理由はないので、真相に迫れるなら惜しむ必要はないというわけだ。
そんな背景があるから話もスムーズで、余計な説明も必要なくどんどん進み、どうやらキンジにも協力は頼んでいたっぽいアリアがオレとキンジを比較してはキンジのダメっぷりを愚痴る。
おそらく直近でローマ武偵高にいるキンジとも会っているんだろうが、それで疲れてるのか。
だがやめてくれキンジ。お前がアリアの機嫌を損ねるとオレにまで飛び火するんだよ。
「……ってな感じで、黄金の消失にはNが関わってると見て間違いない」
この飛び火はオレまでポンコツだと燃え上がるので、そうならないためにオレが調べた情報を包み隠さずに話すことで阻止。
サウサンプトンでの調査から、その後の襲撃。セイレーネスとの接触からアストゥリアスでのNとの遭遇。
それらを経ての話にアリアも納得のいったような顔をしてオレを見てくる。
「そのサウサンプトンでの調査のあとの襲撃もNによるものっていうのは大きいわね。でも京夜も結構危ない橋を渡ってるわ。引き際を完全に失った感じ」
「実際、今も襲撃に備えなきゃいけない状況でな。そっちは別件だから話せないが、Nに関しては引き続き情報を集めたい」
「なら丁度良いわね。あたしも昨日、そのNと接触したわ。その場には曾お爺様も味方としていたんだけど、敵の大将格にやられて瀕死の重症よ」
「あのシャーロックが負けたのか……いよいよヤバいな……」
オレが出せる情報もバンシーが絡む案件以外は話したので、次にアリアが情報提供をしてくれたのだが、つい昨日にNと接触したと聞き少し驚き、さらにそこにシャーロックがいて敗北したと聞くと焦りもする。
それでもアリアが無事に生還してるのだから、何があったかを詳しく聞くと、どうやらその場にはアリアとシャーロックの他にキンジ、レキ、メーヤさん、カツェもいたらしく、あともう1人、ベレッタなる人物も居合わせたようだ。
Nはそのベレッタを引き入れようと接触し、そこにぶつける形でシャーロックが根回しをしたようだが、ベレッタはNへの加入を拒否し、仲間にならないならと殺害されそうになった。
ただ実際に殺されたところをキンジが必死の蘇生術で引き戻して、大事には至らなかったらしいのだが、死んでないとわかったNがまだ狙う可能性は高いとあって、今はキンジと一緒に警護に当たってると、そんな事情があっての今日だという。
「それでそのベレッタってのは人間なのか? オレが会ってきた奴らがことごとく人間じゃなくて言葉が悪いが、許してくれ」
「京夜も言うことが冗談みたいになってきたわね。ベレッタはあたし達と同い年のローマ武偵高の生徒。ベレッタ社の令嬢で装備科のSランク。
「へぇ。んで、そのベレッタ嬢は何でNに狙われたんだ?」
「Nの目的を果たす上でベレッタが必要だった。ううん。必要だからよ。曾お爺様もおっしゃっていたんだけど、人の歴史には『人類史の分岐点』がいくつも存在していて、良し悪しに関係なくそれをもたらす。もたらせる人物が存在するの。その1人がベレッタだって話よ。ただその分岐点にいる時期っていうのが極々限られた時間だけみたいで、ベレッタに関してはあと半月くらいが期限みたい」
「それで今はキンジとアリアが警護してるってわけね。納得」
その警護の理由についても納得がいき、そうやってベレッタについていればNがまた襲撃してくるかもしれないからとわかると、状況としてはオレ達と同じく『待ち』に徹し始めたってことだ。
現状、Nの足取りを追えない以上は下手に動き回っても仕方ないので、アリアも柄ではないだろうが迎撃する形で納得してるようだ。
「どのみち黄金の件は奴らの拠点を見つける必要はあるだろうし、捕縛して吐かせる感じだよな」
「それで済むなら話は簡単だけど、あたしの勘ではそれだけじゃ無理そうなのよね。捕らえるなら敵の大将格。昨日の中だとネモとか名乗った女が良いわ」
「ネモねぇ。そいつがシャーロックを倒した奴か」
「ええ。歳はあたし達よりも低い15歳くらいなんだけど、あたしよりも高度な超々能力を使える女よ。
「そこはメヌが推理した通りの人物がいたってことだな。それを捕らえるとなると、言うは易しってやつになるか。もっと現実的に攻めたいが……」
「他の奴らを捕まえること自体に意味がないわけじゃないわ。そうすることで奴らの計画を遅延させられれば、それはそれでこっちに都合が良いしね。情報が出るなら尚更よ」
「ポジティブだねぇ」
「俯いていられる状況でもないでしょ。ただでさえ曾お爺様が倒れられて苦しいんだから……」
そこで話を次に進めて、オレ達が事を上手く進められたらに移してみると、Nのメンバーの捕縛は敵の大将格であるネモを捕まえるのが最良だろうとアリアは言う。
しかしそれはアリア以上の超々能力者となれば難しいだろうし、そこまでの高望みはかえってこっちのモチベーション。やる気などを失うので排除気味にしておく。出来れば泣いて喜ぶくらいの心持ちでいい。
それとは別に色んなことに前向きな姿勢のアリアに、ちょっと急いた焦りのような感じもあるのに気づいたオレは、割と本気で精神的にダメージがあるっぽいアリアの本音を聞いて自分の思慮のなさを悔いる。
オレからすればシャーロックは教師みたいな澄ましたお爺ちゃん超人。ってな印象と距離感だが、アリアにとっては血の繋がった世界で最も尊敬し敬愛する曾祖父で、そんな人が自分の目の前で倒され瀕死の重症を負ったのだ。
それが昨日の出来事で、まだ気持ちの整理が完全ではないのに、こうして『次』をあれこれ考えなければならない状況はアリアにとって心労以外の何物でもない。
「……だな。せめて気持ちだけでも上を向かなきゃ滅入っちまう。悪かったな、軽率なこと言って」
「……いいのよ。あたし、京夜の前だと少し安心して本音が出ちゃった。京夜のことはあたしもメヌも頼りにしてる。だから良い報せを待ってもいいかしら?」
「約束はしてやれないが、精一杯のことはするつもりだ」
せめてその心労の中にオレが含まれないようにしてやるのが、今のオレに出来ることだろうと謝罪も交えて乗っかっておき、それにニコッと笑顔を浮かべたアリアもいくらかリラックスできたようだった。
そのリラックスがアリアにとってプラスに働いたのか、そのあとすぐに何かが頭をよぎったか考える素振りを見せて、それからオレを改めて見て1人でうんうん頷くので、何なのかと問うより前に席を立ったアリアが口を開く。
「話はこのくらいにするとして、京夜に暇はあるかしら?」
「そうだな。別段、何かをしなきゃってこともないが、そろそろメヌに顔を見せないと怒りそうってくらいだ」
「ふふっ。メヌの独占欲もなかなかね。今すぐにって話じゃないなら、今からベレッタに会ってほしいの。これはあたしの独断だけど、なんとなく京夜はベレッタと会わせた方が良い気がしたのよ」
その思いつきっぽい仕草は勘が働いたみたいなことで、これから話に出てきたベレッタに会ってほしいというもの。
会ったからといって何かが変わるようなこともなさそうに思えるが、明確に断る理由もなかったし、天才の拳銃技師と人脈を作れるならオレにとって悪い話ってこともない。
そんなちょっとした下心もありつつ、アリアの申し出に了承したオレは、離れた位置で話が終わるのを待っていた理子達にもそれを告げる。
ただアリアが理子達がついてくるのを嫌ったため、そこに不満爆発な理子と一悶着あって面倒な喧嘩が勃発。
アリアには近寄りがたいとか以前に言っていたヴィッキーはその光景に割り込めずに終息するのを待つ様子で、女同士の喧嘩は女が止めてくれと内心で思いつつも、双方が納得する折衷案を付き合いの短いヴィッキーに頼るのはあれかとオレが割って入る。
それでアリアにはお駄賃を理子にあげることでフリータイム延長を進言し、理子にはそのフリータイムが終わったらバチカンに駆け込んで、そこにいるらしいメーヤさんと合流して待機してもらうことにする。
ヒルダもヴィッキーもそれで賛成の方向になったので、なるべく別行動は避けたいから早めに用件を終えようと、理子達がどこかに行った後にアリアが乗ってきたというスーパーカー、光岡オロチで移動を開始。
なんかそのオロチの助手席にマッシュがこき使ってた美少女型ロボットである
どうやらこのスーパーカーに搭載されてるAIがアシとか言う、昨日シャーロックが事前に招集していたメンバーらしく、ジーサード傘下だがそのままオロチの運転を任せているっぽい。
AIもこき使うアリア様の相変わらずな貴族気質は今さらツッコむ気も起きないのでスルーして、2人で後部座席に乗り込んでアリアがアシに行き先を告げると、オロチはタクシーばりの静かな自動運転で移動を始め、この近未来感ある自動運転にはワクワクとドキドキが半々だ。事故らない、よな……
オロチはトレビの泉付近を出発して北上を始め、すぐ北にあるボルゲーゼ公園を迂回するように北西の道をテヴェレ川に沿うように進み、高級住宅街っぽい地区へと入っていく。
ただ、景観重視なのか道路整備は粗い石畳の道になって、さすがのアシも徐行しようとガッタンガッタンオロチを揺らして進む。
そんな石畳の道を行くこと数分。
如何にもな高級住宅の1つの門の前で停まったオロチからアリアがまず先に降りていき、逆三ツ並び矢マークの紋章が描かれたその門を見ながらオレもオロチから降りる。
紋章はベレッタ社のロゴだな。ベレッタ社の令嬢なら当然だが、中にはそこまで多くの人の気配はしないので、別に私利私欲をむさぼってるわけでもなさそう。というかSランク武偵だったな。金の力や怠惰な奴ではなれないランクだ。
そうやって1人で納得しながらアリアに続いて門を潜ろうとしたら、何か思い出したようにアリアが「ちょっと待って」とオレを止めるので何事かと立ち止まる。
「そういえばここ、男子禁制とかあったような……でもまぁバカキンジもいるし、例外的な措置はあるかも。ちょっと確認してくるわ」
「そういうのは事前にしてほし……いえなんでもありません」
ここまで来ておいてからの来客拒否とはこれ如何に。とツッコみたくなることを今さらに思い出したアリアについ文句を言ったら、スカートの中のガバメントに手が伸びかけたので速攻で訂正して邸宅に入っていったアリアを見送る。
その間にオレも暇だからアシに適当なBGMを流してもらいながら、LOOの体の神秘についてを直に触って調べてみる。
体裁的に倫理観に触れそうな部分は除いて触ってみると、なかなかしっかりと人型として作られてるなと思っていたら「LOO」しか話せないコミュ症な欠陥を抱えるそのLOOの足下で動く何かを発見。
何だと助手席に顔を突っ込んで覗いてみると、ネズミだ。深紅の目をした真っ白なネズミ。
どこにでもいそうな種類に見えるが、オレやLOOがいても逃げ出すわけでもなく、むしろこちらをまっすぐに見るようにその動きをピタリと止めている。
『……お前は確か魔眼の魔女の……』
「あっ? ネズミが喋って……」
そんな不自然な動きから突然、聞いたことのある男の声が発せられてビックリしたが、その声の主に心当たりがあったオレはすぐにそのネズミを取っ捕まえようと手を伸ばしかける。
しかしそれとほぼ同時に邸宅から出てきたアリアが声をかけて入っていい旨を伝えられる。
このネズミはいま逃がすのはかなり痛いことになるのでどうにかしたいが、すぐに行かないとアリアがガバメントを抜きかねない。
「よしアシ。そこのネズミを捕まえておいてくれ。絶対に逃がすな」
「了解しました。LOOに捕獲させます」
「LOO」
そこでものは試しとアシに頼んでみると、LOOへの命令権を持つらしいアシが言う通りにネズミをLOOに捕まえさせて、命令を遂行したLOOは片手でネズミを掴みながらオレに親指を立ててくる。いえーい。
とにかくこれでネズミ問題は解決したので、何か別の問題が生じる前にベレッタと会ってしまおう。
なんだか思わぬ収穫もありつつでベレッタ邸にアリアと一緒に入ってみると、さすがの豪邸にちょっと場違い感があり慣れない空気に苦笑い。
そんな中で通された広いリビングには……うげっ。何であなたがおられるのか……
「金、払え」
「え、えー、何のことかなぁ、セーラさーん」
「誤魔化すな。金銭の支払いをプロはキッチリやる。情報料は相場だからお前でも払える」
リビングには家主専用と思しき花柄のソファーに座る濃い金髪ロングのアリアクラスの幼児体型の女が座ってオレを見ていて、その横に控えるようにレキとセーラが立っていた。
セーラには先日のシルキーの件で借りがあって、正直会いたくないなぁと思ってたから、この遭遇は大変な迷惑。
それを証明するようにしっかり覚えていたセーラの方から仕事中だろうに私語ですよ。プロがそれでいいんですかね。
でもまぁ会ってしまったなら仕方ないと諦めて、相場とかいう情報料を渋々払ってやる。その金でスパッツでも買いなさい。
そうしてセーラとのやり取りを終えてから、リビングにキンジが姿を現してオレの出現にビックリしていたが、今は無視してソファーから立ち上がったベレッタがオレの前で腕を組んで見上げてくる。
「どうやらあそこのイヌよりはまともらしいわね。目付きが悪いけどちょっとカッコ良いし」
「あー、やっぱイタリア語かぁ。英語で話せるかな?」
「ああ、ごめんなさい。あなたは日本人だものね」
最初はイタリア語で何を言ったかわからなかったが、キンジをチラッと見て話したからには、何か関係を探られたか、比較された気がする。
その後は英語で話してくれて通訳いらずの会話が成立し、アリアも加えての話に進展。
「ベレッタ。あなたが今日のプレゼンで話してた『アレ』。あたしから京夜を推薦してあげる」
「プレゼン? 何の話だよ」
「はっ? おいおいアリア。まさかあの話を本当に……」
「「
そこからまたプレゼンとかの話が出てきて何のこっちゃと疑問を口にすると、そのプレゼンの場にいたっぽいキンジも横槍を入れたが、圧の強いアリアとベレッタに負けて沈黙。よ、弱ぇ……
「推薦してくれるのは嬉しいけど、いきなりのことだし、あたしの目でこの人がそれに足る人物かは見極めたいところね」
「……それもそうね。でも京夜はランクこそ諜報科でAだけど、バチカンとかカツェのところだと
「……その話は頭が痛い……やめてくれ」
なんだか胸騒ぎがする話の中心に立たされているのは非常に心臓に悪いので、一刻も早く何の話なのかを判明させようとするが、アリアとベレッタが2人で話し出して、なんかオレの黒歴史を掘り起こしておりやがるぅ。
武偵の経歴を話してるから何かしらの仕事関連の話なのは予想がつくが、何をさせられるのでしょう……
「とにかくまずはお互いに自己紹介ね。あたしはベレッタ・ベレッタ。ふざけてるわけじゃなくて、本当にそういう名前」
「…………猿飛京夜だ。話の中身がわからないから、まずはその辺をしっかり説明頼みたい」
「ええ、そのつもりよ。よろしくね、京夜」
不安しかないこの話に頭痛までしてきたオレに、マイペースなベレッタは本格的な話の前にと自己紹介を始め、それに倣ってオレも名乗ると、組んでいた腕を解いて握手を求めてきたので、本当にその手を握っていいものかと勘繰りながらも、横のアリアが「取って食ったりしないわよ」と笑顔で言うから、恐る恐るその手を握るのだった。
なんかまた厄介なことに巻き込まれた気がするぞ、これ……