Slash37
物凄く濃密だった上海での2週間を終えて、約12時間をかけて夕方にロンドンへと到着。
上海では劉蘭を守ることができたものの、結果としてはそれだけになったとも言えて、Nに関する問題は進展したとはお世辞でも言えないだろう。
さらに土御門陽陰にはバンシーを拉致されるという失態も冒してしまっていて、あれがバンシーの能力を嬉々として使う姿を想像するだけで背筋が凍る。
なんとかして取り返したいところだが、やつに繋がる線は今のところないのでどうしようもない。
そんな中で不幸中の幸いなのは、オレとバンシーの繋がりがNに伝わった上で陽陰が横からぶん取っていったから、バンシーを探すために狙っていたはずのオレや理子、ヒルダ、ヴィッキーがその対象から外れたことくらいか。
その件で要警戒を促していた理子達にはロンドン到着後すぐに連絡して安全を確保したことを報告。
分散を避けて修学旅行Ⅲの期間を少し延長してロンドンに留まっていた理子は、ジャンヌと一緒に明日にでも日本に戻ると言うので、急遽ではあるが夕食を一緒にすることになる。
その辺はせっかくの再会をゆっくりしてあげられなかったから不満が爆発しないようにしてあげるのは当然として了承したが、そのあとにいつもの流れとしてメヌエットへの報告にも行ったら……
「報告はわかりました。では京夜。時間も良い頃ですし、たまには外での夕食などいかがですか?」
「えっ……」
「何ですかその『えっ』は。私が外食を希望したことにではなく、都合が悪いことへの反応に見えましたよ」
大変に珍しい現象で外食を所望されたメヌエットに困惑。
まさかそんなことになろうとは思ってもいなかったから備えがなかったせいで、これから誰かと約束があることを反応から看破されてしまう。くっそぅ、何故だー!
バレてしまった以上は誤魔化すと殺されるので正直に夕食の約束があることを伝えて、メヌエットとの食事は日を改めようと提案しようとする。
しかしメヌエットは先約だからかいつものわがままを通すようなことはせずに、少しだけムッとした顔をしてから、オレの提案を先読みしてくる。
「待ちなさい京夜。私は今夜を逃せば外食など行きたくなくなる気がしてなりません。その約束している者とはいま連絡が取れますか?」
「えー? 取れるけど向こうの予定をズラすとか無理だぞ? 明日には日本に戻るし」
「誰が先約をキャンセルさせるなどと言いましたか。それから今の口ぶりから、約束の相手は東京武偵高の修学旅行生と断定しました。となれば京夜とわざわざ食事の席を設ける人物は……例の金髪の女か、いつかの電話で言葉を交わしたジャンヌという女あたりといったところですか」
「…………その両方だけどな。それでメヌはどうするつもりなんだ?」
「丁度いいです。以前からお会いしたいと思っていましたし、この機会に『ご挨拶』でもしておきましょうか。私もその席にご一緒させていただきますが、よろしいですね」
メヌエットは気分で行動をコロコロ変えるから、またいつ外食したいなんて言うかわからないと自分で言う辺りが重症だ。
オレとしてもメヌエットを家の外に連れ出す機会は逃したくないから、何か提案があるっぽいメヌエットに耳を傾けてみると、秒で約束の相手を推理して好都合と怪しい笑みを浮かべる。
そして何が怖いって、あのメヌエットがわざわざ自分から出向いて理子とジャンヌに『ご挨拶』をするって言うんだよ。
こちとら普通に夕食をしたいだけなのに、何で途端に何が起こるかわからない化学反応を恐れる晩餐会にしなきゃならんのだ。
とはいえオレがここで反発してダメだと言ったところで、メヌエットは得意の推理でこのあと食事する店をピンポイントで当ててサシェとエンドラを使ってでも乗り込んでくるだろうし、そうならなくても明日からのオレの待遇は酷いものになることは確実。
選択肢が始めから消失して1択しかない理不尽な現実に深いため息が漏れたオレは、仕方なく理子達に連絡してメヌエットが一緒に来ることを伝え、心の準備だけはしておけと忠告しておいた。
これもオレが繋いでしまった縁なら、もはや呪いの類いではないだろうか。
勇志さんの言うオレの人と人とを繋ぐ力は教授とやらの条理予知を多少なりとも狂わせるほどのようだが、オレの日常も狂ってきてるんですけど。
謎の上機嫌で車椅子を押させたメヌエットと一緒に理子達との約束の日本料理店まで足を運び、個室を取ってくれていた理子とジャンヌの呼ぶ方へと行く。
個室は少し趣向を凝らして掘炬燵にされていたので、車椅子のメヌエットを抱っこして掘炬燵へと足を入れて座らせてやり、4人だしとテーブルの四方を囲む形で座ればいいかと思っていたら、なんかメヌエットが「どうして隣に座らないのですか?」と本気で不思議そうにオレを見て袖をチョイと摘まむ。何それちょっと可愛いんだけど。
わざわざオレの分のスペースも空けて座っていたからマジのあれだが、どうしたものかと理子とジャンヌに視線を向けると、ジャンヌはともかくとしても理子は明らかに自分がオレの隣に座りたいという顔をしていて、しかし相手が年下のメヌエットということもあって大人の余裕みたいなものも出したい狭間で苦悩している。
「…………いいんじゃないかなぁ。そのくらいの歳の子は甘えたい気持ちもあるんだろうしぃ」
大人の体裁を取ったな。中学生と張り合うのはさすがにプライドが許さなかったらしい。
ということで理子の了承も得たので仕方なくメヌエットの隣に座って腰を落ち着け、理子とジャンヌもバランスを考えて対面の席に隣り合って座ったのだが、座った時に理子にがっつり脛を蹴られて悶絶しかける。いったぁ!
座るのが楽な掘炬燵が仇となった形で仕返ししてやろうと思ったが、それで許してやるみたいなニュアンスだから終わりのない蹴り合いになるのを察して今回はやめてやる。せっかくの食事の席だし喧嘩はしたくない。
「それでその子がアリアの妹かぁ。とりあえず自己紹介ね」
「人に尋ねる際にはまず自分から名乗るのが礼儀というものですよ。大人でしたらそのくらいご理解しているかと思いましたが、どうやら私の買いかぶりだったようですね」
「……ちっ、これだからオルメスは……」
「はいはい食事の場。喧嘩腰ならオレは帰るぞ。仲良くしろとは言わないから、せめて料理を美味しく食べる努力はしてくれ」
オレがそう思っていても現実はホームズとリュパンの4世同士の対面とあって、その自覚がないはずのメヌエットが本能なのか理子と始めから険悪な雰囲気。
理子も理子で直感型のアリアより苦手そうな論理型のメヌエットにもうイラッとしたのか素が出かけてオルメスというホームズのフランス語呼びが炸裂。
それでもう勘づいたっぽいメヌエットがさらに踏み込む前にオレが割り込んで緩衝材となり、オレという存在がいなくなればこの場はたちまち地獄と化すのは目に見えていたので、2人ともなんとか抜きかけた矛を納めてくれた。
「……峰理子」
「メヌエット・ホームズですわ」
「以前にも少し話したが改めて。ジャンヌだ。しかしなぜ挨拶だけでこんな空気になる」
「メヌが気難しいのと、理子がプライド高いからだな。あと陰と陽みたいな対極にあるのもか」
「やーいやーい、陰キャのメヌぬーん」
「誰にでも良い顔をするような女の本性など、見た目以上に醜いものですが、あなたは果たしてどうなのでしょうね」
「理子りんは見た目も中身も超キュートだから問題ないでーす。リア充サイコー」
「現状に充実感を持っているかどうかは他人が決めることではないですが、私はあなたがリア充にはとてもではないですが見えませんよ」
それでようやく自己紹介を終えて食事に入れそうとメニューに目を通したところで、またバチバチやりだす2人は互いに引き下がらない様子。
煽りに煽りで返すやり取りは聞いていて心臓に悪いが、さすがに手は出ないだろうと無視していたら、オレの見ていたメニューを覗き込んできたメヌエットがわざとオレに寄りかかるようにくっついてきて、自称リア充の理子を挑発。
リア充なら好きな人にこういうことを出来るポジションくらい確保するでしょ?
みたいなノリでやられるこっちの身にもなってほしいし、始めからこういう挑発をしやすいようにオレを隣に置いた節があるメヌエットの性格の悪さが出てしまう。
その挑発に眉をヒクつかせる理子はまだ堪えられているが、あまりメヌエットを野放しにすると面白がって理子を追い出しかねないな。
「……メヌ。オレは友人が良く思われないのは嫌だよ。あとでオレで遊んでいいから、今は純粋に食事に集中してくれないか?」
「別に遊んでいるつもりはありませんよ。ただ私は日本料理に関してはほとんど知識でのみの理解しかないので、京夜に教えてもらいたかっただけです。それを咎められては私は何も出来ません。箸だって上手く扱えないから隣に置いて差し上げたのに……」
「何で急に日本食ビギナーを推してくるんだよ。別に箸を使わない料理だって普通にあるだろ」
「私が食べたい料理が箸を推奨していたら困るでしょう。それに京夜は自分で持った料理を私に合法的に食べさせる権利があるのですから、条件としては破格だと思うのですが」
「何その『はい、あーん』の押し売り。全然嬉しくないんだけど。してもらいたいなら理子かジャンヌにしてもらえ」
「それでは意味がありません」
「意味があること自体に問題があるんですぅ。オレ達の反応を楽しもうって魂胆が出ましたな」
最初はメヌエットを抑制するつもりで会話をしていたのに、気づけばメヌエットと2人きりの時のテンションで話してしまっていて、理子とジャンヌが完全に入り込めない世界が構築されてしまった。
それに気づいてハッと理子とジャンヌを見ると、やっぱりキョトンとした様子で普段は口数の少ないオレに驚いたような感じ。
これはやっちまったと反省しかけたのだが、次には顔を見合った2人がクスクスと笑い出すから、今度はこっちが困惑。
「キョーやんって時々だけど素で面白いよね」
「普段からそうならもっと人が寄ってくるだろうに、おかしなやつだ」
「……元が面白くない人間で悪かったな……って、余計なお世話だ」
「京夜が人気者になったら武偵として死んだも同然でしょう。これからも面白くない人間でいてもらわないと困ります」
「どういう意味だコラ」
メヌエットの気難しさよりもオレの変なテンションに対して反応していた2人の物言いは気に食わない。バカにしおって。
さらにメヌエットまで便乗してくるからマジで帰ろうかなと思ってメニューを置きかけたら、オレいじりという共通のことをした3人がちょっとだけ意気投合して和やかな雰囲気になる。
方法には不満があったが、ほんの少しでも心の距離が縮まったっぽいこの空気を壊さないために開き直って言いたいように言わせておいて料理を注文。
日本食ビギナーのメヌエットのために料理が被らないよう注文したので、全ての料理が出揃うまでに時間はかかったものの、ここの料理長は生粋の日本人がやっているし、その従業員にもしっかりと仕込んでいるから料理も海外によくある『なんちゃって日本食』とは完全に違う。
普通に凄いのは料理長が寿司、天ぷら、そば、うどん、丼物、1品料理と精通してどれも一級品なことで、東京でもなかなかお目にかかれない名店なこと。東京か京都にも欲しいね。
そのおかげでテーブルに並ぶ料理は間を繋ぐための1品料理が何度か分けて来て、メインに握りのセットやうどん。天丼などが来ると、それら全てをメヌエットが摘まむようにして食べて感想を述べるといった流れに。
どれも一流ということもあるのかメヌエットには珍しく苦言を呈するようなことはなく、ひと口ふた口で食べるのをやめる偏食ぶりは健在ながらも、喉ごしが気に入ったとかでうどんは麺だけ完食。
この店のうどんを気に入られたせいで家でも出来るなら作れと言われたが、市販の麺じゃこの味は出せないとツッコミ。汁だって出汁からこだわれば手間が凄いんだからな。
「そんじゃキョーやん。ロンドン武偵高は7月末から夏休みってヴィッキーが言ってたから、その間は日本に帰っておいでよ。そんで理子とひと夏の思い出作っちゃお」
「京夜。帰国は構いませんが、夏休みを丸々使ってのバカンスは許しませんよ」
「おい。理子とメヌエットの都合だけ聞いて、私の要求を聞かないということはあるまいな? 私もこの夏は京夜に付き合ってほしいことがあるのだ。よもや嫌だとは言わないだろうな?」
「オレがオレの夏休みをどう過ごすか決められないって何なの?」
いざ食事が始まってしまえばメヌエットも理子もジャンヌも和気あいあいとした雰囲気のまま何事もなく時間が過ぎていき、直近の護衛依頼で懐に余裕があったことを見抜かれたオレが奢ることになった以外は平穏無事に食事会は終了。
店の前で別れる際には1ヶ月以上も先のことを理子が持ち出して早くも夏休みの予定をぶちこまれ、メヌエットとジャンヌもオレの都合を無視して予定をねじ込んでくる。
3人でこの調子なら幸姉とか幸帆、愛菜さんとかもねじ込んできそうなので、近いうちに要望を聞いておこうと諦め気味に決めて、ホテルへと戻っていった理子とジャンヌを見送ってからメヌエットを自宅まで送ってようやく帰宅することができた。
気づけば時間も夜9時を過ぎていて、若干の時差ボケも修正の必要があったので、まだ目が冴えていたが今日はもう無理矢理寝ようと部屋のドアに手をかけて中へと入ると、丁度オレの留守中の部屋を掃除していたシルキーが出迎えてくれる。マジ有能。泣ける。
「お帰りなさいませ、京夜様。バンシー様」
「…………ん?」
玄関前まで来て丁寧なお辞儀で招き入れてくれたシルキーは癒しそのものだったが、なんか物凄く普通にありえない人物まで招き入れた気がするんだが……
何かの聞き間違いかなとシルキーを見ると、オレの反応がおかしかったのか首を傾げてキョトン顔を披露するので、どうやらオレが間違ってるらしい。
なので恐る恐る後ろを振り返ってみると、オレのすぐ後ろにニヤニヤしながら実体化したバンシーが呑気に立っていた。
「はぁ!? おまっ、何で!?」
「いやぁ爽快爽快! お前のそういう顔が見たくて黙っていた甲斐があったな。ガッハッハッ! ナッハッハァ!?」
陽陰に拉致されたはずが何故。というオレの疑問に対してちゃんと答えないバンシーにイラッとしてアイアンクローをお見舞いし締め上げると、速攻でタップで降参してシルキーも訳がわからないがやめるように言ってきたから、仕方なくやめてやる。
思わぬ攻撃でダメージを受けてテンションが急降下したバンシーは、ズキズキと痛んでいるだろう頭を押さえながらリビングに移動していき、オレとシルキーも腰を落ち着けるために一緒にリビングに移動して話を聞く体勢になる。
「土御門陽陰とか言ったか。あのいけ好かねー野郎は」
「お前を連れ去ったヤツならそうだが、あのあとどうやって逃げてきたんだよ」
「別に逃げてきたんじゃねーよ。あのあとアイツが勝手に俺を解放したんだ」
これ以上ふざけるとオレが何するかわからない恐怖からか、おふざけなしで話を始めたバンシーによると、陽陰はあの拉致から割とすぐにバンシーを解放して手放したらしい。
あんなテンションの陽陰なら意気揚々とバンシーの能力を使うと思っていたのに、それもしないで手放すというのはしっくり来ないな。
「何か条件を出されたのか?」
「それも違う。アイツは最初から俺なんてどうでも良かったんだろうよ。狙いはNだったっぽいぞ」
「……どういうことだ?」
「今回、ヤツはNに無視されたのが気に食わなかったから、お前を使って妨害工作をしたんだろ? だから無視できないようにしたんだろ」
「……ああ。バンシーを連れ去るところを見せつければ、Nは嫌でも陽陰を追うしかない。つまり無視できないってことか」
それなら解放の条件でもあったのかと尋ねてもバンシーはそうじゃないと言い、ますます疑問が深まる中で目的自体を本人から聞いたわけではなくても推測は出来ていたバンシーの説に少し合点がいく。
バンシーの存在は陽陰にとってもイレギュラーだったのは事実だろう。
ただそれを利用してNの目を自分へと向けるためだけにその場でバンシーを拉致してみせた。
オレも陽陰が本気で拉致したと思ったから素のリアクションをしたのも陽陰の狙いで、繋がりはあったが利用していただけということを印象づけて逃げたんだ。
「……だがそれでバンシーを解放するってのも勿体ないことだよな。そこは腑に落ちない」
「それはヤツにプライドがあるからだな。あの手のヤツは『自分の意のままに事を進めて成功させる』ことを快楽にする。そんなヤツが『何でも叶う願望器』の力で物事を成功させたところで悦に浸れねーってことさ」
「……まさか陽陰の性根が腐ってて良かったと思う日が来るとはな」
だがそのままトンズラすればいいものをわざわざバンシーを解放して自由にした辺りが不思議だったオレに陽陰の性格上の問題を指摘したバンシーの話でまた納得。
そりゃ成功するってわかりきってる事は、過程を大事にするタイプの陽陰からすればつまらないものなんだろう。
そしてオレも1つ気づいたことがあり、おそらく陽陰は自分が世界中どこを探されてもNにも見つからない自信があるのは前提としてあって、しかしシャーロックをしのぐ条理予知を有する教授を侮らないために、もしも見つかった際に「バンシーなどとうの昔に手放している。徒労だったな」とか言ってやるためだけのものなんじゃ……
その辺でとことん性格の悪い推測が出来てしまうが、その可能性がある時点で陽陰の元々が酷いことを証明し、やっぱり野放しもダメだなと考えを固めたところで、無事に戻ってきたバンシーと今後の話をする。
「……とにかくこうして戻ってきたことは素直に喜ぶべきだろうな。だがNにいつ気づかれるかもわからない以上、バンシーはここ。いや、オレやオレと繋がるやつとは離れた方が良いだろう」
「とか言うが、また根なし草は御免だぞ。住む場所探しは不可視だろうと難しいんだからな」
「そこは大丈夫だ。バンシーにはクエレブレのところに行ってもらう。そのための布石は敷いてきた」
まずオレはNを騙すために陽陰を追ってる体を取らないといけないため、近くにバンシーを置いておくのは危険と判断。
それには文句も出てくるバンシーの気持ちは理解できているので、オレはいくつかの条件を満たして結果として安全となったスペインのクエレブレのもとへ行くようにと自信を持って勧めたのだった。