「何やってんのよアンタ達……」
「この世の理不尽についてを考えている」
「人の気持ちによる味覚の変化についてを少々」
メヌエットの家でアリアが到着するのを待つ間、昨夜に気に入ったうどんを食べたいと言い出すことを見越して準備してやったのはいいが、ちょっとおふざけが過ぎてするつもりのない頬にキスのご褒美を勝手に貰ってご機嫌を損ねてしまう。
そのせいでせっかく作ったうどんもこれでもかと言うほどの辛口評価で赤点をもらい、完全に意気消沈していたオレと、オレの反応が鈍くなってきて1人で思案に入ったメヌエットを到着したアリアが見て苦笑。
リビングのソファーでぐったりするオレと対面して会話するでもなかったメヌエットの図は端から見れば異様だったのだろう。
「なんだかわかんないけど、良い匂いはするわね。何かしら?」
「作ったうどんの汁が余ってるんだ。食べるなら麺を茹でるけど」
「それじゃあ報告会の前にいただこうかしら」
2人して割り込みにくい思考に入っていたから、さすがのアリアも深く事情を聞き出すことはせずに、切り替えるようにオレの作ったうどんに反応。
食べてくれるなら嬉しいオレがちょっと復活したのをムッとして睨んでくるメヌエットは軽く無視してキッチンへと引っ込み準備。
この家はメヌエットに支配されてるから、メヌエットが美味しくないと言えばサシェとエンドラも美味しくないとしか言わないから、もう本当に心が折れるんだもん。
そんなオレのガラスのハートを修復するためにメヌエットの干渉を受けないアリアにお手製のうどんを振る舞い、メヌエットが「お姉様のお口には合わないかと」とか言う口をむにゅっとアヒル口にして封じる。ぐははっ! もにょもにょ何を言っているか!
まぁ秒で手首を極められて床にキスしかけることになったが、そんなコントを横目にアリアがオレのうどんをちゅるりと飲食。
日本食ビギナーで箸の扱いもおぼつかないメヌエットとは違って食べる姿も日本人っぽいアリアは、その辺で母親のかなえさんの血だなと思わせる。
「うん。美味しいわ」
「そうなんだよ。メヌにももっと言ってやれ」
「お姉様は庶民派の味覚なのでしょう。長く世俗にまみれて貴族としての味覚を失いつつあるのかと」
「どういう意味よそれ。っていうか本当に普通に美味しいもの。これはメヌの方に問題があるわよ」
そして出てきた感想にこれでもかと乗っかってメヌエットを攻めるが、心の防御が固いメヌエットはアリアにさえ牙を剥く。
舌が肥えるっていうのは上流階級には確かにあるのだろうが、舌が肥えたところで普通に食べられるものを美味しくないと言う変化はあまりないので、アリアもすぐにメヌエットが意地悪してるだけと看破。
しかし意固地になって美味しくないを主張するだろうメヌエットに対してアリアという味方をつけたオレは1人ではできない作戦を実行に移し、用意していたオレの分のうどんを持ってきてアリアの隣で一緒に食事をする。
アリアも何がしたいかはすぐにわかって食べながらの軽い雑談を展開し楽しそうな雰囲気を形成。
美味しい食べ物がなきゃ共有できない独特な空間を作ることで、一時的にでもメヌエットが蚊帳の外になれば……
「そう。劉蘭もベレッタと同じで高い志があるわね」
「でも現実は厳しいと思うぞ。ベレッタの時も思ったが、世界平和ってのは武器がなくなれば達成できるものでもないわけだし」
「たとえ法で武器が禁じられたって、人間は新しいアプローチから争いの種を蒔くものだしね。なんならキッチンにある包丁だって使い方1つで凶器になるもの」
「だよなぁ。でもそれはそれであって、蘭達の目指すものはもっと尊いものだから……」
「……どうしてそうした話を私を除け者にして話しているのですか。あからさまに隣り合って対面し、意見を聞こうともしない姿勢は不快です」
「えー? だってオレ達は食事しながら雑談してるだけで、そんな話に高貴なメヌエット様の意見なんて畏れ多くて」
「そうよメヌ。アンタは味覚の変化について考えてたんでしょ。邪魔はしないから安心しなさい」
大好きなお姉ちゃんが目の前にいながら相手にされないことに耐えられないメヌエットは、その相手がオレということもあってか想像を絶する早さで餌に食いつき、無理矢理に絡みに来る。
ただしそこで受け入れては意味がないので、オレもアリアも1度は突き放してこの空間に入るための手段をとっくに推理できているメヌエットにその手を切らせにいく。
それはやりたくないとばかりに抵抗は見せたメヌエットだったが、構わずに話し出してしまったオレ達にぷくぅと頬を膨らませ、明らかに我慢の限界を迎える。
ちょっと涙目にもなってるし、オレ達にこれ以上のことをさせるか?
「…………美味しかったですから。京夜の作ったうどん。美味しかったことを認めますから、私にも論理的な意見を述べさせなさい」
「やっとメヌが折れたか。始めから素直になってくれれば良かったのに。いや、オレも悪ふざけしたのは謝らないとだけど、せっかく作ったものを美味しくないって言われるのは辛いもんだってわかって欲しかった」
「なに? 京夜もなんかやってたの? だったら協力するんじゃなかったかしら」
「そうですお姉様。この男はあろうことか私のファーストキスを無理矢理に奪った現行犯ですわ」
「ほっぺにな! そこのところハッキリ言って!」
そのまま弱っていくメヌエットを見る羽目になったら、その年下いじめみたいな空気に負けて逆にこっちが追い込まれるところでもあったものの、その前に折れてくれたので安堵。
こっちだって泣かせたくてやってるわけじゃないんだから……と内心で思いながらお互い様だったことはちゃんと認めた上でメヌエットの分のうどんも用意しようとしたら、一方的にメヌエットが悪いと思ってたアリアが敵に回りかけて心臓が飛び跳ねる。
特にキスだのなんだのはアリアも敏感なタイプなので、頬にさせたことを強調して減刑には成功。ガバメントのグリップで頭は殴られたけど。
そんなこんなありつつもようやく場が落ち着いてゆっくりと食事を終えてから、改めて雑談ではなく報告会を始めたオレ達は、直近での出来事を報告し合う。
その前に前回の会合で話し忘れていたというNについての追加情報として、Nが『ノーチラス』の頭文字を取ったものであることを教えられる。
ネモ本人がそう言っていたから確定情報としても、どのみち呼び方はNの方が短いしそっちで統一。
まずはオレの方から上海での経緯を報告し、言うかは迷ったものの上海に行く動機が誤魔化しづらかったため、仕方なく土御門陽陰と一時的な協力をしていたことも話す。
犯罪者をどんな理由があろうと許せないタイプのアリアはオレのその行動には少し顔を険しいものにしたが、陽陰がどうあっても逮捕できない状況だったのは理解したようで納得はしてもらえた。
そしてオレが遭遇したNの構成員である霧原勇志。シャナ。テルクシオペーの3人にはまんまと逃げられたことに関してはお叱りを受けてしまった。
せめて1人くらい逮捕しろといった感じの怒り方だったからには、そっちは成果があったんだろうなとアリアの報告を聞く姿勢になると、坦々とした調子で私情なしに報告を始めた。
オレがイタリアを離れてからアリアとキンジは昨日までベレッタの護衛に就いていたが、それも今日付けで満了となったみたいだ。
というのもNによる襲撃が昨日にあって、結果から言えばそれを撃退することでベレッタの人類史の分岐点としての役割が期限切れになったから、Nに狙われる心配もなくなったということだ。
イタリアに現れたNの構成員は名前と容姿だけは話に聞いていたグランデュカという獣人と、その娘とかいうイオ。あとは姿は見せなかったらしいものの、メルキュリウスというやつの3人。
あとはベレッタを再度殺すため遠隔からネモの瞬間移動が使われて海中に沈められそうになったそうだが、アリアが瞬間移動で相殺して事なきを得て、ネモ自身はその場にはいなかったとか。
ネモの瞬間移動はこっちでも使われているので厄介極まりない技だ。攻撃にも逃走にも使えるわけだからな。
それでグランデュカとの死闘を制してイオ共々で逮捕することに成功し、2人の身柄は今バチカンの地下に収監されて、事情聴取などはメーヤさんやカツェがして数日のうちには報告が上がるだろうとの事だった。
これだけ聞けば結果としては良いものでオレもこれで終われば良いなぁとは思っていたが、やっぱりそんなわけもなく、ここからは私情を交えてのアリアが頭を抱えながらに話すと、Nの襲撃はローマ武偵高のランク考査の日と被り、日本よりもそこは厳しいローマ武偵高に所属しているキンジは拐われたベレッタを救出するためにランク考査を蹴り、それで翌日にはローマ武偵高を退学にされたという。
それもキンジを嵌めるNの策略だったようで、グランデュカが負けるはずがないという部分が覆ったのを除けば、どちらに転んでもいいというもの。
すでに日本に帰っていったキンジはこれから武偵免許の維持のために何らかの手を打たなければ、数日のうちに武偵免許が失効になる。
日本で武偵免許は本来なら20歳以上にしか交付されない国際資格なため、これを未成年者が保持するためには武偵機関所属であるか、その卒業生であることは必須。
それでも保持するには今から武偵庁に所属したりとか武偵企業に所属するかしなければならないが、どちらも望みは薄いだろう。
なんと言ってもあの武偵高を退学になるような人材を欲しがる企業はないに等しい。
特にキンジは国際的にもマークされてる危険人物リストに入ってそうな輩だ。超人ランキングとして有名なSDAランキングにも入ってるらしいから厄介事を運んでくる疫病神として引く手はなお厳しい。
時期も年度の始めとあって人材不足なところもなさそうだし、本気で何か考えないとダメっぽいのはアリアもベレッタもわかっていたからか、帰国前に何らかの策はリサの方に託したらしい。
それでもどうなるかはわからないので、数日後にメーヤさん達も交えての報告会を開く時にでも進捗を聞くと言うから、オレも同席しろとのお達し。ここに来れば良いんですね。了解。
あとはベレッタのジュスト計画もNGOを絡めて話が進展しそうなことも聞いて、そこに劉蘭の計画も上手く絡んでいけたら、世界は良い方向に向かうかもしれない。
その先に武偵という職業が廃業になることはわかりきってるが、必要がなくなって閉じる歴史ならオレも喜ぶべきものだし、オレが現役のうちに廃業になることはないとも思う。それだけ劉蘭とベレッタがやろうとしていることは先の見えない偉業なのだ。
「とりあえずの成果としてはそのくらいね。あとメヌ。ネモの瞬間移動の件で意見が欲しいわ。ちゃんと来てあげたんだから知恵を貸しなさい」
「そうですね。これも黄金消失と無関係ではないようですし、しっかりと推測を立てるべきと考えますわ」
「あと京夜。その勇志って人との因縁は収まりがつくのかしら?」
「説得って意味でなら、かなり厳しいかもな」
「ならまずは逮捕。上海でアンタは勇志の行動原理を知ったんでしょ。なら次に会ったら話をしようなんて考えないで、有無を言わせずに逮捕しなさい。話なんてそれからでも遅くないわ」
「……オレが中途半端なのを見抜いての意見か。そうさせてもらうよ」
「頼むわよ。バカキンジだけならまだあたしも穏便だけど、京夜まで役に立ってくれないなら頭の血管が切れちゃうかもしれないから」
「そ、それは十分に注意する……」
報告会としてはそこで一端の区切りとして、今後のオレの行動に迷いがありそうなのをいち早く察したアリアがその辺でズバッと指摘してくれる。
物事を回りくどく言わないアリアの指摘はありがたいものなので真摯に受け取りつつ、アリアとメヌエットの話に耳を傾けかけた時にオレの携帯に連絡が入り、相手はICPOの百地さんだった。
アリアとメヌエットにも百地さんについては報告してあるから、何かNについての新情報が入ったのかもとだけ言って通話に応じてみる。
『よう。夜遅くに悪いな』
「何かありましたか?」
『いやな。Nについては特にこれといった進展はないんだが、仕事上で色んなとこに報告が極秘で飛ぶんだよ。そんでその中でお前さんと勇志のボウズが接触したことを気に止めたとこが出てきた』
「オレと勇志さんの接触に対してですか?」
フランスとの時差はほとんどないから向こうも同じような時間帯だろうが、挨拶も簡単にすぐ本題を切り出した百地さんは、なんとも不思議なことを言う。
ICPOはその組織上、警察や武偵組織との繋がりが強いため、Nという国際組織になると協力関係は密なものになるはず。
その情報の中で何故オレと勇志さんの接触がピックアップされるのか。
『日本の警視庁。反応としては勇志のボウズの情報を欲しがってるってとこかもしれねぇが、それだけじゃねぇ空気もある』
「旧0課がこっちに来るんですか?」
『いや、近々そっちに顔を出すのは確かなんだが、旧0課の人間じゃねぇらしい。公安部ってのはそうだが、1課の人間だ。名前は
「参事官!? それって警視長か警視正ってことですよね……お偉いさんじゃん……しかも女性って」
その情報で動いたのが日本の警視庁と聞くと、勇志さんをみすみすNに行かせた責任感からかと思うが、幸姉から話を聞いた段階で警視庁はかなり怪しいと踏んでいる。
勇志さんの失踪に関して警視庁は足跡すら追えてないという大失態を冒しているにも関わらず、動きがスローなのだ。
マキリとかいう勇志さんの上司らしき人物までNに下っていることもわかってる以上、0課なき公安と言えどのんびり構えているのは不自然。尻拭いくらいもっと腰を入れろと思ってさえいる。
だからなのか百地さんから接触を知らされた人物の階級の高さにいよいよ本気になったかといった雰囲気も感じる。
参事官ともなればその上には警視総監と警視監しかいないに等しい。そんな人が単独で接触とか……
その階級になるまでには劉蘭のような飛び級クラスの昇進はまずないので、年齢は40歳を越えているのは確実。両親の世代かそれ以上だ。
『俺もその参事官には会ったことがねぇからなんとも言えねぇが、顔写真からは頑固そうな性格が見えるな。一方的な要求をされる可能性も視野に入れとけ。あと付き添いって形で旧0課の人間も1人行くが、刺激しなきゃ何も起きねぇよ』
「何が刺激になるかわからなくて怖いんですが」
『そこは危機察知能力でなんとかしろ。んじゃ連絡役としての仕事は終わったから切るぞ。なるべく穏便に済ませろよ』
わざわざ百地さんを通して接触を知らせてきたということは、向こうとしては表立って動いていることを悟られたくない部分がありそうだな。
最後に旧0課の人間も付き添いで来ることを告げる辺り、文句は受け付けたくない百地さんの本音が垣間見えて苦笑。
0課の人間とはあまり関わりたくないが、決まってしまってることを嘆いても仕方ないかと通話を切られた携帯をしまって、Nに関係のあることには違いないから2人には報告。
「警視庁がNの動向を探ってないわけがないし、この動きには意図があるわね。インターポールの人から情報は出たんだから、その崇清花って人のことは調べておくべきよ」
「会談においては向こうの意図をいち早く察して、逆に情報を引き出す攻めの姿勢でいなさいな。情報源が向こうからやって来てくれると考えれば気は楽でしょう」
「動きはするが、メヌの言うようなことは出来ないかもだぞ。0課の人間がいるってのは、サイオンほどじゃないにしてもそんなヤツがそばにいるってことだし、警視庁と敵対したくもない」
「でも利用されるだけなら犬と一緒よ。どうにかして対等な立場にはしておきなさ……ちょっとごめん」
さすが強気なホームズ姉妹は、貴重な情報源を無駄にするなとオレに発破をかけてくるものの、そこまで強気にはなれないので向こうの意図くらいは知っておこうかなくらいの気持ちで臨もうと思う。
犬と言えばすでにロンドン警視庁に都合の良いように使われかけてもいるし、尻尾振りは得意だぞ。好きじゃないけど。
まぁそれはさせてやるつもりもないからオレを利用するって腹なら抵抗はしよう。
その意思を目で示してみせてから、今度はアリアの方に誰かから連絡が入って、こっちはNに関係ないプライベートか個人的な案件だったからか、オレとメヌエットには聞かせられないと席を外していってしまう。
反応からしてキンジ絡みではないな。仕事か、内容までは推測できない何かか。そのどちらかだろう。
それがオレやメヌエットに関係ない話なら良いなぁとは思いつつアリアが話を終えて戻ってくるのを待つこと5分。
ちょっと長かったからオレもメヌエットもかなり本気でアリアの反応を観察しておく。
「何よ2人とも。別に怪しい話じゃないわよ。ちょっと依頼が入っただけ。あたしにしか出来ない仕事だからって回ってきたみたいだけど、たぶん他にも声くらいはかかってるはずよ」
「Sランク武偵だからって話か」
「そうね。その認識で間違いないわ。内容確認は後日改めてってことだから、今はもうこの話は終わり! それより京夜も日曜日にランク考査があるでしょ。どっかのバカみたいに試験を受けないで退学とかやめてよね」
「現実にそんなヤツがいることの方が驚きだよ。そうならないために上海から急いで戻ってきたんだし」
「せっかくですしこの際、京夜には景気よくSランクにでもなってくださると、友人として鼻が高いのですが、無理でしょうか?」
「そういう高望みすると足をすくわれるんだよ。人には見合った立場ってのがあるもんだ」
「でも上昇志向がないのは問題よ。京夜はやればできるんだから、精一杯やることには意味があると思うわ。だから頑張りなさい」
反応を探られるのをわかってたからか、自らペラペラと話して強引に話を終わらせてきたアリアの判断はさすが。
それだけではオレもメヌエットさえも何かを引き出すまでには至れなかったから、妹対策は万全だったわけだ。伊達で姉妹やってないわ。
そして話がオレのランク考査にすり替えられると、やたらとオレの評価が高いホームズ姉妹からの声援がプレッシャーに。胃に来るからそういうのやめてくれ……