無人島サバイバル3日目。
行動不能にしてしまった4人の犯罪者を他の犯罪者に始末されないように匿う手間を選んだオレは、長期戦を想定する羽鳥を説得して短期決戦に持ち込もうとその準備のためにベースキャンプを偵察。
必要な情報を集めて撤収を始めたところで、あまりにも唐突にNのメンバーの1人であるテルクシオペーと遭遇。
当然のように戦闘となり、互いに場当たり的な対応を落ち着かせて川を挟んで対峙し牽制し合うが、テルクシオペーの方は相手がオレとわかると何やら難しいというか、困惑したような表情で水場の有利にも関わらず仕掛けてくる様子が見えなくなる。
その変化が好機か否かでオレの心も揺れ動いて、迷いが生じた時点で満足な攻撃は不可能だと結論し相手の出方をうかがいつつ川からもう少し離れて水の影響を遠ざける。
「やっぱり今回のこれもお前らが関わってたか」
「…………」
相手は超能力者の中でも規格外のレベル。油断は一切出来ないながらも、何が来ても対応できるだろう距離まで下がってからテルクシオペーの思考を探ろうと口を開く。
しかしテルクシオペーはバンシーが言っていた通りなのか、人の足を備えた状態では声を発することが出来ないからか、1度だけ声を出そうとしてそれを止める仕草を見せて、それからオレの方へ。というよりも川の中へと足を踏み入れてくる。
すると川に足が浸かったところで水を下半身に纏うように操り、渦を巻いて動いた水がゆっくりと勢いを失って川へと戻った時には、テルクシオペーの下半身はレス島で見た3人のセイレーネスと同じような魚を模した姿に変化していた。
それ前提だからか、身に付けてる衣服も下半身に影響しないようにスカート状になってるっぽく、あの変化だと下着とかも穿いてないな。ここ重要じゃないけど。
「──まさかあなたと遭遇してしまうとは思いませんでした」
その状態になると声も普通に出せるのも、バンシーが言っていた呪いの話と一致するが、テルクシオペーの声を初めて聞いたオレは少しビックリする。
レス島の3人のセイレーネスもかなりの美声だったが、このテルクシオペーは群を抜いて澄んで通った美声で、声だけで周囲を魅了する歌姫特有の力を持っているのがわかる。
きっと歌なんて歌わせたら、それだけで人を虜にするだけの力があるだろうテルクシオペーが声を発しただけで警戒が緩んだオレの無意識の脱力を強制的に排除しつつ、今の言葉の意味について考える。
オレと遭遇するとは思わなかった。
そうした言い方をするということは、オレがこの島にいることはNにとって想定内。むしろ必要な存在だったと考えられる。
オレと羽鳥はイレギュラーと想定していたが、どうやらそこから間違いだったっぽいな。
「ここで何をしてる? 犯罪者達を使って羽鳥を殺させるだけなら、ずいぶんと回りくどいって思ってるんだが」
「賢い人間には情報を与えない。あなたは上海で我々を罠に嵌め、策を潰しました。すでに我々はあなたに対して少なからずの警戒をしています」
「それを教えてくれるのはテルクシオペーの優しさかね」
オレへの配慮か最初から英語で話すテルクシオペーは当然ながら何かを話してくれそうな気配がない。
だが話せば話すだけボロが出るタイプみたいなのは今のでわかり、オレの言葉にハッとしてほんの少し頬を赤くする様子はなんか可愛かったりした。
「ここへはどうやって飛ばした? そっちのネモとかいう超々能力を使う人材もいるが、そいつか?」
「……あなた方の認知ではワームホールです。ここと繋がるトンネルを開き、その出入り口にあなた方を招いただけです。力はそこまで必要としません。超能力者が2人いて、理論さえわかっていれば容易です」
「ワームホール……聞く限りだと場所は任意で選べないっぽいな」
「あっ……」
口が軽いというか素直な感じは話してすぐにわかったので、向こうの情報もいくつか掴んでることをあえて漏らしつつ、この島にどうやって飛ばしたのかを尋ねると、最初はオレに理解できない言葉で説明しようとしてから、めちゃくちゃ端折って原理などはわからないまでも教えてくれる。
それがまたうっかりというよりも聞かれたから答えてしまったみたいな雰囲気でハッとして口に手を当てているから、もうなんかこっちが力が抜けるわ。
たぶんテルクシオペーがこんなんだから、アストゥリアス州でも上海でも実質的な指揮はシャナが取っていたんだろう。強いけどそっち運用以外では取り扱い注意みたいなやつだ。
そんなドジっ子なテルクシオペーからはまだまだ話が聞けそうな気がしたから、頑張って今回のこの作戦については口を閉ざそうとしているところに風穴を開けようとしてみる。
というか何でテルクシオペーはオレへの攻撃をやめたんだろうか。そっちの方を先に解決すべきか……
「……テルクシオペー。今こうしてオレと話をするメリットがお前にあるのか? ないのに排除もしないのは、この島でオレに役割があるから、とか?」
「……もう私に何も聞かないでください。あなたには『死すべきタイミング』がある。それだけです」
いくら口が滑るテルクシオペーとはいえ、詰め方を間違えば流れは変わるだろうと慎重に聞くべきことを吟味して、目の前の疑問を先に解決しようとした。
が、それがどうやら今回の作戦に触れるものでもあったみたいで、そこだけは口がずいぶんと固くなってるテルクシオペーがそれ以上のことを漏らすことはなかった。
どうやらオレはこの島でどこかのタイミングで死ぬことになるらしいが、それはNの教授を名乗るモリアーティが描いたシナリオってことで良いのか?
しかしこれだと何を聞いても口すら開かなくなりそうな気配がプンプンしてきたし、話が終わればオレを遠ざける動きか逃げる動きをするのもわかったから、出来るなら捕縛したいので、仕方なく会話を繋ぐために優先度の低いことを尋ねる。
「……テルクシオペー。お前はどうしてNに? やっぱり人間が蔓延るこの世界が生きづらいから、か?」
「どうしてあなたがそのようなことを気にするのです? 私の行動理由など、あなたには詮無きことでしょう」
尋ねつつ遠くから以前、聞いていたNの指輪の話を思い出してテルクシオペーの手を観察すると、確かに指輪をしてあるのがわかり、光り方と光沢の具合からプラチナであろうことがうかがえた。
つまりシャナと勇志さんにとっての上司であることは確定で組織の中でも中堅以上の位にはいるはず。
その上でやはりテルクシオペーがNに身を置く理由は知るべきだとオレは思ったのに、当のテルクシオペーはオレを敵として認識しているから、そんなことを尋ねる意図がわからないと首をかしげる。
「確かにNである以上、問答無用で逮捕する理由くらいにはなるさ。だが勇志さんだって、シャナでさえその内には揺るがない強い決意を感じた。その譲れない思いってのがテルクシオペーにもあるなら、知った上でどうするか決めたい。ただ捕まえるだけなら意味がない。敵ではあってもオレは、Nの全てが悪であると断言も出来ないと思ってる。もしかすればオレの理解がミクロなもので、マクロなもので見ればお前達が正義であるってこともあるかもしれないしな」
「正義と悪などという考え自体がミクロなものです。我々の対立の上にあるのは『世界のあるべき姿をどうするか』だけです。我々と対立するあなたは『砦』なのでしょうが、揺れ動くものがあるならば、我々は仲間にもなれるかもしれませんね」
……砦? 何の話かはわからないな。
だがオレが少しだけ友好的な反応をしたからか、テルクシオペーが同調しようと言葉でオレを迷わせに来て、同時にまだその道を選択すれば死ぬ未来は回避できるぞと暗に言われる。
だがオレはまだNとは敵対関係でいるべき立場だし、勇志さんとシャナのこともあるからそこに迷う余地はない。
「……テルクシオペー。お前は今の世界に不満があるのか?」
「無粋な質問ですね。確かあなたは姉達とはすでに会っているのですよね。ならわかるはずです。どうしようもなく人間が溢れた今の世界で、我々のような存在が生きるだけでも大変なことは」
「それはわかったつもりだ。だけどそれでお前達のような存在が闊歩するような世界になって、オレ達人間が淘汰されたり……人間としての生活や尊厳が失われない保証はあるのか?」
「答えるのが難しい質問です。それは私にもなってみなければわからないとしか言えません。ですが少なくとも私は、あなた方を蔑ろに考えたりはしていません。そのような考えなら私は今、このような呪いをこの身に受け続けてはいないでしょう」
人間本意なオレの意見にもテルクシオペーは真摯な気持ちで答えてくれたように思えるところからも、やはりテルクシオペーは人間に対しては敵対的なわけではない。
それはかつて人間の男に恋をして、叶わないと感じつつも呪いを受けてまで人間の足を手に入れたテルクシオペーだからこその回答。嘘はないと信じたい。
だがテルクシオペーでもどうなるか予測できない未来をみすみす許容できるほどオレ達も今の世界に絶望していない。
おそらくテルクシオペーの願いは、受け入れられなかった自分が人間と普通に生きられる世界にしたいという平和主義のような理想。
そこに純粋な気持ちがあるのは間違いないが、だからといってそこに至るまでの『過程』を蔑ろにしていいわけもない。
「テルクシオペー達のような存在には悪いとは思ってる。どうしようもなく人間中心の世界で生きづらいことも、これまでの色々で理解は出来たつもりだ。だがテルクシオペーはその理想の世界になるために大勢の犠牲が出ている事実をどう考えてる。そこに心が痛んでないのか?」
「……それは……」
人間を好きだと言うテルクシオペーが理想のために人間を犠牲にする今のやり方に矛盾や葛藤があればと、揺さぶる意味でも事実を突きつける。
それにテルクシオペーは言葉を詰まらせて表情にも明らかな苦悶の色が見せるが、やはり決意は固いのか切り替わるように真面目な表情へと変わる。
「……人間の社会でもあるでしょう。大を生かすための小の切り捨て。全てを生かそうとすれば世界に必ず歪みが生まれます。その歪みが世界を壊すほどに膨れ上がる可能性がある以上、割り切ることも必要なことなのです」
「大義名分はわかるさ。そういうやり方だってのはこれまでのお前達を見れば十分なほどにな。だがオレが聞いてるのはお前の気持ちだよ、テルクシオペー。Nのやり方に妥協して、その結果、理想の世界を築けたとして、お前はその世界で笑顔でいられるのか。その世界のために消えた命を背負ってなお、笑顔でいられるのか?」
ただテルクシオペーの変化はNの一員としての顔になっただけとすぐに見抜いて、完全に切り替わられる前に質問の本質を叩きつけてテルクシオペーの逃げ道を断つ。
こうした話術でなら羽鳥やメヌエットが適任で、上手くやればテルクシオペーをNから引き剥がすことも可能なのかもしれないが、生憎とオレにはそんな話術はない。
あるとするならテルクシオペーの中にある葛藤を大きくすることくらいだろう。
「……逆にあなたに聞きましょう。私のような存在を疎ましく思っていないあなたは、このままの世界で良いと思っていますか? 私は──嫌なのです。人間でないという一点のみで爪弾きにされる心の痛み。あなたにはわからないでしょうが、人間が好きであればあるほど、その痛みは増すばかり。この思いがいつ反転し好意が憎悪へと変質してしまうか。それももう、このままならそれほど遠い未来ではないのが現実です」
「……そうか。人間に絶望したら、テルクシオペーはもう、Nにもいる意味がないんだな……」
自発的にNからの脱退を促せるならと思って返答を待っていたら、まさかの質問返しにあってオレが困惑してしまう。
だがその質問返しは裏を返せばテルクシオペーにとって痛いところを突かれた何よりの証拠で、もしかしたらこの場で答えを出せないと判断しての言動になったのかも。
そして質問返しと一緒に出てきたテルクシオペーの本音と取れる心の叫びを聞いて、オレの言葉もどん詰まりしてしまい、自分自身にもまたテルクシオペーと同じような矛盾があることを自覚させられた。
痛いところを突き合ってお互いに沈黙してしまえば、この場はもうこれ以上の進展はない。
それがわかってしまったオレもテルクシオペーも、次にどうすべきかはなんとなく以心伝心して顔を合わせる。
「……もしも、あなたがこの島で生き残り、再び私の前に現れるようなことがあった時。その時は私も今の質問に対して正直に答えましょう。あなたの答えもその時に改めて聞かせてもらいます」
「ああ。そういやオレはこの島で死ぬ予定なんだっけか。こりゃ何がなんでも生き残らないとな」
暗にもう会うことはないだろうと言うテルクシオペーが、言いながら足元の水を超能力で巻き上げて渦潮を作り出しその中に隠れていく。
気泡を多く含ませているから透過率も低く、水越しでもテルクシオペーの姿はみるみるうちに見えなくなっていき、この流れは止められないかと攻撃されないなら今回は穏便にいこうと決める。
それでも話をして最も気になったことだけは尋ねておこう。
「最後に1つだけ聞かせてくれ。テルクシオペーは何で今も人間が好きなんだ?」
「──私は知っているからです。人間が短く儚い命を精一杯に輝かせる事が出来る生き物であることを。それは我々のような長命の存在には決して出すことの出来ない輝き。私はそれを何よりも尊いと感じています」
人間に恋をしたというのも聞いてはいたが、手痛い仕打ちをされたとも聞いていたし、世界に受け入れられていない現実から今も好きでいる理由などオレには想像もつかなかったが、徐々に声が遠ざかりながらのテルクシオペーの迷いのない回答に、少しだけ納得。
バンシーなんかも5000年とか生きてるから、オレ達とは時間の流れが違うのは当たり前で、人間の一生などテルクシオペーなどからすれば儚いと思うほど短いんだ。
寿命という観点で見てもテルクシオペーにそれがあるかすら不明なことから、彼女達は長い時の中で人生が色褪せてしまうんだろう。
その命の価値観からすればオレ達のような100年と持たない生物の生き死には羨ましくもあるのかもしれない。
そう考え至った時には、すでに渦潮も力を失って川に落ちてしまい、テルクシオペーの姿も完全に消えてしまっていて、上海で遭遇した時に感じた超然とした雰囲気やプレッシャーの他に得られるものがあった今回の出会いは、オレの中では大きな収穫となった。
「…………それで、みすみすそのテルクシオペーとやらを逃がしてきたと? 死んでくれないかな」
「うるせぇ。捕らえるつもりではいたが無理だった。それをとやかく言われるのはイラッとする」
が、そのあと撤収を再開して夜に羽鳥と合流したまでは良かったものの、テルクシオペーのことをありのまま話したら当然のように罵倒されてイラッ。
捕ってやった魚を食べながら文句を言うなら没収してやろうかとも思ったが、こいつが倒れたら困るから仕方なく文句で返して発散。
「しかし君のその話からすると妙な部分があるね。君がこの島にいることがイレギュラーではないのなら、どうして犯罪者達は君の存在を知らされていない? 知っていたならこの状況が生まれるはずもなかったし、下手をすれば2人とも今ごろ死んでいた可能性もあり得る」
「そこなんだよ。羽鳥の殺害が目的ならNが味方になり得るオレの存在を隠すメリットがない。しかもそれでオレはこの島で死ぬ予定があるって言うんだから益々わからん」
それを歯牙にもかけずに平然と話を戻していく辺りが羽鳥だが、オレの話から当然の疑問が真っ先に浮かんで口にしてくる。
そこにはオレも同意で、状況から考えてもNの行動がよくわからないのだ。
初めからオレと羽鳥が標的にされていれば奇襲などもできなかっただろうし、向こうはそもそも数的有利を活かす意味でも2人1組での行動はしていなかった。
結果として膠着状態は今も続いていた可能性は高いし、長期戦になっての優劣はどう傾くかわからなかった。
それをあえて避けていたように思えるNの思惑になんだか嫌な予感がする。
それは羽鳥も同じようで難しい顔をして思考していたが、チラッとオレの顔を見てから短いため息を漏らして思考をやめる。
「はぁ。どのみち私達には時間がない。奇襲は明日にでも実行する。Nの意図は図りきれないが、それに囚われて行動に迷いが出ることの方がマイナスだろう」
「だがオレとテルクシオペーの遭遇は想定外だったみたいだし、今頃オレの存在を知らされてる可能性だって捨てきれない。テルクシオペーと会ったことで危険も孕んできたぞ」
「ネガティブな思考はやめたまえ。どのみち君の存在はNの匙加減でどうなるか操作されていた。それを知ってるか知らないかで我々が想定する作戦も前提が変わる。それだけの話だろう。それとも君は奇襲をやめて長期戦に勝つ算段があるのかい? あのお荷物4人を抱えながらね」
「それは……」
オレを見てのため息は意味があるのか知らないが、言ってることは正論で反論ができなかった。
オレの存在がNの匙加減で決まるなら、もうそれを知ってるか否かだけが問題なのはその通りだし、長期戦に出来ないと踏んだのはオレの判断で、短期決戦を言い出したのもオレだ。
危険が伴うとわかってそれに付き合うと決めた羽鳥がやると言うなら、オレももう腹を括るしかない。
オレが反論しなかったからか、羽鳥も同意と捉えて魚を食べ終えると、余計なエネルギーを消費しないためか早々に横になって仮眠に入ってしまい、見張りのために起きるオレは、これがこの島での最後の夜になることを願いながら、明日のために精神を集中させていった。
──言い知れぬ不気味さを孕んだまま。