6月19日。土曜日。
オレがウェールズのスウォンジーから無人島にワープして救助され入院するまで、たったの4日しか経ってないという衝撃的な現実にうちひしがれる暇もなく、入院1日目にしてオレの入院生活は終了を迎えた。
全治1ヶ月って割と重傷なはずなんだけどなぁ……とかなんとか思いながら、別に入院のための準備を万端にしてたわけでもないから、荷物など皆無なまま用意された車椅子に乗せられて武偵病院を退院。
「珍妙すぎるぞ、この光景」
「フフッ。日本ではペアは仲が良い証拠になるのだとか」
「ものによるわ。これは特殊すぎる」
その退院を進言したのであろうメヌエットは、サシェに自分の車椅子を押させて、オレの車椅子をエンドラに押させてダブル車椅子状態で並んで道を歩き出す。
確かに療養できるなら医療費がかかる武偵病院よりも自宅とかで療養できるならそれに越したことはないんだが、わざわざメヌエットが来て現在進行形でオレの自宅マンションに向かうルートではなく、ベイカー街のメヌエット宅に向かってるのにため息が出そうになる。
それを実際に出したらメヌエットがキレて道端に放りそうな匂いがプンプンするから実行はせずに、今の状況をネタにして他愛ない会話で繋ぐ。
「……それで、怪我人を捕まえてどうするつもりなんだ?」
「あら、私は親切から京夜を我が家へと招こうとしていますのに、お気に召しませんの?」
「正直なところ療養するならシルキーがいる自宅でも十分なんだよなぁ。それよりもメヌエットの家を選択するメリットはありますかね?」
「まず私のお世話ができます」
「それはデメリットだ。メリットになるのはサシェとエンドラだけ」
「失礼ですね。貴族であり英国の至宝でもある私のお世話をしたい人間が、この英国だけでもどれほどいるか。その栄誉を蹴りますか。贅沢なことですね」
「残念ながらオレの友人メヌエットは、そういうのをチラつかせて友人関係を築く人間じゃないからな。冗談はそれだけにしてくれよ」
それでこっちから聞かなきゃ話しもしないだろうから、オレが単刀直入にこの行動の真意を問うも、どうにも遊びたい気分なのか真面目なようでふざけた感じのメヌエットはしかし、話してること自体はご機嫌なのがうかがえる。
そりゃ確かにランク考査の前に話して以降から顔も合わせてなかったから、ほぼ1週間ぶりとはいえ、もっと長い期間会わなかったこともあるし、謎だ。
「京夜はせっかちですね。女性の本心というのは何重もの衣で覆い隠すものですから、それを剥ぐ行為は恥辱と同義。それをわかって聞きますか?」
「もっと言葉を選べ。オレがイヤらしいことしてるみたいで不快だ」
「言葉を選んで追及を逃れようとしているのです。つまり質問には答えたくありません。答えずとも時間が経てばわかることなのですから、気にするだけ無駄かと」
「じゃあ1つだけ。オレにとってマイナスになる要素はあるか?」
「可能性がないわけではありませんが、それは京夜の選択次第なので、間違えなければ100%でプラスになりますよ。私が保証しましょう」
「分岐あるのかよ。何のギャルゲーだ……」
「ギャルゲー。日本のシミュレーションゲームの一種ですね。様々な女性キャラクターとコミュニケーションを取りつつ好感度を上げ恋愛へと発展させる疑似恋愛体験ゲーム。現物はやったことがありませんが、興味はありますね。京夜、今度の帰郷ではそれを持って帰ってきなさい」
「メヌがやっても選択肢の先を推理できてつまらない気がするんだが……やりたいなら理子にあつらえてもらうよ……はぁ」
とはいえメヌエットの機嫌が良いならそれを損ねないのが最良だし、本心を言いたくなくてオレに害がないなら大人しくしていよう。
それに理由も単純にオレと一緒にいたいだけなら相当に可愛いものだし、そう思うことで色んなことが許容できる心の余裕が生まれる。おいおい可愛いなぁメヌ。飴ちゃん欲しいのかい?
そうやってナメきった態度が気配に出てしまったか、鋭い女の勘が働いたか「……何やらとても失礼なことを考えていませんか」とドキーンな発言。そそそ、そんなことありませんよ、ええ。
その動揺までは悟られまいと得意のポーカーフェイスで切り抜けて、夏休みのお土産が決定して機嫌もさらに良くなったメヌエットは、このまま帰っても勿体ないかとサシェとエンドラに進路変更を伝える。
場所はパディントン駅の近くのオープンカフェテリア。
屋根付きとはいえ雑多な感じのカフェテリアはメヌエットが人に酔いそうとか勝手に思ってしまったが、朝食にも遅く、昼食にも早い今の時間は利用者も大学生とか食事目的というよりも食事の片手間な感じで数もまばら。
まぁそれを見越して選んだんだろうが、来て早々に自然がメヌエットを呼んだとかでサシェと一緒にお手洗いへ。
エンドラも適当な料理を取りに行ってしまって1人で3人を待つ間、オレもやることがなくて暇になる。
「夏はこれからだが、暑さも気になってきたな……」
屋根で日差しは防げているものの、初夏の暑さになってきたのを肌で感じて少し憂鬱になる。
どちらかというと暑いよりは寒い方が色々と対策が出来て好きなんだよな。暑さだけは方法が限られて苦手だ。
「まさかあの島から生還するとはな」
部屋が蒸し暑くなったりしてたら嫌だなぁ。でもシルキーが換気とかしてくれてるかぁ。と、他愛ないことを考えてせっかくの休みを満喫し始めた意識にスッと静かに入り込むような声がしたのは、オレがいる席の後ろから。
その声で一気にオレの中の警戒心が引き上げられて、この状況でどうすべきかを考えたが、後ろを取られた時点でほぼ詰んでる。何故なら相手は、勇志さんだからな。
「……どこまでがあなた達の狙いだったんですか」
「お前がロンドン警察庁から依頼を受ける前から事は始まっていた。俺とシャナはスウォンジーに待機していたが、最後の最後。テルクシオペーがお前達を逃がしたのは想定外だった。あの島で何があった。テルクシオペーに何を吹き込んだ?」
「別に何も。ただ少し人間ってやつを教えてやっただけです」
勇志さんのナノニードルは問答無用でオレを行動不能にできるから、オレがここから形勢を逆転するのは不可能なのは確定的に明らか。
しかし勇志さんは背中越しでも伝わりそうな殺気を全く出さずに、まるで今回の出来事で起きた現象を解決するために接触してきたような気配。
Nは3人1組が原則らしいが、今は勇志さん以外の怪しい気配もないことから、独断の可能性にも気づく。
「そこがまずおかしいんだ。何故テルクシオペーがお前に聞く耳を持つ。成り行きを見守るだけだったテルクシオペーがお前達に興味を持ったこと自体がイレギュラーだ」
「そんなのテルクシオペー本人に聞けば解決するはず。何故オレに?」
「……俺は……というより、Nのメンバーは教授以外がテルクシオペーと会話することを禁じられている。だからテルクシオペーに話しかけはできても、話を聞くことはできない」
戦闘や暗殺の意思がないなら穏便に事を済ませられそうだと感じたのと、話を長引かせればメヌエット達が戻ってきて切り上げられてしまう。
なら簡潔にでも話を解決しながら情報を引き出そうと会話に応じつつ、質問をぶつける。
すると大した情報ではないと判断したか、勇志さんはテルクシオペーにNの中で意思疏通できる相手がモリアーティしかいないことを教えてくれ、それで無人島でのテルクシオペーに抱いた疑問が解ける。
実際に話をすればすぐにわかるが、テルクシオペーは何かと疑問があればそれを解決しようとする部分があり、その好奇心は今回の事態を招く大きな要因になった。
その好奇心をコントロールしようとすれば、必然として疑問に対する答えを出せる存在が1人いればいい。
それがモリアーティであり、テルクシオペーがNに居座るように都合の悪そうな情報をテルクシオペーに与えないよう話術でコントロールしているんだ。
「それが敗因ですよ、勇志さん。テルクシオペーは人間以上に好奇心に溢れてる。だから少しでも会話が成り立てばそこに付け入る隙が生じる。だがそうとわかってもNはテルクシオペーとの会話を解禁できない」
「……なるほどな。なら俺がテルクシオペーに恨まれようと、ここでお前を殺すことに意味はあるか」
そう、なるよな。
現状でテルクシオペーとまともに会話ができているのがモリアーティ以外にオレだけなら、再びの干渉を防ぐ意味でオレを排除するのは当然の流れ。
この流れを止められる段階にないと言葉にしてから気づいて嫌な汗が噴き出るオレが、どうすれば生き残れるかと高速で思考。
「…………だがお前は即死級の攻撃を反射的に躱すことができる以上、俺は1度お前の動きを完全に封じる必要が出てくる。その動作1つを強いられた状況で『アレ』を躱してこの場から逃げることはできそうにない。 まったく、つくづく悪運が強いな、お前は」
後ろの勇志さんに全神経を集中していたから、少しの沈黙のあとに紡がれた言葉の意味を理解するのに時間がかかる。
そう言われたことでようやくオレも周囲へと意識を向けることが出来て、気配ではわからないから動かせるだけの視線で勇志さんを牽制している何かを探すと、いた。オープンカフェテリアの横を通る歩道から、わずかに顔を覗かせたピンク色の髪。アリアだ。
あれで隠れてるつもりはないだろうし、奇襲をするつもりなら最初からしてるので、そうできない配置に勇志さんが陣取ってるか、アリア側に問題があったかだ。
しかしそれでもアリアを警戒した勇志さんは、たったの1手で結果が変わるこの状況を冷静に読んで速やかに撤退を選択したようで、一言だけ「次はないだろう」と言い残して気配が一気に遠退いていった。
九死に一生を得るとはこのことか。
完全に死んだと思っただけにこの安堵は一際だったが、撤退した勇志さんを牽制してくれたアリアも撤退したと見せかけた奇襲への警戒もしつつオープンカフェテリアに入ってオレに近づいてくる。
そしてキョロキョロと最後の警戒をして安全と判断してから向かいの席に腰を下ろして足と腕を組んでオレを見てきた。
「今のが霧原勇志ね。 こっちから仕掛けるタイミングが全くなかったわ。旧0課ってのはあんなのを何人も配属させてたのかしら」
「あれでも斥候みたいな役割だから、もっと化け物がいたんだろうよ。伊藤マキリとかな」
「あたしはそのマキリと戦った……相対したって感じだけど、確かに手強いと感じたわ。ホント、Nの戦力は嫌になるわね」
「それよりアリアは何でここに? 偶然ってわけじゃないだろ」
「ああ、それなら……」
まだロンドンにいたのかというツッコミはさておき、ここに至ってアリアが偶然通りかかって牽制したとは考えられないため、回り道なしでズバッと尋ねる。
そこに隠すこともなさそうに話しかけたところで、お手洗いに行っていたメヌエットとサシェ。料理を持ったエンドラが戻ってくる。
するとそのメヌエットと何かアイコンタクトをして頷いたアリアに、メヌエットは「あら」と少し驚いたように、しかし想定内といった反応で返してオレの隣に落ち着く。
「もうですか。ずいぶんと早かったですわね」
「Nにしては遅いくらいではあったと思うけどね」
「ん? もしかしてメヌが仕掛けたのか?」
「だから言ったでしょう。時間が経てばわかることだと。これでもプラスにはなりませんの?」
「……いえ、大変感謝しております」
どうやら勇志さん。Nが接触してくるのもメヌエットに推理できていたようで、それを見越していつからかは知らないがアリアを潜ませてオレを守っていたみたいだ。
だが何故Nの接触を推理できたんだ? そんな情報はメヌエットには……
とかなんとか疑問を1つ解決して、また新たな疑問が生まれたところで、それに先回りして答えようとアリアが口を開いてくる。
「実は京夜とフローレンスが近いタイミングで同じようなケースで行方不明になったことは、あたしとメヌの耳にもすぐに届いてきたのよ。それで偶然なわけがないってあたしの勘もメヌエットの推理も導き出して、2人、もしくは1人でも生還したならって策を練ってたわけ」
「もしも帰ってきたなら、行方をくらませていた間に手段こそ情報不足で推理しきれませんでしたが、京夜と羽鳥フローレンスとやらの2人ないし、他の誰かである必要がある何らかの仕掛けがあり、それで無事で済むような余地をNが残すわけがない。その上で奇跡的にも生還し、それをNが察知したならば、必ず数日のうちに暗殺に及ぶと思い、向こうに動きを悟られないようお姉様達を配置したのです」
「お姉様達?」
「京夜が接触したNのメンバーは水の超能力を使うって聞いてたから、それ専門のカツェを呼んで、武偵病院に運ばれた夜から潜ませてたのよ。それで動きがなかったから、メヌに京夜だけ運び出してもらって餌になってもらって、あわよくば逮捕って狙ってはいたけど、そう甘くはなかったわ。さすがにロンドン警察庁もロンドン武偵局も動かさないでってなると、包囲網も満足に作れないしね」
オレ、撒き餌にされてました。守ってくれたにしても酷くね?
確かにテルクシオペーが見逃したのがNにとっての誤算だったなら、この襲撃も予測できたことなのかもしれない。
勇志さんが単独で接触してきたのは、おそらくモリアーティがメヌエット達の罠に気づいていたからあえて見逃していたと考えるべきだろうな。
そう考えると最悪、勇志さんが捕まっても、Nにとっての痛手にはならないという事実にもなるわけだが、テルクシオペーは情報規制をしてまで手元に置くなら、何かしらの役割があると見て良さそうだ。
「……ん? でもオレと羽鳥が生還する可能性が限りなく低かったのに、よく罠を張る気になったな。言っちまえば無駄になる可能性が高かったわけだろ」
バンシーと同じように、セイレーネスにもまた秘められた力があって、それがNにとって必要なものって線が濃厚だろうかと思考したところで、今の話の根幹で気になったことをふと尋ねてしまう。
結果として生還はしたが、その確率が1%あったかどうかレベルの出来事だっただけに、その後を見据えて動いていたメヌエット達に純粋な疑問が出るのは当然だ。
その辺が本当に不思議で2人を見てみると、顔を見合った姉妹は揃って小さく笑うと、さも当然のように疑問に答える。
「だって京夜だもの。簡単に死ぬような武偵じゃないってさんざん見てきたし、今回も大丈夫だろうって思ってたわ」
「すでに夏休みの予定もあるのですから、それを破る行為をするような人間なら友人になどしません」
「フフッ。こんなこと言ってるけど、京夜の行方不明を聞いて『京夜が死ぬわけがありませんわ』って私より先に断言したのよ? しかも涙目になってね」
「なっ!? そのような事実はありません! 忘れなさい京夜!」
「そんな大声出すなよ。周りに迷惑だろ」
オレが不死身の男みたいな扱いをされても困るんだよなぁ。死ぬ時は死ぬし。実際に今回はマジで死んだと思ったし。
ただオレが死ぬわけないと。死なないと信じて動いてくれていたなら少しだが嬉しいところはある。
アリアの場合はなんかキンジと似た扱いな気がするから嬉しさ半分、悲しさ半分って感じで微妙だが、メヌエットに関しては心配しながらも死んでほしくないと思ってくれたことがわかって素直に微笑ましい。
それを悟られたくなくて平静を装ってたのに、アリアが盛大なネタばらしをしたせいで一気に余裕が崩れてただでさえ鋭いツリ目がギロッと怒りを含む目になってしまった。
そんな照れ隠しを誤魔化すメヌエットの挙動をなだめつつ、もう忘れることはできないから別のベクトルへと持っていくべく言葉をひねり出す。
「でもありがとな、メヌ。心配してくれて。信じてくれて。嬉しいよ」
「…………そう思ったのでしたら、私に少しでも心配させない努力をなさい。成果を上げなさい。脅威を排除なさい。前進しないのは怠惰です」
「返す言葉もない……次にNと遭遇したら、必ず逮捕するよ。そうすればオレの安全もいくらか確保されるしな」
メヌエットの性格上、素直にお礼を言われると恥ずかしいからか話を早めに畳みに来るので、それを引き出して守れるかはわからない約束を交わすことで収束。
今のところオレはN関連のことで大した成果を上げられていない以上、そろそろ結果を出さないと、黄金消失事件の解決を女王陛下から受けてるメヌエットの顔に泥を塗ることにもなる。
「なんか、京夜とメヌはあたしが知らないうちにずいぶん仲良くなったわね。合わなそうな性格なのに、妙にしっくり来てるのが不思議」
なんとも言いがたい雰囲気でそうした言葉を交わしたオレとメヌエットを端から見ていたアリアが、不思議そうに、でもどこか納得したように言葉を紡ぎ、それに顔を見合わせたオレとメヌエットも、何故こうも普通に会話が成り立っているのかちょっと不思議に思ってしまった。
初対面の時はこんな会話になどなる余地すらなかったと確信できるほどメヌエットとの心の距離は遠かったものだが、今となってはこれが普通になってる。実に面白い。
「メヌが歩み寄ってくれるからだろうな」
「京夜がズカズカと私の懐に踏み込んでくるからですね」
「何それ。結局どっちなのよ」
「メヌが優しいから好き勝手できてるな」
「京夜がありのままの私を受け入れてくれるから」
「プッ。ならお互いにそれでいいじゃない」
その奇妙な友人との関係が成り立つ理由をそれぞれで口にしたら、ここで噛み合わない辺りがオレとメヌエットで、2人揃って相手を尊重するようなことを言えば、合ってるようで合ってないオレ達に笑いが堪えられなくなったアリアがとどめを刺してしまった。
アリアに笑われて直前に素直になってたこともあって、割と本心を語ったのが急に恥ずかしくなりメヌエットを見たら、メヌエットもまた普段は絶対に言わないようなことをあっさりと言ってしまった恥ずかしさから完全に口にチャックで沈黙。
それにまた笑みをこぼしたアリアは、少しからかったことを謝ってから、せっかくエンドラが持ってきた料理が勿体ないからと食べるのを促してくれて、オレもサバイバル生活から生還してなんだかんだ初めての健康無視な食事に素直にありつくのだった。