7月29日。木曜日。
まだ陽も登り始めるかどうかな早朝4時に小鳥達のプチ旅行の同行者として、学園島をオレが運転する車で出発。
休憩も挟みつつ約7時間をかけてお昼時に辿り着いたのは、京都府の宮津市。
言わずと知れた天橋立があるこの街は、毎年たくさんの観光客で賑わい、夏休みシーズンともなれば人の多さも割増だ。
人混みが嫌いなオレとしてはあまり足を運びたくはない場所ではあるが、生憎とここに来ない選択肢と権利はオレにはなく、目的地の老舗旅館に到着後、小鳥達はさっさとチェックインを済ませて仲良く観光へと出掛けていってしまう。
オレも同行していいとのことだったがそうはせず、長距離運転の疲れを癒すように旅館の部屋でくつろぐ……こと自体は出来そうながら、昼寝をしようという気は全く湧かない。いや、湧きようがないだろう。
「いやぁ、可愛らしい後輩を持って京夜はんも隅に置けまへんなぁ」
「先輩を足に使うような後輩ですけどね」
「どうしても京夜はんを同行させたい乙女心やろ? 可愛いもんどすえ」
何故あの押しが強い後輩3人があっさりとオレの休憩を許したのかを考えれば、同じ部屋にいるこの薬師寺眞弓さんに寄るところが大きい。
何故なら彼女が今ここにいるからこそ、今日のこの旅館は宿泊費が無料になっているからだ。
約4年前のゴールデンウィーク。当時まだ月華美迅が結成される少し前にこの宮津市に訪れたオレ、幸姉、眞弓さん、雅さん、早紀さんの5人は、観光客を銃で脅して金を強奪する視覚的に消える超能力者を確保。
観光業への深刻なダメージを回避した謝礼として毎年、眞弓さんのところには5名様までの1泊2日朝・夕食付の宿泊券が届くようになったのだ。
例年なら月華美迅が時間的な余裕があれば使うみたいな流れがあるようだったが、今回は幸帆が口利きした結果こうなったというわけ。
だから眞弓さん以外の4人は今日も明日も仕事らしく、今頃は愛菜さん辺りのテンションが駄々下がりしてるのが目に浮かぶ。
その眞弓さんがいる前で乗り気でないオレを強引に引っ張っていこうとすれば、自ずとその様を眞弓さんに見せることとなり、苛立ちの原因になりかねないことは避けたい3人も大人しく観光に行ったわけだ。
そんな3人に素直についていけばいいだろと正論が飛んでくるのも回避したオレが、わざわざ眞弓さんと2人きりになったのかは、言うまでもなく意味があるから。
先日、アストゥリアス州でのシャナ捕縛作戦において月華美迅からは早紀さんを起用させてもらったわけだが、その報酬はまだ未払い。
というのも眞弓さんから報酬に関してはオレに別の依頼を請け負うことでチャラにしようと提案されて、金欠気味の身としてはこの身で支払えるならと了承。今に至るというわけ。
今回はその全容も聞いていない依頼についてを聞くためにここに来たまであるので、3人が出払っているうちに聞いてしまおうと挨拶代わりの会話もそれで終わり、さっそく真面目なモードに切り替えて眞弓さんの対面に座り直す。
「それで、オレにやってほしいことは」
「エエ顔になりましたなぁ。幸音の金魚のフンやった頃からは見違えとりますよ。Sランクになって気構えもピシッとしましたか」
「そういうのはいいので……」
「照れるところはまだ男の子どすなぁ」
オレの切り替えの良さに先輩として何やら嬉しいことでもあったか、茶化しにきた眞弓さんに上手く返しが出来ずクスリと笑われてしまうものの、そういう反応が見たかったらしくて満足した眞弓さんも口元を扇子で隠していたのを降ろすと、武偵の顔になってオレをまっすぐに見てきた。切り替え怖っ。
「今から話すことは全て頭に叩き込んでください。万が一にも見える物として残るのを避けとります」
「はい」
「今年の4月4日。京都市の大型デパートでフロア火災が発生して、フロアはほぼ全壊。死傷者は248名に及びまして世間を騒がせましたが……京夜はんはロンドンに行っとって知りまへんよね」
「いえ、帰ってきた日のニュースで丁度、その事故の特集をテレビで観たので、概要くらいは把握してます」
「それやったら『公の真相』については言わんでもかまいまへんな」
「確か可燃性ガスへの引火から爆発の連鎖による広域化でしたね。飲食店が多く入ってるフロアだったことも考えれば、なくはないですが」
「実際、現場検証でもそないな結果が出とると聞きましたし、警察の見解にウチも疑問は大してありまへんのや。ただ、事故と断定するには早計やと思とりましてな。いくつか調べさせてもらいました」
「調べるって……そうなると何かの手がかりがあの事故にあったんですよね? そうじゃなきゃそんな動きはできません」
「手がかり言うても偶然やったんどす。たまたま武偵病院に運ばれてきた死者の中に、武偵が1人おったこと。それだけどすが、その武偵、誰やったと思います?」
「オレも顔を知ってる……とか、ではなさそうですね。となると……」
「関西武偵局の『特命武偵』どすえ。武偵病院の先生がたまたま学生時代のその人に見覚えありまして、雅にデータベースを漁って貰って見つけました。さてさて、そない特命武偵がフロア火災で死亡。これが偶然やと思いますか?」
どんな依頼かの前にどうしてそんな依頼かを説明し始めた眞弓さんに相槌を打つだけでなく、自分なりの推理も交えて進めていく。そうしないと怒りそうだし。
それでそこまでを聞いてまず思い出したのは、かつてのキンジの兄、金一さんが海難事故を装ってイ・ウーに潜入するため姿を眩ませた件だが、今回は死亡確認がしっかりと取れているため、偽装ではないだろう。
となればほぼ2択。1つは本当に偶然、その場に居合わせて被害に遭ったケース。
もう1つは何らかの理由で命を狙われたかだ。
特命武偵といえば武偵庁、武偵局に属する武偵の中で秘匿任務を任される武偵の筆頭で、一般的に名前も顔も公表したりしていないのが普通。当然その実力もSランク相当。
「その特命武偵の死亡時の状態は?」
「エエとこに目を付けますな。死因は一酸化炭素中毒。火傷もそれなりにありまして、顔を判別できる状態だったんは幸運としか思えまへんでした。それから……打撲痕が後頭部にありましてな。おそらく爆発で壁にでも打ち付けて、それで気絶してるうちにって先生は言うとりましたが、仮にも特命武偵が事件の中心で無様に後頭部をぶつけて倒れますやろか」
「つまり眞弓さんは、その後頭部の打撲は『何者かが実行して気絶させた』と見てる。フロア火災は特命武偵の注意を逸らすために事故に見せかけて起こしたものだった?」
「ここからは核心に迫りましょか。フロアには事故後も無事やった監視カメラが何台か残っとりましたから、警察の手にあるうちにウチも雅と一緒に事故前後の映像を観てきました。そしたら映っとりましたよ。その特命武偵が誰かを尾行しとる様子が」
わざわざ依頼するのだからオレが調べるのはその特命武偵が命を狙われたほどの何かだと見当は付きつつ、おそらくこれから動くに当たって必要になってくる情報を真剣に聞く。
「相手は2人。その日はたまたま2人やったのか、2人のうちの1人やったのかは定かやありまへんが、尾行していた1人は関西武偵局の副局長。もう1人はデータベースを確認したところ、大阪武偵高3年の
「武偵が武偵を尾行? それも所属が同じ人間を……それに有馬ってどこかで……」
「京夜はんは同年代どすが、台頭したのは高校に上がってからどすから噂程度やろ。一応は潜入捜査型のSランクどす。関西武偵局も重宝しとるみたいで、今年は大躍進しとりますよ」
特命武偵が尾行していたからには明確な目的があり、そのターゲットは重要な情報となるが、まさかの同業とはな。
同じ組織内の動きを探る動きは明らかに不穏な気配がしつつ、眞弓さんがその後に大阪武偵局で大きな動きを見せたようなことを話さないことにも引っ掛かりを感じる。
特命だから騒がないという考えもあるだろうが、そんな感じではない気がするな。
「まだどちらが何かも掴めてまへんが、ウチは尾行されとりました側の2人が怪しいと思とりますのや。それで有馬鳩雄に関しては、事件の少し前からある場所に潜入捜査に出とりましてな。未だに潜伏中のようどす」
「つまりオレはその潜伏場所に行って有馬鳩雄が何をしているかを突き止めればいいと?」
「最悪、接触することになってもかまいまへん。嘘が含まれとっても本人から聞けることで真偽もある程度はわかりますやろしな。ただ、京夜はんは誰かとの繋がりを少しでも匂わせたらあきまへんえ」
「そこは抜かりないですよ。それでその潜伏場所については……」
どんな思惑で関西武偵局が動いているのかは不明ながら、不穏な動きは止めるべきだろうと裏で動いていたっぽい眞弓さん達の行動を無駄にはできない。
依頼についてはそれでほぼ把握したので、これから向かう有馬の潜伏場所についてを尋ねるのは自然な流れだった。
のだが、そうしたオレの質問に対して眞弓さんは、たまに見せる嫌な類いの笑みをチラリと覗かせて口元を扇子で隠す。うっわ……聞きたくねぇ……
「潜伏先は神奈川県鎌倉市にある私立アニエス学院。女子校どすえ」
「…………清掃員として潜入、とかですよね?」
「どうやろか。あそこは男をほとんど入れへん学校やさかい、清掃員でも女しか入られへんかもしれまへんなぁ。そうなると生徒としてやもしれまへんが……あ、そうなったら京夜はん。また『京奈』はんにならな……」
「………………」
………………嫌だぁあああああ!!!!
これか! これが目的か! 眞弓さんでも許さんぞ! 絶対に! 絶対にだ!
オレを散々やる気にさせておいてからのこの仕打ち! 悪魔の所業! 鬼! 人でなし!
と、死んでも口には出さなかったものの、女子校への潜入と聞いて汗が出てきたオレに露骨な笑いを交えた眞弓さんは、見たかった反応が見られて上機嫌。
まさか本当にまたあのトラウマの女装をしなければならないのか……拒否権ないし……
「フフッ。普段ポーカーフェイスな京夜はんでも、ホンマに嫌なことを強いられるとわかりやすいどすなぁ。安心してください。ちゃーんと女装せんでも潜入できるよう手配しとりますよ」
「……からかうにしてももう少し優しくしてもらえれば幸いです……」
「善処はしましょか」
女装という絶大威力のインパクトに冷静さを欠いたものの、冗談だと言われてからクリアな頭で考えてみれば、オレが日本にいるのは夏休みの間だけ。
生徒として潜入するにしても夏休み中に転入したところで、終わる頃にはいなくなるなら動きとして不自然すぎるから、そもそもの選択肢としてないし。バカなの?
人が冷静さを欠くと思考力が鈍るという証明が改めてされたところで、アニエス学院にどうやって潜入するかをちゃんと聞き、潜入の開始日が3日後の8月1日からなのを確認……って近っ! だからこんな動きが早かったのか。
当日までに準備しておくことも確認し終えて、特にすることもなくなったし、眞弓さんも部屋にあるお風呂にゆっくり浸かりたいとか言い出したので、からかわれても仕方ないしと旅館を出て小鳥達と合流することにする。
連絡したところ小鳥達は天橋立駅の近くの飲食店で昼食を摂っていたらしく、オレも行きがてらのコンビニでゼリー飲料を買って胃に流し込み栄養補給。夕食は豪華だし今は贅沢をしても仕方ないのだ。
きっとその夕食も後輩達にたかられて美味しいところは持っていかれそうと予感はしつつも、まさか眞弓さんの前でそんなことと思考停止。それ、良くない。わかってても、考えない。
快晴の宮津市の本日の最高気温は36度を記録するらしく、海水浴客は天候に恵まれてるなぁと思いながら小鳥達と合流。
3人とも良いものを食べたようで携帯に収めた料理の写真をオレに見せてキャッキャとはしゃいでくるが、暑いからあんまりくっつかないで。あと写真とか女子か! 女子だったわ。
観光となると武偵より先に女子になる小鳥達のテンションの高さに若干ついていけなさそうな気がしながら、行くアテのないオレは3人が行くままにその跡を歩き、食後の食休めに散歩がしたいからと天橋立を徒歩で縦断することに。
天橋立は長さにして約3kmはあるから散歩には長い気もするが、海水浴場があったりそもそも景観がすこぶる良いから特に苦もなく渡り切れるだろうな。
京都出身のオレと幸帆でも宮津市に来ることなどないに等しいから、小鳥と貴希と一緒にはしゃぐ幸帆を見ているとなんだかオレも少し嬉しくなったりするもので、大仕事前の息抜きには丁度良かったかもなと思い直す。
まぁ明日は朝早くから眞弓さんと幸帆を京都市に送って、貴希も鈴鹿市まで送り届けて小鳥と一緒に学園島に戻るっていう長旅になるわけだけど……
しかし睡眠時間を除けばあと半日もない息抜きではあっても、今を楽しもうとする気持ちは大事だろうと写真を撮りまくりな3人の後ろを追って海水浴場の横を通りかかる。
ここの海水浴場には幸姉と月華美迅の5人とで遊びに来たこともあるから、昔を懐かしむように全体を眺めて歩いていると、沖の方で少し大きな波が押し寄せたのがわかる。
あの大きさだと泳ぎが得意でない人が拐われたら危なそうと海に点在する人の輪郭を目で追っておくと、案の定、勢いで浮き輪の上に乗っていたらしい子供と、近くにいた母親らしき人がまとめて沈んで見えなくなってしまう。
他に溺れた人がいないかも確認し、近くの人も異変に気づき騒ぎ始めてライフセーバーが動き出したのも見えた。これならまず助かる可能性は高い。
その時点でオレが足を止めていたから、はしゃいでいた3人も足を止めてどうしたのかとオレを見てこようとしたが、それより先に海辺の方が騒がしくなったのに気づいて一瞬で武偵の顔になる。おっ、さすが2年にもなると反応速度が違う。
しかし現場から遠いこの位置で異変を察知できるということは、この海水浴場のほぼ全域が事態を察知できるということ。
こういう時は決まって悪いやつが動き出すもので、騒ぎに乗じて海水浴客の荷物から財布などを盗む輩が少ないがいる。
事態はライフセーバーが終息させてくれるはずなので、オレはその二次災害的な被害を食い止めようと3人にも目を光らせるよう指示を出す。
「幸帆さんは左の区画。貴希さんは右の区画を頼みます。私は中央を見張っておくので。昴も先行して」
「現場を見た場合は迅速に。間に合わないと判断したら大声で知らせてください」
「盗人は明らかに周りと違う動きをするから案外わかりやすいよ。よく見れば犯行前にマークできる」
出そうと思ったが、オレが言うまでもなく事態を冷静に見てオレが指示しようとしたことをそのままに行動開始した3人にちょっと驚く。
さらにオレに何かを指示するでもなく行ってしまった3人は、オレがこの後どう動くかもなんとなく察してのことだろう。
チームには司令塔が必要になるが、この場でのリーダーは必然としてオレになるため、オレを動かさずに事態に当たるのは妥当な判断。
オレもこの位置からなら海水浴場全体を見渡せるから、現場に近づいて視野が狭まる3人をカバーしやすい。
ただオレ達のこれは完全に杞憂のレベルで、宮津市としても過去の経験を生かしてこの時期は人の多い場所には覆面警備を回しているらしく、オレから見れば引ったくりを探す3人が周りから浮いていて、警備もそれに警戒を示して動き出したのがわかってしまう。
なので余計なお仕事を増やしたり邪魔にならないように3人に撤収するよう連絡を入れていたら、優秀や優秀。わずか3分足らずで撤収する間もなく3人ともが捕まってしまった。やるでござるな。
完全にミイラ取りがミイラになった結果の3人が簡易本部に連行されたのを見てから、オレも行ったら注意されそうだなぁと見なかったことする。
武偵手帳を見せればいいだけだしすぐに解放されるだろうとその場で待っていたら、なんか3人が警備の代表か何かと一緒に近寄ってきて「この人の指示で動きました」と供述。
部下の責任は上司の責任? 知らんそんなこと! 言わんでいいことを言うな! 面倒臭い!
「申し訳ございませんでした」
と怒鳴るわけにもいかず、どうやら宮津市の警備は関西武偵局にも通ってる周知の配備らしくて、関西の武偵なら首を突っ込むなと通知が出ていたみたいだ。
それを知らなかったで済ませるほど社会は甘くないので、ちゃんと謝罪を述べて釈放となったが、なんか釈然としないよなぁ。
「京様、自分だけ責任逃れをしようとしましたね?」
「そうです! 私達が捕まった時に来ないなんて酷いです!」
「薄情ものー! 轢いちゃうぞ!」
さらに事が済んでから速攻で3人からバッシングを受けるし。
オレ指示出してないし、もう少し待ってれば警備にもちゃんと気づいてたし。
とかなんとか言ってのらりくらりと躱すことも出来そうではあったものの、止めなかったオレに責任があるのは確かなので甘んじてそれを受け入れておきつつ、プンスカ怒ってる3人を大人しくさせるために変化球を投げておく。
「まっ、言いたいこともわかるが、お前らがしっかり武偵として成長してるんだなってのは今ので確認できたし、結果オーライだろ。怒られたのだってお前らの初動が早かったからなわけだし、落ち込むようなことではない。勲章なくらいだ」
「ものは言いようではありませんか?」
「そうやって言いくるめようとしてるのバレバレです」
「私達そんな単純でもないんですけど」
「よーし、今ので宮津市が凄く安全なのは保証されたから、余計な心配せずに観光を楽しもう。確か天橋立の向こう側に美味しい宇治金時の店があるとかないとか。時間は有限なんだから、小さいことで怒ってても勿体ないだけだぞー」
なんか上手いことおだてて流そうとしたら、こんなところでも成長しちゃったみたいで流せなかったのは計算外。
それならもう開き直って全てを右から左に流してしまって観光に戻ろうと、まだ納得のいってない3人を放って歩き出してしまう。知ーらないっと。
そんなオレの態度に唖然としはした3人だったが、せっかくの観光を楽しもうと言うオレの的を射てないわけでもない正論が効いたのか、はたまたこれ以上の言及が空振りに終わると諦めたのか、怒るのをやめて跡を追いかけてきてくれた。
それは良かったのだが、行った先の宇治金時の店で3人の分も奢らされたのは言うまでもない。