緋弾のアリア~影の武偵~   作:ダブルマジック

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Bullet25

 ピラミッドを出て、傾いた船の舳先に移動したオレ達。

 しばらくして意識のなかったアリアが目を覚まし、感極まったキンジが抱き締めて、白雪が持ってきていた防弾制服を着せてあげる。

 これであとは武藤達の迎えを待つだけ、か。

 ーーがくん。

 しかし、そんなオレの両膝が突然力なく折れて、膝をついてしまう。確認すると身体も小刻みに震えている。

 これは、安堵からきた脱力じゃないぞ。それにあとから来たこの身体の震え。

 そんなオレの変化を敏感に察知した幸姉がすかさず寄って来てくれたが、その幸姉も、見れば3つ編みを結び直したカナも、何かを感じ取ったかのように海の方を見つめた。

 

「ーーキンジ……逃げなさいッ!」

 

 そしてカナが叫んだ。

 あのカナが、逃げなさいと。

 

「京夜、あなたはやっぱり凄い。あれに私達より早く反応するなんてね……」

 

「幸姉……何を言って……」

 

 震える身体を幸姉に支えられながら、幸姉とカナが見ている海に視線を向けると、ずずずず……っざああああああああああ!!!

 突如として海面が持ち上がり、そこから100メートルは優に超える黒い巨大な何かが浮上してきたのだ。

 一目では何なのか理解できないこの巨大な物体は、その巨体に2メートルはある『伊』と『U』の2文字があった。

 

「イ……ユー?」

 

 違う。もっとしっくりくる読み方をオレは知ってる。

 それにこの黒い物体は、何故か見覚えがある。大きさは違うが、あれは夏休み前のプールで乗り物オタクの武藤とあややが動かしてた原子力潜水艦……

 

「ボストーク号……!」

 

 キンジもこの黒い物体の正体に気付き、潜水艦の名前を口にすると、カナと幸姉は見てしまったかといったように話をする。

 

「そう。これはーーかつてボストーク号と呼ばれていた……戦略ミサイル搭載型・原子力潜水艦」

 

「ボストーク号は、沈んだのではないの。盗まれたのよ。史上最高の頭脳を持つ、『教授』に……!」

 

 カナと幸姉がそんな話をすると、こちらに横っ腹を見せてターンを終えたボストーク号。

 その艦橋に男が立っていた。

 あれだ。あれがオレの感じた『恐怖の根源』!

 

「『教授』! やめてください! この子たちとーー戦わないで!」

 

 その男に対してカナがオレ達を守るように舳先に立ち声をあげると、幸姉は何かに気付きカナへと走り寄った。

 ビシュッ! ビシュッ!

 そんな2人が、突然何かを受けたように身体を折り倒れる。

 オレは震える身体に鞭を打って立ち上がり、倒れる幸姉を受け止め、キンジがカナを受け止めると、2発の銃声が辺りに響き渡った。

 見ればカナの身体からは出血があり、幸姉に至っては『呼吸をしていない』。

 2人は撃たれたのだ。しかも、カナの使っていたあの見えない銃弾で、防弾制服を貫通する弾を。

 だが、カナには出血があるが、幸姉に出血がない。

 何かで防いでたとしたら、これは被弾の衝撃によるショック状態か!

 気付いたオレはすぐに幸姉を寝かせて人工呼吸と心臓マッサージをする。死ぬな! 幸姉!

 

「……ごふっ、がはっ!」

 

 数回の蘇生術でなんとか呼吸を再開した幸姉。良かった。

 

「残りの言霊符を全部防御に回して、なんとか貫通は防いだけど、次は無理……」

 

 言いながら幸姉は制服を捲り上げて胸元を見せると、そこには言霊符が幾重にも重なって銃弾をギリギリで止めていた。

 

「……曾、おじいさま……!?」

 

 幸姉を支えて起こしながら、幸姉を撃った人物にして、イ・ウーのリーダー『教授』を見ると、アリアが掠れた声でそう呟くのを聞いて、目を、耳を疑う。

 男は20代くらいのひょろ長い、痩せた身体。鷲鼻に、角張った顎。右手に古風なパイプ、左手にはステッキ。

 歴史の教科書にも載っている『武偵の原点』にして、世界最高の探偵。

 ――シャーロック・ホームズ1世――

 その人だった。

 

「伏せろアリア! 俺達は攻撃されてるんだ! 撃たれたいのか!」

 

 シャーロックを見ながら立ち尽くすアリアを、キンジがカナ、いや、金一さんを抱えたまま叫び腕を掴んで引き寄せたが、アリアは力なく尻餅をついてシャーロックを見ながら放心していた。

 無理もない。自分の母親を無実の罪に着せ、隠れみのにしたイ・ウーのリーダーが、自らの先祖にして、おそらくアリアの最も尊敬する人物であるシャーロック・ホームズ1世だったのだから。

 そこに2つの爆音と船体を揺るがす激震がオレ達を襲う。

 近くからは水柱が上がり、巻き上げられた海水がデッキに降り注ぐ。

 

「一瞬見えただけだが……恐らくMk‐60対艦魚雷だ! イ・ウーが撃ちやがった!」

 

 キンジのその言葉でオレは今の揺れが何だったのか把握。

 そして今のでかろうじて浮いていたこの船が完全にダメになったことがわかり、同じ見解をしたキンジが白雪に救命ボートの確保へ向かわせた。

 さらに厄介なことにこのいざこざでパトラが柩から逃げ出てきてしまうが、真っ先に重症な金一さんに駆け寄り、その傷を超能力で治し始めた。

 その必死さはさっきのオレと似ていて、すぐにパトラの気持ちに気付いたが、今はどうでもいい。

 今は……あのシャーロックをどうにかしないとダメだ。

 シャーロックの乗る原潜イ・ウーは沈没しかけたこの船に接舷して、燃え盛る舳先の向こうからシャーロックが歩いてくる。

 どうやってこっちに来る気だ? というオレの疑問は一瞬で解ける。

 歩くシャーロックの周囲の炎と黒煙が、キラキラと輝く氷によって消し去っていく。あれはジャンヌの魔術、だよな。

 シャーロックはそうして炎と黒煙を退けて姿を現し、その身なりが鮮明になる。

 古めかしいデザインのスーツで身長は180センチくらい。髪をオールバックにしていて、本当に150年も前の人物なのかと疑う見た目の若さだ。

 さらにシャーロックはパトラの砂金を操り足場とすると、そこから堂々とこちらの船に乗り移り舳先に降り立った。

 幸姉と金一さんがなぜ恐れたのかわかった。

 この人はあらゆる能力をその身に宿した、紛れもない『超人』なんだ。

 だからイ・ウーの頂点になり得た。

 

「ーーもう逢える頃と、推理していたよ」

 

 シャーロックの第一声。それを聞いただけでオレはわかってしまう。

 この人とは次元が違うのだと。

 

「ーー卓越した推理は、予知に近づいていく。僕はそれを『条理予知(コグニス)』と呼んでいるがね。つまり僕はこれを全て、予め知っていたのだ。だからカナ君……いや、遠山金一君。それに真田幸音君。君達の胸の内もーー僕には推理できていた」

 

「『教授』……あなたは最初から……」

 

 幸姉はそれを聞いてなんとか反応を示し、瀕死の金一さんも何かを言っていたが、声が霞んで発声がほとんどできてない。

 

「さて、遠山キンジ君。それに猿飛京夜君。君達も僕の事は知っているだろう。いや、こう思う事は決して傲慢ではないことを理解してほしい。なにせ僕という男は、いやというほど書籍や映画で取り上げられているのだからね。でも、可笑しいことにーー僕は君達に、こう言わなければならないのだ。今ここには、僕を紹介してくれる人が1人もいないようだからね」

 

 あなたの事はもう知ってるが、確かにそうなるんだよな。不思議な感覚だ。

 

「ーー初めまして。僕は、シャーロック・ホームズだ」

 

「……初めまして。猿飛、京夜だ」

 

 敵の自己紹介などあんまり聞きたくなかったが、相手はあのシャーロックだ。オレも名乗らないと失礼だからな。

 震える身体を押してそう言ったオレに対してシャーロックはにこり。笑顔を返してきた。

 

「幸音君から聞いた通り、君は『強くあろう』とするんだね。名乗り返しをありがとう。さて、アリア君」

 

 まるで確認作業のようにオレと話したシャーロックは、呆然とするアリアに視線を向けて話しかけて、アリアもそれに反応して視線を合わせた。

 

「時代は移ってゆくけれど、君はいつまでも同じだ。ホームズ家の淑女に伝わる髪型を、君はきちんと守ってくれているんだね。それは初め、僕が君の曾お婆さんに命じたのだ。いつか君が現れることを、推理していたからね。アリア君。君は美しい。そして強い。ホームズ一族で最も優れた才能を秘めた、天与の少女ーーそれが君だ。なのに、ホームズ家の落ちこぼれ、欠陥品と呼ばれ……その能力を一族に認められない日々は、さぞかし辛いものだったろうね。だが、僕は君の名誉を回復させることができる。僕はーー君を、僕の後継者として迎えに来たんだ」

 

「……ぁ……」

 

 語り聞かせるように話すシャーロックに、アリアは言葉がまだ出ない。

 だが、これはまずいぞ。このままだとアリアが……

 

「おいで、アリア君。君の都合さえ良ければ、おいで。悪くても、おいで。そうすれば、君の母親は助かる」

 

 シャーロックの側に行ってしまう。

 シャーロックは緩やかな足取りでアリアの目の前まで行くと、ひょい、とお姫様だっこをしてしまう。

 

「ーーとかく、好機は逸して後で悔やむことになりやすいものだからね。行こう。君のイ・ウーだ」

 

 アリアを抱いたシャーロックはそのままくるりとターンして、自らが乗っていた原潜に戻ろうとする。

 

「アリア君。君たちは、まだ学生だったね。ではこれから『復習』の時間といこう」

 

 そう言ったシャーロックは、ふわり。

 たったの一足で舳先から原潜とを繋ぐ流氷に跳び移っていった。

 それは理子が髪を自在に操るかのように、長いコートの裾を操って落下を抑えていた。

 

「アリアァァァーーーーーーッ!」

 

 抵抗もせずに連れていかれるアリアに、パートナーであるキンジが叫ぶ。

 しかしその叫びもアリアには届かない。

 

「京夜、もうちょっと私に付き合ってね。この船は日本船籍。今ならシャーロックを合法的に逮捕できるのは、京夜もわかるわね?」

 

 シャーロックの登場で誰も動けずにいた中、幸姉はオレの肩を借りて立ち上がりそんなことを言う。

 見れば金一さんも治療をするパトラを押し退け、髪をほどきサソリの尾を投げ捨てて、その身を漆黒の服として立ち上がっていた。

 日本船籍の船。その上でシャーロックはアリアを『拐った』。

 つまりは日本の法律、未成年者略取の罪に問われることになるわけだ。

 

「まだ震えてるわね。怖ければ京夜はここにいなさい。怖れがあるなら前へ出るべきじゃないから」

 

「……幸姉が行くのにオレが行かないなんてあり得ないな」

 

 オレは幸姉に言われて未だ震える自分が情けなくなって、言ったあとその手を思いっきり甲板に叩きつけた。

 いってー……けど、これで震えは止まったな。

 

「武偵憲章1条! 仲間を信じ、仲間を助けよ! 行こう、幸姉!」

 

「ええ、行きましょう京夜。まずはアリアを救助して」

 

「シャーロック・ホームズを逮捕する!」

 

 叫んだあと、オレと幸姉、キンジと金一さんはほぼ同時に沈没しかけた船からイ・ウーへと続く流氷に降り立った。

 

「幸音さん。あなたはもう超能力を使えないんだ。無理はするな」

 

「ナメないでほしいわ。あと1回なら魔眼を使える。それに見るからに死にそうな人に心配されてもね。ヒステリア・アゴニザンテだったかしら? 命懸けの超人も大変ね」

 

「俺の前で死なないでくれよ。人の死は見るのが辛い」

 

「努力はするわ」

 

 流氷の上を走りながら幸姉と金一さんはそんな会話をすると、オレとキンジもアイコンタクトで互いに意志を確かめた。

 そうしてオレ達はイ・ウーの甲板の上に到達した。シャーロックとの距離はまだ少しある。

 

「ーーシャーロック!」

 

 叫んだ金一さんは次の瞬間、手元を光らせあの見えない銃弾をシャーロックに放った。

 しかしシャーロックはこちらを向くことなくその銃弾に同じ見えない銃弾を当てて防いでみせる。やっぱり化け物だな。

 

「キンジ!」

 

「ーー分かってる!」

 

 それからの攻防は人間業ではなかった。

 金一さんとキンジはシャーロックに向けてありったけの銃弾で連射の雨あられ。

 対するシャーロックは2人の銃弾を全て銃弾で弾き逸らし、その弾いた銃弾を金一さんとキンジも弾いてまたシャーロックへ向けて、それをさらにシャーロックが弾き……と、その銃弾の数をどんどん増やしての銃撃戦を繰り広げていったのだ。

 オレと幸姉はその流れ弾に当たらないように金一さんとキンジの背後に立ってチャンスをうかがう。

 

「京夜。今から私がこの銃撃戦を止める。その瞬間一直線にシャーロックを狙える?」

 

「やってみるよ」

 

 言われてオレは右手にクナイを3本持ちいつでも放てるように構えた。

 

「いくわよ!」

 

 確認した幸姉は、それからオレの肩を踏み台にして、百数発の銃弾が行き交う射撃線の上に跳び出て、魔眼を発動した。

 その瞬間、あれだけの銃撃戦が嘘のように止み、行き交っていた銃弾は全て勢いを失い甲板にバラバラバラと落ちていった。

 おそらく幸姉の魔眼は視界に入った物体の運動エネルギーを一瞬でゼロにしたのだろう。

 そんなことまでできるようになったのか、幸姉。

 などと感心してる余裕もなく、オレは幸姉の魔眼が発動してすぐにシャーロックめがけてクナイを3本同時に投げ放ち、まずはアリアを抱き上げている腕を使えなくしてやろうとした。

 ――キンキンキンッ!

 しかしオレのクナイはシャーロックの見えない銃弾で難なく弾かれてしまう。

 だが、それも狙い通り。あのクナイには3メートルほどのワイヤーがついてる。

 気づいていた幸姉は、着地してからすぐに右足を振り靴にワイヤーを絡めてシャーロックめがけて遠心力を利用したクナイを叩きつけた。

 アリアに当たらないように膝狙いでな。

 それでシャーロックはまたふわり。あの飛ぶような跳躍で7メートルはある艦橋まで後退した。

 それからシャーロックは狙わせないためにアリアをこちらに向けて振り返り、何故かアリアに耳を塞がせた。

 そして大きく息を吸い込み、その胸をパンパンに膨らませて……っておいおい、あれは見たことあるぞ!

 ブラドの『ワラキアの魔笛』!!

 ーーイェアアアアアアアアァァァァァァァァアアアア!!!

 シャーロックから放たれた大音量の咆哮に、オレとキンジは直前で耳を塞ぎ目を閉じて身を守ることに成功する。

 成功と言っても、やはり咆哮は空気の振動である。それだけでは完全には防ぎきれないが、それでも最良の防ぎ方はした。

 だが、幸姉と金一さんは違った。

 2人は初めて受けたワラキアの魔笛を防ぐことができなく、その場で硬直してしまう。

 そしてオレもキンジも2人を凝視してしまい、シャーロックから目を逸らしてしまった。

 

「「京夜(キンジ)! 避け(ろ)なさい!!」」

 

 そこに幸姉と金一さんが振り絞った声で叫びオレ達に駆け寄り、その場から突き飛ばすと、ビシュッ! ビシュッ!

 オレとキンジがいた場所で幸姉と金一さんの鮮血が舞った。

 倒れる2人を考えるより早く支えたオレ達は、その現実に悔しさを感じていた。オレ達のせいで2人が倒れたのだから。

 2人は倒れながらもまだシャーロックのいる方向を向いていたが、そこにはもうシャーロックの姿はなく、おそらく原潜の内部に入ってしまったのだろう。

 

「追いなさい……京夜……私なら……大丈夫だか、ら……」

 

「バカか!? 明らかに致命傷だろ!」

 

「魔眼で……心臓を貫く前に……弾を止めた……のよ。ちょっと遅れちゃったけど……大丈夫。私、衛生科にだって……いたんだから……」

 

「そんなの気休めにもならないっての!」

 

「じゃあ……京夜から元気もらおっかな」

 

 言った幸姉は、弱々しい手でオレにおいでと手招きしてきて、オレも幸姉に顔を近づけると、触れたかどうかも曖昧なほど優しいキスをしてきた。

 そしてそれと同時に隣ではガスッ! という鈍い音が響き、金一さんがキンジに頭突きで活を入れていた。

 

「はい、元気100%。私はもう大丈夫だから、行きなさい。行って、アリアを助けて、シャーロックを、逮捕しなさい」

 

 そうして活を入れられたオレとキンジは、重症の2人を残してイ・ウーに乗り込んでいった。

 開け放たれていた耐圧扉から中に入り、螺旋状の階段を駆け降りると、劇場のように広いホールに出る。

 そこには恐竜の全身骨格標本や動物の剥製などが展示されていて、おそらく価値は億とかになるだろうな。

 オレとキンジはその剥製などに身を隠しながら移動していく。

 しかし、妙なことに迎撃がない。ここはイ・ウーの本拠地。シャーロック以外のメンバーもいる、はずなのに。

 だが、来ないなら来ないで助かる。オレ達もそこまで余裕はないからな。

 それから誘うように開く扉から螺旋階段を降りて、熱帯魚の入った水槽が並ぶホール。植物園。鉱石、宝石類の展示ホール。広大な書庫。音楽ホール。様々な部屋を駆け抜けていく。

 まったくなんなんだここは。本当に潜水艦の中なのかと疑いたくなる。

 その移動だけでかなり疲弊したオレとキンジは、出口の見当たらないホールで足を止め息を整えながら周りを観察する。

 ここには肖像画や石碑がたくさん並べられていた。添え書きなどから察すると、この肖像画の人物達は歴代の艦長であることがわかった。

 その中、一番右にあったシャーロックの描きかけの肖像画。その裏側から、微かな人の気配を感じた。

 キンジは物音を聞いたようで、オレ達はその肖像画を破いてみると、そこには隠し通路と下に伸びるエスカレーターがあり、降りたその先には、教会があった。

 奥には綺麗なステンドグラスがあり、その下には……

 

「……アリア!」

 

 が、祈りを捧げるかのように膝をついていて、キンジの声で振り返り立ち上がった。

 

「……キンジ! 京夜も」

 

 オレ達はすぐにアリアに駆け寄り、怪我がないか確認する。どうやら怪我はないようだ。

 そしてシャーロックがいないのが少し気になる。

 

「とにかく合流できたのは好都合だ。一旦移動して、態勢をーー」

 

 そう言いかけたキンジだったが、そのキンジからアリアはつっーーと、1歩下がった。

 

「帰って。2人とも、今ならきっと、まだ逃げられるわ」

 

 ……まぁ、そんな気はしてたんだよな。

 シャーロックに連れていかれた時も、拒もうと思えばできたはずだし。

 

「あたしは、ここに残る。これから……ここで、曾お爺さまと暮らすの」

 

「んじゃ、そうすればいい」

 

「ちょっ!?」

 

 オレがそう言った瞬間。アリアは驚きと疑問が混じった声を出す。キンジも一瞬驚いたが、すぐにその意図に気付きアリアを見た。

 そう、オレがアリアの決定に関して抵抗を見せなかったことに『動揺した』のだ。つまり……

 

「あとは任すわ、キンジ」

 

「……ああ」

 

「ちょっ!? ちょっと京夜! あんたなに勝手に行こうとしてるの!」

 

 アリアはまだ迷っている。イ・ウーのリーダーになることを。

 だが、そのアリアを引き戻すのはオレができることじゃない。それができるのは、パートナーであるキンジだけだ。

 だからオレは、キンジを信じて先に進む。

 

「アリア、オレはお前に何も言わない。オレが何を言ってもアリアの意志を変えることができないとわかってるからな。ならキンジにそれは任せてオレは先に行く」

 

「あたしが曾お爺さまのところに行かせると思ってるの?」

 

「いや、思ってない。だがアリアは通すしかないさ。何故なら本気のオレはまだアリアに『捕まったことがない』」

 

「それはあたしへの宣戦布告と捉えていいのよね」

 

 おお怖い怖い。

 だが今はアリアとじゃれてる時間はない。出し惜しみする気もないし、使うか。

 オレは今にもガバを抜きそうなアリアに気付かれないレベルの動作で足に仕込んでいた閃光弾を出し炸裂させてその場を走り抜けようとしたが、アリアは持ち前のカンの良さで閃光弾をくぐり抜けオレに2丁のガバを向け発砲した。

 だがそれも予測していたオレは、タンっと月面宙返りでそれを避けて、着地前に自分の足下とアリアの足下に刺激臭入りの煙玉を投げて姿を眩まし、無音移動法で教会を出ていったのだった。任せたぜ、キンジ。

 教会を抜けて奥へ進むと、そこには鋼鉄の隔壁があり、人力では開けられそうになかった。

 どうしようかと考えていると、その隔壁は自動で上下・左右・ナナメに開いていった。来いってことかよ。ナメやがって。

 挑発するように開いた通路を進み、何やら危ないことを知らせるマークがあったが、気にすることなく開いた隔壁を抜けると、今までで一番広いホールに出た。

 そこにはとてつもなく大きな柱が8本あり……いや、あれは……ミサイルだ。しかもその上部だろう。下の部分は空いた穴に収まってるのか。

 こんなものブッ放したらどうなるかわからん。物騒すぎるぞ、イ・ウー。

 

「君が来たのは少しばかり驚いているよ」

 

 オレが少しばかりミサイルに意識を向けていると、不意に目の前にシャーロックが姿を現し話しかけてきた。

 

「幸音君の話では、君は勝てない勝負はしない主義だと聞いていたからね。しかし僕はそれも予測はしていた。人は時に感情で動くことがあることを知っているからね」

 

「じゃあ、オレが今あなたに対して怒りを持ってることも理解してますね」

 

「ああ、僕は君が大切に思っている幸音君を2度、手にかけた。仕留め損なってはいるけど、君が怒る理由としては十分すぎるだろう。これは推理するまでもないね」

 

 イラつくなこの人。何でもわかった風に話しやがって。

 

「日本にはこんな言葉がある。『1発は1発』ってな。だからオレはあなたを逮捕する前に、絶対殴る。2回目はオレの責任だからノーカンにしてあげます。感謝してくださいよ」

 

「その言葉は初耳だね。だが実に理にかなった言葉だ。それに老体をいたわって1発に止めてくれるわけだ。優しいじゃないか」

 

 この人苦手。いま確信した。さすが100年以上は生きてるだけあって、人を引っ掻き回すのが得意だな。

 と言いたいが、あの人のペースに乗せられるのは凄く嫌だ。

 

「長話もあんまり好きじゃないし、そろそろ殴りにいくけど、いいですか?」

 

「僕に断りを入れる必要はないよ。君は思ったよりも随分正直な性格のようだね」

 

「いや、我ながらかなりズルい性格だと思ってますよ」

 

 話しながらもオレは袖の中を通して残りの閃光弾をシャーロックに見えないよう左手に持ち、最初に接敵した時からジリジリと仕込んでいた最高の1手の準備を整えた。

 そしてポトリと閃光弾を落として炸裂させると、光が止んだと同時に両手のクナイを投げ放ち、上下で綺麗に重なるように速度を揃え、さらにその2本のクナイを追うようにワイヤー付きのクナイを投げてみせ、さらにオレ自身もシャーロックへと迫る。

 『影手裏剣』と呼ばれるこの投擲技術は、相手から見れば下と後ろのクナイが死角に入るため1本のクナイにしか見えない。オレの今できる最高の1手だ。

 まぁ、閃光弾を使ったから、手数を増やした方が良かっただろうが、何故かそれをしたくなかった。

 理由はわからないが、アリア的に言えばカンが働いたのだ。

 ――ガギギギィン!

 そんなオレのカンは正しかったらしく、シャーロックは笑いながらその手に持つステッキで3本のクナイをまとめて弾いてみせた。

 おいおい、閃光弾も影手裏剣も読まれてたのか? だが!

 まだ手はある。3本のクナイの内、1本のクナイにはワイヤーがついてる。

 それをオレはシャーロックに迫りながら左手に巻き付け、鎖鎌のように振り回しシャーロックに投げ放つが、直前でワイヤーを切られてしまう。まだまだ!

 ここまででもうオレとシャーロックの距離は一足で届くまでに迫った。

 あとは全力の拳を叩きつける!

 

「良い動きだったよ」

 

 ――パシィ!

 そのオレの拳をシャーロックは笑いながら素手で受け止めてしまう。

 咄嗟にオレはステッキで反撃を受けないように両手を封じた。

 

「うん、良い判断だ。これなら僕は銃を抜くことも反撃することもできない。理子君が勧誘しようとしたのも頷ける実力だ」

 

「……あなたのような人に誉められるなんて、光栄ですよ」

 

 この人は憎たらしい言い方しかできないのか。

 だがまぁ、世界最高の探偵に誉められたのは少し嬉しかったりもするな。顔には出さないが。

 とりあえず今の手が通用しないとなると、正面からの突破はまず無理だ。

 思ったオレは、懐から残りの煙玉を落として一旦シャーロックから距離を取り、気配を消して身を隠した。

 残りの装備はもう小刀と手裏剣4個にクナイが1本。それにミズチの中にワイヤーが100メートルくらい、か。詰みそうだ。

 ーーキンキンバシュッ!

 そんなわずかにため息をした瞬間、オレの胸元、心臓の辺りに突然銃弾が突き刺さったのだった。

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