「あれ? 何かあったのかな?」
「別に。女子がはしゃいでるだけだ」
1泊2日の浜松旅行の初日。
昼前に海へと乗り出したオレを待ち受けていたのは、ジャンヌによる天然なのかわからない誘惑攻撃。
それには理子が無理矢理に割り込んで対処してくれたものの、日焼け止めを背中に塗らせた後に「要注意!」と念を押されてしまった。
それに微妙な表情で返して見送ったら、電話から戻った不知火に色々と察せられて適当に答えておく。
もう何を言ったところで不知火のオレの女関係のイメージを変えられないとわかってるからな。無駄な努力はしない。
不知火も不知火で遠巻きに理子達が楽しそうに遊び始めたのを微笑みながら隣に自然と座ってくる辺り、然して問題があったわけでもないと判断したらしい。それは正しい。
「それ、向こうで付いたんだよね。猿飛君がそういう怪我するのって相当なことだ」
「ん、まぁ名誉の負傷ってやつかもな」
和気あいあいと話すような気軽さのある関係でもないし、会話が弾むこともないと少し油断していたら、目ざといというか目に入ったのか、羽鳥と無人島サバイバルをした時に空けた腹の弾痕を指摘され、我ながらこれでよく生きていたと思う。
よくよく見れば割とくっきりと弾痕だとわかる傷が刻まれていて、見る人によっては堅気じゃないだろうとわかり怖いだろうなと客観的な感想を抱くのと同時に、これくらいハッキリしていたら『目印』にも事足りそうと思い1人で勝手に納得しておく。
不知火もオレの留学生活について気にはなるのだろうが、春先にオレとは距離感があると判明してるからか深く踏み込んではこなく、それ以降は「峰さん達と遊んできたら? 荷物なら僕が見てるよ」と提案して2人でいることをやんわりと拒否するような行動に。
オレもそれならそれでいいのだが、まだ動けない理由もあるから「どうせ遅かれ早かれだが、向こうに呼ばれたら行くよ」とその場に留まる回答をする。悪いね不知火。少し付き合え。
あまり長く荷物番をしていると本当に理子達に引っ張り出される未来も遠くないので、早く来てくれと思いながら周囲を観察していると、十数分ほどで目的の人物っぽいのを発見。
事前に身体的な特徴のみを伝えて意志疎通なしでのアドリブになるから難易度は高いが、まぁやることは単純だからなんとかなるだろ。
向こうもオレに気づいたっぽい──そのための弾痕見せだ──視線を感じたのでここからアドリブ開始だ。
見た目はどこのビーチにでもいそうな20歳前後の女子大生。如何にも遊びに来ましたな水着を着て、友達1人を連れて歩いてくるが、オレが知らされた特徴である手首に大きなシュシュをして、手にはチョコのソフトクリーム。足に赤のビーチサンダル。頭には青のカンカン帽を被っている。
世の中には偶然というものもあるものの、特徴が3つ以上も一致することは非常に稀なことから、この人だと断定してその動きを何気なく見ていると、オレと不知火のすぐ近くまで来てから、友人との会話が弾んだような雰囲気から小粋なステップで後ろ歩きをした瞬間に砂に足を取られて尻餅をつく転倒をする。
その拍子に持っていたソフトクリームが手からすっぽ抜けて宙を舞い、オレのすぐ近くに落下する軌道を描いたため、勿体ない精神が働いちゃったのと反射的な動きで空中のソフトクリームのコーン部分を掴んで形が崩れないように上手く掬い上げてみせる。
それには不知火が小さな拍手を贈って笑顔を向けてきて、転んだ当人と友人も「おおー」と拍手。照れますな。
思わぬアドリブになったが、台無しにならなかったソフトクリームを当人に返しつつ、目的であるものを同時に大きなシュシュと手首の間に滑り込ませる。
向こうもオレの早業に少しだけ驚く表情をするが、すぐに目的は達成したと判断して「ありがとうございました」と感謝をして去っていってしまった。
この一連の動作は不知火にも気づかれなかったっぽいから、おそらく他の誰にも気づかれなかっただろうが、どうだろうか。そうでなきゃ困るんだが。
とりあえずこれでオレがやれることはやったので、あとは『後輩』の報告待ちとして一段落。
しかも女の気配に敏感になってる理子が今のやり取りを見てオレを野放しにするのもダメだと断定して引っ張り出され、パルテノン神殿の建設を手伝う羽目になる。もういいけどね。
そんなこんなでみんなで作ったパルテノン神殿は午後1時を回る頃に完成。時間にして1時間半ほどかかったが、砂遊びの域を越えた大作に他の人達が写真撮影を始めてちょっとした騒ぎにまで発展。
写真が嫌いなオレはそそくさと退散して不知火のところに戻ると、食事を終えた武藤達も水着に着替えて合流。
なんだなんだと騒ぎの中心に突っ込んでいく武藤と腕を引かれていく不知火と安齋がいなくなり、残されたのはオレと鹿取の2人。
微妙にあれな空気が流れるものの、鹿取も自分があの中に行っても無駄に目立つだろうと読んで大人しく座り込んでしまい、オレもあそこに戻りたくはないので隣に座る。
「餃子は美味かったのか」
「あー、そうだね。流石は餃子大国ってだけはあったよ」
「ふーん。じゃあ帰りにテイクアウトでもして車内で食べておくかね」
「そうしなよ」
無言でいるのもと思って会話に興じたオレに対して、意外にも普通に返してくれた鹿取と他愛もないやり取りをするが、それで会話が弾むようなこともなく少し沈黙。
ただこの旅行中、こんなチャンスは2度とないのもなんとなく察して──理子の目が完全に向いていない──いたから、言うべきことは言おうと意を決する。
「なんか、悪かったね」
……の前に鹿取から何故か謝罪されてしまう。
別に謝られるようなことをされた憶えもないからキョトンとしてしまうオレに、まっすぐ騒ぎの中心を見つめながら話を続ける。
「アンタのこと、嫌いってわけじゃないのに今まで態度が素っ気なかったろ? 避けてるつもりはなかったんだけど、結果としてそうなってたから、悪気はなかったってことだけわかってもらえたらって思ってさ」
「……鹿取の性格からして理由もなくそうはならないよな。ならオレにも問題はあったんだろ。そこをハッキリさせてくれないとオレも謝罪を受け入れられないよ」
「理由って言われてもさぁ……うーん……なんていうのかな……たぶん、アンタは私の苦手なタイプだって思ったから、なんだけど」
依然として目を合わせてはくれないのが苦手意識の表れに見えるが、やっぱり苦手に思われてたんだなと少し落ち込む。そんな悪いことしたかね。
「別にアンタに問題があったとかではないよ。ただその……ほら、初めて話した時に妙なこと言ったじゃないか」
「妙なこと? 見た目なんて気にしないみたいなあれか?」
「アンタにとってはなんてことないことなんだろうけど、私にとってはそうでもないって話。前も言ったけど、私は自分でも女らしいとかそんな風には思ってないし、そう思われたいなんて願望も特にないの。でもアンタはそんな私を異性として扱ったから、なんかこう、それがむず痒いっていうか、慣れないっていうか、これから先アンタと関わっていくとそういうことを何度も言われるのかもって考えたら自然と、ね」
「オレってそんな女を口説く男に見えてたのか」
「いやいや、そうじゃなくてだね」
図らずもオレが聞きたかったことを話してくれた鹿取の思いに触れて、率直に感じたことはちょっとした安堵。
そこから出てきた言葉がまたふざけているような感じになって、そこで鹿取も思わずオレを見てツッコミを入れてしまう。良いノリだ。
「たぶん鹿取が思う通り、これから先もオレは似たようなことを言うと思うよ。でもそれは鹿取だから言うことじゃない。きっと女に対してなら誰にでも言うことだ。だから……」
「ズルい男だね。あー、謝って損した気分。うだうだ悩んだのも馬鹿らしいって思えてきたよ」
鹿取が思いのほか気にしてる様子がうかがえたから、単に気にするな、深く考えるなと言ってやるつもりが、皆まで言わずとも伝わったようで言葉を切るように割り込み腕を上げ大きく伸びながらリラックス。
「まぁでも、ありがと」
そしてそれだけ言って満足したのか、荷物番にオレだけを残して吹っ切れたように騒ぎの中へと突っ込んでいってしまい、何はともあれ鹿取との関係改善には成功したかなと安心するのだった。
その後、ひと通り騒いで満足した理子による「芸術は爆発だー!」という掛け声と共にパルテノン神殿が放り投げられた安齋の下敷きとなりぺしゃんこにされ、見るも無惨な爆心地から人々も消え去る。
その奇行にジャンヌと中空知と苺が放心状態になっていたが、いつまでも引きずっても仕方ないだろうと当の理子に言われて軽く喧嘩騒動になったのは言うまでもない。
しかし本当に引きずっても仕方ないからか、理子を砂の中に埋めて──結構なガチ具合だ──放置して海の家で食事をしてから戻ってみると、ヒルダが1人で懸命に掘り起こそうと真っ黒なゴスロリ衣装で日傘を広げながら頑張っていた。水着くらい着ろと言いたかった。
それからは普通に海水浴を楽しむ高校生らしい過ごし方で夕方まで遊び呆けて、各々がやりたいことを終えて旅館に帰還。
戻ってすぐに全員が温泉に浸かりに行き、磯の匂いを洗い落としてしまい、長風呂はあまり趣味ではないオレは一足早く上がって誰もいない部屋で夕食までの時間をベランダで涼んで過ごす。
「問題なかったか?」
もちろん涼む以外の目的があってベランダに出てるので、独り言レベルの声量ですぐ下の階の部屋に前乗りして宿泊していた後輩、風魔陽菜に報告を聞く。
「猿飛殿が来られてからそれらしい人物を注意深く散見していたでござるが、某の見た限りでは取り越し苦労であったと見受けられるでござる」
「そうか。ならいい。ご苦労様」
オレとしても警戒に警戒を重ねた行為だという自覚があったから、その報告には割とすぐに納得して懐から依頼報酬の金一封を取り出して下の階に投げ落としてやる。
今回、オレが何故ここ浜松市を旅行先に選んだのかと言えば、まぁ眞弓さんと打ち合わせた結果だ。
宮津市での話し合いの段階で依頼の報告に関して細心の注意を払っていた眞弓さんは、電話でのやり取りすら避けてオレとの繋がりを匂わせないように計らった。
だからオレのアニエス学院でのあれが本当に眞弓さんとは……月華美迅とは関係のない事柄だと見せるために、今回のような面倒臭い処置を施したわけで、昼に接触した女子大生は眞弓さん側が用意した何らかのアルバイト。つまりは一般人。
オレはそのアルバイトに報告書のデータが入ったUSBメモリを預け、女子大生は受け取ったUSBメモリを所定の場所に届けるといった流れだな。
ただこれはオレがまだ『偶然に有馬鳩雄とブッキングした』こと自体を有馬側に疑われている前提で動いていることで、探りを入れられている可能性への行動。
結果としては風魔の言うように監視みたいな怪しい人物はいなかったようなので、取り越し苦労であったと安堵することに。これで本当に一件落着だ。
「ん、やはりいたか」
と、安心したのも束の間でオレの行動を読んだっぽい節のある浴衣姿のジャンヌが1人で戻ってきて、何気なくベランダに出て備え付けの椅子に座って落ち着く。
のだが、着なれてないのもあるのか浴衣の帯が緩いのか、胸元のガードが非常に緩くてノーブラなのが判明。くっ、何でなんだ……
耐えられはするだろうが気になるのでオレもなるべく見えないように少し離れた位置に座って心と体を落ち着けるが、これもう指摘して良い? 良いよね?
「なぁジャンヌ。今日はどうしたんだ?」
「どうしたとはまた曖昧な問いだな」
「今日のジャンヌはなんかこう……色々と無警戒というか無防備というか……端的に言えば隙だらけだから、らしくないなと」
「ふむ。そう言うということは、今も見たな?」
この人悪い人です! 誰か逮捕して! わいせつ罪です! 女子にも適応されますよね!? 罪に問えますか!?
イタズラな表情をしながらオレの問いに答えたジャンヌは、明らかに動揺したオレを尻目にわずかに緩んでいた帯を締め直して胸元のガードを固くする。
「別に見たなら見たで構わん。今回は私自身が1つ、確認したいことがあってそうしたことをしていたからな。京夜の動揺する姿が見られたのは非常に愉快だったよ」
「お前なぁ……何の目的があればそんな事するんだよ……」
「私にとっては大事なことだったのだ。それに感謝こそされど、怒られる謂れはあるまい? 私のあられもない姿を見られたのだからご褒美と言っても良かろう」
「それはまぁそうだろうけど」
「……今のはツッコむところだ。バカもの」
今の姿勢を正すような振る舞いと過去形の物言いからして、ジャンヌが確認したいこととやらはひとまず終わったのだろうことは察しつつ、いつもの調子になったか言動から探ると、本当に戻ったっぽいことがうかがえた。
「それで、何を確認してたんだ? 見る限りオレに対してだけやってたから、オレも関係あるような気がするが……」
「……全く以て納得したくはなかったが、こればかりは仕方ないのだろうな。むしろ自然な流れだったのだろうとも思う」
「…………」
「きっかけはそうだな。お前が留学した少しあとか。お前がロンドンでどのような生活をしているかを気にするようになった。修学旅行Ⅲでは冗談のように色々と誘うようなことを言ったが、内心では本当にそうなったらどうしようとドキドキしていた。そして先日の帰国の際に中空知の会社でちやほやされるお前を見て、最初はチームメイトとして誇らしかったが、後から何故か無性に腹が立った。私はな、京夜。そうした感情が本当に『そういったもの』なのかを確かめていたのだ」
……えーっと、普段は鈍いとか鈍くあろうとしてるとか言われるオレだが、自惚れと言われてもいいのかもしれないが、もしかしなくてもジャンヌが確認していたことっていうのはつまり……あれだよな……
まるでオレにも自分にも言い聞かせるように内心を語ったジャンヌは、もう言葉は必要ないだろうといった態度で人1人分のスペースを詰めてオレに近づく。
「香港でお前が学生のうちは誰とも付き合わないと宣言したのは聞いた。だから私も今はこれ以上の言葉は内に秘めよう。だがこれだけはハッキリとさせたい。京夜、お前は私のことをどう思っている? もし私にもチャンスがあるのなら、それを男らしく示してくれ」
物理的な距離を詰められたからには何かしらしてくるだろうと踏んでいたが、言い終えてからジャンヌはその目を静かに閉じて顔を近づける、所謂『キス待ち顔』で迫ってくる。
えっ、脈が少しでもあるならキスしてくれってこと? 嘘でしょ!?
ジャンヌにしてはあまりに大胆な行動で面食らってしまったし、実際にオレはジャンヌを魅力的な女性だと思っているのは間違いない。付き合う未来だって夢見たくなる。
キスしたら付き合うことになるなんてことでもないから、なんとも魅力的な誘いでメリットしかなくね? とも思ってしまった自分がいるのも事実。
しかしそこでブレーキをかけたのは、他でもないオレの安いプライドだった。
期待しているジャンヌには悪いが、ずっとそうさせるわけにもいかないからそっとその肩に手を置いて目を開けるように言うと、声色から察したか、やっぱりなといった表情でオレを見てくる。
「ジャンヌのことは正直に言えば、たぶんオレの好みど真ん中だと思う。性格を含めるとまた違ってくるけど、それでも魅力的な女性だと思ってるよ。ただオレが今、ジャンヌのその申し出に応えるのは、オレのわがままに付き合ってくれて、今も好きだって言ってくれてる人達に悪いから。だから、すまない」
「……いいのだ。私も我ながら無理なことを要求したと思っている。今のは忘れろ。ただ……」
決してジャンヌを拒絶したわけではないことは伝わってくれたのは良かったし、ジャンヌも通る可能性の方が低いとわかってて、それでも言っておきたかったような雰囲気で素直に引き下がる。
しかしタダで話を終わらせるほど大人しい女でもなかったジャンヌは、申し訳ないというオレのわずかな心の隙をついて、ぐいっとその顔を近づけて有無を言わせずにその頬に優しいキスをしてきた。
一瞬の出来事だったからオレも色々な反応が遅れてしまい、すぐに離れてわずかに顔を赤くしたジャンヌが嬉しそうな笑顔でキスした唇に軽く触れて口を開く。
「隙だらけの男に不意打ちをするのは、してやったりだ」
頬にしたのはジャンヌなりの妥協だったのだろう──口に来ていたら流石に避けられた自信もあるしな──が、そう言われると隙を見せたオレが悪いので責めるわけにもいかないよな。ホント、美人に弱いのどうにかしないとなぁ……
それからなんとも言い難い男女の空気感というのが形成されかけて気まずくなりそうな気配がしてヤバいと思ったら、女センサーで察知したのか髪も満足に乾かさず部屋に押し入ってきた理子がその空気を吹っ飛ばしてくれて事なきを得る。
だがやはりジャンヌのオレを見る目に変化があったのは敏感に感じ取ったらしく、その瞬間に理子のジャンヌを見る目が友人に向けるそれではなく、対等なライバルに向けるそれになっていたのはオレでもわかった。
その視線に真っ正面から向き合ったジャンヌもジャンヌで「すまんな理子。これからはお前の応援をしてやれそうにない」と、恋を応援する友人からの脱却を宣言。
これには理子も面食らってすぐに言葉が出てこなかったものの、負けるわけにはいかないとオレの腕に抱きついてジャンヌにあっかんべーしながら「本気で勝てると思ってるの? くふふっ」と余裕の態度を見せるが、その両者の間には何やら火花が見えたり見えなかったりだ。こ、怖いよぉ……
そんなことがあってのみんなで揃っての夕食。
何も起きないわけもなく……ということもなかったのは意外や意外。
なんか知らんが下手にオレにアプローチして余裕のない女に見られたくない両者の謎の牽制が1周回って巻き起こったようで、2人からの露骨なアピールは鳴りを潜め──そんなことしなくても2人とも魅力的なのは言わないでおいた──、それはこの旅行中ずっと続いてくれたのだった。
しかしまぁ……あのジャンヌがオレを、かぁ……また贅沢な悩みを抱えたもんだよホント……