8月31日。
夏休み最終日となる今日この日。
オレは昨日のあややの呼び出しに応じて、装備科の専門棟へと足を踏み入れていた。
相も変わらず乱雑に積まれた部品やら何やらを崩さないように進んだあややの作業室。
その奥には、いつものように無邪気なあややが何かをしていた。
「あややー、来たぞー!」
「おおー! さるとびくんいらっしゃいなのだ!」
作業中は大抵騒音が酷いので、割と大声であややに話しかけて気付かせると、あややは一旦作業をやめてオレに向き直り待ってましたと言わんばかりに辺りをゴソゴソと漁り出した。
「ちょっと待ってほしいのだ! 確か少し前までこの辺に置いておいたはずなの……だ!」
だ! で目的のものを取り出せたあややは、一応不具合がないかを見て確かめたあと、オレにそれを手渡してきた。
「お待たせしたのだ! 頼まれてた新作『ミズチ』! 注文以上の出来なのだ!」
手渡されたのは、腕に装着するガントレットのようなもので、見た目は以前のミズチとそこまで大きな違いは見受けられない。
持った感じでは少し重くはなっているが、微々たるものだろう。
「んーと、装着の仕方は前と同じでいいんだよな?」
「問題ないのだ! 外観はさるとびくんの要望通りシンプルなものにしたけど、中身は革命が起きたのだ! あやや自慢の最高傑作なのだ!」
中身、というのはおそらく内部機構を指すのだろうが、あのあややがして革命が起きた、最高傑作というからには、相当のものなのだろう。
オレは言われて以前のミズチ同様に新作ミズチを右腕に装着すると、早速ウズウズしているあややに使い方のレクチャーを頼む。
「ここで使うのは色々困るから、実験場の方に移動なのだ!」
実験場は、基本的に装備科がその製作・製造・修理その他の出来を確認するために備えられた空間。
確かにあややの工房で動かすのは色々危険だ。
何かの拍子に化学反応か何かで爆発が起きたりもあるかもしれない。
それで実験場へと移動してきたオレは、あやや指導の下、早速試運転を開始した。
「まずは従来のミズチに搭載されていたワイヤーは、前作と同じ場所からの取り出し方なのだ!」
言われて手首の裏部分からワイヤーを取り出してみると、確かに以前と同様にワイヤーが出て、カッターでのカットを可能にしていた。
「でも今回は色々追加で機能を盛り込んだから、収納できるワイヤーの長さは80メートルに減ったから注意してほしいのだ!」
「了解」
前作のミズチが150メートルまで収納できたから、半分近く減ったことにはなるが、元々半分使うくらいで補充していたから特に問題はないな。
「次は新しく追加した機能の説明なのだ! まずはさっきのワイヤーの取り出し口の反対側。そこに赤いボタンがあるから押してみるのだ!」
言われて今度は手首の表側に目を向けると、確かに指1本で押せる程度の赤いボタンがあり、なんのためらいもなくそこを押すと、その近くのシャッターのような扉が開き、そこから直径3センチくらいの丸い玉が出てきてワイヤーと繋がっていた。
試しにその玉を持ってみると、異常なくらいの粘着力で手とくっついて離れなくなった。
「その玉はあやや特製のアンカーボールなのだ! どんなものにでも8秒間くっついて離れなくなるから、内部の取り出し用とは別のワイヤーと繋げて昇降装置みたいな使い方ができるようにしたのだ! こっちは最長15メートルまで伸ばして使えて、巻き取りも電動式に変えてワイヤーも2重で強度を上げてみたのだ!」
要はこの玉を投げてどこかにくっつけて、ターザンみたいなことをしたりエレベーターみたいに登ったりできるということか。
「でもあやや。この作りだとミズチが重さで腕からすっぽ抜ける気がするんだが……」
しかしこれでは軽い圧迫で装着するミズチが重さですっぽ抜けてしまうのは目に見えていた。
だからすぐに欠点を指摘したのだが、あややはそこで指を振りちっちっちっ。抜かりはないと笑う。
「そこで役に立つのが折り畳み収納された持ち手なのだ! さるとびくん! ミズチの裏側に折り畳まれた持ち手を開放するのだ!」
カッコ良く言うあややに釣られて、オレはミズチの裏側に180度駆動する持ち手を手の方にガチャリと動かして持つ。
その持ち手の先端、親指が来る位置には、押しボタンがあった。
「そのボタンが内部の電動モーターの操作ボタンなのだ! 押しっぱなしで巻き取って、離すと止まるのだ。防水処理も万全だけど、電動モーターの馬力がそこまであるわけじゃないから、吊るしたまま巻き取れる重量は150キロが限界なのだ。最大充電でたぶん20回くらいは使えて、充電は携帯の充電器とかに普通に対応してるのだ。挿入口は後ろの方にあるのだ」
さすが自分で最高傑作と言うだけあって、いま聞く限りでは欠陥はないな。
あとはオレが注文してた設計が反映されてるかだが、
「あとはさるとびくんの要望だった簡易収納ポケットは全部で4つあるから有効に使ってほしいのだ!」
「ありがとな、あやや。こんな凄いのをたった1ヶ月で作ってくれて。報酬の方は割り増しで払うから受け取ってくれ」
「毎度ありですのだ! それから何か不具合があったらすぐに知らせてほしいのだ。たぶん中をいじれるのはあややだけなのだ」
それからしばらくは実験場で新しいミズチの試運転をしながら、あややから整備の仕方を教えてもらって、全てを終わらせたあとに報酬を支払って装備科を出た頃にはどっぷり3時間が経過していた。
それからオレはもう1つの約束を果たすために、携帯でメールを送ると、数十秒で返ってきたメールに時間と場所が記されていた。
オレはその指示通りに移動して、SSRの白雪の個室に辿り着いた。
このSSRの専門棟は、秘匿性が高いため他の学科の生徒が入ることもできないのだが、出入り口前で待っていた白雪に案内されて初めて入ることができた。
が、中はどう表現したらいいのかわからないが、とにかく色んな宗派の怪しい物品がごちゃ混ぜ状態で鎮座していて、とてもじゃないが落ち着かなかった。
白雪に通された個室は、純和風の造りでオカルトな部分がなくてホッとした。
「白雪ちゃん、ありがとね」
その個室の奥には、オレにこの場所を指定した当人、真田幸音が静かに正座していて、オレと白雪を確認して口を開いた。
「いえ。お話が終わりましたら声をかけてください。私はロビーの方にいますので」
そうして白雪は幸姉に一礼してから礼儀正しく部屋を出ていってしまった。
「座って京夜。あまり長く話してしまうとそれだけ白雪ちゃんを待たせてしまうから」
言われてオレはすぐに幸姉の向かいに置いてあった座布団にあぐらで座ると、幸姉はいつになく真剣な目でオレを見ながら話を始めた。
「まずはわざわざこうして2人きりになれる空間を作った理由について話す必要があるかしら?」
「いや、いい。そうしなきゃいけない理由なんて外に漏れたらダメな内容だからしかあり得ない」
「じゃあ本題に入るわね」
ここまでふざけた調子を一切見せない今日の幸姉は『守人』。
7種類の幸姉の中で一番幸姉らしい幸姉といっても過言ではない。
「とは言っても、京夜はもう私が話す内容をほとんどわかってるんじゃないかしら? ジャンヌ辺りに諭されて、ね」
「…………オレと幸姉の今後について、だよな」
「そう。以前私は京夜にイ・ウーに入学した理由を話したわね。私は遠山金一と共にイ・ウーを内部から崩壊させるために潜入していたって」
「ああ。そしてそれに失敗して身の回りに危険が及ぶリスクを考えて幸姉は家族との縁を切る形で姿を消した」
「ええ。そしてイ・ウーは私と金一の思惑とは少し違う形ではあったけど崩壊の道を辿り、私の目的は達せられた」
「だからもう姿を消す理由もないから、幸姉は真田の家に戻るんだろ? そしてオレも戻ることになる……」
そこまでは以前ジャンヌから聞いていたから驚きはなかったが、いざ幸姉の口から言われると重い。
そんなオレの少し暗い表情を読み取ったのか、幸姉は1度笑ってみせて空気を軽くすると、話を続ける。
「そうね。確かに私達は元の鞘に収まることになるわ。私は真田の家を継ぐ権利を取り戻して、京夜も猿飛の家に帰属して代々の生業を継ぐことになる。でもね京夜。私は真田の家を出る前から、決めていたことがあったの。それはイ・ウー壊滅とは違うもう1つの目的」
「え?」
それを聞いた瞬間、オレは完全に予想していなかった言葉にそんな声が出てしまい、幸姉はそれでクスリと笑っていた。
「気付かない? 私がどうしてイ・ウーに入学してから一生懸命に『超能力を磨いてきた』のかってこと」
「それは武偵高より圧倒的に高いレベルで超能力を研磨できるから、じゃないのか? あとはイ・ウーに入学するに値する理由がそこにあったから……とか」
「ふふっ、確かにイ・ウーに入学するにはある程度の力がなくてはいけないわ。そのために超能力を利用したのは当たり。でもそうじゃなくて、何で私がそうまでして超能力を磨く必要があったのかってことよ。イ・ウーは入学さえしてしまえば、あとは何をしようと無法。強制も何もないのよ」
「それじゃあなん……」
そこまで言いかけて、以前どこかで思い当たることを聞いた気がして記憶を遡る。
いつだ。どこで聞いた?
『イ・ウーでゆきゆき言ってた。「京夜は私の傍にずっといてくれた。でもそれは同時にあの子の自由を私が奪ってしまってる」って』
……そうだ。入院してる時に理子がそんなことを言ってたんだ。
「……超能力の完全なコントロール……」
「正解だけど本質ではないわね。問いかけばっかりして意地悪だったかな。答えは簡単。私が『自分の身をちゃんと自分で守れるようにするため』」
その答えはオレにとっては存在の全否定に等しい言葉だった。
何故なら今までオレは、真田幸音という存在を『守る』ためにその身を捧げてきたと言っても過言ではなく、そのために死ぬような修練も乗り越えてきた。
今こうして武偵として活動できている能力も、全ての大元が幸姉を守ることに集約されたものだ。
オレの人生は幸姉を守ることが全てで、事実、幸姉が姿を消したあとのオレはしばらく何をしていいのかわからなくなってしまった。
そんなオレを救ってくれたのは、今や関西で知らぬ者はいないほどの武偵として活躍する人達だが、そうして他人の手を借りなければ自分の足で立つことすらできなくなってしまったのが現実問題。
だから、今オレはとてもじゃないが人に見せていい顔をしていないだろう。
幸姉にも見せたくはないが、その死刑宣告を告げたのは幸姉だ。
だが同時に、オレがこんな顔をするのがわかっていたから、幸姉は今まで言う決心がつかなかったんだというのも伝わってきた。幸姉は誰よりも優しいからな。
「……京夜。私はね、昔から京夜に守ってもらってばかりで、それを当たり前なんだって思ってた。真田と猿飛の関係。主君と従者。そんな昔からの伝統とでもいうべき関係になんの疑問も持たなかったの」
生気の抜けかけたオレに、幸姉はいつも通りの優しい声で話を再開するが、オレはその言葉がなかなか頭に入っていかない。
「真田も武家の血筋だから、護身術として色々な武術を学ぶけど、そういった能力は今はほとんど猿飛の家が上回ってしまってる。だから京夜も当然のようにご両親から指導を受けてきた。でもね、ある日唐突に家を訪れた1人の武偵がこう言ったの。『強きが弱きを守るのは世の運命。だけど弱きがいつまでも弱きままでいていいはずもない』ってね。私はそれで初めて自分があぐらをかいていたことに気付いたの。私には生まれつき弱きでいていいはずがない力が備わっていた。でも私の傍にはいつも京夜がいたから、必要ないんだって自分に言い聞かせてきた」
そこまでの話で、ようやくオレは思考が回復してきて、そこから先の話が、オレの顔を上げさせる。
「そう考え直したのが、武偵高に入学する1ヶ月前のこと。それから少しして、私と京夜の『互いに守り合う連携』が生まれたはずよ」
言われてみると、確かに幸姉は突然武偵高に通うと言い出し、それらしい理由もちゃんと説明していた。
連携にしたって幸姉からの発案だった。
「でもね、現実はそんなに甘くなくて、いざ強くなろうとしても、なかなか上手くいかなかったの。色んな学科を履修してみたけど、すぐに天井が見えちゃってね。ああ、私ってこんなに才能ないんだなって本気で落ち込んでたの」
「……それでイ・ウーに……」
「……そう。前に空き地島で話したよね。『私の目的は昔から何ひとつ変わってない』って。あれね、京夜を守るのが目的だって言ったけど、一番根っこのところは、京夜を家のしがらみから解放してあげたいっていうのがあったの」
「じゃあ、幸姉は最初からオレを猿飛のお役目から外すために……」
「少し違うよ京夜。私は『選ばせてあげたかった』だけなの。京夜達は夏休みが終わってすぐに、武偵のチーム作りのために
選ぶ、とはつまり幸姉についていくか、このまま武偵を続けるか、或いは全く別の選択か、ということだ。
これはジャンヌに言われていたからすぐにわかったが、まさか自分の意思で選択を迫られるとは思ってなかった。
「……幸姉は、オレにどうしてほしいんだよ」
「私は……ううん、選ぶのは京夜。私がそうしてほしいって言えば、それで京夜は簡単に心を決めちゃう。それじゃあダメなの。だから、よく考えなさい」
ここで幸姉に「一緒にいてほしい」とでも言われれば、オレは素直にそれを聞き入れて即決できただろう。
しかし幸姉は自身の本心を言わずにオレ自身の意思を尊重した。
それは本当に、自分の気持ちより優先する大切なことだからだ。
それを感じたオレは、もう幸姉にすがることはできない。
そしてこれがオレの人生で初めての『選択できる未来』となるわけだ。
いつかかなえさんも言っていた。絶対なんてあり得ないと。
まさかここでその絶対が覆るとは思わなかった。
「でも良かったわ」
究極の選択をされて渋い顔をするオレを見て、幸姉は今まで溜め込んでいたものを吐き出してスッキリしたのか、優しい笑みでそう呟く。
「私が真田の家を出て、京夜まで家を追い出されたって聞いた時は、正直取り返しのつかないことをしたって思ったの。でも京夜はちゃんと自分の足で立ってここまで1人で歩いてきた。それに久しぶりに会って言ったよね。前よりカッコ良くなったって。だから京夜が今ここにいるのはきっと、必然だったんだと思う」
「オレをここに導いてくれたのは『
「そうだね。
「ぐっ、確かにそうかもしれない」
「ふふっ、正直だね京夜は。でもそれでいいのよ。そうやって悩んでくれることが私は嬉しいし、本気の男はカッコ良いものよ」
それでまた幸姉はオレに優しい笑みを見せてきて、いつの間にかすっかり立ち直っていた自分自身に驚きつつも、恥ずかしいので視線を逸らすと、幸姉はそれで本当に言うべきことを終えたのか、スッと立ち上がって部屋の出口に歩いていった。
「結局長話になっちゃったわね。白雪ちゃんを待たせちゃったから、早く帰りましょ」
「幸姉、答えはいつまでに言えばいいんだ?」
「焦らなくていいわよ。答えは京都に行ってこっちに戻る前まで。だからあと半月くらいね」
「……わかった」
残り半月、か。こうなったらとことん悩んで後悔しない選択をするしかない。
そう決心したオレは、先に部屋を出る幸姉を追って部屋を出て、いつも通りの幸姉と他愛ない話をしながら家に帰ったのだった。