橘小鳥と徒友になった翌日の夜。
現在オレの部屋には、その小鳥が『住み込み』で押し掛けていた。
小鳥は自分の荷物を余って空いている部屋に持っていった後、「今夜は私が夕飯を作りますね!」などと言って、只今キッチンにて調理中。
その間オレはソファーにちょこんと乗りながら、部屋の中をキョロキョロと眺めるセキセイインコ、昴と戯れていた。
「うるさいうるさい!」
……またか。今度ははっきり聞こえたな。
昴と戯れていたオレは、突然下の部屋から聞こえた甲高い怒鳴り声にため息が出てしまう。
またキンジの部屋にいるのか、神崎・H・アリア。
キンジも大変だな。
オレみたいに断るのに納得のいく理由がなさそうなあいつは、イエスと言うまで解放されないだろうな。
それから依然として聞こえてくるアリアの甲高い声が少し煩わしかったオレは、テレビの電源を入れてシカトモードに突入。
小鳥の料理が出来るのをのんびり待ち始めたのだった。
小鳥が作ってくれたのは、ありあわせで作った炒飯と野菜の盛り合わせ。
冷蔵庫には大したモノがなかったはずだが、よくまぁ作れたもんだ。
「あの……私の料理、何か変なところありました?」
料理を見て固まるオレに不安を感じたらしい小鳥がそんなことを尋ねてきた。
「いや、冷蔵庫にまともな食材なかったのによく作れたなと思ってな。小鳥は良いお嫁さんになれるな」
「えっ!? お、お嫁さん!? そ、そんな私にはまだ早いです……」
そりゃそうだろ。
オレだって今から誰かと結婚しろなんて意味で言ってないんだから。
だからそんなにテンパるなよ。
顔まで真っ赤にして……いちいち反応が可愛いんだよ。
「とりあえず食べるか……って、昴がもう摘んでるな」
せっかく作ったのに、温かいうちに食べないと勿体ないので強引に切り出したのだったが、よく見ると昴がすでに野菜の盛り合わせからレタスを摘んでいた。
それを見た小鳥も落ち着きを取り戻して、一緒に炒飯を食べ始めた。
「京夜先輩。お暇ならご指導をお願いしたいんですけど……」
夕飯を食べ終わってからリビングのソファーでくつろいでいたオレ。
そんなオレにさっきまで荷物を広げて自室の整理をしていた小鳥が、やり終えたのかリビングに来て対面する位置に来てそう言ってきた。
「ご指導って……オレはまだ小鳥が何を学びたいのかもよく知らないんだが?」
「そ、そうでしたね。では……ミスディレクションを教えてください!」
言われてすぐにオレは右手人差し指で天井を指す動作を何気なくやる。
すると小鳥は釣られるようにその指の指し示す先に視線を向けた。
その一瞬の隙にすかさず左手で小鳥の鼻を摘んだ。
「これがミスディレクションだ」
「ふ、ふみゃ!?」
鼻を摘まれて変な声を出す小鳥。
すぐに左手を放してやったオレは、理屈っぽく話を始めた。
「人間ってのは無意識に色んな情報を取り込もうとするんだ。オレが使うミスディレクションは人間のそういった無意識に起きる現象の穴を突くわけ」
言いながらまたさり気なく、今度はチラチラとベランダの方へと視線を向けてみると、案の定小鳥はそっちを向いたのでまた鼻を摘んでやった。
言ってるそばから引っ掛かるなよ。
「まぁ、オレの場合はこれに諜報科でほぼ必須の気配を消す技術と無音移動法も併用してるから、今の小鳥には少し難しいな」
しかしまぁ、理屈をわかったところで、実際にやるとなるとかなり難しいし、コツを掴むセンスも大事だったりする。
「まぁ、出来るかどうかは別にしても、習得したいって気があるなら、精一杯教えてやるよ」
言いながらオレは小鳥の頭を優しく撫でて微笑んでやると、小鳥は顔を真っ赤にして「は、はい、よろしく、お願いします」と小声に近い音量で返してきた。
それから小鳥に少しだけミスディレクションを仕込んでみたが、さすがにすぐには出来なかったので、毎日練習することにしてその日は終わり。風呂に入って――もちろん別々にだ――寝ることにした。
オレの部屋は本来4人が共同で使うための造りなため、1つの部屋に2段ベッドが2基設置されていて、出入口から右側の下の段を普段オレが使い、小鳥は左側の下の段を使うことになった。
しかしだ。やはり後輩といえど女の子。
一緒の部屋で寝るというのは少し気まずい。
だからオレは隣の2段ベッドに寝る小鳥に背中を向ける形で寝て、なるべく意識しないようにしていた。
「あの、京夜先輩。まだ起きてますか?」
ベッドに入って数分くらいだろう。
申し訳なさそうな声で尋ねてきた小鳥。
「……起きてるよ」
「その……私、いきなり京夜先輩の部屋に押し掛けてきて、しかも泊まり込みでなんて、正直迷惑でしたよね?」
「そうだな」
「あう……ご、ごめんなさい……」
おっと、半分冗談だったが真に受けたか。
「まぁ確かにマジか!? とは思ったが、小鳥が真剣なのがわかったからそれを迷惑だとは思ってないよ。それに家事をやってくれるのはオレも助かるしな」
言いながら小鳥の方に体を向けると、それを聞いた小鳥は嬉しそうな声色で「よ、良かったぁ」とホッとしていた。
「だからこれからよろしくな、小鳥」
「はい! よろしくお願いします!」
「……もう寝るぞ。おやすみ」
「はい。おやすみなさい」
翌日。
さすがに一緒に男子寮から出るわけにもいかないので、小鳥にはオレよりも早く登校することを義務付けし、オレは時間ギリギリの通学バスでの登校をしていった。
その日は面白いことに、キンジが古巣の強襲科に出向いたらしく、強襲科の友人、
ついにアリアの勧誘に折れたか、キンジよ。南無三。
とか思ってたオレだったが、実はこの日オレもアリアから呼び出され、半ば強引に携帯のアドレスと番号を交換させられた。
まぁ、協力する約束はしてたし、連絡手段くらいはないと困るよな。
さらに翌日。
オレは小鳥が登校して行った後に7時58分発の通学バスに乗るために部屋を出た。
今日は雨が降ってるのか。
いつも1時間目が始まる直前に一般校区に着くこのバスはほぼ満員でたまに乗れなかったりするのだが、今日は絶対に乗らないとな。
雨の中走るなんてまっぴらごめんだ。
案の定、来たバスはほぼ満員。
我先にとバスに乗り込もうとしたのは、同じクラスの
オレも武藤の後に続いて、ぎゅうぎゅうのバスに乗り込んだ。
し、しんどいな……
「の、乗せてくれ武藤! 猿飛!」
そこへ遅れてきたキンジがオレと武藤に乗せてくれと懇願してきた。
しかしまぁ、無理だ。
武藤が同じ意見で無理だと即答する。
「俺のチャリはぶっ壊れちまったんだよっ。これに乗れないと遅刻するんだ!」
ああ、そういやこの前盛大に爆破されてたな。
「キンジ。世の中っていうのは理不尽なことで溢れてる。時には諦めも肝心だ」
オレはキンジを可哀相に思いつつも、譲るつもりもさらさらないのでそう言ってやった。
そしてバスは無情にも扉を閉め、キンジを置いて出発してしまった。
『 このバスには 爆弾 が 仕掛けて ありやがります 』
バスが出発してすぐ。
乗っていた中等部の女子生徒の携帯から、そんな人工音声が聞こえてきて、バス内はにぎやかムードから一変。
緊張と静寂に包まれた。
『 速度を落とすと 爆発しやがります 』
次に聞こえた音声により、バス内は騒然とした。
しかし、乗っているのは仮にも武偵。
運転手以外はすぐに状況を把握し無駄に騒ぐのを止めた。
まずは運転手にこれ以上速度を落とさないように指示を出し、何人かが車内に不審物――爆弾だ――がないかを調べる。
しかし、今日の車内はぎゅうぎゅうの寿司詰め状態。
動こうにもかなり無理があるため細かな部分を見られなく、さらに事態を仕切るリーダー的人間がいなく統率が取れてない。
そう思っていたオレの元に突然携帯の着信が入る。
マナーモードにしていた携帯の表示を見ると、相手はアリアだった。
まさかこの事態に気付いた?
しかし、今通話に出るわけにはいかないため、オレは仕方なく着信を切り電源を落とす。
車内に犯人がいる可能性や、外から監視されてる可能性を考えれば、不自然な行動は怪しまれるからな。
緊急連絡は
しかしまとまりがない。
緊急時に冷静に指揮を取れる奴がいないってのは少し厄介だ。
パッと見でSランク武偵はいないな。
……やるしかないな、オレが。
武偵憲章1条。仲間を信じ、仲間を助けよ。だろ?
「みんな少し聞け。状況を整理するからとりあえず好き勝手やるのを止めろ」
バスの運転手の横にいたオレは、車内全体に聞こえる声でそう言うと、爆弾探しなどをしていた武偵も作業を止めたが、あれは素直にオレの指示に従った顔じゃないな。
まぁ、理由はわからんでもないが。
「お前、諜報科の猿飛だろ? Eランクの落ちこぼれが仕切んなよ!」
「ならお前が全体をまとめろ。好き勝手やって爆弾を爆発させられておしまいにならないうちにな」
「ぐっ……それは……」
オレの発言で強気な態度が一変した男子武偵。
よし。これでとりあえず文句を言う奴は出ないはずだ。
「車内に爆弾があったかどうかを教えてほしい。それから知らない人物がいないかも互いに確認してくれ。あと、犯人からの指示があるかもしれないから、携帯はこっちに」
要約はしたが、いちいち説明しないといけないほど、みんなバカじゃない。
オレはすり替わっていたらしい女子生徒の携帯を貰いつつ、運転手に聞こえるようにするため、隣にいた武藤に持つように頼んだ。
報告によるとどうやら爆弾は車内にはなかったらしく、身元がわからない人物もいなかった。
となると犯人は中にはいないか。
その間、携帯の人工音声の指示があるまで速度を落とさずに学園島をぐるぐると回っていたバス。
やがて携帯から移動の指示があり、ついに学園島から出て、台場に向かって走り出した。
さてさて、とりあえず車内をまとめることはできたが、事態を良くする案が思いつかない。
オレがそう思っていると、外の建物と建物の間からちらりとヘリが見えた。
あれは武偵高のヘリか。
しかし行動が早すぎないか?
事件発生から通信を受けて動いたとしたら明らかに無理なスピードだ。
だとするとあれに乗ってるのはアリアか。
思えば携帯の着信タイミングがジャストだった。
数分後、バスの上にドンドン!
と、何かが乗っかってきた音がした後、横窓から武装したキンジが入ってきた。
「キンジ!」
横にいた武藤が叫びキンジを呼び込むと、オレが状況を伝えた。
『キンジ、どう!? ちゃんと状況を報告しなさい!』
状況報告を終えると、キンジの持っていた無線からアリアの声が聞こえてきた。
「お前の言った通りだったよ。このバスは遠隔操作されてる。そっちはどうなんだ」
『――爆弾らしいものがあるわ!』
おそらくバスの外枠にいるであろうアリアからのそんな報告を聞いて、オレはバスの後方にワイヤーと逆さ吊り状態のアリアの両足らしきものを発見。
おそらく爆弾は車体の下にあるのだろう。
『カジンスキーβ型のプラスチック爆弾、「武偵殺し」の十八番よ。見えるだけでも……炸薬の容積は、3500立方センチはあるわ!』
……アホか!
爆発したら電車も吹き飛ぶ炸薬量だぞ!?
『潜り込んで解体を試み……あっ!』
その時、バスにドン! という衝撃が襲い、バス内からは悲鳴が上がる。
この衝撃は……何かがぶつかった?
オレとキンジはほぼ同時にバスの後ろの窓を見ると、1台のオープンカーがグン! と退がってバスから距離を取っていた。
「大丈夫かアリア!」
後ろにはアリアが逆さ吊り状態でいた。
キンジは慌ててアリアの安否を確認したが応答はなかった。
キンジはそれに焦ったのか、横窓から身を乗り出して屋根に上がろうとしていたが、先ほどまでバスの後ろにいたオープンカーが横に回り込んできていて、その座席には、いつかのセグウェイのような短機関銃を載せた銃座がこちらに狙いを定めていた。
「みんな伏せろっ!」
キンジの叫びに反応して皆が頭を低くしたとほぼ同時に、バスの窓を撃ち破る無数の銃弾が突き抜けていった。
武偵高の制服は防弾性だから、頭などが守れれば命の危険はない。
銃弾が止んだと思って少し安心した矢先、突然バスがぐらっと妙な揺れ方をした。
……しまった。運転手は運転してるから、伏せられなかったのか。
見れば運転手はハンドルにもたれかかるようにして倒れていて、肩に被弾していた。
さらにバスの速度も落ちてる。マズイな。
『 有明コロシアムの 角を 右折しやがれです 』
そこに追い詰めるかのように携帯の人工音声が指示を出してくる。
「武藤! 運転を代われ!」
運転手を引っ張り出しながらオレは武藤に運転を代わるように促し、武藤は空いた運転席に座って免停だなんだと愚痴りつつもしっかり運転をしてくれた。
さすが車輌科の優等生だ。
バスはそのままレインボーブリッジへと突入。
オレは撃たれた運転手の怪我の応急手当てを手際よく行っていき、その間にキンジは武藤にヘルメットを渡してバスの屋根へと登ってしまった。
それを見逃したオレはキンジを止めるのができなかった。
外には銃を構えたオープンカーが並走してんだぞ。
無防備にも程がある! くそ! 『今のキンジ』は使えない。
そう判断したオレは、残りの応急手当てを
オープンカーはバスの前方を陣取り、短機関銃の銃口はわずかに上に向けられていた。
車内を狙ってない? だとすると……っ!
「武藤! 少し速度上げてオープンカーに接近しろ! それと前の扉開けろ!」
「ああ!? 何で……「いいから!」……ったく、わかったよ!」
言ってる間に素早く2本のクナイを懐から取り出したオレは、武藤が開いてくれた前方の入り口から身を乗り出して、右手で手すりに掴まりながら左手に持った2本のクナイを振りかぶった。
その時、オープンカーから発砲があり、それとほぼ同時に載っていた銃座が破壊された。アリアか?
そう思っていると、オープンカーはバスの側面へ移動を始めた。
よし、チャンスだな。
オレは銃の腕は破壊的なまでに下手だ。
あの手に馴染まない感覚と撃った時の反動が何より肌に合わない。
しかし『投躑』となれば話は変わってくる。
投げナイフなどの命中精度は自慢じゃないがかなりのもんだ。
狙ったところにほぼ行くからな。
オレは2本のクナイを同時に投げ放ち、オープンカーの左タイヤの前後をパンクさせてやった。
高速で回転するタイヤにクナイを刺すなんてことはできない。
だからオレは『コンクリートとタイヤの接触部分』にクナイを投げ入れて、まきびしの要領でパンクさせたのだ。
パンクしたオープンカーは制御を失ってぐるぐるとスピンを始め、ガードレールにぶつかりバスの後方で爆発した。
これであとは爆弾だけか。
次に車体の下に設置されてる爆弾をどうにかしようと動くオレだったが、そんなオレの視界にレインボーブリッジの真横にバスと並走するヘリが入り、同時にその動きを止めた。
ヘリのハッチは大きく開いていて、そこには膝立ちの姿勢でこっちに狙撃銃を構える女の子の武偵がいた。
その構えた狙撃銃の銃口が3度の光を放ち、それに合わせてバスには何かが当たる衝撃が伝わってきた。
車体の下に設置されてる爆弾を狙撃で取り外したのである。
爆弾はバスから外され、道路に転がるが、それをさらに狙撃しレインボーブリッジの下の海へと落としてのけた。
爆弾は海へと落ちてから爆発。
それにより大きな水柱が上がり、爆弾を外されたバスは速度を落として停止した。
事後処理の最中。オレは頭を撃たれて病院に運ばれたアリアの安否を心配しつつも、先ほどヘリから神掛かった狙撃をした武偵、レキと会話をしていた。
レキは体が細く、身長はアリアより少し大きい程度のショートカットの美少女。
しかし、いつも無表情で何を考えてるかわからないことから『ロボットレキ』などと呼ばれていたりする。
これで同い年だというから、アリアの次くらいに疑ってしまう。
レキは
いつもはでかいヘッドホンをつけて何か聞いているレキだが、今は耳から外して首に掛けてオレと話す気になってくれてる。
「レキもアリアに呼ばれたのか?」
「はい」
抑揚のない返事。レキらしいっちゃらしいが、なんかな……
「なるほどな。アリアは人を見る目がある」
「アリアさんは私の
アリア本人から聞いたのか?
あまりオレのことを他人に話してくれるなよ、アリア。
「勧誘はきっぱり断ったが、個人的に依頼はするって言われたよ。ところでアリアは今回のバスジャック、誰よりも先に動いてなかったか?」
レキの質問に答えたオレは、ついでに今回の疑問点を尋ねてみた。
「はい。アリアさんは通報の前からヘリを用意し私とキンジさんを集めて出撃しました。京夜さんにも連絡していましたが、繋がらなかったようです」
やっぱり事前に察知してたか。
しかしまぁ、ジャックされたバスに乗ってりゃ通話に出るなんて無理だからな。
「結果として合流したし、結果オーライだろ。アリアは大丈夫そうなのか?」
「傷は浅いとのことですが、頭を撃たれて脳震盪を起こしているので、MRIを撮ると」
まぁ、重傷にならなきゃ万々歳だな。
それからレキとは別れて事後処理の手伝いに加わったオレは、その日はそれだけで1日が終わり、帰ったら帰ったで心配して待っていた小鳥に泣きつかれてそれをあやすのにかなりの時間をとられてしまった。
もうへとへとになっていたオレは、翌日の小鳥曰く、その日死んだように寝ていたそうだ。