秋の訪れを告げるように日照時間の短くなって空が茜色に染まった夕方6時頃。
社寺見学を終えて早紀さんの運転するワゴン車でやって来たのは、京都市北東、比叡山が近くにある修学院月輪寺町。
そしてその家紋の六文銭を掲げた門前まで車を走らせて止まり、でかでかと立てられた表札には『真田』の文字が。その隣には遠慮するように『猿飛』の小さな表札も。
「皆様、よくいらっしゃいました」
ワゴン車が止まってすぐ、眞弓さん達が車から降りて姿を現すと、最初から門前にいた着物姿の黒髪少女が丁寧なお辞儀と一緒にオレ達に挨拶。
たった1年半なのに成長したな。
「幸帆ちゃんちょっとぶりやねぇ。元気にしとりましたか?」
「はい、皆様のおかげで」
「車は裏回せばエエんよね?」
「あ、はい。裏門から入ってくだされば問題ありません」
「ほなお邪魔します」
いかにも手慣れた感じで幸帆と呼んだ少女と会話しながら行動する眞弓さん達は、それでそのまま門を潜って中へ。早紀さんも車を動かしていった。
そしてオレとジャンヌ、美麗はその少女、真田幸帆の前で立ち止まり向き合う。
「お元気そうですね、幸帆様」
「きょ、京様もお元気そうで何よりです! そ、それと様はやめてください。昔のように幸帆と呼んでくれた方が、私も嬉しいです」
「ですが……当主様の前ではちゃんとするからな? じゃあ幸帆、久しぶり、だな」
「はい! そちらの方はジャンヌ様ですね?」
「お前が真田幸音の『妹』か。なるほど、話で聞いていた以上に似ているな。真田幸音をそのまま幼くしたようだ」
「……どうぞ中へお入りください。眞弓さん達同様、手厚い歓迎をいたしますので」
ジャンヌに幸姉に似ていると言われて少しだけ表情を曇らせた幸帆は、それを隠すように笑ってからジャンヌと美麗を中に通していった。
そしてオレはここに『もう1人』いる人物にも声をかける。
「ちゃんとお役目は果たせてるか?
数秒の沈黙のあと、その声に応えるように音も無く幸帆の隣に片膝をついて姿を現したのは、中性的な顔つきの黒髪少年。名前を猿飛誠夜という。
「お久しゅうございます、兄者」
この時代錯誤な話し方をするオレの『弟』は、オレが家を出たあとの猿飛の後継者であり、現在の当主候補、幸帆の側近である。
つまり今オレの目の前にいる2人は、次代の真田と猿飛の頭ということだ。
「高校は幸帆と一緒に一般高か?」
「はい。幸帆様は幸音様のように武偵の世界で学ぶことはありませんので、一般の進学校にて勉学に勤しんでおられます」
「そうか。幸帆には武器とかは持って欲しくなかったから良かったよ。その分誠夜が鍛錬してるだろうけど」
「一応武道も続けていますけど、今はそんな話は置いておきましょう。京様、どうぞ中へ」
自分の話をするのが恥ずかしいのか、幸帆はそう言って話を区切りオレのために道を開けて中へと促すが、どうしても入るのには抵抗があった。
それを察してか幸帆が表情を和らげてオレを見ると「大丈夫です」と視線で言ってきた。
誠夜も立ち上がって同じ表情をする。
「……ただいま」
そうしてオレは幸帆と誠夜に後押しされて、1年半ぶりに真田と猿飛の家の門を潜ったのだった。
門を潜ってまっすぐ歩いた先にまず真田のお屋敷がある。
純和式の瓦屋根の木造建築。古き良き日本の雰囲気を醸し出すその家を、1年半前までは当たり前のように見て出入りしていたのだと思うとなんだか不思議だ。
「京夜、おかえり」
その家の玄関前には、すでに眞弓さん達を家の居間に通して最後に来たオレを待っていた幸姉がいて、京都に来た時と同じ格好のままそう言ってくれた。
「……話は終わった?」
「とりあえずお父様とお母様にはあらかたね。もちろん京夜のご両親にも話したわよ」
「じゃあオレは顔だけ見せてから行くよ。その間に眞弓さん達に話をしてあげてくれよ」
「うわ……私を1人にさせるんだ? 話したあとに絶対眞弓にグチグチ言われるんだけど……」
「聞こえとりますえ幸音はん?」
「にゃあああ!!」
オレが猿飛の家の方に行くと言うと、幸姉はそんなことを言って明らかに嫌な顔をするが、玄関からその眞弓さんが音もなく出現して、絶望の表情をした幸姉の首根っこを掴んでズルズルと連行していってしまった。
「幸帆はもう話を聞いたのか? まだなら眞弓さん達と一緒に聞いてこい」
「私も帰ってきたのは1時間ほど前だったのでまだ……誠夜は京様と一緒に戻りなさい。久しぶりの家族全員での顔合わせなのですから」
「承知しました」
幸姉が玄関の奥へと消えてから、後ろに控えていた幸帆を送り出して、オレは誠夜と一緒に真田の家の敷地内の隅にある猿飛の家へと足を運んだ。
結果から言えば、猿飛の家での家族間会話はものの十数分で終わった。
まず母親である
猿飛は代々、その家を継ぐ長男に『佐助』の名を与えられる世襲制。
だから父親の佐助は本名ではないが、昔から佐助の名を持つ間は本名を秘匿する決まりがあるため、オレも父親を本名では呼ばない。
父親との会話は極々普通のもので、この1年半の間でちゃんと食っていっていたのかということと、病気をしなかったかということだけ。
幸姉から事前に話があったのだとしても、聞かれたことがたったそれだけだったことに拍子抜けとなったオレは、またお役目に戻っていった父親に何を言えるわけでもなかった。
しかしそれでも心配はされていたのだということがわかり、何となく安心もしていた。
半ば追い出される形で家を追われたオレとしては、今回それこそ敷地に入るのも躊躇うくらいだったのだから、歓迎されないことを前提にしていたのだ。
たとえ最終決定が真田の家でのことだったとしても、ここまですんなりいくと拍子抜けもするだろう。
そんなわけで夕飯は真田の家で盛大にやるとのことで、オレも誠夜もすぐに真田の家へと移動して、現在居間にて眞弓さん達に必死に納得のいく説明をしているであろう幸姉の邪魔をしないように気を遣って、真田の家で働く使用人さん達に挨拶回りをしていっていた。
真田の現当主も奥様も仕事で出掛けてしまい、父親もそれに同行していったため、そちらへの挨拶ができなかったが、昔から変わらず働く使用人さん達もオレを歓迎してくれてホッとした。
それでまだもう少しかかりそうな話を見越して、中庭へと足を進めてみると、その中央にある池の縁に立つ幸帆を発見。幸姉の話を聞いてたんじゃなかったか?
そう思いつつ幸帆に近付き隣に立ってみると、幸帆は接近に気付かなかったのか凄く驚いて肩を跳ね上げた。
「ご両親とのお話は終わったのですか?」
「幸帆こそ、まだ幸姉の話が終わってないだろ」
「……私には聞いてもあまり必要性を感じなかったので。それに姉上が戻られた今、私は近日中に後継者としての地位を奪われてしまいます」
「それが気に食わないか? 勝手にいなくなって、勝手に帰ってきて、当主の座を奪っていって」
「……あの人は私の努力を踏みにじるんです。昔からそう。何をやっても私は姉上の2番煎じ。どんなに頑張っても姉上を越えられない。今回も姉上以上の才覚を示せていれば、後継者としての地位を奪われることもなかったです」
「幸帆は頑張ってるよ。才能だってある。努力も人並み以上だ。ただ、幸姉もそれに負けないくらい努力をして、挫折を味わって今に至ってるんだってこと、妹ならわかるだろ? オレは最近知ったんだけどな」
「……わからないですよ。あの人とは昔からそんな話すらしていません。京様には黙っていましたが、私はあの人が嫌いなんです。そして、それ以上にそんな自分自身が大嫌いなんですよ」
突然の独白に少し驚いたオレだったが、いつの間にか一緒に行動していた誠夜がいなくなっていて、お役目どうした! と思いつつも何も言わないのもどうかと思考し言葉を発した。
「嫌よ嫌よも好きのうちってな。幸帆が幸姉をそうやって意固地になってライバル視してるのは、きっと根っこのところで幸姉を認めてるからだと思うよ。だから負けたくないんだろうし、勝てないことに苛立つんだ。人間ってのは本当に心の底から嫌いな奴は視界にすら入れないもんさ。自己嫌悪も悪いとは言わないよ。自分の嫌なところを見るってのはなかなかできないことだ。それにそこから前に進めることもある。幸帆もそこから前に歩き出せばいい。俯いてばかりだと、見えるものも見えてこないからな」
「…………京様かっこいい……」
オレの返答に幸帆は何やら小声で呟いたが、さすがに聞き取れなかった。
しかし先程よりスッキリした顔になっていたので、どうやら幸帆の力にはなれたようだった。
「なんやのこの『身分違いな家柄で先に踏み込めずにいる』みたいな雰囲気は」
話が一段落した矢先に割り込んできたのは、ぶすぅ! と不機嫌丸出しの愛菜さん。
しかもなんかわけのわからない言葉で割り込んできた。
「あ、愛菜さん!? これはその、ち、違うんです! ただ京様とお話ししていただけで別にそういう雰囲気は出してなかったといいますかなんというか……」
そして何故動揺する幸帆。
「幸音はんのお話も終わりましたし、呼びに行こ思たらすぐに見つかってしもて拍子抜けどす。愛しの京夜はんとの久々の会話、楽しめましたか? 幸帆ちゃん?」
「ま、眞弓さんのバカぁあ!」
続いてやって来た眞弓さんが何やら怪しい発言をしていたが、それで幸帆は暴走。
果敢にも眞弓さんに飛びかかっていったが、案の定片手でひと捻りにされていた。
「それからさっきの話、幸音はんの後釜なんてつまらんもんやるより、幸帆ちゃんは幸帆ちゃんの好きな道を歩む方が断然楽しい思いますえ。姉の背中ばっか見とっても、世の中なんも見えまへん」
「そやなぁ。私も誰かにあーしろこーしろ言われる人生イヤやわ。京ちゃんになら束縛されるんもやぶさかやないけど」
「絶対しません。強いて言うなら愛菜さんは危ない発言をやめてください」
「やーんもう。京ちゃんに注意されてもうたわぁ。キャハッ」
反省してないだろこの人。
しかしさすが眞弓さん達。オレなんかよりずっと幸帆のためになることを言ってくれた。
同時にオレにも同じことを言われた気がして、未だ出せていない答えを急かされたような気がした。
期限は、あと1日ないくらいか。
「それに幸音はんはちゃーんと幸帆ちゃんのことも考えてはりますえ。――――」
それから眞弓さんは制していた幸帆の耳元で何かを話して解放すると、夕飯の準備もできたからとオレ達を呼び居間へと戻っていき、愛菜さんに捕まったオレも、何かを言われて呆然としていた幸帆も居間へと足を運んでいった。
それから居間では使用人さん達も含めての軽い宴会のようなものが行われ、いつ武偵庁から要請があるかわからない月華美迅はお酒を飲んではいなかったが、それでもノーマル状態で騒がしい人達なので関係ない。
その月華美迅に乗っかる形で使用人さん達も騒ぐので、居間ではおちおち食事もできなくなっていたが、オレは楽しそうな眞弓さん達を横目に居間から出たすぐの廊下で中庭を眺めて夜風に当たっていた。
時間はすでに夜8時を回っている。
「まったく、騒がしくて満足に食事もできん。それに社寺見学のレポートも全然まとまらん」
そんなオレの元にグチグチ言いながら寿司を持ってやって来たジャンヌ。
そういえばレポートも眞弓さん達に手伝ってもらう予定だったっけ。
「オレでよけりゃ手伝ってやらんこともないぞ? 昼間はサボったしな」
「本当だ。あんな弾丸ツアーで見学などできるか! ありがた迷惑とはこの事だ」
「それよりジャンヌは今夜どうすんだ? 予約してたホテルとかあるのか?」
「ある。が、このままではレポートが仕上がらん。だから予約はさっきキャンセルして真田幸音に宿泊を許可してもらった。あのバカ騒ぎが終わったらレポートをやるから手伝え」
「へいへい」
オレのそんな答えに満足したのか、ジャンヌはフッ、と笑ってからマグロの握りをぱくり。
しかしワサビが多かったのか涙を流して鼻を摘んだ。素直にサビ抜き食べればいいのに。
「そうだ猿飛、前から少し疑問に思っていたのだが」
「なんだよ」
「お前や真田幸音、ひいては真田幸帆に猿飛誠夜。生まれ、育ちが京都なのに、何故薬師寺眞弓達のように訛りがないのだ?」
「真田と猿飛について前に少し調べたって言ってたよな? ならどんな仕事してるかも調べてるだろ?」
「ああ。確か海外との貿易関連のそれなりに権限のある役職、だったか」
「そう。んで、その貿易交渉の場ではどうしても言語に違いが出るだろ?」
「……なるほどな。通訳か」
「……最後まで説明させろよ……」
頭のキレがいいのはわかるが、聞いといてそれはないだろ。
「要は通訳で不備が出ないように、最初から標準語で育てられるんだ。これは後継者とか関係なく、真田と猿飛の家で義務化されてる」
「日常で聞き慣れてしまうとそちらに釣られると言うからな。環境作りも徹底してるわけか。うむ、これで疑問が解けた。感謝する」
それで本当にスッキリした顔をしたジャンヌは、また握りをぱくり。今度は大丈夫だったか。
「きょ、京様助けてー!」
話が一段落すると、今度は居間から幸帆のヘルプコールが。
何事かと居間を覗くと、そこでは幸帆を後ろから抱き締めて胸を揉む千雨さんが。
「うーん、着物の上からやとようわからんなぁ。うりゃ!」
「ひゃあ! も、やめ……」
もはや酔ってるんじゃないかと思うくらいはしゃぐ千雨さんは、胸を揉む手を着物の中へと潜り込ませてダイレクトキャッチ。
男がオレと誠夜だけで良かったな、幸帆。
「む! むむ! これは……あたしよりおっきい……そ、そんなバカな……じゅ、16歳に負けるやなんて……」
そして幸帆の胸をダイレクトキャッチした千雨さんは、それでばっ! と手を引き抜いて幸帆から後退り、驚愕の顔をしたかと思うと、この上なく落ち込んだ四つん這いポーズへと移行した。
それには騒いでいた愛菜さんが大笑い。落ち込む千雨さんの背中をバシバシ叩いて腹を抱えて隣で同じようなポーズになっていた。
「も……お嫁に行けない……」
解放された幸帆は逃げるように居間から出てオレの傍まで来ると、そう言って着崩れた着物を直し涙ぐむ。
そんな幸帆の頭を優しく撫でるくらいしかオレにはできなかったが、それでも幸帆は嬉しかったらしく、すぐに落ち着いてくれた。
それから全く衰えることのない皆さんのバカ騒ぎは1時間以上続き、時間もあっという間に夜9時を回っていた。
幸帆はオレと話をする間に眠気がピークになり寝室に行ってしまい、ジャンヌも待ってられんとか言って別室にてレポートに取りかかっていった。
眞弓さん達におもちゃのように扱われていた美麗は、隙を見て逃げ出して現在オレの足に頭を乗せて休憩中。
オレも濃厚すぎた今日1日を振り返ると急に眠くなり、1つ大きなあくびをした。
ジャンジャンジャーン! ジャンジャンジャーン!
その瞬間、どこかのサスペンスで流れるような事件臭漂うメロディーが居間に響き、途端、今までバカ騒ぎをしていた眞弓さん達の表情が一変。
騒ぐのもやめて、音の発信源である眞弓さんの携帯が取り出され電話に出る。
そのわずかな時間に千雨さんと愛菜さんは武装を整えていつでも動けるように準備し、早紀さんは眞弓さんのそばに寄り車のキーを手に持つ。
雅さんは持ち込んでいたノートパソコンを開き待機。
完全にお仕事モードに入っていた。
オレも幸姉もそれに順応。眞弓さんの一挙手一動に注意を払う。
眞弓さんは電話を切ると、すぐにオレ達に概要を説明した。
「武偵庁から緊急の依頼どす。比叡山付近の民宿で襲撃事件が発生したさかい、その対処に当たってほしい言うことどす」