賑やか宴会ムードから一変。
完全お仕事モードになった月華美迅とオレと幸姉は、ごちゃごちゃとするテーブルを一瞬で片付けて会議場を作り出すと、早速詳しい内容を話し始めた。
「襲撃にあった民宿は比叡山ドライブウェー沿いの『はちのこ』言うとこどす」
「予約客は1件だけやね。名前は遠い山で『遠山』。人数は2人と1匹。カップルかなんかやろか」
眞弓さんの話を聞いてものの数秒でノートパソコンを使って調べた雅さんは続く形でそう告げた。
「通報してきた女将さんの話やと、2人とも東京からの修学旅行生で武偵や言う話どす」
「っちゅうことは京の知り合いか?」
「ですね。それもよく知る2人です」
2人と1匹。1人はキンジで間違いないだろう。
そしてもう1人はおそらくレキ。
キンジの知り合いに動物連れの武偵なんてレキくらいだろ。
「そんで、襲撃犯の狙いはなんやの?」
「犯人はラジコンヘリに銃器取っ付けたもんで民宿を襲って、姿は見せてまへん。狙いは民宿やなくて泊まっとった武偵みたいどす。そんでその武偵2人は比叡山の森に逃げ込んだ言う話どす」
「武偵狙って襲撃やなんて度胸ある犯人やなぁ。狙いもようわからんし」
「京ちゃん、その襲われた武偵と連絡取れへんの?」
ポンポン話が進んでいく中、愛菜さんにそう言われて携帯を取り出してキンジに繋ぐが、聞こえるのはツー、ツー、という繋がる気配すらない音だけ。
レキにも繋いでみるがダメ。
「襲撃時に連絡手段を絶たれたゆうこっちゃな。これで合流も難しいなぁ」
「美麗なら臭いで追えるかもしれないですが、今日は風がほとんどないから索敵範囲も広大になって時間がかかりますし」
「とりあえずウチと雅と早紀はんは一旦車でその民宿に行きますえ。それから武偵庁に行って乗り換えどす。車やとタイムラグ出てまいそうやし、『あっち』の方が機動力ありますやろ。千雨はんと愛菜はんは京夜はんと幸音はんとここに待機。幸い比叡山は目と鼻の先どすし、地形は京夜はんが詳しいやろ?」
「はい。比叡山は庭みたいなもんです」
「頼りにしとんで、京ちゃん」
そうやって指示を飛ばした眞弓さんは、雅さんと早紀さんと一緒に行ってしまい、具体的な指示があるまではオレ達も待機となった。
「幸姉、ラジコンヘリに銃器って、なんとなくやり口に覚えがあるんだけど」
「私もそれで引っ掛かってた。たぶん私達に関わりのある人物が犯人ね」
待機中、オレは先ほどの眞弓さんの情報から、4月に理子の行った武偵殺し事件を思い出して幸姉に問いかけると、幸姉も心当たりがあったみたいだ。
「なんや、襲撃犯に心当たりあるん?」
「オレは微妙です。幸姉はもっと確信に近いでしょうけど」
「幸音、黙っとったら眞弓にどつかれんで?」
「私も確信はないわよ。ただ、犯人は狙った武偵を殺す気はないってことくらいは確信してる、かな。でも追い詰めるところまでは追い詰めてるはず」
「それなら襲撃犯は必ず武偵2人を常に視界に捉えとるはずやな」
「いえ、襲われた武偵の1人は狙撃手です。それも
絶対半径とは、狙撃手がその範囲内でなら標的を捉えたら確実に仕留められる距離を指す。
そしてレキの絶対半径は狙撃手としては超がつく1流だ。
その言葉に千雨さんも愛菜さんも心底驚くが、逆にこれで相手の姿も判明してきた。
「っちゅうことは犯人はその範囲外から監視できる狙撃手の可能性があるわけや。非現実的やけど、そないなことになっとったら、確実に森ん中で張り付けにされて持久戦になっとんで」
「狙撃手同士の戦いは根比べやからね。たぶんそない優秀な武偵ならもう自分の絶対半径に相手を入れとるはずや。いずれ何らかのアクションはあるやろし、後手になるけどアンテナ張っとった方がエエんかな」
「それはオレと美麗がやりますよ。愛菜さん達は万全で動けるように適度に休んでてください」
「京ちゃん頼もしいわぁ。美麗も頼りにしてまっせ」
いずれにせよ、今はアクションがあるまでどうすることもできないので、眞弓さん達からの追加の情報と指示を待ちつつ、適度にリラックスしながら家の屋根に上がって比叡山の方向に意識を集中させていった。
ちなみにジャンヌはこの事態に気付いてはいたが、自分がやれることはないだろうと判断して速攻でレポートに戻っていた。
いざとなったら引っ張り出すつもりだ。人員は多いに越したことはない。
それから約3時間弱。
時刻にして夜の0時を回ったくらいに、屋根に登ってきて隣に座ってきた愛菜さんは、コーヒーの差し入れをくれた。
それを貰いつつ落ちていた集中を引き締めて比叡山を観察する。
「京ちゃん、昔よりかっこエエな」
集中し始めた矢先、隣でコーヒーを飲む愛菜さんは、突然オレの顔を見ながらそんなことを言ってきて、思わず飲んでいたコーヒーを噴き出しそうになる。
「オレはそんなに変わったつもりはないんですが……」
「自覚ないんはしゃーないわ。そないおっきな変化でもないからなぁ」
「幸姉にも似たようなこと言われましたがね」
「ウソや!? 絶対私しかわからん思ってたのにぃ!」
「カッコ良いって言いますけど、外見の変化ですか?」
「ちゃうよ。あ、もちろん身長も伸びて男の子としてかっこエエけど、こう、なんちゅうかそのぉ……昔はクール! って感じだけのカッコ良さやったんやけど、今はそれにプラスして背中がおっきなったなって、そんな感じや」
言われてもよくわからなかったが、愛菜さんはそれでも昔のオレよりも今のオレの方が好きだと言ってくれている。恥ずかしい。
「まぁ、ホンマの姉弟やないけど、私はお姉ちゃんとして京ちゃんがカッコ良くなるんは嬉しいねん。そんで1年半前に東京に泣く泣く送り出して正解やったな、って思えてんのや」
「愛菜さ……」
単に年上のお姉さんとしてだけではここまで言ってはくれないだろう。
愛菜さんは昔からオレを本当の弟のように接してくれた唯一の人だ。
だからいま唐突に横から優しく抱き締められても、驚きはしたが抵抗はしなかった。
「幸音から聞いたよ。京ちゃん、武偵続けるかどうか選ばせてもろてんのやろ? 私にはなんも言えんけど、絶対後悔せんようにしや?」
「……ありがとう、愛菜お姉ちゃん」
「お姉ちゃん呼んでくれたん、これで2回目やね。いっつもそう呼んでくれたらもっと嬉しいんやけどなぁ」
「無理ですよ。こんな恥ずかしいこと、人前でなんて」
「もう、京ちゃんかわエエわぁ」
そこで空気が和やかになり、オレも愛菜さんの優しさに落ち着きかけた瞬間、比叡山の方で一瞬だけ夜の闇を照らす発光があり、思わず立ち上がった。
それには愛菜さんは気付いていなかったが、オレの変化で再びお仕事モードに。
――キィィィイイン!
そして数秒のあと、今度は耳をつんざくような甲高い音が聞こえてきて、オレも愛菜さんも屋根から降りて幸姉と千雨さんと合流。
「今のはたぶん
「その前に
「閃光弾と音響弾……となるとやっぱり敵は狙撃手やったんやね。それも精密機械を使った超精密狙撃。拠点を構えての狙撃やろうから、眞弓達なら犯人を見つけられるかもしれん」
「キンジ達も移動を開始してるはず。オレは森に先行して探ってみます。美麗を置いていくので、何か見つけたら連絡しますから美麗に追わせてください」
「気ぃつけや」
取り急いで情報をまとめてから、オレは昔サバイバルをした比叡山の森へと入り、おそらく方角もわからずに走っているキンジ達を捜索し始めた。
事前にキンジ達が宿泊していた民宿の位置とドライブウェーを確認していたオレは、そこから概算でキンジ達の移動距離を割り出し、視覚的に少し開けた場所に限定して森を駆ける。
狙撃は撃つために色々と条件が必要になると、昔早紀さんがブツクサ言っていたのを思い出しつつ、庭のような比叡山森で記憶にあるポイントを巡っていく。
そして辿り着いたのは小さな川の流れる場所。
長期戦を可能にしていたなら、必ず水分補給のできる場所を確保してるはずだ。
普段はバカなキンジはともかく、レキならそうする。
そして周囲を警戒しながら見つけたのは、岩についた血痕。しかも付着してそれほど時間が経っていない。
急いで携帯で幸姉にコールすると、その間に近くから微かだが獣の声がした。
コールだけで察してくれるだろうと信じて、オレは繋がる前に携帯を切り、その声がした方へ走り出し、そこでたくさんの犬と勇猛果敢に戦うハイマキを発見した。
真夜中で姿こそはっきりしないが、その毛色がいつもの綺麗な銀色をしていないことはわかったオレは、急いでハイマキを取り囲む犬達に牽制のクナイを投げ放ち離れさせ、その間にハイマキの傍へ。
「ハイマキッ! 大丈夫か!?」
オレの姿を確認したハイマキは、血まみれになりながらも周囲を威嚇するが、今にも倒れてしまいそうなほどに弱っていた。
ハイマキがこんなになるまで戦うってことは、おそらく時間稼ぎ。
つまりキンジとレキは逃走のために苦渋の選択をしたことになる。
それに今オレとハイマキを取り囲むたくさんの犬は、明らかに品種改良を加えて大きく獰猛にされている。
人1人くらい噛み殺すのは容易いレベルだろう。
「誰ネ。私の獲物、生け捕りにして連れてく予定だたヨ」
そんなオレに木の陰から姿を現して文句を言ってきた奴がいた。
そいつは始業式の日にオレの前に姿を見せ、意味深な言葉を残して去った中国人少女、ココに間違いなかった。
「……ココ。お前か」
「ん? 何故ココを知ってるネ」
…………はっ? 何をとぼけてるんだこいつは。
そんなボケをかましてきたココは、それで改めてオレを凝視し、数秒黙ったかと思うと、ようやくわかったのか両手を合わせて頷く。
「お前キョーヤか! これは好都合ネ。お前もココの獲物の1人。そこの姫の犬と一緒に生け捕りで連れてくネ。きひっ!」
「そいつは困る。前にも言ったが、オレはお前の仲間になる気なんてないし、捕まってやる気もない」
怪しく笑うココに対して、オレはそう断言して、弱々しくもまだその足で立つハイマキと一緒に周囲の犬達を警戒する。
そして同時に考えなしで突っ込んでしまったなと反省。
ハイマキの姿を見て感情的になってしまった。
「それにしてもキョーヤ。お前1人で来るなんて馬鹿ネ。本当にココが気に入ったサルトビキョーヤか? きひっ!」
くそっ。いま思ってたことをズバリ言いやがって。心でも読んでんのかよ。
そんなココにひと睨みしてから、どうにか打開策を探っていると、隣のハイマキがピクリと何かに反応したような仕草を見せる。
その仕草に少し考えてからオレはその反応の意味するところに気付き、不敵に笑うココにさらに不敵な笑みで見返す。
「1人? なに言ってんだよ」
「強がりはやめるネ。きひっ!」
オレに対して笑いながらそう言ったココ。
しかしその笑い声を止めるように響いたのは、1発の銃声だった。
「こんなん動物愛護団体に訴えられんで」
「大事な弟が死体で見つかるよりマシやろ?」
「殺さなくても威嚇くらいならしてあげるわよ」
そして登場したのは、先ほどコールしていた幸姉達。
おそらくコールだけだったから何かあったと悟り全速で駆けつけてくれたのだ。
「サナダユキネ! それに『ダブラ・デュオ』!」
「なんや? 今時あたしらをその名前で呼ぶやなんて珍しい。昔から知っとるんか?」
「あれやよ千雨。2年前に逃がしたあの子や」
「…………ああ! あの生意気なガキか! ならここで2年前の汚点を拭ったろうやないの」
「ココガキ違うネ! 中華の姫、馬鹿にされるの大嫌いネ!」
愛菜さんと千雨さんに馬鹿にされたココは、それで控えさせていた犬達を一斉に動かして襲わせてきた。
しかしそれに怯むような人達じゃない。
犬達が突っ込んできたのとほぼ同時に飛び出した千雨さんは、その手にふた振りの日本刀を持って峰打ちでバッサバッサと犬達を叩き伏せていく。
愛菜さんもその手にある2丁の銃で犬達を牽制しながら千雨さんの援護をし、幸姉は超能力を使うみたいで動いていないが、それを美麗が守る。
オレも負けじとハイマキと協力して肉弾戦で犬達をボコり退けていった。
それには犬達も本能的に倒せないと悟ったのか、1匹、また1匹と後退していく。
そして襲ってくる犬達がいなくなったタイミングで幸姉が魔眼を発動。
全ての犬達をその眼力で萎縮させ戦意を根こそぎ奪い取った。それで決着。
それより前にココは敗色を察知し戦線を離脱していて捕まえ損ねたが、月華美迅は愛菜さんと千雨さんだけじゃない。逃げられないさ。
終わってみれば愛菜さん達は全くの無傷。
先ほどココの言った『ダブラ・デュオ』を象徴するふた振りの日本刀と2丁拳銃をそれぞれ納めた2人は、息1つ乱していなかった。
ダブラとは、双剣・双銃を扱う使い手を指し、デュオは兄弟や重奏。所謂パートナーやコンビを指すものだ。
2人は元々コンビで活動していた武偵で、その2人を眞弓さんが引き入れて出来たのが今の月華美迅。
その実力は昼間ジャンヌが言っていた通りで数値にも出ている。
ココも犬達も引き上げて安全となり安堵したのか、踏ん張っていたハイマキがパタリと足を折り倒れてしまい、近寄った美麗が傷口を舐めてやっているが、下手をすると命が危ないかもしれない。
かと言って体重100キロクラスのハイマキを背負って森を抜けるなんて無理だ。
「その子結構危ないなぁ。急がんと手遅れになるかもしれん」
「ここならスペースもあるし、呼んでも問題あらへんやろ」
「やね」
ハイマキの様子を見て急を要すると判断した愛菜さんは、周りを確認してからもう1度銃を抜いて弾倉に別の弾を込めてそれを空に向けて撃った。
するとその弾は白い煙の軌跡を残しながら、オレ達の遥か頭上で炸裂し、数秒間真っ赤な光を放って消えた。信号弾だ。
その数分後、オレの耳に空気を裂くプロペラの回転音が聞こえてきて、段々とこちらに近づいてくるのがわかった。
そして頭上に現れたヘリは、丁寧な操縦でオレ達の目の前に着陸してきて、プロペラを回したままの状態で静止しその扉が開かれた。
「お待ちどうさん」
そこから現れたのは、別行動で情報を集めていた眞弓さんだった。
さらに雅さんと何故かジャンヌも乗っていて、操縦席には早紀さんが。ヘリの操縦もできるようになったんですね。
というか月華美迅。昔より凄くなってません?