「これは『遊び』なのだよ、ワトソン君」
季節も完全に冬へと移行した12月の中旬。
『とある依頼』で行動を共にしていた雅さんは、全く悪びれる様子もなく胸を張ってオレにそう言ってきたのを説明するには、時間を早朝まで巻き戻す必要があるだろう。
「うへへ。京ちゃん独り占めや」
「キモッ! 愛菜キモッ!」
早朝。
登校してから愛菜さんが抱きついてきて、オレはもう毎日の日課となるそれをヒラリと躱してから千雨さんに挨拶すると、いつもと違って幸姉がいないことに気付いたようでどうしたのか聞いてきたので、風邪で寝込んでると言うと、今の台詞と一緒に愛菜さんが自分を抱き締めるような格好でクネクネやり始めたのだ。
それを見た千雨さんが、どストレートに感想を述べるので、空笑いをしつつ席に着こうとしたのだが、そこで珍しく校内放送がかかり、夏目先生がオレを呼び出ししてきた。
な、何か悪いことしたっけ……
元武偵庁の先生ということもあって、しかも担任でもないのに呼び出しを食らったことにこの上ない恐怖がオレを襲い、何故か千雨さんが肩をポンポンと叩いて「ご愁傷さま」とか言うので、余計に怖くなったが、行かなきゃ行かないで死亡の未来しか見えないので、合掌までしてきた千雨さんと涙を流しながらハンカチ片手にヒラヒラさせる愛菜さんに送り出されて、死地――教務科――へと向かったのだった。
その際にクラスの男子から「ざまぁみろ」とか聞こえたが、気にしないことにしよう。
そうしてわずか数分で死地へと辿り着いたオレは、恐る恐る教務科の室内へと入ると、自分の席で半分以上寝てる古館先生の緩みきった顔を見て少し心を落ち着けつつ夏目先生を探すと、夏目先生はオレを見つけるや否や足早に備え付けの個室へと誘導してきたので、それに素直に従って椅子へと腰掛け夏目先生と対面した。
「あの……オレ何かしましたか?」
「ん? いやいや、そういうのじゃないから」
俯き気味にまずはそうやって切り出してみたオレだったが、オレの予想とは違って、夏目先生はそうではないと言いつつ懐から小さな紙切れを取り出してオレへと投げ渡してきたので、それをキャッチして見てみれば、そこにはどこかの部屋番号らしきものと、よくわからない法則性も何もないアルファベットと数字が50以上並んでいた。なんだこれ。
「それ、ミヤのやつの『作業部屋』の暗証番号。使えるのは朝9時まで。アンタ今日はご主人様がいなくてフリーでしょ? ミヤとも交流あるっぽいし、ちょっと頼み事しようと思ってな」
何で幸姉が休んでるの知ってるんだよと思ったが、そういえばオレが登校する前に使用人さんが連絡してたことを思い出して納得しつつ、夏目先生の頼み事とやらについて詳しく話を聞いてみる。
「まぁ、今に始まったことでもないんだけど、ミヤのやつが登校してから作業部屋に閉じ籠って『趣味』をやってるんだよね。それな、そろそろやめとかないと武偵庁からお叱り受けるのよ。主に私が。それは避けたいからアンタからやめるように説得してくれ」
「何で先生が直接行かないんですか? 暗証番号だってあるのに」
「私はこれですぐに手が出るからさ。ミヤには『そういうの』は絶対ダメだから、私は適任じゃないんだよね。アンタはずいぶん甘いって報告があるから、安心かなって思ったわけよ。報酬はちゃんと払うから、やってくれるな?」
夏目先生が行かない理由のほどはよくわからないまでも、要はいま現在に雅さんが行なっている『趣味』とやらをやめさせればいいわけだ。
「夏目先生がオレにできると思って頼んでくれたなら、やってみますけど、失敗したらどうなります?」
「遊姫がそれはそれは『面白い催しの主役』にしてくれるだろうね」
い……嫌だぁぁああああ!!
前にそれらしきものを授業でやらされていた上級生を見たけど、あんな思いをするのは死んでも避けたい! 絶対に失敗は許されない。
目に見えて青ざめたであろうオレを見た夏目先生は、それで席を立ってオレの肩に手を置いて「頑張れ少年」と言ってから個室を出ていってしまった。
もはやあとに退けなくなったオレは、背水の陣で今回のミッションへと臨み、授業などお構いなしでメモにあった部屋がある情報科の区域へと踏み込んでまっすぐ目的の作業部屋とやらに到着。
部屋の名称プレートを見れば『コンピュータ室』とあり、普段なら生徒が自由に使える部屋だろうことはうかがえたが、大事なデータもあるということで結構な電子ロックが設置されている。
とりあえず時間はもうすぐ9時になってしまうため、渡された暗証番号が無駄になる前にさっさと入力を開始。
無駄に多いというか、多すぎるくらいの桁数に手間取りながらも、9時ギリギリで解錠に成功し重々しい扉を開くと、中は窓など一切ない空間で、その空間内に可能な限りのパソコンやらの電子機器が備え付けられていた。
その代わりなのか、換気と冷暖房設備はしっかりとしていたが、雅さんがいるはずなのに電灯が点いていなく、薄暗い空間にチカチカと浮かぶ光源が目立ち、居場所に関しては1発でわかった。
オートロックなのか、扉は締め切ると同時に施錠がされてしまい、開け方もいまいちよくわからないため雅さんの元へと歩いて近づいてみれば、その雅さんは『コ』の字型に並んだ机に置かれた3台のパソコンを同時に起動して非常に楽しそうに回転椅子を動かしながらに3つのキーボードを休みなく叩き続けていた。これが趣味?
「おはようございます、雅さん」
「んー? おお! 京くんじゃーあーりませんかー! いらっしゃーい!」
よほど集中していたのか、オレに声をかけられるまで存在に気付かなかったらしい雅さんは、そこで1度手を止めて非常にハイテンションな挨拶を返してきた。
朝のテンションじゃない。古館先生にその元気を分けてやってほしいくらいだ。朝限定で。
「ミッちゃんからの刺客やね。今までで一番手強いの送ってきてくれたで、ミッちゃん」
「ああ……今までにもあったんですね……まぁそういうわけなんで、やめてくださると助かるんですけど、無理ですか?」
「京くん。その言葉はな、京くんにとって『ねっちんの護衛をやめてください』って言われるのと同じくらいのレベルやで!」
そんな屁理屈を言った雅さんは、机越しのオレにズビシッ! と小さな手で指差してきた。
やめる気は毛頭ないらしいが、それはそれでこっちが非常に困るので、オレも食い下がる。
というか背水の陣で臨んでるんだから、最初から退路はない。
「そういえば今日はねっちんが休みなんやってね。だから京くんもここに来れてるってわけやろうけど」
「どこからそんな情報を……」
「教務科の情報は私には筒抜けなんやでぇ。データ情報に限ってやけどな」
なんか誇らしげに胸を張って言う雅さんだったが、要は教務科の情報を盗み見てるってことなんだろうな。バレたらどうなるやら。
「そういえば雅さんが夏目先生にやめるように言われることって、何なんですか?」
雅さんの犯罪スレスレ――アウトな気もするが――の行動にはツッコまない方向で流しつつも、やはり雅さんが趣味と言うものの正体が気になったオレが特にためらいなく尋ねてみると、雅さんはにっこり笑顔でオレを手招きしてきたので、それに従うように机を回り込んで近くへと寄ってみれば、机の下にはレジ袋にびっしり入った板チョコが2袋もあり、それに少し驚きつつも促されるままパソコンに映される画面を見てみた。
そこにはアニメチックな遊園地の入場口を正面から映したような映像があって、遊園地の看板には『武偵庁セキュリティーランド』などと可愛らしいカラフルなフォントで書かれていた。
よく見れば同時に起動させている両隣のパソコンは、真ん中の映像の延長で左右を映しているようだった。
「…………何ですか? これ?」
「京くんは機械はダメなんやったっけ。簡単に言えば武偵庁のセキュリティーシステム。その入り口で止まっとる状態やね。ホンマはもっとつまらんウインドウで表示されるんやけど、ちょっと自作でソフトを組み込んで可愛くしてみてん」
ウキウキしながらオレに説明をする雅さんは、無邪気全開といった感じでその目を輝かせていた。
「これからこの中に入るわけなんやけど、中にはファイアウォールっちゅう防壁システムがあんねんな。それが警備員っぽいグラフィックで映るんやけど、それをうまーく見つからんよう進んで、先に見えるお城。この場合やと武偵庁のメインサーバーまで行くっちゅうわけ」
「それって……クラッキングってやつなんじゃ……」
「京くんや。私は別にファイアウォールを強行突破して行こう言うてへんねやで? 京くんで例えたら、痕跡残さんでただ建物の中に入って出てくるっちゅう感じや。言うてもクラッキング寄りのハッキングやから、全否定もせんけどな」
にゃはは。
自分で言って笑ってしまった雅さんだが、確かにこれは夏目先生も止めるよな。
これを『趣味』と称してやられては武偵庁もたまったものではないだろう。
だがこれを今まで何度もやっていて、夏目先生の今朝の言葉を解釈するなら、この趣味自体はまだ武偵庁にバレていないということになる。
それはもう凄いとかのレベルじゃなく、単純に怖い話だ。
一体雅さんはどれほどの実力を持ってるというのか。その底が全く見えない。
「さーて、それじゃ始めんで!」
オレが雅さんの実力に改めて驚いていると、懐からテレビゲームのコントローラのようなものを取り出して、履いていた靴を脱ぎ捨て椅子の上であぐらをかいて座り直した。
だからダメなんですって!
と、オレが少し強引にでも雅さんを止めようとしたところで、ふと夏目先生の言葉を思い出して踏み留まる。
確か、物理的な手段でやめさせるのはダメだって話だったか。
それでギリギリのところで交渉に切り替えたオレだったが、雅さんはオレの声に全く反応しなくなってしまって――というかいつの間にかヘッドホンを装着していた――いて、ただ一心に手に持つコントローラを操作しながら、パソコンの画面に映る映像に集中していた。
試しにパソコンの画面を遮るように視界に手を割り込ませてフリフリ振ってみたが、意に介さず。
それならとヘッドホンを取って目隠しをしてみたら、1秒とせずに後頭部による頭突きを鼻に受けてしまい後ろをのたうち回る結果になってしまった。
あれ? 物理的なのダメなんじゃ……と思ったら、その雅さんは後頭部が痛むのか、右手で擦りながらも再びヘッドホンを装着して趣味へと戻っていった。
雅さんに物理的な手段がダメなら、パソコンの電源を落としてしまおうかと考えて電源コードに手をかけたオレだったが、それもまた直前で踏み留まる。
何故なら、いま雅さんがやっているのは、ずいぶん可愛い画面だが、武偵庁のシステムへの不正侵入。
そんなことをやっている最中に電源を落としたら、どうなる。
最悪、雅さんがやってることがバレて、夏目先生がとばっちりを受ける。
つまりオレの死刑が決定する。やべぇ……
ということで雅さんに下手に途中でやめさせることもできなくなってしまったので、少し無駄とはわかりつつも対話を試み続けながらに、雅さん作の遊園地っぽい映像を見ていた。
見ていた限りでは、どうやら雅さんに激似の3頭身キャラを操作して街のような造りの内部を警備員や監視カメラなどに見つからないように進んでいくゲーム形式みたいで、おそらくこれを本来の形で出力すれば、オレが何をやってるのかすらわからない内容だったに違いない。
そんな雅さんの趣味が始まって数十分。
その間、ほっぺを引っ張ってみたり、脇をくすぐったりしてみたのだが、微動だにしなくて少し驚いた。
というよりも、趣味に集中してる時の雅さんは周りが気にならないを通り越して、完全に別世界にでもいるような感じさえした。
一言も発することなく手に持つコントローラを操作する雅さんを見てると、段々邪魔する気も失せてしまい、オレは一旦考えるのをやめて雅さんの行なっている行為を観察してみた。
画面に時折顔を見せるガードマンの格好をした男やドーベルマンなどを、視界や壁の死角を利用して避けていく。
見ている限りでは、進めるルート自体が1つ2つ程度しかなく、動くタイミングを少しでも誤ると見つかってしまうほどに難易度は難しい。
よく考えてみれば、武偵庁の防壁システムをすり抜けているということなのだから、本来なら『抜け道がある』こと自体がおかしいのだ。
だからこのゲーム形式の侵入方法だって攻略不可能と考えて当然。
それなのに雅さんは、かのナポレオンの言葉、『我輩の辞書に不可能という文字はない』を体現するかのように、少しずつではあるが確実に奥へ奥へと進んでいった。凄すぎる……
気付けばオレは雅さんを止めることなど考えずに、ヒヤヒヤする場面がいくつもありながらも、ミスなく進んでいくことにある種の感動を覚えていた。
開始からどのくらい経ったかを確認すらしてなかったオレは、画面内で完全な死角か何かなのか、キャラの操作を1度やめてヘッドホンを外しコントローラを机に置き大きく上に伸びをした雅さんを見て、初めて時間を確認。
なんと開始から1時間半も経っていた。そんなに経ってたのか。
「んんー…………チョコォオ!!」
ビクッ!
オレが部屋の時計へと視線を向けていた時に、突如として雅さんがそう叫んだため、癖で思わず懐のクナイに手が伸びてしまうが、すぐに手を離した。チョコ?
叫んだあと雅さんは足元に置いてあった袋詰めの板チョコを持ち上げて机の上に置くと、その中から板チョコを1枚取り出してかなりのスピードでガツガツと食べ始めてしまう。
「
「い、いえ……」
リスのように両頬が膨らんでしまうくらいにチョコを含んだ雅さんは、ちょっと引くくらいのペースで次々と板チョコを開けては食べ、開けては食べを繰り返していく。どんだけ食べるんですか。
そんな食事タイムが数分間続き、袋から板チョコが完全になくなったところで、ようやくその手が止まり、最後の仕上げとでも言うようにミルクココアをグビッと飲んでゲップを1つ。汚いですって。
「そんなに甘いものばっかり摂って、糖尿病になりますよ?」
「問題あらへんよ。そのぶん頭は使てるし、これくらい食べな十分な補充ができへんから」
言い終えてから雅さんは、少しだけいつもの明るい雰囲気から、出るはずもない微妙な笑顔を浮かべた。
その言葉の意味がよくわからなかったオレだが、すぐにいつもの調子になった雅さんは、今が休憩時間なのかオレと正面から向き合う形で椅子を回して「何か話そう」みたいな顔でオレを見てきたので、良くも悪くもそれを読み取れてしまったオレは、本来の目的を思い出して、これが最後のチャンスになるだろうと決意して話を切り出した。
「雅さんって、いつからこういうことやってるんですか?」
チャンスではあるが、だからといってただやめるように言ってもさっきの二の舞。
それならと少しアプローチを変えて質問をしてみると、雅さんは近くの椅子に座るように促してきたので、それに従って椅子へと座って雅さんと向き合った。
「京くんも、私が『ちっこい』って思うやろ?」
「え? まぁ、一般平均から見ればとは思いますけど、個人差とか個性とかそんな程度のもの、ではないんですか……」
趣味について問いかけたはずが、いきなり予想もしてなかった質問を返されたため、素直に返してみると、雅さんが先ほどの微妙な笑顔を浮かべたので、何か理由があることを悟ってしまった。
確かに雅さんは16歳で140センチに満たない低身長と体格で、お世辞にも年齢相応の成長具合とは言えない。
「私な、生まれつき他の人よりもエネルギーの吸収率が悪いんよ。生まれた時も未熟児やったって話やし、普通に生活しとったら栄養失調になってまうくらいには深刻な問題やねん。やから体も大きなってくれんで、この歳になってもこの有り様っちゅうわけ。骨も弱くて、激しい運動とか衝撃ですぐひび入ったり折れたりしてな。みんなみたいに飛んだり跳ねたり出来んで、いつの間にか外で遊ばんようになっててん」
雅さんが話す内容は、とても重い。
しかしそれは前置きとばかりに、いつもと同じ笑顔を作った雅さんは、近くに置いていたいつも持ち歩いているノートパソコンを取り出してその小さな体で抱くようにして持つ。
「そんな時にこれをくれんたんが、ミッちゃんやねん。その当時はミッちゃんもピッチピチの女子高生やったんやけど……あ、ちなみに東京武偵高のOGやで。従姉妹やから、親に元気ない私の状況聞いとったみたいで、何もできんと思ってた私のところにいきなり現れて、これを渡してきてな、『この中でならミヤにもできることがたくさんある』って。そう言われたんよ。わざわざ東京から京都までそれだけのために学校休んで来てくれてな。その翌日にはさっさと帰ってしもたんやけど、その日はずっとこれの使い方頭に叩き込んでくれてん。それがめっちゃ嬉しくてな、ミッちゃんが帰るのを最後まで嫌がってたんは今でも憶えとる。ミッちゃんがおらんかったら、きっと私は今も部屋で閉じ籠って、何もできん情けない人間やって思い続けてたんちゃうかな」
最後の方は照れ臭そうに言っていた雅さんだったが、夏目先生がそんな優しい一面を持っていたことと、あの言葉の意味を理解したオレは、少しだけ、夏目先生の認識を改めざるを得なかった。
夏目先生が物理的な手段でやめさせるのを嫌がったのは、体の弱い雅さんに怪我を負わせたくなかったからだろう。
「まぁ、ここまでが前置きやね。京くんの質問への答えとしては、それ以降、どっぷりコンピュータ技術にハマってもうて、とどめを刺したんは眞弓や。学校で体育の授業を見学しとった私に近付いてきた眞弓がな、『ウチ、この前のテストの結果が不安でしてな。ちょっと学校のサーバー覗いたりできまへんか?』って、アホなこと言うてきてな。渋る私に『そうですの。できまへんのやね。それは残念どす』って言うもんやから、私もムキになってやってもうたんよ。そっからはもう、眞弓と悪い意味でつるむようになって、小学生のイタズラで済まんようなことたくさんやってん。あの頃は楽しかったで」
つまり雅さんのこれは小学生の時から始まってたってことか……
というか、小学生が学校のサーバーを覗くとか飛び抜けてるとしか思えない。
まさか夏目先生もここまでやっちゃう人になるとは当時思いもしなかったんだろうな。
「武偵庁のメインサーバーへの侵入は中1の時に初めてやってん。そん時はミッちゃんが武偵庁におったんやけど、誰にもバレてへんと思ったらミッちゃんにだけはバレとって、『黙っておくから2度とやるな』って釘刺されたんやけど、翌年にミッちゃん武偵庁からここに働き口変えたんで、4ヶ月に1回くらいの頻度でまたやっとんねんな」
「他にいくらでも雅さんの技術を生かせることはあるでしょうに、何でわざわざ危険なところに不法侵入するんですか……」
「フッフッフッ。これは『遊び』なのだよ、ワトソン君」
誰がワトソンですか。
そんな顔で雅さんを見てみれば、その雅さんは自慢気な顔へと変わってまたヘッドホンを装着して趣味を再開させようとする。
「あの、雅さん。どうして武偵庁なんですか?」
「京くんや。ゲームでもあるやろ? 全クリ、フルコンプとかやってもうてやることないってなってから、自分に縛りを加えて難易度上げるってやつ。私にとってそれとおんなじやねん」
この人にとって、武偵庁のメインサーバーへの侵入すら『遊び』にしかならないという。
それは間違いなく武偵ランク的にはSを獲得できるレベル。
それがどうしてBランク止まりなのか、おそらくはこういった趣味にほとんど能力を使っているからと、夏目先生に公表できないような何かをさせられているからと予想できる。
そもそもとして、悪いことをしてる感覚のない雅さんに正論を説いたところで、首を傾げられてしまう。なら、どうするか。
「…………あの、雅さん。この趣味をやめられないっていうなら、夏目先生とかに文句を言われないようにしちゃう手はないですかね?」
「……例えばどないな?」
「えー……武偵庁に侵入して『侵入できちゃってますよー』ってあえて知らせてセキュリティーの強化を促す、とか」
「…………京くんは天才やな。お姉さん思わず戦慄したで」
苦し紛れに言ったことに質問を返され、意外とテキトーに言ってみたことに対して、雅さんは本当に驚愕したような劇画風の表情をして固まったのだった。
「ふーん……で? ミヤの趣味は武偵庁にも黙認されたから、ミヤの趣味はやめさせる必要がなくなった、と?」
「…………はい」
と言うわけで、あのあと本当に武偵庁のメインサーバーまで侵入した雅さんは、『京都武偵高情報科所属の宮下雅参上! お前たちのセキュリティーには抜け道があるぞ! 次は私が侵入できないように強化しておくのだな!』などというメッセージを残して生還し、またたくさんのチョコでオレと一緒に祝杯をあげ、それから夏目先生のところへ雅さんと一緒に行けば、武偵庁から直に連絡がいったらしい夏目先生に個室にて報告。
あの話のあとだけど、やっぱり怖いわこの人。視線で人を殺せる。
「…………まぁ、ミヤの武偵ランクが今後B以上にはならないって条件付きでセキュリティー強化に極秘で協力することを認めるってお上からのお達しだ。今回はこれで一件落着としとくが、ミヤ、あんまり私を心配させないでくれ」
「ミッちゃんに迷惑はかけんつもりや。これまでも、これからも。だから安心しや」
「……お前にそれを渡したのは失敗だったかな。私の想像以上の問題児になってしまった……」
「ミッちゃんの従姉妹やからね。やんちゃなところもミッちゃん譲りってことや」
それで最後に「なんだと?」と言いながらに雅さんの頭をわしゃわしゃとした夏目先生。
そんな2人の顔には笑顔があって、そんな笑顔に釣られて、オレも少しだけ笑みがこぼれたのだった。