「これは予想以上に深刻どすなぁ」
「日本3景に悪影響を及ぼすとか、日本人としてやめてほしいわ……」
ゴールデンウィーク最終日。
本来なら愛菜さんと千雨さんと一緒に新作映画を観に行っていたはずだったオレと幸姉は、現在京都府の北部。丹後半島を望め、日本3景に数えられる『天橋立』があり、夏には海水浴場の開放と相まって人と観光客で賑わう宮津市に来ていた。
しかしこの場に愛菜さんと千雨さんの姿はなく、一緒に同行していた――オレと幸姉が同行しているが正しい――のは、今や京都武偵高の2年主席と呼び声高い眞弓さんと、ここまで来るために車の運転を務めてくれた早紀さんに、情報担当の雅さん。
今はその日本3景、天橋立を東洋龍――蛇のような龍――と見立てた『飛龍観』として呼ばれ望める文珠山のふもとの天橋立ビューランドへとモノレールに乗ってやってきたところ。
それでゴールデンウィークということもあって、天橋立を見る観光客で賑わいを見せているはずだったここへ来てみての言葉が、先ほどの眞弓さんと幸姉のもの。
2人がそんな感想を漏らすように、現在この場にいるのはオレ達のみ。観光客どころか、地元民っぽい人すらいない。
別に臨時休業がされているわけでも、天橋立の人気が急降下したわけでもない。
この現象の原因の排除が、今回オレ達が宮津市を訪れた理由ということだ。
「ほなら、京都の未来と平和のために働きましょか。雅、下調べは終わってますやろね?」
「問題あらへんで。あとはさっちんと京くんと下見して調整やね」
「それじゃあ私と眞弓はその間に着替えておきましょ」
天橋立ビューランドの現状を確認したオレ達は、それで事前に打ち合わせていた通りに行動するため、またモノレールに乗って降りると、一旦眞弓さんと幸姉とは別行動で2手に分かれてそれぞれで準備をしに移動開始。
オレは本来なら幸姉についていなきゃいけないのだが、眞弓さんに「小1時間程度なら、ウチでもボディーガードはできますえ?」などと言われてしまって、幸姉にも「大丈夫よ」と言われてしまえば渋々である。
今回オレ達が宮津市でやる依頼は『強盗犯の逮捕』である。
ゴールデンウィークに突入して、観光客を狙った強盗犯が出没。
しかし被害者の誰1人としてその姿を見ていないという不可思議な事件にして、声も変声器か何かで変えていることから、捜査が難航。
さらに警察が動いているにも関わらず、被害者は増えていくという事態で、観光客も強盗犯を恐れていなくなり、地元民すら外出を控えるという最悪な事態へと発展。
このまま犯人逮捕に至らなければ、夏の海開きなどにも影響を及ぼすとして、なりふり構わずに京都武偵高に依頼が舞い込んできたということわけだ。
当初はもっと大人数での捜査を想定していた教師陣だったが、眞弓さんが「ウチに任せてください」と進言したことで今に至っている。
実際、いま宮津市に来ているのは、オレ達だけ。愛菜さんと千雨さんも来ると言い張ったのだが、とある理由によって眞弓さんが一蹴している。
今頃は2人で自棄ポップコーンを食べながら映画でも観ていることだろう。
そんなわけで事件解決のために早紀さんと雅さんと行動していったオレは、今回の事件をまとめた資料で、そこから雅さんが物凄く要点を絞った部分を思い出しながら車で移動しながら現地の下見を完了させていく。
ここら辺の土地勘はないからな。いざという時に迷ったりは絶対に避けたい。
「そんで、今回の犯人はどないなトリックを使うてるんや? ミヤもマユもなんや見当ついとるように思うんやけど」
移動中、運転をしていた早紀さんは、オレの隣でノートパソコンを操作する雅さんに視線を向けずに質問。
オレも気になったので、耳だけそちらに集中していく。
「んー、どないなトリックかはわからへんけど、3ヶ月前に福岡で似たような事件が数件、3日くらい続いたことがあってん。そこんとこの資料も引っ張ってきて分析してみたんが、ここに来るまでに見てもらった資料なんやけど、完全に一致しとる項目があるやろ?」
「要点を絞ったこれですよね。『観光客のみを狙う』『犯行は晴れの日の日中に限られる』『誰も犯人の姿を見ていない』」
「夜の方が人目も避けやすいのに、何でわざわざ晴れとる日の真っ昼間に犯行に及ぶんやろな。姿を隠すトリックがそこにあるっちゅうことなんかな?」
「さっちんわかっとるやんか。眞弓も私も同じ見解や。ひょっとしたら『ねっちんと同類』の犯行やないかっちゅうのが、大方の予想やね」
幸姉と同類。つまりは犯人が『超能力』を持っている可能性があるということ。
確かにそう考えれば、目撃者がいないことへの説明も納得がいく。
しかしあくまで予測。そういった可能性を考慮した上で動くというのが、眞弓さんと雅さんの考えなのだろう。
「それよりも、今回の作戦で犯人が現れる可能性の方が重要じゃないですか?」
「京くんもまだまだ甘いで。資料から読み取れる情報だけでも、犯人の性格を分析できんねんで。それを考慮した上で可能性の高い作戦を実行する。眞弓も私も勝算なしで動いたりせぇへんっちゅうこっちゃ」
続けて今回立案された作戦で犯人が姿を現す可能性についてを問えば、これも全く問題ないと豪語する雅さん。
「プロファイリングってやつですか。雅さんがそう言うなら信頼はしますけど、犯人の性格っていうのは、どんな感じですか?」
「まぁ、簡単に言えば相当な自信家。警察の目もお構いなしに犯行を継続しとるし、犯行当時は別に人目のない場所に誘導してといったこともせんで、白昼堂々背後から拳銃らしきものを突きつけて財布を出すよう恐喝して奪っとる。ただ、知能犯である反面、犯人は非力である可能性が高いねんな。やから、思わぬ反撃を恐れてかは知らんけど、被害者はみんな女性。観光客を狙うんは、資金面で余裕のある人が多いからやろう。狙う相手が明確なだけに、今回の作戦は勝算あんねんな。警察にも捜査体制は変えんよう言うてあるし、怪しまれん1回目だけがチャンスや。京くんもさっちんも頼りにしてんで」
そうやって話したあと、雅さんはまたノートパソコンと向き合って何かの作業を再開していき、早紀さんも「任せとき」と一言返してから運転に集中。
オレも一言「はい」と返してから、自分がやるべきことへと集中していった。
幸姉達と別行動を始めて約1時間。
作戦のための下準備を完了させて集合場所となる天橋立駅へと到着したオレ達は、先に待っていた幸姉達と無事に合流を果たして、各々のやるべきことの最終確認を始める。
眞弓さんと幸姉は、この1時間で武偵高のセーラー服から、華やかな明るい色を基調にした服装へと着替えていて、眞弓さんはボーイッシュなパンツと上着でまとめた感じで、その手にいつもある鋼鉄製の扇子はなく、左肩から小さめなバッグを提げていた。
幸姉はその長い髪を後ろで2つに分けてまとめて下ろし、普段はほとんど着ることのないワンピースにシャツを羽織る清楚系な服装で、眞弓さんとは違って女性らしさを前面に出した感じだった。
「雅、どこで仕掛けられても対応できますやろね?」
「問題あらへんで」
「京夜はんも、すぐにヘルプに来れますか?」
「大丈夫です」
「早紀はんも、場合によっては援護頼んますえ?」
「任せとき」
「眞弓も、京都弁」
「あら、これはうっかりしとりましたわ。では……これで良いかな、幸音?」
「……なんか凄い違和感」
べちんッ!
1人ずつ確認を取っていた眞弓さんは、最後に幸姉に言葉遣いを注意されて直してみれば、失礼極まりない返事を聞いて幸姉の両頬を挟み込むように平手打ち。
今回オレ達が行う作戦は、『誘い込み』。
要するにおとり捜査だが、犯人は女性の観光客を狙うということもあり、眞弓さんと幸姉がおとりとして動くことが決定。
しかし、元々標準語の幸姉はともかく、普段はバリバリコッテコテの京都弁である眞弓さんでは、観光客として見られない可能性があるので、こうして標準語に直していたのだが、幸姉が言うように普段が普段なので、標準語の眞弓さんというのは物凄く違和感を感じてしまう。
それでこのおとり捜査で、なぜ愛菜さんと千雨さんが弾き出されたかと言うと、愛菜さんは見た目だけであれば、まんま外国人であるために、言葉が通じないと思われるかもしれないからで、千雨さんは眞弓さんの見立てで『10代後半以上の年齢に見えないから』という理由。
それ以外の役回りでもオレと雅さんと早紀さんで事足りてしまうからもあるが、何より2人とも、あまりにも『標準語を使えない』せいが最も大きな理由だった。あれは酷かった。
そんな出来事を思い出しつつ、各々で配置につく最後の準備としてイヤホンとマイクを配り装着――幸姉と眞弓さんは不自然な会話を避けるためにイヤホンはなし――し、朝の10時25分から作戦が開始された。
まずは被害者が全員、飛龍観で天橋立を望める天橋立ビューランドに足を運んでいることから、犯人が天橋立ビューランドの周辺でターゲットを決めていると予測して、幸姉と眞弓さんは再びロープウェイで天橋立ビューランドへと行き、1時間程度で戻ってくると、とても仲良さげに観光客らしい話をしながら徒歩での移動を始める。
その周辺を、オレが常に一定距離で監視。早紀さんと雅さんは車を使って別ルートで2人の動きを見てくれていた。
犯人をこの段階で誘い出せているかどうかはわからないが、そうなってると信じて行動していたオレ達は、ちょうど昼時となったところでオープンテラスのあるカフェで休憩を始めた幸姉と眞弓さんの周辺警戒をしつつ、持っていた軽食を口につけ始めた。
その間、雅さんも早紀さんも何も喋らないため、イヤホンからは幸姉と眞弓さんの上っ面だけの観光話だけが聞こえ、それに飽き飽きしてきたのか、幸姉と眞弓さんも食事をとって会話が少なくなったところで雅さんが「京くん、なんか話してや」と無茶振りをしてくる。
そういうの苦手なんですよオレ……
「じゃあ、雅さんが受けて難しかった依頼ベスト3を教えてください」
『そんなん話しても盛り上がらんて』
「そんなこと言われてもですね……あ、早紀さんって、髪を染めてますよね? 今は車輌科なのに、染め続ける理由ってなんなんですか?」
『そんな大層な理由はあらへんで?』
雅さんは暇を嫌う傾向にあるため、どうしても会話は必要と思って、ふと早紀さんに対して疑問が沸いて質問をしてみれば、その早紀さんはそんな前置きをして話をしてくれた。
『京はこの髪を「狙撃手とひと目でわかるように染めてる」ことをわかっとって言うてんのやろ? なら答えは簡単や。私が今も狙撃手として扱ってもらいたいからやねん』
武偵は、その専門がひと目で識別できるように髪を染めることがよくある。
狙撃手の場合は青みがかった色に染めるのだが、今の早紀さんは車輌科。
その点だけ見れば、今も髪を水色に染める必要はない。
それでも早紀さんが今も髪を染める理由はシンプルではあったが、少し疑問もあった。
「だったらわざわざ狙撃科のない京都武偵高に来なくても、中等部からそのまま大阪武偵高に行けば良かったんじゃ……」
『それも考えたんやけどな。実家は京都やし、仲の良いアイやチィ、ミヤが揃ってこっちに行くゆうから、私もって……他にも大阪のやつらと馬が合わんっちゅうこともあったけど、それはアイとチィが一番に挙げる理由かもしれんな』
イヤホン越しに聞こえる早紀さんの声は、若干笑っている感じだったが、どうにも今の理由は早紀さんがこっちへ来た一番の理由ではないようだった。
確かに仲の良い人と一緒の学校に通い、仲の悪い人と離れたいと思うのはよくあることだろうが、武偵である以上、そんな理由で進む道を決めてはならない。他人のことは言えないが。
『京くん、さっちんの狙撃は凄いやろ?』
早紀さんの話の後、少し沈黙すると突然雅さんがそんな当たり前のようなことを言うので、当然と返せる。即答に近かっただろう。
『さっちんの狙撃はな、1人では絶対に出来へんのや』
「えっ? でも今までずっと1人で……」
と、雅さんの言葉に返そうとしたところで、あることに気付いた。
早紀さんが狙撃をする時。少なくともオレが早紀さんの狙撃を見る時は、必ず雅さんがそばにいたのだ。
『狙撃手にはな、観測手っちゅう風向きや風速、距離なんかを計るサポート役がおんねん。さっちんには中等部の2年までちゃんと相棒がおったんやけどな。3年に上がる少し前に持病で先に逝ってもうてん。それからは私がサポートプログラム立ち上げてさっちんの観測手やっとるっちゅうわけ』
『……気にせんでエエよ、京。あの子の最期はちゃんと看取ったし、後悔もあらへん。ただ、あの子以上の相棒が見つからんくて、まともに狙撃ができなってたところで、ミヤが助けてくれてん。やから今の私はミヤがおらんかったら、ただの車輌科の進藤早紀。私は……1人やと何もできんねん……』
いつもは凛々しいと感じる早紀さんの声は、その時だけはとても弱々しくて、らしくなくて、そんな早紀さんに対して、どんな言葉をかけていいのかわからなくなってしまう。
そんなタイミングで良くも悪くも幸姉と眞弓さんが食事を終えて再び移動を再開。
こちらの声はあちらに聞こえていないため、意図としたものではないながら、それによって話もなんとなく流れてしまい、何かモヤモヤとしたものが残しながらも、少し逸れていた集中を作戦へと向けていった。
『止まれ。変なことをしたら撃つ』
ヘリウムガスでも吸ったような、そんな妙な声が聞こえてきたのは、幸姉と眞弓さんが移動を再開して30分ほど経った時だった。
不意に、唐突に、幸姉と眞弓さんのそばに『誰もいない』状態でありながら、2人が持つマイクから、確かにその声は聞こえたのだ。
『んー、確認しづらいんやけど、ネィの背中に見えん何かが押し付けられとる感じの不自然なへこみがあんな』
おそらくは狙撃銃のスコープの倍率を上げて現場の様子をうかがった早紀さんがそんな報告をオレにして来たので、オレも悟られないであろう限界の距離まで接近してから、幸姉と眞弓さんの様子を確認する。
が、やはり幸姉達の周りには誰もいなく、ギラギラと照りつける日射しによってできる影も、幸姉と眞弓さんのだけ。
『2人とも財布を出して振り向かず背中に回せ。そうすれば何もしない』
しかし、やはり声だけはしっかりと聞こえてきて、その光景にオレはどうすればいいのかすぐに思い付かない。
その間に、怪しまれたらダメだと判断する幸姉と眞弓さんが指示通りにバッグからゆっくり財布を取り出していく。
『京、なんか見えんか? 犯人が見えん以上、私が下手に撃って死なせるわけにもいかんで』
「そう言われても……オレの目からも犯人の姿は影も形も……」
と、早紀さんからの言葉に返そうとしたところで、思い付く。
「……早紀さん、財布を撃ってください。幸姉と眞弓さんが指示通りに背中に回して、犯人の手に渡った瞬間。今の早紀さんの位置なら、幸姉と眞弓さんに被弾させずに出来るはず」
ちょうど今の位置関係は、早紀さんから見れば、右半身を向けた幸姉が手前に来た状態で眞弓さんがその奥で若干見えない感じ。
そして犯人がいると思われるのは幸姉と眞弓さんの背後。
つまり撃とうと思えば犯人だけを撃つことはそれほど難しくない。
しかし犯人の姿が見えないのでは、撃ち損じれば大変なことになる。
だが、犯人が幸姉達から財布を奪う瞬間、そこには必ず犯人の手がある。
たとえ見えなくても、財布を狙って撃てば、犯人の手に当たる可能性は高い。それで指の1、2本が吹き飛んでも、死にはしないはず。
武偵には武偵法というものがあり、国によって内容に違いはあるが、日本は9条において『武偵はその依頼・任務で人を殺めてはならない』という事項がある。
これを破ってしまえば、おそらく一生を高い塀の中で過ごすことになるだろう。
オレの言葉を聞いた早紀さんは、それで大きく息を飲んだような音を出したが、腹を括ったのか、雅さんにサポートを指示。
そして幸姉と眞弓さんが財布を背後へと回したところで、予想していなかった事態が発生。
背中に回された財布が、いきなりその姿を消したのだ。前触れもなく、そこから消えてしまった。
それには目の前で見ていたオレも、スコープから覗いていた早紀さんも驚き行動がキャンセルされてしまい、その結果チャンスを逃してしまった。
しかし、そこで何かをしてくれるのが、幸姉と眞弓さん。
眞弓さんは財布が自分の手から離れたのを確認したからなのか、財布の受け渡しの隙を突いて、バッグに忍ばせていた扇子を素早く取り出して、幸姉に押し付けられていたらしい拳銃を下から弾き飛ばす。
すると財布と同じようにいきなり空中を舞う黒光りする拳銃が姿を現し、それを幸姉がキャッチし後ろを向いて構える。さすがだ。
だがやはり犯人の姿は見えないため、幸姉も下手に撃てないので、打てる手としてはそこまで。どうする。
『早紀はん、一瞬やけど頼んますえ』
そこでまた行動を見せたのは眞弓さん。
眞弓さんは何を思ったのか、扇子を広げてそのまま上へと放り投げる。
扇子はふわりと宙を舞い、それに何の意味があるのかと思っていると、扇子が作った影。
そこに誰かの左腕と足がそこだけ切り取られたかのように姿を現したのだ。
――カァン!!
その瞬間、その近くのコンクリートに早紀さんの撃った銃弾が当たり跡を残すも、犯人の姿はまた見えなくなってしまう。
だが、見えた。消える前に、犯人の足のズボンに、早紀さんの弾がカスって穴を開けたのを。
そしてわかった。犯人のトリックも。
『京夜はん、頼りにしてますえ』
そうしてオレの考えなどお見通しというように言ってきた眞弓さんに苦笑しつつ、全神経を研ぎ澄ませて周辺をくまなく観察する。
犯人はやはり、超能力者で間違いないだろう。
その能力はおそらく『日光のある場所では姿を見えなく出来る』というもの。
それも自分とそれに直接触れる物が対象。だから盗られた財布も持っていた拳銃も、着ている衣服も見えなかったのだ。
そして今、幸姉達がいる場所から離れようとするなら、どうやっても日陰を通らなければならない。
そこと早紀さんが付けてくれた跡を見逃さなければ、絶対に発見できる!
………………十数秒。景色に変化はなく、まさか死角でもあってそこから逃げられてしまったかと思った時、不意に、景色の中に1人の男の後ろ姿が入り込んできた。
そいつにある程度近付き凝視すれば、その足には早紀さんが付けた跡がくっきり残っていて、位置関係ではまだ早紀さんの射程内。
「早紀さん、幸姉達から80メートルほど奥を離れるように歩く帽子を被った男です」
――ドサッ。
そう、早紀さんに情報を伝えて2秒ほど。
いきなり犯人の右腿に銃弾が撃ち込まれて、それを受けた犯人は力なく地面へと倒れ込んでしまった。
やったのは当然早紀さん。は、速い……
そうなってしまえば、あとは簡単。
まともに動けなくなった犯人をオレ達で逮捕し、眞弓さんが撃たれた箇所の止血をして、連絡を受けた警察に身柄を引き渡して無事に依頼完了。
終わってみれば、本当に警察が手を焼いた犯人だったのかを疑うほどにアッサリと解決したように思えるが、そう思わせるだけの実力を眞弓さん達が見せたということ。
事後処理や何やらを済ませて宮津市を出る頃には、時間も陽が沈みかける夕方となっていて、その帰りの車では、すっかり気を抜いた眞弓さん達――眞弓さんは助手席で幸姉と雅さんがオレの両サイドに座ってる――が熟睡。
起きているのはオレと早紀さんだけになっていた。
「…………京も寝てエエんやで?」
「いえ、今回は疲れるようなこともしてなかったので大丈夫です」
幸姉と雅さんが体重を預けてきて身動きが取れなかったオレに、早紀さんはバックミラーでチラリとこちらを見てそう言ってくれたが、実際オレは今回は何もしてなかったので、そう返すと、また車内は沈黙してなんとも言えない空気が流れる。
「……あの、早紀さん。依頼の時に話してくれたことなんですけど、早紀さんは十分に凄い人だって思います。今日の活躍だって早紀さんの実力ですし、早紀さんがいなかったら取り逃がしていました。だから1人で何も出来ないなんて、そんなことは決してないです」
そんな空気で何も話さない方が苦しかったため、昼の話で返せなかった言葉をいま直接言ってみると、バックミラー越しに早紀さんの少し驚いたような顔が見えた。
「……おおきに。でも、1人で狙撃できんっちゅうのは変えられん事実や。そこは認めなあかんと思うねん」
「たとえそうだとしても、早紀さんに出来ないことは、誰か他に出来る人がやる。それで他の人が出来ないことを早紀さんがやる。そういうのが『チーム』ってものなんじゃないかって、思いますよ」
「……京はたまに大人っぽいこと言うからズルいねんな」
何がズルいんですか。
バックミラーを見なくても早紀さんが笑っているのがわかったオレは、何が面白いのかわからないまま微妙な表情をする。
「……あの子と見とった武偵チームの理想があんねん。どないな理想やと思う?」
「…………世界一の狙撃チーム、とかですか?」
「これ教えんの京だけやで? あの子との理想はな、『どこでも駆けつけて、どんな場所からでも狙撃できる』チームやねん。そのためにあの子も私も車以外の免許たくさん取ってたんや。やからその理想を1人でも形にするんが、今までの私の夢やった」
ちょっと無理あったんやけどな。
と、最後に笑って付け足した早紀さんだったが、それはきっと『新しいチームを作る』ことを望み始めた照れ隠し。
きっと早紀さんはこうも続けたかったのだろう。
――でも、こいつらと一緒なら叶えられるかもしれない――
本当にそうかはわからないが、何か少し雰囲気の変わった早紀さんを見てると、きっとそうだろうと思えるようになり、残りの時間は他愛ない会話をしていったのだった。