「海だー!」
来たる季節は夏。
今年もあの祇園祭の警備依頼を無事にやり遂げて迎えた夏本番の8月。
その頭にオレ達はゴールデンウィークにも訪れた京都府宮津市へと足を運んで、日中の時間で天橋立海水浴場に海水浴をしに来ていた。
例の強盗犯が逮捕されたことで、例年通りの賑わいを見せる海水浴場を見てると、なんだか少しホッとするが、今のオレの状況はホッとしてる場合でもない。
「京ちゃん京ちゃん! 一緒に泳ごうや!」
「ちょっと待ってください愛菜さん。今パラソルとか取り付けてるんですから」
「やかましどすなぁ。やから連れてくるんは反対やったのに……」
「まぁまぁ眞弓。みんなで来た方が楽しいやろで納得したんやから、ここに来てグチグチ言わんといてや」
ビーチへと来てから開口一番に海だー! と叫んでいた愛菜さんは、その抜群のスタイルを見せつけるかのような青色のビキニを身に付けていて、ハイテンションで早速オレと一緒に海へと乗り出そうとするが、場所の確保を優先しなければならないためにやんわり断ってみれば、白のレースタイプの水着に上着を着た眞弓さんが、早速持ってきたベンチを置きつつ座ると、うるさい愛菜さんに文句たらたら。
それを狙ってるのかわからないが、紺色のスクール水着を着た雅さんがなだめていた。
「はいはい、アイは私らと一緒に先に遊んでような。京は設置し終わったら合流しいや」
眞弓さんをなだめる雅さんの横で、その眞弓さんに噛みつきそうになっていた愛菜さんの背中を押してオレにそう言ってきたのは、赤と白のボーダーのビキニを着た早紀さん。
そんな早紀さんにわかりましたと返して、その2人のあとで、水色のビキニを着た幸姉と上下で分かれるフィットネスタイプのグレーの水着を着た千雨さんが一言オレに言ったあと、愛菜さん達を追っていった。
どうしてオレ達が海に遊びに来ているのか。
それは前回のゴールデンウィークでの一件を解決して、今年の来客減少の危機を救った追加報酬ということで、宮津市から1泊2日で各施設利用を完全無料にしてもらったことによる。
もちろん買い物などは別だが、宿泊するホテルの宿泊費、食費に、ここまで来るのにかかる往復費などは宮津市が全て負担してくれるとあっては、行かないわけにはいかないとなり、依頼に関わっていない愛菜さんと千雨さんは自己負担ではあるが、少し強引に同行してきたといういきさつであった。
そんなわけで日中は海水浴へと乗り出して、荷物などを置く場所にシートにパラソル、簡易テーブルを設置し終えると、眞弓さんはパラソルの下で読書を始め、雅さんは何やらノートパソコンを起動してシートへと座ると、怪しい笑い方で何かの作業を始めてしまう。
その2人がとりあえず荷物番をしてくれるということで、オレは約束通り幸姉達と合流を図るために移動を開始したのだが、その幸姉達は何がどうしてそうなったのか、数人の大学生くらいの男を組み伏せて周囲の人達から注目を集めていた。セクハラでもされたのか?
状況はわからないながらに近付いてみれば、オレに気付いた愛菜さんが組み伏していた男から離れてスキップしながら近付いてきた。
「何やってるんですか?」
「一緒に遊ぼうって誘ってきたんやけど、こっちが断ってもしつこくてな。それでキレて乱闘になる前に制圧したわけや」
「これで穏便に済ませたと? 」
「千雨なんてグーで行く手前やったからな」
などと笑って言う愛菜さんだが、完全にオレの方に向いていたために、拘束を解いた男が立ち上がって殴りかかろうとしていたのに気付いていなかった。
なので瞬時に愛菜さんの手を引いて位置を入れ替わると、男の拳を片手で受け止めて踏み込んでいた足を内側へと払って転倒させる。
この人喧嘩したことないタイプだな。
「いくら辱しめを受けたからって、女の人に殴りかかるのはカッコ悪いですよ。たとえこっちが武偵だったとしても、ね」
そこで倒れた男性に対して自分達が武偵だということを教えてあげると、倒れていた男性は途端に血相を変えて拘束されていた他の男性達を連れて逃げるように走り去ってしまった。
「キャー! 京ちゃんおおきにー!」
それを見送っていると、後ろから愛菜さんがのしかかるように抱きついてきてバランスを崩しかけるが、なんとか踏みとどまって支える。
しかし、普段とは違って露出の多い水着のせいで生々しい体温が直接伝わってきて、胸の感触も鮮明に……
と、意識がそちらに向きかけたところで幸姉がジト目でオレを見ていたことに気付き、ちょっと慌てて愛菜さんを引き剥がした。なんか怖いって幸姉……
それで騒ぎの中心だったこともあるのだろうが、海水浴の客から注目を集めていたオレ達……というより愛菜さん達が男性の視線を独占している感じがして、一部の女性からも羨望のような眼差しを向けられていた。
いつも一緒にいるから感覚が麻痺気味になっていたが、愛菜さん達はよく考えなくても美人の部類に入る。
それで強くてカッコ良いが加われば、周りの反応は至極当然と言える。
そんな美人の4人と仲良さげなオレはといえば、お前は何者だ的な視線を一身に浴びつつ、周りの視線などお構いなしの愛菜さん千雨さんと、愛想を振り撒く幸姉と早紀さんに引っ張られる形で海へと突撃していった。
涼むのと適度にはしゃぐのが目的の幸姉と愛菜さんは、始めこそ仲良く水の掛け合いをしていたのだが、なんか知らないうちにエスカレートして2つの巨大な水しぶきを上げるバトルへと発展し、小さな子供も巻き込んでのプチ戦争をしていて、そうなるまでは千雨さんと早紀さんのガチの遠泳勝負を観戦していたオレは、半ば強制的に第3勢力としてプチ戦争に参戦することとなり、どうやって勝敗をつけるのかも不明のままに子供達と一緒にその身を投じていた。
それからしばらくして今度は遠泳勝負から戻ってきた千雨さんと早紀さんに両腕を絡め取られてプチ戦争から脱出すると、勝負に負けたらしい早紀さんを砂埋めにするのを手伝わされ、早紀さんが完全に顔だけを残して砂に埋まったタイミングでツバ広な白い帽子を被った雅さんがノートパソコンを首から提げて近寄ってきて、その画面に表示される画像をオレと千雨さんに見せてきた。
画面の画像にはそれはそれは有名な京都市内にある金閣寺が写っていて、何の意図かをすぐに理解したオレはげんなり。
千雨さんはノリノリでプチ戦争中だった幸姉と愛菜さんを呼び戻して早速4人で作業開始。
要は早紀さんの上に金閣寺を建てようという雅さんの提案である。
監督雅さんの下でああだこうだと作業すること1時間。
あまりにやることがなくて――文字通り手も足も出ないから――途中から寝てしまった早紀さんを他所に完成した砂製の金閣寺は、なんか余計な手を加えようとする幸姉達によって似ても似つかないが、とりあえず形だけは金閣寺な建造物が完成。
その出来映えで幸姉達は年甲斐もなく文句の言い合いを始めて、ここまでの作業行程を見ていた他の海水浴客からは苦笑が上がり、子供達には「なにこれ」と言われる始末となった。
ホントになにこれだよな……作った当人達が本気でそう思うんだから。
「ちょう待てや! 牛はあたしにくれる約束やったやろ早紀!」
「堪忍やチィ。マユが甘やかしたらあかん言うから、あげられへんねん」
「京ちゃーん。優しい京ちゃんやったら、私に1枚恵んでくれるやろ?」
「あきまへんえ京夜はん。自腹で勝手に来てはるくせにお情け貰おうやなんて虫が良すぎます。そないに食べたいなら旅費を上乗せせえ言う話どす」
「「なんやこら線目!!」」
呆れるほどに遊んだ海水浴を終えて、用意してもらっていた旅館へと移動し通された広めの部屋で浴衣へと着替えて夕飯までの時間を潰していると、同じ旅館に宿泊した愛菜さんと千雨さんがお邪魔してきて、そのまま一緒に夕飯を食べることとなり今に至る。
オレ達は市の計らいで夕飯と明日の朝食で最高級メニューを出されるのに対して、普通に泊まった愛菜さんと千雨さんは宿泊費に見合ったメニューとなっていたために、近くで並べられる上等な牛の肉や刺身の盛り合わせなどに目が眩んでオレ達から失敬しようとする2人だったのだが、眞弓さんの手厳しい言葉で喧嘩1歩手前。
「あの、オレ1人じゃ食べきれないですし、せっかくのごちそうを残して下げるのも申し訳ないので、愛菜さんと千雨さんで分けて食べてください」
そんなことで乱闘にでもなられたら堪ったものではないので、先にオレが折れて話を切り出してみると、聞いた愛菜さんと千雨さんはパァッと明るい表情を浮かべて、眞弓さんが呆れ顔を向けてきたが、この場が落ち着けばそれでいい。
そう思って2人に料理を分けようとしたところで、その料理を横から掠め取っていった人物がいて、取られたオレも愛菜さんと千雨さんも同時に横を向けば、そこにはすでに自分の分の料理を8割ほど食べ終えている雅さんが、リスのように頬を膨らませてこちらに笑顔を向けていた。
「ダメやで京くん。男の子ならこんくらい全部食べなあかんて。やないとさっちんみたいにおっきくなれへんで?」
「指標に私を出すなや!」
横取りした料理を飲み込んだ雅さんは、オレにそうやって指摘すると、手本にされた早紀さんがすかさずツッコミ。
前にエネルギーの吸収効率が悪いと聞いていた雅さんだが、それを補うかのような食いっぷりの方がよっぽど手本になる気がする。
「なぁ雅ぃ……食いもんの恨みは恐ろしいって言葉、知らんわけやないやろ?」
「おーおー、まっちゃん顔が怖いで? 眉間にしわ寄せると老けるんやで」
「「じゃかーしぃわコラァ!!」」
そんな能天気な雅さんに対して、あげるはずだった料理を食べられた愛菜さんと千雨さんは激怒。
怒り狂ったように雅さんに飛びかかると、四肢を拘束してからのくすぐり攻撃で拷問を始めてしまい、それを受ける雅さんは色んな意味で死にそうになっていた。
しかし愛菜さんと千雨さんも雅さんの体が弱いことを知っているのか、それ以上のことをしようとしない辺り、十分手加減はしているみたいで、それを我関せずで黙々と食べていたのは眞弓さんと幸姉。
真横で騒がれてる中で無視する神経もなかなか凄い。
そのあともギャアギャアと騒ぎながらも出された料理を完食したオレ達――量的に完食は無理だと思っていた――は、どうやら7時から8時までの1時間だけ大浴場を貸し切りにしてくれたらしい旅館の計らいによって、腹が膨れてすぐにも関わらずみんなで行く話となった。のだが……
「あれやな。貸し切りやったら京ちゃんも一緒でエエんちゃう?」
「そういえば最後に京夜と一緒のお風呂に入ったのは5年くらい前になるわね」
「全員の背中流すくらいすれば、まぁエエんとちゃう」
「私らの貸し切りやのに、アイとチィも一緒の流れかいな」
「みんなで入る方が楽しいやろ。細かいことは気にせんでエエって」
「お風呂くらい静かに入りたいのどすが……露天風呂にはウチ1人で入らせてください」
という訳もわからない全員一致の話がポンポンと勝手に進行し、その流れにこの上ない危機を感じたオレが脱兎のごとく逃げようとしたら、満面の笑みで右腕を幸姉が、左腕を愛菜さんがガッチリホールド。
最後のおまけに両足を千雨さんと早紀さんが持ち上げてしまい、完全に地に足がつかない状態となったオレはそのまま4人に連行され、雅さんには「わっしょい」などと言われながら眞弓さんも止めもせずにいつもの笑顔でついてきたのだった。
大浴場を目前に控えていよいよ本気でヤバイと感じてから全力で4人の拘束を振りほどいて逃走に成功したオレは「もう、恥ずかしがり屋なんやから」という愛菜さん達の嘘のような本当の台詞を聞きつつもその場を離脱し、意外にも追っては来なかったことに警戒をしつつも戻って、ちゃんと女湯にみんなが入っていることを確かめて――衣類の有無を確かめただけ――から男湯へとサッと入り、独占状態など味わうこともなくパッパと体を洗って露天風呂へと足を運んだ。
「なんやかんやちゃんと湯に浸かりに来るのはエエことどすえ」
それでいざ露天風呂へと入ってみれば、オレの気配でも察したのか、隔たれた壁の向こうから眞弓さんの声が聞こえてきた。
「あの……眞弓さん1人、ですよね?」
「そうどすけど、雅達も呼んでほしいんどすか?」
「それはちょっと……」
と、壁越しに言ってみれば、眞弓さんのクスクスと笑う声が聞こえてきて、自分がからかわれたことを理解する。
やっぱり苦手だなぁ、眞弓さん。
「そや。せっかくの2人きりどす。ゆっくり話でもしましょか」
からかう笑いをやめた眞弓さんは、それで何を思ったのか唐突にそんな提案をしてきて、何か裏があるんじゃないかと勘ぐってしまったが、続けて「なんも企んでまへんえ」と読心術を発動されてしまえば何も言えない。
「京夜はんは幸音はんと一緒で、武偵高を卒業してからは武偵を続けへんのどすやろ?」
「そうですね。幸姉が何事もなく家の跡取りとなれば、オレもお付きとしてSPのような立場になりますから」
「残念どすなぁ。幸音はんも伸び代ありそうやと思っとったのどすが……」
それで眞弓さんはうんうん唸るような微妙な声を出しつつ、また言葉を紡ぐ。
「せやけど、そないな決定事項がある中で何で幸音はんはあないに……」
「幸姉がどうかしたんですか?」
「うーん……憶測の域を出ぇへん事は口にしまへん。ただ、京夜はんは幸音はんに信頼を置いとるようどすが、他人の心の内なんて本人以外にはわかりまへん。まだ京夜はんは『子供』やからそれでエエかもしれまへんが、誰かに依存した生き方は、その人に裏切られた時が一番堪えます。頭の片隅にでも留めておくとエエどすえ」
いつも人とは違うものの見え方がしているような眞弓さんは、そうやって助言をしてくれたのだが、今のオレには一体なにが見えてしてくれた助言なのかがわからず返事に困ってしまったのだが、
「そうそう。なんや5人の気配が浴場から消えとるのどすが、そっちに行ってたりしまへんか?」
次にはそんな不吉な言葉を含み笑いで紡いだので、オレは慌てて露天風呂の出入り口付近に身を隠して、そこから勢いよく出てきた愛菜さん達をやり過ごして入れ替わるように浴場へと入り脱出したのだった。あ、危なかった……
「京ちゃんの隣は私ー!」
「反対側は当然私ね」
「いや、最初から争う気ないっちゅう話やから」
風呂から上がってから、備え付けのゲームコーナーやおみやげコーナーで時間を使って、9時を少し回った辺りで部屋へと戻れば、部屋には1列に5人分の布団が敷かれていて、何故かわからないが愛菜さんと千雨さんがここで寝る流れとなって、眞弓さんは寝る布団を決める段階で愛菜さん達の部屋で寝るとさっさと消え、雅さんは小柄な体格を生かして早紀さんの布団に潜り込むという芸当を披露。
その横では愛菜さんと幸姉がオレの両隣を占拠――オレの布団は勝手に決まった――し、2人の言葉を聞いた千雨さんは、どうでもいいとばかりに一番端の布団にさっさと潜ってしまい、競う相手がいなくなった2人はまず枕をオレの枕へと近付けて、ほとんどオレの布団に侵食した状態で寝転び人1人入る程度の隙間を作ってオレにそこへ寝るように言ってきた。
いや、そんな状態で寝ようと思えないんですけど。というか寝れるわけがない。
そのあと明らかにオレが困り果ててるのを見かねて、千雨さんと早紀さんがオレの両隣を無理矢理占拠することで場を収めてくれたのだが、このまま黙ってる2人ではないことをオレは知っていたので、とりあえず消灯してから様子見を始める。
消灯とほぼ同時に寝た千雨さんの奥で、まずは愛菜さんが行動開始。
モソモソと布団の中を移動して後ろへと下がり、そこから千雨さんを回って来ようという魂胆なのだろうが、
「愛菜さん、何してるんですか」
「私、寝相悪いねんなぁ。自分でも気付かんうちに隣の隣の布団に潜り込んでまうことがあんねん」
「起きてる時に動くのは寝相じゃないですからね」
と、愛菜さんに牽制を入れていると、今度は反対側からシュバッ! と俊敏な動きで早紀さんと雅さんを飛び越えようとしていた幸姉に視線を送ると、幸姉はそのまま自分の布団へと戻っていった。黙って寝てくれないものか……
そんなやり取りを数回やっていたら、愛菜さんは本当に寝てしまった――寝る前にグチグチ何か言っていた――らしく、静かな寝息も聞こえてきてようやく1人落ち着いたと思えば、もう1人も最初からノリで付き合っていた節があって、愛菜さんが寝ると幸姉もピタリと行動を停止。
オレと目が合うとペロッと舌を出して布団に顔を隠してしまい、オレも苦笑しつつも少しずつ警戒を解きながら眠りに就いていった。
ザワッと、何かを感じ取って閉じかけていた意識を覚醒させて起きたオレは、すぐに時間を確認すると、まだ消灯から2時間と少しほどしか経っていないことを知る。
いつの間にか足元付近にまで接近していた愛菜さんにギョッとするが、意識は完全に無いようだったのでその執念に呆れつつ体を起こして周りを見てみると、幸姉の姿が見当たらなかった。
トイレかなと思ってみるが、明かりも点いていないため違うことがわかり、心配しすぎと思いつつも幸姉を探しに部屋を出た。
闇雲に動くのも行き違いを起こす可能性があるため、廊下を歩いていた仲居さんに聞いたところによると、どうやら幸姉らしき人物が旅館を出るところを見たと言うので、その通りに旅館を出てみれば、幸姉は旅館の近くに備えられたベンチに座って夜風に当たりながら星を眺めていた。
その姿にほっとしたオレは、静かに幸姉へと近付いてその隣に腰を下ろすと、オレに気付いていた幸姉は、こちらを見ずに口を開いた。
「心配させちゃった?」
「少しだけ」
「すぐ戻るつもりだったんだけど、それより早く気付かれちゃった。さすが京夜だね」
「たまたま目が冴えただけだよ。オレも気を抜きすぎてたかな」
「息抜きで来てるんだし、休める時に休むのも大事よ」
そう言った幸姉はオレに向けて優しい笑顔を見せてから、その顔を夜空の星へと向き直って、そのまままた話をしてきた。
「京夜はさ、自分の限界って見えたことがある? 能力的なのとか、才能とかそんな感じの」
「んー、どうだろ。オレ自身がその段階に至るまで踏み込んでないってだけかもしれないけど、壁っていうのにはぶち当たった感覚はない、かな」
「……やっぱり京夜は優秀だね。まぁ、そうじゃなきゃ私のお付きなんて任されないか」
「幸姉だってよくやってるよ。去年は強襲科と探偵科も同時履修してAランク評価貰ってたし、今年の春からも情報科を履修してA評価貰えそうなんだろ? オレはそっちの方が凄いと思う」
「……そんなの見た目だけよ……」
珍しい話題を振ってきたかと思えば、短いやり取りのあとに聞き取れない声でボソッと呟いた幸姉は、それでトンっ、とオレの肩に自分の頭を乗せてきてしまう。
その行為に一瞬ドキッとしてしまい反射的にやめるように言おうとしたオレだったが、何故か嬉しそうにする幸姉を見たら言うに言えず、しばらくそのままでいるしかなかった。
「……肩の位置、高くなったかな。背が伸びた証拠だね」
「武偵高に通い始めてから10センチくらい伸びたからな。今は幸姉より少し大きくなってるし」
「男の子だね。来年の今頃には早紀より大きくなってたりして」
「どうだろうな」
考えてみれば2人だけでこんなゆったりとした時間を使うのは久しぶりだったので、なんだか不思議な気分になっていたオレなのだが、昔と変わらない幸姉の暖かさが凄く心地よかった。
「…………私、頑張るから」
「……何を?」
「今までも、これから先も、色々。だから京夜も頑張ってね。俯いてる暇なんてないんだから」
「そりゃ俯いてたら幸姉をすぐ見失うからな」
「私そこまで自己中じゃないわよ。可愛くない京夜にはお仕置きが必要みたいね」
と、その言動のあと有無を言わさずにオレを押し倒してきた幸姉は、その顔をオレの顔へと近付けてきて、そのままキスでもしてきそうな勢いで迫ってきた。
よくよく見たらさっきまでの幸姉とは雰囲気が明らかに違っていて、目が獲物を狙うそれになっていることからエロい幸姉。『妖艶』であることがわかった。
そういえば日付が変わる頃だったか……
「幸音ぇ……京ちゃんに何しとんのや?」
幸姉の変化に気付き、今まさにキスされそうになっていたところで、旅館の方からそんな愛菜さんの恨めしい声が聞こえてきて同時にそちらを向いたオレと幸姉は、そのあまりの形相に戦慄。冷や汗まで出てしまった。
「何って、京夜が急にキスしたいって言うから、つい。テヘッ」
「何がテヘッ、や! 死にさらせコラァ!!」
その後、ふざける幸姉とマジ怒りの愛菜さんによる不毛なやり取りが続いたのは言うまでもない。